再会と疑念と不安
それは桜が咲き誇る4月。
私は夫と共に健康ハルトの小学校の入学式に出席していた。
そこで「ユキ!」と後ろから声を掛けられる。
私はその声に一瞬時が止まる思いだった。
私の名前を呼ぶ声が直ぐにカナのものだと気付いたからだ。
「久しぶり……」
私は振り返りカナの顔を見て笑顔で手を振る。
『私、笑顔……引き攣ってない?』そう思いながらカナが近付いて来るのを眺めている。
「本当、久しぶり!
元気だった?
お互い忙しかったから中々会えなかったもんね。
ねえ、ハルト君は何組?
…………3組! リナも同じ!」
カナは私に向かって笑顔で話続けていたが私の頭は真っ白になってその言葉が頭に入らなくなっていた。
「………………ユキ?
どうしたの?」
「いや、何でも無いよ」
「そう?
それじゃ、今度リナと家に遊びに行くね」
そう言ってカナは手を振って私達と少し離れた席に戻って行った。
『あれ? カナのお母さんだ』
カナの席の隣に見覚えのある姿を見付ける。
「カナはお母さんと来てたんだ。ショウヤさんは来れなかったんだね」
「え? ユキ? どうしたの?
今、ショウヤさんは海外に単身赴任中だって言ってたでしょ? 聞いてなかったの?」
「あ……ああ、そうだったね。
久しぶりにカナに会ってボーッとしちゃって……えへへ」
私はそう笑って誤魔化して席に座った。
その後もハルトの大切な小学校の入学式だと言うのにカナの事で頭がいっぱいで、いつの間にか1日が終わってしまっていた。
「ユキ?
今日なんか変じゃない?」
夜になりハルトが眠って、ソファーの隣に並んで座わるアキヒロに声を掛けられる。
「……ハルトの入学式だったからじゃない?」
「そう?
朝はいつも通りだと思ったけど……」
「……それにしてもハルトも小学生よ。
アキヒロはこの6年長かった? それとも短く感じた?」
「短かったかな……僕は仕事ばかりでハルトの子育ては殆どユキに任せきりだったから……」
「まあそれは結婚した時から分かっていたから気にしていないわ。
アキヒロもお義母さんの会社に入って、コネとか跡取りだからって言われない様にしなくちゃいけなかったって分かってた。
それより……仕事が忙しいとか言って浮気とかしてないよね?」
「無い無い!」
私は話の流れを急に浮気の話に持って行く。
「本当?」
「無い無い。絶対無い!
浮気なんてしたら僕は終わりだよ!」
高校の時にユキに一目惚れしてから僕はユキ一筋だし、それに……」
「それに何?」
「僕の父親は僕が小学生の頃に事故で死んだって言ってあるだろ?」
「うん。あれ嘘だったの?」
「いや、事故で死んだのは本当なんだけど、話していない事がある。
僕の父親は浮気中……愛人と旅行途中のドライブで事故を起こして死んだ。
母さんは父が浮気している事にはなんとなく気付いていたらしかったみたいだけど、父親が母さんの家に婿養子に入ってくれた事に負い目も有って少しくらいの浮気は見逃していたらしい。
それが母さんの車で浮気旅行に出掛けて、しかも母さんの会社のお金も使い込んでいて……あの頃の母さんの落ち込み様は小学生の僕から見てもかなり苦しそうだった。
もっと早く浮気を注意しておけば死ななかったのではとか、僕から父親を奪ってしまったとか、夫が会社のお金を横領していた後始末とか。
だから僕はそんな母さんを見ていたから、好きな人には……ユキには絶対同じ様な想いをさせないって……」
「…………」
「ごめんね。嬉しい筈のハルトの入学式の日だったのに。
ハルトが小学生になって自分の小学生の頃を思い出してこんな話して」
「ううん。ありがとう。辛い話してくれて」
そう言って私は涙を流すアキヒロを抱き締めた。
次の日。
小学校に向かうハルトと仕事に出掛けたアキヒロを見送って一人リビングのソファーで私は昨日のアキヒロの話を考えていた。
『あの様子だとアキヒロが浮気しているとは思えない。
でもそれなら何であんなにリナちゃんはアキヒロに似ているんだろう……
アキヒロのあれが演技?
あの話が本当ならアキヒロの父親は……それならその子供のアキヒロも……』
朝から悩み続け『いくら考えても結論は出ない!』と私は思いきって久しぶりにカナへメッセージを送る。
『久しぶりに2人で話がしたいからどこかで会わない?』
『良いよ!
いつにする?
私のパートの休みが火、金曜だから、火曜日と金曜日ならいつでも良いよ!』
『今日は? 今日、火曜日で輪隅だよね?』
『ごめん。今は休憩中だけど今日は昨日のリナの入学式でパートを代わってもらったから仕事なんだ』
『そう。
それなら次の金曜日はどう?』
『うん。
金曜日なら良いよ!』
こうして私はカナと少し離れた喫茶店で待ち合わせる事にした。
カナからは『何でそんな離れた場所の喫茶店?』と聞かれたが『あそこの店のケーキ美味しんだよ』と言って誤魔化したが『そうなんだ。休憩時間終わるから』と短い返事が有り、その日はそこで連絡を終えたがまだ私のモヤモヤする時間は終わらなかった。
次の日から私は金曜日に向けて準備を始める。
水曜日。
知り合いの医者に頼んでDNA鑑定をしてくれる病院を紹介して貰い、検査キットを手に入れた。
木曜日。
私とハルトの口の中を長い綿棒の様なもので擦り検体を取り、アキヒロには「ハルトも小学生になったし私達もいつまでも健康に過ごす為に遺伝子検査しない? 遺伝子検査でどんな病気に罹りやすいとか知っておけば今後の生活に役立つでしょ?」と言いくるめ検体を入手。
金曜日。
2人を家から送り出し3日間サボり気味だった家事を早めに終わらせ、カナとの待ち合わせの喫茶店へ急いだ。
《カランカラン》
「迷わなかった?」
「ううん。大丈夫。
前からこの店に来てみたいと思ってて調べてたから」そう言うとカナは私の向かいの席へ座り、私がカナに話し掛け様と口を開いたそこへ丁度、私の注文した紅茶が運ばれてきた。
「あの。注文良いですか?」
「はい」
「紅茶を1つとあと……ケーキどれにする? やっぱり一番人気のチーズミルフィーユケーキ?」
「うん」
「紅茶1つとチーズミルフィーユケーキ2つ」
「はい、かしこまりました」店員はそう返事をして固い表情の私の顔を見てそそくさと店の奥へと戻って行った。
「楽しみだったんだ、ここのケーキ」
「うん。それで……」
「本当、ユキとこうやってお茶するのも久しぶり。
子育てとかで忙しくて中々こんな時間無かったもんね」
「そうね。それで……」
「ユキは働いてるの?
私はショウヤが海外転勤で単身赴任だから大変よ。
お母さんにリナを預けたりしてパートに……」
「カナ! 話があるの!」
私は私の話を遮って話続けるカナの話を大声で遮る。
突然の私の大声に回りの視線が集まった。
「はぁ。ユキ、落ち着いて、分かってるから。
ユキがこんな少し離れた喫茶店に呼び出したのも。子供達の入学式で久々に再会したのに嬉しそうじゃ無かったのも。3年前から私を避けてたのも。その理由も……分かってるから」
《カラカラカラ》
このタイミングでまた店員がカートを押して私達のテーブルに来てしまう。
店員は私達のテーブルに漂う重い空気を感じたのか無言で注文した物を置くと足早に店の奥へと消えて行った。
「カナ……」
「ふぅー」
カナは目の前のカップを手に持ち紅茶に口を付け息を整える様に長く息を吐く。
「リナの事でしょ?」
「…………」
私はカナの言葉に無言で頷く。
「私も同じ事……思ってたから……でも、私も本当に不思議に思ってたの。
私……浮気とか本当に心当たりが無いの。でも……3年前、リナとハルト君の顔が似てきてて、最初は意味が分からなかった。
病院での取り違えとかも疑ったし、ショウヤにも相談した。
DNA鑑定もしようとした。
でもショウヤはDNA鑑定には反対で……DNA鑑定したら別れるって言われて……忘れる事にしたの。
リナは私とショウヤの子だって言い聞かせて。
ユキが私の事を疑ってるってのも気付いてた。そしてユキが私達を避ける様になってホッとしてた。
でも、小学校の入学式で再会して、ハルト君とアキヒロさんの顔を見て……」
「それならこの際、ユキの疑いを晴らす為にもDNA鑑定をしてみない?
私、知り合いに頼んで検査キットを貰ってきたの」
「でもショウヤにも相談しないと……」
「今、ショウヤさんは海外なんでしょ?
それなら黙って検査受けてもバレないわよ。
多分、ショウヤさんもユキの浮とアキヒロの浮気をどこか心の奥で疑っていたのかもしれないよ?
だからDNA鑑定してリナちゃんが自分の娘じゃないって決定的な結論が出るかもしれないって恐かったんじゃないかな?」
「うーん、それは無いと思うけど。私がリナを妊娠した時、私とショウヤは海外にいて、アキヒロさんと浮気なんて出来る筈無かったとショウヤも分かってる筈だから」
「それなら尚更、DNA鑑定してみよう!
リナちゃんもこのままハルトと同じ小学校で過ごしてて、顔が似てるって噂されて嫌な想いをするかもしれないよ。その時にDNA鑑定しておけば、リナちゃんにも胸を張ってカナとショウヤさんの子供だって言えるんじゃない?
実は3年前にカナとリナちゃんと一緒に公園に行った事あったじゃない? その時に公園に来てた知らない人に『可愛い双子ね』って言われたじゃない? あの時からハルトとリナちゃんは他の人から見ても双子に見えるくらい似てるんだって思ったの。
これからもきっと同じ事があると思うんだよ。私はその時にハルトにもリナちゃんにもハッキリ違うって言いたいんだ!」
「うん、私も!
リナがアキヒロさんの子供じゃない、浮気もしてないって証明したい!
そしてユキと昔みたいに仲良くしたい!
だからDNA鑑定受けるよ!」
こうして私はカナと一緒にカナの家へと向かった。
そこでカナと学校から帰ってきたリナちゃんの検体を取り、それを私の家族の検体と一緒に病院に送る。
検査の結果が出るのは2週間後。
私はカナの事を信じたい気持ちと不安な気持ちを抱えて2週間を過ごすのだった。
この後18時に3話目更新します。
お楽しみに!