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転生者にも事情がある  作者: 蜜柑缶
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01   リーナの事情

 いつもよりも早目に目が覚めた……なんだか変だ。今日は仕事に行きたくない、いつもよりずっとずーっと行きたくない。寒いしダルいし何より眠いけど、行かなくちゃ、母として子供らを食べさせなきゃならないからね。


 仕方無しに勢いよく起きあがり顔を洗う。シングルマザーの私だが3人の子供達はみんな良い子で、毎日忙しくしているが幸せを感じている。

いつも通り朝食を済まし洗濯し家を出るとスクーターにまたがり職場へと向かった。10分ほどの道程だが安全運転を心がけている。

 時速25キロで走行中、青信号を確認し交差点を通過しようとしたその時、ハンドルとスマホを同時に握りしめている運転手が右からやって来たのが目に入った。

 痛みはあった気がするが、その瞬間深い海にでも沈められたかの様に息が出来なくなり、意識が遠のく……


 なんだこれ。これが死なの?あっさり過ぎない?子供達はどうなるのよ……



 次の瞬間、息苦しさに咳き込んだ。


「ゲホッ、ゲホッ」


 ヒューっと喉が鳴り何度も咳をくり返した後みたいに痛い。呼吸も苦しいうえ吐き気もあるし体中が痛い。くっついてそうな瞼をなんとか開くと見知らぬ天井が見えた。なんだか古臭い山小屋というかボロくて清潔感ゼロだ。


 ここ病院じゃないよね。事故にあって……それでなんで小屋?


 横を見るとゴザの様な物の上に寝かされている人が数人いた。六畳ほどの部屋に無造作に寝かされて着ている服も部屋の中もすごく汚い。そして臭い!公園のトイレのヤバいやつの匂いでハエのような虫も飛んでる。

 私はとっさに口元に手をあてた。変な感じがして何気なくその手を見て驚いた。子供のような小さな手だし汚いし垢がこびりつきザラザラしてねちゃついてヒィッと顔をしかめた。

 

「あぁ、気がついたか、リーナ。熱は……まだ高いな。水を飲みなさい」


 男の声がし、私の身体を少し起こしてフチが欠けたカップで水を与えてくれた。


 リーナって……まさか私?


 与えられた水をなんとか飲みながら、その男の顔をチラリと見る。10代後半だろうか。髪はくすんだ緑で瞳は金色。


 外国人なの?でも言葉はわかるし……

 

 ボサボサの髪だが顔の造りは整っている。意思の強そうな印象的な瞳のいわゆるイケメンだが、そこに表情はない。だけどよく見るとかなり疲れているようで顔色が悪く、目の下にもクマがあり唇はかさついている。


「この薬湯も飲みなさい。呼吸が少しは楽になる」


 カップの中身は黒くて泥の様な物で物凄い青臭い匂いがしてが顔をそむけた。


「いや…飲みたくない」

「我慢して飲みなさい。でないと良くならない」


 無理やり口に流し込んできて吐き出しそうになったがなんとか涙目で飲み込んだが寒気がするほど苦い。


 くそ……イケメンめ。


「大人しくしていなさい」


 少年は私をそっと寝かすと部屋から出ていった。薬の苦さや青臭さは強烈で暫くゾワゾワが止まらなかった。


 薬湯って言ってたけど薬草そのものなの?こんなの飲んだことない、コレってヤバいやつじゃないだろうか。絶対に私の知っているような場所じやない。

 さっきのお疲れイケメンも私をリーナって呼んだし、他の寝かされている人達もなんだか見慣れない格好だ。

 まさかあれか……転生か。最近ハマっててよく読んでいる、アレ。

 イヤイヤ、転生したらもっと凄い技持ってます的な、魔法使いまくれます的なものなんじゃないの?

 なんでいきなり病人なの?ハズレか?ハズレなのか。待て待て、まだ夢オチの可能性がある。悪い夢だ、きっと夢だ。早く目を覚まさなければ息が苦しい。

 熱が高いのか頭はボーっとするし、なんで好き好んでもない転生して病気になんなきゃなんないの、寝よ寝よ。はい、お休みなさい……


 いや眠れない……


 激マズ薬湯とやらのおかげか喉はましな気がするが、意識も朦朧として起きているのか寝ているのかよくわからない。

 何とか体を起こすと同じ部屋で横たわっている他の人達を見た。二人は弱々しくだが呼吸しているが後一人はピクリとも動かない。


 ヤバそうだな……


 改めて自分の身体を確認すると手足はガリガリでいかにも病人って感じだ。息苦しいく目もショボつき、ダルくて立ち上がる気力もない。

 でも誰も来そうにないし、こんな様子もよくわからないとこでずっと居るのも不安なのでなんとか立ち上がり、ふらつきながら唯一外へ行けそうな小屋の開口部へ向かう。

 ヨロヨロと歩くと開けっ放しの戸口に手をつき外へ出た。周りを見ると小さな集落だろうか、私のいる小屋から少し離れたところにもいくつかの建物が点在しているがどれも吹けば飛ぶような掘っ立て小屋という感じだ。


 何人かが小屋を出入りしているのが見えた。

 遠目ながらも皆疲れているようでフラフラと歩いていたり、小屋の外に座り込んだりしている。

 

 あの小屋にも病人がいるのかな?


 目の前に少しひらけた所があり、男達が簡単な木で出来たベンチの様なものに座って話している。

 疲れ切った感じで見慣れない衣服は汚れてるが、白衣のような物を身に着けている。医者かな?


 するとひとりの男がため息と共に言った。


「もうこの村は放棄した方が良いのではないか?」


 他の男は顔をしかめながら黙って周りを伺う。


「よせよ、子供がいる」


 誰かが私の方を見ると他のものに知らせるように顎を少しあげる。するとさっきの男が鼻白む。


「あの子の家族だってダメだったじゃないか。今さら隠したところで何もかわらんさ。あの子だって……」

 

 その言葉を聞いて突然頭の中に優しげなまだ若い男女の顔が浮かんだ。どうやらこの体の子の両親らしい。突然鼻の奥がツーンと痛くなり意識せずに涙が流れる。両親はもう死んでいるようだ。

 悲しいという思いがこの体に残っているのか……自分のではない両親の死の悲しみと同時に、私は自分の子供達の事を不意に思い出した。


 あの子達はどうしただろうか?

 どうにかもとの場所に戻れないだろうか?

 急に母親が死ぬなんて子供は衝撃を受けたにちがいない。

 泣いてるんだろうな……


 ハッキリしない頭の中で色々な思いがぐるぐると巡り、足に力が入らずその場に座り込んだ。もう動く力も残ってない。

 

 帰りたい……


「ダメではないか、寝ていなくては」


 さっきのイケメンがすっと横から現れると私を抱え小屋の中に戻そうとする。


「ここにいる」


 私はなんとか抵抗したくて首を横にふる。小屋の中は匂いが酷いので外のが幾分ましだし、それにこの身体はもうもたない気がする。

 さっきの中の一人だって死んでるじゃないだろうか?だったら少しでもマシな所にいたい。


 少年は私を抱き上げたまま近くの石の上に腰を降ろした。その様子をさっきの井戸端会議中の男たちが汚い物を見るように眉間にシワを寄せる。

 私は確かに汚かった。しかし、それを嫌がる素振りも見せず少年はどこか遠くを見ながら私の髪をなでる。

 

 伝染る病気じゃないんだろうか……マスクもしてないし。無いのかな、マスク。


「少しの間だけだぞ、もうすぐ日が落ちる。身体が冷えてしまうからな」

 

 整った顔だが無表情に話す少年。


「どうせ私も死ぬんでしょ。中の人も死んでるんじやない?」


 かすれた声しかでない私が見上げながらそう言うと、彼はゆっくりとこちらに視線を向けた。


「そうだ……すまない」


 私が死ぬことを無表情に肯定する。やっぱり何人も死んでるようだ。

 詫びる言葉はあきらめの境地か、沢山の死に向き合った経験からか淡々としていた。私も自分であって自分でないこの身体の死を淡々と受け入れる。

 

 死んだら元の世界に戻れるのかな?

 転生してすぐ死ぬとかあるものなの?


 呼吸は益々苦しくなり私の意識は薄れ始める。

 何も言わずにずっと私を抱えたままの少年。


 なにを考えているんだろう……リーナの知り合いではなさそうだ。記憶にはない。まぁ、朦朧としているので定かではないが。

 

 汚れた病人の子を抱きかかえてくれるなんて良い子、良い少年なんだなぁ……


 私はなんとなくそう思った。


「ありがとう……」


 最後に誰かに抱かれ、看取られて死ぬのだから突然の事故で死んだ前回の死よりはマシな終わりのはずだ。

 

 すると彼は私を抱えた腕に力を込める。


「すまない……すまない……」


 小さな声でつぶやくと涙をポロポロとこぼした。

 ちょっと驚いたが、彼は自分の無力さを必死に耐えているように見えた。まだ幼さの残る顔は自分の息子を思い出させる。


 私は少年の頬にそっと手をのばす。


 そんなに泣かないで……きっと仕方なかったんだよ。


 そう思ったのを最後に私の意識は途絶えた。








「気がついたかい?!アリア!良かったもう大丈夫だよ、うわ〜ん良かったホントに良かったよ〜」


 号泣する見知らぬオヤジの声が聞こえる。


 小太りの男がベッドの横に膝立ちになりながら、鼻水と涙でグショングションの顔で私の手を握りしめながら泣いている。


 アリア……私か?


 イヤイヤイヤイヤ、落ち着け。考えろ……まさか……してるな……転生……なんだこれは。でも私は今、商人の娘アリアらしい。


 今度は助かったとこから始まるのか……


 年は6才らしい。





読んで頂いてありがとうございます。


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