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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

And today also today(今日も今日とて)

作者: 足利義光

 

 夜の帳が落ちて、暗闇に包まれた世界。

 深い山々がそびえ立つ険しい山脈。

 そんな山の一つ。一見すれば真っ白な雪により、化粧を施されている山肌の中に微かな赤が点在している。


「プハー、ああ、酒が美味いわの」


 パチパチ、と火の粉を飛ばす真っ赤な焚き火を前にして、顔を赤く染めるのは、顔に深い皺を刻んだ髭面の男。

 頭には簡素な兜、全身には鉄製の鎧を着込み、傍らには使い込まれたと思しきウォーハンマーが壁に立てかけられている。

 歴戦の兵といった雰囲気を醸す男だが、普通の兵士とは少しばかりその体躯が異なる。手足が短く、胴回りはまるで木の幹、樽のようにがっしり太い。何よりもウォーハンマーの大きさが自身よりも大きく、こんな代物を普通の人間が振り回せるとは思えない。


「よぉ、今日も生き延びたようだの」

 そこに別の男が姿を見せる。その男もまた、髭面でこそないが、体躯は小さく、そして身体のサイズに見合わない槍を軽々と抱えている。

 髭面の男は豪快に笑い声をあげる。

「ガッハッハ。おうとも、鍛冶屋のも壮健そうで何より」

「当然よ。そう容易く死んでやるものかよ」

 別の男は槍を壁に立てかけると、よいしょ、と髭面の男の横に腰を下ろす。

 髭面の男は手元に置いた酒の入った瓶を取り出すと「飲むか?」と問いかける。

「当然よ」別の男はそれを手にすると、ぐい、と豪快に飲む。途端に顔は真っ赤に染まり、プハーという声と共に周囲にはむわぁ、とした酒の匂いが充満する。

「しっかし、随分とま、減ったもんだわな」

 髭面の男は外に視線を向ける。その見やる先には幾つかの小さな赤い火が揺らめいている。

「まぁ、仕方ないやな。そもそもこっちの数は少なかった。で、向こうは大軍じゃて」

 別の男、鍛冶屋の男は遠くを見るような目でか細い火を一瞥する。

「ひいふうみいの、……数える程しか残っとらん。こりゃ負けたなぁ、鍛冶屋の」

「ぬかせ。ワシらドワーフがあんなへなちょこコボルトなんぞに遅れを取るものかよ。こっちは十人ばかし、向こうが千人だっつうなら、一人で百やっつけりゃええだけよ」

 ぶはぁ、と酒臭い息を豪快に吐き出し、鍛冶屋のドワーフは笑う。

 つられて髭面のドワーフもまた、笑い出す。

「そうだった、そうだったわ。ワシらドワーフがコボルト如きに負けるわきゃないわぃな。何だったらワシら二人で五百ずつ倒せばええだけじゃの」

「おうさ、簡単なこった」

 互いに酒を酌み交わし、笑い合い、そして眠る。

 戦闘中にもかかわらずこうも無防備でいられるのは、この山、正確には山の中を掘り進めた洞窟が彼らドワーフにとっての庭だからに他ならぬ。

 如何にコボルトが大軍で攻め入ろうとも、無数に仕掛けられた罠の前に犠牲を出し、それを突破しても待ち受けるのは精強なドワーフの精鋭。

 そう確かに。ドワーフの仕掛けは万全だった。

 この山を使った洞窟は要塞は、迫る敵へ対する備え。例えば、自分達の将来を担うべき()()()を逃がす為の時間を稼ぐ位には有効に働いている。

「さて、と。どうやら敵さんが来ちまったようだ」

「うむ思ってたよりも早かったな」

 鍛冶屋のドワーフと髭面のドワーフが同時に目を覚ます。

 彼らの耳は仕掛けの発動した音を聞き取っていた。

「先にワシが行くぞ」

「いいのか、鍛冶屋の」

「おうさ。何ならワシ一人で犬っころまとめて片付けたるわいな」

 ガッハッハ、と豪快に陽気に笑い飛ばし、鍛冶屋のドワーフは得物たる槍を握り締め、死地へ赴く。

「すまんな」

 しばらく、激しい音がし、無数の悲鳴が轟き、やがて途切れる。


「どうやらワシの番だな」

 髭面のドワーフはゆっくりと立ち上がる。見れば彼が背中を預けていた壁には、多量の血がこびりついている。

「ウゴオオオオオオオ」

 迫るコボルトは、漂う血の匂いに興奮したらしく、雄叫びをあげる。

「数を数えるのも、面倒くさいわの」

 苦笑しつつ、髭面のドワーフはウォーハンマーを一振り。ぶおん、と豪快な音と共に空気を切り裂き、飛びかかってきたコボルトの顔を粉砕する。

「おい犬っころ共よ。ワシの肉をかじりたいなら、覚悟せいよ」

 髭面のドワーフはウォーハンマーを棒切れの如く軽々と振り回しつつ、敵の群れへと突っ込んでいく。

「ワシを舐めとったら、お前ら全滅だてな」

 一撃毎にコボルトの頭蓋を砕き、脳漿をぶちまけ、手足を吹き飛ばし、臓物を潰す。

「ウ、ゴオオオオ」

 見る間にコボルトの屍が積み重なっていき、狭い洞窟の通路内に漂うのは自分達の血の臭いばかり。

「バケモノメ」

 侮蔑の言葉を吐きつつ、コボルト達の群れの中から一匹前へ進み出る。

「どうやら犬っころの腕利きか何かだな」

 そのコボルトは他の者よりも一回り身体が大きく、持っている武器も粗末な棍棒などではなく、鋭利に尖った槍。その穂先は紫色に染まっていた。

「お前、その槍をどうした?」

 髭面のドワーフの語気には怒りが溢れ出す。コボルトの戦士の持つ得物には見覚えがある。ついぞさっきまで一緒に酒を酌み交わした鍛冶屋の槍。

「コイツカラトッタ」

 そう言うと、髭面のドワーフの足元に何かが転がる。ついぞさっきまで酒を酌み交わした鍛冶屋のなれの果て、がそこにいた。

「──テメェら」

 ドワーフの眉間がピクリと動く。

「そいつは犬っころが使っていいような代物じゃねぇ。返せ」

 激高した髭面のドワーフが突進。ウォーハンマーを下段から上段へ、正確にはコボルトの顎へめがけて振るう。直撃せしめば間違いなく致命の一撃。このウォーハンマーでの一撃は全てが一撃必殺なのだが。

「オソイ」

 コボルトの戦士の槍がハンマーより早く髭面のドワーフの肩を貫く。槍の穂先を引き抜きつつ、捻り、傷を広げると蹴り飛ばす。

「む、があああっっっ」

 激痛に髭面のドワーフが叫ぶ。

 蹴り自体は大したダメージではない。だが槍で貫かれた肩は別。ウォーハンマーを振るおうにも痛みが生じる。

「くそ、たれ」

 減らず口を叩くも、戦闘力は半減どころではない。特注で精錬したウォーハンマーは片手では扱えぬ。

 対するコボルトは槍を上下へ突き出す。

 辛うじて髭面のドワーフが躱す。狭い洞窟では自由に武器を使えない。それこそ槍ならば突き刺す、以外の使い方はほぼない。ウォーハンマーはギリギリ振るっても問題ない長さになっており、使い勝手の良さを最大限活用してここまで戦ってきたのだ。

「むぐおっ」

 槍の一撃を躱すも、回転しながらの肘が顔面を直撃。脳が揺れ、視界はおぼろげに、足元は覚束ない。その隙をコボルトの戦士は見逃さない。槍の穂先を引き、一気に狙い澄ました刺突を放った。その狙いは寸分違わずに喉を貫くはずだった。唐突に足元が揺れなければ間違いなく、即死だっただろう。

「くごっ」

 だが喉にこそ届かずとも槍は腹部を直撃。他のコボルトのような粗末な武器ならば傷一つ付けられはしなかったろうが、相手の得物は同胞の鍛えし逸品。木の板でも貫くように鎧は貫かれる。

「ドワーフミナゴロシ」

 コボルトの戦士はニヤリと笑みを浮かべる。

 その様子に勝利を確信したのか、周りのコボルト達が不快な声音で叫ぶ。その嘲るような音色が髭面のドワーフの反骨心に火を付けた。

「オマエモシネ」

 槍を持つ手に力を込め、一気に引き抜かんとする。

 もはやドワーフに余力などない。先程の刺突を外したのも、前提として地面が揺れたから。幸運は二度も続かない。引き抜いた後、槍を今度こそ突き刺す。この槍の威力ならば息の根を止める事など容易い。

 ドワーフの首一つで褒美が出る。ここまで既に四つ。五つ目ともなればこの戦さに於ける一番手柄にもなろう。そうなればちんけな集団の指揮官から、軍団長への出世も見える。

「シネ」

 彼は己が栄達を夢想した。その脳裏には自身がいずれは長となる姿、軍団を率いて近隣へと攻め入る光景が思い浮かぶ。まさに己が生涯の栄光を夢見た。

「ヌグ、ゥ」

 だが奇妙な事が起きた。槍が引き抜けない。前へも後ろへも、ビクともしない。

「お前ら如きが、──」

 ドワーフの筋肉によって槍の穂先が押さえ込まれ、微動だにしない。傷は深い。現に出血は止まらずにとめどなく赤黒い血がボタボタと流れ落ち、血の池を形成しつつすらある。間違いなく死に瀕しているはず。だのに。

「キサマッ」

 何故に今、この髭面のドワーフを前にして、圧倒的多数の自分達がこうも気圧されている。

 放っておいても死ぬような相手。あとパンチ一撃だけであっても死ぬような相手。

「ワシらドワーフの命は、貴様らのような犬っころ如きにくれてやる安い命じゃない」

「バカナ」

 あのウォーハンマーを扱うには両手でなければならぬ。肩を貫かれた以上、それは不可能。そのはずなのに。

 血を噴き出すのも構わずに、ウォーハンマーがゆっくりと持ち上がっていく。

「犬っころ、とくと見ろ。ワシらドワーフの意地を」

「──ッッ」

 ここへ来てコボルトの戦士は槍を放棄。

「コロセッッッ」

 そして控えさせていた群れへ命じる。殺せ、と。

「グガアアアアアアア」

 コボルト達が襲いかからんとする。だが、彼らは失念していた。この洞窟の狭い幅、一体ずつしか通れない事を。

「だまっとれや、犬ぅ。一匹ずつ相手してやらぁな」

 髭面のドワーフは不敵な笑みを浮かべ、傷口から、口から血を噴き出すのも構わずに得物を持ち上げた。コボルトの戦士は逃げようにも後ろは自身の手下によって塞がれ、もはや前しか道はない。

「オノレエエエエエエ」

 絶叫と共に爪を、牙を剥き出しにし、目の前の小さな生き物を仕留めんと飛びかかる。

「何じゃ、そっちから来るんか、──」

 コボルトの戦士の爪は鎧で受け止める。そして牙が首の動脈を切り裂かんと迫る。

「──丁度いいわ」

 だが牙が届く事は叶わない。コボルトの戦士の顔面をウォーハンマーが打ち抜く。

「う、おらあああああああ」

 自分の二倍以上はあろう巨体をウォーハンマー毎壁へと叩き付ける。

 コボルトの戦士はあえなくその顔を潰され、即死。どさり、と頭部以外が力なく地面へと崩れ落ちる様を目の当たりとしたコボルトの群れは、震え上がる。

「どうした、かかってこんかい」

 髭面のドワーフは返り血に染まり、まるで悪鬼さながら。

「さっさと来んかい」

 その雷声と言って差し支えない大音声。その上今の声がきっかけかのように洞窟が大きく揺れ出し、壁が、天井が崩れ出す。

「ウワオオオオオオオオン」

 そもそもコボルト達にとってこれはもう決着の付いた戦い。これ以上戦い、死ぬのはごめん被りたい。群れは慌てて逃げ出す。将棋倒しとなった味方を踏み潰す姿は到底勝者とは言えまい。


「何じゃ、根性のない犬っころだわな」

 髭面のドワーフ。この山一帯を治めるドワーフ王はその場に腰を落とし、崩れゆく洞窟の瓦礫の中に消えていく。

(うむ、次代の若人は逃がした。この山の仕掛けも作動した。犬っころ共は山から出られん)

 洞窟の揺れは予め仕掛けた装置による物。地下に貯めていた水を一斉に解き放った結果。じきに洞窟全てが水没する。そうなるように仕掛けたのだ。ドワーフの仕掛けは完璧だ。

「さて、と。鍛冶屋の。向こうで酒でも酌み交わそうぞ」

 それが髭面の、ドワーフ王の最期の言葉となる。

 この日、一つの国が崩壊した。偉大なる鍛治の国。鉄の国の終焉である。

 だが同時に攻め寄せたコボルトの軍も壊滅。辛うじて生き残ったコボルト達の有り様を見て、他の種族はドワーフを恐れ、攻め入ろうと考える者は出なかったという。この戦いに勝者などいなかった。

 そして月日は流れ、やがてここに新たな王、鉄の王ならぬ鋼の王が帰ってくる事になるのだが、それはまた別の話。


 今日も今日とて、世界は巡る。

 生も死も、等しく巡り、回っていく。


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― 新着の感想 ―
[一言] 敵としてコボルトを選んだセンスが好きです。ファンタジー世界の中で、我々のような無名の一般人にもっとも近い存在かもしれないですね。無名の者たちが戦い、命を落としていく。そして、次の世代へと命を…
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