第十五話 対岸の火事とは思えない
「で、あるからして…」
セミの鳴き声が、うるさくてうるさくて仕方がない季節になった今日この頃。
俺は、大学の集中講義に出ていた。
集中講義っていうのは、夏休みの期間中に、数日間、朝から夕方まで講義を受けて、短期間で単位を取ろうという夏休みならではの講義なのだ。
そして、今、俺が受けている講義は……
「では、なぜ“man”は、複数形になると“men”となるのか。」
英語史と呼ばれる英語の歴史を学ぶという、なかなか興味深い学問だった。
英語には全くもって興味はないが、歴史が絡むとなると話は別である。
こう見えても、歴史は結構好きだったりする俺は、夏の暑さにも負けず大学に通い、エアコンの効いた涼しい教室の中でも居眠りすることなく、真面目に講義を受けていた。
ちなみに、吉田も一緒に受けていたはずだが、なぜか二日目から姿を見せなくなった。
「では、次は“fish”という単語を使って、古英語からの子音の変化について……」
まあ、確かに興味がないという人にとっては、すごく退屈な話だとは思う。
周りを見渡しても、頭が舟を漕いでいるように揺れている人や完全に机に伏せている人もいた。
そんなこんなで、一応、真面目に講義を受けていた俺も、午後になって集中力が落ちてきたみたいだ。
「やあ、ハニー。今日も暑いねぇ。」
「あら、ダーリンもここで涼みに来たの?」
「まあ、そんなところさ。ハハハッ。」
そんな会話が聞こえてきたのも、ちょっと眠くなってきて、夢の世界へ船を漕ぎ出そうしていたときだ。
ふと、窓の外を見たら、二羽のスズメが桜の木の枝に止まっていた。
「ところで、ハニー。聞いたかい?」
「なにを?」
「隣に公園にいるカラスの話さ。」
「カラス? ああ〜。あのカラスね。」
カラス? ああ、あのときのカラスかな?
「そうそう。そのカラスさ。」
「そのカラスが、どうしたの?」
「なんでも人間に騙されたって話さ。」
「まあ!」
なんだ、あのカラス。また騙されたのか。
「話によるとね。なんでもそのカラスは、自分が持っていた綺麗な指輪と人間が持っていた綺麗な玉と交換したらしいんだ。」
なんか俺のときと似た様な状況だな。
「その人間が言うには、その玉はカラス天狗が大切に持っていた宝玉だそうな。」
「ぷっ…。そっ、それで?」
「うむ。笑うのはまだ我慢するんだ。ハニー。」
ぶはぁ! 俺以外に、そんな恥ずかしい嘘を吐く人がいたのか。
吹き出しそうになるのを何とかこらえた俺だが、体が少し揺れていたのか、隣に座っている女の子が、怪訝そうな視線をこちらに向けてきた。
「そんなくだらない嘘を吐く人間も人間だが、その嘘を信じてしまったカラスもカラスだね。簡単にその指輪と玉を交換したそうだよ。」
「あらまあ。少しも疑うということもしなかったのね。」
「まあ、あのカラスも口は悪いが根は素直だからね。」
そういや俺のときもあっさり交換したな。
「それで? その後、どうなったの?」
「ふむ。ここからが大変なんだよ、ハニー。なんでもそのカラス、今、躍起になってその人間を探しているらしいんだ。」
「まあ! ついに嘘だと気がついたのね!」
「そういうことだね。」
おおっ。そうかそうか。さすがに、二度も同じように騙されたら嘘だと分かるよな。って、その人間を探してるって?
今さら探してどうするんだ?
「でも、よく嘘だって気が付いたわね。」
「ああ。なんでもカラスにアドバイスをしたネコがいたそうだよ。」
「ネコ?」
「そう、ネコだよ。ほら、いつも公園のベンチで寝ているあのネコだよ。」
「ああ、あの高慢なネコね!」
ベンチで寝ている高慢なネコといえば、きっとタマさんに違いないだろう。
「でも、その人間も大変ね。あのカラス、結構執念深いから。」
「そうだね〜。まあ僕たちには関係ない話さ、ハニー。」
「そうね、ダーリン。」
そういうとスズメたちはどこかへと飛び去ってしまった。
俺はというと、スズメたちの話を聞いてすっかり目が覚めてしまっていた。
しかし、気になることが1つある。
カラスに嘘を吐くことが出来たということは、その人間は俺と同じように、動物と話が出来るということだ。
類は友を呼ぶとよく云うけれど、いまだかつて俺以外にそんな能力を持った人間に出会ったことはない。
つまり、その推測からどういう結果が導きだされるかというと………。
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やっと今日の講義が終わり、教室から出てみると、むわっとする熱気を感じ、改めて夏なんだということを確認させられた気がした。
もうすぐ8月も終わるけど、この暑さはまだまだ続きそうだ。
さて、今日も一日が終わり、夕飯は何にするかなと考えながら歩いていたときだった。
「ふっふっふっ。ついに見つけたぞ!」
「へ?」
ふと、声がして周りを軽く見まわして見るが、誰もいなかった。
………いや、よく見ると、木の枝に例のカラスが止まっていた。
「やはり、タマ殿の言った通りだったな。」
「タマ殿? やはりあいつか!」
タマさんの奴、ツナ缶の恩を仇で返すとは!
「お前に騙されたこの恨み、今、晴らしてくれよう!」
「待っ、待て!」
「問答無用! くらえ、トリフンボンバー!!」
「うおっ、危ねぇ!」
なんとか鳥のフンの避けながら、走って逃げる俺。
夏の暑さも相まって汗もだくだくである。
「話せば分かるって〜〜!」
「うるさい! また騙すつもりだろう!」
大学構内をカラスに追い掛け回され、その光景をサークルの仲間に見られた俺は、また変なあだ名を付けられるんじゃないかと心配するのだった。
………てか、それどころじゃねえ!
更新が遅れてしまい申し訳ありませんでした。
パソコンがネットに繋がらなかったり、途中まで書いていたものが電源が落ちて消えてしまったり、それによってテンションがガタ落ちしたりで、サボっていました。
更新速度は上がりませんが、これからもまったりと続けていくつもりなので、よろしくお願いします。