第十三話 ヒエラルキー的なもの (後編)
ポッポさん2号が言っていた場所に到着すると、あっさりとそれは発見することが出来た。
ポッポさんの言う通りシルバーらしき犬が、ベンチの下で寝ているようだった。
「やあ、こんにちは。」
「………。」
ベンチに近づき、挨拶してみるも、反応は俺が言った言葉に対して耳をピクっと動かしただけだった。
どうやら寝ているのではないみたいだ。
「えーっと、君がシルバーかい?」
いきなり名前を呼ばれて驚いたのだろう。
今度は耳だけじゃなく、スクっと立ち上がりこちらを見てきた。
「あんた誰?」
「俺? そうだな。一応、君の飼い主の知り合いかな。」
「飼い主? じゃあ、かーさまの知り合いか?」
かーさま? 吉田ってそんな名前だっけか? 違うよな。
「なんだ。違うのか。じゃあ、とーさまの知り合いか?」
シルバーは、俺の微妙な顔色から感じ取ったのだろう。
違うと思い、今度は別の名前を出してきた。
しかし、かーさまにとーさまか。
名前から察するに吉田の母親と父親のことだろう。
「違うかな。なんというか、その息子の知り合いかな。」
「息子……。どちらの息子だ?」
どちらって吉田に兄弟いたのかよ。
どちらの方だ? あいつ兄貴の方か?
「えーっと、そうだな。髪が茶髪でそこそこ長い方の息子かな。」
とりあえず、どちらか分からなかったので、吉田の特徴を教えることにした。
「なんだ。下僕の方か。」
「下僕かよ!」
あいつ、シルバーには下僕って思われてんのか。
前に、犬は、自分が飼われている家族のメンバーに順位を付けて、自分の家庭の中での順位を決めるというのを聞いたことがある。
つまり、かーさまにとーさまという呼ばれ方から、吉田の母親と父親はシルバーよりも家庭内の順位が上なのだろう。
そして、吉田本人は下僕……。
なんとまあ可哀想な奴だ。今度、この前の講義のプリントでもコピーさせてやるか。
「とりあえず、家に帰らないか? いつまでもこんなところにいても仕方ないだろう?」
思わぬところで、吉田家の家庭内事情が垣間見えたような気がしたが、ここはあまり突っ込まないでおこう。
はっきり言って、俺には全く関係のないことだ。
とにかく、この犬が、シルバーであることは間違いなさそうなので、吉田に発見したことをメールで知らせておこう。
「下僕に連絡するのか?」
「うん? ああ、そうだよ。」
俺が、携帯を弄っているのを見て分かったのだろう。
シルバーは、それを確認すると、さっきと同じように伏せてしまった。
「おいおい、どうしたよ? 帰りたくないのか?」
「帰りたくないわけではない。アレが嫌なんだよ。」
「アレって……。」
今度はアレ呼ばわりかよ。相当嫌われてるな、吉田の奴。
「まあ、そう言わずにな。大体なんで逃げ出したりなんかしたんだよ。」
「むっ……。」
俺が、逃げ出した理由を聞くと、シルバーは嫌なことを思い出した様に顔をしかめた。
「あいつな。下僕の分際で、俺のことをダシに使おうとしたんだ。だから逃げた。」
「ダシ?」
吉田、お前は一体何をしたんだ?
シルバーから聞いたことを要約するとこうだ。
犬を使って、女の子と仲良くなろうとした。
ぶっちゃければ、ナンパである。
その日、普段はあまり散歩に連れて行かない吉田は、たまたま暇だったので、シルバーとこの公園まで散歩に出かけたらしい。
この公園にはドッグランがあり、そこは周辺に住んでいる人たちが犬の散歩によく来るのだという。
周辺に住んでいる人というのは、ウチの大学に通っている人も含まれている。
ということは、ここに犬の散歩に来る女子大生なども来るのだ。
そこに気づいてしまった吉田は、シルバーを使って、なんとか知り合うきっかけを作ろうとしたらしい。
しかし、もともと吉田のことを下僕と思っているようなシルバーは、当然そんなことは許さない。
ドッグランに入り、吉田がシルバーのリードを外した瞬間に、ドッグランの柵を飛び越えて逃げ出したのだ。
もちろん、ナンパどころじゃなくなった吉田は、シルバーを捜す羽目になった。
というのが、今回の一部始終である。
それを聞いた俺は「お前はよくやったよ。お前は、正しい!」とシルバーの頭を撫でてやり、吉田には絶対コピーさせてやらないと固く決意したのだった。
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「まあ、そんな感じかな。」
昔のことを思い出しながら話したせいか、結構長い時間かかっていたようだ。
先ほど野球をしていた大学生たちは、試合が終わったのだろう、整列して挨拶していた。
土手でダンボール滑りをしていた子供たちは、いつの間にかいなくなっていた。
そして、隣に座っていた小林さんはというと……。
「こら〜! やめんか! わしは食べ物じゃないぞ〜!」
「こら、タロウ! やめなさい! チョウロウを食べちゃダメよ!」
「なにこれ? おいしいの?」
……ねえ、君たち話を聞いてた?
まあいいか。
ふと携帯を確認してみると、吉田からメールが入っていた。
どうやら、また飲み会のお誘いらしい。
あの後、シルバーを見つけたことにより、吉田にはすごい感謝された。
それから、吉田とは、一緒に遊んだりするような仲になった。
今となっては、大学で一番仲のいい友達になっているのだから、世の中どう転ぶかわからない。
そんなことを考えながら、「今日は金がないから無理」と返事を返す俺だったのだ。
ちなみに、吉田は結局のところ再履修になったのを、ここに追記しておく。
誤字脱字など、お気付きの点がありましたら、ご報告くださると助かります。