第十一話 出会いが呼ぶ相談事
「久しぶりに来たけど、意外と人がいるなあ。」
「そうじゃな。これだけ天気が良いと、ヒトも体を動かしたくなるのじゃろ。」
チョウロウがどうしても日の光を浴びたいと言うので、俺たちは出会った河川敷に来ていた。
平日の午後だというのに、河川敷の野球グランドやサッカーグランドでは、おそらく俺と同じくらいの年齢であろう大学生が試合や練習をしていた。
また、土手では小学生くらいの子供たちが、土手の坂を利用して、ソリやダンボールを使い、天然の滑り台を楽しんでいた。
そして、俺たちはというと……
「しかし、なんというか。春の陽気に誘われてじゃないけど、なんかこう、眠くなるな。」
「全くじゃ。もうすぐ夏が来るというのに、この陽気はまだまだ春じゃのお。」
ベンチに座り、おじいちゃんのように日向ぼっこを満喫していた。
桜が咲いていた頃に比べれば、日差しは強くなってきているし、気温も高くなっていた。
それでも、まだ暑いというところまで行かないし、体を動かさずに座っているだけなら、丁度良い感じなのだ。
「どう? チョウロウ。体は温まってきた?」
「うむ。徐々にじゃが、温まってきたぞい。」
チョウロウのようなカメや他の爬虫類は、自分で体温調節が出来ないため、こうやって日の光を浴びて体温を上げないといけないらしい。
正直、カメの飼い方など全く知らない俺は、そんなことはもちろん知らなかった。
飼い始めた頃は、何を食べるのか、どういう環境が過ごしやすいのかなど、チョウロウ本人に聞いていた。
そのおかげで、チョウロウを死なすことなく今に至っているのだが、正直な話、俺に動物と話せる能力がなかったら、チョウロウは一週間も持たなかったと思う。
ただ動物と話せるというだけで、実のところ、俺は動物に関する知識はそれほど持ち合わせてはいないのだ。
まあ、獣医の叔父から豆知識のようなものは教わったりはしてるから、普通の人よりはちょっとだけ詳しい程度だ。
「あれ? 高井さん?」
「お、小林さんじゃないですか。」
そんなカメの生態について考えていたら、後ろから俺を呼ぶ声がした。
振り返ってみると、そこには、以前カラスに大切な指輪を盗られてしまい、俺に相談してきた小林さんがいた。
「どうしたの? ああ、散歩か。」
小林さんの足元を見てみると子犬を連れているのが分かった。
こんな河川敷を、子犬を連れて歩いているんだ、散歩以外の何ものでもないだろう。
「はい。高井さんこそ、こんなところに一人でどうしたんですか?」
「いや、俺も散歩のようなもんだね。」
「一人でですか?」
どうやら後ろからは、ここにいるチョウロウは見えないらしい。
一人で散歩している寂しい奴とは、さすがに見られたくないので、チョウロウを手に乗せ、小林さんの前に差し出すように見せてあげた。
「わあ! カメですかー!?」
カメを見た小林さんは、目を見開いて驚いていた。
「私、カメってこんなに近くで見るのはじめてかも。」
「そう? まあ確かに珍しいかもね。」
「珍しいですよー。やっぱりあれですか? 高井さんクラスになると、イヌとかネコみたいな普通のペットじゃ満足できないんですか?」
「普通のペットって……。カメも結構普通だと思うけど?」
「そんなことないですよー!」
若干テンション高めに否定してくる小林さんは、そう言いながらツンツンと指でチョウロウを突付いていた。
突付かれていたチョウロウは「なんじゃなんじゃ、この女子はー。」とか言いながらも、嬉しそうな顔を浮かべていたのを、俺は見逃さなかった。
「そういえば」
話を振りながらも、チョウロウを突付くのを止めない小林さん。
「優子ちゃんから聞きましたよー。ボブが大変なことになってたみたいですね。」
「ああ、たまねぎ中毒ね。小林さんも気を付けないとね。」
俺はそう言いながら、小林さんの隣にいるイヌに目線をやった。
この胴長短足の特徴的な体をしているのは、たしかダックスフンドという犬種だったと思う。
「そうなんですよ。ウチのタロウも何でも食べるから、気が付かないうちにたまねぎ食べてるんじゃないかって、ちょっと不安で…。」
そう言うと、小林さんはチョウロウを突付くのを止め、足元にいるタロウに目をやる。
俺と小林さん、二人に見られているタロウは「ん? なになに? 遊んでくれるの?」と言いながら、俺と小林さんの足元を駆けずり回り始めた。
「ははっ、元気だねえ。」
「ええ、もうやんちゃすぎてちょっと困ってるんですよー。」
相変わらずタロウは元気一杯に俺たちの周りを走り回っていた。
小林さんは、そのタロウの様子をちょっと疲れた目で見ていたが、何か閃いたようにこちらの方を見てきた。
「そうだ。高井さん、イヌの良い躾け方て知りませんか? 高井さん動物のことなら何でも知ってそうだし、もし知っていたら教えてください!」
「いやー、何でも知っているわけじゃないよ。実際にイヌを飼ったこともないからね。これに関しては何もアドバイスしてあげられないなあ。」
「えーっ、そうですかー。残念です……。」
「まあ、インターネットで調べれば、何かしら良い方法があるんじゃないかな。」
「そうですねー。今度、調べてみます。 でも、アニマル高井でも知らないことがあるんですね。」
「ぶはぁ!」
小林さんの最後の台詞を聞いて、俺は盛大に吹き出してしまった。口に何も含んでいなかったのが不幸中の幸いである。
「なっ、なんで小林さんもそのあだ名を知ってるの?」
「えっ、だってウチのサークルで有名じゃないですか。」
さも当然と言わんばかりに小林さんはそう告げた。
うおっ! そのあだ名、もうサークル全体に広まっているのか! というか、その前に……
「もしかして、小林さんて、俺と同じサークル?」
「はい、そうですよ。」
何を今更といった顔で返事をしてくる小林さん。
「ちなみに、優子ちゃんも同じですよ。」
「なっ、マジか!」
「マジです!」
全く知らなかった……。
まあ、ウチのサークル人数多いし、俺なんかほとんど顔も出さないから知らないで当たり前なんだけど、ちょっと何かショックだな。
今度から、もうちょっとサークルに出てみようかな。
そんなことを考えていたら、ふと気になることを思いついた。
「ねえ、この前の俺に相談したときって、サークルの誰かに俺のことを聞いたの?」
「この前は、最初に優子ちゃんに相談したんです。そしたら動物が絡んでるなら高井さんに相談するのがいいよって言われたんです。」
ああ、なるほど。そういえば、あの時もそんなこと言ってたな。
あの時は、佐々木さんに紹介されて来たって言ってたのを思い出した。
うん? 待てよ。小林さんは、佐々木さんに紹介されたから良しとして、いや良くはないんだけど、佐々木さんは誰に紹介されたんだ?
そんな疑問が浮かんだとき、小林さんが「でも…」と話を続けてくれた。
「優子ちゃんは、よっしーに紹介されたそうです。」
「よっしー? あっ、あの野郎か!」
よっしーと聞いて、初めは誰のことか分からなかったが、サークルの中で俺のことを知っていて、尚且つ、そんな面倒なことを持ち込んでくるのは吉田の馬鹿野郎しか思いあたらない。
「あの野郎……。」
「ふふっ。でも、不思議ですよねえ。」
「うん? 何が?」
「いや。高井さんとよっしーって全く雰囲気違う感じじゃないですか。高井さんは、すごく落ち着いている感じがしてて、よっしーは、その反対で遊ぶことに全力投球というか。そんな二人の仲が良いって何か不思議だなぁて思ったんです。」
「そんなに仲が良いってわけじゃないよ。」
「でも、一緒に飲んだり、遊んだりしてるんですよね?」
「まあ、たしかに。」
たしかに、大学で遊ぶ仲間といえば、吉田とか吉田の友達とかくらいなもんだ。
そんなところにわざわざ気づかなくてもよかったのに…。
俺って友達少ないなと改めて確認させられたよ。小林さんのバカヤロー。
「お二人ってどういう風に知り合ったんですか?」
「なんか嫌だな、その聞き方。」
まるで、結婚した夫婦に馴れ初めを聞くかのように尋ねてくる小林さん。
「そんな運命的な出会いがあったわけじゃないよ。というか男同士でそんな出会いがあったら怖いしね。」
「まあ、そうなんですけど。でも聞いてみたいじゃないですか。」
「そんなに?」
「そんなにです。」
別にこんな話、聞いても面白くも何ともないのにと思いながらも、小林さんはもの凄く聞きたそうな目で見てくるので、その目を見てしまった俺は、きっと話すまで帰してくれないだろうなと諦めの境地で、吉田との出会った時のことを話してあげることにした。
「あれはね。たしか必修科目の講義のときだったかな。」
本当に、なんの面白味のない普通の出会い。
でも、今思えば吉田から受けた相談。あの相談から、俺に相談してくる人が、少しずつだけど増えてきたのは間違いないだろう。
そう思うと、「あの時の俺、馬鹿!」と言いたくなった俺だったのだ。