第十話 世知辛い世の中です。
「ただいまーっと」
今日は、午前中で講義が終わったので、昼飯を学食で食べた後、真っ直ぐ家に帰ることにした。
「おかえり。今日は早かったのお。」
「まあね。今日は午前中で終わりだからね。」
本当なら、大学に残ってサークルに顔を出したり、街をぶらぶらしても良いんだが、サークルにはあまり話せる友達がいないのと、街は手持ちの所持金が少ないので、本当にぶらぶらして終わってしまうからやめた。
というわけで、たまには家でまったりするのもいいかなと思い、一人暮らしの家に帰ってきたのだ。
「お主は、いつも家におるのお。わしの世話をちゃんとしてくれるのは助かるが、たまには若者らしくパァーっと遊びに行ってはどうじゃ? 一日くらい世話をサボっても、わしは死にはせんぞ。」
「生憎、遊びに行きたくても軍資金がないのだよ。チョウロウ。」
大学生になってから、「お金がない」が俺の口癖になったのは、気のせいなんかではなく、まぎれもない事実である。
なんでだろう……。バイトもしていて、遊びにもあまり行かない。なのにお金は貯まらない。
「世知辛い世の中じゃのお。」
「全くだ。」
ちなみに、今、俺と話しているのは、ペットのカメで、名前はチョウロウだ。
ペットは飼うつもりはなかったんだけど、チョウロウの強引さに負けてしまったのだ。
あれは大学生になって一人暮らしを始めた頃。
まだバイトも決まっておらず、暇すぎて河川敷を散歩していたら、どこからともなく声をかけられたのだ。
「もし、そこのヒトよ。申し訳ないが、お主が持っている水を、わしの体にかけてくれまいか。」
「うん?」
はじめは、どこから声がするのか分からずキョロキョロしていると「下じゃよ」と自分の居場所を教えてきた。
見てみると体長10cmほどのミドリガメが首を長くしてこちらを見ていた。
「ああ、いいよ。」
「おお、ありがたい。最近、雨が降らなくてのお。乾いて乾いて困ってたんじゃ。」
カメの前に座って、手に持っていたペットボトルの蓋をとり、水を甲羅の上からかけてやった。
「おお、生き返るようじゃ。」
「それはそれは、よかったねえ。」
ある程度かけてやった後、今度は自分で水を飲むことにした。
「そういえば、どうしてこんなところにいるんだい?」
河川敷にカメがいるのは、滅多にないことだと思う。
珍しいなと思った俺はついつい聞いてしまったのだ。
「よくぞ聞いてくれた! 聞くも涙、語るも涙のわしの話を聞いてくれるかのお?」
どうやら話が長くなりそうだ……。
「いや、ちょっと待っ…」
「あれは多くの人が集まっていて、なにやら賑やかな場所じゃった。あの頃は、わしの他にカメがたくさん居ってのお。子供たちが、わしらを捕まえようと頑張っておった……」
止めさせようとしたら、止める前に話を始めてしまった。
こちらが聞いた手前、まさか話を無視して置いていくわけにも行かず、腰を据えて話を聞くしかないようだ。
「そして、そこでわしは一人の少年に出会ったのじゃ。」
出会いから話すのかよ…。
「というわけで、わしは捨てられてしもうたんじゃ。」
「なるほどなぁ。」
時計がないので、正確な時間は分からないが、とりあえず夕日が綺麗だとだけ言っておこう。
あれからこのカメは、出会いから始まり、ザリガニとの格闘、一週間も放置されたこと、なぜかネコに食べられそうになったことなどなど、自分の身の上話を脱線しながら話してくれた。
「ふぅ、しかし長く話したのお。のどがカラカラじゃ。」
「すまないが、もう水はないぞ。」
「なんと!」
当たり前だ。あれだけ長く話していれば、聞いている方だってのどが渇く。
「むむむっ、困ったのお。まだしばらくは雨が降りそうにもないからのお。困った困った。」
そう言いながら、チラッとこっちを見てくるのが、なんとも白々しい。
「ええいっ、わかった。ウチに連れてってやる。」
「おお、わしを飼ってくれるか!」
「えっ、ちょっ、飼うとは言ってな…」
「いやー、助かった! このままだといつ干からびて死んでしまうか冷や冷やしたわい。」
カメのくせに、この強引さはなんなんだ?
そんなことを考えながら呆然としていると「ほれ、お主の家はどこじゃ? 案内するんじゃ」と、家とは反対方向へと歩いていってしまった。
「はぁ、全く。……そっちじゃねえよ。」
あまりに遅いその歩みを見て、しかたないなと半ば諦めの気持ちで飼うことにした。
もちろん飼うからには、手を抜かないし、捨てたりもしない。
亀は万年というけれども、さすがに俺より長くは生きないだろう。
その時は、こいつの最後をしっかり見届けてやろう。
そんな覚悟も決めながら、ヒョイッとカメを手のひらに乗せて、ウチまで連れて行ったのだ。
「ほれ、何をボーっとしておる。」
「へ? ああ、ちょっと昔のことを思い出してたんだ。」
どうやら、昔のことを考えていたら、ボーっとしていたらしい。
「しかし、天気が良いのお。これだけ天気が良いと日光浴でもしたくなるわい。」
なるほど、たしかに今日は天気が良い。
相変わらずだなと苦笑しつつも、たまにはチョウロウと、あの河川敷を散歩するのもいいかもなと思う俺だったのだ。