表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/16

第十話 世知辛い世の中です。

「ただいまーっと」


 今日は、午前中で講義が終わったので、昼飯を学食で食べた後、真っ直ぐ家に帰ることにした。

 

「おかえり。今日は早かったのお。」

「まあね。今日は午前中で終わりだからね。」


 本当なら、大学に残ってサークルに顔を出したり、街をぶらぶらしても良いんだが、サークルにはあまり話せる友達がいないのと、街は手持ちの所持金が少ないので、本当にぶらぶらして終わってしまうからやめた。

 というわけで、たまには家でまったりするのもいいかなと思い、一人暮らしの家に帰ってきたのだ。


「お主は、いつも家におるのお。わしの世話をちゃんとしてくれるのは助かるが、たまには若者らしくパァーっと遊びに行ってはどうじゃ? 一日くらい世話をサボっても、わしは死にはせんぞ。」

「生憎、遊びに行きたくても軍資金がないのだよ。チョウロウ。」


 大学生になってから、「お金がない」が俺の口癖になったのは、気のせいなんかではなく、まぎれもない事実である。

 なんでだろう……。バイトもしていて、遊びにもあまり行かない。なのにお金は貯まらない。


「世知辛い世の中じゃのお。」

「全くだ。」


 ちなみに、今、俺と話しているのは、ペットのカメで、名前はチョウロウだ。

 ペットは飼うつもりはなかったんだけど、チョウロウの強引さに負けてしまったのだ。





 

 あれは大学生になって一人暮らしを始めた頃。

 まだバイトも決まっておらず、暇すぎて河川敷を散歩していたら、どこからともなく声をかけられたのだ。


「もし、そこのヒトよ。申し訳ないが、お主が持っている水を、わしの体にかけてくれまいか。」

「うん?」


 はじめは、どこから声がするのか分からずキョロキョロしていると「下じゃよ」と自分の居場所を教えてきた。

 見てみると体長10cmほどのミドリガメが首を長くしてこちらを見ていた。


「ああ、いいよ。」

「おお、ありがたい。最近、雨が降らなくてのお。乾いて乾いて困ってたんじゃ。」


 カメの前に座って、手に持っていたペットボトルの蓋をとり、水を甲羅の上からかけてやった。


「おお、生き返るようじゃ。」

「それはそれは、よかったねえ。」


 ある程度かけてやった後、今度は自分で水を飲むことにした。


「そういえば、どうしてこんなところにいるんだい?」


 河川敷にカメがいるのは、滅多にないことだと思う。

 珍しいなと思った俺はついつい聞いてしまったのだ。


「よくぞ聞いてくれた! 聞くも涙、語るも涙のわしの話を聞いてくれるかのお?」


 どうやら話が長くなりそうだ……。


「いや、ちょっと待っ…」

「あれは多くの人が集まっていて、なにやら賑やかな場所じゃった。あの頃は、わしの他にカメがたくさん居ってのお。子供たちが、わしらを捕まえようと頑張っておった……」


 止めさせようとしたら、止める前に話を始めてしまった。

 こちらが聞いた手前、まさか話を無視して置いていくわけにも行かず、腰を据えて話を聞くしかないようだ。


「そして、そこでわしは一人の少年に出会ったのじゃ。」


 出会いから話すのかよ…。




「というわけで、わしは捨てられてしもうたんじゃ。」

「なるほどなぁ。」


 時計がないので、正確な時間は分からないが、とりあえず夕日が綺麗だとだけ言っておこう。

 あれからこのカメは、出会いから始まり、ザリガニとの格闘、一週間も放置されたこと、なぜかネコに食べられそうになったことなどなど、自分の身の上話を脱線しながら話してくれた。


「ふぅ、しかし長く話したのお。のどがカラカラじゃ。」

「すまないが、もう水はないぞ。」

「なんと!」


 当たり前だ。あれだけ長く話していれば、聞いている方だってのどが渇く。


「むむむっ、困ったのお。まだしばらくは雨が降りそうにもないからのお。困った困った。」


 そう言いながら、チラッとこっちを見てくるのが、なんとも白々しい。


「ええいっ、わかった。ウチに連れてってやる。」

「おお、わしを飼ってくれるか!」

「えっ、ちょっ、飼うとは言ってな…」

「いやー、助かった! このままだといつ干からびて死んでしまうか冷や冷やしたわい。」


 カメのくせに、この強引さはなんなんだ?

 そんなことを考えながら呆然としていると「ほれ、お主の家はどこじゃ? 案内するんじゃ」と、家とは反対方向へと歩いていってしまった。


「はぁ、全く。……そっちじゃねえよ。」


 あまりに遅いその歩みを見て、しかたないなと半ば諦めの気持ちで飼うことにした。

 もちろん飼うからには、手を抜かないし、捨てたりもしない。

 亀は万年というけれども、さすがに俺より長くは生きないだろう。

 その時は、こいつの最後をしっかり見届けてやろう。


 そんな覚悟も決めながら、ヒョイッとカメを手のひらに乗せて、ウチまで連れて行ったのだ。






「ほれ、何をボーっとしておる。」

「へ? ああ、ちょっと昔のことを思い出してたんだ。」

 

 どうやら、昔のことを考えていたら、ボーっとしていたらしい。


「しかし、天気が良いのお。これだけ天気が良いと日光浴でもしたくなるわい。」


 なるほど、たしかに今日は天気が良い。

 相変わらずだなと苦笑しつつも、たまにはチョウロウと、あの河川敷を散歩するのもいいかもなと思う俺だったのだ。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ