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10話 でも私が一番仲良くなりたいのは響さんなんだけどね

「暑さ寒さも彼岸までって言うけどホントですね」

「そうね、あんなに猛暑だったのに、ちゃんと今年もこの時期に涼しくなったわね」

……私達は今、結菜さんの運転で結衣さんのお墓に向かっている。

 私は今回一緒に来るつもりは全然なかったんだけど、結菜さんに頼まれて着いて来てしまったのだ。

 結衣さんが眠る霊園は北九州にあるから車で一時間位かかる。その往復、『響さんと二人きりだと間が持たないから伊織さん、お願い一緒に来てくれない?』と言われて、ついうなずいてしまった。

 でも多分それは方便だ。……きっと響さんを心配して私を誘ってくれたんだと思う。

 霊園に向かう車中、助手席に座った私はずっと結衣さんとたわいのない話をしていたけど、響さんは一言も話さなかった。


「素敵なところですね」

 佐々木家のお墓は高台に建っていた。見晴らしがとてもよくて小倉の街が一望できる。

「北九州は夜景が綺麗なことで有名だから……きっと姉はここから見える風景を気に入っているんじゃないかな?」

 結菜さんは手際よく花立に供えてあった枯れた花を片付けると、新しい花を生けた。その手慣れた様子が、結衣さんが亡くなって長い歳月が流れたことを感じさせる。この七年、何度も繰り返してきたことなのだろう。

 結衣さんが最初にお参りをした。

「お姉ちゃん、今日は響さんが会いに来てくれたよ……」

 次は、響さんの番だ。響さんは綺麗な姿勢でお墓の前にしゃがんで手を合わせた。

「結衣……」

 そうつぶやいたきり随分長い時間、手を合わせていた。七年越しにやっとここに来ることが出来たんだ。きっと、話したいことが山ほどあるんだろう。

 響さんがどれだけ結衣さんを愛していたのか、それを見せられるたびに私はもっと響さんの事が好きになる。心がきゅんとして苦しくて愛しさがこみ上げてくる。

 こんなに人を深く愛せる人がいる。その人と私はこれから一緒に生きていきたいと強く願う……。

 響さんが『伊織も』と声をかけてくれたから私もお参りさせてもらった。

『結衣さん……結衣さんが愛して支えた響さんは、今は素晴らしい先生です。……体を壊して心配だと思いますが摂生に努めていますから見守っていてくださいね。それから……私が響さんを好きな事、許してください。……あ、ひとつお願いしたいことがあります。もう少し事務仕事にも力を入れるよう注意してやってください!』

「伊織、随分長い事手を合わせていたな……」

「あー、それはちょっと……もう少し響さんが真面目に事務処理に励んでくれないと困るって愚痴を聞いて貰っていたり……?」

 私の返事に結菜さんがふきだしたので私は苦笑するしかなかった。

「もう結衣とも仲良くなったのか? 伊織は本当にすごいな……」

 響さんはあきれたように言った……。


 駐車場に続く階段を下りながら響さんは、

「来て良かったよ……」

 と呟いた。小倉の街並みを背負った響さんの姿がとても眩しい。

 ずっとこの風景を覚えておこう。今日のこの気持ちを忘れないでいたい。

……響さんが愛しい。


 帰りは響さんが運転してくれた。私と結菜さんは後部座席に並んで座ってお互いのおすすめのカフェやレストランの話で盛り上がった。結菜さんはかなりの食通でたくさん美味しいお店を知っている。なんでそんなに詳しいんですか? って聞いたらなんとタウン誌の編集者さんだった。詳しい訳だ。こんどおすすめのお店に連れて行って貰う約束をして、私たちは別れた。

「伊織は誰とでも仲良くなれる天才だな……」

 響さんのマンションのエントランスでエレベーターを待っていると、ぼそりとそう呟いているのを聞いてしまった……。

 人たらしって良く言われます……。


 でも私が一番仲良くなりたいのは響さんなんだけどね。


 響さんの家は段ボールでいっぱいだ。こんなに素早い引っ越しは見たことがない、新しい家が空き室だったのをいいことに明日にはもう引っ越しだ。この部屋はすぐには契約が切れないからしばらく家賃は二部屋分払うそうだ。もったいないけど早く吹っ切りたいんだろう。

 今日は三連休の初日だから、明日の朝引っ越して祭日の月曜日までに何とか新しい部屋を整える予定だ。今日が、この家で過ごす最後の夜になる。


 段ボールだらけの家でどこに寝るんだろうと思っていたら結衣さんの部屋で寝るという。確かにここには一つも荷物がない。寝るにはもってこいだろうけど……。

「この部屋の思い出を辛いものにしたくないんだ。いい思い出にして大切にしまっておきたい」

 そうか……そうだね! この夜、私たちはひとつの布団の中でただ手をつないでいた。何もないがらんどうの部屋だったけど結衣さんの気配を探しながら目を閉じていたらいつの間にか眠っていた。

 

 翌日は朝から大変だった。業者さんがやってきて引っ越しの荷物をすべてトラックに積み終わったと思ったら、すぐに新居に移動して荷物が運び入れられ始めた。こんなに近所の引っ越しは業者さんも大変だ。息をつく暇がない。

 私と響さんは下ろされた荷物からどんどん荷解きをして、新居のクローゼットや押し入れに収めて言った。

 比較的片付けが好きな私が疲れる程の荷物の量なので病み上がりの響さんには負担が大きすぎる。リビングに設置してもらったソファで時々休んでもらいながら作業を続けた。

「あー、なんとか必要な荷物は片付いたかな?」

「そうですね、収納が多くて助かりました」

 新居の間取りは広めの3LDKだった。響さん、独り暮らしだよね……? おかげでクローゼットや押し入れなど収納スペースがたっぷりあって荷物は全部収まったけど……。

「この家、正直響さん一人には広すぎませんか? 三部屋もいります?」

「それは……ほら、俺の部屋と伊織の部屋と……子供部屋?」

 こ、こここ子供部屋って!

 き、気が早すぎるでしょ!

 私は驚き過ぎて言葉にならない。私達まだ付き合い始めたばかりだよ。

「ゴメン、伊織。気が早いのは分かってる。でも、俺はそれ位君との将来を本気で考えているってことは分かって欲しい。遊びで付き合ったりはしない」

……こんなふうに言われて嬉しくないわけないじゃん!

「うん!」

 私は響さんの首に抱き着いた。私だって本気だよ。

 本気で響さんが好きだ。いつかは結婚したいし、こ、子供だって出来れば欲しい。


 今夜ここから始めよう。

 新しいスタートを切ろう!


 私と響さんの新しい生活が始まるんだ。







 私を受け止めてくれた響さんは私を強く抱きしめてくれる。

「じゃあ、とりあえず、今夜から頑張るから」

 は?

 そ、その満面の笑みが怖い……。

「早く、子供の顔が見たいな」

 って! 

 ん、ちょっと!

 響さん!

 もうっ。

 

 勘弁してくださーーーい!!

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