最強の魔王は、真の勇者を待ち続ける。
息抜きに短編書きました。
俺、悪役好きやなぁ……。
ある所に、一体の人造人間が居た。
彼は、とある戦時中の魔導大国が戦争を終わらせる為に技術の粋を集めて開発した、『究極の戦闘兵器』として生まれてきた。
英雄と呼ばれた優れた戦士の遺伝子を核として、あらゆる強力な魔物の遺伝子を取り込み、改造によって戦闘に最適化された身体と、最高レベルまで高められたあらゆる分野の才能を持った、キメラ型ホムンクルス。
人間の姿をベースとしている為、自らで学習し、無限に強くなっていく最強の強化人間。
数多の失敗作を造り続けた末にようやく完成した、最強の兵器。
彼は、個体名『阿修羅』と名付けられた。
戦いの神の名を授けられた阿修羅は、自らに課せられた使命『戦闘兵器』としての役割を果たすべく、力を蓄えた。
ベースが人間である為、まずは、人間が培ってきた戦い方や、研究されてきた魔術を教え込まれる。
特に戦闘に関するものを徹底的に。
次に、遺伝子に混ぜ込まれた魔物の力を使えるかどうかの実験。
それによってドラゴンの力を手に入れた。
ヴァンパイアの再生能力を手に入れた。
オーガの怪力や、スピリットの魔法能力。
サラマンダーやシーサーペントなどの力によって、炎や水といった魔法属性も、特化型の魔物並みに扱えるようになった。
さらには、それらの力が相乗効果を生み出し、阿修羅はオリジナル以上の力を持つ怪物となった。
阿修羅は人間に近い生命体だが、混ぜ込まれた魔物の遺伝子や改造によって最適化された身体のおかげで、ほとんど食事や睡眠をする必要がない。
それによって不眠不休で動き続ける事が可能となり、これだけの詰め込み学習を僅か数ヶ月で終え、遂に阿修羅は戦線へ投入された。
◆◆◆
戦場で振るわれた阿修羅の力は圧倒的だった。
大軍を相手にすれば、オリジナルを越えるドラゴンブレスや大魔法で薙ぎ払い、
英雄と呼ばれる者達が少数精鋭で近接戦を挑めば、圧倒的な怪力と学ばされた戦闘術、そして無限の体力と再生能力に任せて蹂躙した。
そもそも、阿修羅に傷を付けられた者さえ、数える程しかいなかった。
つい先日まで一進一退の攻防を繰り広げてきた敵軍は、たった一体の戦闘兵器に滅ぼされ、
戦争は阿修羅の参戦から、僅か数日で終結したのだった。
◆◆◆
阿修羅の祖国は、戦争の勝利に大いに沸き立った。
人々は口々に阿修羅を褒め称え、阿修羅と彼を造った研究者達を英雄と呼んだ。
そして阿修羅も、己の使命を果たせた事に喜びを感じていた。
元々、阿修羅には感情という余計な機能は搭載されていないが、反乱を防ぐ為、阿修羅の脳には「祖国への忠誠」という刷り込みがかけられている。
その刷り込みにからくる忠誠心によって、阿修羅は喜びの感情に近い「何か」を感じている、それだけの事だ。
……だがこの時。
阿修羅の感情がない筈の心の内に、喜びとは違う「ナニカ」が生まれている事に、誰も気がつかなかった。
そして、その「ナニカ」によって引き起こされる事になる悲劇の可能性にも、やはり気づく者はいなかった。
◆◆◆
阿修羅の祖国はこの戦争勝利と阿修羅の圧倒的な力に酔いしれ、他の国々に向かって侵略戦争を仕掛けた。
敵国の軍勢は阿修羅一人で蹴散らせる。
自国の軍隊には防衛任務でも与えておけばいい。
阿修羅の相手に手一杯の敵軍では、こちらに反撃する余裕もない。
結果、阿修羅が倒されない限り、自国の損耗は限りなくゼロに近くなる。
こんなに楽な戦争はない。
国王は次々と陥落していく敵国と、何もしなくても広がっていく領土に味をしめた。
戦争は終わらず、阿修羅は戦い続けた。
誰も阿修羅には勝てなかった。
誰も阿修羅を止められなかった。
阿修羅は……圧倒的に強すぎた。
阿修羅の心に芽生えた「ナニカ」は、敵を滅ぼす度に少しずつ、少しずつ蓄積されていった。
◆◆◆
遂に、阿修羅は全ての国を攻め落とした。
祖国は、これまで誰にもなし得なかった世界征服をやり遂げたのだ。
だがそれは、戦闘兵器である阿修羅にとって、役割が終わった事を意味していた。
厳密には終わりではない。
諸国の反乱を抑える為の抑止力としての働きが、阿修羅には求められている。
しかし、今までのように、休む間もなく戦い続ける事はなくなった。
なくなってしまった。
──その時、阿修羅の心に溜まり続けていた「ナニカ」が、遂にはち切れた。
阿修羅は戦闘兵器である。
使命として生まれる前から刷り込まれたそれは、阿修羅の本能と呼べるものに等しい。
阿修羅は戦う為に生まれた。
その為に力を蓄えた。
なのに。
なのに。
阿修羅が全力を持って戦えるような強敵は、ついぞ現れなかった。
阿修羅の心に溜まっていた「ナニカ」。
それは不満だ。
最強の力を持っているのに、それを存分に活かす事ができない。
敵対者達は、どいつもこいつも弱すぎた。
戦いたい。
戦いたい。
戦いたい。
全力で戦ってみたい。
全力をぶつけられる強敵が欲しい。
阿修羅は戦いに餓えていたのだ。
その想いがはち切れ、我慢できなくなった阿修羅は、新たなる敵を求めて暴れ出した。
「祖国への忠誠」という刷り込みを、「戦闘兵器としての衝動」が塗り潰し、反乱を起こしたのだ。
祖国が世界を征服できたのは阿修羅のおかげだ。
誰も阿修羅に勝てなかったからこそ、その主である祖国は勝者でいられた。
その阿修羅が裏切ったら?
当然、誰にも止められる訳がない。
世界初の統一国家は、僅か一年にも満たぬ間に滅亡した。
◆◆◆
祖国が滅亡しても、阿修羅の心は癒えない。
強敵を探してさ迷い歩いた。
目につくもの全てに襲いかかった。
人間。
魔物。
兵器。
英雄。
そのどれもが、かつて蹂躙した雑魚ばかり。
つまらない。
とてつもなく、つまらない。
阿修羅の心は餓え、渇く一方だった。
◆◆◆
ある時、阿修羅はある事に気づいた。
これから先の阿修羅の人生を変える、大いなる発見だ。
それは、昔、殺し損ねた雑魚が、愚かにも再び歯向かってきた時の事だった。
その雑魚は、昔より強くなっていたのだ。
その雑魚は、その青年は、これまで戦った誰よりも強かった。
それでも阿修羅には到底およばない。
哀れな青年は、そのまま阿修羅に殺されてしまった。
だが、阿修羅は考えた。
何故、この青年はここまで強くなれたのだろうかと。
昔戦った時は、それこそとるに足らない雑魚でしかなかった筈だ。
必死に抵抗する連中に守られていただけの足手まとい。
最後には彼を守る者達も全員死んで、泣きわめきながら向かってきた。
あまりに弱くて殺す価値もないと思い、適当に虫でも払うかのように吹き飛ばして、そのまま去った。
そんな雑魚がこれだけ強くなれた理由は何だ?
何をすれば、人はこうして強くなれる?
阿修羅は考えた。
人を強くする方法を。
期待していたのだ。
あんな雑魚でもここまで強くなれたのならば、選ばれた真の勇者であれば、自らが全力を出すに値する強敵となり得るのではないかと考えて。
そして、阿修羅はたどり着いた。
何故、あの青年があそこまで強くなれたのか。
その理由に。
──怒りだ。
おそらくあの青年は、阿修羅に大切な者達を殺された怒りで強くなったのだ。
復讐を誓う事によって力を求めた。
そして最後には、阿修羅の遊び相手になれる程度の力を手に入れた。
ならば、人を強くする為には、怒りを与えてやればいい。
ついでに、恐怖と絶望もあれば尚いいだろう。
要は人々を追い詰めるのだ。
阿修羅に恐怖し、その力の前に絶望し、阿修羅を倒さねば自分達は滅びると、強烈なまでに人々に刷り込む。
その中にあって、折れない強い心を持った真の勇者が生まれ、その力を研鑽し、いずれ阿修羅を殺しに来るだろう。
その勇者はもしかしたら、阿修羅に全力を出させるくらいの力を手にしているかもしれない。
素晴らしい。
素晴らしい発見で、素晴らしい思いつきだ。
阿修羅は狂喜した。
感情など無い筈なのに、心の底から喜んだ。
そして阿修羅は、早速、真の勇者を作る為の準備を始めた。
最初から阿修羅自身が出向いては駄目だ。
そうしたら、勇者が強くなる前に殺してしまう。
阿修羅は壊れた戦闘兵器。
敵を前にしたら、我慢が効かないのだ。
そもそも、いくら強いといっても、阿修羅の身体は一つしかない。
一人でできる事には限界がある。
こんな大がかりな事を仕掛けるなら、尚更だ。
なので、阿修羅は自身よりも遥かに劣った配下を造る事にした。
ヴァンパイアの眷族作成の力と、あらゆる魔術を使って造り出した、眷族達。
その力は既存の魔物と大差ないが、彼らは徹底的な悪意を持って、人々を殺して回る。
そんな眷族達を世界中に解き放つ。
世界は大混乱に陥るだろう。
生き残る為には、強くならねばならない。
誰かを救う為には、更に強くならねばならない。
そして、この悲劇を終わらせるには、更に更に強くならねばならない。
そう──阿修羅を倒せる程に。
阿修羅の試みは成功した。
眷族達は見境なく人々を襲い始め、それに対抗する為に、人々は自然と鍛えられていった。
人間達が有利になれば、その都度、阿修羅本人が出向いて大きな国や組織を壊滅させた。
それによって、戦線は常に人類の劣勢。
滅ぼされる一歩手前の終末状態。
その状態になるよう、阿修羅は上手く調節した。
そして、この頃から、阿修羅は人類を滅ぼそうとする生ける厄災──『魔王』と呼ばれるようになった。
◆◆◆
そして、遂にその時はやって来た。
剣を持った青年。
槍を持った戦士。
魔術師の女。
治癒術師の少女。
彼らは、数多の眷族達を打ち倒し、勇者への試練として用意した特別な個体すらも倒し、その度に力を増して、
遂に、魔王となった阿修羅の下へとたどり着いたのだ。
ここは阿修羅が作った城の中。
遥か昔に自分の手で滅ぼした祖国の城を参考に、適当に魔術で作った自分の棲みかだ。
だが、勇者達にとっては悪しき魔王の住まう、諸悪の根源『魔王城』。
否が応にも、威圧される。
「よくぞここまでたどり着いた。勇者達よ」
玉座に座る阿修羅は、静かな声で彼らに語りかける。
ここまで長かった。
寿命の長い魔物の遺伝子を複数持つ阿修羅は、ほぼ永遠と言えるだけの寿命を持つ。
故に、長い長い時間、強敵の出現を待つ事ができた。
魔王は積年の望みを叶えるために。
勇者は魔王を倒し、人々の平和を取り戻すために。
──戦いが始まった。
◆◆◆
勇者達は強かった。
全力で放った拳は、戦士に受け流され、
本気で放った魔術は、魔術師に防がれ、
与えた傷は治癒術師に癒され、
勇者の剣は、確かに魔王を切り裂いた。
嬉しかった。
阿修羅は心の底から嬉しかった。
ようやく。
ようやく、自身と互角に戦ってくれる強敵が現れた。
魔王を打倒しうる勇者が現れた。
戦いは三日三晩続いた。
戦闘の余波で城は更地になり、その跡地には大きなクレーターが出来上がっている。
そして、戦いには、必ず終わりが存在する。
クレーターの中央で、最後に立っていたのは──魔王であった。
「く……クソッ……!」
魔王の足元で勇者が嘆く。
既に彼の仲間達は死んだ。
戦士は、一瞬の気の緩みから生じた隙を突かれ、心臓を貫かれて。
魔術師は、魔力が尽き果て、魔王の魔術を相殺できずに焼き尽くされて。
治癒術師は、味方の守りがない中、必死に勇者の傷を癒しているところを狙われて。
そして勇者もまた、力尽きて倒れてしまった。
彼は本当によく戦った。
仲間が死んだ後も、その意志を継ぎ、最後の力を振り絞って、たった一人で魔王と戦い続けた。
しかし、彼はどこまで行ってもただの人であり、その体力には限界がある。
一方、魔王は、阿修羅は無尽蔵の体力を持つ人造人間である。
最後の最後、この差を埋める事だけは叶わず、勇者は敗北した。
「ありがとう。勇者よ」
そんな勇者に、阿修羅は心からの礼を言った。
強大な敵を、自身の全力を尽くして、ようやく打ち倒した。
阿修羅は今、初めて『戦闘兵器』としての真の役割を果たせたような、そんな充実感のようなものを感じていた。
もっとも──
「ふざけるなッ!!」
勇者からすれば、意味不明の戯れ言にしか聞こえないだろうが。
本当に最後の力を振り絞って突撃してきた勇者を、阿修羅は容赦なく殺害した。
阿修羅は戦闘兵器。
敵を殲滅する為に造られし者。
そこに、慈悲などありはしないのだ。
「……」
戦いを終えた阿修羅は、何とはなしに空を見上げて思う。
自分は本懐を果たした。
だが、未だに生きている。
これから先は、何の為に生きるのだろうかと。
そんな事は決まっている。
阿修羅は戦闘兵器だ。
戦いが終わったのならば、次の戦いを、次の強敵を求めるのみ。
いつか、戦いに敗れて破壊される、その時まで。
だから、阿修羅は待つ。
待ち続ける。
己を倒す、真の勇者を。
──最強の魔王は、真の勇者を待ち続ける。