第8話 出発準備
ショーイチは、目を覚ました。
今が何時なのかは分からないが、暗さから夜明けまでまだ時間があることは分かった。横のベッドを見ると、ゴローの姿が無い。起き上がると、サブマシンガンを持ち、ゆっくりと公民館の外に向かった。どうしてそうしようとしたのか分からなかったが、そこに行かなくてはいけないような気がしたのだ。
公民館の外に出ると、東の空が白くなっていた。しかし、辺りはまだ薄暗い。もうすぐ夜明けだ。西の空には、オリオン座が見える。
この世界に来て、初めて体験する夜明け。この世界での夜明けはどんなものだろう?
「ショーイチ」
薄暗い闇の中から不意に名前を呼ばれて、ショーイチは驚いて声がした方を見る。
「ゴロー……」
そこにいたのは、ゴローだった。まだ起きてからそんなに時間が経っていないのか、少し寝癖がついている。
「おはよー」
「おはよう。ゴローもこんなに早くに目が覚めたのか?」
ショーイチの問いに、ゴローは首を縦に振った。
「なんだか自然に目が覚めたんだ。こっちに来る前までは、こんなことは無かったのになぁ……」
「俺も同じだ」
2人はお互いの目を確認した。色は、昨日と同じで片目が違う色のままになっている。
「やっぱり、夢じゃなかったんだな」
「何が?」
「この目のことだよ。ほら、色が変わったままになってるだろ?」
ショーイチが自分の紅くなった右目を指さす。
「あぁ、確かにそうだね」
ゴローは思い出したように云った。
「……この目、どうすればいいのかな?」
「さぁな……だけど、ユウが云ってた『リベレーター』という所の本部に行けば、何かわかるのかもしれないな」
「そうだね」
すると、辺りが少しずつ明るくなってきた。東の空から光が流れ込んできて、2人を照らす。薄暗さが消え、街灯も灯りを次々に消していく。
「夜明けだ……」
ゴローが呟く。東の空からは、太陽が少しずつ地平線から顔を出していた。
「夜明けなんて、久しぶりに見たな」
「そうだなぁ……」
2人は美しいと思いながら、夜明けを見つめる。太陽が完全に地平線の上へと姿を現すと、辺りは一気に明るくなり、空の星も次々に見えなくなった。真夏のオリオンも、朝風に吹かれながらゆっくりと消えていった。
すると、2人の腹が鳴った。2人は互いに顔を見合わせ、苦笑いした。
「そういや、まだ何も食べていなかったな」
「昨日食べたマリアさんの手料理が恋しいな」
ゴローが云った。
「ははっ、お前ひょっとしてマリアさんに……」
「えっ、い、いや、そうじゃなくて……」
ゴローが慌てて取り繕う。その顔は、ほのかに紅くなっていた。
「あっ、いたー!」
後ろから声が聞こえてきた。2人が振り返ると、公民館の入り口にユウがいる。
「朝食できてるぞー!」
「わかったー! すぐ行くー!」
ショーイチが応えると、ユウは公民館の中に消えていった。
「さて、そろそろ戻るか」
「そうだね」
2人は公民館の中に戻っていった。
ユウは居間のテーブルの上に地図を広げ、軍用のコンパスを置いた。ペンを手に持ち、付箋に書き込んでは、あちこちに貼りつけていく。
「ここのルートは使えないな……」
「何やってんだ?」
ユウの頭上から声がした。ユウが顔を上げると、ショーイチが見下ろしていた。
「ショーイチか。ゴローは?」
「ゴローなら、マリアさんと移動中に消費する非常食について話してたぜ」
「そうか……マリアめ、全く」
ユウは少しだけ口元を緩めて云った。
「この地図って、確か……」
ショーイチは、机の上に広げられている地図が、昨日見たものと同じものであることに気づいた。
「ルートを考えていたんだ。あちこちに散らばっている『リベレーター』の情報員から送られてくる情報を元にして、移動ルートを作っていく」
ユウは新しい付箋に情報を書き込み、地図に貼りつける。
「最近は政府の駒の動きが活発になっている。だからルート選びも真剣にやらないといけないんだ」
「政府の駒……?」
「役人や警察のことだ」
ユウはペンを置き、赤いペンに持ち替える。
「私が考えたルートが、これだ」
赤いペンで道をなぞっていくと、地図に『リベレーター』の本部があるエリアHDのコナラまでのルートが浮かび上がった。
「最も政府の駒が少ないルートだ。これなら戦闘になる可能性が最も少ない。休憩できるところが他のルートに比べて少ないことが欠点だがな」
「他のルートは?」
ショーイチが地図を見ながら訊いた。
「他にはここと、このルートがある」
ユウがペンで道を指した。
「どちらも政府の駒が少し多い。特にこっちのルートは、戦闘は避けられないかもしれないな」
すると、ユウがショーイチに顔を向けた。
「ショーイチ、敵が多いルートと少ないルート、どっちがいい?」
「そ、そりゃあもちろん……少ないルートだろ」
ショーイチはそう答える。たとえサブマシンガンがあっても、できれば撃ち合いはしたくない。
「なるべくドンパチなんか、したくねぇよ」
「……その通りだな」
そう云って、ユウは一つのルートを残して、それ以外のルートに×印を打った。
「よし、このルートでほぼ決定だな」
「いつ、出発するんだ?」
「全ての準備が整ってからかな。だいたいあと1日か2日くらいで出発できそうだ」
ユウがそう云うと、マリアがやってきた。
「ユウ、移動する間に消費する非常食の計算が終わりました」
マリアは、どことなく落ち着きが無くそわそわしている。
「あぁ、ありがとう」
ユウはマリアから1枚の紙を受け取る。受け取った紙に一通り目を通すと、ユウは口元を緩めて頷いた。
「思っていたよりも少量で済んだのか」
「えぇ」
「今の所、何も問題はないな」
マリアの落ち着きは治まらない。服のポケットに手を入れて、何かを探しているように見える。
「……マリア、どうかしたのか?」
「あ……ちょ、ちょっとですね……」
「マリアさん、落ち着きが無いぜ?」
すると、ゴローがやってきた。
「マリアさん、これ落とさなかった?」
ゴローはそう云って、一本の小さな折りたたみ式ナイフを見せた。人間界にあるものとほとんど変わらない、キャンプなどで使う折りたたみ式ナイフだ。
「あっ、そうです! 私のです!」
マリアはそう云って、ゴローから折りたたみナイフを受け取った。ナイフには、柄の部分に何かの紋章のようなものが刻まれている。
「ありがとうございます!」
「大事なものなのか?」
ショーイチが訊いた。
「はい。両親が私に遺してくれたナイフです。さっきから見つからなくて気になっていたんです」
「マリアはいつもこれを包丁代わりにして料理を作ってくれるんだ。昨日のあの料理も、マリアはこれを使って作ったんだ」
「え、このナイフで!?」
ショーイチは驚きを隠せない表情になった。日本ではナイフ一本を包丁として使って料理を作れる人なんて、まずいないだろう。
「だからさっき落ち着きが無かったのか」
「はい。ゴローさん、本当にありがとうございます!」
マリアは礼儀正しく、ゴローに頭を下げた。
「い、いやぁ……そんな大げさな」
ゴローは顔を赤らめながら照れる。
「顔が赤いぜ」
ショーイチがゴローを小突く。
「あうっ!」
ゴローが変な声を出した。
「荷造りも終わった。ルートもできた。非常食の準備もできた……」
ユウが一つ一つ、点検しながら云う。
「明日にでも出発できそうだな」
「あとやっておくことは?」
「武器の手入れ、ぐらいかな? 今のうちにやっておいた方がいい」
「そうか、武器の手入れか……」
全員が、一斉に武器を取り出した。机の上に、全員の武器が置かれる。
「俺のサブマシンガン、ゴローのショットガン、ユウのリボルバー……あれ?」
置かれた武器を数えて、ショーイチがあることに気づいた。
「マリアさんは、武器は……?」
「あっ、あのですね……銃が上手く使えないんです。それに――」
マリアが云いかけた所で、ユウが口を開いた。
「マリアは私と違って、魔法である程度戦えるんだ。護身程度ではあるがな」
ユウが云った。
「だから武器が必要ないんだ。云いかえれば、魔法が武器なんだ」
「……というわけなんです」
マリアはそう云って少し微笑む。
「なるほど、だから武器が無いのか」
ショーイチは頷く。
「俺達も魔法を使えたらいいよな、ゴロー」
「ん……そうだね」
ゴローはマリアを見ながら、そう答えた。
その後、マリアは台所へコーヒーを淹れに行き、武器を持つ3人は、それぞれの武器の手入れをした。銃を分解し、掃除用の棒や布きれで部品をよく掃除し、再び組み立てる。
「カッコイイな、その拳銃」
ショーイチが、ユウの拳銃を見ながら云った。
「ああ、これか?」
ユウは拳銃を指さして云う。
「私のお気に入りなんだ」
「へぇ~……」
ショーイチはユウの拳銃をまじまじと眺める。グリップを見たとき、ショーイチはグリップに古い銀貨がはめこまれていることに気づいた。狼が象られた古い銀貨に、ショーイチは目を奪われる。
「……どうした?」
急に真剣な表情になったショーイチに、ユウが声を掛ける。しかし、ショーイチは古い銀貨に見入っているようで、反応は無い。
「……?」
ユウはショーイチの目線を追いかける。そしてようやく、ショーイチが何を見ているのか気がついた。
「その銀貨がどうかしたのか?」
古い銀貨のことを指摘して、ショーイチはようやく顔を上げた。
「あぁ……なんか、これカッコイイなぁ、と思ってさ……」
「カッコイイ……か?」
ユウは少し動揺しながら訊いた。
「この象られているのって、狼だろ?」
「そうだ。――これは、私の家系の紋章なんだ」
「へぇ、そうなんだ。――えっ?」
ユウのカミングアウトに、ショーイチは目を丸くする。
家系の……紋章!?
「も、紋章!?」
紋章の意味は、なんとなく分かった。これは、日本でいう家紋のようなものだろう。
「あぁ。両親から少し聞いただけで詳しいことは分からないが、これは私の家系の紋章らしいんだ」
「へぇ、こっちの世界にも家紋のようなものがあるのか……」
すると、ショットガンを組み立て終えたゴローが身を乗り出した。
「何かあったの?」
「いや、これがユウの家紋なんだって」
「えっ? 家紋だって?」
「ああ、これがそうらしいぜ」
ゴローはグリップの古い銀貨を指さして云う。
「しかし、どうして銀貨に……?」
「それはだな……」
ユウが云いかけたとき、マリアがコーヒーの入ったカップを持って戻ってきた。
「どうかしたんですか?」
マリアがカップをテーブルの上に置きながら云った。
「あぁ、これのことで話していたんだ」
ユウがグリップの古い銀貨を指さして云う。
「あぁ、それのことですね。確かユウの家系って、元は王家に仕える戦士の家柄でしたよね?」
「えっ、戦士だって?」
ショーイチが目を丸くした。
「ああ、その通りだ」
ユウが頷く。
「私の先祖は、王家に仕える戦士の身分だったらしい。王の軍隊の指揮を任されていて、代々王家に仕えてきたと聞かされた。ただ、今このユーフラテスは共和国で王家がいないから、本当はどうだったのかはよく分かっていないんだ」
「おぉー、カッケェ」
ショーイチがそう云うと、ユウは少し頬を赤らめた。
「そ……そうか……?」
「あぁ、先祖が戦士なんて、すげぇと思うぜ。だって、サムライじゃん」
ショーイチはお世辞なく、正直に云った。
「あ……ありがとう」
ユウは先ほどよりもさらに顔を赤めた。
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