第19話 本部到着
フライングマシンが無事に着陸し、エンジンが停止して完全に止まると、『リベレーター』本部には歓声が轟いた。
「あの人間、やったぞ!」
「なんてすごいんだ! 飛行機を操るなんて!」
「よし、出迎えに行くぞ!」
一斉に、動き出した。
フライングマシンが無事に着陸し、停止したことを感じ取ると、ゴローはゆっくりと操縦桿から手を離した。
「……着陸成功」
そう云って、大きくため息をついた。サングラスを外し、パイロットのイスからゆっくりと立ち上がる。
「ゴローさん!」
すると、マリアがゴローに抱き着いてきた。
「わぁっ!?」
「ゴローさん……ありがとうございました」
マリアは涙をにじませながら云った。
「私達が生きていられるのは、ゴローさんのおかげです」
「い……いや、あの……」
ゴローが顔を真っ赤にしながら戸惑う。
「私、ちょっと――」
「あ、俺もお供するわ」
ユウとショーイチは、コクピットから出た。ユウは後部の倉庫に入り、アメ車の運転席に座った。ショーイチも助手席に腰掛ける。すると、ユウはどこからかタバコのようなものを取り出し、口に咥えた。
「えっ、タバコ?」
「いや、似ているけど、違う」
ユウはライターで火を点け、煙を吸い込み、吐き出した。
「これはシガーコロンといって、気持ちを落ち着けたいときや魔力を回復させたい時に吸う、いわばお香のようなものだ。タバコと違って、身体には無害だし、使っている人も多い」
吐き出された煙の匂いを、ショーイチは嗅いでみた。本当に、落ち着きそうないい香りがした。
「吸うか?」
ユウが1本差し出したが、ショーイチは手を横に振った。
「いや、遠慮しておく」
あまりにも吸い方がタバコに似ていて、ちょっと抵抗感を覚えた。
ユウは煙を一気に吸い込み、顔を上に向けて吐き出した。煙が天井に上って行き、薄くなって消えた。
「なーんか、マリアって変わったなぁ」
「やっぱり、そうなのか?」
「……恋する乙女は美しくなる、なんて云うしな」
その言葉は、ショーイチも聞いたことがあった。この言葉、やっぱり本当のことだったんだ。そうショーイチは心の中で呟いた。
「マリアは元々、かなり大人しくて……男との話なんて全く聞いたことが無かった。それが今や、ゴローにべったりだ。ショーイチとゴローが現れてから、私たちはかなり変わったんだ……」
「えっ、ユウも変わったのか?」
ショーイチが訊くと、ユウは変な所に煙を吸い込んだらしく、むせ返った。咳を連発する。
「ショ……ショーイチは、私が変わったと思うのか?」
「んー、そうだなぁ……」
ショーイチはアゴに手を当てて、考える。
「正直、俺がこの世界に来る前のユウのことは知らないし、ひょっとしたら違っているかもしれないけど……なんだか、照れることが多いんじゃないかな?」
「なっ……」
ユウは顔を紅くした。
「そっ、そんなこと――」
「いや、事実、今だって顔が紅いぜ?」
ショーイチが指摘する。
「――!!」
ユウは何も云わずに、ただ顔を深紅に染めた。
そのとき、外から声が聞こえてきた。
「ユウ、いたら返事をしてくれ。カプシカム司令官の命令で君達を迎えに来た!」
2人は顔を見合わせる。
「そろそろ……」
「そうだ……な」
ユウは吸い終えたシガーコロンの火を消すと、コクピットに向かって歩き出した。
割り当てられた部屋に入ったショーイチは、机の上に荷物を置くと、ベッドに寝転がった。フライングマシンを降りてから、いろいろと忙しかった。フライングマシンを格納庫に運び、積荷を降ろして、『リベレーター』の兵士たちから質問攻めになった。そしてやっと今、2人は『リベレーター』本部の居住区にある割り当てられた男性用の寮の部屋に辿り着き、荷物を降ろすことができた。
「なぁ、ゴロー。お前さ――」
部屋の反対側に置かれたベッドを見ると、ゴローはすでに眠っていた。
無理もないか。ショーイチは心の中で云った。ずっとフライングマシンを1人で誰とも交代することなく操縦してきたんだ。きっと、俺よりもずっと疲れているのだろう。
すると、ドアが2回ノックされた。
「ショーイチ、ゴロー?」
声の主は、ユウだ。
「ちょっと待って――」
ショーイチは扉を開けると、廊下に出て、そっとドアを閉めた。
「ショーイチ、ゴローは?」
「しーっ! 今は寝ているんだ」
ショーイチは自分の口に人さし指を当てて云った。
「死んだように眠っている。だから起こすとまずい」
「そうだな。近くのロビーに行こう」
ユウに続いて、ショーイチは移動した。近くのロビーには、誰もいなかった。2人はソファーに腰掛けた。
「そういえば、マリアさんは?」
フライングマシンを降りてから、マリアの姿を見ていない。すると、ユウが口を開いた。
「マリアなら私と同じ部屋にいる。ゴローのために、体力と魔力を回復させるためのお菓子を作っているらしい。さっき、コロンをいろいろと調合していた」
「そうなんだ……ゴロー、愛されてるなぁ」
ショーイチは、羨ましそうに云う。事実、マリアから尽くされているゴローが羨ましかった。
「……羨ましいのか?」
ユウから云われ、ショーイチは口から心臓が飛び出しそうになった。
「……私も一応、努力はしているつもりだが……」
ユウの顔が紅くなる。こんなことを告白して、どうなるというんだ。ユウは自分自身に問いかけたが、答えは返ってこなかった。
「あ……うーん……う、羨ましいというか何というか……」
ショーイチは、どう答えたらいいか悩んでいた。答え方によっては、ユウを怒らせてしまうかもしれない。正直、ユウを怒らせると、かなり怖い。
「――ユウ、そういえば俺とゴローに何か用でもあったのか?」
話題を変えよう。ショーイチはそう思い、ユウに訊いた。
「ん――ああ、この『リベレーター』本部のことと、これからのことについて、少し話しておこうと思ってたんだ」
ユウは思い出したように云った。
「この私たちが今いる建物は、第7兵舎だ。本部には多くの兵士たちがいるから、兵舎の数が多いんだ。私たちはこれから、ここで寝泊まりすることになる。食事は決まった時間に多くの兵士たちと食堂で食べることになっている」
ユウの説明を、ショーイチは頭を縦に振りながら訊いた。
「そして、いよいよ私たちは兵士になるための訓練を受けることになる」
ユウのその言葉に、ショーイチの表情は険しくなった。兵士としての訓練。いったいどんな訓練を受けるのか。その不安が、ショーイチの表情を険しくさせた。ショーイチは同時に、クヌギ村で政府軍のピックアップトラックを燃やしたことを思い出した。あの時は怒りで頭がいっぱいで無我夢中だったため、自分が魔法を使ったときのことは全くといっていいほど覚えていない。
「ユウ、その訓練って……魔法の使い方とかも学ぶのか?」
ショーイチが訊いた。
「もちろんだ。そのために、ここまで来たんじゃないか」
そうだった。ユウの言葉で、ショーイチは思い出した。魔法を使える魔族たちを強制的に戦場へと送り出す政府。この政府を打倒してかつての文化的で平和な国を取り戻す。それが反政府組織『リベレーター』の使命だ。俺とゴローは、それに協力して元の世界に帰る。そのために、『リベレーター』に志願したんだ。
「……そうだったな」
ショーイチはそう云うと、ソファーに寝転がった。今は少し疲れているから、ゆっくりと休もう。
「――あぁ、そうそう」
突然、ユウが思い出したように云った。
「ショーイチとゴローは、訓練の前に検査をしなくちゃならないんだった」
「け、検査……?」
「あぁ、何の属性を持っているのか、身体は健康なのか……そういったことを調べなくちゃ、これからの訓練ができないからな」
「できたわ!」
マリアは満足そうに云う。マリアの前には皿が置いてあり、何枚もの焼きあがったクッキーが盛られていた。
「これを今すぐ、ゴローさんのところに……!」
マリアはクッキーが盛られた皿を両手で抱え、部屋を飛び出した。
確かロビーに、ユウがいたはずだ。マリアがロビーに向かうと、思った通り、ユウがいた。ショーイチも一緒にいる。
「ユウ! ショーイチさん!」
「――あっ、マリアか。どうしたんだ?」
「ゴローさんのお部屋を知りたいんです。これを持って行こうと――」
マリアの言葉を遮り、ショーイチが口を開いた。
「ゴローは今、部屋で寝ているよ。だからマリアさん、起きるまで待っていてあげようと思わない?」
「えっ、ですが――」
「ゴローはさ、ずっとフライングマシンという慣れない乗り物を操縦してきて疲れているんだ。マリアさんの気持ちも分からないことはないけど、ちょっと落ち着いた方がいいんじゃないか? 空を飛ぶ航空機なんて、俺達人間でも操縦できる人はそう多くない。それもフライングマシンという特殊すぎる航空機なら、なおさらだ。ゴローはそれをぶっつけ本番でやって、見事に成功させた。だけど、代償として相当な疲れとストレスを背負い込んだはず。今はそれを眠ることで少しずつ回復していると思うんだ」
ショーイチは一息置いて、再び口を開いた。
「だからさ、自然に目が覚めて起きてくるまで、待っててあげようぜ」
マリアは何も云えなかった。ショーイチの云っていることは、全て正しかった。
「……そうですね。私、ちょっと強引になってたみたいですね」
落ち着いた口調で云うと、マリアはユウの隣に腰掛ける。
「ゴローさんが起きるまで、待ちます」
「……ありがとう。マリアさん」
ショーイチがお礼を云い、ユウはそっと息を吐いた。
「ゴローが目を覚ますまで、みんなで待とう。『リベレーター』の担当者とカプシカム司令官には、私が伝えておく」
ユウはメッセンジャーバンドを指で軽く叩いた。
ゴローが目を覚ますと、辺りは夕方になっていた。目を擦りながら窓の外を見ると、夕焼けが見えた。あぁ、やっぱり夕焼けって美しいなぁ。
「ずいぶん……寝てたような気がする」
部屋を見回すが、ショーイチはいなかった。トイレにでも、行ったのだろうか?
ゴローはショットガンを持ち、部屋を出た。極力、銃を放さない癖が、すでに身についてしまっていた。
薄暗い廊下を歩いていき、ロビーの方へと向かって行く。ロビーに直通の階段を下りると、明るいロビーに出た。ロビーのソファーでは、3人が待っていた。
「あっ、ショーイチ!」
ゴローが声を掛けると、3人が振り返った。
「ゴロー!」
「ゴロー、起きたのか!」
「ゴローさん!」
3人の所に、ゴローは駆けていく。ショットガンを下ろし、ゴローはマリアの隣に座る。薬室から弾薬を抜き、ショットガンをソファーに立て掛けるようにして置いた。
「なんだか……長いこと意識が無かったんだけど、まさか28日も経ったりしてないよな?」
ゴローが云うと、3人は笑った。
「そんなに経ってないわよ。今日到着したばかりじゃない」
「そんなに寝てたら、周りがゾンビだらけになってるはずだぜ」
「ゴローさん、私が起こしてあげますから」
マリアが云い、ゴローは右手で頭を掻いた。
「えへへ……ありがと」
「……さて、全員揃ったことだし、そろそろ行こうか」
ユウが立ち上がった。
「えっ、どこへ?」
「決まってるじゃないか。カプシカム司令官の所だ。まだちゃんとした挨拶も済ませていないだろ?」
そう云われれば、そうだった。これから人間界に帰るまでの間、お世話になる人なんだから、1度はちゃんとした挨拶をしておくのが常識ってものだろう。
「そうだったな……」
ショーイチとゴローはアイコンタクトを交わすと、立ち上がった。
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