第15話 空の上
数時間後、4人と荷物を載せたフライングマシンは、エリアKNの支部から飛び立ち、進路を北へ向けた。目指すはエリアHDにある『リベレーター』の本部だ。
「おぉ~、本当に飛んでる」
ユウがメインキャビンの窓から外を見て云う。
「こんな鉄の塊が……本当に空を飛ぶんだな」
「もしかして、空を飛ぶ乗り物に乗るのは初めてなのか?」
ショーイチが訊いた。左腕には、カプシカムから貰ったメッセンジャーバンドをつけている。
ショーイチは何度か、飛行機に乗ったことがあった。最初こそユウのように驚いたが、今ではさほど驚かなくなった。
「ああ。こっちの世界には、空を飛ぶ乗り物なんてほとんど無いからな。なんだか、すごく新鮮な気持ちだ」
ユウの目は、生き生きとしていた。まるで何かに夢中になった子どものように、ユウは楽しそうに云った。
「そういえば、カプシカム司令官は?」
「カプシカム司令官は、転送という手段で移動しているから、すでにエリアHDの本部にいるはずだ」
「え? なんだって?」
「転送と云ったんだ。一瞬にして遠く離れた場所に移動できる魔法だ」
「そんな便利なものがあるのか……」
つくづく魔法は便利だなぁ、とショーイチは心の中で呟いた。しかし、その思いはユウの次の言葉によって否定された。
「しかし、この魔法は入口と出口の両方に魔法陣を敷かなくてはいけないから、どこへでも行けるってわけじゃないんだ」
「そ……そうか」
ショーイチは、赤いテープのような道具で、移動に使うためのものがあったような気がしたが、思い出せなかった。
ユウは自分の知識を披露できて嬉しかったのか、どこか生き生きとしている。
「……なんだか、可愛いな」
お世辞なく、正直にショーイチは云った。
「はっ、はあっ!?」
ユウはみるみるうちに顔を赤くし、動揺する。
「そっ、それはどういう意味だ!?」
「いや、そのままの意味だけど?」
「――っ!」
ユウは恥ずかしくなり、顔をそむけた。
わ、私が……この私が可愛いだって? そんなこと、今まで男性からは1回も云われたことが無い!
な、なんだか身体が熱い。それに、胸が苦しい。
こういうときは……どっ、どうすれば……?
「――そっ、そういえば、マリアとゴローは?」
ユウは別の話題を切り出した。
「ああ、ゴローとマリアなら、確か後部の客室のほうに行ったよ」
ショーイチは後部に続くドアの方を見ながら云った。
後部にある個室では、ゴローが簡易ベッドに腰掛けて、窓の外を見ていた。雲が流れて行き、青い空がどこまでも続いている。ショットガンは手入れを終えて、机の上に置かれている。ゴローも、左腕にカプシカムから貰ったメッセンジャーバンドをつけている。
空の青さは、こちらの世界でも変わらないんだな。
ゴローがそう思いながら、空を見ていると、ドアがノックされた。
「ん? どうぞー」
ゴローが云うと、ドアが開いた。
「あっ、マリアさん……」
入って来たのは、マリアだった。服を着替えたらしく、マリアは動きやすいパンツ姿から、女の子らしいゆったりとしたスカートになっていた。
「ゴローさん、突然でごめんなさい」
マリアはそう云って、ゴローの隣に座る。
「どうしたの?」
「ちょっと……会いたくなってしまったので」
マリアが恥ずかしそうに云い、ゴローの鼓動は早くなった。
「ゴローさん、ちょっと質問してもいいですか?」
「えっ……うん、いいけど、何を?」
「えーとですね……」
マリアは顔を赤くし、ゴローの顔を見た。
「ゴローさんには、恋人はいますか?」
「えっ!?」
マリアからの質問に、ゴローは驚く。
しかし、マリアの問いに対するゴローの答えは、最初から1つしかない。
「……いないけど」
ゴローに恋人はいない。今までに恋人ができたことは、1度たりともない。ずっと恋愛とは無縁だった。そしてそれは、ゴローのコンプレックスであった。
「本当、ですか?」
マリアが訊き返す。
「本当だよ」
「そう……ですか。それじゃあ、もう1つだけ、訊いてもいいですか?」
「どうぞ」
「今朝、どうして座ったまま眠っていたのですか?」
ゴローは今朝のことを思い出した。
「ああ、あれね。昨日の夜、ショーイチとユウが用を足しに行っちゃってね。もしも何か起きてマリアさんがやられたら大変だから、すぐに戦えるように座っていたんだ。そしたらいつの間にか寝ちゃって……」
「そうなんですか……」
マリアはそう云うと、ゆっくりとゴローの手を取った。
「まっ、マリアさん!?」
「ゴローさん……」
マリアは頬を赤く染めながら、ゴローの手を優しく握る。
「私、すごく嬉しかったです」
「え……?」
「ユウが座って寝ているゴローさんを見て『マリアのことを守っているようだった』と云って、私の事を守ってくれる男の人がいたんだ……と思ったんです」
ゴローは何も云わず、マリアの言葉に耳を傾ける。
「私、幼い時に両親を亡くしているんです。その両親からずっと云われてきたことがあります。『自分を守ってくれる男の人は大切にしなさい』って。……だから私、やっとその人に出会えて……すっごく嬉しいです」
マリアはそう云うと、ゴローにゆっくりとその身体を預けた。
「わっ! マリアさんっ!?」
「ゴローさん、しばらくの間、このままでいてくれますか?」
ゴローは少し戸惑ったが、すぐに答えを決めた。
「……うん」
2人は身体を寄せ合い、何も云わず、ただお互いの温もりを感じる。
マリアさんは柔らかくて暖かいなぁ。ゴローがそう思っていると、不意にマリアが顔を上げた。
「ゴローさん……」
「ん?」
「……キス、してくれますか?」
「えっ!?」
突然の申し出に、ゴローは驚く。マリアは少し潤んだ目で、ゴローを見る。
「お願いします……ゴローさんのことが、大好きなんです」
まさかこんなことを云われるなんて。ゴローは驚きを隠せずに、マリアを見つめる。
「本当に……俺でいいの?」
「ゴローさんだから……したいんです」
「じゃ、じゃあ……」
ゴローは、心を決めた。ゆっくりとマリアの唇に、自分の唇を近づけていく。
2人の唇はゆっくりと近づき、やがて零距離になった。
2つの唇が重なったその一瞬、時が止まった。
「んっ……」
ゴローとマリアはしばらくの間、唇を重ね合わせたまま、抱き合っていた。
「ショーイチ、食べるか?」
振り返ると、ユウが銀のトレーを持って立っていた。トレーの上には、サンドイッチとジュースの入ったビン、2つのコップが乗っている。
「それは……?」
「……作ってみたんだ。後ろに、小さなキッチンがあって……それで、食べるか?」
ショーイチの胃が鳴った。
ユウは小さなテーブルにトレーを置き、コップにジュースを注いだ。
「……いただきます」
ショーイチはそう云って、サンドイッチを一切れ手に取った。見た目はかなり不格好である。ユウは料理ができないと自分で云っていたが、あれは謙遜じゃなくて本当のことだったらしい。
ただ、肝心なのは見た目ではなく、味だ。見た目も大事だが、不味くては食べる気にはなれない。 ショーイチはそう思いながら、サンドイッチを口に入れた。
味は悪くない。いや、むしろかなり美味しい。マリアさんのほどではないが、美味しいことは確かだ。これを食べたら、きっとコンビニのサンドイッチなんて、もう食べられないだろう。
「美味い! 美味いよ、これ!」
「ほ、本当か!? う、美味いか?」
「ああ、美味い! ユウ、けっこう料理できるじゃん!」
お世辞なく、ショーイチはユウが作ったサンドイッチを絶賛する。
褒められたためか、ユウは顔を赤くする。
「あ……ありがとう、ショーイチ」
目を泳がせながら、ユウは云った。食べ終えたショーイチは、次のサンドイッチを手に取り、かぶりついた。
ショーイチがサンドイッチを食べる様子を見て、ユウは不思議な気持ちになった。どういうわけか、ショーイチといると安心できる。こんな気持ちになったのは初めてだ。それに、いつもショーイチと一緒にいたい……。
「ユウ、どうしたんだ?」
ショーイチの声に驚き、ユウは現実に帰る。
「なんだか、遠くを見るような目をしていたぞ……?」
「そ……そうだったか。いや、なんでもないんだ」
ユウはそう云ってごまかす。
「美味かったぁ」
ショーイチはサンドイッチを食べ終えて云った。
「ユウ、ありがとな」
「えっ!?」
「美味いサンドイッチ、ありがとな。また、作ってくれよ」
ショーイチが云うと、ユウは顔を真っ赤にした。
「あ……ああ、ショーイチがそこまで云うなら……私もそう云われると、嬉しいし……」
ユウは緊張した様子で云った。
「……ま、また作りたくなるからっ!」
そう云って、ユウはコップに入ったジュースを飲み干した。
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