第11話 星空の下で
夕食後、すっかり日が落ちて辺りは闇に包まれていた。ユウ、ショーイチ、ゴローの三人はテントの中、軍用ランタンの灯りの下で、地図を見ていた。マリアは疲れたらしく、早くも毛布を羽織って眠っていた。
「現在、私たちがいるのが、ここだ」
ユウは赤いペンを持ちながら、地図のある地点を指した。地図の上には、軍用のコンパスが置かれている。ゴローは地図を見てはいるが、眠っているマリアのほうが気になるらしく、ちらちらとマリアを横目で見ていた。
「今日と同じくらい走ると、明日はこの辺りまではいけそうだ」
ユウはルートを赤いペンでなぞり、青い星のマークを赤いペンで軽く叩いた。
「ここは?」
「エリアKNの支部だ。ここまで行けば、車にも魔力を注入できる」
「えっ、あのアメ車の燃料って、ガソリンじゃないのか?」
ショーイチが訊いた。人間界では、自動車は多くがガソリンで走るはずだ。自動車にはあまり詳しくないショーイチでも、それくらいのことは一般常識として知っている。
「この世界では、ちょっと違うんだ」
ユウが答える。
「もちろんガソリンで走る自動車もある。だけど、この世界ではガソリンは人間界からの輸入品でものすごく高いんだ。だから、多くの自動車がガソリンの代わりとして、魔力を注入することで走るように作られているんだ」
「へぇ……」
世界が違うと、自動車の燃料まで違うのか。ショーイチは自分が異世界にいることを再認識させられた。
「それに、他の国には自動車はない。自動車が走っているのは、この世界ではユーフラテスぐらいのものだ」
「そ……そうなのか」
自動車があることが当たり前だと思っていたショーイチは、少し驚いた。
「それで、支部に行くと他にできることはあるの?」
ゴローが訊いた。
「あぁ。食糧の補充もできるし、弾薬もくれる。ベッドでゆっくりと寝ることも可能だ。『リベレーター』の兵士もいるから少なくとも街中よりは安全だ」
すると、ユウが立ち上がった。
「ちょっと用を足してくる」
「そうか。気を付けて……ん?」
ショーイチは、ユウの目を見た。ユウが、目で何かを訴えている……。
「ユウ、夜だし、俺も行こうか?」
「お、おい!」
ゴローがショーイチの発言に驚いて云う。
「そうだな……無防備になるし、辺りをちょっと警戒してくれるとありがたいな」
ゴローはユウの発言に目を丸くする。
「ただし、見るなよ?」
「わ、わかってるって!」
ショーイチはサブマシンガンを手にすると、ユウと一緒にテントを出て行った。
テントの中には、ゴローと眠っているマリアだけが残された。
「えー……ユウって、一体……」
ユウの発言に少しだけ引いたが、こんな状況だから仕方がないのかもしれないと、ゴローは考えた。
ゴローは、眠っているマリアを見た。静かに寝息を立てながら、マリアは眠っている。どうやら完全に熟睡しているらしい。ゴローの鼓動は早くなった。夜で周りに何もないせいか、物音が聞こえない。それがより一層、鼓動とマリアの寝息を大きく感じさせる。
「……マリアさん」
音をたてないように近づき、そっとマリアの寝顔を見る。
確か、寝顔は誰でも可愛いものだと聞いたことがある。ゴローは母親がよくそう云っていたことを思い出した。いつも半信半疑で聞いていたが、今はその言葉の意味がよく分かるような気がする。
「本当に……寝顔は誰でも可愛いものなのかも」
すると、マリアの表情が動いた。ゴローは驚いて少し後ずさる。起こしてしまったのかもしれない。ゴローはマリアを注意深く見る。
「んー……ゴローさん……そんなぁ……もう……」
マリアは寝言を呟くと、再び寝息を立てる。どうやら夢を見ていたらしい。
ゴローはそっと、ため息をついた。
「……どんな夢を見ているんだろう?」
ゴローはマリアの寝顔を見ながら、ショットガンを手にした。ゴローはショットガンを持ったままテントの入り口を見張った。
まるで、大切なものを守ろうとするかの如く……。
「……マリア……好きだ」
思わず、自分の本心を口にした。
ユウとショーイチは、テントの近くの夜道を歩いていた。夜空には、満天の星が輝いて二人を見下ろしている。今にも降ってきそうなほどのたくさんの星の下を、二人は歩いた。
「うお、すげー星……」
ショーイチは思わずそう呟いた。日本ではとても見たことが無いプラネタリウムのような星空は、ショーイチにとっては新鮮なものだった。
「人間界では、星はあまり見れないのか?」
ユウが訊いた。
「うーん……見れないというか、見れる場所が限られているんだ」
ショーイチは云った。
「……なぁ、ユウ」
「ん?」
「本当は、用を足すために出たんじゃないんだろ?」
ショーイチが訊くと、ユウは立ち止まった。それに合わせるようにショーイチも立ち止まる。
「……わかっちゃったか」
ユウは観念したような口調で云う。
「実は、ショーイチに訊きたいことがあるんだ」
「俺に訊きたい事って……人間界のことか?」
なんとなくそうじゃないと思いながら、そう訊いてみる。こういうとき、アニメでは男は気づいていないような言葉を云うものだ。そして女の子が恥ずかしがりながら気付かせる。そういうものだろう。
「あぁ、そうだ」
ショーイチは、その言葉で思わずユウを二度見してしまった。あれ……?
「……私の顔に何かついているのか?」
ユウが少し疑うような目になる。
「い、いや……何も」
「そうか」
ユウはそう云うと、言葉を続ける。
「その……人間界でも、男と女が一緒になって……どこか行くとか……そういうことってあるのか?」
ユウは少しだけ顔を赤らめながら、ショーイチに訊いた。
「男と女が一緒になって……?」
ショーイチはアゴに手を当てて、少し考える。
「ひょっとして、デートのことか?」
「そう、それだ。人間界でも、デートってするのか?」
どうしてそんなことをユウが訊くのか少し気になったが、今はユウの質問に答えようと考えた。
「あぁ、してるやつは大勢いるぜ」
ショーイチは自分の声のイントネーションが、少し変わっていることに気づいた。
デート。世の中の大多数にとっては甘美な響きだが、ショーイチにとってはバレンタインデーのチョコと共に、無縁なことの代表格だ。
「ショーイチは、したことあるのか?」
「……ない」
ショーイチの声は、自然と重たくなっていた。
「そ、そうか……」
「ユウは……あるのか?」
こんなことを訊くのは野暮なことかもしれないと思ったが、ショーイチは訊かずにはいられなかった。
「……私も、ないんだ」
ユウは云った。
「こうやって男性と話すことなんて、今まで一度も無かった。だから、正直どうしていいか分からないことも、たくさんある」
「そうなのか……」
「だから……よかったら、いろいろと教えてほしい。ショーイチが……よければ」
「……ああ、答えられる範囲でなら何でも聞いてくれ」
「ありがとう……」
二人の間に、微妙な空気が流れ、沈黙が訪れる。聞こえてくるのは、草むらからの虫の鳴き声だけになった。
こういうとき、どう切り出せばいいんだっけ?
ショーイチは必死になって頭を回転させるが、とてもいい答えは出てこない。
「……ショーイチ」
あれこれ考えていると、ユウが先に口を開いた。
「……そろそろ、戻ろうか」
「……ああ」
二人は並んで歩き出した。
「……それだけが訊きたかったんだ」
「そうか……」
「つき合わせて、悪かったかな?」
「いや、そんなことなかったぜ」
ショーイチは云う。
「ユウといろいろ話せたし、結構楽しかったぜ」
ユウは頬を赤らめる。
「え……あ……ありがとう」
ユウの心臓は、大きく鼓動していた。今までに経験したことのない、不思議な気持ち。これはどう表現したらいいのか、ユウにはよく分からない。ユウには、この気持ちを表現する言葉は一つしか思い浮かばない。
もしかして、これが……?
「これって――」
「お、着いたな」
ユウが云いかけたとき、ちょうどテントに着いた。
「ユウ、早く入ろうぜ」
「あ……ああ」
ショーイチに促され、ユウはショーイチと共にテントに入った。
「あっ」
「おっ」
二人は同時に云った。
ゴローが、ショットガンを持って座りながら眠っていた。ゴローの後ろでは、マリアが先ほどまでと同じように眠っている。
二人は顔を見合わせた。
「まるで……」
「……マリアを守っているみたいだな」
そう云うと、二人は少し笑い、ゴローにそっと毛布を掛けた。
「俺達も寝るか」
「そうだな」
毛布を手にすると、ユウが軍用ランタンに手を伸ばした。
「おやすみ、ユウ」
「おやすみ、ショーイチ」
軍用ランタンの灯りが消え、テントの中は闇に包まれた。
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