第9話 カーチェイス
出発の日になった。ユウは朝からアメ車に荷物を積み込み、最後の点検をしていた。荷物とアメ車を念入りに点検し、異常がないか確かめる。マリアも、移動しながら途中で食べるためのサンドイッチを作っている。
居間に、点検を終えたユウが戻ってきた。
「あれ? ショーイチたちは?」
「ああ、ショーイチさんとゴローさんなら、部屋で武器の最終点検をしているみたいですよ」
マリアが、できあがったサンドイッチをバスケットに詰めながら云う。
「そうか」
「……さて、これでサンドイッチと飲み物もできました」
マリアがバスケットのフタを閉めた。
そのときだった。
窓から何かが投げ込まれ、一気に居間に煙が充満する。
「キャァッ!」
マリアが悲鳴を上げる。
「マリア!」
「マリアさん!」
別の声が聞こえて、ドアが開け放たれた。煙が抜けていき、視界がはっきりしてくる。ショーイチとゴローだ。ユウは駆け込んできた二人を見て安堵した。
「ゴホッ、ゴホッ!」
「マリアさん! 大丈夫?」
ゴローがマリアに駆け寄り、ショーイチがユウに駆け寄る。
「ゴローさん……私は大丈夫です」
「ユウ、今のは一体……?」
「政府の連中だ。きっと、ここに私達が潜伏していたことがバレたんだ」
ユウはそう云って、ホルスターから拳銃を取り出し、装填されている弾丸を確認した。すぐにシリンダーを戻し、いつでも撃てるようにハンマーを下ろす。
「マリア、大丈夫か!?」
「はい。なんとか大丈夫です」
マリアはそう云って、バスケットを手に持った。
「おい、これは……」
ゴローが床から何かを拾い上げる。縦長の細いジュースの缶のようなものだ。
「きっとそれは、煙幕手榴弾だ」
「じゃあ、長居するのは禁物だな……」
「みんな、すぐに私の車へ!」
全員はすぐに動き出した。ユウが先頭を切って走り、マリアがバスケットを持ち、ショーイチとゴローが護衛する。大急ぎで公民館から出て、アメ車に向かう。
幸いにも、アメ車はやられてはいなかった。ユウが運転席に飛び乗り、エンジンをかける。ショーイチが助手席に座り、マリアとゴローが後部座席に乗り込んだ。ゴローは映画の主人公の如く、両肩からベルトのように繋がったショットガンの弾薬を提げている。
「全員乗ったぜ!」
ショーイチが全員いることを確認して、ユウに云った。
「よーし、突っ走るぞ!」
ユウはブレーキを踏みながらパーキングブレーキを解除し、ギアをドライブに入れてアクセルを床まで一気に踏み込んだ。アメ車は後輪から煙を出し、ロケットのように一気に加速する。
「よし、どうやら追ってこないみたいだ」
ユウがバックミラーで後方を確認しながら云う。ショーイチとゴローは、もうこの急加速にすっかり慣れてしまったようで、驚いている様子はほとんどない。
「とにかく、全員無事に脱出できてよかった。これから『リベレーター』の本部まで行こう」
「そういや、マリアさんも運転できるの?」
ショーイチが振り返って聞いた。
「ごめんなさい。私、運転はできないんです」
マリアが申し訳なさそうに云う。
「そっ、そうなのか……」
「大丈夫だ。私は1日中運転していたこともあったんだ。運転には慣れている」
「ヤバい! 来た!」
ゴローが叫ぶ。後ろを向くと、何台かのパトカーが追いかけてくるのが分かった。映画で見るような黒塗りのアメ車が、パトライトを点滅させ、サイレンを鳴らしながら追ってくる。
「ありゃあパトカーだ。警察だな」
ユウが云う。
「本当なら軍を動かしたいのだろうが、目立たないために警察を使って私達を取り押さえる気だろう」
「警察だろうが軍隊だろうが、鬼の面をつけた野郎だろうが、捕まりたくねぇな」
ショーイチがそう云って、サブマシンガンにマガジンを叩き込む。
「実力を試すのに、ちょうどいいかもしれないね」
ゴローもショットガンを手にした。レバーを動かし、弾薬を装填する。
「私も頑張ります! さっきの煙のお返しですっ!」
マリアも自分の右手に力を込める。どうやら魔法を使うらしい。
「よし、運転はまかせてくれ。みんな、頼んだ!」
ユウがハンドルを握りながら云う。パトカーが迫ってきて、ショーイチとゴローは銃を構えた。
迫りくるパトカーに最初に攻撃したのは、ゴローだった。
ショットガンから放たれた散弾は、パトカーのタイヤに命中する。しかし、タイヤは散弾を弾き返した。続けて何度か撃ったが、タイヤはパンクしたようには見えない。
「タイヤがパンクしない!?」
ゴローが目を丸くする。
「きっとノーパンクタイヤだ! ガラスも防弾ガラスだろうけど、タイヤよりも運転席を狙った方がいい!」
「わかった!」
ユウのアドバイスを受けたショーイチがそう云い、横から迫ってきたパトカーの運転席に照準を定める。
引き金を引くと、ものすごい勢いで弾丸が放たれた。弾丸は運転席のガラスに向かい、集中的に降り注ぐ。
初めこそ弾き返されたが、やがてヒビが入り、最終的に防弾ガラスが割れた。強化ゴムの弾丸がパトカーの中に吸い込まれると、パトカーはコントロールを失い、スピンしながら道路脇の街灯に衝突して炎上する。
「おぉ!」
ショーイチも驚いて目を丸くした。
マリアは、右手から土の塊を出しては、パトカーのフロントガラスに向けて飛ばす。土の塊で視界が妨げられたパトカーは、ワイパーで必死に土を拭いながら追いかけてくる。
『前方のオープンカー、止まりなさい! 前方のオープンカー、止まりなさい!』
パトカーのスピーカーから停止命令が出される。しかし、停止命令を繰り返すスピーカーは、ゴローによって破壊された。
「止まれと云われて止まる奴はいない!」
ゴローはショットガンを撃ちながら云う。
ユウは法定速度だけでなく、信号さえも完全に無視してアメ車を走らせる。他の自動車がクラクションを鳴らしながら止まるが、すぐ後にくるパトカーに気づくとクラクションが聞こえなくなる。
全く、どいつもこいつも、権力にだけは滅法弱いな。
ユウは心の中で云うと、コラム式のシフトレバーに手を掛けた。
「ドリフトするぞ! 全員しっかり車に掴まれ!」
ユウはシフトレバーを操作し、ハンドルを大きく切った。タイヤがスキール音を発し、アメ車がカーブに沿って大きくドリフトする。3人は振り落とされないように、アメ車に掴まってふんばる。追いかけてきたパトカーの何台かは、カーブを曲がりきれずにガードレールに衝突して止まった。
「あと何台だ?」
ユウの問いに、ショーイチが答える。
「4台だ! こいつらしぶといぞ!」
「……なんとかなりそうか?」
「たとえしぶとくても、迎え撃つまでだ!」
ゴローが新しい弾薬を装填して云う。その言葉に、ショーイチも呼応する。
「……ゴローの云う通りだ。迎え撃ってやろう!」
「わかった。頼んだ!」
ユウはそう云うと、アクセルを踏み込み、スピードを上げた。
『前方のオープンカー、止まりなさい! 前方のオープンカー、止まれ! 無視するな、止まらんか!』
どのパトカーにもスピーカーがついているらしい。ショーイチはそう思った。スピーカーから出てくる声の語尾が荒くなる。怒りとも、いらだちともとれそうだ。
停止命令を繰り返すパトカーのフロントガラスに、大量の土が被せられ、続いて大量の散弾がスピーカーに命中する。スピーカーが破壊され、停止命令が消える。視界を塞がれたパトカーはコントロールを失い、街灯に衝突して炎上した。
「しつこい人は嫌いです」
「止まれと云われて止まる奴はいないって。学習能力ないなぁ」
ゴローとマリアが、明らかにイラついた表情で云う。
「あと3台だ!」
ユウが叫ぶ。
「この先は長い直線だ」
「じゃあ、ここで片付けないとな……!」
ショーイチが新しいマガジンをサブマシンガンに叩き込む。
1台のパトカーが一気に距離を詰めてきた。どうやら衝突させて止める気のようだ。
「一気に詰めてきた!」
「くそっ! 集中砲火だ!」
マリアが土の塊を放ち、ショーイチとゴローは弾丸を放つ。フロントガラスが土で塞がれ、強化ゴムの弾丸が浴びせられる。パトカーは狂ったように距離を詰めてきた。
「ヤバイ!」
ショーイチが悲鳴を上げ、ゴローとマリアさんが伏せる。全員が、衝突を覚悟した。
しかし、後少しの所でパトカーはコントロールを失い、スピンして止まった。
「あ……危なかったぁ」
3人がため息をつく。
「落ち着くのはまだ早いぞ! あと2台いるぞ!」
ユウの声で、まだ2台残っていたことを思い出す。気がつくと、2台のパトカーはアメ車を挟むようにして並走していた。
「挟まれた!」
パトカーの窓が開き、中から警察官らしい男たちが銃を持って睨んできた。男たちは銃をアメ車に向けると、撃ち始める。しかし、腕が悪いのか、なかなか狙いが定まらない。
「ユ、ユウー! どーするよー!?」
ショーイチがサブマシンガンを乱射しながら云う。ゴローもショットガンを撃ち、マリアも必死になって土の塊を右腕から生み出しては飛ばしていく。
「ちょっと厳しいですよ!」
「こいつらかなりしぶとい!」
マリアとゴローが攻撃をしながら叫ぶ。
「みんな落ち着いてくれ! 私に考えがある!」
ユウはそう云うと、ハンドルをしっかりと握りしめる。
「みんな、攻撃を止めて、しっかり車に掴まってふんばるんだ!」
「えっ!?」
ショーイチとゴローが驚く。
「時間が無いんだ、早く!」
3人は、云われた通り攻撃を止め、アメ車にしっかりと掴まり、ふんばる。パトカーに乗っている警察官らしい男たちは、チャンスだと思ったのか、より激しい攻撃をしてくる。
「いくぞ! ふんばるんだっ!」
ユウはそう叫ぶと、ギアをニュートラルに入れてブレーキを思いっきり踏み込んだ。急ブレーキをかけられたアメ車は、一気に減速する。パトカーが前方に躍り出て、そのままお互いの攻撃を受けて炎上した。
ユウはブレーキから足を離し、ギアをニュートラルからドライブに戻した。
「挟み撃ちのときには、互いの攻撃を避けるようにやるべきだったな」
「す……すげぇ」
ショーイチが目を丸くして云った。
「これで、とりあえず切り抜けたのかな?」
ゴローが訊いた。
「追手はもう大丈夫だろう。さぁ、もうすぐコナラを抜けるぞ」
街中の長い直線の道を走っていくと、トンネルが現れた。そしてトンネルを抜けると、今までの街中とは全く違う、自然豊かな田舎に風景が変わった。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました!





