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神話と騎馬民族

 日本神話は雑多な寄せ集めであまり民族のルーツを考えすぎてはいけないって部分。でも神話には軸がアリ、それと個別の寄せ集めたいくつかは日本の古来から流れる民族の神話と繋がってる。これ分けないといけないって話しになる。根本的に軸は権威付けである。これは民族の歴史と必ずしも一致し無いと見てる。


 天皇とはなんであるか?で弥生VS縄文という単純な構図じゃない。これはロシアにおける共産主義と良く似ていると見てる。ロシア人は別民族で赤軍白軍で争ったのか?イデオロギーになる。そのイデオロギーの中心に神話があると見てる。宗教戦争ではない。権威や権力、そういった支配構造。これと蝦夷といわれる縄文は相容れなかった。それだと見てる。


 これを民族の戦いで見るからおかしな話になる。もちろん天皇が半島系であったほうが都合が良い。だが違う。その違いが事実ならそれに拘ってはならない。天皇が縄文系であるのは類推になるが、話はそんな単純じゃない。天皇の周りの豪族大半が縄文系になる。これはいくらなでも傍証といえど無視できない。


 大和という中央集権の体制に従わない。これが蝦夷の正体となる。それは民族戦争ではない。ロシアの内戦と似ていると見ている。これまで様々なツングースの説明をしてきたのは、ここに集約される。C2系の騎馬民族はかなり後に登場する。ここがポイントになる。ツングースに後から流入した文化があり、それはおそらく民族ではない。


 この点、前書いたシベリア北部のツングースやモンゴル系と中国東北部のツングースは系統が違うって点。かなり後の時代に中国東北部のC2系は一部が騎馬民族化したと見てる。これが百済や高句麗の祖となる夫余族だと見てる。中国の戦国時代に活躍した騎馬民族とはおそらくモンゴル高原の系統で中国東北部のツングースは民族が移動したのではなく、文化的に伝播したと見てる。


 これがキーになる。民族が移動しなくても習俗は伝播する。日本神話はギリシャ神話と類似性が高く。そこのルーツがどこにあるか?でここだと見てる。天皇家が縄文系なのはほぼ間違いない。何故じゃ全く関係が無い遊牧民系の神話が日本神話の軸を作ってるのか?古墳には騎馬に関係した馬具が数多く出土する。これが江上氏の騎馬民族征服説に繋がってる。


 あれは全くの出鱈目じゃない。これを文化の伝播として考え、または、騎馬民族=高句麗百済の集団が天皇家に力を貸したと考えられる。何故突然日向から日本の支配者が出てくるか?その謎がここにあるんじゃないか?と。


 ただ、神武天皇の東征と時代と完全に一致するとは見てない。奈良に移動した後取り入れた可能性も十分ある。神武天皇の存在は重要じゃなくて、日向の縄文集団が天皇家のルーツになったのはおそらく事実だろうと見てる。それが騎馬集団だったのか?はまた別の話しってだけの事になる。天皇家武力が秀でた集団だったと見てる。それゆえ頭一つ抜けた存在になっていたと見てる。


 縄文時代からの半島からの稲作の輸入、O1B2の金属精製。この辺りかなと、そしていち早く騎馬民族的な文化の吸収。O1B2がそのまま天下を握ってしまえば良いとなるけど、この辺り山集団と海集団の連合って形かと見てる。稲作と騎馬民族。この2つが神話のキーになってて、金属精製の部分が弱いけど、天皇家を強くした渡来集団が臣下にいたのではないかと。


 この点はC2系は極端に少ない。まだはっきりとした根拠とは言えないけど、日本固有のC2A系は縄文系で百済などのC2Cとは区別が可能になってて、C2Cは皆無に近い。それを見ると、高句麗百済の亡命王族の子孫で十分説明が出来る程度。ただし、これだと順序が逆になる。これは天皇政権が支配体制が出来上がった後なので。


 その点半島から騎馬文化を持ってきた集団は、O1B2ではないか?と見てる。これは当時O1B2も大量に居て王族は違っても有力者程度ならごろごろいたと見てるし、新羅はO1B2の系統の王族もいたのでおかしなことではない。完全にはドラヴィダとアリーアみたいな関係にはなってない。または高句麗(これ高麗と勘違いして書いたので内容が意味不明になっています)のO2の中華系王族。


 ただ夫余族は直接モンゴルから来た可能性がある。中国東北部の土着のC2C系と同じ系統なのは全くの偶然。かなり細かく調べないと分からないのだが、ブリヤートや一部モンゴル系と合流したC2C系がいるからだ。この場合民族が必ずしも固有の神話を持ってるわけじゃないって話しが崩れてしまうのだが。扶余(夫余)語が中国の古い文献にモンゴルと同じであるとの記録が記されていて、そうなってくると、ブリヤートのようなたまたまC2B系の地域にいたC2C系がまたこっちに戻ってきたと言えなくも無い。


 元々ブリヤートの一部が夫余から多く広がっただけじゃないか?って見方も出来る。それと言うのもハプロと言うのは民族における遺伝子プールの実体を正しく反映してない。D系が40%もいるから日本人は縄文系の4割の遺伝形質が出てるってのは間違いとなる。ハプロは直系がどれぐらい残ってるか?を示すだけで権力者遺伝子と言えなくも無い。


 後から支配民族が広がっただけで、それほど半島の遺伝子に貢献して無いのでは?との見方出来る。中国も何度も東北部の襲撃を受けてるので、そこから広がったのでは?と見れる。だがこれ違うのは、もっと南まで広がったのと、日本のC2Aの系統になる。これはおそらく将来C2Cのサブグループとして統一されるのではないか?といわれている。元々アムール川、バイカル湖あたりからやってきたのでは?といわれていて、彼らとほぼ同系統なのは推測されている。かなり早い時期から南下した系統で逆にブリヤートが、C2Bに集団にそのまま残ってしまっただけの例外と見られている。他にも騎馬民族ではないツングースのシベリア地域に数集団含まれている。


 私はおそらく土着で、文化の伝播ではないか?と見ている。満州族は南下?かそれともかなり早い時期に南下して後から文化の伝播で騎馬民族かしたとどちらかは分からない。


 スキタイの複雑さは、トルコ系はややモンゴル系より西よりに位置して、コーカソイドと混血が昔から多くて、混血によって騎馬民族化したなら、スキタイの血族集団の一部だといえなくも無いから。古代のモンゴル高原はスキタイがかなり押しよせていたらしい。今でもモンゴルにはR系統のハプロが残っている。


 文化の伝播なのか?民族の移動なのか?この辺りはっきりとは分からないが、日本ではそれが起こったのは間違いないと見ている。もちろん天皇家の臣下にそういった集団が居たのは否定しないが、それでも天皇家自身が渡来騎馬民族であるのは完全に否定できる。母系がどうなのか?は書いたようになんとも言えないけど。


 天皇家が半島に居たD系だったのでは?は否定できる。それは日向の辺り一体すべて系統が似てるからになる。沖縄と天皇家が近い理由もそれが理由になる。薩摩日向のあたりから沖縄に移住した記録が残ってるから。突然半島からやってきたなら、この辺りが上手く辻褄があわなくなる。


 ただ半島には確かにD系がわずかに今でも残っていて、当時の人骨で明らかに縄文系の人骨が発掘されている。日本に来る前のD系が残ったのでは?と言うのは否定できる。日本のD系は日本で変異したと見られていて、日本からの移住者だとほぼ特定できる。仮に大陸のD系なら日本の変異種ではなくて、チベットやアマンダン諸島に近いだろう。


 C2系は様々なデータがあり、古いデータだと過剰にC2Aを高く出す傾向が高いが、最近のデータだと大半C2Cとなるため胡散臭い面もある。C2Cの高いデータが真実なら、縄文系のC2Cと弥生系のC2Cは区別が付かない。縄文人のバイカル湖起源はかなり怪しくなったと言えるし、同時に区別が付かないC2Cが縄文時代に入ってきたとも言える。古いデータは系統の区別がイマイチ分析し切れてないってケースが多くて新しいデータの方が圧倒的に信用できる。


 縄文時代に流入したC2系なんて無かったなんて結果になりそうな流れになってる。縄文人は大陸と交易をして居たので、その関係で文化が流入しただけじゃないか?との疑いが出てきた。


 何時の時代にC2系が入ってきたか?はかなりややこしい話になってくる。アジア南部にも数多く発見されるため騎馬民族によって広がったは考えにくい。おそらく2つのルートではないか?と百済高麗の滅亡後に流入した王族系。後は、O1B2と混血していた土着のC2Cのグループが初期弥生時代に入ってきた。


 稲作をO1B2が日本に伝えたと言うのは疑ってない。私が疑ってるのは、稲作を江南から直接持ってきたって説を疑問視してるだけで、普通に稲作と共に半島からやってきたO1B2が居たと思ってる。元々はN集団と行動をともにして居た可能性があるので、C2Cがそこにかかわるのはおかしいとは思わない。Oの頻度が低くNとCの3系統はともに混ざった状態で暮らしてることが多い。本家モンゴルでも数多くのO系が居る。


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