C2系とツングース
遊牧民と騎馬民族は違う。初期の遊牧民は西方では、戦車が戦力主体で騎乗戦闘のルーツはスキタイという民族に尽きる。ここからトルコ系に伝播してモンゴル、ツングースに伝わっただけで、父系の血族=騎乗戦闘ってのは間違ってる。歴史上有名な戦国時代にそれらを模倣した中国の国も誕生している。血の繋がりが無くても騎馬民族は出来上がる。
中国東北部のツングースの主体ハプロはO2になる。そして、古代においてはO1B2もおそらくそこに加わっていたと見てる。王族の子孫にC2がいる事は居るので、中心はC2だったかもしれないが、トルコと似てて血統と民族は別だと見てる。そもそも母系で繋がっても親戚は親戚だから。
注意点として、中国東北部におけるC2系はシベリアツングースやモンゴル系と全く系統が違う。これに関係して、ヌルハチとチンギスカンは系統が同じ違うって2つの説がある。この原因として、統計データからの推論が違うってのが一番の理由だけど、チンギスカンの伝説に、バイカル湖から先祖が来たとあり、モンゴルの多数派とブリヤート族は系統が違う。ブリヤート族は中国東北部の系統と同じでシベリアC2系では異色の存在。
よって、チンギスカンの系統がどっちなのか?は両方に説得力がある。
これはO1B2の成り立ちから分かるのだが、あるときシニ・ガイ文化で突然タイプの違う文化(土器)が混ざってくる。そこでO1B2が南方から持ち込んだものだろうと見られている。
この民族が南下なのか?それとも半島に広く広がって北でツングース化したのか?はちと分からない。ただ、日本と半島、中国東北部のO1B2は系統がはっきりと別れている。そのため日本はおそらく中国東北部にたどりついた江南のO1B2の1系統だけが独立して日本に移住したと考えられる。
半島の系統は日本の子孫系統だけど、それは日本から広がったのじゃなくて、おそらく中国東北部でかなり前に生まれたと見てて、かつ分岐年代測定も5000年以上前で日本に来る前に日本の親系統から分岐したのが推測できる。他にも父子の関係なら日本と半島はそうなるが、祖父の系統は中国東北部や半島に存在して日本は皆無だから。日本で別れたと考えるよりも、中国半島で子系統が分岐して、祖父系統と子系統だけ残って父系統だけ日本に来たと見るのが自然だと見てる。