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魔王様、支配してください!  作者: 春花
プレビオスとの試合
8/24

試合に向けて

 ジャンヌは前世持ち。高い身体能力と武器の熟練度、そして前世の経験が強みです。彼女はモデルでギャル、不真面目で校則を守らないスタンスとファッション。どうやら彼女がギャルになったのは前世と関係があるようだが。

 練習試合をすると言っても、立ち合いをする教師だってそうそう暇ではないのですぐできるわけではない。最短でも二日はかかる。


 というわけで、〈プレビオス〉とX組が練習試合をするのは土・日を挟んで月曜日の午後となった。


 目の周りのクマが濃くなったオージャンは、目の前で床に正座しているネフィを無感情に見下ろしている。


 ネフィはとても視線を上げられず、肩をすぼめて申し訳なさそうに縮こまっている。


「貴様、余達の現状が分かっているのか?」


「はい」


 オージャンの質問に、ネフィは神妙に小さく答える。


「時間がないのだ」


「はい」


「袖にされて帰ってくるぐらいは予想していたが、敵対して帰ってくるなどどんな神業だ? 無能も貫けば最早芸術だな。木箱で台座を作ってやるから校門のところに突っ立ってろ。タイトルは〈この女無能につき〉だ。恰好ぐらいは選ばせてやる」


「待ってオージャン、聞いて!」


「…………」


「そう! 聞いてくれるのね! 返事が無いからそうだよね! というわけで!」


 呆れて黙っていただけなのに、ネフィはいい方へ解釈する(自分に都合のいい方へ)。


「これが副委員長の仕事なの!」


「なに?」


 興味を持ったようで、オージャンが少し前のめりになる。それを見逃さず、ネフィのメガネがキラリと光る。


「そうなのよ! 副委員長の仕事っていうのは委員長のサポート! 言うなれば、委員長と副委員長は二人三脚! 幸せは二倍で悲しさは半分にしていこうっていうスタンスなの!」


「そうか! つまりは貴様のミスで増える仕事も余の仕事というわけか!」


「そう!」


 晴れやかな笑顔の中心に、メリッとオージャンの拳が入った。


「これ以上問題が膨らまないように、可及的速やかに貴様は入院でもしていろ」


「ワンモアチャンス!」


 拳に負けず泣きついてきたネフィの顔面を呆れたオージャンは押し退けるが、彼女は更なる言い訳を始める。


「そんな大きなミスはしてないのよ! 自分としてはちょっとしたミス! ちょっとした手違いレベルなのよ! 変なピタゴラスイッチが入っちゃって、大変なことになっちゃったけど、私はそんなに悪くないと思うの!」


 あまりの必死さにオージャンはため息をつき、訝しげに顔をしかめる。


「で、何をしようとして、何をやって、どうしてこうなったんだ?」


「えっと~」


 ネフィは傾いたメガネを直してから顎に指をあて、虚空を見上げて昨日の出来事を簡単に話し出す。


「とりあえず、グリアスさんに会いに行くのは怖いからジャンヌさんの方に行ったのね」


「貴様、誰もが認めない・信じない・有り得ないと言う委員長だとはいえ、形の上では委員長であろう。クラスメイトに怖がってどうする」


「まあ、些細なことは置いといて。ジャンヌさんに会いに行ったら、話も聞かずに閉め出されちゃったのよ。でもね、ど~してもオージャンの話を聞いてほしかったの! だから私、思いのたけをつづった手紙を書いて、ジャンヌさんの下駄箱に入れたの! そしたら場所を間違えていたみたいで、別の人が手紙を開けちゃったのよ。そしたらその手紙が面白半分にSNSでアップされちゃって、それに気づいた私は下駄箱を間違えたことにすかさず気づいて、ジャンヌさんに見てね。って写真を添付して送ったらこんなことになったのよ。ね? 私がした失敗なんて、下駄箱を間違えたくらいでしょ?」


 小学生でも注意すれば免れる失敗を聞かされ、オージャンは目元に手をやって顔を伏せる。話の続きをするのにしばらくの休息を必要とした彼はようやく、


「で、どんな手紙を書けばそんな怒髪天な怒りを買うんだ?」


「えっと~、書き出しは『神に選ばれし前世の戦士。今こそ光の紋章を刻みし仲間の下に集まり、栄光の道を共に歩もう』」


「四日前にこの世界に来たばかりの余ですら恥ずかしいのが分かる!」


 聞いただけで耳まで真っ赤になったオージャンが叫んだが、ネフィは不満そうに口を尖らせる。


「え~? おとといのオージャンの言葉を要約して書いたつもりだったんだけど」


「余はそんなこと一言も言っていない!」


 とんだ濡れ衣である。


「それでそんな調子でガシガシと書いた手紙が学園のSNSで大爆笑。〈プレビオス〉って意外と痛い集団なんだって話題沸騰中。あの手紙の共著である私とオージャンは」


「余は関係無い!」


「私とオージャン! は、〈プレビオス〉から恨みを買いましたとさ。めでたくもあり、めでたくもなし」


 スクッと立ち上がったオージャンはかぎ爪の形で手を強張らせ、黒紫色のオーラを背後に漂わせていた。


 十分後。頭に大きなたんこぶを作ったネフィが、校門の所で木箱に乗っけられてえぐえぐと泣いていたのを、下校中の学生が何人も目撃した。タイトルはちゃんと、〈この女無能につき〉だった。



 オージャンはバイト先のパプリカで皿洗いをしながら、学園でのバカ話を隣で食器を拭いているキネマに話した。


「委員長も相変わらずですね」


「相変わらずとは救いがないな。無能なのにやる気だけはあるからなおのこと始末が悪い」


「それで、どうするつもりですこと?」


 消耗品の在庫確認をしているレシャールが、仕事をしながら話に入ってきた。


「ジャンヌは他のコミュニティに属する者だ。コミュニティごと取り込むことはできないから、うちのクラスに引き込むためにはそっちのコミュニティとの関係を希薄にしときたいところではあるが……」


「なるほど。今回のことを上手く利用することで、ジャンヌさんと〈プレビオス〉との仲を裂くのですね。さすがは魔王」


「言うだけなら簡単ですけど、前世持ちは手強いですことよ? 身体能力の高さは聖剣所有者と同レベルで高く、前世での膨大な経験から応用力があり、危機的状況でも冷静な判断を下せますわ。前世での経験値がそのまま引き継がれているのか、武器の熟練度が半端ではありませんことよ。個人成績上位者に何人も名前を連ねていますわ」


「特にプレビオスのボスであるムサシという方は、二年で最強の刀剣使いです。刀剣の接近戦において、負けたことがありません」


「また七面倒な。だが、相手の戦力以前の問題として、余とあの無能だけではまともにやっても勝てる可能性は少ない……全く、ラスボスが動かなくてはいけないとはどういう状況だと思っているのだ、あの無能は。仕方ないからなにか罠でも仕掛ける」


「罠、ですか?」


「余の趣味はダンジョンのトラップ作りだからな」


「わお、ですこと」


 返事のニュアンスから、レシャールがあまり興味を持っていないと分かる。


「勇者が一生懸命罠を解除し、一旦町へ休みに行っている間に元に戻していたぞ」


「地道なこともなさるんですね」


「一朝一夕で罠を仕掛けるのが得意だったな。その手際の良さから一部の部下からは神速のトラパーと言われていた」


「ですから手先が器用なんでしょうかね? あ、お嬢様。そちらのケーキのデコレーション、オージャンさんがなさったのですが、いかがでしょう?」


 と、透明なアクリルカバーがかぶってあるホールケーキをキネマが指差す。


 レシャールがカバーを外してじ~っとケーキを見ていると、徐々に怪訝な顔つきになっていく。


「本当にコレ、あなたがデコレーションしたんですこと?」


 ちょうど皿洗いを終えて、オージャンはタオルで手を拭きながら近づいてきた。


「そうだが?」


「…………あなた本当に魔王ですこと?」


「大魔王だ」


 ケーキの出来に文句のつけどころがない。このままお客に出しても差し支えないほどだ。


 どこかにミスがないかと、レシャールはケーキの皿を回して隅々まで確認する。その様子を見て、オージャンが言う。


「手本が目の前にあったからな。やり方さえ教えてもらえれば難しいことではない」


「普通ならやり方が分かっていてもそう簡単にできないものですけど」


「…………ん?」


 オージャンは少し首を傾げて考え込むと、ピョコンと頭上に豆電球を点灯させた。ちょいちょいとレシャールとキネマを手招きして、こっそりと耳打ちする。


 何だかんだオージャンがバイトをするようになって、それなりに打ち解けたようだ。


 内緒話が終わり、三人は丸めていた背中を伸ばす。


「なるほど。あるかもしれませんね」


「というかあって然るべきことね。ふ~ん、面白そうですこと」


 レシャールは言葉通り面白そうな笑顔で色々と考え、厨房に張られているシフト表を確認してから、


「うん、私達も協力しますことよ」


 相談した答えが返ってくる程度のことを予想していたオージャンは、それを上回る申し出に少し驚いた。が、


「ダメです」


 キネマがピシャリと禁じた。レシャールが文句を言い出す前に、彼は続けて言う。


「授業程度ならまだしも、練習試合などのハードな運動は控えるべきです」


 体のことを言われるが、レシャールは腰に左手を当て、問題ないとばかりに胸を揺らして言う。


「大丈夫ですわよ。ここ一月ほど超能力を使っていませんし、久しぶりにヒートアップしたかったですことよ」


「いけません。お体に触ります」


 二人が言い合いをしているところへ、オージャンが声で割って入る。


「どういう風の吹き回しだ?」


 レシャールは耳元あたりのライトグリーンの髪を後ろにはらって、


「わたくしは午前中のくだらない授業は嫌いですけど、午後の授業は嫌いではありませんことよ。超能力を存分に使うのは大好きですわ」


 照れ隠しなのか本心なのか、そこら辺の具合はオージャンも分からない。


「なるほど。戦いに出る機会がないサポートが嫌なのも、自分の能力を発揮するチャンスがないからか」


 と、オージャンは腕組みをして軽く頷く。レシャールはキネマを説得するために彼を味方につけようと、


「オージャンにとっては、棚から牡丹餅の申し出でしょう?」


「そうだな。だが、断る」


 まさかの答えに、レシャールだけではなくキネマまで驚いた。その時オージャンは、いっつも表情を変えないキネマの顔が変わったのを初めて見た。


「な! なぜですこと!?」


「本気ならば歓迎する。だが、今回の練習試合に限ってという面白半分ならば断わる。どっちだ?」


 レシャールは答えず押し黙る。彼女としては今回ちょっと試合に出るだけで、X組に戻ってオンザバージをどうにかしようという気持ちは全くない。


「負ければ終わりの切迫したこの状況でもこだわらなくてはいけないことですの?」


「いや、負ければ終わりだ。通常ならば一人でも味方はほしい」


「なら――」


 ピッと、オージャンはキネマを指さした。


「二人一組であるはずの貴様らの意見が食い違うなど、よっぽどのことだ。キネマはレシャールの従者であろう? 従者が主に楯突いていさめる事態ならば、二人の上司として軽々に応じることはできないな」


 オージャンはそれ以上言わないが、彼の黒い瞳は「理由を話せば考えるが?」と語っている。レシャールは手に持っていた消耗品のリストで胸を潰すように強く抱き、きびすを返した。


「副委員長ごときに心配されたくありませんことよ!」


 苛立って去るレシャールのか細い背中を見ながら、オージャンはため息をついた。せっかくの善意を断ったので、練習試合は困難なものになった。それにようやく歩み寄り始めた距離も、また遠くなってしまった。


「どうするかな……」


 正直な感想が、オージャンの口から漏れ出た。


「ありがとうございます」


 そのお礼にオージャンが顔を向ければ、キネマが頭を下げていた。その礼には、深く理由を聞かなかった配慮についても含まれているのだろう。


「キネマだけでも来られないか?」


「先程、本気で無ければダメというようなことをおっしゃっていませんでしたか?」


「貴様の場合、本気のレシャールについてくる時は本気であろう?」


 つまりは、レシャール一人を本気にさせればいいと、オージャンは考えていて……それは正解なのだ。鋭い読みだと、キネマの氷のように固い顔面が少し動き、気づかないほどの笑みを一瞬だけ見せた。


「お嬢様をお止めしておいて、私だけが参加するわけにはいきません」


「それもそうだな」


 と、フロアから注文が入り、キネマが厨房に入ったので会話は終わった。



 金曜日の放課後、ネフィが魔法使いの講習を終えて教室に戻って来ると、午前中はいなかったオージャンが登校していた。でも彼は机に突っ伏して寝ているので、何かの勉強をしていたようには見えない。


 何の用だろうと思い、ネフィはオージャンを揺り起こした。それで起きて顔を上げた彼を見て、彼女はギョッとした。


「ちょ、そのクマはヒドイわよ? 寝てないの?」


 昨日もオージャンのクマはひどかったが、今日は特にひどい。まるで目が落ちくぼんでいるようだ。


「ああ……毎日調べものをしているし、昨夜は遅くまで作業もしていたからな。だが、これはちょっと夢見が悪いせいだ」


「夢? 勇者にやられる夢でも見たの?」


 ちょくちょく思い出したくもないことを思い出させてくるネフィに、オージャンは恨みがましい視線を向けつつ、


「いや、髪の長い女に首を絞められる夢だ。昨日で四日続けてだな」


 首を撫でながら言われた瞬間、ネフィはずざざざと後ずさりして距離を取った。そしてグリアスの部屋に行ってから常備している塩を、オージャンに投げつけた。


 小さじ一杯ほどの塩を顔面にかけられたオージャンは、怒りマークを頭に浮かべ、こめかみを引きつかせる。


「貴様の奇行にも慣れたつもりだったが、今回のはなんだ」


「絶対になんか憑かれてるわよ!」


「ああ、確かに疲れている! 主に貴様のせいだ!」


 机の天板を叩いて、「たく」と言ったオージャンは懐から紙を一枚取り出し、ネフィに渡す。それを受け取った彼女は、紙に書かれている図に首を傾げる。


「なにこれ?」


「罠の位置だ」


「罠!?」


 オージャンの手が伸びて、ネフィの口を慌てて塞いだ。


「声が大きい。誰かに聞かれたらどうする」


 低めの声で注意され、ネフィはコクコクと頷いて手を外してもらった。


「これってやっぱり、練習試合のための?」


「当たり前だろ。余達がまともにやって勝てるわけがない。取って置きのどぎついやつを仕掛けてやる」


「うわ~……それっていいの?」


「戦いとはやると決まった時には始まっているものだ。何の問題もない」


 オージャンは脚を組み、


「貴様チャンスを欲しがっていただろ? 月曜日は働いてもらうからな。しっかり覚えてこい」


「分かったわ!」


 ネフィは力強く真顔で頷いた。それから三日かけて彼女は複雑な図に四苦八苦し、思わずツイッターで「覚えられないよ~」と呟き、図を前にしてハチマキをした自分の写真を載せていた。


 ネットにまだ疎いオージャンはそんな情報流出されるとは思っていなかった。ちなみにネフィに塩をかけられたためか、その日は変な夢を見なかった。

 オージャンの立場が分かってきてくれましたかな? 彼は正しく中間管理職! 無能な上司のミスをどうにかし、部下たちには気配りを。

 というわけで、ネフィは今後もミスをし続けます。というか、彼女がミスをしてくれないと平坦な話になっちゃうから。

 さて理想の上司像一つ、「部下の体を気遣ってくれる」。これね!これ! 風邪気味だっていうのに、就業間近に仕事をぶっこんでくる上司。殺意わくと思いません!? たぶん私はわきます。

 あ、一応言っておきますけど、変な回線が入ってくるだけで私の実体験ではありません。え~!ありませんとも! あしからず。

 それでは次は試合ですね。ま、またオージャンが苦労する……のかな?

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