予想外
グリアスは引きこもりの霊能力者。学園でも珍しい霊力持ちで、謎が多い人物。ただ、実力はかなり高いという噂。幽体離脱からの憑依能力があるようで……。
オージャンがのんびりとグラウンドから校舎近くまで来た時、
『二年X組のオージャンは至急作戦司令室にまで出頭しろ!』
事務連絡としては怒りの感情がこもりにこもった放送に、呼ばれたオージャンは首を傾げる。
「余も忙しいのだがな、大した用事でなさそうなら行きたくないところだが」
「いや! どう考えても今のこの状況についてでしょ!」
ネフィが指差す後方では、今も堕天使と学生達が戦闘をしている。なるほどとオージャンは頷いて、
「大した用事ではないな。よし、貴様が余の代わりに怒られてこい」
「イヤよ!」
「部下の失敗に頭を下げるのも上司の仕事だぞ。貴様は今のところ余の上司であろう」
「っていうか、評価を上げないといけないのにどうして下げるようなマネをするのよ!」
「愚かな。だからこのタイミングなのだ」
「え?」
「余達はこれから評価を上げていく。その上げている途中で今回の件を行えば下がる余地もあるが、下がり切っている現在ならば下がり様があるまい。つまり、マイナス評価がカンストしているがゆえにやりたい放題なのだ」
「モラル!」
「お~ま~え~は~」
胸を張っているオージャンの背後から、怒りに震える声が聞こえてきた。それに振り返るより前に、衝撃が彼の体を貫通していった。
「ガキと違って余は忙しいのだ。大したこともない用件でイチイチ呼び出すな」
その偉そうなセリフをロープでグルグル巻きにされ、床に転がった状態でオージャンは言い放つから凄いと思わせられる。
シャルマルに打倒され、ロープで縛られて引きずられて来たのは校舎内にある作戦司令室。
大型モニターにはグラウンドの様子が映し出され、それぞれのパソコンの前に座っているオペレーターは上がってくる情報で大事なものを精査して報告を上げている。
オペレーターがいる下段と、モニターの戦場を見回し指示を出している中段。そしてそれらを見守る学園長がいる上段、そこにオージャンとネフィ、二人を連行してきたシャルマル。そして学園長のアステリアともう一人男性職員がいた。
アステリアは眉を下げて微笑んでいるが、スーツ姿で初老の男性職員は怒りに顔を赤くしている。
「誰だ、貴様は?」
慌ててネフィがオージャンに耳打ちする。
「二年の学年主任で安全管理部長のメッシュ先生よ。学生がオーバーワークで堕天使討伐に登録していないかチェックしたり、クラスの能力に合わせて仕事を振り分けたりする先生なの」
その説明を聞いてから、オージャンはシャルマルを見上げた。堕天使が来ているのにこいつはのんびりと何をやっているのかと思っていたが、
「貴様は非番か?」
「そうだよ」
簡素な答えの後でオージャンは体をくねらせて位置を変え、メッシュに顔を向ける。
「余を呼びつけたのはメッシュ教師だな」
「その前にそいつの縄を解け、シャルマル。マジメな話ができない」
多少不満そうではあったが、シャルマルは手早くオージャンを解放した。それから話し始めようとしたメッシュの言葉を遮って、オージャン。
「いや、言わんとしていることは分かっている。勝手に異世界との通路を開き、この世界にものを召喚した。その通路が原因となり堕天使が侵攻し、学生を危険にさらした。そのことについて糾弾したいのだろ?」
立ち上がったオージャンが悪びれる様子も無いので、メッシュだけでなくシャルマルにも怒りマークが張りつく。
「その通りだ!」
メッシュは最初から声を荒げ、眉間にシワを寄せてオージャンを睨む。
「学園は堕天使の襲来をコントロールとまでは言わないが、予測できるように仕掛けを施してある! それによって学生の危険度を軽減し、なるべく準備しているところへ堕天使を誘導しているのだ! それなのに今回のように突発的に攻め込まれては、対応に慌てて危険が増すだろ!」
大型モニターでは、まだ堕天使と学生の戦いが続いている。どうやらナンバーズの出撃が遅かったのか、サブランクとの前・後衛の入れ替えで乱れが生じているのが原因のようだ。オペレーターがてんてこ舞いに騒いでいる。
オージャンはうんうんと、神妙に頷く。
「学生を不必要な危険にさらすのはいかんな」
「当たり前だ! 堕天使という強大な敵を相手にするには……周到な準備! 入念な訓練! 適度な休息! 強靭な意思! 見事なチームワーク! などが必要なのだ! どれか一つの要素が欠ければ危険度は上がり、死傷者が倍は増えると思え!」
「勝手な召喚で周到な準備が崩れたな。これは問題だ」
「大問題だ! 当然のことながら重い処罰は免れないぞ!」
重い処罰と聞き、終始黙っているネフィが青い顔をする。オージャンは下の評価がカンストしているから大丈夫だと言っていたが、やっぱりそんな都合よくはいかなかった。
だが、オージャンは弁解しないどころか、腕組みをしてまたうんうんと同意する。
「余もメッシュ教師の怒りは最もだと思うぞ。もっとその調子で怒ってやれ、神に」
…………と、その場の人達の頭上に点線が走り、上階だけ静まり返る。みんながポカーンとしているのを無視し、オージャンは変わらず頷きながら、
「貴様らにしてみればいい迷惑だろう。余をこちらの世界に送るために異世界の通路を開き、そのせいで堕天使が八体も侵攻してきたのだ。このシャルマルがすぐに対処したからいいものを、あの時迎撃に出てきたのはシャルマルも入れてわずか八人! 一つ間違えれば甚大な被害が出たことは明らかだ」
「な、何を言っているんだ! 私が今言っているのは、おまえがしたことについてだ」
「余がしたこと?」
すっ呆けたようにキョトンとするオージャンに、メッシュは声を荒げる。
「だから! 貴様が異世界の通路を開き、そのせいで堕天使が三体も侵攻……」
そこまで言って尻すぼみになる。
そう。神がしたこととオージャンがしたことは全く同じことなのだ。オージャンを糾弾すれば、そのまま神を糾弾していることになる。しかも時間的には午後の授業中に召喚したオージャンより、休日の日曜日に召喚した神の方が迷惑だ。
気づいたメッシュだが、構わず今回のオージャンについてだけ怒ろうと口を開きかけたが――彼がこれ見よがしに聖痕を見せつけてきた。
そして、「見られているかもしれんぞ」と声に出さず口だけ動かした。それだけでメッシュの口は静かに閉じられ、悔しそうに唇をかんだ。
反対にオージャンは口の端を吊り上げて、とんでもない魔王的笑みを浮かべる。
「さて、余だけを処罰するか? 同じことをしたのに神は許し、大魔王は弾ずるのか? それは差別というのではないのか? この世界、差別というものは許されない傾向にあると調べたのだがな。そのようなマネ、未来ある子どもに教育を施す聖職者にあるまじき行いだと思うがな。どうだ?」
畳み掛けてくるオージャンに返す言葉がなく、メッシュがガクリと膝をつき、床に手をついた。ただその時、重たい衝撃が響いてオージャンも膝をついて床に手をついていたが。
「き、貴様という奴は~」
突っ伏して睨み上げる先に、拳を握ったシャルマルがいた。
「この悪党! 神様と魔王は違うんだよ! 魔王は悪いに決まってるだろ! 詭弁ばっか並べやがって!」
「これだから人間は愚かだというのだ。肩書きに振り回され、平然と差別し、真実から目を背けようとする」
「なにを~」
シャルマルが苛立ちを言葉にするより早くオージャンが立ち上がり、
「神が絶対的に正しいなど貴様らの幻想だっ!」
響いた怒声の波を体に受けた時、迫力に圧されて体がすくんだ。シャルマルはもちろん、距離があった下段のオペレーターにも及ぶほどのものだった。
王者としての大魔王の格。それはレベルが落ちようと、副委員長にまで堕ちようと健在だった。
「確かに先日のことを引き合いに出されたら、オージャン君だけを叱ることはできないですね」
そんな中、アステリアだけがそうやって話を進める。そのことに別にオージャンは驚いた様子も無く、床に放置されていた魔剣を拾い上げる。
「それではもう行ってもいいか?」
「いいですけど、もう堕天使を招くようなマネをしてはいけませんよ」
「あんな連中、会いたくもない」
オージャンはそう言い捨て、マネキンのように固まっているシャルマルとネフィの横を素通りしていく。彼が自動ドアの向こうに消えた時、アステリアが大きくかしわ手を一つ打った。
それで上段にいた人達はハッと動きを取り戻した。中段・下段は直接でなかった分、動きを止めたのは一瞬だった。
ネフィは慌ててオージャンを追いかけ、シャルマルとメッシュはアステリアに詰めかける。動きを止めていただけで、ちゃんと目は見えていたし、耳も聞こえていた。
「姉さん! あんな簡単に!」
「そうですよ、学園長! こんなことをしでかしておいて、何の罰も無しでは他の生徒に示しが――」
「とは言ってもオージャン君の言い分には返す言葉がないですし、オージャン君のクラスはもうオンザバージ認定していますし、処罰というのも……ね~」
苦笑するアステリア。まあ、メッシュもオージャンに言い負けた手前、それ以上は言えなかった。ただ、自分の中ではX組の評点を断固として変えないと決めつけておいた。
シャルマルの方はまだ不満そうに頬を少し膨らませている。
「…………姉さん、ちょっとあいつに甘くない?」
「随分とムキになるわね。もしかして、気になるの?」
「はあ!?」
素っ頓狂な声を上げる。シャルマルがムキになる理由は、あんな奴が姉と同じ聖痕を持っているせいなのだが……それを全然分かってくれず、何やらアステリアは好奇心で沸き立つ。
「シャルマルって全然男の子の話とかしないし、お姉ちゃんちょっと心配してたんだけど……興味を持つのはいいと思うわよ」
「違うよ!」
「あ、でも、エッチなことに興味を持つのはまだちょっと早いわよ」
「ちが~う!」
シャルマルは地団太を踏んで必死に声を荒げたが、アステリアは微笑んでまったく手応えはなかった。
作戦室を出たネフィは、遠くにいたオージャンの背中を見つけて駆け寄った。が、欠伸をしつつ気だるげに振り返った彼に見られ、近づいたところで足が止まった。
「貴様、今日も余にくっ付いてくる気か?」
「え?」
「もう貴様の案内は必要ない。多少はコレの扱いにも慣れた」
と、オージャンは懐から学生証のスマホを取り出す。
「時間もない。貴様は貴様で動け。余は今からガロウに会いに行った後で、レシャールの店でバイトが入っている。だからジャンヌとグリアスについて、貴様なりに動いてみろ。そちらに関しての準備はまだ整っていないから、任せる」
言われて、ネフィの頭の中に「任せる」という言葉が繰り返される。
「貴様も形の上では委員長なのだ。少しは――」
と、それを遮るように空いているオージャンの手をネフィが両手で掴む。
「任せて、任せてよ! 私、やってみる!」
顔だけでなくメガネも輝かせる光量に、思わずオージャンもどもって「お、おう」と返事をした。
そうやって、二人は手分けしてクラスメイトの下へ向かった。
オージャンはガロウに電話をして、ショッピングモールのボーリング場で大会に出ていると聞いた。そちらに向かえば、ちょうどガロウがお年寄りや中年の人達に混じってガッツポーズを取っていたところだった。
「勝ったのか?」
別に興味も無く聞いたら、振り返ったガロウはオージャンに気づいてピースする。
「おう、ギリギリ! セミプロ相手はやっぱキツイわ」
ガロウの周りに人が集まってスゴイと称えたり、次は負けないからなと笑いあったり、学外の交友範囲の広い奴だとオージャンは感じた。
オージャンはボーリングを知らないので、ガロウにどういうものか聞いた。すると、鉄球を転がしてピンを倒すだけの競技だと聞き、「随分と単純な競技だな」と感想を言った。
そしたら、一球投げることになった。
オージャンは参加者に注目される中、ガロウから教わったフォームで投球した。
真っ直ぐボールはピンへ向かったが、結果は両端に三本もピンが残った。
パラパラするお情けの拍手を背中に聞きながら、オージャンは残ったピンを指さし、
「命拾いしたな。次にまみえることがあれば、その時が貴様らの最後だ」
「二投目投げれるけど挑戦するか?」
「余はこんなことをやりにきたわけではない」
両端にピンが残る『蛇の目』。それを倒すイメージが出来ないオージャンはそそくさと撤退し、ガロウの前に戻ってきた。
負けず嫌いな奴だな~とガロウは思いつつ、
「それで? 何か用か?」
「ああ、貴様聖剣がないとか言っていただろ。代わりに余の魔剣をやる」
オージャンは置いていた剣を気軽にガロウに差し出す。
「これが扱えるなら、学園にも来られるだろ?」
「……………………」
だが、ガロウは黙ったままで動きを見せない。周りの人なんて遠慮なく布の上から「これが魔剣か~」などと触っているのに。どうやらここの島民はソロモスチューラ学園が身近にあるせいで、武器に対する忌避反応が低いようだ。
「どうした? 別に金ならいらんぞ?」
「……いや、わざわざ持ってきてもらって悪いんだけど……ワリィな」
手に持とうとせず断ろうとする。だが、その態度にオージャンは肩を竦めて呆れる。
「扱えるならと言ったであろう。余の魔剣は特殊でな、そう簡単に扱えると思うな。ダメ元で試すだけで、期待は全くしていない」
「おっ」と目を丸くしたガロウは、「そんなら」と気軽に柄を手に取ってみた。すると、柄に巻かれていた布の端が彼の手首に絡みついた。
その剣の反応を見て、ガロウはオージャンに視線をやる。すると彼は「ふむ」と腕組みをして、
「なぜか気に入られたようだな」
「なぜかじゃねえよ! チョロ! こいつチョロい!」
ガロウは慌ててオージャンに魔剣を押し返し、「ハ~」と重たいため息をついて、顔に手を当てる。何かを考えているようなガロウ。その間、オージャンも周りも黙って待っていた。
そうして、ガロウは目元に当てていた手を口元に持って行き、
「あんなこと言っておいてなんだけどさ……剣があってもダメなんだ…………もう俺には、戦う意味がないんだ」
「ふん、どうやら貴様の登校したくない理由は根が深そうだな」
心のどっかを突かれたガロウは、ビクリと大きく一度震えた。が、オージャンは別段興味を持ったわけでもなく再び魔剣を担ぎ、
「魔剣が必要になったならいつでも呼べ。貴様はその資格を得た」
理由も聞かず平然と帰って行ったので、微妙にガロウは肩すかしを受けたような気分だった。
その後、オージャンはレシャールの店でバイトをこなし、接客の合間にキネマからスイーツの作り方などを教わり、閉店作業も手伝って店を出た。二人から別れてオージャンがスマホを確認すると、ネフィから着信が山ほどきていた。
なにごとかと折り返してかけると、涙声のネフィがすぐさま出た。
「どうしたのだ?」
『ど、どうしよう』
切羽詰まった声から察して、なにか失敗したんだろうと予想して疲労のため息をついた。だが、続けられたネフィの言葉はオージャンの予想をはるかに超えていた。
『〈プレビオス〉の人と練習試合することになって、負けたらオンザバージを受け入れることになっちゃった!』
しばし黙っていたオージャンは、一言返した。
「この無能」
いや~、オージャンもやるね~。絶対に文句を言われると分かっていて、対抗策を用意しておくんだから。
それに比べてネフィはなにをやってんでしょうかね。問題を起こしてどうするんだか。
さて、理想の上司像の一つ、「部下の力を見込んで武器を与えてくれる」。この際の武器とはマジものじゃなくていいんですよ。親しい営業先とかプロジェクトの作成とかね。ただ、成功した後に我が物顔で手柄を主張してくる上司とかは最悪ですけど。
次回はなしてこうなった? ということと、試合に向けてどうする? って話です。お楽しみに。