魔剣を手にする
ガロウ、聖剣所有者だった人。聖剣は売って戦う力を失った。人との交流が好きで、学校の勉強よりも遊ぶことが大好き。テレビゲームよりは体を動かす方が好き。
「ええ!?」
これにはレシャールもガロウも少なからず驚いた。
「余の命がかかっているのだ。必死に協力するのは当然だろう?」
「ご、ごめん、オージャン! そんな大変な事情になっているとは知らず、私あなたが適当に頑張ったフリをして終わらせるんじゃないかって思っちゃって」
「一度引き受けた以上半端なことはせん」
ネフィが申し訳なさそうに気落ちし、オージャンは謎の風で涼やかに黒髪をなびかせている。そんな二人を、レシャールとガロウはまだ胡乱げな顔で見続ける。
「まだ何か言いたいことがありそうだな?」
「その爽やかさが逆に怪しいですことよ」
「そもそもなんで俺達の問題に、異世界から魔王が来るんだよ」
もっともな疑問がガロウの口から飛び出た。色々なことがありすぎて、そもそもの部分がここまで話題に出てこなかった。
それについて、オージャンは立ったまま三人の顔を順繰りに見回してから、
「どうやら貴様らは、自分達のことを過小評価し過ぎているようだな」
ストンっと椅子に座り直し、一瞬出すのを躊躇してから三人に右手の甲を見せる。そこには言うまでもなく、聖痕が刻まれている。
あらためてそれを目の当たりにして、ガロウとレシャールも緊張に体を強張らせた。
「神は他の誰でもない、貴様らを見込んで余をよこしたのだ。自覚が無いようだから重ねて言うが、神に期待されているのは余ではなく貴様らだ。貴様らのクラスがこのまま無くなるのを惜しいと考えた神が、どうにかして繋ぎ止めるための手段として、余を送り込んだのだ」
「わたくし達の何に神様が期待していると言うのですこと?」
「それは余にも分からん。余は何の説明もなくここに送り込まれたのだからな。だから、興味がある。貴様らに何があるのか知りたい」
「そんな大層なこと、俺達にあるわけがないだろ」
「ないわけがない。ここに余がいることがその証拠だ」
オージャンはこれ見よがしにガロウに聖痕を近づけ、自分達を卑下する言葉を黙らせた。
そして、今一度オージャンは三人を見回した。
「オンザバージを覆すのは確かに険しい難事だろう。だが、余達がやるしかないのだ。そして、余達ならばできるはずだ。全員が一丸となり成し遂げるぞ。どうか、力を貸してほしい」
と、最後に魔王が頼み込んだ。
決して声が大きかったわけではないが、オージャンの迫力に圧倒されて場が静かになる。そこから最初に声を出したのが、
「これはもう神様の期待に応えない訳にはいかないわよね! みんな! 頑張ろう!」
メガネをきらめかせて勢い込んで立ち上がるネフィ。だが、他の二人はそれほど楽観的な様子ではない。
自分達には神様が認め、期待されている何かがある。簡単には信じられないことだが、神様から聖痕を授けられたオージャンがいる。わざわざそんな人をよこすぐらいだ、特別感は確かに感じる。正直、悪い気はしない。認められるのは嬉しい。
オージャンが積極的に協力する理由についても納得できる。ただ――。
ガロウが次に席を立ち、
「命がかかっているオージャンには悪いけど、俺は力になれねえよ。聖剣を売るような奴、神様に期待されているとも思えないしな。ま、頑張ってくれ。応援はしてるよ」
後ろ髪をかきながら席を離れる。
「ま、待ってよ、ガロウくん!」
「わたくしも」
止めようとするネフィを遮るように、レシャールも立ち上がる。
「人後に落ちない能力だとは自負していますけど…………気分がのりませんことよ」
そうしてレシャールもあっさりと下りて行った。
残されたのはネフィとオージャン、変わらず二人きり。せっかく場を設けたのに何一つ成果が無く、好転しなかった。オージャンなんて嫌いな十六歳に頼んだというのに……。
これは相当気落ちしているだろうな~っと、ネフィは気まずそうにオージャンを見れば、彼は満足そうに薄笑いを浮かべていた。
「え!? ショック過ぎて頭のネジぶっ飛んじゃった?」
思わずガクッとオージャンの肩が下がった。この無能はと思いつつ、彼は姿勢を正す。
「愚かな。余は嬉しいのだ、奴らの警戒心がな。あんな口から出まかせかもしれないことを鵜呑みにせず、神から認められたということにも浮足立たず、しかと状況を見極めようとしている。奴らが自発的に協力するようになれば、大きな力になりそうだ」
「え!? さっきの出まかせなの!?」
先程の話を鵜呑みにし、浮足立って有頂天になっていたネフィは大げさにビックリした。真偽を求めてくる彼女にオージャンはニヤリと口を吊り上がらせて笑い、
「さてな」
オージャンはさっさと立ち上がり、「仕事の続きをしなくては」と言って去ろうとする。
「ちょっとま――」
「そのケーキ、もう食べないなら下げるぞ?」
振り返りつつ、オージャンはテーブルに残っているショートケーキを指さした。すぐにネフィはケーキに戻り、彼は下りて行った。
一階に来たオージャンは営業スマイルに戻って、レジに立っているレシャールの所へ行く。
「レシャールさん、このぬいぐるみレジの横に置いた方がいいと思うんだけど」
お客さんが店内にいる手前か、オージャンは言葉に気をつけて話しかける。その器用な使いこなしに、レシャールは寒気を感じているような顔を向ける。
「……ええ、まあその方がいいかもしれませんことね。心当たりのある人が気づくかもしれませんし」
許可をもらい、オージャンはポケットに入れていた羊のぬいぐるみをレジの横に置く。それから、ちょうど一組のママ友集団が席を立ったので、オージャンは「ありがとうございました」と声をかけてから、テーブルの後片付けに入る。
お会計の時にレシャールはママさん達から、「いい子が入ったじゃないの」と言われ、言葉を濁らせて苦笑を返しておいた。
レシャールはテーブルを拭いているオージャンに近づき、他のお客さんに聞こえないぐらいの声量で声をかける。
「人に頼みごとをするなんて、魔王のプライドはどこへ置いてきたんですこと?」
どうやら先程の話し合いが彼女なりに引っかかっているようだ。
「やはり魔王といえども死にたくないのですか? だから、同情を買ってでも協力を得ようと「神が決めた運命でむざむざ死にたくはない」
言葉を遮ったオージャンをレシャールは見るが、彼はテーブルに向き合ったまま、
「だが、勘違いしているようだな。余は同情を買おうとして頼んだわけではない。クラスとして成果を出さなくてはいけない現状で大切なのは、クラスの本気だ。一人二人だけが本気ではダメなのだ。全員が目的を意識し、責任を持たなくてはいけない。そのために余は貴様らのことをよく知り、仕事を任せ、頼むのだ。多少時間がかかろうが、そっちの方が上手くいく。強引に引っ張り出すのではダメなのだ」
「……あなた、本当に魔王ですこと?」
「部下を信頼し、育てる考えも無ければ魔王軍という大きな組織の運営は出来ん。あんな大所帯、余だけで一手に統率することなど不可能だぞ」
確かにそうなんだろうが……それでも、レシャールはどこか釈然としない様子だ。
「それと、余は神の思惑通りに動くつもりはない。神の思惑など鼻歌混じりで軽く超えやる。貴様も本気になったら覚悟するがいい。存分に働いてもらうからな」
「…………それはいいかもしれませんことね」
話しながらテーブルを磨き上げたオージャンは離れていく。彼女は一応テーブルに磨き残しがないか確認したが、文句がつけられないほど綺麗だった。
そして厨房に下がったオージャンは、キネマがパンケーキにクリームを盛り付けているのを見て、
「この店のスイーツとやらの作り方を教えてくれぬか?」
いきなり謎の頼みごとをされ、キネマは首を傾げた。
「なぜですか?」
「奴のブログを見たら、どうやらスイーツが好きなようだからな」
ちなみに羊のぬいぐるみは、いつの間にかレジ横から消えていた。
オージャンが副委員長になって三日目。彼の意気込みも分かったことだし、気持ちも新たにやる気をみなぎらせて、ネフィは頑張るつもりでいた。
が、肝心のオージャンが今日も休んでいた。
(昨日! クラス一丸となって頑張ろうとかって言ってたのに~!)
ただ今日のネフィは一味違った。昨日のように周りから痛い視線を向けられた午前でもいじけて突っ伏すことはない。自分は神様に認められていると思えば、やる気と自信が湧いてメガネがキラリと光る。
(よ~し! まずはジャンヌさんに昨日の話をしておこう! この話をすればジャンヌさんもやる気になってくれるに決まってる!)
そう思い立ったら即行動。
ネフィは教室を飛び出し、〈プレビオス〉のたまり場を目指す。そうして廊下を歩いていた時、いきなりグラウンドに面する窓がガタガタと揺れ出した。風でも強くなってきたのかと思ったら、次には一瞬強い光が見えた。
雷系の能力を持っている人が練習試合でもしているのかと思い、ネフィは窓からグラウンドを覗いた。その時、一際強いクリアなオレンジが溢れた。
眩しさにネフィは目を塞ぎ、その光が治まってからグラウンドを覗いた。
広大なグラウンドの一部に人だかりのドーナツができていた。そこが発生源かとネフィが目を細めて中心を注視すると、ハッキリとは分からなかったが、見覚えのありそうな男子学生がいるように見えた。
ダッシュでグラウンドまで下りてきたネフィは、人をかき分けてドーナツの中心に出た。
「な、何をやっているのよ!」
と声をかけると、目の周りにクマがあるオージャンが振り返った。彼の手には柄に黒い布が巻かれ、黄金の鍔と茜色の刀身でできた剣が握られていた。
「見て分からんのか? 余の魔剣シルファザードを呼び出したのだ」
「え? オージャンって召喚能力持ってるの?」
「持っていないがこれだけは別だ。この魔剣は余の髪・歯・血・骨から作られている。そして柄の布は余のマントだ。だから余が望めば簡単に呼べるのだが、異世界の隔たりはさすがに面倒だった。余の血と余の紋章が必要になるとは……手間がかかった」
地面を見ると、オージャンの足下には円に囲まれた一筆書きの幾何学模様の紋章が描かれていて、彼の左掌にはナイフで傷つけたような一文字の傷があった。
オージャンはボロボロの布を取り出し、それで魔剣を包む。その布が彼の召喚時に身に着けていたマントだとは気付かず、ネフィ。
「それはいいけど、何もこんなみんながいる時間にやらなくても――」
その時、甲高い警報が島全体に鳴り響いた。それは堕天使の襲来を告げるものだ。
急な警報に緊張が走る中、オージャンは平然として揺るぎ無い。
「やはりな。異世界と繋がった時を狙ってくるのではないかと思ったら、案の定だ」
「何をやっているのよ~!」
同じ言葉なのに二度目は意味合いが違い、猛々しいツッコミだった。しかし、オージャンは顔色一つ変えず、その場からも動かない。
グラウンドを囲うように巨大な光る三角形が現れ、地面から光球が三つ飛び出した。
空を浮遊するその球が破裂すると、中からは白い翼の堕天使が現れた。
「ほう、今度は第七階級か。この前の最下級よりはマシな奴らだ」
校舎の方へ退避しようと強引に腕を引っ張るネフィに抵抗して、オージャンはその場に留まりつつ堕天使を見上げていた。
「貴様だな、情報にあった聖痕を受けた魔王とやらは!」
すぐさまオージャンに気づいた堕天使が声を荒げる。
「ああ、これのことか?」
オージャンは堕天使達を挑発するためだけに右手の甲を見せる。彼の狙い通り、まんまと頭に血が上った堕天使は、凄まじい形相で武器――白い剣を構える。
「冥府へ落ちるがいい! 悪しき魔王よ!」
殺気をまとって襲い掛かってくる堕天使達。この段階で巻き込まれるのを恐れたネフィはオージャンを見捨てて離れる。回復役である自分の安全を確保したのと、またオージャンに盾にされたくなくて。
オージャンは呼び寄せた魔剣で迎え撃つわけでもなく、指一本動かそうとせず突っ立っている。
そしてオージャンの眉間ギリギリまで堕天使の剣が迫った時、狙撃されて堕天使達は吹っ飛んだ。
予期していなかった方向からの攻撃で、堕天使達は地面に転がって無様な姿を見せた。
「ハーハッハッハッハ!」
哄笑が響き渡り、堕天使は悔しげな顔を上げる。
「愚かな! ラスボスである余とそう簡単に戦えると思っているのか!? 貴様ら程度なら余が出るまでもないわ!」
胸をはっていたオージャンがパチンと指をならす。そのタイミングで、迎撃のシフトに入っていた学生達が堕天使達の前、つまり堕天使視点ではオージャンを守るように立ちはだかった。
「余を殺したければ、まずはこの者達を倒すのだな!」
「さも自分の部下みたいに……」
ぬけぬけと言い放ったオージャン。むしろ天晴に感じて、ネフィはコメントを極力控えてただ大きな汗を流していた。
そして、自分達の仕事に忠実な学生達はオージャン関係なしに、堕天使達との激闘に入った。
「さて、帰るか」
激闘に背を向け、オージャンは魔剣を背負って歩き出す。それにネフィはついていき、
「まさか堕天使の後処理をみんなにさせるため、この時間に魔剣を呼び寄せたの?」
「勘まで悪いな。そうに決まっているだろう。それにしても、余の前に人間共が並んだ時の堕天使の顔を見たか? 抱腹絶倒ものの表情だったぞ。愉快痛快」
くくくくと、喉の奥で笑うオージャンの意地悪さにネフィは恐ろしいものを感じた。
しかし、このイタズラが後々オージャンの首を絞めることになるとは、この時の彼は知る由も無かった。
オージャンがついに魔剣を手にしました。まあ、入手の方法はけっこう迷惑ですけどね。その後始末を他に任せるっていうのも容赦ない。
理想の上司像の一つ、『部下のやる気を引き出そうとしてくれる』。いや、本当にね。一言二言がま~!デリカシーがない! そういうこと普通言う!?やる気なくすわ~! 学生に分かりやすく言うと、勉強をやろうとしている矢先に親から「勉強しなさい」って言われる。アレね。
さて、次回は当然のように今回のことが問題になります。先生からの説教です。