魔王様、マジメにはたらく
キネマは妖怪。雪女を母に持つので、氷雪系が得意です。感情が顔に出ない男でマネキンのようである。レシャールの執事で有能。
高笑いを上げ終えたオージャンは、長机から下りる。
「さてと、もうやることがないから帰るが、余は明日休むからな」
「え!? どうして!?」
どうしてと言われると思っていなかったのか、オージャンはキョトンとして、
「学校とやらは自分の都合で休んでいいのだろ?」
「ダメな見本を見せてしまった!」
普通を知る前にクラスメイトの悪影響を受けてしまい、ネフィは後悔を叫んだ。とっとと帰ろうとするオージャンを慌てて追いかけ、
「学校っていうのは基本的に毎日来るものなの! 病気でもないのに休んじゃダメ!」
「ほう~そうなのか。だが、明日は休むぞ」
「ダメだからね! 絶対に来てよ!」
「無駄だ。余の意思は強固だ」
「ズル休みにそんな頑なさを発揮しないでよ! 二日目にして副委員長が登校してこないって、魔王もドロップアウトする魔窟って思われちゃう!」
学生用玄関までネフィは説得を続けたが、オージャンは休む意思を変えることはなかった。でも、ネフィは去るオージャンの背中に「絶対に明日も来てよ!」と声をかけ、信じることにした。
そして翌日、
(本気で休みやがりましたよ、あの魔王~!)
ネフィの信じる心は裏切られ、オージャンは宣言通り休んだ。分かっていたことだが、彼には気兼ねするとかないようだ。
午前中、同じランクのクラスと合同授業を受けている間、ネフィは周囲から微妙な視線を向けられていた。その視線は「うわ~」とか「憐み~」とか、「魔王まで不登校にするとかファンキーな奴なんだな」、といったものだ。
その視線から逃げて、昼休みからクラスに閉じこもるネフィ。精神的に疲れ、机に突っ伏してやる気が全くわいてこない。ぼけ~っと窓から空を眺め、外の喧騒をなんとはなしに聞いて、ただ時間だけが過ぎていく。
(…………分かっていたことじゃないのよ。相手は所詮魔王。ホイホイ神様の指示を聞いて、X組を立て直す気なんて最初からないんだ。前半の十五日で無理目な目標を作って区切ったのだって、ただやらないんじゃ角が立つから、一応やってみました感を出すための十五日なんだ)
そんな風にいじけた考えで時間を無駄に使っている時、スマホに着信があり、のろのろと動いて電話に出る。
「ふぁ~い」
『なんですこと、その気だるげな返事は』
電話の相手はレシャールだった。向こうから連絡をしてくるなんて珍しく、ネフィは体を起こし、ズレていたメガネを直しながら「どうしたの?」と聞く。
『どうしたもこうしたもありませんことよ。その反応からしてあなたの差し金ではなさそうですけど』
首を傾げながら疑問符を浮かべる。相手が何を言わんとしているのか分からない。
『あの敗残魔王がバイトの面接に来ていますことよ』
しばらく、ネフィは何を言われたのか分からずフリーズしていた。そして、意味を認識した瞬間、声を上げて仰天した。
「一体全体どう言うこと!?」
言いながら、ネフィは営業中の『パプリカ』に突貫した。一階席にいるお客のママ友集団は、大声に驚いた顔を向ける。
「いらっしゃいませ。待ち合わせのお客様ですね? お席にご案内いたします」
と、見事な接客スマイルで応対したのは、黒のスラックスとワイシャツの上にエプロンをつけたオージャンだった。
異常なものを見てしまったように、ネフィは怯んで顔に斜線を入れて青ざめる。
「ど、どうしたの? 悪いもの……良いものでも食べたの?」
「魔王が改心するほどの美味なる食べ物があるのでしたら、わたくしも食してみたいものですこと」
上階から下りてきたレシャールが、階段のところからネフィに声をかける。変わらず肌の色が真っ白な彼女は、チャックのストールを肩にかけていた。
「え? 雇ったの?」
間の抜けた質問に呆れて、レシャールは嘆息して手招きする。
「いいから来なさい。まんまと引っかかったお仲間がお待ちですことよ」
「へ?」
レシャールが案内するようなので、オージャンは動かない。ネフィは変わらず張りつけたような接客スマイルをしている彼の横をビクつきながら通り過ぎ、二階席に行く。
二階席で埋まっているテーブルは一つだけ。レシャールが案内するその席で、ガロウがチョコパフェを食っていた。
「え? ガロウくん!? どうしてここに?」
「おう、委員長。いやさ、レシャールからあの魔王がバイトし始めたって連絡が来て、面白そうだから見に来た」
ネフィはガロウの前の席に座り、レシャールに進められてメニューを見て、ショートケーキのセットを頼む。
レシャールがオーダーを厨房に伝え、三人が同じテーブルにつく。
まだよく分かっていないネフィは戸惑い、
「えっと~、オージャンが今日休んだのって、バイトの面接のため? 異世界に来ていきなりバイトっていうのも突拍子がないと思うけど、魔王にバイトっていうのもハードルが高いんじゃ」
「相変わらず察しが悪いですこと。オージャンは小銭稼ぎのためにバイトを始めたわけじゃありませんことよ」
「上手い手考えるよな、オージャンも。魔王がバイトって――」
そこがツボったのかガロウは俯いて肩を震わせてから、半笑いの顔を上げて続ける。
「思わず俺も来ちまったもん」
「?」
疑問符を上げるネフィをよそに、ガロウとレシャールは話を続ける。
「でもまさか、レシャールが魔王に手を貸すとは」
「みんなの興味を引くように情報を流す。それがバイト代ですことよ」
「つうことは、オージャンは基本タダ働きなんか?」
「そうですわ。それと手助けは今回限りですことよ」
そこへキネマがショートケーキと紅茶を運んできた。
「お嬢様。X組全員に情報を流して四〇分経ちました。来る気配も返信もありませんし、他の二人は来そうにありません」
「そう。ま、予想通りかしらね。それじゃオージャンを呼びなさい」
「はい」
ネフィの前にケーキが置かれる間にされたやり取りに、まだ彼女は疑問符を上げていた。
まだ半笑いのガロウは、パフェのスプーンを軽く振りつつ、
「つまりだな、クラスに集まらない俺達を集めるため、魔王がバイトを始めたっていうセンセーショナルな情報を流したってことだ。そしてその思惑にまんまと引っかかったのが、俺と委員長ってこと」
「あ!? そういう!?」
ようやく合点がいって、ネフィが声を上げる。
「ふ、そういうことだ。なんにせよ、貴様らの協力を仰ぐためには早めにこちらの事情を伝えておく必要があるからな」
と、上階に来たオージャンが言う。
オージャンはX組の立て直しにやる気がなかったわけじゃなかった。むしろ率先して改善しようとしていることが分かり、ネフィは晴れやかな顔を上がってきた彼に向ける。
が、すぐにその目が「え?」と丸くなる。オージャンが小脇に羊のぬいぐるみを抱えていたからだ。
「なにそれ?」
指をさして聞くと、オージャンは羊の首根っこあたりを掴んで持ち上げる。
「入口のところに落ちていた。客の落し物かと思ったが違ったので、最後に出入りした貴様のものかと思ったが、違うのか?」
「私のじゃないわよ。そんな微妙に可愛くないの」
モコモコのぬいぐるみの表情は「ゲヘへ」と笑って舌を出している。可愛くはないしさりとてキモくもない微妙なぬいぐるみだ。
ネフィのものでもなかったので、とりあえずオージャンはぬいぐるみをエプロンの前ポケットの中に、カンガルーの親子のように顔だけ出して入れた。
その様子を見て、レシャールは口元を押さえて肩を震わせ、ガロウは指さして笑った。
ツカツカと移動して、オージャンはガロウの口を手で塞ぐ。
「下の客の迷惑になるから少しは声を抑えろ。余も高笑いを我慢しているのだぞ」
「マジメだな~」
「なにを当たり前のことを……王が不真面目ならば困るだろ。余は引き受けた仕事の手は抜かない。でなくては、下の者に示しがつかないだろ」
「でも、魔王がよくバイトできるね?」
「は? 普通の人間ができることを、どうして大魔王である余ができないと思うのだ?」
本気で怪訝そうな顔をしたオージャンに返され、ネフィは「え~」と戸惑って腑に落ちなかったが、反論も特に思いつかなかったので黙った。
そして、オージャンはガロウの横に座る。
キネマは下で接客しているが、彼の主人であるレシャールがいるから問題ない。クラスメイト七名の内ほぼ五名が揃っている状況に、ネフィは嬉しくて緩む頬を我慢できずはにかんでいる。
「スライムを顔面に張ったように緩んでいる村娘A、もう少し緊張感を持て。言っておくが、この方法は一度しか使えないぞ。この機会を逃せばこれからの計画に支障が出てくる」
そうだと、ネフィは姿勢を正した。本来の目的はここでなく、学園のX組にみんなを集めることだった。このチャンスにどうにか二人を口説き落として、登校させるようにしなくてはいけない。
オージャンはテーブルに手をついて立ち上がる。
「着任式で言うはずだったが、この場で言わせてもらう。まだ具体的なアイディアはないが……いまだかつて覆されたことのないオンザバージ。余達はそれを覆して、必ずこのクラスを存続させる」
おお~とメガネを輝かせてネフィだけが拍手をする。
ガロウとレシャールは怪訝な顔で、オージャンを見る。
「……不可能ですわ。オンザバージは退学処分と同意。ただ学生に身の回りの整理をさせるための時間ですことよ。大体にして、捨てる決断をしたゴミを捨てた後にもう一度拾」
「あ、それオージャンも言ってた」
「…………」
魔王と意見がかぶってしまったことが嫌だったのか、レシャールは口を閉じた。
「ってかさ、なんで魔王が縁も所縁も無いX組を存続させようとしてんだ? 善意とかと真反対にいる存在だろ、あんた?」
「ほう、余が貴様らに協力するのは不可解だと?」
「裏があるとしか思えないんだよな。言っとくが、悪の片棒を担ぐのはゴメンだぜ」
ガロウは後頭部で手を合わせ、椅子の背もたれに寄りかかる。
その警戒心が心地いいのか、オージャンは「ふっ」と微かに笑う。
「いいだろう。アステリアから聞いた、貴様らが納得できる理由を提供しよう」
納得できる理由? と三人は疑問符を浮かべる。
「こちらの世界に召喚された時、神によって余はこのクラスと因果を結ばされた」
「因果ですこと?」
「簡単に言えば、このクラスが閉鎖されれば余は死ぬということだ」
オージャンは器用ですので、普通の人ができることはそつなくこなします。
オージャンに対しては理想の上司像というのをこれでもかってくらい詰め込んで、詰め込みまくってやりますよ。その一つとして『マジメに仕事をする』……マジメに仕事をやれ! 部下に押し付けるんじゃね~!
あ~すみません。変な回線が混入してきました。お気になさらず。
次回の話では、そもそもどうしてオージャンが来たのかって話をします。