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魔王様、支配してください!  作者: 春花
プロローグ
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プロローグ

 新作ができました~。頼りになる理想的な上司を意識して、憎めない大魔王様を書きました。楽しんでいただけると幸いです。

 夕焼けに染まる狭い教室で、女子学生――ネフィ=セレクトは途方に暮れていた。


 短めの黒髪にメガネをかけた彼女は、ガランとした教室に一人でいる。しかし、それは日曜日という休日のせいではなく、今週も先週も……あえて言えばおそらく明日も、彼女以外のクラスメイト五人は誰一人としてクラスに顔を見せないだろう。


 そして今日、ネフィがわざわざ休日に来校したのは学園から通達が来たからだ。


 彼女が委員長を務めるクラスは特例処分としてX組――『オンザバージ』となった。『オンザバージ』認定されたクラスに与えられるX組、これはこのソロモスチューラ学園の最後通告を意味している。一ヶ月の間に何の成果・改善が認められなければ、そのクラスは閉鎖される。それに伴って、所属する学生は全員退学処分となる。


 一〇〇年を超えるソロモスチューラ学園でオンザバージ認定されたクラスは、必ず閉鎖となっている。一つの例外も無く。


 それほどオンザバージを覆すのは至難……というか、そもそも覆すことなどできないのかもしれない。


 それほどまでの処分を彼女のクラスが受けた理由。それは…………かつてない程、彼女のクラスが崩壊しているからだ。



 学級崩壊なのだ。



 やる気も熱意も無いクラスメイト。


 まとまりすらない。


 教師も匙を投げている。


 委員長のネフィもオンザバージを回避するため頑張ったが、結局は無駄だった。


 一ヶ月の猶予は問題を改善し、手柄を立てるための期間ではなく、学生達に身の回りの整理をさせる期間だというのが周知の事実だ。


 一ヶ月後、彼女のクラスは閉鎖され、彼女もこの学園を去ることになる。


 途端にネフィの膝が崩れ、床に手をついて涙を流す。力不足を自覚し、もうどうやっていいのか、どう頑張ればいいのかも分からない。ただただ、悔しい。少し前までは、こんなんじゃなかったはずなのに。


 その時、突然教室の中心に光が集まった。


 甲高い異音に気づき、ネフィは背後を振り返る。直視出来ないほどの眩しさに腕で目をガードするが、凄まじい光量なのに全く熱を感じない不思議さだ。


 徐々に光が緩んでくると、彼女も薄目ながら光を見られた。と、光の中から出てきたものは、激しい音を立てて木製の長机の上に落ちた。


「くくく、見事だ勇者。だが、言っておくが一対一だったなら負けなかったからな。しかも何度となく復活しやがってこっちはこの身一つで――」


 と、重低音の負け惜しみの声が聞こえてきた。


 ネフィがおっかなびっくり見ると、傷だらけでボロボロの男が倒れていた。その人はまだうわ言で何かを呟いていたので、彼女は慌てて回復魔法をかけてあげた。


 怪我が治り、パチリと目を開けた彼は、


「ずりゃあ~!」


 飛び込みクロスチョップをネフィにかまし、床に組み敷いて手を頭上に掲げる。


「ハーハッハッハ、形勢逆転だ! 来い! 魔剣シルファザード!」


 彼の手はニギニギと開け閉めされたが、魔剣シルファザードとやらが握られることはなかった。そのことで「ん?」と思った彼は、自分の下にいるのが見も知らぬ女だということにようやく気付いた。


「誰だ貴様?」


「あんたこそ誰なのよ、何なの、よ!」


 ネフィは足を男の下から引き抜き、胸の所で膝を畳んで足裏を男へくっ付け、一気に蹴りはがした。


「どぅっ!」


 変な声を残して、壁に激突した男は頭を振って起き上がる。


「余が誰だと? 貴様、大魔王オージャンを知らんとは言わせんぞ!」


「大魔王?」


 ネフィは訝しげな目で彼を観察する。


 黒髪短髪の彼――オージャンは、背格好からネフィと同年代ぐらいの十六・七っぽい。学園の制服ではなく、血や泥で汚れ所々裂けている服はみすぼらしいが、生地や意匠は立派なものだ。羽織っているマントは表が黒で裏地が赤、しかも裏地には金の刺繍で花鳥。そして全身を見て気づいたが、オージャンの右手の甲に彼女もよく知る刻印があった。


「あなたそれ――」


「!? このムカつく波動は!」


 まだネフィが観察している途中だったが、オージャンは立ち上がって窓へ駆け寄り、開け放って躊躇なく飛び出した。


「――うおおおおお!」


 叫び声を聞いてネフィが窓辺へ行って覗き込むと、オージャンの足が植え込みから生えていた。


「なぜ翼が出ん!?」


「え? あなた飛行系の能力を持ってるの?」


 教室が二階だったから大した怪我はなさそうで、オージャンはすぐに起き上がり、ネフィを無視してグラウンドの方へ走って行った。


「あら、行き違いになっちゃったみたいね」


 いきなりのことで呆気に取られていたネフィは、背後からの声に振り返ってさらに驚いて目を丸くした。


「あ、え? 学園長!? どうしてここに!?」


 ドアの所に立っているのは、ソロモスチューラ学園の長であるアステリア=ウイルゼスだった。ビジネススーツを着た彼女は、長いライトな茶髪で二十代に見える若々しさ。彼女は手を振ってから苦笑し、


「説明が必要だと思って会いに来たのよ。あなたのクラスの――」


 突如として鳴った警報に学園長の声が混ざったが、教室にいたネフィにはしっかり聞こえた。そして――仰天した。



 警報が鳴る少し前にグラウンドに来たオージャンは、地の底から迫ってくるエネルギーに口元を吊り上げて邪悪な笑みを浮かべる。


「矮小な」


 そして警報が鳴り出したが、うるさく鳴るそれなど気にも留めない。地面に空虚な穴が開くと、そこから複数の人影が飛び出した。


「死ね!」


 先手必勝! 出会い頭に技を叩きこもうとオージャンは掌を突き出したが、そこからは何も発射されなかった。


「ん?」


 キョトンとしたオージャンは突き出した自分の右手を見て――右手の甲を見て、


「なんだこれは~!」


 身に覚えのない忌々しい刻印に叫び声を上げた。すぐさま手の甲を手でこすって、マントでこすって、爪を突き立てて皮ごと削り取ろうとしても弾かれ、全く消えなかった。


「な! なんで! こんなものが余の右手に!」


 訳が分からず混乱するオージャンを見下ろすのは、空を飛ぶ八体の堕天使。全員が金髪で白い衣をまとい、背中から白い翼を生やしている。手にはそれぞれ武器を所持している。


 彼らは一様にオージャンへ鬼気迫る形相を向け、


「下郎!」


「それを我らの前でひけらかすとは、どうやら無残な死を望みのようだな!」


 刻印のことを言われ、プチプチとオージャンの頭に怒りマークが張りついていく。


「黙れ、余は最高潮に機嫌が悪い。すんなり殺されたいなら――雁首揃えて並べ!」


 かぎ爪のように強張らせた手に骨や血管が浮かぶほど力が入り、オージャンの全身から不穏な黒に近い紫のオーラが立ち昇る。


「なんと邪悪で醜悪なオーラ」


「なぜこのような者に、神に選ばれし者である聖痕が!」


 その瞬間、ハッキリとオージャンの頭の中で血管が切れた音がした。


「大魔王である余の身に! そんなものがあるはずなかろう!」


 オージャンの言葉で、堕天使達に衝撃が走った。


「なに!? 魔王だと!?」


「神に仇なす者のはず!」


「それなのに聖痕!?」


 八体が顔を見合わせて頷き合うと、手に持っている武器をいっそう強く握る。


「なおのこと貴様に怒りを覚える」


「本来なら敵であるはずなのに……そんな相手に、神は目をかけられたというのか!」


「神の寵愛を受ける愚かな人間よりも、敵でありながら神に認められた貴様を許せない!」


「よし分かった。余に対する数々の無礼と侮辱。楽に死ねると思うな。死体をバラバラにして、未来永劫苦痛が続くようにしてやる」


 お互い、もう我慢の限界だった。示し合わせることもなく、殺気をむき出しにして戦闘を開始する。


「邪魔!」


 する所だったのに、オージャンよりも速く飛び出してきた影は彼の頭を踏み台にして、上空にいる堕天使に飛び込んで緋色に光る拳を叩きつけた。


 拳を受けた堕天使は一撃で消滅したが、残った七体は消えた仲間に一瞬だけ目をやっただけで、ほとんどスピードを緩めずオージャンへと向かう。


 相手にされなかった彼女は舌打ちし、


「サブ! そこの民間人を避難させろ!」


『はい!』


 と、オージャンは後ろから来た数人に羽交い絞めされ、後ろへ強制的に引っ張られていく。だが、頭を踏まれた彼は、


「邪魔だ貴様ら! 優先順位が変わった! まずはあいつだ! あいつを余の前に引きずり出せえぇ!」


「なに興奮してんだ、この男!?」


「どうして学園の敷地内にいるのよ! 警報聞いて避難しないとか何なの!?」


「ってか、あの堕天使達、こっち来てるんですけど~!?」


 男女七人は四人でオージャンを持ち上げて運び、残り三人は残って接近してくる堕天使を迎え撃つ。


 担がれてどんどん戦場から引き離されていくオージャンは、片足が自由に動いたので足の方へいる男子に踵落としを喰らわせた。


 一人が地面に倒れてバランスが崩れた瞬間、オージャンは他の三人の手から逃れた。


「戦略無き撤退など魔王のコマンドにはないのだ。覚えておけ、過小な人間ども」


 オージャンはマントを翻し、ゆったりとした足取りで堂々と引き返す。急がず慌てず歩く様は、赤絨毯の上を歩いて部下の待つ議会場へ向かうような雄大さがあった。


 王者の風格に、オージャンを避難させようとしていた人達も近寄りがたかった。


「バカ! 死にたいの?」


 のに、風情を分かっていない輩にマントを引っ張られて、オージャンは前にコケた。


「サポートランクの役目は後方支援よ。負傷した人の救助や一般人の避難誘導、その他雑用諸々なんだから。それじゃ校舎へレッツゴー!」


 そのままマントを引っ張られ、オージャンはズルズルと引きずられる。その様を先程まで彼を運んでいた人達はポカーンと見送る。


 オージャンは地面を手で押してガバッと起き上がり、マントを引っ張り返す。


「貴様はさっきの村娘A! どういうつもりだ!」


「誰が村娘Aよ! こっちはあんたの命の恩人よ! さっきは名乗り忘れたけど、ネフィ=セレクト。二年X組の委員長よ」


 メガネを指で押し上げ、レンズをキラリと光らせて自己紹介するネフィの腰には一振りの剣があった。オージャンは立ち上がって、頭一つほど低い彼女を見下ろして、鼻で息をつく。


「ハッ。恩着せがましい。何をしたのかは知らぬが、人間の小娘になど施しは受けぬ。放っておいてもらってけっこう――」


「危ない!」


 と、流れ弾の火球に気づいたネフィは、オージャンを前に押し出した。が、彼は動揺した素振りもなく、冷静な顔で怒りマークをこめかみに張りつけ、迫る火球から目をそらしもせず、逃げようとしていた彼女をノールックで引っ掴んで前へ投げ飛ばす。


 ネフィと接触した火球が破裂し、燃え上がる中から彼女の断末魔が聞こえる。


「ふん、ざまあみろ」


 押し出す方も押し出す方だが、盾にする方も盾にする方だ。周りにいる学生達は唖然として声も無かった。


 焦げたネフィがパタリと地面に倒れ伏した所で、オージャンは口元を吊り上げて笑う。


「よし、ようやく邪魔者もいなく――」


「ちょっと何するのよ!」


 黒こげになりながらも復活してきたネフィが、声高に文句をつけてきた。その復活スピードにオージャンは少し驚き――彼が黙っているので、彼女はさらにまくし立てる。


「回復役は戦闘において重要だからなるべく前に出ず、最後まで残っているようにって授業で習ったんだからね! つまり、つまり! 自分が後ろに行くためには手近な人を前に出さないといけないってことでしょ!」


「愚かな!」


 確かに愚かだと、オージャンの言葉に同意して周囲の学生が頷く。


「貴様の主張では怪我をした輩に駆け寄って回復させ、また退避。一刻を争う戦場でこの三工程もこなさなくてはいけない! だが、前線で怪我をした輩が貴様なら、移動の手間が省けて回復だけで済む! つまり、貴様の役目は回復能力を生かした盾だ!」


「…………なるほど! 一理あるわね!」


 ネフィが目から鱗のように感じ入っているので、周囲の学生は思わずコケた。


 その時、オージャンは憎き堕天使と頭を踏んだ無礼者のことをハッと思い出し、ネフィの腰から剣を奪い取る。


「あ、ちょっとそれ大事な――」


 ネフィの訴えを無視して、オージャンは戦場へ振り返る。が、振り向いた時には、最後の一体が彼の頭を踏んだ女子によって殴り倒された所だった。


 ほとんど一人で八体の堕天使を打倒した少女は、ライトの茶髪をショートにし、前髪の一部がピョコンと立っている。女子の制服である白を基調にしたジャケットと、チャックのスカートには戦闘の汚れなど一切ない。つまりは、彼女の圧勝だったのだ。


「…………」


 見せ場を完全に消失してしまったオージャンだったが、いじけた様子など微塵も見せず少女に近づく。


「余の手を煩わせることなく敵をほふるその献身さ。褒美として先程の無礼は不問にしてやろう」


 どうしてそう思えるのか、オージャンの脳の配線的なものがバカなんだろうと確信する少女は、彼に胡乱げな視線を送る。


「おまえ何なんだ?」


「どうも先程から謎だ。余のことを知らぬ人間などおらぬはずだが」


「その自意識過剰さにはビビるぞ」


「男児のくせに女児の服をまとう変態のくせに、余への敬いが足りないぞ」


 オージャンのボディに突き刺さった拳の衝撃は背中を突き抜け、彼の背後にいた女子学生の前髪を揺らした。


「僕は女だ!」


 腹を押さえてふらつきながら、意地でも倒れようとしないオージャンの足は、小刻みに震えている。


「ふざけるな」


「どっからどう見てもヒャクパー僕は! 十六歳の女子高生だろ!」


「どこを見て貴様が女だと判断するのだ! そういうセリフは胸を五センチ増やしてから言うのだな! それに年齢が二桁いっているだと!? そんな分かりやすいウソを言ってどういうつもりだ! 推定身長一四三センチのチビ!」


「放せ! こいつに地獄を見せなきゃ気がすまない!」


 拳を緋色に輝かせて殴ろうとする少女を、周りの学生が慌てて止める。堕天使も一撃で倒すそれで殴ったら、さすがにシャレにならない。しかし、それほど図星を突かれた彼女(上げ底の靴とピョコンと立った前髪で全長一五五センチにしている)は、怒り心頭なのだ。と、彼女に攻撃される前に、オージャンは剣を振りかぶった。


 やる気か!? と、少女の瞳に戦意が燃えるが、オージャンは彼女の頭上を越えて剣を投げた。


 後方で最後の一撃を放とうとしていた死にかけの堕天使は、額を剣に貫かれて消滅した。


 背後の気配に気づかず、オージャンに助けられた形となった少女の体から力が抜け、ホッとした学生達は彼女から離れる。いきり立っていた彼女だが、助けられたことには素直に感謝しようと。


「……た、たす」


「視線を遮るものがないからすぐに気づけた」


 ポンポンっと彼女の頭を叩くという挑発行為がオマケ付き。彼女の頭に大きな怒りマークがはりつき、目元に影が落ちる。


「殺す!」


「いいだろう! 十六歳以上のガキなどすべからく余の敵だ! その小ささに見合った年齢でないことを後悔するがいい!」


 迎え撃つ時までコケ下ろすことを忘れないオージャンは、マントをはためかせて両腕を上げる。


「ロリコンをカミングアウトするな! この変態!」


 周囲の学生が険悪だか何だか分からない雰囲気に戸惑っていると、飛び込んできたネフィがオージャンの腰に抱きつく形でタックルをかけた。


「やめなさいよ! 『ナンバーズ』クラスのシャルマルさんにケンカなんて、勝てるわけないでしょ!」


 倒されたオージャンは、地面に突っ伏したままくぐもった笑い声を漏らす。だが、そのニュアンスは明らかに愉快というものではなかった。


「くっ――くくくく、ハーハッハッハッハッハ!」


 オージャンはネフィの顔面を蹴ってはがし、穴あきのマントをなびかせて立ち上がる。


「無知とは恐ろしいものだなぁ! 貴様らは今、自らの手で世界崩壊のスイッチを押してしまったのだ! だが、あえて貴様らの命は取るまい! 崩壊する世界を見ながら後悔と絶望に苦しむが――ッ!」


 口上の途中で少女――シャルマルの拳が再びオージャンの腹に突き込まれた。


 的確に肝臓を下から上へ突き上げられたオージャンは、お腹を押さえて突っ伏した。


「おまえはきっと悪だ。さっきから悪そうなことばっかり言いやがって」


 突っ伏した体勢のまま、オージャンは顔だけ上げてシャルマルを見上げ、


「最低限の礼儀と様式の美というものを理解していないのか、このチビは。勇者ですら余の言葉に感銘を受けて、突っ立ったまま聞いていたのだぞ」


「勇者? さっきから魔王みたいなこと言って……見かけないし、どこの誰だ?」


「その人は異世界の大魔王よ」


 優しげな声に反応して、その場にいる全員が振り返ると、そこに学園長であるアステリアがいた。


 ニコニコとした笑顔の彼女を見て、オージャンはよろめきながら立ち上がる。


「どうも貴様からは、いけ好かない気配がする」


 初対面ながら険悪にするオージャンに怯まず、アステリアは会釈をする。


「はじめまして、異世界の大魔王さん。私はソロモスチューラ学園の学園長、アステリア=ウイルゼスです」


 簡単な自己紹介の後に、アステリアは上着の裾をめくって引き締まった白いお腹を見せる。


「ね、姉さん! 何を――」


 慌てたシャルマルがアステリアのお腹を手で隠したが、オージャンはしっかりと見た――彼女の左わき腹下にも聖痕があった。


 オージャンは歯噛みし、憎々しげにアステリアを睨む。


「貴様、勇者と同じ神に選ばれし者か」


「いやですね、それはあなたも同じじゃないですか」


 そう言われたオージャンは、頭に怒りマークを張りつけて右手の甲を上げてさらす。


「これは何かの間違いだ!」


「こ――こんな奴が、姉さんと同じ?」


 事態を把握できず混乱している者が多い中、唯一アステリアだけが全てを理解しているように微笑んで、


「色々と知りたいことがあるでしょ? 説明しますのでついてきてください」


 と、アステリアが手で促すが、オージャンはその場から動こうとしない。


「どうしましたか?」


「神の奴隷にノコノコついていけるか。殺されてはたまったものではない」


 警戒心バリバリにトゲ付きのセリフをはいたオージャンは、シャルマルの拳で後方へ吹っ飛んでいった。


「姉さんに対して失礼だろ!」


「こら、シャルマル!」


 アステリアの声でシャルマルの肩がビクッと跳ねた。不安げな顔で振り返ると、アステリアがムッとたしなめる顔でいた。


 シュンと俯くシャルマルの鼻頭にチョンっとアステリアの指が触り、


「めっ」


「なめんな! 叱るつもりならもっとキチンと叱れ!」


 遠く彼方でオージャンのツッコミが響いた。


「……なんで……どうして僕じゃなくあんな奴に」


 そう不満を呟くシャルマルに気づかず、アステリアは地面のわだち(オージャンの体が地面を削ってできたものだ)をたどって彼の元まで行き、上体を倒して膝に手をついて自分の顔を近づける。その際に、腕で寄せられた大きな胸がさらに強調されたが、オージャンは気にする素振りもなくアステリアを睨み上げる。それでも彼女は笑みを絶やさず、


「どうして自分の手に聖痕があるのか? 知りたくはないですか?」


 言われて、渋い顔をしてオージャンは押し黙る。


「そんな嫌そうな顔しなくても……」


「大魔王の身である余に聖痕だぞ。この屈辱、貴様ら人間には理解できまい」


「そう悲観しないでください。確かに聖痕の影響で、あなたの魔力は聖なる力に抑え込まれて放出できないようになってはいますが」


「どうりで翼が出ないと思ったわ! 悲観要素しかないではないか!」


 興奮するオージャンをアステリアは手でなだめて、


「まあまあ、あなたも神様から使命を受けたのですから、二年X組を立派なクラスに立て直してくださいね、副委員長さん」


「フクイインチョウサン?」


 聞きなれない単語に、オージャンの頭上に疑問符が浮かぶ。


「そして私が委員長よ!」


 めげずに再びやってきたネフィが、なぜか偉そうに胸を張って自己主張する。


 とりあえず、オージャンは立ち上がってネフィをはたき倒して、


「これで余がイインチョウか?」


「そういう感じで決めるんじゃないのよ」


 アステリアは苦笑しつつも穏やかに言う。


「ヒドイ!」


 すぐに復活するネフィを放って、オージャンとアステリア――、


「教職員も見放したX組をあなたに任せます」


「よく分からんが、面倒なことを押し付けられそうな感じがヒシヒシとする。嫌だぞ、余は。神の言いなりになるのは」


「でも、あなたは断れません。私はあなたの使命について少し神託を受けています」


 と、アステリアはオージャンにそっと耳打ちする。それを聞き終えた瞬間、カッとオージャンの目が見開かれる。


「それは……本当か?」


 聞くが、アステリアはニコリとして答えない。そして、再び手で促す。


「さ、学園長室に参りましょう。詳しい説明をしますね?」


「……いいだろう。神が何を企んでいるのかは知らんが、余は神の思惑など鼻歌混じりに超えるからな」


 今度はオージャンも素直に応じた。



 ここから大魔王オージャンの新たな覇道が始まるのだった。

 異世界にきて副委員長になった大魔王。しかも魔力が使えなくってレベルダウン。嫌いな十六歳の相手をしなくてはいけない。泣きっ面に蜂ですね。負けるとここまで身を落とすんですね。可哀想に。

 でも、そこは魔王! 支配することに関しては右に出るものが出ない職業! きっとすごいことをしてくれますよ!

 次回からはクラスメイトの紹介と学園についての説明に入っていきま~す。

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