一日戦争編4
■一日戦争編4
深夜─。
志郎とさゆりは約50メートル先にある、1軒の古い家を注意深く観察していた。
いわゆる『木造モルタル2階建て瓦葺』という、大昔の日本の家屋のスタンダードだったものらしい。今では味があるというよりも、お化けでも出そうな佇まいであり、同じ古さでも西洋の建物とは与える印象が全く異なっている。何故か他人を寄せ付けない独特な雰囲気を醸し出しており、特にこの町はそんな家がまだ多く残っていた。
さゆりはあの家が志郎の家だと聞かされた瞬間、眉間にシワを寄せあからさまに嫌な顔をした。
だが、あの古めかしい家の前には、何とボディアーマーを装備した超能力者1名と、自衛隊所属の小型装甲車両1台が道幅一杯に停まっていた。
「まさかの念の入れようね」
「ああ。もしもここであいつらと戦ったりしたら、その時点で俺が同盟本部にはいないという事がバレる」
二人……特に志郎は疲労のためもう歩くのもやっとの状態だった。だが、どんなに待っても現状に変化が見られなかった。
そんな志郎の姿を見て、さゆりは両手を腰に当てて提案した。
「仕方ない。避難指示に従って留守になったお宅に勝手におじゃまする?」
「それじゃあ空き巣と同じじゃないか!俺に犯罪者になれと言うのか!?」
「はぁ!?誰が犯罪者になれって言った?この非常時にちょっと休ませてもらうだけじゃないのよ!」
志郎のために提案したのだが、真っ向から否定されカチンとくるさゆり。
「勝手に上り込むんだから立派な犯罪だろ!不法侵入ってやつだ!」
志郎も負けじと言い返してくる。全く……この一般人ってやつは、臨機応変に動けず融通が利かない面倒くさい人種だ……とさゆりは心の中で嘆いた。
『そ こ に 誰 か い る の か!?』
急に大きな叫び声と同時に、小型装甲車両からサーチライトが投射される。
「「やべ」」
二人同時に路地の奥へ逃げ込む。さすがにこの状況で外をうろつくやつは不審者の何者でもない。
遠くで『調べて来い』という声が聞こえ、続けて複数の走る足音……どうやら小型装甲車両から2、3名降りてこちらに向かっているようだ。
さゆりは志郎の右脇を抱え、能力を使って路地の生垣をジャンプで飛び越えると、民家の大きな庭に着地する。
「下手に動き回るより、動かないでじっとしていた方がいいわ」
さゆりが志郎の耳元で囁き、それにコクリと頷いて答える志郎。ここは一般人の志郎より、ランクBでフル装備であるさゆりの指示に従った方が無難だ。
二人が逃げ込んだ大きな庭は、しっかり管理された芝生や植木があり、その奥には灯篭や枯山水まであるかなり裕福な家であるようだった。
だが、今の二人はそんな美しい庭園を愛でているような状況ではなく、綺麗に刈り込まれた松の下で息を潜ませることしかできなかった。
外の路地をLEDライトで周囲を照らしながら自衛隊員が哨戒活動を行っていたが、こちらを発見できすにそのまま通り過ぎて行った。
ふぅと一息つく志郎に向って、小声で話しかけるさゆり。
「さすがにあたしも疲労が溜まってきてるから、マジでどこかに隠れて休息する必要があるんだけど?」
志郎は空を仰ぐと、と少し雲はあるが月は綺麗に出ており空は比較的明るかった。もう2、3時間もあればさらに明るくなり夜が終わりを告げるだろう。
そういえば今気付いたが、さっきまで遠くで鳴っていたドンパチが止んでいた。戦いは終わったのか?
そう考えると、更に疲れがどっと押し寄せ、この場に寝転びたくなる衝動に駆られる。
「……ああ。そうだな。俺はもう限界だ。どこか適当な家で休ませてもらおう」
「了解。じゃああたしにつかまって」
さゆりは志郎に肩を回し立ち上がろうとしたその時、近くで物音が聞こえ同時に声をかけられた。
「そこにいるのは誰?」
「!」
さゆりは焦った。この状況で超能力者に攻撃を受けたら、主賓を守りきるのも至難の業だ。
レーザーガンを構え志郎の前に立ち声の方向を見る。
家の縁側から姿を現したのは、髪の毛をアップにし、薄い紺色の浴衣に濃紺の羽織を肩から掛けた女性だった。
「お、おばさん……?」
さゆりはぎくりとして振り返ると、志郎が両膝立ちの状態で左手を前方に伸ばし、穏やかな顔をしていた。
「…お久しぶり…です…」
そういうと、志郎はその場に倒れ込んだ。
さゆりは事態が呑み込めず、呆然としていた。
「あなた。ぼーっとしてないで、早く中へ運んで頂戴」
「あ……はい」
さゆりはレーザーガンをホルスターへ戻し、言われた通り志郎を抱え上げると縁側まで運んだ。
「ブーツのままで結構です。急いで2階のベッドに運んで下さい」
さゆりは志郎を運びながら(ここは志郎の知り合いの家なの?)とか(志郎が目を覚まさないと気まずいな)とか(素性とか聞かれたら面倒だな)などと考えていた。
この家は昔ながらの懐かしい日本家屋でありながら、現代様式を取り入れたモダンでおしゃれな作りであり、同じ古い家屋であっても志郎の家とは雲泥の差があった。
和服の女性の後に続いて2階に上がると板張りの廊下があり、左側は全面ガラス張りで月の光が優しく廊下を照らしていた。
廊下の右側には4つほど襖があり、女性はその一番手前の襖を開けると、さゆりに部屋に入って志郎をベッドに寝かすよう声をかけてきた。
部屋は12畳ほどの広さで、手前は畳にちゃぶ台が置いてあり和の雰囲気が強いが、部屋の奥はフローリングとなっていて、そこにシングルベッドとサイドボードが置いてあり、更にその奥にはベランダがあってそこには木製のテーブルとイスが置いてあるという、まさに和と洋が見事に融合した素晴らしい部屋であった。そのベランダから見る景色は広い庭を一望できるようになっており、さながら高級旅館の風情を漂わせる作りとなっていた。
(この女性は一体何者なの!?)
シンプルでありながら贅沢な作りであるこの家を、見れば見るほどさゆりは疑心暗鬼に包まれるのであった。
そうこうしながらも、さゆりが志郎をベッドに寝かせると、和服の女性が話しかけてきた。
「あなたがシロ君を助けてくれたの?」
さゆりはヘルメットを取って素顔を見せるべきか一瞬躊躇したが、今はこの女性を頼るしかないと判断しヘルメットを取ってから答える。
「はい。こちらこそ助けていただき、本当にありがとうございます」
そう言うと、さゆりは頭を下げた。
それを見た女性は、慌てて両手を振りながらしゃべる。
「いえいえ……どうぞお顔を上げて下さいな」
「ですが……」
更にお詫びの言葉を言おうとするさゆりを、軽く頭を振って女性は制すると、ゆっくりと話しかける。
「私はシロ君を昔から知っている者です。どうぞ安心して下さい。お話は明日ゆっくり聞きますので今日はもうお休みください。隣の部屋が空いてますので自由にお使いくださいな」
そう言いながら、優しくさゆりの肩に手をかける女性。
さゆりは常に隔離された世界で生きてきたので、他人の家に泊まるのも初めてであり、他人のやさしさに触れるのも初めてであった。
「ありがとうございます……ありがとうございます……」
込み上げる涙を拭きもせず、さゆりはただただ、それだけしか言えなかった。
◆
「間に合わなかったんですか!?」
黒田は作戦司令室でガクリと床に崩れ落ちた。後ろにいた青木、赤松、黄川田もうなだれていた。
「もう少し……もう少し早く現着していれば……私の責任です!」
黒田は両手で床を激しく叩き、頭を床にこすり付けた。
「お前は良くやってくれた!」
大きな声で言うと、長机の椅子に腰を掛けていた榊原は立ち上がり、黒田の元に行くと跪き肩に手を置いた。
「敵のランクAを倒したんだ……誇っていい。そして……梅田の敵を討ってくれてありがとう……」
そう言うと黒田の肩をポンポンと叩き立ち上がると、後ろの3人に向って話しかける。
「お前たちも本当にご苦労だった。たぶん、しばらくは戦闘は無いだろうからゆっくり休んでくれ」
3人は礼をすると、黒田を抱えて司令室を退室して行った。
榊原はそれを見届けると元の席に座り、自らの膝を無言で何度も何度も拳で殴りつけた。
それを見ていた剣淵は、自分のデスクでゆっくりと煙草の煙を吸いこみ吐き出すと榊原へ話しかける。
「同期……だったな」
その言葉に榊原は一瞬ビクンと動きが止まると、両膝を両手で握りしめた。
「……そうです。気付いたら梅田とはいつも一緒でした。あいつはランクA。それなのに一切驕らず誰とでも対等に接していました。もちろんランクDの私にも……」
榊原は唇を噛みしめる。束の間の静寂が室内を支配する。
「本当に残念だった……だが……」
「わかっています」
剣淵の言葉を制すると榊原は顔を上げ、もう一度小さな声で繰り返した。
榊原は立ち上がると声を張って全軍に向って指示を出す。
「第4部隊は第3部隊隊長の麾下に入れ!現在敵の攻撃は止みこちらが有利な状態で膠着中。各隊、交代で休息を取れ!」
通信を切ると、今度は剣淵に進言する。
「予定通り政府に一時休戦とトップ会談を申し入れます」
「そうしてくれ」
「了解しました。すぐに政府側とコンタクトを取ります」
榊原はこれで長い抗争に終止符を打ち、誰も悲しまない平和な世界を迎える事が出来ると考えていた。
◆
内閣情報官室の椅子で、鈴木次官がニヤニヤしながらふんぞり返っていた。
その机を挟んで倉本情報官がスーツケースを床に置き立っていた。
「そこは私の席なのでどいてくれるか?」
明らかに不愉快そうに問いただす倉本。だが、鈴木は全く動じていなかった。
「そんなことよりも内閣情報官殿。今までどちらに?」
身長160センチの小柄な男は、上官である倉本に対して質問で返した。
「セキュリティ事項だ。次官に話すことはない」
倉本は完全に突っぱねたが、鈴木は更に続ける。
「では、代わりに私が答えて差し上げましょう。あなたは、極秘事項であるランクSがいる研究施設にいましたね?」
「……ほう。続けたまえ」
倉本はさすがは内調のトップだけあり、全く表情を変えなかった。
鈴木は「いいでしょう…」と言ったあとに話を続ける。
「あなたは総理大臣を使って超能力者の存在を世間に公表させ、報道規制中のマスコミに超能力者をアピールするような映像を提供して、日本中に超能力者の有用性を認知させた。確かに自衛隊が蜘蛛の子を散らすように敗走する映像はインパクトがありました。さぞ、超能力者の良い宣伝になったことでしょう」
鈴木は嘲笑しながら両肘を机に乗せパンパンと軽く拍手をする。だが、倉本が微動だにしないのを見ると、すぐに険しい表情になり背もたれに体を預けて話を続けた。
「更に次の段階として、あなたは日本を完全に牛耳ることを画策しているのだ。そこでまず手始めにランクS……コードネーム113を使って同盟本部を攻撃・消滅させ、超能力者と自分の力をアピールしようと考えた……あなたは日本を乗っ取るつもりですか?」
鈴木はそう言いながら、右手で倉本を指差した。指を差された倉本は少しの間固まっていたが、左手でコメカミを押さえながら「ふ…ふふ……」と笑いを堪えていたが、遂に大きな声で笑い始めた。
「わははは。鈴木次官。面白い話をありがとう。だが、もうこれくらいにしていただきたい」
倉本はその場でスーツケースを開くと、中から拳銃<グロック17>を取り出しその銃口を鈴木に向けた。
「次官はよほど権力が欲しいと見える。だからそのような妄想に憑りつかれるのだ」
「な、なんだと!?私の考えが間違っているとでも!?」
つや消しブラックの銃口を向けられ、額に冷や汗を浮かべながら叫ぶ鈴木。それを冷静に見下ろし話を続ける倉本。
「日本を乗っ取りたいのは君だろう?鈴木次官。君が陰で私の事を探っていた事はとっくに知っていたのだよ。その上で私は君にありのままの情報を流したのだ。するとどうだ?君はすぐに本性を現して鬼の首を取ったように私が与えた情報を語り始めるではないか。だが、どうも君は先を読む力がないというか視野が狭いようだな。私から得た情報を考察して辿り着いた答えが『私が日本を乗っ取るつもり』とは……本当に君の思考回路はどうなっているのか、その頭蓋の中身を一度見てみたいものだな」
「な……な……な……」
鈴木は声にならない声を発し、ガタガタと震え出した。倉本はそれに構うことなく更に話を続ける。
「そろそろ同盟本部との会談の準備をする頃合いだ。ああ、次官には言ってなかったか。まぁそういう訳だからそろそろ終わりにしないとな」
そう言いながらグロックの照準を絞り、引き金に掛けた指に力を込める倉本。
「そうはさせん!」
鈴木は叫ぶと、腕時計型通信機に向って「私だ!倉本を殺れ!」と怒鳴る。……だが、何も起きない。繰り返し指示を出すがそれでも全く何も起きず、鈴木の叫び声だけが空しく室内に響いていた。
「つくづく無能な人間だな君は」
倉本は呆れ顔で首を小さく左右に振ると再度銃を構え直す。
「君の部下などもう誰もいないのだよ。403……鈴木健太という駒を失った時点でな」
「何故それを!?……ひぃいい!た、助けてくれ!」
鈴木は座っていた椅子から飛び降りるとその陰に隠れ、顔面蒼白でガタガタと震えていた。鈴木は嫌というほど知っていた。倉本は本当に撃つつもりだ。これは今まで内調という影の仕事を散々やってきたからこそわかることだ。
内調は国内外を問わず、様々な情報を扱う部署だ。
その情報の質はどれも国家最高機密といえるレベルであり、これが外部に漏れることはどんな手段をつかってでも阻止するのが内調という所だ。その為には人の一人や二人殺したって何の問題も無く処理できる力を持っており、それを公然と許されている部署なのだ。
執行する立場から一転して執行される側となった鈴木は、ただでさえ血色が悪いのに、今ではそれに拍車をかけ真っ白な顔となっていた。
「最後に教えてあげよう」
倉本は銃を構えたまま椅子に隠れている鈴木の元に歩きながら話始めた。
「君は私が『日本を乗っ取るつもり』と言っていたがそれは違う。私はすでに日本を手に入れているのだよ。超能力者を有した内調のトップになった時からね」
鈴木は恐怖で口をパクパクしている。
「私が見ているのは──」
そう言いながら倉本は鈴木に近づくと、グロッグ17を鈴木の額に照準する。
「──世界なのだよ」
そう言いながら引き金を引く倉本。
軽い発射音とともに鈴木はその場に崩れ落ちた。
◆
志郎は大浴場とも言える天然温泉を堪能すると、その間に汚れた服は全て洗濯・乾燥されたものに着替え、1階のダイニングでは朝食までご馳走になり、今はゆったりと食後の紅茶を楽しんでいた。
さゆりにとってはどれもが初めての体験であり、本当に生き返った気分だった。ちなみに今は洗ってキレイになったセーラー服を着ている。
志郎は改めて話せる範囲でこれまでの経緯を恩人の女性に一通り説明した。
「……おばさん。本当にありがとうございました。助かりました」
志郎が頭を下げるタイミングを見計らってさゆりも頭を下げる。
「いいのよ。気にしないで頂戴。ただ、庭に人影を見つけた時は本当にびっくりしたけどね」
昨晩は和服だった女性は今は青色のワンピースを着ていた。
「それにしてもこの辺は避難指示が出ていなかったんですか?」
「出てたわよ?もちろん私は避難しませんでしたけどね」
志郎の疑問に堂々と指示を無視したと語る女性。
この豪邸といい、この女性の振る舞いといい、只者ではないのは確かだろうとさゆりは感じていた。
女性はニコニコして話をしていたが、急に神妙な面持ちになり、意を決したように切り出した。
「……ところでシロ君。娘のことだけど……」
「あれ!?まだ連絡ありませんか?しばらくは向こうにいるはずですよ。こんな状況ですからね」
「あ。そう。そうよね。連絡が無かったから心配しちゃって。無事ならいいの」
「大丈夫ですよ。楓はそんなにヤワじゃありませんから」
「ブッ!!」
さゆりは思わず飲んでいた紅茶を吹き出した。
い、今何と言った!?
「きたねーな!さゆり!」
「ご、ごめんなさい!」
「いいのよ。ちょっと待ってて。台拭きを持ってくるから」
楓の母が台所へ消えていくのを見計らって、さゆりは志郎の腕を引っ張ってリビングに連れ出すと、腰に両手を当てて質問する。
「ちょっと、あんた今『楓』とか言わなかった?」
「あれ?言ってなかったっけ?ここは楓んちだよ?あのおばさんは楓のお母さん」
「はあ!?吸血姫の!?」
「きゅうけつき?」
志郎は突然意味の分からないワードを言われついオウム返ししてしまった。
さゆりは面倒臭そうに頭を掻いた。
「あー。あんたコードネームとか知らないんだっけ……今言ったことは忘れて。説明面倒だから。えーと、それで要約すると、ここは花橘楓の実家でさっきの女性が母親ってこと?」
「だからそう言ってるだろ!?」
「花橘は超能力者なのに親を知っていて、更にいつも実家に帰ってきていると言うの!?」
「ん?……そうだけど?そんなの普通だろ?」
一般人の記憶しかない志郎には、さゆりが何を言いたいのかわからなかった。
超能力者は2歳の検診で超能力の適正が認められた場合、超能力開発プログラムを受けるため強制的に施設に入れられ、二度と親元には帰ることが出来ない。まだ年端もいかない幼児であるため、研究施設に入った者は親の顔は覚えていないのが普通だった。また、親には子供を失ったという名目で多額の見舞金が支払われていた。
さゆりは考えた。花橘楓には自分の家がある……。これは同じ超能力者としてイレギュラーなケースだ。超能力者は研究所こそ我が家であり唯一の帰る場所だったはずだ。それなのに自分の親や家があるなど、あり得ないことのだ。
……だが、さゆりはこれと同じような事例に心当たりがあった。
(403…鈴木健太…)
そうだ。内調の鈴木次官の息子にしてランクAの子供……あの子も次官を自分の親と認識していたし、検査が無い時は自分の家に帰っていたはずだ。
(しかし花橘という苗字は内調で勤務している職員の中では聞いたことが無い。という事は、親が内調の人間では無く、内調の誰かと何らかの繋がりがある、もしくは特別に許された人物、という事なの?)
健太以外には大物資産家の御曹司にして、第3特殊部隊隊長の月光院も親が判明しているが、こちらに至っては、超能力者というよりも大金持ちという肩書の方が有名で、たしか妹と一緒に特殊部隊をまとめていたはずだ。月光院家は大物政治家にも影響力を持っており、日本の経済は月光院家が動かしているとも言われている。
この事からも、花橘の親が内調と繋がりがあるのは確定のはず……だが吸血姫は同盟側の人間として活動していた。
これはどういう事なのだろうか?
内調といえば情報収集のプロ……つまり……吸血姫は……スパイ!?
さゆりは自分が導き出した答えに愕然としたが、可能性としてはあり得なくもない。他の人の意見も聞きたいが、生憎ここにいるのは無知な普通の高校生だけだ。
悩んだ挙句、仕方なく志郎に自分の考えを説明した。すると……。
「スパイって線はないと思うな」
「あんでよ!?」
志郎に真っ向から否定されたのでついムキになるさゆり。
「いや、だって、楓は小さい時から俺を内調の手の者から守ってくれていたんだぞ?しかも今は内調のランクAに重傷にされて絶対安静ときた。それなのに実は内調のスパイだなんて考えられんぞ?」
「うーん。まぁ確かに内調のスパイであれば、内調の手の者とこんなに戦うはずもないか……」
「そうだよ。さゆりの考え過ぎだよ」
「あんたは考えなさすぎなのよ!」
「そーかい、そーかい──」
何故か矛先が自分に向ってくるので、左手を振りながらリビングからダイニングへ向かって歩き始める志郎。
「──何であれ、俺たちがいがみ合っても埒が明かないよ」
「それもそうね」
さゆりも志郎の後を追いダイニングに戻ると、テーブルは綺麗に拭かれており、紅茶も二人分入れ直してあった。
楓の母は二人に気付くと「あら、お話は終わりましたか?」と聞いてきた。
二人はバツが悪そうに謝りながら席に戻ると紅茶を啜った
「そういえばシロ君、知ってる?」
そう言いながらリモコンを操作し、壁にはめ込まれたテレビをつける楓の母。
「なんですか?」
テレビの方を見ながら紅茶を啜り続ける志郎。
楓の母は「これこれ」と言いながらテレビを指差す。
「な!?なんだって!」
志郎はテレビに映し出された大きな文字を読んで驚いた。その志郎の様子を見てさゆりもテレビを見る。
そこには『休戦協定締結か!?』の文字が赤字で表示されており、事実、反政府同盟本部を包囲していた自衛隊も順次撤収していると報道されていた。
また、非常事態宣言は正式に解除され、各種規制も順次解除される見込みらしい。そもそもこんな放送をしているという事は、報道規制も解除されているのだろう。
「今は……10時30分か。この時点ではまだ正式に休戦協定は結んでいないみたいね。」
「ああ。だが、この調子だと軍隊の撤収が完了したタイミングで締結するだろうな」
「じゃあ、あたしの任務も完了ってことでOK?」
「いや、開戦前から俺は狙われていたから、休戦してもさゆりの任務は終わらない」
「あ、そ」
さゆりは不貞腐れて紅茶を啜った。
「さて、そろそろ俺たちはお暇します」
そう言うと、志郎は立ち上がった。慌ててティーカップを置くとさゆりもそれに続く。
「あら、もう行くのかい?」
「はい。本当にお世話になりました。楓には連絡するように言っておきますので」
再び重くなったリュックを背負い靴を履くと、そーっと玄関の扉を開き外の様子を伺う志郎。
「あんた、そんなところで覗いたって、まだ門の外まではかなりあるわよ?」
そう言いながらさゆりは志郎の横をすり抜けて外に出ていく。ああ、忘れていた。ここの敷地面積は広大だったんだ。
志郎もさゆりの後を小走りで追うと、途中で後ろを振り返り、楓の母にお辞儀をする。そして再びさゆりの後を追って走った。
大きな門の脇の通用扉から外の様子を眺めると、人が歩く姿が見えた。どうやらこの辺の避難指示は解除されたようだ。これで堂々と歩いて帰れる。
歩いて帰る……?
志郎は嫌な予感を抑え恐る恐るさゆりに話しかける。
「さゆりさん、さゆりさん。ちょっとお伺いしますが、もしかしてここから本部までって、めちゃくちゃ遠いんじゃないですか?」
「能力を使えば、私なら10分程度?」
「いやいや!」
右手をぶんぶん振って必死の形相の志郎。
「一応断っておくけど、お前も俺と一緒に歩くんだぞ?ボディガードなんだから!」
「ええーっ!?あんたの足だったら2時間はかかるんじゃないの!?私は絶対嫌よ!こんなに暑いのに!」
「俺だって嫌だよ!だから超能力で俺も一緒に運んで欲しいんだ」
「はあ!?あんたを抱きかかえるなんて、真っ平御免だわ!」
「そこまで真っ向から拒否られると逆に清々しいな」
そう言いながら志郎は歩き始め、それを追うさゆり。
しばらく無言のまま時は流れたたが、不意に志郎が振り返るとさゆりに話しかける。
「忘れてた!」
「あによ?」
面倒くさそうにさゆりが上目使いで志郎を見る。
「そもそも俺は昨日学校に行ってたんだ」
「知ってるわよ。だからあたしたち兄妹もあんたの学校に行ったんだから」
「え?そうなの?どうして?」
「今はその話はいいの!で?なんなのよ!?」
「……ああ、そういえば俺のカバンって今どこにあるんだろう?って思ってさ」
「そんなの知るか!!」
さゆりは更に機嫌が悪くなり、同盟本部に着くまでそれは続いた。
◆
志郎たちが同盟本部に戻った時には休戦協定が締結された後だった。
首相の超能力者排除宣言に端を発し、自衛隊や一般市民まで巻き込んだ短いとはいえ戦争にまで発展した事を考えると、休戦協定が合意に至るまでが不自然なまでに非常にスムーズに行われた。
同盟側としは政府に対して3つの要求(1.超能力者の人権保護 2.超能力開発の禁止 3.能力者の軍事利用禁止)を出したが、政府側はそれを前向きに理解を示した上で結論は今後の話し合いで詰めることとし、その為にも先ずは休戦協定を結ぶべきとして同盟側と調整し合意に至ったようだった。
それから1か月後、政府から出された新3案について同盟側で承認され、正式に終戦協定が結ばれた。
政府から出された3案とは次の通り。
1.国として超能力者の存在を認め日本国民としての権利を与える
2.超能力を犯罪や軍事等に使用しない・されないよう、超能力者は政府にて更正に保護・管理を行う
3.同盟は解散とするが、2の管理を行うにあたり同盟のメンバーは政府機関に復職してもらう
……という内容のものだった。
政府の提案は現実的であり、同盟側にとっては好材料ばかりに見えるが、政府の本当の狙いは、超能力に関するものは全て政府の管理下におき、堂々と政府主体で超能力の研究を行うことであった。
これは同盟側も理解しているが、第一に超能力者が正式に日本国民となったとしても、生活基盤がある訳でもなく親族もいない超能力者たちが、すぐに一般人の生活に適合できる可能性は低い。そういう意味で、政府としてしっかり面倒を見てくれる事に異論はなかった。第二に超能力という人類にとっては蜜にも毒にもなる強大な力は、国の責任の下でしっかり管理されるべきという考えは正論であるため同盟としては反論の余地はない。第三に同盟のメンバーも新たな超能力研究チームに参加するため、内部から政府の不正を監視することが可能であり、正しい道を進むように舵の調整を行う事も可能である。
つまり、利害が一致したのである。
超能力者にとっては希望と不安に満ちた新しい未来が待受けているはずだった──。
尚、政府はあわせて現在の防衛大臣を解任し、新たな大臣を擁立することを発表した。