一日戦争編2
■一日戦争編2
『只今、政府から攻撃命令が下されました!』
『多数の熱エネルギーおよび砲弾を確認!』
『対空防御!レーザー砲およびランクBの防御壁で対抗しろ』
『熱源を探知し、その地点に向けてレーザー砲を発射せよ』
『敵歩兵が南より進軍中と連絡あり!』
『レーザーガンで対抗しろ!オートエイムにて順次射撃!』
矢継ぎ早に報告と命令が交差する状況に、剣淵は自分でも意外なほど落ち着いていた。
司令室のスクリーンに映し出される本部周辺地図には、味方と敵の部隊配置状況が表示されており、リアルタイムで戦況が視認できるようになっていた。
そのスクリーンを見ながら、剣淵は敵の戦力が足りていないことを看破していた。
司令室のスクリーンの壁にはヘッドセットを装着した女性オペレータが5名座り、中央の長机にはスクリーンを見ながら指示を出す2名の男が座っていた。
1名が愛煙家で横に大きい体を持つ剣淵であり、もう一人が──。
「178、うちの第2特殊部隊を頼んだぞ!?」
『わかったって。お前は大人しく治療に専念してろ』
「いや、そうはいかん。現場に行けなくても俺なりに戦える方法で戦うさ」
榊原は自分の部隊をランクAのコードネーム178、梅田<うめだ>聖也<せいや>に預けていた。
預けたと言っても部隊が吸収されたのではなく、ランクBの黒田を副隊長として実質的に第2特殊部隊を指揮させ、梅田は自分の部隊である第4特殊部隊と兼任隊長となっていた。
「あと、うちの部隊はコードネームで呼ぶのは禁止な!」
『それはお前にコードネームが無いからか?』
「まぁ、そういうことだ!わはは!」
『ふっ。わーたよ』
──榊原は008小野寺可憐との戦闘後、味方にサルベージされ同盟本部に帰還した。
本来であれば3日間の絶対安静なのだが「味方がやられれば3日間の安静が永遠の安静になってしまうだろ」と言って、簡単な治療を済ませて作戦司令室に居座っているのだった。
それは剣淵にとってもありがたい事だった。能力に頼らず、実戦経験豊富な上官が全体の状況を把握した上で作戦指示が出せれば、それが一番の理想であると考えたからだ。
そのような経緯で榊原は全軍の司令官モドキになっていたのだった。
榊原は無精髭を撫でながら、どうすれば小野寺可憐を救うことが出来るのかを考えていた。
◆
「ドンパチが始まったらしいな」
「そうね」
「どっちが優勢なんだろうな」
「さあね」
素っ気ないさゆりの返答に、ため息をつきながらオニギリを頬張る志郎。
志郎とさゆりは地下のパイプシャフトを出て、2階の大ホールにいた。この場所は周辺住民の避難場所に指定されているため、そこに紛れてオニギリとペットボトルのお茶を支給品として受け取り、ホールの隅で壁にもたれて二人並んで座っていたが、今現在もどんどんホールに人が避難しており、自分が座る場所を確保するだけでも難しい状態になってきていた。
当然、身元確認があったが、志郎はそもそも地元の一般人であるため何の問題も無く、さゆりは田舎から遊びに来ていた親せきという事でさくっとやりすごした。
さゆりは一般人として普通の生活をしたことが無いため、この様な集団には馴染めず、まして超能力者ということを隠してビクビクしながらも、志郎の身辺警護を行っていたため、心身ともに疲れ果てていた。
志郎としては、ここでのんびりしていれば時期に戦いも終わるだろう、と思っていたのだが、このままではさゆりが参ってしまう。もしかすると、肝心な時に超能力が使えなくなるかもしれないという危機感を持ち始めていた。
でも、確かにさゆりが超能力者だということをこのまま隠し通せるとも限らない。唯一の救いは、さゆりの見た目が清楚な女子高生に見えることだ。日本人はだいたいこの手の清楚系には騙されやすい傾向にある。
「……まぁ、実際には恐ろしい女なんだがな」
「誰が?」
「い、いや、別に、何も」
うっかり心の声を実際の声として発してしまい慌てる志郎。
さゆりは支給されたオニギリやお茶に手を付けず、膝を抱え顔を伏せてじっとしていた。
「すまん……」
辛そうなさゆりの姿を見て、志郎はさゆりに向って独り言のようにつぶやいた。
「あんたに謝られる筋合いはない。あたしはあたしのため、そして兄貴のためここにいるんだから」
そうしゃべるさゆりは全く志郎を見ずうつむいたまま返答した。
「そうか……でも、食べれる時には無理にでも食べた方がいい。こんなものでもエネルギーにはなるから」
志郎はオニギリとお茶が入ったビニール袋を持つと、さゆりの目の前に差し出した。
さゆりは上目遣いで志郎をみる。
純粋な目でこちらを見てビニール袋を差し出す志郎。一般人として普通に生活してきた志郎。超能力者に守られながら何食わぬ顔で生活してきた志郎……。
だんだんこんな軟弱で、何の取り柄もない男を守るのが馬鹿らしくなってくる。だが、こんなやつが主賓と呼ばれて恐れられ、どちらの組織からも狙われている。そんなやつを今、守っているのはあたしだ。何があろうと、この馬鹿だけは守らないと……兄貴のため、あたしのため、そして世界のため……。
決して『志郎のため』とは考えない所が、さゆりのさゆりたる所だろう。
さゆりは顔を上げると、志郎から袋を受け取りオニギリを一口食べた。そして一瞬志郎を見た後、がむしゃらにオニギリとお茶を流し込んだ。
志郎はそんなさゆりの姿を見るとニコリと笑い、ホールの天井に目を向けるとこれからどうすべきか考えていた。
もしも、ここで見つかったら……これだけ一般人が密集している中では逃げるのもままならず、最悪の場合、一般人を巻き込みかねない。しかし外は外出禁止令が出ているので、目立って外を歩き回ることも出来ないはず──。
ここで志郎は何か引っかかる事があったのか、ぶつぶつ言い始めた。外出禁止令……溢れる一般人……外出禁止令……溢れる一般人……。
「そ う か !!」
「ぶっ!!」
突然隣りで大声出す志郎のせいで、びっくりして食べていたオニギリを吹き出し、ゴホゴホと咽ながらお茶を飲むさゆり。
「山本妹……改め、さゆり!聞いてくれ!」
何とか落ち着こうとお茶を飲んでいるさゆりに対して、お構いなしに正面に回り込み両肩を掴んでくる志郎。
「ちょ、ちょっと……ま、待って……って言ってるでしょう!!」
さゆりのサイコキネシスによって、磁石の同じ極同士が反発するように後ろへ吹き飛ぶ志郎。行き交う人々の足元に転がるが、他人へはギリギリ迷惑は掛からなかったようだ。
うっかり能力を使ってしまい「あ、ヤバ」とつぶやくさゆり。
志郎はすぐに起き上がると飛ぶようにさゆりの目の前に戻ってきて、再び両肩を掴み「おい。何してんだよ」とささやく志郎。
そんな志郎の両手を払いのけ、お茶を床に置いてそっぽを向き腕を組むさゆり。
「で?」
「は?」
志郎の反応にギロリと睨み、もう一度言うさゆり。
「で?何なの?」
「あー、はいはい、アレだよ、アレ」
要領を得ない志郎の答えにイライラするさゆりは、目をつぶり腕を組んだまま指をトントンしている。
そんな姿を見た志郎は正座して結論だけを先に言った。
「とりあえず……外に出る」
また始まった……。さゆりはこの男の言葉足らずの言動にイラついていた。何をするにしても説明をしてくれない。ここに来る時もそうだった。たしか友達が少ないと言っていたが、それも頷ける。
「理由を説明してもらえる?そもそもここに連れてきたのはあんたなのに、急に外に出るとか意味がわからない。第一、外は外出禁止令が出ているのよ?」
さゆりの語気が荒い。志郎はそれを受けて正座した両膝に手を置くとゆっくりと話しはじめた。
「俺は一般人が多い所の方が逆に目立たないと考えてここを選んだ。だが、それは俺が一人の時は有効かも知れないけど、お前の事までちゃんと考えていなかった。お前は超能力の使用が制限されるこの場所で、俺を守るために常に周囲に気を配っていた。だからそんなに消耗していたのに、俺はそれに気づくことが出来なかった……しかも、発見された後のことも深く考えていなかったから、一般人に被害が出る可能性についても考慮出来ていなかった──」
うつむき加減で淡々と話す志郎。さゆりは腕を組み、目を閉じたままじっと聞いていた。
「──だから、俺たちは外に出ようと思う。外出禁止令が出ているはずけど、この市民センターには今も続々と人が集まっている。つまり『避難』という名目で今もなお外をたくさんの人達が歩いていると思うんだ」
「避難指示はかなり前に発令されているはずなのに、どうして……?」
「さゆりは一般人として生活したことが無いから知らないかもしれないけど、日本という国は昔から常に安全で平和な国だった。だから悪く言うとみんな『平和ボケ』の暮らしをしていたんだ。辺境の島国で他国との紛争もほとんど経験していないんだから仕方ないけど、それが今回のように避難指示が発令されても危機意識が低くて避難がいつまで経っても完了しない原因なんだ」
「……」
さゆりは声が出なかった。自分が住んでいる日本。だが、幼いころから一般人とは隔離された生活をしていたさゆりにとっては理解が及ばない事だった。
「だけど、今となってはそれがチャンスなんだ。外を歩いていても不自然じゃないからね。見つかっても『避難中』と言えば問題ないさ」
「あたしは職質されるとマズイんだけど?」
「そう。だからさゆりには特殊ボディスーツとヘルメットを装着して、俺から少し距離を取って隠密で行動してもらう」
さゆりは少しだけ考えたあと口を開いた。
「確かにあんたを守るには一緒にいるより、俯瞰した方が守りやすいかもね。でも、問題が一つあるわ」
「何?」
さゆりはため息をつくと、志郎を指差して言った。
「玄関はもとより、建物内には大勢の人がいて入口にはセンサーもある……で、どうやってここを出るの?」
「……」
志郎はさゆりに指を差された状態のまま、しばらくの間固まっていた。
◆
内調情報官室には相変わらずネガティブな報告ばかり入っていた。
その中でも、ランクAの二人についての報告は倉本情報官を失望させた。
『008小野寺可憐。撤退しました』
『403鈴木健太、戦線を維持していますが、通常の60%程度の能力しか望めません』
403については、吸血姫との戦闘で精神攻撃を受けたダメージが残っていると報告は受けていた。だが、まさか008が早々に撤退するとは想定外だった。
敵はランクAが3人はいるはずだ。3人いればこちらの超能力者を全滅させることも可能だろう。
そもそも、今回の作戦では自衛隊の戦力に頼る部分が多かったのだが、レーザー砲の攻撃は地理的な要因で使用困難となり、ミサイルは民家へのダメージが大き過ぎるので使用不可。残るは砲弾による攻撃だが、これも地理的な要因で配備が困難もしくは時間がかかるらしいのだ。
陸軍と連携して空軍の攻撃を考えていたが、ミサイルおよび爆弾の投下は先ほどの理由から使用不可であるため、空からの攻撃といってもその攻撃方法はかなり限られており、敵の対空攻撃を考えると迂闊に動くことも出来なかった。
自衛隊がほとんど戦力にならない現状を考えると、このまま戦いを続けても得る者は何もないのは明らかだった。
そして予想通り、時間が経過するほど戦況は政府軍にとって思わしくない方向へ進んで行った。
陸上自衛隊が所有する車両や兵器類は、敵の超能力者によって甚大な被害を出し、航空自衛隊も戦闘機とヘリを合わせて30機以上が撃墜されており、このままでは本来の自衛隊の目的である国防にも影響を及ぼす可能性があった。
これは超能力者の有無が、そのまま軍事力として反映されていることを如実に表していると言ってよかった。
政府側の超能力者に比べ、同盟側は圧倒的に戦力が上だ。そもそもランクAが機能していない時点で、政府側に勝ち目はないのだ。
(しかし──)
倉本は内心ほくそ笑んでいた。
総理大臣が超能力者の存在を明言し、現在その超能力者は堂々と両軍で戦っているのだ。どちらが勝ったとしても、超能力者が国として有用な存在であることははっきり提示しなくてはならい……。
マスコミには報道規制をかけているが、超能力者のちからが世間に伝わるように、この戦争の映像をこちらで編集してマスコミに流させる手筈となっていた。そして、タイミングを見計らって……。
「ランクS……」
倉本はつい言葉として発してしまったのだが、鈴木次官は聞き逃さなかった。
「い、今何と?ランクSと言いましたか?」
ランクS。その存在は完全に秘密とされ、生きているのかどうかさえわからない状況であった。鈴木次官もその情報は知らされておらず、内閣総理大臣でさえ正確な情報は知らないほどの超トップシークレットだった。
だが、内調のトップ……すなわち、超能力者開発の最高責任者である倉本だけは知っていた。そのあまりにも強大な能力を有する兄弟が現在どうしているかを……。
倉本は決意を固めると、スーツケースに外出に必要なものを詰め込み始めた。
「お出かけになるのですか?」
その様子を見て、鈴木次官が問いかけるた。
倉本はテキパキと支度を整えるとドアに向かって歩き出す。
「少し出かけてくる。ここの指揮は鈴木次官に任せる。敵とは無理に戦わず、無駄に戦力を消耗しないようにしてくれ。なるべく早く戻るつもりなので、それまで頑張ってくれ」
「何か妙案があるようですね。わかりました。なるべく時間を稼ぎます」
「頼む」
そう言うと、倉本はドアから速足で出て行った。
鈴木次官はすぐに誰かに連絡を取り、ニヤリとしていたが誰もそれを見た者はいなかった。
◆
さゆりは狭い個室で悪戦苦闘していた。
今晩は熱帯夜なのか、単に自分が焦っているせいなのかわからないが、滝のように流れる汗のせいでいつもよりも余計に時間がかかっていた。
この特殊ボディスーツっていうやつは、体にぴったりフィットした全身一体形状となっている。そのため、着るにしても脱ぐにしてもちょっと面倒であり大変なのだ。
しかもさゆりは普段はセーラー服で通しており、あまりボディスーツを着たことが無いのも時間がかかる要因の一つだ。
市役所のトイレでドタバタとセーラー服を脱ぎ、特殊ボディスーツに着替えながら、さゆりは今回の脱出作戦の志郎とのやり取りを思い出していた。
『まず、さゆりはトイレでボディスーツに着替える。そしてそのまま何食わぬ顔でエントランスまで来て、超能力を使ってダッシュで外に出る。たぶん、警報が鳴るはずなので、そのドサクサに紛れて俺も外に出るって寸法さ』
つまり、志郎には何も考えがなく、ゴリ押しすると言っているのだ。
『質問。ヘルメットを被っている以上、能力を使わなければ警報はならないはず。それなのにわざわざ能力を使うってことは警報を鳴らすことが目的なの?』
『その通り。外出禁止令が出ているのに一般人が避難場所から外に出るのは難しいだろう。だからさゆりには派手に動いてもらって注意を引き付けてもらいたい』
『……』
さゆりは呆れたが代替え案も思いつかないので、結局この案が採用されたのだ。
ヘルメットを被った全身ダークグレーのさゆりは、セーラー服が入ったリュックを背負って女子トイレから出てきた。その堂々たる姿をみた一般人は、怪しい出で立ちであるさゆりを見ながらも、誰一人騒ぎ立てる者がいなかった。いや、皆、別の事に夢中になっていたというのが正解だろう。
人々は、エントランスの壁に掛けられた大型テレビに釘づけになっているようだった。
何を放送しているのか気になりさゆりも横目で見てみると、何と、外で行われている戦いが放送されていたのだ。しかも、同盟側の特殊部隊が自衛隊を蹴散らす様や、屋根の上を駆け抜け、政府の包囲網を突破する同盟側の超能力者の様子が映し出されていた。
報道規制中なのにどうして政府にとって不利とも言える情報が放送されているのか……。さゆりは自分の目を疑ったが、今はこちらもそれどころではない。
人混みをかき分け、やっとエントランスまでやってきたさゆりは志郎を探した。だが、そもそも志郎は何から何まで全て『普通』であるため、大勢の人がいるとどこにいるのか全然わからなかった。ある意味すごい能力と言えなくもないが、守る側からしてみれば気苦労が多いのだった。
(どこにいるのか知らないけど、とにかく警報を鳴らせばいいんでしょ)
さゆりは精神を集中させながら出入り口へ向かった。これでヘルメットを被っていても超能力者反応に引っかかるはずだ。さあ。アラームが、けたたましく鳴る……はずだったが、鳴らない。全然鳴らない!?
人混みの中、脱出のタイミングを見極めていた志郎は、慌てて腕時計の通信機に向って怒鳴る。
「さゆり!能力を使え!」
『いや、使ってるけど警報が鳴らない!このままダッシュで外に出てもいい?』
「いやいや、警報が鳴らないと俺が外に出れんから!ちょっとヘルメットを取ってみて!」
舌打ちをしながらヘルメットを取るさゆり。ショートカットの可愛い少女の顔が露わとなる。そのまま目をつぶり精神を集中する。周囲の空気が瞬時にピンと張りつめた状態となる。これで警報が鳴らなければ、そもそも警報が解除されているってことになる。
……で、やっぱり警報は鳴らなかった。
ここでやっと「あいつ超能力者か?」とか「テレビのやつと同じ格好だ!」等の声が聞こえてきた。避難してきた人の身元の調査や避難場所への誘導などをしている市役所の人達もこの騒ぎに気づき、一般人を安全な場所への誘導を開始した。
さゆりは再びヘルメットを被ると、超能力を使ってすごいスピードで人波をすり抜けて外に出てすぐにどこかへ消えてしまった。
超能力者と思える者を始めて目の当たりにした人々は、役人の誘導の手際の悪さや警報が鳴らなかったことで、市職員への不信感がさらに恐怖心となり軽いパニック状態となっていた。
(全く、日本という国はめでたいな。日常から危機意識が低いからちょっとしたことでパニックになるんだ)
志郎でさえも呆れるこの状況は、今の日本の問題点を浮き彫りにしていると言って良いだろう。パニックに陥ってるエントランスの人々をかき分け、悲鳴と怒号が飛び交う中を悠然と歩いて市役所の敷地から出る志郎。
後になってわかったことだが、警報が鳴らなかったのは、超能力者を感知するセンサーを切っていたためで、政府側の超能力者が戦いの最中に補給物資を受け取る可能性を考慮してセンサーをOFFにしていたようだった。ただし、政府としては市役所で物資の補給をする可能性は否定したので、もしかすると市役所側が不始末を隠ぺいするための後付けの理由かもしれない。
とにかく、志郎は何事もなく市役所から脱出できたのであった。
市役所前の大通り沿いは、これから避難してくる人や、先ほどの騒ぎで市役所を飛び出した人が数人おり、無人の町という雰囲気には見えなかった。
遠くから砲撃音なのか、爆発音なのかわからないが、ドーンと腹に響く音が聞こえる。本部の方角を見てみると、4階建ての元病院は低すぎてここからは視認できなかったが、そこにあると思われる辺りが火事のためかわからないが明るくなっていた。
さらに大通りを歩いていると自衛隊の特殊車両数台とすれ違うが、この大きさでは路地を通るのはギリギリだろう。むしろ立ち往生する可能性の方が高い。志郎は改めて本部の立地条件の良さに感心した。
しばらく市役所前の大通りを歩きながら状況を確認していた志郎だったが、不意にすっと狭い路地に入り込む。すると頭上から女の声が聞こえてきた。
「何やってるの?ふらふら一人で歩いて」
さゆりがブロック塀の上から現れる。
「ああ、悪い。現状を確認していただけだ」
志郎は悪気が無い笑顔で答える。
「これからどうするの?」
さゆりはブロック塀から飛び降りると、志郎の目の前に着地した。
「さて、どうしようかな……」
志郎は両腕を組むと考える素振りをする。
さゆりはため息をつくと、背負っていたリュックを志郎へ放り投げると、志郎は反射的にそれを受け止めた。
「な、なんだよ。また俺がこれを持つの?」
「文句ある?」
「あ、ありません……」
志郎は渋々リュックを背負うと「お?さっきよりも全然軽い!」と喜んでいる。
「で、これからどうするの?ちなみに、あたしはこの辺では超能力を極力使わないつもり」
「だな。下手に使うと位置バレしかねない。という事は、武器はその右腰のホルスターにあるレーザーガンだけか」
志郎はさゆりの腰を指差して答えた。
「あんたに腰をじっと見られるといい気分じゃないわね」
さゆりは両手を腰に当て、右手でホルスターをトントンと叩いた。
ヘルメットで表情が見えない分、その何気ない動作であっても志郎にとっては恐ろしかった。
「……あ、そう。えーと、じゃあ、あれだ……これからどうする?」
「それをこっちが聞いてんの!」
「ひい!」
さゆりは全然話が進まないこの状況にイライラしているようだった。
「仕方ないな。んじゃ、行こうか」
「ちょっと、どこに行くのかって聞いてるんだけど?」
さゆりは歩き出そうとする志郎の腕を掴むが、志郎はその手をゆっくりと解く。
「ここから15分くらい走った所に俺んちがある──」
「……歩いた時間じゃないんだ……」
さゆりがぽつりと呟くが、それに気づいた志郎は苦笑いをしつつ続けた。
「──が、もしかすると敵が待ち構えている可能性もある」
「ん──」
さゆりは右手を顎に持って行き、左に首を傾げながら話す。
「難しいところね。敵は主賓……あんたを同盟本部内でかくまっていると思っているはず。そうであれば、あんたんちの前で張り込んでいるとは思えないけど…」
「確かにそうだし、こんな戦争状態の時に貴重な戦力を俺んちに回すほど向こうに余裕があるとは思えない」
「まぁ、そうかもしれないけど…」
さゆりは志郎を守る側の立場として煮え切らない様子だった。
「そもそも、どうしてリスクを承知で自分の家に帰る必要があるの?」
「簡単だ。シャワーと着替えと睡眠だ」
「……」
腰に両手を当ててふんぞり返る志郎を見て、呆れて何も言えないさゆり。
志郎はそれをあえて無視して話を続ける。
「いや、冗談抜きで今日はいろいろあり過ぎた。体力的にも精神的にももうギリギリの状態だ。それに、敵が俺んちにどれくらい戦力を割いているのかを確認することで、向こうの台所事情もわかるってもんさ」
「本心は前者で後者は後付けね」
「まぁ、そうなんだが、それっぽい理由が無いとさゆりも動きにくいだろ?」
「はぁ……」
さゆりはため息をつくとブロック塀の上にひらりと飛び乗り、闇夜に消えて行った。消えたと言っても、志郎の警護のため身を隠しているだけなのだが。
「そんじゃ、ちょっと急ぐからしっかりついて来いよ?」
志郎は暗い路地を速足で進んだ。目指すは、自分ちだ。
◆
第4特殊部隊隊長梅田聖也、コードネーム178は編入した第2特殊部隊を索敵に出し、直属の5名を対空防御にあたらせていた。
政府軍は超能力者の絶対数が少なくなっている事から、超能力者同士の直接戦闘を避け、遠距離にて同盟本部を攻撃しつつ、隙を見て同盟本部へ接近し防御壁の内側から攻撃を仕掛けるゲリラ戦へと移行していた。
政府はそのサポートとして自衛隊にも戦車やレーザー砲にて援護攻撃を仕掛けていたが、攻撃開始3時間で開戦当初に展開した自走砲やレーザー砲等の60%が破壊されていた。自衛隊としてもこれ以上の損耗は出来る限り避けなければならず、積極的な戦闘参加は控えていた。
そのような同盟側有利の状況で索敵中の第2特殊部隊は、さすがに榊原が育て上げた部隊だけあって、すでに超能力者を2名も捕獲していた。
(全く…)
梅田は苦笑せずにはいられなかった。
普通、索敵といえば敵の情報を得たらすぐに報告するものだ。だが、第2のやつらは『捕獲しました』という事後報告なのだ。これでは『そ、そうか』としか言いようがないではないか。まぁ、おかげで第4部隊の指揮に集中できているのだが……。
梅田は考えながら降り注ぐ砲弾を撃ち落とし、砲撃位置などのデータを本部へ送っていた。
「敵への攻撃は第1部隊に任せておけば良い。我が隊は防衛とデータ取りに注力する」
いつも裏方として動いてきた第4部隊としては、第1や第2のように攻撃に重きを置く作戦はあまり取ってこなかった。今回もいつも通り後衛にありながら前衛のサポートと、本部の防衛が主任務となっていた。
梅田は同盟本部の屋上にあるヘリポートに仮設の部隊司令本部を設営し指揮をとっていた。他の直属5名は同盟本部敷地内の各方面に展開していた。
この時、戦況はこちらが優勢であり、敵の包囲網は徐々に崩れていて、朝方には追撃戦へ移行している想定であった。まさか第4部隊が直接相手の超能力者と対峙するとは考えていなかった。
深夜。
突如、西側駐車場付近を守っていた部下から緊急通信が入った。
『こ、こちら西側駐車場……超能力……防御壁に……反応せず……至近距離で……攻撃を……受けました……』
「おい!大丈夫か!?第2部隊の索敵や超能力者警戒網に探知されずに進入したということか!?全隊員警戒を厳にせよ!」
梅田はすぐに西側駐車場に意識を集中する。だが、自分の部下の反応しか感知できず、侵入者の気配は全くなかった。梅田は建物中央付近の屋上から西側へ移動すると地上へ飛び降り、西側駐車場へ向かった。
戦闘は既に終わっていて、部下が1名倒れていた。すぐに駆け寄り傷を確認するが、外傷は見当たらなかったが意識がなく、口から血を流していた。
周囲を警戒するが、敵の気配はなかった。
「こちら第4部隊隊長梅田。西側駐車場から敵侵入の可能性あり。一人負傷しているので救護を要請。全館警戒せよ!」
梅田は本部へ連絡すると、すぐに別の通信が入った。
『こちら南病棟!見えない敵から襲撃を受けています!至急応援を要請!』
「今行く!無理に戦わず逃げることを優先せよ!」
今、確かに『見えない敵』と言っていた。最初の通信でも『何も反応せず至近距離』で攻撃されたと言っていた。こんな芸当が出来る者は限られている。
「全館に緊急連絡。403…鈴木健太が能力『千里眼』にて館内に侵入したと思われる。これに対処する方法は、相手の超能力攻撃時に追跡<トレース>をかけて本体をカウンター攻撃するしかない。トレース能力が無いものは戦わずに退避せよ」
通信を終えると、梅田は急ぎ南病棟へ向かったが、たぶん間に合わないだろうと考えていた。
鈴木健太が千里眼を使う目的は2つ考えられる。
一つは同盟本部の守りを弱体化させ、遠距離攻撃の有効性を上げること。もう一つは──。
「主賓の存在確認か!?」
この時、佐藤志郎は338山本さゆりとともに同盟本部の外にいたのだが、そのことは同盟内でも極一部の人間しか知らされていない極秘事項であった。つまり、鈴木健太が千里眼で同盟の人間に尋問を試みたとしても、本当に居場所はわかないのだ。
そう言った意味では剣淵の対応は間違っていなかったが、このままでは被害が増加するのも確かだった。
だが、梅田は確信していた。鈴木健太は必ずこちらが見える場所にいるはずだと。つまり──相手から見えるという事は、こちらからも見えるという事なのだ。
梅田は本部に緊急連絡を行い、すぐに調査をするよう依頼した。
これが鈴木健太を倒せる方法であると信じて……。