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一日戦争編1

■一日戦争編1

 

 『17時26分、非常事態宣言が発令されました。また、同盟本部より半径5kmの範囲の住民に避難指示が発令されました。首都圏に外出禁止令および電力使用規制を発令。さらに首都圏の公共交通機関の運行規制、道路通行規制、当該空域侵入規制、報道規制がそれぞれ発令されました。政府は20時より同盟本部への攻撃開始を各方面へ通達しました』

 

 テレビではどの局も臨時ニュースを放送してはいるが、報道規制がかかっているため、単に様々な規制事項を繰り返し流しているだけだった。

 周辺住人は比較的落ち着いて避難に移っており、目立った混乱はない模様で、この辺はさすが日本人といったところだった。


 政府軍は同盟本部を中心に5キロの範囲で取り巻くように歩兵部隊を展開中だが、戦車やレーザー砲等の軍事兵器類は路地が狭く侵入出来ないため、主要幹線道路に展開する予定だった。しかし、これらの道路では沿線の高層ビルが邪魔となりほとんど射撃が出来ない事が判明し、急遽、10キロ以上離れた高台へ部隊を移すことになった。

 だが、この距離ではレーザー砲は射程が届かないため戦車のみ配置されたが、射撃方向と射撃場所の折り合いがつかず、同盟本部を照準可能な車両はこの高台と他を合わせても10輌にも満たなかった。

 そこで、攻撃の主力は航空機部隊へと移行した。

 日本のヘリコプター部隊は敵のレーザー砲の射程に入らないようにホバリングし、上空から同盟本部を狙うべく展開を開始していた。

 

 倉本内閣情報官は、入ってくる報告に渋い顔をしながらモニターをチェックしていた。

 

 「基本的には裏方の仕事が多い内調にとって、これほど大規模の作戦を実行するのは初めてだという事だな」

 

 倉本は目の前にいる鈴木次官に話しかけた。

 鈴木次官は倉本が言わんとすることが『だからこんなにも段取りが悪いのか』と言っている事を理解した。

 

 「申し訳ありません。自衛隊との連携に手間取っているようです」

 

 鈴木次官は恐縮した顔で返答した。

 本来、自衛隊の指揮系統は防衛大臣から統合幕僚長を通じて三軍へ指示される。だが、今回の作戦においては、内調から統合幕僚長および防衛大臣へ指示を出し、統合幕僚長より三軍へ命令が通達されていた。つまり、防衛大臣は形式上その命令を受け取ってはいるが、実質的には全く何もしていなかったため、立場を蔑にされたと感じた大臣は、内調に対して非協力的な姿勢を崩さなかった。

 元々倉本は自衛隊出身で顔が効くのだが、この防衛大臣のおかげでその利点を活用できない状況だった。

 また、内調と自衛隊は元々超能力者の自衛隊編入の是非について対立していたため、その作戦行動はギクシャクしたものであった。

 

 「自衛隊を上手く操れないようだな」

 「はい。このような住宅地のど真ん中で同じ日本人を相手に戦うとは、ほとんど想定していなかったでしょう」

 「……かもしれんな」

 

 倉本の本意とは少々違う鈴木次官の意見ではあるが、ある意味その通りである回答に倉本情報官は小声でつぶやくと、今度は大きな声で指示を出した。

 

 「全部隊に再通達!別途指示があるまで待機。住民の安全を最優先し、住宅や施設等への影響は最小限に留める事。以上」

 「了解。再通達します」

 

 鈴木次官が返答後、すぐに通信担当へ同じ内容を伝令した。

 この時、永田町の内閣府庁舎内は一足先に戦争状態となっていた。防衛省幹部が内閣府庁舎へ押し寄せ独断専行について事情説明を求めたり、集まってくる情報の真偽の判断が難しく、結果的には情報のスペシャリストである内調の独自情報のみを採用することで他部署と軋轢が発生したりで、建物内のそこらで喧噪や怒号が飛び交うありさまだった。

 しかし、倉本と鈴木がいるこの情報官室は防音であり、セキュリティレベルも最高レベルであるため非常に静かであった。

 現状を見る限り、倉本の予想通り超能力に頼らざるを得ない展開となっており、改めて超能力者の軍事利用に向けて実戦データを取るには良い機会と判断され、リアルタイムで戦闘データおよび身体的、精神的データを記録可能なシステムが導入されていた。ただし、政府側の超能力者が着用していたものは、各種センサーが内蔵された一世代前のボディアーマーであったため、基本的に身体能力は並以下である超能力者にとって、そのアーマーの重量はかなりの負担となっていた。

 ボディアーマーと言っても、保護しているのは胸部、肩、籠手、足だけであり、主に上半身を守るものであった。

 

 「攻撃側の超能力者の状況はどうなっている?」

 「攻撃開始命令前ですが、ポジション争いのため局所的に戦いが始まっている模様」

 

 倉本の質問にオペレーターがすぐに回答した。

 

 「超能力者のポジション取りは作戦遂行上、最も重要な要素とも言えるからな。戦闘は任意で判断せよ」

 

 倉本はそのように指示したが、自衛隊は内規に厳しいため攻撃開始の命令前に動くなど、絶対に許されることではなかった。

 この辺の意識の違いが自衛隊としては、超能力者とは相容れない部分であると思われた。

 

 

 

 『敵のレーダージャミングの相殺処理完了。レーザー砲2門のレーダー射撃可能』

 『ランクA3名、ランクB3名、ランクC32名の内、対空防御としてランクB2名、サポートとしてランクC4名を屋上に配置完了』

 『部隊単位で担当エリアの索敵を継続。敵を発見しだいこれを排除せよ』

 『各員、識別信号を再確認せよ。シグナルパターンの自動変更時間のチェックも行え』

 

 反政府同盟の各部隊の通信状況を確認しながら、第2特殊部隊隊長の榊原は自分達の担当エリアのクリアリング作業を行っていた。

 特殊部隊──つまり超能力者だけで編成された部隊──の隊長は基本的には高ランカーが担当するのが普通であった。

 しかし、榊原は超能力ランクDでありながら、隊長を任させるほどの人物であった。

 『ジャイアント・キリング』の異名を持つ無精髭の男は、配下で自分よりも高ランクであるランクBの黒田、ランクCの青木・赤松・黄川田からも絶対的に信頼された隊長であった。

 隊員の配置は、ランクBの黒田が防御壁を展開、ランクCの黄川田が超能力者警戒網を展開、残る榊原、青木、赤松がエリア内のクリアリングを担当していた。

 クリアリングは避難指示によって無人となった一般住宅の屋根から屋根に飛び移りながら行われた。

 その時、榊原は民家の屋根の上から、50メートル前方の公園内に一台の工作車両と自衛隊員2名、超能力者1名を発見した。

 

 「青木は超能力攻撃、赤松はレーザーガン射撃用意。青木は工作車両、赤松は3名をターゲッティング」

 「「了解」」

 

 工作車両は公園の中に乗り入れ、簡易アンテナのようなものを設営しようとしていた。

 二人は全く焦ることなく照準していた。

 

 「青木攻撃開始」

 

 榊原の指示と同時に青木は衝撃波を放った。工作車両のボンネットの中央が陥没すると同時に発火、エンジンルームが轟音と共に炎に包まれた。

 敵は完全に炎上している車輌に気を取られている。

 

 「赤松撃て」

 

 赤松のレーザーは自衛官2名の右太ももを貫通、行動不能に陥らせたが、超能力者には効かなかった。

 

 「青木、赤松は公園へ移動。援護する」

 「「了解」」

 

 両名はすぐに民家の屋根から飛び出し、公園へ全力で移動する。

 それを見て榊原が敵超能力者へ援護射撃のレーザーを撃つが、敵はレーザー攻撃を読んでいるようで全く効果が無かった。

 その時──。

 

 「新たな超能力者の反応を感知。その数1。公園の奥」

 「よし。全員公園へ全力で移動」

 

 黄川田の報告にまるで伏兵を予知していたかのように榊原は指示を出す。

 黒田と黄川田は公園へ移動を開始したが、榊原は一人だけ左側から公園を迂回するように移動を開始した。

 先行して移動していた青木と赤松は現着すると、右太ももを負傷している自衛官二人に退くように言うと、残る超能力者一人と対峙した。

 赤松はレーザーガンを撃ちながら敵との距離を詰める。

 敵はレーザーを空気の密度変化により拡散させているが、距離が近づくにつれ、レーザーの超高温の熱までは防げなくなっていた。

 青木はそこを見逃さず、超能力で敵の空気密度の変化を打ち消す能力を発動し相殺に成功。赤松のレーザーがアーマーが無い敵の右太ももを貫通した。

 レーザーの激痛で精神集中が出来なくなった敵の超能力者は、右太ももを押さえて悲鳴を上げていた。

 そこへ黄川田と黒田も合流し、黄川田が超能力者を拘束、黒田が防御壁を展開していた。

 

 「敵の超能力者1名を確保、防御壁を展開しつつ残る伏兵1名を警戒中」

 「了解。敵の拘束が完了したらその辺に放り投げておけ。伏兵に最大の警戒をせよ」

 

 黒田の報告に榊原は満足していたが、敵の伏兵に嫌な予感を抱いていた。

 敵は囮としてアンテナの設置部隊を投入したはずだが、囮を攻撃しているこちらの隙を突く訳でもなく、堂々と正面から近づいている。

 小細工なしで圧倒的な能力差で相手を倒すそのやり方は、総じて自分の能力を誇示する高ランカーの特徴であった。

 今では情報端末ヘルメットにもその姿は表示されているが、情報はまだ表示されず『unknown』のままであり、識別不能を意味する赤表示となっていた。

 

 「各員散開。無理に戦わず情報収集に努めよ」

 『了解』

 

 榊原の指示で、全員が敵に行動を予想させないためにランダムに動きながら、公園を中心に扇形になるように位置取りする。

 赤松は公園を取り囲むように植えられた街路樹に身を隠していた。

 先ずはここから敵の出方を伺って──。

 

 「!?」

 

 赤松は驚きのあまり声が出なかった。何と敵は自分の目の前で空中に浮かんで静止していたのだ。

 先ほど拘束した敵と同じボディアーマーに、マルチシステムゴーグルを装着していた。だが、一番特徴的なのは……。

 赤松は逃げた。

 普通であれば咄嗟にレーザーガンを撃つだろう。だが、赤松は逃げた。何故なら、今自分が得た敵の情報を味方に伝える必要があるからだ。

 今戦っては死ぬ──それは、直感ではあるが、彼女を知る者であれば間違いなく誰もがそう感じただろう。

 チームで戦っている以上、現状を報告する前に死ぬのは許されない。死ぬ前に何としても敵の情報を報告する義務があるのだ。

 赤松は、街路樹の木から木へ必死に飛び移りながら報告を開始する。

 

 「こちら──赤松。敵に遭遇。敵は──008と認識。現在──回避行動中」

 「各員、回避行動!」


 報告を受けた榊原は食い気味に回避行動の指示を出した。


 008──唯一今も生き残っている『シングルナンバー』。超能力開発の初期の段階から研究という名目で、毎日実験のためモルモットのように扱われてきた永遠の少女。

 その見た目で一番の特徴はアルビノであることだ。

 基本的にアルビノとは、先天的に遺伝子情報の欠損によりメラニン色素が欠乏する疾患のことだが、008は超能力開発の影響で全身の色素が14歳の時に失われ、同時にそれ以降、どんなに年月が経っても見た目が変わらないという特異体質となったのだ。

 ランクA コードネーム008 小野寺可憐おのでらかれんは見た目は14歳であるが、実年齢は37歳で銀髪に透き通った肌は薄紅色をしていた。

 ボディアーマーは夏用の体操服の上から着用しているらしく、下半身は紺色のブルマにアーマーブーツという、大昔のアニメ『なんちゃらウィッチーズ』を彷彿とさせる不思議な出で立ちであった。

 また、アルビノは直射日光に弱いこともあり、008は完全に昼夜逆転した生活をしていた。

 その最大の能力がユニークスキル『空中浮遊』で、普段から歩くことはほとんど無く、常に空中に浮いた状態で生活していた。

 つまり──008に見つかってしまうと、どんなに逃げても地上にいる限り、008から逃れる事はほぼ不可能であった。

 実際、赤松が必死に木から木へ飛び移っているのに、その横を何事もなくスーっと空中を移動し併走していた。

 

 「青木、黄川田はレーザー射撃用意!黒田はサイコキネシス用意!」

 

 榊原は指示を出しながら全力で走っていた。

 公園を迂回し敵の背後に回り込もうとした動きは完全に裏目に出てしまい、赤松に対して一番遠い場所であった。

 今は仲間に時間を稼いでもらうしかない。自分は一刻も早く敵の所へ到着することを優先する。

 

 「撃て!」

 

 榊原の命令でレーザーと超能力攻撃が同時に行われ、008小野寺可憐は衝撃で6メートルほど弾け飛び、地面へ叩きつけられた。

 008は超能力とレーザー攻撃を予測していたため、黒田の超能力は防御壁で阻止することに成功したが、レーザーについては対応が甘かった。2本のレーザの内、1本が事前に張られたプラズマフォースフィールドで減衰・拡散する事に成功したが、トンネル効果によりもう1本のレーザーは完全に防ぐことが出来ず、熱の衝撃波は008を襲い激しく008を打ち付けたのだった。

 

 「敵は墜落!」

 「全員退却!」

 

 黒田の報告と同時に榊原の撤退命令を受け、第2特殊部隊の4名は後ろを振り向きもせず、全力で撤退を開始する。

 だが、008はそれを追うどころか墜落時の衝撃でしばらく動くことが出来なかった。着用していたアーマーの重量が墜落時の衝撃を増大させていたのだ。

 超能力者は体力があまりない者が多いが、008もご多分に漏れず体力は無く、むしろ浮遊している事が多いため筋力はほとんど無いと言って良かった。

 

 「く、くそ……こんな重いアーマーはもういらん」

 

 少女の外見に似合わず、意外に大人っぽい声の008は全てのアーマーをパージすると、マルチシステムゴーグルの動作確認を行う。

 今の008は、半袖の体操服にブルマ姿で、ごついゴーグルをかけた謎の銀髪少女であったが、戦闘データ収集のためゴーグルを外すことは禁止されていた。

 どうやらゴーグルは正常に動作しているようで、索敵範囲ギリギリの所に4つの超能力反応があった。

 たぶん、先ほど攻撃してきた奴らに間違いないだろう。

 

 「この私を地面に這いつくばらせたことを後悔させてやる」

 

 008は追撃のため立ち上がろうとしたその時、後方で生体反応を検知した。その数1。超能力反応はない。一般人であろうか?

 しゃがんだまま振り返ると、公園内をヘルメットを被った黒ずくめの姿が確認された。

 

 (あの姿…同盟の人間!?)

 

 008は立ち上がると、現在見えている身長や体格などの情報から超能力者のデータベースへアクセスし、該当する者がいるか検索をかけた。

 基本的に超能力者の管理は内調で行っていたため、コードネームが割り振られている者は必ずデータベースに登録されている。

 だが、検索結果は『該当なし』だった。

 

 (ではこちらに向かって走ってくるあの黒ずくめの人間は特殊部隊では無いのか?超能力者以外の人間には興味は無いし、構うだけ時間の無駄……)

 

 黒ずくめを無視して、先ほどの4名の追撃のため浮遊しようとした次の瞬間──。左上腕部を激しい痛みが襲った。

 008は左腕を押さえながらその場にうずくまり、おそるおそる傷口を押さえていた右手を外すと、上腕部に銃創と思われる貫通痕がありそこから流血していた。

 008は驚いた。他のメンバーはレーザーガンを使用しているにもかかわらず、あの黒ずくめは従来の拳銃を使っており、しかも全力で走りながら当ててきたのだ。

 もしもレーザーガンであれば、オートエイムでロックオンされたと同時に逆探知によって感知できていたはずだが、この男はレーダーに頼らない己の技術だけで当ててきたということなのだ。

 

 (全く…先ほどの4人の連携といい、この黒ずくめといい、敵は侮れないやつらばかりね)

 

 痛みを堪えてすぐに反転し、008は精神集中に入った。

 榊原は瞬時に考えていた。──浮遊されたらダメだ!!もしも浮遊されてしまえば、二度と敵を捉える事は不可になる!……榊原は腰にぶら下がるホルスターへ右手を伸ばした。

 同時に008は空中へジャンプしようと姿勢を低くする。

 

 「させるか!」

 

 榊原は叫びながら右手の銃を前方へ突き出した。同時にオートエイムが作動する。

 その瞬間、008はオートエイムを逆探知し驚いた。先ほどまでは通常の拳銃だったはずだが、今突きつけられているのはレーザーガンだ。いつの間にか右手の銃をすり替えていたのだ。

 008はレーザー回避のため、急遽自分の前方の空気を圧縮・解放することで大量の水蒸気を発生させる。

 だが、水蒸気の中から飛び出してきたのはレーザではなく1本のナイフであった。

 榊原はレーザーを撃つフリをして、腰のホルダーに3本あるスローイングナイフの内1本を素早く左手で投げていたのだ。レーザーガンを持っている右手を大袈裟に突き出したのは、左手の注意を逸らすためだ。

 

 「!!」

 

 008は咄嗟に空気の壁を作ったため、ゴーグルまで数センチという所でナイフが止まり地面へ落下した。

 ギリギリで回避に成功した008は、反撃のために精神集中をしようと前を見ると、そこには黒ずくめがレーザーガンを構えながら目の前に躍り出ている所だった。

 その距離──わずか3メートル。

 008はニヤリと笑うと体制を低くして浮遊体制に入った。榊原は間髪を入れず、またもやレーザーを撃つフリをしてスローイングナイフを2本同時に投げていた。

 この時、008は上空ではなく、左前方へ地面を這うように空中をダッシュ移動した。

 榊原のナイフは、上空へジャンプするであろう008を狙ったものであったため、2本とも薄暗くなった空中へ消えて行った。

 008はレーザーガンを持っている榊原の右脇を高速ですり抜けようとしていた。

 今からレーザーガンを構え直しても照準が追い付かないと判断した榊原は、右足を軸に体を捻ると左足で蹴りを繰り出した。いわゆる回し蹴りだ。

 咄嗟に008は腕を十字にクロスさせ、その蹴りをブロックする。

 008のスピードに対して、蹴りだけではとても止める事はできず、榊原は回転しながら弾き飛ばされ、街路樹に背中から激しく激突した。

 一方、008もブロックした右手が完全に折れており、これで両腕がほぼ使い物にならない状態となっていた。

 

 (超能力を一切使わず、体術だけでランクAである私に挑んでくるとは……!)

 

 今まで戦いにおいてこれほど傷ついたことは無かった。しかもそれが一般人が相手となると前代未聞の珍事と言って良かった。

 008は背中を強打して苦しんでいる榊原の元へスーッと空中を移動すると、銃弾が貫通し痛む左手を前へだし軽く握った。

 すると、榊原のヘルメットが縦に亀裂が入り、真っ二つに割れて砕け散った。

 

 「ゴフ、ゴフッ!」

 

 榊原が苦しんでいる表情が露わになった。

 その姿を見ると、008は穏やかな表情で語りかけた。

 

 「……かなり重症のようね。その分だとこれ以上戦うことは出来ないみたいね──まぁ、私も両腕がこんな状態で、地面に激突して全身ボロボロだからあなたと同じようなものね」

 

 すぐに殺されると思っていた榊原は、意外にも話しかけられたため少し驚いたが、すぐに苦しさを堪え、体を起こし片膝をついた状態となった。

 

 「さ、さすがは…ランクAのお嬢さん。俺のフェイクは、二度目は通じなかったな……」

 「あのレーザーを撃つと見せかけたフェイク。あれには完全に騙されたわ。もしかするとあれがあなたの能力?」

 「ふっ……そこまでバレていたか……そ、そうだ。あれが……俺の唯一の能力『幻影』<ミラージュ>だ」

 

 そう言うと、榊原は激突した街路樹にもたれ胡坐をかいた。

 

 「お嬢さんも良かったらこっちへきて一緒に座ってしゃべらないか?」

 

 今度は008が驚く番だった。敵と慣れ合うつもりは毛頭ない。無いのだが、この男についてもっと知りたいという感情を抑えることが出来ない。

 ほとんど超能力らしいものは持たないこの男は、ランクAである自分と互角に渡り合った。しかもあろうことか、低ランク者の生命線でもある自分の能力まで敵である自分にバラしてしまい、さらに、この男は一緒に座ってしゃべろうと言うのだ。37年間の人生でそんな男はいなかった。ランクAでシングルナンバーでこの容姿だ。誰も普通に接してくれる者などいなかった。

 008はクスリと笑うと、地面にゆっくり着地し、痛む左手でマルチシステムゴーグルを取ると投げ捨てた。

 

 「ほぉう。透き通るような綺麗な目だ」

 

 榊原は素直に008の目を見たままの感想を口にした。008の目はアルビノであるため色素が無く、毛細血管が透けた薄紅色の瞳であった。

 008は歩いて榊原へ近づくと、街路樹を挟んで反対側に座った。

 

 「あなたは何者ですか?データベースには載っていないと思いますが?」

 

 街路樹に背中を付けるのと同時に、痛みをやわらげる能力を発動する008。その能力は榊原の体をも包み込み、痛みを緩和し心を穏やかにしてくれた。

 

 「ランクAとはこんな事も出来るのか……すまないなお嬢さん」

 「私はこんな姿をしてますが37歳です。お嬢さんではありません……そんなことより……」

 

 008は内心少し動揺していた。いや、これは……恥らっているのか?

 

 「ああ、わかっている。俺は第2特殊部隊隊長榊原だ。超能力ランクはDだ」

 「さかきばら…ランクD、ああ、だからデータベースには無いのね」

 「そうだ。あのデータベースはランクC以上の情報は保存されているが、それ以下のほとんど一般人と変わらないランクDの情報なんか保存されていないのさ」

 「あなたにとっては好都合のようね」

 「まぁね。一般人に紛れることなんて朝飯前だ」

 「ふふふっ」

 「わははは」

 

 二人で声を出して笑った。

 008にとっては声を出して笑うなどあまりにも久しぶりで、前に笑ったのはいつだったのかも覚えていなかった。

 ひとしきり笑った後、榊原は真剣な口調で話しかけた。

 

 「……俺と……一緒に戦わないか?」

 

 008はドキっとした。それは単に同盟側に来いという意味であることは理解していたが、それでもこんなことを言われたことは初めてなので、鼓動が激しくなるのは必然だったのかもしれない。

 

 「それは……出来ない」

 「何故だ?俺たちが戦う理由なんて無いはずだ」

 「では、あなたがこちら側に戻ればいい」

 「俺たちは超能力者のために戦っているんだ。それなのにどうしてモルモットのように扱われながら、政府の肩を持つんだ?」

 「そこが生まれ育った場所だからよ。今の私が唯一その存在が認められる場所であり、私自身も能力を一番発揮できる場所なの」

 「それはわかるが、それを変えなければ負の連鎖は止まらないんだ」

 「その通りよ。だから私はモルモットとして喜んで研究材料となり、超能力開発の礎となることで後世の超能力者に同じ悲劇を繰り返さないようにしたい」

 「違う!008が犠牲になる必要は無いんだ!超能力開発を発展させるのではなく、それを止めればいいだけだ。そして今いる超能力者も普通の人間のように暮らせる未来を作るのが俺たちの目標だ!」

 「……」

 

 008はすっと立ち上がると、木の反対側に回り込み榊原の前で立ち止まった。

 

 「いろいろお話できて楽しかった……ありがとう。……でも、今度敵として私の前に現れたら容赦はしない……だけど──」

 

 そういうと008は1メートルほど空中浮遊し、くるりと背を向けると続けて口を開いた。

 

 「──もしも味方として現れたなら……その時は008ではなく、可憐と呼んで頂戴」

 

 小野寺可憐は一気に上昇すると、闇の中へ消えて行った。

 

 

 ◆

 

 白くモヤがかかったような部屋。周囲の壁や天井も白で統一され、何かの機械がずらりと並んでいる。

 

 「303はホントすごいな!」

 「絶対誰も勝てないぞ」


 部屋の中央で5歳くらいの子供達が一人の男の子を囲んで騒いでいる。

 傍にいる白衣の大人たちも微笑みながらそれを見ていた。

 子供たちはみな白地の検査着を着ている。

 ふと自分の服を見ると、自分も子供達と同じ服を着ていた。

 

 (ここはどこ?)

 

 独りの少年がこちらを振り向く。

 

 「それに比べて、お前は本当に才能無いよな」

 

 すると、他の子供達もそれに続いて口を開いた。

 

 「落ちこぼれはこっちに来るな」

 「いつまでここにいるんだよ?」

 

 (あたしは…誰?)

 

 部屋を出ると白く長い廊下を走る。


 (え!?こ、これは…あたし?)

 

 白くモヤがかかった景色は次第に捻れ、歪み、溶けていく……。

 落ちていく感覚……。

 何度体験しても本当にこの感覚だけは嫌だ。

 やがて眩しい光に包まれた……。

 

 

 


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