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序章5

■序章5

 

 日本は内閣総理大臣の会見で、超能力者の存在が世間に知れ渡っただけでなく、超能力者同士の戦いとなる事を公言した。今まで知らぬ存ぜぬを決め込んでいた国がだ。

 世界に与えるインパクトは凄まじいものになるだろう。だが、日本はあえてその苦渋を舐めながらも、本格的に反政府同盟を潰しにかかっているのである。

 

 「ふふふ。同盟もさぞ焦っているでしょうな」

 

 鈴木次官は会見の様子が映し出されていたスクリーンを見ながら、自分の左隣りで一緒に会見を見ていた髪をきっちり7:3に分け、両サイドを刈り上げた男に話しかけた。

 男は鈴木次官を見ながらそれに答える。

 

 「ああ、そうだな。総理から非常事態宣言の指示が出るのは2時間後を予定している。それぞれの進捗はどうか?」

 

 この男こそ内調のトップ、内閣情報官である倉本隆夫<くらもとたかお>である。

 陸軍出身で肉体派でありながら、その頭脳と実直さを買われて内調へ来たという変わった経緯を持っていた。

 特に自衛隊へ顔が効くことが重宝され、今回の非常事態宣言も彼の尽力が無ければ成し得なかったと言われている。

 

 「進捗に遅れはありませんが、超能力者の配置編成をご確認いただきたい」

 「内訳は?」

 「はい」

 

 鈴木次官が立ち上がると、先ほどのスクリーンに編成表が映し出され、それを見ながら鈴木次官が説明を続ける。

 

 「攻撃側、守備側ともに10名ずつ能力者を配置する予定です。攻撃側の内訳はランクA一名、ランクB一名、ランクC8名。次に守備側はランクA一名、ランクB二名、ランクC七名となっております」

 「主賓は現在、同盟本部にいると聞いたが間違いないか?」

 「はい。サルベージ後のヘリの動きを衛星で追跡しましたので間違いありません」

 「なるほど。承知した」

 

 倉本が言うと、鈴木次官は軽く会釈をして着席した。

 それを見届けると、倉本が話を続けた。

 

 「敵は主賓の警備に戦力を回す必要があるので、積極的に攻撃に打って出る事はないだろう。いや、正確には陽動のため攻撃に出るというフリだけはするだろう。だが、それは時間稼ぎが目的だ。総理が全てをぶちまけた今となっては、主賓はただの足枷となり思うように動けないはずだ。よって、敵を攻めるのは今が好機である。攻撃側の編成をランクA二名、ランクB二名、ランクC十名とし、それ以外を守備隊へ編成する」

 「承知しました」

 

 鈴木次官は返答するとすぐに円卓にいる各部長に無言で合図する。

 その視線を受け取った各部長たちは立ち上がると、一礼して部屋から退出して行った。

 残ったのは倉本内閣情報官と鈴木次官だけとなった。

 鈴木次官が次に狙っているポストこそ、この倉本がいる内閣情報官なのだ。だが、この倉本という男はさすがに切れる男で、そう簡単にポストが奪えるわけが無く、むしろこの思考の速さと正確さには鈴木も舌を巻いていた。

 

 「これで反政府同盟も風前の灯ですな」

 「そうだな。そうだといいのだが……」

 

 倉本は自信を持って再編成したのだが、まだ不安を払拭できずにいた。

 このような大規模作戦は、ちょっとした綻びから全ての想定が崩れると相場は決まっているのだ。本作戦における一番のリスク…それは…。

 倉本は残り2時間を切った作戦に向け最終チェックに入った。

 

 

 

 研究室の中央にベッドがあり、そこには佐藤志郎が寝かされていた。

 その体には様々なセンサーが取り付けられており、豊富博士の助手3名が忙しく動いていた。

 

 「博士、どうだ?」

 

 ベッドの横に立ち、志郎の様子を見ながら剣淵が聞いた。

 

 「……難しいですね」

 

 デスク上のモニターから目を離さず、忙しくキーボードを操作している豊富博士が答える。

 

 「そうか……」(…やはりな)


 剣淵は研究室を出ると、隣のモニタリングルームのデスクの椅子に座ると考えを巡らせた。

 

 (志郎を手中にするまでは良かった。だが、まさかこのタイミングで政府が強行手段に出るとは思っていなかった。いや──。このタイミングだからこその強行手段だろう。先の戦いでランクBを二名も捕獲し、更には主賓まで確保するという大戦果をあげたことで、舞い上がっていたのかもしれないが、そこまで考えが及んでいれば……!)

 

 だが、不意を突かれた一番の理由は『政府は絶対に表立って動くことはできない』という固定観念があったからだろう。

 

 (今は非常事態宣言が発令されることもあり、内通している政府関係者のほとんどが本来の職場に戻っていて、同盟本部にいるのは研究者や事務職員がほとんどだ。さあ、どうする?)

 

 同盟と言っても、所詮は自分の利益や遺恨のために動いている者がほとんどであり、本当に理念を持って行動しているのは一部の研究者や超能力者だけだった。頭脳となり剣淵と一緒に作戦を立案しサポートしてくれる者がいないのだ。

 政府は超能力者を使うと言っていた。自衛隊も投入すると明言していた。両者が互いに協力しながら攻めてこられると、さすがにこちらの戦力差は否めない。特に姫が動けないことが一番痛い。

 剣淵はふいに何かに思い当たったようで、デスクの電話を取ると集中治療室を呼び出した。

 

 『はい、集中治療室です』

 「剣淵だ。265…山本真一の容態はどうだ?」

 『はい、現在処置中ですが、何とか命は助かりそうです』

 「そうか。妹はどこにいる?」

 『すでに検査は終了し独居房Cに入れてあります』

 「わかった」

 

 電話を切ると、剣淵はすぐにマイクのスイッチを入れる。

 

 「博士。あと30分だけ時間をやる。例のものを使用しろ」

 『あ、あれを使うのですか!?……わかりました。急ぎやってみましょう』

 「結果に関わらずそのデータは外部メモリに記録し、過去の研究データは消去作業を急がせろ」

 『承知しました』

 

 剣淵はマイクを切ると、急いで地下の独居房へ急いだ。

 独居房といっても、元々はそのような目的で作った部屋では無く、ただの職員が宿泊するための部屋だ。

 組織が大きくなると必要に迫られて、やむを得ず一部の区画を独居房としたのだ。

 そのため、電気・水道・バス・トイレとライフラインは全て整っており、適度に部屋が狭いため逆に居心地が良いかもしれない。

 剣淵は看守に面会を告げると、面会室に通された。

 そこは6畳ほどの部屋で、中央の机を挟んで事務用の椅子が1脚ずつ置かれていた。

 剣淵は部屋に入ると部屋の手前の椅子に腰かけ、煙草を取り出したが灰皿が用意されていない事に気づき、また胸ポケットにしまい込んだ。

 しばらくするとドアがノックされ、看守と338…山本さゆりが姿を現した。

 

 「悪いが二人だけにしてくれ」

 

 剣淵が言うと、看守は軽く会釈をしてドアを閉めた。

 

 「掛けたまえ」

 

 剣淵が自分の正面の椅子を左手で指す。

 さゆりは無言で椅子に座り、正面の太った中年の男は見ずに机の中央付近を漠然と眺めていた。

 

 「私は剣淵という者だ。この組織の取りまとめをしている。早速だが、君のお兄さんの容態だが──」

 「!!」

 

 さゆりは視線はそのままに体だけビクッと震えた。

 剣淵はそれを満足そうに見ながら、少し間を開けて続けて話始めた。

 

 「──命に別状はないそうだ」

 「……ふぅ、あ、ありがとうございます」

 

 さゆりは若干だが緊張が取れたように見えた。

 これで有利に話が進められそうだ……剣淵は内心ニンマリしていた。

 

 「だが、安心はできない。政府側がこちらに全面攻撃をしかけようと準備中らしいのだ」

 「予想攻撃開始時刻は?」

 「17時だ。政府は自衛隊を投入し超能力者と連携しながら攻撃してくると思われる。だが、その頃のお兄さんは、まだ手術が終ったばかりで動かすことができない」

 「あたしにどうしろと?」

 「ふっ。話が早いな。敵は自衛隊を動員しているため総合的な戦力では相手が上だろう。だが、超能力者の数はこちらが上だ。戦争とは攻める方が難しいものだ。専守防衛に努めれば負ける事は無いだろう。だが内部に爆弾を抱えながらの戦いは作戦遂行上問題となる──」

 「爆弾……主賓、ですか?」

 「ふっ。若いのに話が早いな。そうだ、その主賓だが……君に警護を頼みたい」

 「あたし達兄妹は、政府側の人間として主賓捕獲の任に係わったためにこうして捕まった。あたしにとっては敵である主賓を守れと言うのですか?」

 「そうだ。主賓は能力を持たない一般人だが、政府の手に渡してはいけないのだ」

 「もしも渡ったら?」

 「主賓は今でこそ一般人だが、元ランクS以上の能力者だったのだ。政府側はその能力を再び蘇らせようとしているのだ。もしも元の能力が引き出されてしまったら、最悪、世界が滅びる……のだが、君にとっては兄の命の方が大事かもしれんな?」

 「!!!!」

 

 さゆりは絶句した。政府も同盟も、どうしてあんな冴えない男を狙っているのか疑問だった。だが、そんな秘められた能力が眠っていようとは……。だが、たしかに剣淵の言う通り、さゆりにとっては兄の命が最優先だった。

 さゆりは考える。兄貴は手術後で同盟本部から動けない。でも、政府軍がもうじき攻めてくる。兄貴を救うには何が何でもここを死守する必要がある。だが、主賓の警護に上位ランカーをつけると守備が手薄になる……。あたしであれば、元々ここのメンバーではないので作戦の頭数には入っていない……。

 やはり、どう考えても答えは一つだ。

 

 「……わかりました。主賓は私が守ります。その代わり……」

 「……その代り、君のお兄さんは責任を持って助けてみせる」

 「はい。兄をよろしくおねがいします」

 

 

 

 同盟本部が陥落した時に備え、データ消去作業に奔走中の豊富博士の隣りで、椅子に座り煙草をふかしている剣淵の姿があった。

 

 「博士。主賓の超能力判定はどうだった?」

 「体質的に超能力の波動で体調を崩しやすいようですが、超能力を有する値は極めてゼロに近い数字です」

 「例のアレはどうだった?」

 「やってみましたが、ダメでした。脳から直接彼の記憶を探りましたが、超能力に関するものはありませんでした。また、5歳以前の記憶は復元不可能です。」

 「そうか……つまり今回の調査でわかったことは、主賓が『ただの人』だったということだけか」

 「はい。申し訳ありません」

 「いや、良くやってくれた。作業を続けてくれ」

 

 豊富博士の肩を軽く2度叩くと部屋を退出する剣淵。

 一先ず主賓の事は置いておくとして、今は戦闘プランを構築する必要がある。

 重い体を引きずって作戦司令室に向う。

 すると、廊下の反対側から323こと、栗林一が歩いてくるのが見えた。

 普段はあまり自分から話しかけない剣淵であったが、午前中に引き続き連戦となる栗林にはもうひと頑張りしてもらう必要がある。

 ここはねぎらいの言葉の一つでも掛けた方が良いだろう。

 

 「323。先ほどの戦いではよくやってくれた」

 「いえ、自分はなにも……ほとんど280や姫さまがやってくれましたから」

 

 クリリンは目を伏せ、その場に立ち止った。


 「280は残念だった……だが姫は時期に良くなるだろう。二人の分まで頑張ってくれ」

 「はい」

 

 返事をすると、クリリンはまた歩き始めた。

 その後ろ姿には覇気がなく、ただの気弱な高校生にしか見えなかった。超能力は精神的な影響をモロに受ける。集中力が弱まればその能力も弱まるのである。

 剣淵はため息をつくと、再び歩き出しノックも無しに作戦司令室に入る。

 司令室には各部署の指揮官が10名ほど集合しているはずだった。

 すると、なにやら長テーブルを挟んで、二人が立ち上がって口論しているようだった。

 剣淵は再びため息をつき、なだめて二人を座らせ、何があったのか問いただした。

 すると、30歳前後で無精ひげを生やした特殊ボディスーツの男が口を開いた。

 

 「──籠城とは援軍を想定して行うものだ。だが、ここで守っていても援軍なんて来ない。だったらこちらから先に動いて敵の準備が整う前に攻撃をかけるべきだ」

 「いや、政府は短期決戦を望んでいるはずだ。何故なら、首都圏に対して非常事態宣言は長期に渡って維持できない。もしそんなことをしたら日本経済はガタガタになるからだ。だからこそ専守防衛に努め長期戦に持ち込めば活路が生まれるはずだ」

 

 無精ひげの男の発言に喰い気味で、白衣を着た男が発言した。

 

 「…つまり攻撃か、守備かでもめていると考えて良いか?」

 

 剣淵が横からぶちゃけて聞く。

 

 「「はい」」

 

 二人は声を揃えて返事をした。

 剣淵は頷くと、一番奥に空いていた席に座ると、自動的に部屋が暗くなり壁のスクリーンに現在の本部周辺の俯瞰地図が映し出された。

 その地図の中央には赤く塗られた一画があり、それが同盟本部を表していた。

 

 「これを見てわかるように、この場所は住宅街のど真ん中にあり路地は狭く入り組んでおり、戦車や輸送車等が自由に通る事が出来ない地形である。また、一般住宅と隣接しているため、周囲の影響を考慮すると敵は高威力のミサイルや爆弾類も使用できないだろう。つまり、政府は町を一つ消滅させる決意で我々に挑まなければ、自衛隊を投入したメリットを最大限に発揮出来ないのである。そこで敵の攻撃を次の通り予想する。1.座標指定による砲弾攻撃、2.爆発の恐れが低いレーザー兵器、3.歩兵による白兵戦闘、4.超能力者による能力戦の4つに分類されるだろう。合わせて、通信妨害やレーダージャミングを仕掛けてくる可能性があるが、超能力者がいる限りそれらの効果は薄いと予想される」

 

 剣淵は各自のテーブルに用意されているお茶のペットボトルを取り、蓋を開けながら話をしていたが、ここでゴクゴクと半分ほど一気に飲み干してから話を続けた。

 

 「…では、1.座標指定による砲弾攻撃の考察だが、これは地上の離れた場所から攻撃する場合と、航空部隊による空からの攻撃が想定される。だが、同盟本部を中心に半径5km圏内の上空に侵入した航空機はレーザー砲2門で撃墜可能だ。あと砲弾対処はレーダーの状況次第だが、こちらもレーザー砲にて迎撃可能だ。だが万一に備えてランクCの超能力者を2名配置する。次に、2.レーザー兵器だが、敵が使用するのは移動式のレーザー砲であり、その弱点は射程距離と砲身の冷却である。射程距離を出すにはそれだけ高出力にする必要があるが、それに比例して砲身のクールタイムが長くなるため、連続でレーザーを撃つことができないはずだ。予め超能力者1名が空気の密度を調整するだけでレーザーの減衰・拡散が可能だろう」

 

 よどみなく話す剣淵の姿に、他の者たちは聞き入る事しかできなかった。

 剣淵は周囲を見渡し、ここまでで特に質問が無い事を確認してから再び話し始めた。

 

 「3.白兵戦と4.超能力者だが、ここからは明確に個の能力に左右される。だが、こちらは常にチームで行動し間合いを見極め、時に押し、時に引きながら時間を稼げば勝機は見えてくるだろう…」

 「質問よろしいでしょうか」


 声の方を見ると、先ほどの無精ひげの男が右手を小さく上げてこちらを見ていた。


 「許可する」

 「では…」

 

 無精ひげの男はその場で立ち上がると話を始めた。

 

 「私は第2特殊部隊隊長の榊原です。ここまでの話しを総合しますと、『専守防衛』が我々の基本方針と考えて宜しいでしょうか?」

 「まだ私の説明は終わっていないが、そう考えてもらって構わない」

 「これは失礼しました。しかし、我々には援軍がありません。時間稼ぎの結果、この戦いが長期化することでライフラインの確保が難しくなり、我々は内部から崩壊する恐れがあります」

 

 榊原は政府が非常事態を宣言する前に先制攻撃を加えたいようだ。

 まぁ、日本という国を相手にするようなものだ。何とか一矢報いたいと思うのは当然だし、今後の事を考えると敵の戦力をなるべく削っておきたいのもわかる。

 だが──。

 

 「榊原君。きみは大事なことを失念しているようだね」

 「はっ。……と言いますと?」

 

 榊原は空中を見ながら必死に思い当たることが無いか考えたが何も浮かばなかった。

 それを見て剣淵はゆっくり話す。

 

 「我々の目的は革命でもなく反乱でもない。ましてや無関係の人を巻き込むなど論外だ。我々の目的は超能力者の存在を世界に知ってもらい、同じ人間として暮らせる世の中を作ることだ。超能力者の命など無いに等しく、超能力者取締法により不当に捕えられ処分される。そんな事が許されてよいのだろうか?君のランクは?」

 「ランクDです」

 「そうか。ランクDと言えど、超能力者である限り普通に生活することは困難だろう。そんな状況を是正することが我々の目的だ。ここにいる者全員に告げる。我々は殺戮者ではなく破壊者でもない。政府の攻撃に対して地域住民に被害が出ないように行動してくれ。何故なら、我々は一般人に受け入れられて初めて普通の生活が出来るのだから」

 「承知しました。志を一つにし使命を全うします」

 

 榊原は一礼すると着席した。

 それを見届けると、剣淵は話を続けた。

  

 「我々もそして敵も短期決着を望んでいる。それは確かだが、敵は我々よりも焦っている。その理由は二つある。先ず一つが非常事態宣言を長期間維持するのは、国内を疲弊させるだけでなく国民の行動も制限するため、さすがに世論が黙ってはいないからだ。首都圏が長期間麻痺した時の経済的損失は計り知れない。そして二つめの理由、それは…国内ではなく、国外にある……そう、朝鮮共和国の動向だ」

 

 剣淵は手を握りしめ力を込めて断言した。

 たしかに朝鮮共和国とは海を挟んで睨み合っている。まさか剣淵は、日本のこの状況につけ込んで軍を動かすと言いたいのだろうか?

 そこにいる誰もが半信半疑であった……そう、あの無精髭の男、榊原を除いては……

 

 

 

 「えーと、ここどこ?」

 「いや、俺も知らん」

 「……」

 

 歩道もない細い路地が続き、そこに一軒家やアパートが所狭しとギッシリ並んでおり、所々に竹が群生している。

 いわゆる、都心を外れた一般的な日本の風景がそこには広がっていた。

 同盟本部からなるべく遠くに逃げろ、と剣淵に言われ、何も考えずに歩き出したのだが、佐藤志郎と山本さゆりは完全に迷子となっていた。

 っていうか、同盟本部って、こんな住宅街のど真ん中にあったなんて……。普通、本部って言ったら、大きな敷地に大きなビルが建っていて、その周辺を高い壁が囲っていると想像するもんだ。それが、まさか廃業した中規模の総合病院をそのまま使ってるとは……。

 反政府同盟本部は『生体科学研究所』という怪しい看板を出して、ひっそりと目立たないように活動していた。4階建ての病院をそのまま使用しているが、ヘリポートや隔離病棟・リハビリ病棟・死体安置所等そのまま使える施設が多くあり、使い勝手は非常に良かった。

 志郎は肩をがっくり落としながら狭い路地をトボトボ歩き、その後ろをさゆりが周囲を警戒しながら歩いていた。

 

 「どうしてあたしがこんな目に……」

 

 さゆりはさゆりで、独り言のようにつぶやいていた。相変わらず、黒髪ショートカットでセーラー服に白のハイソックスという、王道(何の?)と言える服装をしている……。

 

 「え!?っていうか、お前、特殊ボディスーツとヘルメットはどーしたんだ!?あれ、めちゃくちゃ大事なものだろ?」

 

 志郎は突然思い出したようにさゆりに詰め寄る。

 

 「あんたが今背負ってるじゃない」

 

 そう言いながら、さゆりは志郎が背負っている大きなリュックを指差した。

 

 「はい!?これ、お前の装備だったのか!?なんで俺が背負わなければならないんだよ!」

 「あんた何も出来ないんだから、せめて荷物持ちぐらいしなさいよ」

 「ぐぅ」

 

 やった。ぐぅの音だけは出た。

 

 「──まぁ、とにかく非常事態宣言に入ったら外を歩くのはまずい。その前に食糧を調達してどこかに身を隠さないと」

 「そんな事はわかってるわよ。今端末で現在地を確認したけど、近くの電車の駅まではかなり距離があるみたい」

 「時間が無い。一番近い公共施設は?」

 「市役所があるけど」

 「お!?そこの市役所なら俺の庭のようなものだ。何とかそこまで行ければこっちのもんだ」

 「いやいや、あんたは一般人だからいいけど、あたしは超能力者なのよ!?入口ですぐに検知されて一発アウトだけど?」

 

 腕を組み、呆れるさゆり。この男はちゃんと考えて行動しているのか疑問だ。

 志郎は思い出していた。そう言えば超能力者取締法だっけ……その対策の一つに公共施設には超能力者を検知するためのセンサーが取り付けられているんだっけ。

 

 「……検知されない方法はなんかないの?」

 

 両手を広げて、俺は何もわからないよ、と言わんばかりの仕草をする志郎。

 さゆりは呆れ顔で二つの方法を説明する。

 

 「一つはあんたが背負っているリュックの中にあるヘルメットを被る。これで超能力者特有の波長が『機械では』検知出来なくなる。そして、もう一つが地下に潜る。通信の電波とかと一緒で、地下にいると地上では超能力者の波長を検知しにくくなる」

 「なるほど。んじゃ、早く行こうか」

 

 志郎は市役所に向けて速足で歩きだした。

 

 「いや、だから検知されるって!」

 

 このセンサーのおかげで超能力者たちは、まともに公共施設の利用が出来ないのである。

 非常事態宣言が発令されるって時に、こんなセンサーに引っかかるのは同盟側の超能力者に決まっている。

 

 「ちょ、ちょっとあんた!守られてるって意識あんの?ちょっとー」

 

 話を聞かずにどんどん歩く志郎の後を追いかけるさゆりであった。

 

 

 

 「暑い~」

 

 17時といっても真夏の太陽は容赦なくその猛威をふるっていた。

 志郎は汗だくになりながら、やっと5キロほどの道のりを歩き市役所まで辿り着いていた。

 

 「もうそろそろ非常事態宣言が発令されるはずだけど……」

 

 さゆりが左手の時計兼、通信機を見ながら志郎に話しかける。その額には全く汗は浮かんでいなかった。

 志郎はフラフラになりながら市役所の正面ゲート横の歩行者通路を歩く。さゆりはそれに続いて普通を装って歩いていた。

 

 「お、お前、暑くないの?」

 「暑いに決まってるじゃない」

 

 と言いながらも涼しい顔をしているさゆりだったが、ふいに志郎のリュックを引っ張った。

 

 「いててて!いきなりをするんだ!こっちはもうフラフラなんだよ!」

 「ちょ、ちょっと!このまま正面玄関から入る気なの?」

 「そうだけど!?」

 「だ・か・ら!!」

 

 さゆりは志郎の胸ぐらを掴むと、凄みを聞かせて話しを続けた。

 

 「このまま玄関を通ると超能力者だって気付かれるって言ってるじゃない!」

 「ぐぐぐ……。わ、わかったから、落ち着いて!」

 

 さゆりは締め上げていた志郎の胸ぐらから手を離し、パンパンと手を払ったあとに両手を腰に当てて「で?」と短く聞き返した。

 

 「まったく……楓といい、こいつといい、超能力者の女はみんな乱暴者ばかりなのか?」

 

 襟元を正しながら志郎がつぶやく。

 それを聞いたさゆりの左眉毛がピクンと跳ね上がる。

 慌てて志郎は両手を振って応答する。

 

 「あ、いやいや、冗談、冗談。それよりも、どうやってセンサーに検知されずに正面玄関を突破するかだけど……ヘルメットを被る」

 「……」

 「……」

 「……え!?」

 

 一瞬、お互い見つめ合ったあと、さゆりが首をかしげた。

 

 「あ、いや、だからヘルメットを被って正面玄関から入れば検知されないんだろ?」

 「はあ!?あんなバイザーがスモークのフルフェイスのヘルメットなんて被ったら怪しすぎるって!」

 「大丈夫だ!本人が気にするほど周りの人たちは他人なんて気にしてないから」

 

 そう言いながら、志郎は背負っていた大きなリュックを降ろし、中からヘルメットを取り出した。

 

 「いやいやいや、誰がこんなものを被って市役所に行くっての!?」

 「最終的には隣接する市民センターに行くんだけどね」

 「どういうこと?」

 「それは後から話すから、とにかく急いでヘルメットを被って玄関を抜けるぞ!」

 

 そう言いながら志郎はヘルメットをさゆりにぐりぐと被せようとする。

 

 「ちょ、ちょっと!わ、わかったから!」

 

 さゆりは観念すると、ぶつぶつ言いながら自分でヘルメットを被る。

 

 「最初っからそうしてればいいんだ……被ったら行くぞ!?」

 

 志郎はさっさと市役所の玄関を通過し、エントランスに向っている。

 

 「ちょ、ちょっと!待ちなさいよ!一人にしないでよ!」

 

 さゆりは急いで志郎の後を追う。時間的に市役所の正面玄関には人がおらず、エントランスには数名の人がいたが、携帯端末や据え置きのテレビを見ており、こちらを気にしている人はいなかった。

 セーラー服にヘルメット姿という謎の少女は、エントランスに入るなりすぐにヘルメットを取ると、目の前にいる志郎に投げつけた。

 志郎はそれをキャッチすると、背負っていたリュックを降ろしヘルメットをその中に入れながらさゆりを見上げて口を開く。

 

 「な!?誰も気にしなかったろ?」

 「さあ、どうして市民センターに行くのか教えなさいよ…っていうか、今入った玄関は市民センターじゃなくて市役所なんですけど!?」

 

 両手を胸の前で組み、顔を赤らめてさゆりが詰め寄る。

 

 「落ち着けって。時間が無いから歩きながら話そう」

 

 リュックを背負い歩き出す志郎。それを小走りで追いかけるさゆり。

 

 「こっちだ」

 

 市役所の各種手続きカウンターの前を横切り、反対側の通路へ向かう。

 そこには『市民センター』の案内版があった。

 

 「ここは市役所と市民センターが連絡通路で繋がってるんだ」

 

 志郎が速足で歩きながら小声で話す。

 

 「時間的に市役所側の玄関は人が少ないと予想した。逆にここの市民センターは各種セミナーや習い事を催していたり、展示会や貸会議室、軽食店などがあるから夜まで人の出入りは結構あると考えた。だから市役所側から入ったのさ」

 「ふーん……」

 「しかも、市民センターは玄関に警備員室があり、24時間体制で警備員が常駐しているから危険だと思ったんだ」

 「はぁ……」

 

 志郎とさゆりは話しながら地下へ続く階段を下りていく。

 そこには軽食店があり、その奥の突き当りには大きめの両開きのドアがあり、その上にある札には『第一会議室』と書いてあった。

 

 「こっちこっち」

 

 と言いながら志郎が入って行ったのは、軽食店と会議室の間にある金属製でできた小さめの扉だった。その扉には『PS』と黒ペンキで書かれていた。

 

 「ちょっと!どこに行くのよ!?」

 

 さゆりは志郎が入った扉の中を覗くと、壁はコンクリートが剥き出しで低い天井には小さな蛍光灯が一本だけ取り付けられていた。

 その部屋は、いろいろなパイプが天井と床を貫通してずらりと並んでおり、さらに計器パネルと各種バルブ類が並んでいた。

 何かしらの作業をするためなのか、大人二人くらいならしゃがめば何とか入れる空間があった。

 二人は蛍光灯のスイッチを入れ、扉を閉めるとその場に座り込んだ。

 コンクリートがひんやりして気持ちがいい。

  

 「ここはパイプシャフト室さ。子供のころの俺の秘密基地ってやつ。まぁ、あまり友達がいなかったから、本当に秘密のままだったんだが……」

 「……あんたの悲しい過去を突然カミングアウトされても、あたしにはどうしてあげることもできないから」

 

 さゆりの素っ気ない言葉に急に恥ずかしくなり、声がだんだん大きくなる志郎。

 

 「そ、そうか……と、とりあえず、こ こ で 時 間 を 潰 す ぞ!ぞぞわわゎゎんん・・・…」

 

 コンクリートで囲まれた空間で突然大声を出したため、反響してそれがパイプに伝わり更に音が変化して鼓膜が破れんばかりに空気を振動させた。

 

 「あんたはアホか!」

 

 そう言いながら志郎の胸ぐらを掴むさゆり。

 

 「す、すまん…」

 

 さゆりは舌打ちをして手を離すと、その手をスカートで拭いて両膝を抱えた。

 それを見て志郎は首を振りながらあぐらをかいて、リュックを抱え壁にもたれながら話し始めた。

 

 「まず、どうして市民センターに来たかだけど、たぶん、戦闘態勢に入ると周辺住民に避難指示が出ると思うんだ。ここは大ホールや会議室等があり市役所が隣接しているから、身元確認をしやすく避難場所としてはうってつけだ」

 「政府関係の人たちも集まるから危険じゃ……」

 「住民はそれよりもはるかに多く集まるよ。『木を隠すなら森の中』ってね。身元確認の時だけ気を付ければ問題ないさ」

 「そういうものかしら」

 「そういうものだ。だから住民の避難が開始され、市民センターに人が集まってくるまではのんびりここで…待機ってこと……だ……」

 

 言い終わらない内に、志郎はそのまま眠りについた。

 

 (こ、こいつ…)

 

 さゆりは右手で握りこぶしを作ったが、すぐにまた膝を抱えて考え込んだ。

 今日はあまりにもいろんな事がありすぎた。

 吸血姫と戦い、敗れ、兄は傷つき、敵に降り、主賓を守るため狭い空間にいる。

 これから更に政府軍対同盟軍の戦いが始まろうとしている。あたしはこれからどうなってしまうんだろう。──そんな考えは無駄と思っても、また考えての繰り返し…。

 さゆりは疲れのあまり、ウトウトしだしたその時だった。

 

 「ぐ が が が あ あ!!ぁぁわわゎゎんんん…」

 

 耳を劈く志郎のイビキの轟音が鳴り響いた。

 さゆりは眠気が一気に吹き飛び、目をつぶり耳を押さえて鼓膜の痛さに耐えた。

 志郎もびっくりして飛び起きると、目を真ん丸にしてこう言った。

 

 「なんだ!?どうした!?一体何の音だ!?」

 

 さゆりは怒りでぷるぷる震えると、明確に殺意がある目つきで志郎の胸ぐらを掴み、つい叫んでしまった。

 

 「あ ん た の イ ビ キ で し ょ う が!!がああわわゎゎんん…」

 

 

 

 

 


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