序章4
■序章4
ここは志郎が通う私立高校2階の教室。
もちろん、地上からは中の様子は見えないし、そもそも日中はほとんどの教室が白いカーテンをしているので、同じ高さであっても部外者が個人を特定するのは困難だろう。
花橘楓と栗林一は急いで教室へ戻ると能力で周囲を探り、一先ず差し迫る問題は無いことを確認した。
次は──志郎自身の確認だ。
楓は志郎の背後へ回るとチョークスリーパーをかけながら能力を使い、その身体に異常(脳波、脈拍はもちろん、発信機や盗聴器が仕掛けられていないか)が無いか確認した。
「楓ちゃん!楓ちゃん!志郎を落とす気?」
「あ、いけない」
クリリンの言葉ではっとして技を解く。脈拍が早くなったからどうしたのかと思ったら、自分が原因だったのか。我ながら一つのことに夢中になると、他の事が見えなくなるのは困ったものだと思いながらも、志郎の無事をしっかり確認できたことに安堵した。
楓にとって、志郎を守ることこそが最優先事項であり、自分自身の生きる意味だと考えていた。
自分の席に戻ると、超能力者警戒網を展開しつつ、少し席が離れている志郎を見る。すると、志郎もこちらを見てきたので自然と目が合った。
楓は自分にできる最大限の笑みを志郎に送ったが、志郎は怪訝そうな表情とともに視線を外した。
(おいおい志郎。校内一の美少女である楓ちゃんと視線が合ったのに、そんな態度を取るとはどういう了見だよ)
二人の様子を一番後ろの席で、椅子を後ろに傾けながらほほえましく眺めていた栗林は、心の中で志郎につっこみを入れていたが、楓が突然カーテンが閉められた窓の方へ振り向くのをみて、傾けていた椅子をガタンと戻し精神集中に入った。
(楓ちゃんの様子から敵はおそらく窓の外から攻撃を仕掛けてくるだろう。今、俺に出来る事は……)
キーンコーンカーンコーン…
「!!!!」
敵は鐘の音と同時に窓とカーテンを貫通して攻撃を放ってきた。音も光もなく大気の変化も無かったことから、おそらく精神攻撃だと思われるが、栗林が教室内に展開していた防御壁には確かな手応えがあった。
防御壁を突破できなかった程度の威力ということは、まずはこちらの状況を探るための様子見というところか。
楓は嫌な予感がした。いや直感というべきか。
もしも──もしもあの子だったら──まずい!!
楓は能力を使い、瞬時にして志郎の隣りまで移動した。その時……目の前の空気が震えるのを感じた。
反射的に身構え、防御壁を前面に集中展開しようとした直後、腹部に今まで味わったことが無いほどの激しい衝撃を受けた。
しかも、周囲に影響を与えず、ピンポイントでその場所だけを攻撃してきたという事は、敵は完全にこちらの位置を把握していることを物語っていた。
──『千里眼』──この能力を持っているのは一人しかいなかった。
「鈴木健太……403!!」
◆
一人の子供が涙を浮かべながら走っていた。
能力を使えばすぐにでも目的地に着くことができたが、今は自分の足で走るという行為が大事なことであり、その間に心の整理をすることができた。
早く帰って来いと言われた。考えがハタンしているとも言われた。
難しいことはわからない。でも、今は何かをしなくちゃいけないと思った。
鈴木健太は自分なりに考え、『何もしなかった』という事実を変えるため学校へ向かっていた。
(僕がお父さんに怒られた理由、それが『何もしなかった』ことだと思う。じゃあ、帰る前に『何かをして』帰れば、あまり怒られないかもしれない。でも、怒られた一番の原因は……吸血姫に騙されたせいだ)
健太は更に考える。
(でも、早く帰って来いとお父さんは言った。これは絶対に守らなければならない。じゃないともっと怒られてしまう。大人は時間に厳しいから。…でも、10分や20分の遅れであれば言い訳はできる。その間に、主賓を確保するとか覚醒させるとかが出来れば『何もしなかった』ではなく、実はこんなことをやってたと言えるはずだ)
健太は考えがまとまると、自分にはあまり時間が無いことを思い出し、能力を使って一気に加速した。
学校に到着すると塀を飛び越え、グランドの脇に生えている大きな松の枝の上に座り、そこから見えるたくさんの教室の窓を見ながら精神集中に入った。
健太が座っている松の木は、グラウンドを挟んで校舎が正面に見える位置だが、距離はゆうに150メートルはあり、例えカーテンが無くても教室内を肉眼で確認することは不可能な距離だが──。
ESP(超感覚的知覚)の中でも最高難易度とされる千里眼。
この能力は、この場にいながら遠方を見ることが出来るため、戦いで一番重要な『索敵』が完璧に行えるので、ランクAの能力と合わせれば無敵であった。
だが、結局はシラミつぶしで教室を確認するしかなく、千里眼で主賓の位置と吸血姫、323の位置を特定するにはかなりの時間を費やしてしまった。
「時間がないから急がないと。先ずは状況確認の意味からも主賓の精神支配から……おっと!」
発動と同時に防御壁に阻まれた。しかも、かなりの強度のようだ。
「やっぱり主賓の確保は簡単には無理かぁ。時間無いのにな。仕方ない、楓おねえちゃんの頑張りを見せてもらおうかな」
健太は目を閉じると最大集中に入った。
「千里眼の力は単に遠くを見るためだけじゃない。あたかもそこにいるのと同じ事が出来るのさ。それを今見せてあげるよ!吸血姫!」
カッと目を開くと同時に、健太は右手を一気に前方へ突き出した。
実際に健太がその動作をしているのは松の木の上だが、千里眼によって今見ている風景は主賓の教室の中だ。超能力を使用する上では、肉眼で見るのと、千里眼で見るのとでは何ら違いは無く、今見えている所にその能力を使うだけである。
つまりその攻撃は、実際に健太がいる松の木から遠距離攻撃をするのではなく、主賓の目の前で攻撃したのと同じことになるのだ。
──だが次の瞬間、目の前に楓が飛び込んできて身を挺して主賓をかばった。
楓は攻撃をモロに受け、腹を押さえてその場に倒れ込んだ。
「さすがは吸血姫。やはり僕の千里眼を読んでいたか──ぐぅ!!!」
健太は突然の激しい頭痛に襲われると、咄嗟に千里眼を解除し防御壁を展開した。
「ううぅ。あ、あっぶねー。油断してた……もう少しで精神破壊されるところだった……」
高ランクの超能力者であれば、ちょっとした精神攻撃くらいであれば、意識をしっかり持つだけで防ぐことはできる。
しかし、千里眼を使用中の健太は肉体と違うところに意識があり、その体は全くの無防備な状態であるため、目の前で堂々と殴りかかろうとされても全く気付かないのである。だからこそ、千里眼を使うときは物陰に隠れ、なるべく無防備な体を外部に晒さないようにしていたのだ。
だが、カウンターで精神攻撃を仕掛けてくるなんて、こちらの千里眼を予測していなければ不可能だ。
健太はあまりの激しい頭痛のせいで、松の木から地面に落下した。
(……吸血姫が千里眼を読んで主賓を庇うことは僕も予想できた。楓おねえちゃんは僕の能力を知っているからね。……だけどまさかカウンター攻撃を仕掛けるとは……さすがだね……でも、向こうは僕以上のダメージを負ったはずだ……これで最低限の目的は達成した……僕を騙したおねえちゃんが悪いんだからね…)
健太は松の幹につかまりながら立ち上がると、何とか能力を使って塀の反対側へ移動した。だが、激しい頭痛のせいでこれ以上の能力は使用出来なかった。
父親に連絡して迎えに来てもらう事も考えたが、こんな無様な姿を見せたら余計に怒られるに決まってる。
仕方なくトボトボと左手でおでこを押さえながら帰宅の途についた。
◆
「超能力だって!?」
志郎の間の抜けた声が保健室に響き渡った。
苦しむ楓を保健室のベッドに運び、保健の先生を呼びに行こうとしたら話がある、というので聞いてみると『実は俺たち超能力者なんだ』という謎のカミングアウト。そりゃ変な声も出るってもんだ。
「そうだ」
冷静な声でクリリンが応じる。
志郎はこのタイミングでそんな話をするクリリンの意図がわからなかった。仮にその、中二病的な発想を受け入れたとして、だから何なのだ?こんな空想話しが順を追って話す内容だろうか?
だが、話の腰を折っても先に進まないだけだ。ここはクリリンの話を黙って聞くしかないのだ。
「日本の内閣調査室・『内調』と呼ばれる機関は、かなり前から超能力者を諜報・軍事目的で能力開発および育成を行ってきた。その結果、俺たちみたいな超能力者が何百人と作り出されては、実験のために命を落としてきた。だが、それを良しとは思わない者たちが集まり、結成したのが反政府同盟だ。内調と反政府による超能力者を巡る戦いは6年以上も続いており今も継続中だ」
クリリンは膝の上に両肘を乗せ、両手を組んで静かに話を続ける。
「そして志郎……お前も超能力者だ。まだお前自身も気付いてないがな」
「は?」
「いや、正確には超能力者……かも知れないのだ」
「……」
俺は突っ込みどころが多すぎるこの話しを、どのように捉えれば良いのか困っていた。
楓がこんな状態の時に、そんな壮大な妄想話を語られても、いいリアクションが出来るほど俺は人間が出来ていない。
国の内調と呼ばれる組織と、反政府同盟が超能力者を巡り6年以上も戦争をしてる?そして俺も超能力者かもしれない?クリリンは何を言い出しているんだ?
「まぁ、仕方ない反応だと思うが、もう少し俺の話に付き合ってくれ。お前は生まれつき能力者である『先天性』で、しかも世界で3人しかいないランクSに匹敵…いや、それをも凌ぐ能力があるかも知れないんだ。これは2歳の時に日本人なら誰でも受ける健診で判明したことで、それ以降、志郎は内調の研究施設で超能力開発プログラムを受け育っていた。だが、ある時、お前は実験中に発生した事故の影響で完全記憶喪失となり、その影響で超能力も失われてしまった。そこでお前は研究施設から親族のもとへ帰され今に至っているんだ」
「親族って言ったって、俺には親兄妹がいないんだが?」
「ああ。そこで祖母……つまりおばあちゃん家に預けられた。聞いた話では、5歳で完全記憶喪失となったお前を育てるには、かなり苦労したと聞いている」
「なんで俺は初耳なのに、他人のクリリンが苦労話を聞いてるんだよ」
「──そんな立派な祖母だったが、お前が小学校5年生の時に亡くなられ、それ以降、お前は一人で生きる事になった」
「ああそうだ」
俺は死ぬ間際のおばあちゃんを思い出していた。
おばあちゃんは病院のベッドで、最後の力で俺にしゃべりかけた。
『志郎…普通に……普通に生きるんだよ……』
普通?普通ってなんだ?おばあちゃんの最後の願いは『普通』なのか!?……正直、俺にはその意味はわからなかった。
でも、それ以降は、無意識の内に何でも普通にしようと生きてきた。普通が最善と考えてきた。
「──普通の生活。お前は本当に一人で生きてきたと思っているのか?」
クリリンが顔だけこちらに向けて聞いてきた。
「どういう意味だ!?俺はばあちゃんが死んでからはたった一人で生きてきた。国から補助金は出ていたし、保護観察員が定期的に家にやってきたが、それでも俺は今まで一人で生きてきた」
「だが、影でお前を命がけで守る者もいたんだ。それが楓ちゃんであり、俺もそうだ」
「あ?」
クリリンの話しは要領を得ないのか、どうも俺には回りくどく感じる。つまり、こいつが本当に言いたい事は、やっとこれから話すことなんだと直感した。
「志郎。お前は記憶とともに能力も失ったが、それは一時的なものなのか、恒久的なものなのかはまだわからないんだ。お前は能力を失ったとはいえ、人間の記憶と超能力が密接に関係している可能性について、長期的な研究材料として常に監視される対象であり、時には脳に外的ショックを与えるために超能力者を派遣されたりもしていた。それらの脅威を取り除いていたのが楓ちゃんだ」
「なんだと!?」
「俺はまだお前と知り合ってからは2年半しか経っていないが、楓ちゃんはお前がおばあちゃん家に来た時から、陰でお前を守っていたんだ」
志郎は状況を把握するために頭をフル回転させていた。
(自分は超超能力を持っていたが事故で記憶とともに能力も失った。だが能力が復活する可能性があり、それを求める者がいて、守る者もいる…)
志郎は右手で頭をポリポリかき、目をつぶりながら口を開いた。
「クリリン、一つだけ質問がある」
そう、今クリリンに話された中で、どうしても確認しなければならないことがあるのだ。
「なんだ?」
栗林は目をつぶっている志郎を見ながら返答した。
その返答に志郎は目を開けて栗林の目を見返しながら訊ねた。
「……お前らはどっちの側だ?」
栗林は一瞬、志郎の質問の意図がわからず視線を外したが、すぐにまた志郎の目を見て答えた。
「反政府同盟だ」
「なるほど。つまり、お前らは国に反逆しているってことだな?」
「超能力者の不当な扱いを正す、という点についてはそうだ」
栗林ははっきりとそういうと、窓の外に目を向けた。
1機のヘリがこちらに向かってくるのが見える。
「志郎……もう時間がない。これだけは聞いてくれ。お前は内調に狙われている。お前の能力を再開発して元の……いやそれ以上の超能力者にしようとしているんだ。そして、俺たち反政府同盟はそれを阻止しようとしている。だが今、内調が本気で動き出そうとしている。だからお前自身にその自覚も持ってもらい、俺たちに協力してくれなければ、お前を守ることは叶わない状況となってきた──」
栗林は立ち上がり、苦しむ楓をシーツで包みながら話を続けた。
「──俺と一緒に、同盟の本部に来てくれないか?」
楓を包み終えると、栗林はその体を抱える。
正直、志郎は戸惑っていた。そもそもこの話自体がちょっと現実離れしており、反政府同盟の本部に来いと言われても全然ピンとこないのだ。
「俺は国に反逆するつもりはない……ただ普通に生活できればいいんだ……」
志郎がつぶやくと、栗林は志郎を睨みながら叫んだ。
「俺たちはお前の『普通』を守るために何年も政府側と戦ってきた!それなのにお前はまだそんなことを!!」
「いつ守ってくれと頼んだ!?俺は頼んでないぞ!?」
志郎も負けじと怒鳴った。話が飛躍しすぎるんだ。誰だってこんな話、信じれるわけないだろう!
「じゃあ、誰が楓ちゃんをこんな姿にしたんだ!?お前は勝手に守られた側かもしれんが、もしも楓ちゃんがいなかったらお前はどうなっていたかわからないんだぞ!?志郎!楓ちゃんを見ろよ!見てもう一度同じことを言ってみろ!」
栗林は楓を抱えた両手を志郎の方へ突出しながら叫んだ。
その両手に抱かれた楓は真っ青な顔をしており、肩がカタカタ震えているがもう意識が無いようだった。
あのいつも天然で強く美しい楓が、今では小さい人形のように見える。志郎は無意識にその傷つき苦しんでいる楓の頬に触れると、今までの楓との記憶が蘇ってきた。
いじめっ子から助けてくれる楓。宿題を手伝ってくれる楓。突然ふざけてシャイニングウィザードを食らわしてくる楓。晩御飯をお裾分けに来る楓。運動会の二人三脚で俺を引きずりながら1位になる楓。俺の記憶にはいつも楓の姿があった……。
「……ああ。楓にはいつも助けられてばかりだった……」
そんな楓が、俺の知らないところでも俺を助けてくれていたなんて……。
志郎は涙を拭うと、クリリンの右肩をポンと叩きそのまま保健室のドアへ向きを変えながら言った。
「時間が無いんだろ?行こうぜ」
◆
ここは応接室というよりは、取調室と言った方がしっくりくる。
片側の壁に大きな鏡があり、明らかに向こう側の部屋から、こちらを見ることが出来るマジックミラーだとわかった。
部屋の中央にはローテーブルに二人掛けソファーが置かれ、その対面には一人掛けソファーが2脚おかれていた。
二人掛けソファーには志郎が座り、一人掛けソファーの片側に太った男が座り煙草を吸っていた。
マジックミラーの反対側の部屋には、博士らしき人物が興味深々に二人の様子を観察していた。
「ようこそ。佐藤志郎君。私は剣淵という者だ。まさか君がここに訪れる事になろうとはね。歓迎する」
「歓迎されるような事はしちゃいません。それよりも、どうしても聞きたい事が二つあるのですが」
「わかっている。姫…花橘楓君のことだね?彼女は現在、集中治療室で絶対安静状態だ。だが、命に別状はないようだ」
「そうですか。それは良かった」
そう言うと、志郎は安堵の表情でテーブルに置かれたお茶をすすった。
「楓君ほどの逸材を簡単に失う訳にはいかないからな。現状で考えられる最新の技術で治療にあたっているので安心して欲しい」
「わかりました。それではもう一つ質問いいですか?」
「構わんよ」
「では……えーと、この組織、反政府同盟でしたか。この存在意義が理解できずにいます。もしも超能力者を解放するのであれば武力を使う必要もなく、ましてや超能力者同士を争わせる意味も無いはずです」
「確かに、マスコミを使って広く超能力者の存在と、政府が行ってきた反吐がでるような行いを全部ばら撒けば解決するように思うだろう。我々も最初はそう思っていた。しかし……実際はダメだったのだ。マスコミに報道規制が入り超能力について触れることは禁止となった」
「は?そんなばかな……日本には報道の自由があるはずです」
「わははは。すべては政府の青写真に沿った枠組みの中での自由にすぎない。お前さんは自由とは、精神的にも身体的にも拘束されない事だと思っているのか?もしそんな自由が許されるとしたら、自由の名のもとに好き勝手な事をするバカな輩が増え、日本という国がまともに機能しなくなるだろう。全てはルールあるいは法律を順守し、それらの範囲内で自由を認めているのだ。政府に反発することで自由が奪われることを考えれば、マスコミ各社は、政府に従いその枠組みの中で自由を得る方が良いと判断するだろう。特に今は世界が復興の途上だ。そのような時に自由を振りかざしては事態が収拾しないのだ」
政府側が言いたい事を、同盟側の人間が言うのもおかしな話だ、と志郎は思ったが、客観的に見てそうなんだろうと理解した。
だが──。
「──だとしても、他のやり方を考えるべきだ。結果的に超能力者同士の争いとなっては本末転倒です」
「わかっている。マスコミが超能力について報道しないのであれば、能力を使って世間を驚かせば嫌でもその情報は広まるはずだ。しかし、政府は超能力者を取り締まることでそれを阻止しようとした」
「それは俺も知っています。日本政府としては超能力を認めない姿勢を世界に見せるため、超能力者取締法を制定し大々的に超能力者に対するネガティブキャンペーンを展開した。たしか、超能力者と認定されたら極刑だとか」
「その通りだ──」
剣淵は煙草を灰皿に押し付けながら続けた。
「政府は超能力者たちが、自らを超能力者だと言えない環境を作ることで予防線を張ったのだ。我々の組織にも現役の政府関係者が多数いる。内調と敵対しているとは言え、立場上、公に超能力者に加担していると知られるわけにはいかなくなったのだよ。政府は諸外国および国内に超能力の研究はもちろん、そんなものの存在は認めず、もしもそれを発見した場合は厳しい対応を取ると明言したのだ。そしてそれは実行された。世間の目が届かないように無理やり別の容疑で引っ張り、後から超能力判定をするというやり方でな」
「そんな簡単に超能力者を探すことができるんですか?」
「できる。超能力者からは特徴的な波動が検知でき、ランクが高ければ高いほどその数値は増大する。内調は超能力者を長年調査研究してきたのだぞ?だが、もっと簡単な方法としては超能力者同士であれば検知が可能なのだ」
「超能力者が超能力者を狩る…ってことか…」
「政府は超能力者を道具だと思っている。そのため、超能力者狩りは休みなく行われ、完全に消耗戦へ移行したのだ。だが、我々は超能力者を世界に認めさせたいのだ。その為に政府側とこうして戦っているのだ」
「えーと…」
志郎は頭の中で状況を整理しながら口を開いた。
「つまり、反政府同盟は超能力者の解放を目的に、世間にその存在を認めさせるために何の遠慮もなく、政府を攻撃しているということですか?」
「違うな。政府は超能力者を人類の敵だと宣伝しているのだ。人類の存亡にかかわる敵──だからこそ、捕まると極刑が適用されるのだ。そのような中で、何も考えずに暴れたら世論は『やはり超能力者は危険だ』と判断するだろう。そうなっては意味が無いのだ。だから我々もよほどのことが無い限り無茶な攻撃はせず、戦う場合でも世間体を気にしながら行っているのだよ。それは政府側も同じだ」
情報操作と隠密行動を使い分けながら、超能力者の存在を否定するものと、肯定するものが見えないところで争っている。
そして被害者は常に超能力者だ。こんな不毛な戦いに何の意味があるのだろうか?
志郎は無言のまま考えた。
同盟が反発を止めれば、政府は同盟の超能力者狩りを止めるはずだ。そうすれば争いは起こらなくなるんじゃないのか?
──いや、それは超能力研究が始まった当初に戻るだけだ。日本国民が不当な検査を受け、強制的に施設に入れられ、人体実験を繰り返される。反政府同盟が動いている現状だからこそ、不当な2歳健診や超能力者研究がストップしているのだ。
剣淵は無言で考えにふける志郎を見ながら、二本目の煙草に火をつけた。
現状、例の事件以外、必要な事は全て志郎に話した。あとは彼がこの同盟側の考えに賛同してくれるかどうかだ。姫は反対するだろうが、しばらくは動けないはずだ。その隙に彼の能力調査を行えれば……。
マジックミラー越しにこの様子を見ていた豊富博士は、剣淵には言っていないが、佐藤志郎という少年の身体をモニタリングするために、ソファーに細工をして様々なセンサー類を組み込んでいた。
リアルタイムで送信される志郎の様々な数値データを記録しながら、早く検査したい衝動に駆られていた。もしも、ランクS相当の能力を開発することができたら……その道を極めようとする科学者であれば、ランクSを開発するということは夢のような出来事なのだ。現在リアルタイムで取得している数値データも、今後行うであろう検査のデフォルト値を設定する上で必要なものであり、この研究・調査には全身全霊で取り組むための第一歩なのだ。だが、博士にとってそれは苦でも何でもなく、研究に打ち込むことこそが自分の希望であり人生であり野望なのだ。
博士は何気なくデスク上の7インチタブレットに目を向けると、緊急メッセージが来ていることに気付いた。この大事な時になんだろうと思いながらメッセージを確認すると、『15時より内閣総理大臣の緊急会見がある』と書いてあった。
15時といえば──博士はマジックミラーの上部の壁に掛けられた丸いアナログ時計を確認すると、壁掛け式の32インチTVのスイッチを入れる。
するとちょうど会見が行われるところだった。
テレビに映し出された内閣総理大臣は日本と国連の旗をバックにした檀上に立ち、神妙な面持ちで話し始めた。
『先ずはじめに、我が国は今後も国連の旗手として、国際平和のために尽力する所存であることを改めてここに宣言します。さて、我が国では超能力規制法にて厳しくその存在を規制しておりましたが、誠に遺憾でございますが本日この場で、超能力者による反政府組織の存在と、これを断固たる態度で処分しようと動いていることをここに報告します』
「な、な、なんですとー!!!」
豊富博士は驚きのあまり眼鏡がずれ落ちながら大声で叫んでいた。そしてすぐに手元のマイクをONにした。
「剣淵さん!一大事です!現在、内閣総理大臣が会見で超能力者の存在を認める発言をしています!すぐに確認して下さい!」
「なに!?」
剣淵は驚いて煙草を落としそうになりながらも、すぐにタブレットを取り出したが、うまく画面が反応しないのか数回に渡って画面をタップし、やっと会見の中継画面を表示した。
「佐藤志郎君。君も一緒に見るがいい」
そう言うと、剣淵はテーブル上の置台にタブレットをセットしボリュームを大きくした。
『──この反政府組織は人体実験を繰り返し、遂に超能力者を作り出すことに成功、これをもって政府にテロ攻撃を行っております。我が国としてはこれを見逃すことは断固として出来ません。もしも他国に超能力者が流出した場合、世界規模での災厄となる危険があります。国連の旗手たる我が国が、そのような状況に手をこまねいてただ見ていることは出来ないのであります。何が何でも日本国内で解決する必要があるのです』
総理は檀上で右手を強く握り、その決意に揺るぎが無い事をアピールしていた。
マスコミのカメラのフラッシュが洪水のように溢れ、画面を通じてでも眩しさが伝わってきた。剣淵と志郎、そして博士は会見の様子を食い入るように見ていた。
総理は周囲を見渡し、一呼吸置くと更に話を続けた。
『そこで、我が国の重要拠点の確保と国民の安全を守るため、首都圏に非常事態宣言を発令する予定です。また、超能力者に対抗するため、我が国としても超能力者の配置に向け現在準備中であります。首都圏の皆様は、非常事態宣言が発令されましたら外出せず、自宅にて発令が解除されるのを待って下さい』
「これって、かなりヤバいんじゃないですか?」
志郎は剣淵に話しかけるが、呆然とした表情で画面を見ているだけで反応が無かった。
ふと剣淵の右手をみると、煙草がフィルターの手前まで灰になり、ポトリとテーブル上に落下した。煙草の火はもうほとんど剣淵の指に接触しているように見える。
「……それ、熱くないんですか?」
「ん!?…うわっちっ!!!」
剣淵は奇声を上げながら持っていた煙草を放り出すと、急いで床から拾い上げ灰皿に火をこすり付け、赤くなった右手の人差し指と中指にフーフーと息を吹きかける。
なんだ、やっぱり熱かったんだ、と呑気に考えながら志郎はタブレットに視線を戻した。
剣淵も指をフーフーしながら画面を見る。
『発令後に外出している人は超能力者と判断し、拘束する可能性がありますので、絶対に外出はしないよう繰り返しお願いいたします。また、超能力者と戦闘に入った場合、不測の事態に発展する可能性がございます。そのため、地域によりましては避難指示を行いますので別途指示に従って下さい。尚、今後の自衛隊を含めた国の動き、およびこの案件に関連した情報は全て機密事項となります。よって報道規制および通信規制がかかりますのでご了承ください。尚、この場合の通信規制とは、携帯電話による音声通信およびPCやタブレット等によるパケット通信やそれ以外の全ての無線通信も規制対象となりますのでご注意ください。非常事態宣言を発令した場合、これをマスコミを通じて国民の皆様へお知らせする予定です。国連加盟国には別途文章にて詳しくご説明をするとともに、各国へ駐留する大使館へ対応の依頼をする予定です』
総理は一気にそこまで話すと、TVカメラ目線で最後の言葉を続けた。
『国家転覆ひいては世界の脅威となり得る超能力者を、我が国は毅然とした態度でこれに臨み徹底抗戦する決意であります。国民の皆様および諸外国の皆様にはこの決意を知っていただくとともに、多大なるご協力をお願いしてこの会見を終えたいと思います。皆様よろしくおねがいいたします。尚、本件についてのご質問は受け付けませんのでご了承願います』
そう言うと、総理は檀上で深く一礼し国旗および国連の旗にも一礼すると、側近に囲まれながらその場を後にした。
「総理め……やりおったわ。なりふり構わないということか。まさかとは思っていたが……」
剣淵は唇を震わせながら独り言のようにつぶやいた。
「つまり…どういうことですか?」
志郎が聞き返すと、剣淵はその眼を見て答えた。
「日本は内戦を決意した、という事だ。つまりこれから戦争が始まるのだ!」
そう言うと、剣淵は勢いよく立ち上がり、巨体を揺らしながら部屋を出て行った。
一人となった志郎はつぶやく。
「で、俺はどうすれば?」
肝心のことを聞き忘れたことに気づきソファーに不貞寝したが、ふと先ほどの総理の話を思い出してみる。
たしか、『超能力者に対抗するために、我が国としても超能力者の配置に向け現在準備中……』とか言っていたはずだ。
これって、つまり、政府側にも超能力者がいる事を公で発表したことでは無いのか?
超能力者は反政府同盟が人体実験で生み出したと説明していたはずなのに、実は政府にもいるとか微妙な会見だったな……。でも、この会見の本質は政府が超能力者の存在を公の場で認め、超能力者の対応に諸外国を介入させず、国内だけで決着しようとしている事なのだろう。
政府としては、もう超能力者の存在を隠しきれないのであれば、白日の下に晒して徹底抗戦した方が楽に決着できると考えたのかもしれない。どちらにしても、これで超能力者同士の全面戦争に自衛隊もかかわるという、前代未聞の戦いが行われることが決定したのだ。
志郎はつい今日の昼までは普通に生活していた一般人だったのに、今では総理大臣の重大会見の当事者達と一緒にいる事を不思議に感じていた。
本当に今日は色々な事がありすぎた。自分の常識の範囲をあまりにも逸脱していることばかりだ。
──志郎は知らぬ間に深い眠りについていた。