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真相~決着

■真相~決着

 

 時は今から18年前───日本はランクSとなる3兄弟(コードネーム049、090、113)を作り出すことに成功した。

 だが、科学者たちはそれだけでは飽き足らず、更なる高ランクの超能力者を作り出すべく開発に取り組んだ。

 その開発とは、一番上の姉である049に子供を産ませ、その子供に対して能力促進剤を投与する実験だった。

 科学者たちは、049自身が能力促進剤で覚醒しランクSとなったため、その子供も、能力促進剤が有効に働くと考えたのだ。

 当時、まだ何も知らない純粋無垢な少女だった049は、大量に能力促進剤を投与した、誰とも知れない超能力者の精子を人工授精させられた。

 そうして生まれたのが志郎なのだ。

 妊娠中も様々な検査を強要された049は志郎を早産し、それ以降、子供が産めない体となってしまった。

 049はたった一人の子である志郎を可愛がったが、049に対しても、そして志郎に対しても執拗なまでに検査を繰り返す科学者達。

 これら研究が国家ぐるみで秘密裡に行われていた。

 

 そのような生活が3年も続いた。

 科学者たちの049に対する非人道的な調査は続き、その体は自らまともに動かすことも出来ないような状態となっていた。

 いつしか、049は志郎の存在そのものが自分の生きる希望と考えるようになった。

 そんなある日。

 ランクSの3名が会議室に揃って呼び出された。

 そこで、世界の運命を変えた命令を聞く事になる。

 それこそが、後の『神の鉄槌』を引き起こすきっかけとなる計画だった。

 『神の鉄槌』は日本の陰謀だと世界各国から疑われ、その都度、無実であることを公言し、責任を逃れ続けてきた日本であったが、実際はやはり日本が原因であったのだ。

 

 だが、さすがに保守的な考えの日本が、世界を滅亡に追い込むような大量虐殺を指示するようなことはなかった。

 当初は、世界各地で超能力による気象変化の実験を考えていたに過ぎなかった。

 ランクSと言っても、たかが3人ほどの力で何が出来ると言うのか───その頃の日本は、まだ超能力者の本当の恐ろしさを正確に認識していなかったのだ。

 

 内調はこの計画を実行するにあたり、ランクSの超能力者に更に『能力ブースト』と呼ばれる、一時的に能力が飛躍的に向上する新薬を独断で投与した。

 この新薬が実用化されれば、超能力開発も更に加速するはずだと、ほとんどまともな調査実験を行われずに人体実験に踏み切ったのだ。

 その結果、超能力者達は暴走・制御不能状態となり、3日間に渡って世界中の人々を虐殺して回ったのだ。

 これこそが『神の鉄槌』である。

 力尽きたランクSの3名も『能力ブースト』の副作用で瀕死状態となった。

 

 日本はこの意図しない『神の鉄槌』という事態を隠ぺいするために、様々な手段を講じる事になるのだが、ランクSの3名の扱いについてどうするべきかは結論が出ず、地下深く封印された状態で長く『現状維持』が続いた。

 その間、049と113は見た目は完全に「植物状態」となっていたが、テレパシーにより兄妹たちと正常に会話することが出来た。113は後に若干体を動かしたり、単純な発声が出来るまでに回復。090は肉体の60%以上を人造化することで健常者と同様にまで回復した。

 

 2年後──。

 カプセル内で生かされているだけの状態であった049は、ある事故に直面する。

 それこそが楓による志郎の事故であった。

 志郎が入っていたカプセルとは接続された端末は違うが、サーバは同一であったため、事故発生時のオーバーロードで049にその情報が伝達されたのだ。

 049は我が子を救うため、志郎が接続されている端末に精神レベルで遡ると、その近くにいた花橘楓の存在に気が付いた。

 志郎はすでに脳に深刻なダメージを負っているのは明らかだ。

 今後、この子を守るには肉体が必要だ。

 そこで近くにいた花橘楓に自分の能力の全てを譲り渡そうと考えた。

 しかし、この少女は自分の感情を制御できずにこのような事故を起こしていた。

 このまま能力を譲ってしまうと、能力を制御できずに必ず大きな災いを引き起こすだろう。

 049は少女の志郎に対する気持ちを確認すると、もう一つ、能力を与えるための条件を提示した。

 それが、今後一切の感情を捨てる事だった。

 少女はその条件も受け入れたため、049は自分が持つ全ての能力を少女へ移管した。

 その瞬間、少女はそれ以前の記憶を失う事になったが、それと引き換えにランクSの能力を授かったのだ。

 能力を全て少女へ移管した049は脳死状態となり、遂に正式に死亡宣告された───。

 

 

 「──私はこんな日本を認める訳にはいかなかった」

 

 倉本は左手を固く握りしめると、その拳を見ながら話を続けた。

 

 私は自分の能力を最大限に利用して内閣情報官に就任すると、自分達と同じような悲劇を繰り返さないために、高ランカーを作るのではなく、超能力の科学的解明を目指した。これは超能力者を暴走させず、一般人と共存するために必要な研究だった。だが、超能力者たちはこの研究そのものが人権侵害だと訴え、遂には反政府同盟なる組織が結成されるまでになった。

 だが、研究は倫理的な問題が多大に影響するクローンに及んだ。日本を含め、ほとんどの国はヒトのクローンを禁止していた。

 そこで、独裁国家で社会主義である朝鮮共和国でその研究を行う事にした。

 

 「──つまり、これら研究は断じて、将来の超能力者の未来のために行ってきた事なのだ!」

 

 力強く断言すると、倉本は周囲を見渡し一呼吸置いた。

 

 だが、一般人には理解されなかった。

 一日戦争後、世界は日本の超能力者を恐れた。

 そして、世界は超能力者を規制する国際ルールの制定を急いだ。

 奇しくも、反政府同盟が超能力者の人権を尊重する戦いと称した一日戦争が、結果的には人権を無視した国際ルールという枠組みを作る要因となったのだ。

 しかし、ルールそのもので超能力者を縛る事は困難であるため、国際ルールの制定にはいくつものハードルを越える必要があり、現状ではまだ制定に至っていない。

 

 「──私はこのような利己的な人間共につくづく嫌気がさした。超能力者である私は、人間として人間の枠組みの中で変革を目指してきたが、国連を筆頭に結果的にはそれぞれの国は、自国の利益しか考えていない世界なのだ。核兵器を持っていない国は核兵器に反対し、超能力を持っていない国は超能力に反対する。逆の立場の国は逆の態度を取るだろう。これでは話が全く先に進まず、根本的な解決にもならないのだ」

 

 倉本の話しを直接聞くために、いつしかパーキングエリアで隠れていた花子達がその姿を現し、倉本の周囲に集まってきた。

 ──ここにいる超能力者達は知りたいのだ。

 自分達の過去を。

 知りたいのだ。自分達の未来を──。

 小型ジェット機をバックに、現地はちょっとした倉本の演説会場と化していた。

 

 「そこで私は考えた。世界が超能力者を否定するのなら、超能力者が世界を統治した上で、この世界のあり方を考えれば良いのではなかろうかと。私が世界統一を目指した動機はそこにあったのだ」

 

 倉本の発言に意見を出来る者はいなかった。

 それはこれを聞くものが全員超能力者という、同じ立場であるためだった。

 倉本の行いはその立場から見ると正義だ。だが、別の立場で見れは悪にもなる。

 

 『やり方がスマートじゃないんだよ。そんなやり方じゃあ一般人には到底受け入れられない。そして、この世の中は、一般人が作り上げた一般人による世界なんだ』

 

 突然、横槍を入れる声がする。

 

 「榊原か……?」

 

 倉本がつぶやいた。

 榊原は『ご名答!』と答えると、更に続けた。

 

 『倉本さんよ……あんたはいろいろと自分を正当化するためにゴタクを並べたけど、結局は自分のことしか考えていないんだよ。ぶっちゃけて言えば、自分がされてきたことを根に持って日本を道連れに心中を図ろうとしているっていう事だ』

 「な、なんだと……!?」

 『あんた達兄妹がされた非人道的な研究には同情する。だが、少なからずこの通信を聞く者はそのような経験を持つ者達だ。そして折角、平和的な解決方法で超能力者の人権を獲得しようとしていた矢先に、暴力的な解決方法で戦争を始めるとは、ほとほと呆れかえるってもんさ。そんな事では世間から超能力者を認めてもらえなくなるんだよ』

 

 この榊原の発言に、ギリギリと歯を食いしばる倉本。

 

 「榊原。認めてもらうんじゃない。認めさせようっていうのだ!世界の意思統一は現状の既存システムでは無理だ。だったら、その世界を超能力者が統一することで意思決定が単純化され、世界の進むべき方向性が決め易くなる……そこに何の問題があるというのだ?」

 『あんたのやり方は超能力者だけの世界を作る、というのであればそこに行き着くのも頷ける。だが、我々は今まで世間とは隔離された世界で生きてきた生活不適合者の集まりだ。実際は一般人の協力無くしては我々は生きていく事も出来ないのだ』

 「ふふふ……」

 

 倉本は不敵に笑う。

 

 「……だから一般人の言いなりになれというのか?」

 『言いなりになれとは言ってない。協力し合うべきと言ったんだ』

 「結果的には同じことだ」

 

 二人の意見は並行線の様相を呈していた。

 

 『だが、あんたは超能力者を戦争の道具として使った』

 「当然だろ?超能力者の能力を世間に示すには一番効果的な方法だ」

 『それでは一般人は超能力者を認めない』

 

 結局この話し合いは堂々巡りとなっていた。

 

 「……話は尽きたな」

 『そのようだな』

 

 倉本は楓に目を向けると口を開いた。

 

 「それでは花橘楓。我々はもう行かなければならない。一緒にくるのだ」

 「断る」

 「ふっ……相変わらず即答か。お前は我らが姉の意思を受け継ぐもの。我ら兄弟はこの日本……いや、世界を正す使命があるのだ」

 

 楓は穏やかな表情になる。

 目を閉じ、風を頬に受ける。

 黒髪が揺れ、自分の鼓動を感じ取る。

 

 「わたしは全てを思い出した。事故の前の事も………そして、ずっと前からシロのことが好きだったことも!」

 

 そう言うと楓はゆっくりと目を開ける。

 すると大きな瞳からは大粒の涙があふれ出す。

 

 「シロが事故に遭ったのはわたしのせい。049が亡くなったのもわたしのせい。そのことはどんなことをしても償う事は出来ないかもしれない。でも、わたしはシロを好きという気持ちは誰にも負けないし、だからこそ049はわたしにその能力を預けてくれたんだと思う……」

 

 無表情、無感情だった楓が、遂に今、その感情を取り戻すと、その口から発せられる朗々とした言葉には、楓の感情がありありと込められたものであった。

 頬を伝う涙を拭いもせず、楓は言葉を続ける。

 

 「そして、一般人のシロと超能力者のわたしが一緒に豊かな暮らしが出来る世界……それが、わたしが望む未来であり、それこそが049がわたしに託した未来……」

 

 倉本は楓を見て、その異変を感じていた。

 

 「花橘の顔は穏やかな表情のままだが、精神を集中した時に近いオーラを感じる……だが、どこか温かみがある……これは、何だ!?」

 

 楓は目を伏せ、再び顔を上げた時には、その瞳からは涙は消えていた。

 

 「──その未来のためにわたしはこの能力を使う。倉本、わたしはもうあなたの言いなりにはならない!」

 

 倉本を見つめるその瞳には一点の曇りも無く、確固たる強い意志があった。

 

 「よく言ったわ!花橘楓!あたし達は邪魔になるからここから逃げるよ!行こう兄貴!」

 

 さゆりはそう言うと、真一と共にパーキングエリアまで後退する。

 これではっとした花子も急いで後退命令を出す。

 

 「ほう……この私にたて突くと言うのか?」

 

 ちっ!全てを語ったのは逆効果だったか……。

 舌打ちをしながら、倉本も戦闘態勢へと移行する。

 

 「果たして私と113、二人のランクSを同時に相手にすることが出来るかな?」

 

 そう言うと倉本は高くジャンプする。

 同時に楓の後ろにいた113が衝撃波を撃ちこんできた。

 だが、楓はそれには一切見向きもせず、倉本にレーザーガンを発射する。

 113の衝撃波は楓に命中する直前でスーッと消失した。

 倉本は楓が防御壁を展開する動作をすると考えていたため、完全に虚を突かれた形になり、ギリギリで防御壁を展開したが、レーザーの威力を吸収できずに小型飛行機に激突しそのまま地上に落下した。

 さすがに落下の時は体勢を立て直して足から着地した倉本だったが、その表情は驚きから怒りに変わっていた。

 

 「防御動作もせず、精神集中もせずにランクSである113の衝撃波を完全吸収しただと……!?」

 「でも、さすがに攻撃には超能力は使えなかった」

 

 楓が涼しい表情で答える。

 軽く舌打ちをすると、再び戦闘態勢を取る倉本。

 そこへ楓が口を開く。

 

 「あなたは若くしてこの社会に一人の人間として入った。その結果、内調のトップ……いや日本のトップにまで登り詰めた」

 「ああ、その通りだ。私はこの人間社会を変えるために人間としてトップを目指したのだ」

 「つまり、あなたはもう十年以上、超能力者としてその能力を使っていなかった」

 「何!?」

 

 楓は尚もはっきりとした口調で倉本にしゃべりかける。

 

 「残念ですが、あなたの能力はもうランクSでは無く、もしかするとランクAにも満たないでしょう」

 「!!!」

 「今の一連のあなたの動きを見て、わたしは確信しました。あなたはわたしには勝てない」

 

 倉本は鬼のような形相だった。

 

 「花橘……お前は超能力は使っていないと衰えると言いたいのだな!?」

 

 楓は軽く頷いた。

 その表情は強者が弱者を憐れむような顔をしているように見えた。

 それがより一層、倉本の怒りに火をつけた。

 

 「ならば見せてやろう!本当のランクSの力というやつを!!」

 

 倉本は目を閉じると、全神経を集中する。

 すべての気を一点に集約して花橘楓にぶつけるのだ。

 楓はそれをあえて黙って見ていた。

 倉本は目をカッと見開くと、両手を前方に勢いよく突き出した。

 

 「これが俺の全力だ!」

 

 限界まで圧縮された空気は摩擦で高温となり、それが巨大な火の玉となって楓を襲う───はずだった。

 だが、楓の姿はそこには無く、いつの間にか直線上にいた113の後ろに移動していた。

 炎の塊はそのまま113目がけて進むと、その目前で激しく砕け散った。

 灼熱の熱風は爆散し、アスファルトが捲れ上がり地面には3メートルほどの穴が空いた。

 見ると、113は車椅子の上で右手を軽く上げていた。

 その陰から楓は倉本の方を覗き込む。

 

 「あー……あー……」

 

 113が言葉(?)を発する。

 感情を取り戻した楓には113のテレパシーは届かなくなっており、その発した言葉の意味はわからなかったが、唯一、理解できた者がいた。

 倉本は震える両手を呆然と見つめていた。

 

 「ば……ばかな……!お前までこの私が衰えたと言うのか!?」

 

 再び精神集中を開始する倉本。

 

 「俺は認めん……認めんぞ……!」

 

 両手を勢いよく突き出した倉本の両手から空気の塊が飛んでいくと、113の目前でふわりと四散し、風だけが通り抜けていく。

 超能力に必要な精神集中が全く出来ておらず、本来持っている力を引き出すことが出来ていないのは明らかだった。

 楓は113の陰から出てくると113にしゃべりかけた。

 

 「あなたがこれ以上この問題に関わらないと約束するのなら、わたしもあなたに危害を加えない事を約束するけど、どうする?」

 「あー……うー……」

 

 やはり何を言ってるのかわからなかったが、113が両手を膝の上に降ろし目を伏せたのを見て、楓は自分の意見に同意したと判断した。

 

 「そ。わかった」

 

 そう言うと、楓は超能力で車椅子ごと113を花子達がいるパーキングエリアへ運んだ。

 

 「ちょ!何でこっちに運ぶのよ!おっさん!ちゃんとじっとしててよ!?」

 「あうー……」

 

 さゆりは自分の隣りにやってきた車椅子に座る113に毒を吐く。

 無事にパーキングエリアに運び終わると、楓は倉本に向き直り腕を組みながら口を開いた。

 

 「自らの力を過信する愚かな独裁者よ───」

 

 楓のその声は凛として周囲に響き渡る。

 

 「──選ぶがいい。降伏か……それとも死か」

 

 艶やかな黒髪が光を反射して輝いている。

 ボディラインがはっきりわかる黒い特殊ボディスーツ姿で、相手を憐れむように佇む楓はあまりにも美しく、恐ろしかった。

 

 倉本は恐怖を押し殺して、三たび精神を集中する。

 多分、これが最後の攻撃になる──倉本は直感的にそう感じていた。

 だからこそ、自分が持っている全てをあの女にぶつけ、人類史上最高のランクSであることを証明しなければならないのだ!

 先ほどとは違い、倉本は集中出来ており、明らかに場の空気が変わった。

 だが楓は全く動く素振りもしない。

 倉本は全神経を集中し、今自分が持っている全てを両手に込めて前方に突き出した。

 強烈な爆発音と共に、巨大な炎が発射される。

 周囲は爆風が渦巻き、灼熱の炎が暴れる。

 

 だが、次の瞬間、全ての音が無くなると、炎が一斉に消滅した。

 倉本の能力は発動と同時に消滅したのだ。

 ふと楓を見ると、軽く前に出した右手をゆっくり降ろしていた。

 

 「ま、まさか……」

 

 倉本は膝からアスファルトの地面に崩れ落ちた。

 

 「俺の渾身の一撃を……発射と同時に相殺したのか……?」

 

 倉本はその場にうつ伏せで倒れ込んだ。

 ほとんどの力を使った攻撃だった。それを、右手1本で簡単に阻止された……。

 

 「こ、これが昔ランクSと騒がれた男の末路……か?」

 

 倉本は自分と楓の間には途方もない力の差がある事を痛感し、これ以上直接対決をするのは無意味と悟った。

 

 「第3特殊部隊に通達。倉本および113を確保、拘束せよ。戦いは終わった」

 

 楓が全軍に通達する。

 これを受けて花子が部下と連れてパーキングエリアから飛び出してくる。

 113は野良メンバーが確保した。

 その時、さゆりから通信が入った。

 

 「今、主賓が無事に目を覚ました。繰り返す。主賓は無事よ!」

 

 そう言いながら、主賓に肩を貸したさゆりがパーキングエリアから姿を現した。

 その後ろから、真一が月光院尊人と共に現れた。

 

 「シロ!!」

 

 楓が志郎の元に駆け出す。

 もちろん、超能力は使わずに自分の足で走った。その表情は輝くような笑顔が溢れていた。

 志郎は初めて見る楓の笑顔があまりにも美しく、少し照れたように右手を上げた。

 

 倉本は倒れながら薄目を開けてその様子を見ていた。

 そしてテレパシーで113に話しかける。

 

 『我が弟よ──これから主賓に最後の攻撃を仕掛ける。これが最後のチャンスだ。主賓を殺すと感情を取り戻した花橘がどうなるか……今こそ、二人の力を結集して主賓を倒すのだ』

 『わかった。我ら兄弟の長い戦いはこれで終わるが、花橘がその意思を受け継ぐか……それもよかろう』

 

 二人はテレパシーで会話をすると、二人とも目を閉じお互いの意識をシンクロさせる。

 倉本は自力で動けないほど弱っており、113も超能力者用の拘束具で能力を発揮できない状態だったが、二人の力を結集して、落ちていた僅か5ミリほどの小さな石ころを持ち上げた。

 そして、113が目を開けた瞬間、倉本も能力を解放して小さな石を高速で志郎に向って飛ばした。

 

 「!!!」

 

 その場にいた超能力者は全員が超能力を察知した。

 肩を貸していたさゆりも勿論、それを察知し防御壁を展開したが、目覚めたばかりの志郎の体の負担を考えてしまい、一瞬、躊躇してしまった。

 そこに目にも留まらぬ超高速で飛来した石ころが志郎の腹部に命中すると、そのまま背中を貫通した。

 抜けた石は後方にいた真一の防御壁に激突すると四散した。

 肩を貸していたさゆりは、志郎から力が抜けるのを感じた。

 

 「志郎!?」

 

 一瞬のことで何が起こったのか理解できないさゆり。

 だが、志郎はがくりと膝を落とす。

 それをさゆりが抱き留めてゆっくりとその場に座らせる。

 支えた手が生暖かくぬるりとした感触があり、ふとその手を見てみると、真っ赤な血が手のひらにべっとりと付いていた。

 

 「いやぁああああ!」

 

 さゆりが泣きながら絶叫する。

 月光院尊人は真一に支えられながらも、冷静に全軍に指令を出す。

 

 「倉本と113の拘束レベルを最大に!」

 『了解』

 

 超能力者用の頭につける拘束具は精神集中を妨げる特殊装置で、このレベルを最大にすると、脳細胞が破壊される危険があった。

 だが、ランクSの二人を拘束するのだ。生半可な拘束ではこちらが全滅する可能性がある。

 

 「シ……シロ……?」

 

 楓が声を震わせながら近寄る。

 そこへ花子もやってきて楓と志郎の間に割って入り、志郎の状態を確認する。

 すでにアスファルトは血だまりが出来ており、志郎はかなり失血していた。

 花子はすぐに超能力で止血を試みると、志郎がその影響で苦しみだす。

 

 「お兄様。現在超能力で止血をしていますが、主賓がかなり苦しんでいます。この弱った体に超能力を使うと命の危険もあります」

 

 極めて冷静に報告する花子だったが、対処に困っている様子だった。

 

 「すぐに私の専用機を呼んで下さい。主賓を病院へ搬送します。花子はそのまま止血を」

 「でも、お兄様……!」

 「このまま放置してはすぐに失血死するでしょう。なので生存の可能性が高い手段をとります」

 「わかりました」

 

 そう言うと花子は超能力を最小限の影響範囲に絞りつつ止血する作業に入った。

 

 「あたしのせいよ………あたしが……あたしがちゃんと防御壁を展開しておけば……こんな事には……!」

 「よせ!さゆり!」

 

 泣き崩れるさゆりに真一が声をかける。

 

 「誰のせいでもない。あえて言うのであれば、このような事態を想定出来なかった全員のせいだ」

 「ううぅ……だって……兄貴……!」

 

 さゆりは志郎の左手を両手で握ると、祈るように目を閉じながら「死なないで……死なないで……志郎……」と繰り返しつぶやいた。

 そこへ1機のヘリコプターがやって来ると、降下用ロープが落とされ、続いて一人のスーツ姿の男が降下してきた。

 スーツを着てそんなことをするのは一人しかいないだろう。

 

 「榊原さん!そのヘリで主賓は運べませんか!?」

 

 月光院尊人が通信で声をかける。

 榊原は着地すると、すぐに降下器具を外してこちらに向って走ってくる。

 

 「ダメだ。あのヘリは小さすぎて運べない」

 

 榊原は走りながら答えると主賓の元にやってきて容態を確認する。

 花子は超能力で止血しながら、バックパックから救急キットを取り出し、志郎の腹部を包帯でぐるぐる巻きにしてから、バイタルチェックを行っている。

 志郎は失血のため顔面蒼白で、呼吸もかなり浅かった。

 

 「これは……マズイな……。月光院、お前の専用機はどうなった?」

 「到着まであと5分」

 

 榊原は志郎を見たあと、楓の様子を確認する。

 楓は虚ろな表情で涙を流し、志郎から少し離れた所で呆然と立ち尽くしていた。

 榊原はさゆりの元に行くと、肩を掴んで小声で言った。

 

 「泣いている場合じゃない。花橘を落ち着かせるんだ。彼女は感情を取り戻した今、主賓にもしものことがあったら、最悪、能力を暴走させる可能性がある」

 

 さゆりはハッとして楓を見る。

 楓は震えながら立ち尽くしていた。

 さゆり自身も他人を構っていられるほどの精神状態ではないが、楓が暴走した時の事を考えるとそうも言っていられない。

 さゆりは涙を拭いて榊原に頷くと、ゆっくりと立ち上がる。

 榊原は次に倉本と113が拘束されている所へ行き、状況を確認してから自らが乗ってきたヘリに二人を乗せると、尊人の元に戻ってくる。

 

 「あの二人は腐ってもランクSだ。このまま放置しては危険すぎるから、内調地下の超能力研究所に監禁する。その為には私も行かなければならない。この現場はお前に任せる」

 「承知しました」

 

 榊原は「頼んだぞ」と言うとヘリに乗り込み飛び立って行った。

 それと入れ替わりに尊人専用機が遠くに見えてきた。

 

 「よし、搬送用意!」

 「お兄様!主賓の血圧低下!危険な状態です!………あっ!……」

 「花子!どうしました?」

 「呼吸停止!……心停止!!───気道確保!胸骨圧迫に入ります!AED準備!」

 「手が空いている人は花子のサポートとオスプレイの誘導を!」

 

 慌ただしい状況の中、楓だけは別の場所にいるような感覚だった。

 それは、子供のころの白い部屋……。

 部屋中に響き渡るアラート音と大人たちの怒号。

 そう、あの時もわたしは何も出来ずに佇んでいた。

 でも光の中から一人の女性現れてシロを助けてくれた……。

 

 キュイィーン……。

 

 AEDの甲高い作動音が響く。

 

 「ダメ!心臓が動き出さない!」

 

 花子の悲痛な叫び声が聞こえる。

 この声で現実世界に呼び戻される楓。

 

 「うそ……うそ……あの時と違う………シロが……このままでは……シロが……死ぬ……」

 

 楓は呟きながら、よろよろと後ろに下がると、突然、楓の周囲の色が無くなった。

 完全なる白黒の世界。

 それは退廃的<デカダン>とも言える光景であり、楓を中心に徐々に広がって行った。

 

 「全員防御壁を展開!花橘が暴走を───!!!」

 

 楓は涙を流し、黒髪を逆立てながら自分のパワーを解放していた。

 取り戻した感情を制御できず、暴走状態へと移行していく。

 白黒の世界は徐々に拡大して行き、成田空港の半分がその中に取り込まれていた。

 

 「防御壁が──!このままでは、防御壁が破られます!」

 

 花子が叫ぶが、この圧倒的なパワーの前ではどうすることも出来なかった。

 さゆり以外の全員が志郎の元に集まり、全力で防御壁を展開するが、もはやジリ貧であった。

 楓の傍らにいたさゆりは、防御壁を展開しながら楓に決死の覚悟で近づくと、その両肩を握って叫んだ。

 

 「花橘!落ち着いて!!」

 

 さゆりの言葉は楓には全く届いておらず、その目は虚ろで目の前にいるさゆりも見えていないようだった。

 だが、さゆりは尚も言葉を続けた。

 

 「こんなことをして何になるの!?すぐにやめなさいよ!そして……そして、志郎を助けて!!」

 「シ……シロを……助ける……?」

 

 楓に反応があった。だが、そのパワーは衰えておらず、防御壁が徐々に崩れ去っていく。

 さゆりはここぞとばかりに掴んだ肩を揺らしながら叫んだ。

 

 「そうよ!!あんたにはこんなにも強大な、049から受け継いだ力があるじゃない!」

 

 さゆりは涙を流しながら懇願する。

 

 「お願い!お願いだから、志郎を助けて!!」

 「あなた……どうして……」

 

 この時、楓のパワーが若干衰えたが、さゆりは必死だったためそれには気付いていなかった。

 

 「そう……あんたと同じ……あたしも志郎の事が好きなの!……だから、だからお願い!志郎を助けて!」

 

 ピキッ。

 楓を中心に白黒の世界に一筋の亀裂が入った。

 

 「……すき……好き……?……好き………好き………好き!!」

 

 楓は何度も呟きながら自分の理性を取り戻していく。

 ピキピキピキッ!

 白黒の世界に無数の亀裂が入る。

 

 「そう……好き……わたしもシロが好き……!」

 

 楓は目を閉じ何度もつぶやいた。

 

 「好 き !」

 

 白黒の世界は一気に砕け散ると、キラキラと光りながら四散し、世界は元の色を取り戻して行く。

 眩しい太陽の下、そこには凛とした表情で立つ楓の姿があった。

 

 「あの時、わたしは立ち尽くす事しかできなかった………だけど、今度はわたしがシロを助ける!だって……」

 

 そう言うと、座り込んでいるさゆりに視線を移す。

 

 「……わたしはあなたに負けないくらい、もっともっとシロの事が好きだから!」

 

 楓はニコリと微笑むと、精神集中をしながら志郎の傍に歩いて行く。

 その後ろ姿を見てさゆりが両手を胸の前で組み、祈りを込めてつぶやく。

 

 「花橘……今はあんたを信じる」

 

 楓は志郎の傍らでしゃがむと、志郎の腹部の傷に自らの右手を置き、左手を自分の左胸に置く。

 全身全霊をかけて精神集中した楓のオーラは志郎を包み込む。

 傷口にかざされた右手が白く光り出し、徐々に傷口を癒していく。

 腹から内臓、背中へと貫通した傷が修復されて行く様は、これこそが神の力だと、この場にいる誰もが感じていた。

 月光院尊人はその奇跡の光景を目の当たりにして、やっと一言だけ話すことが出来た。

 

 「創傷治癒<ワウンドヒーリング>か……!?」

 

 これまでの超能力者では誰も到達出来なかった究極の能力であった。

 さゆりも楓の後ろから志郎の様子を伺う。

 やがて、志郎の心臓が動きだし、自発呼吸が行われるまで回復した。

 そこへ、着陸したオスプレイから救急隊が降りてきて、志郎に輸血を開始した。

 真っ白だった志郎の顔色が、少しずつ赤らんできた。

 楓から発せられるオーラは暖かく、志郎の超能力症候群の症状は見られなかった。

 額には汗が滲み、自分の持てる力を志郎に注ぎ込む楓。

 救急隊員の一人が志郎のバイタルをチェックし、楓に声をかけた。

 

 「もう大丈夫です。彼は助かりましたよ」

 

 その言葉を聞いて、楓はゆっくりと志郎から手を離す。

 

 「やったーーーー!!!」

 

 さゆりは叫びながら後ろから楓に抱きつくと、満面の笑顔で楓を労う。

 楓も「本当に良かった」と答え、脱力するとニコリと笑う。

 

 「花橘楓。本当にお疲れ様でした………では、救急隊員の皆さん、主賓を運んで下さい」

 

 尊人の指示で、救急隊員が動く。

 志郎はストレッチャーに乗せられ、そのまま尊人専用機で病院に運ばれた。

 また、別途、自衛隊に要請して大型輸送ヘリコプター『CH-47J チヌーク』を呼び、超能力部隊が帰途につく。

 その誰もが疲弊しており、全員が研究所に入院することとなった。

 

 ここに倉本の野望は打ち砕かれ、世界は超能力者によって救われた。

 だが、朝鮮共和国では今もなお、特殊部隊が戦っており、戦後処理と今後の日本の国際社会における立ち位置等、課題は山積みの状態であった。





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