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序章3

■序章3


 「政府の犬よ。選ぶがいい。降伏か、それとも死か」

 

 無表情で抑揚が無い声は、冷酷さを際立てていた。

 楓はすでに精神集中に入っているようで、もしも山本妹が攻撃に出たとしても、それは悪戯に命を捨てるようなもので、深手を負っている兄もこの場から逃げ切れるとは思えなかった。

 

 「お、俺を置いて……逃げろ!さゆり!」

 

 兄は苦悶の表情を浮かべヨロヨロと妹の前に出ようとするが、その場に崩れ落ちる。

 

 「そんなこと!出来るわけないじゃない!」

 

 妹は兄の体を支えると、その傷口を確認する。能力によって出血は抑えてはいるが、明らかに血液が正常に循環していないようで、顔面は蒼白であった。。早く処置しなければ兄の命が危ない。だが、この状況で兄を救うには、選択肢が無いに等しかった。

 さゆりは涙を浮かべながら楓へ顔だけを向けた。その顔は悲壮感に満ちていた。

 

 「こ……降伏後の私たちの処遇は?」

 「お前たちは貴重なランクB。なので、共に戦ってもらう」

 「政府を……国を裏切れというのか!?」

 「降伏するとはそういうことだ」

 「!!」

 

 さゆりは舌打ちをして顔を背けたが、たしかに降伏するという事は、その時点で味方を裏切ったとも言えなくもない。この日本人的な思考は、超能力者であっても古来から脈々と流れる、日本人としての気質なのかもしれない。

 

 (逃げても、戦っても兄貴は死ぬ。だが唯一、降伏することだけが兄貴を救う方法なら迷う必要はないはず。今後の事を考えるのは兄貴の傷が癒えてからでも遅くはない……か)

 

 さゆりは決心すると涙をこらえ、キッと楓を睨みながらはっきりした口調で宣言した。

 

 「わかった。降伏する」

 「的確な判断だ。280応答しろ」

 

 280は突然自分が呼ばれて慌てたせいか、声が上ずりながら応答した。

 

 「こっ、こっ、こちら、280」

 「ニワトリを呼んだ覚えはない。至急本部にサルベージを要請、その後は引き続き周囲を警戒せよ」

 「りょ、了解!」

 「323」

 「あ、は、はい?」

 

 完全に油断していたクリリンは、間の抜けた返事をしてしまった。

 

 「…323は280とともに周囲を警戒。わたしはサルベージが完了するまでこの兄妹を監視する」

 「了解!」

 

 一通りの指示を出すと、楓は山本兄妹の隣まで移動した。一瞬で。

 妹は驚きの表情を見せていたが、楓は構わずにその右手を掴む。

 

 「な、なにを…!」

 

 妹の言葉は無視し、楓は兄の左手を掴むと精神集中に入った。

 何が起きるのか不安の面持ちの妹だったが、突然、浮遊感が襲ってきた。同時に凄まじい風切り音。

 気が付くと、そこは校舎の屋上だった。楓は能力を使って二人を屋上まで運んだのだ。

 超能力といえど、空中を高速でジャンプあるいは飛んだ場合、凄まじいGが体にかかるはずだが、それすらも感じなかったのは楓の能力が非常に高い事を証明していた。

 圧倒的な能力を見せつけられたさゆりは、小さく首を振るしか出来なかった。

 楓はすぐに二人を屋上から校舎内の階段の踊り場へ移動させた。

 屋上はあまりにも目立ちすぎるので、一先ず校舎内で身を潜め、ヘリがサルベージ体制に入ってから屋上に出ようと考えていた。

 

 「ヘリ到着まで5分!」

 「了解」

 

 280からの通信に短く答える楓。

 それにしても5分で到着するとは、この事態を予測していたかのような速さだ。楓はふと山本兄の顔を見ると、顔面蒼白で何とか生きている状態だった。だが、急がないと命は無いだろう。いくら能力で一時的に止血したとしても、血液が正常に体内を循環できなければ人は生きられないのだ。

 

 (あの時──)

 

 楓は山本兄妹を攻撃した時を思い出していた。

 あの時、わたしは間違いなく二人を殺すつもりで攻撃した。それが、今は二人を助けようとしている。今は敵同士とはいえ、元々は同じ内調の研究所でモルモットだった仲だ。山本兄妹──コードネーム244と338。

 こんな傷を負い、心を痛めるのはいつも超能力者だ。主賓には同じ思いはさせてはならない。

 楓は無感情で決意を新たにするのだった。

 

 

 

 クリリンは280とともに、やっとの思いで大穴が空いた正門前の地面の修復を完了させた。

 かなりの時間と能力を使ったが、今後のことを考えると、さすがにこのままにしておくことはできなかった。

 

 「よ、よし。完了した。引き続き……警戒を……」

 「あ、あ……あ、りょ、りょかい……した」

 

 どちらもぜいぜいと肩で息をしていたが、どちらかというと280の方が疲弊していた。

 能力的には共に同じランクCだがその評価幅は広く、能力的にはクリリンがかなり上だった。280はその差を埋めるためにフル装備だったのだが、まさか超能力でぽっかり空いた地面を埋めることになるとは思ってもいなかった。

 クリリンが周囲を警戒すべく歩き出そうとするのを280が慌てて止めた。

 

 「ま、待て、どこへ……行く?」

 「はい?周囲を……警戒してくる」

 「それは……それはわかる。だが、今は、単独で動くべきではない」

 「どういうことですか?疲れて動けないですか?」

 

 クリリンが冷やかすが、それを無視して280が答える。

 

 「バラバラに行動すると、各個撃破される危険がある。さすがに今ランクBが来たら、お互い一人では対処が難しいだろう」

 「確かに……」

 

 二人ともやっと息が整ってきたようで、280の口も幾分滑らかに動くようになっていた。

 

 「優先すべきは主賓の安全だが、山本兄妹のサルベージが完了するまでは姫も動けない」

 「サルベージのタイミングで、ヘリが狙われる可能性はないですか?」

 「多分、大丈夫だろう。校内のどこかに主賓がいるんだ。敵だってヘリが墜落して校舎が破壊されるような事態は避けたいだろうし、学校から遠ざかるヘリをわざわざ追う意味も今は無いはずだ」

 「あくまでも、最優先は主賓の確保ってことですか……敵も、俺たちも」

 「そういうことだ。サルベージが済んだら姫と合流しよう」

 「了解。それまでは俺たちが囮となって敵を引き付けるしかないですね」

 

 二人は精神を集中し、超能力者警戒網を張り巡らせた。

 先ほど、楓が山本兄妹を検知するときに使った能力と一緒だが、さすがにランク差がありすぎる。二人合わせても半径500メートルが限界だった。

 そもそも、超能力とは大きく3つに分類され、個人によって得意分野が存在する。

 第1に、ESP──超感覚的知覚。テレパシーや予知、透視等が該当する。

 第2に、サイコキネシス──念力、念動力が該当する。

 第3に、それ以外のサイコメトリーや念写といったものだ。

 また、同じグループでも得手、不得手が存在する。例えば、栗林はどちらかというとESPが得意でサイコキネシスは苦手だが、同じESPでもテレパシーは得意だが、予知や透視は全く出来ない。

 だがそうは言っても、ランクCの能力者であるため、二人とも複数の能力を使うことが出来た。

 

 280は精神集中の間も、リアルタイムでヘルメットに送信される学校周辺を歩く人間の身元を、自動照会システムによって危険レベルが振り分けられたデータを確認していた。

 基本的に日本国民全ての情報はヘルメットから閲覧可能で、国民の行動は常に衛星によって監視され、その情報がヘルメットのバイザーに表示される仕組みになっていた。

 もちろん、これは内調の極秘システムであるのだが、元々内調で勤務していた者が反政府同盟にいるのだから、それを使う事はそれほど難しいことでは無かった。

 データを確認しながらの精神集中はかなり効率が下がるため、必然とクリリンへの負担は増えるのだが、データ照会作業は情報端末ヘルメットを被っている者しかできないため、ある意味仕方ない状況だった。

 だからこそ、クリリンも文句を言わず(言いたいのを堪えて)警戒網を張っているのだ。

 すると、遠くの空にヘリの姿が見えてきた。280はそれをすぐに確認すると通信で報告を行った。

 

 「ヘリ、目視確認。サルベージまで2分」

 

 280の報告を受け、楓は屋上の階段のドアまで移動し敵襲に備えた。

 敵がサルベージのタイミングを見逃すとは思えない。自分だったら──。陽動のためサルベージ中のヘリに攻撃しヘリに意識を向けさせ、その隙に校内へ侵入し主賓を確保するだろう。

 本来であれば楓が主賓の傍で護衛するのが得策だろう。しかし、今は山本兄妹の監視を解く訳にはいかない。

 この兄妹はランクBであり、降伏意思を示しはしたが、ランクCのあの二人では逃走される危険がある。最悪、あの二人の命も危ないだろう。

 ヘリはすでに校舎の真上まできて、真横のハッチを開いていた。

 

 「これよりサルベージを開始する。各員警戒を厳にせよ」

 

 楓は指示を出すと、返答を待たずに屋上のドアを開け、二人の手を掴むと目を閉じ精神集中を開始した。

 ヘリではけが人の受入れ体制、および対超能力者の拘束準備が進められていた。

 楓は顔を上げるのと同時に2人を抱えたまま床を蹴ると、凄まじい衝撃波を発生させながら上空へジャンプすると、そのままヘリの中へ吸い込まれるように移動した。

 

 「サルベージご苦労様です。すぐに2名を特殊治具で拘束。負傷者1名の救急処置に入って下さい」

 「了解しました」

 

 楓はヘリの隊員3名が対超能力者用の特殊治具で兄妹を拘束するのを確認するとヘリから飛び降りた。

 たぶん敵は、ヘリから救助ロープやストレッチャーを降下してサルベージすると考えたはずだが、楓はその裏をかいてあっという間に二人をヘリへ収納した。

 楓は屋上でヘリのローターのせいで、スカートを激しくバタつかせながら片膝をつくと、右手で長い髪の毛をおさえて左手の腕時計型通信機で栗林に連絡を取る。

 

 「323。状況知らせ」

 

 ……返答はない。

 楓は屋上を走りながら正門を見下ろすが、ここからは二人の姿が見えない。見上げると、ヘリが急速離脱し戦闘区域から脱出するところだった。

 

 (ヘリは無事。残るは…)

 

 楓は意識を集中させ超能力者警戒網を展開した。

 するとすぐに強い反応を検知した。場所は──学校の隣り──学生寮の屋上。

 楓は校舎裏を見渡せる場所へ移動し、3階建ての学生寮を確認する。隣と言ってもテニス部の用具入れ兼部室の建物+テニスコート3面を挟んだ向こう側なので、50メートル以上離れていた。

 学生寮の屋上は狭く、隠れるところも無い場所で、あの二人は今まさに敵と戦っているのだ。

 

 「……」

 

 楓は無言で屋上からジャンプし、テニス部の部室の屋根に飛び移り、すぐにまたジャンプし一番奥のテニスコートに着地した。そこからフェンスを踏み台にして学生寮の屋上へ飛び移った。

 すると、一目で現状を理解した楓の眉毛がピクンと跳ね上がる。

 普段、表情を変えない楓であったが、その眼は怒りに燃えていた。だが、決して我を失わず、敵に対して最大の注意を向けていた。

 

 「ひ、姫……」

 

 クリリンは倒れている280を庇うように立ちふさがり、敵から目を離さず血が滴る口で呼吸していた。。

 280は一見すると無傷のようだが、倒れたその体は全く動かなかった。精神攻撃を受けたのだろうか。

 クリリンの方は、学ランが破け、中にこっそり着込んでいた特殊ボディスーツが露出していた。たぶん、敵から物理攻撃を受けたが、ボディスーツのおかげで命拾いしたようだった。

 

 「ヘリは無事脱出した。任務ご苦労だった──」

 

 楓は敵から目を離さずクリリンの前まで歩いた。

 

 「──ここからはわたしが預かる。323は280を連れて離脱。本部へ280のサルベージを要請せよ」

 「…りょう…かい」

 

 クリリンは何か言いたそうだったが、ここで退かなければ姫のお荷物となることを理解し、素直に280を抱えて屋上から飛び降りると、必至に走りながら自責の念にかられていた。

 ──自分は何もできなかった。自分は何の役にも立たなかった……。何が大船に乗った気分で俺に任せろだよ……。

 クリリンは鉛のように重い280を抱え、涙を堪えてひたすら走った。

 

 (楓ちゃん……生きてくれよ……)

 

 

 

 静かだ。たった今まで、この場で殺し合いが行われていたとは思えないほど静かで、穏やかな時間が流れている。

 学生寮の屋上という、高ランカーを相手にするには、あまりにも不利な場所で戦うことになったあの二人。

 たぶん敵はこの屋上からヘリを…いや山本兄妹、あるいは楓を狙うために現れ、それを感知した二人が阻止のためにこの場にやってきた──。

 ──いや、もしかすると、それも間違いかもしれない。何故なら、目の前の敵はそこまで考えて行動するタイプじゃない。むしろ、何となくここにいただけであり、それ以外に意図するものはない、という方が説明がつく。

 どちらにしても、ランクCの二人が高ランカーを相手に、決死の覚悟で作ってくれた時間……わたしがこの場に駆けつけるまでの時間……決して無駄にはしない。

 楓は胸が熱くなるのを覚えたが、それを表情には出さず敵との間合いを計り、何より楓は時間を稼ぐことを考えていた。


 敵は嬉しそうに笑うと、右手の人差し指を真っ直ぐに楓へ向ける。

 楓は時計回りにゆっくり動く。だが、それほど広くない学生寮の屋上だ。すぐに淵に達し、それ以上は回り込めなくなり動きが止まる。

 そこを見逃さず敵が能力を発動する。

 空気が激しく振動し楓に襲いかかったが、目前でその振動が止まり風だけが楓を通り抜けた。

 背中まである黒髪がふわりとそれに反応する。


 「おおっ!?」

 

 何事も無かったようにたたずむ女子高生の姿を見て、敵は思わず声を上げた。

 

 「さすがはやるじゃん!」

 

 楽しそうに言うと、敵は目を閉じ次の精神集中に入る。

 ──これはマズイ!

 直感的にそう感じた楓は、一瞬で敵との間合いを詰めると掌底を突き出す。

 しかし、見えない空気の壁に阻まれギリギリのところで命中せず、逆にその反動で自分が後方へ飛ばされ、絶妙な間合いが生まれてしまった。

 次の瞬間、敵は両手を勢いよく前方に突き出した。その両手からは、高密度に圧縮された空気の塊が高速で放たれた。摩擦により空気が高温となり、一気に膨張し炎の塊となって楓に襲い掛かる。

 だが、またもや直前で業火の塊は消滅したが、熱風までは止める事が出来ず、何とか右横へ転げ跳びこれを回避した。

 

 「掌底をブロックした分、攻撃の威力が落ちたか……」

 

 敵は自分の両手を見ながらつぶやいた。

 その間に、楓は体制を立て直すと精神を集中しながら右手を前方に突き出した。

 

 「防御壁?……本当にそれで僕の力を受けきるつもりなの?」

 「さあ、どうだろうね」

 

 曖昧な返答をしながら、楓は尚も防御壁の強度を出すために集中を高めていく。

 敵も精神集中に入り、右手を挙げて人差し指をかざし、それを上から下へすっとおろした。

 すると激しい落雷がいくつも楓の頭上に降り注いだ。しかし、雷は頭上30センチほどのところで迂回し、綺麗に体に沿って床に流れ落ちていく。

 更に、敵は左手を突出し、炎の塊を打ち出したが、これも直前で方向を変え、今度は上空をめがけて飛んで行った。

 これを何度か繰り返した後、敵はため息をついて両手をポケットにつっこんだ。

 

 「あくまでも攻撃はしないで防御に徹するの?」

 

 めんどくさそうに敵がつぶやく。どうやら現状に飽きてきた素振りだ。

 楓はこれを狙っていた。だからこその時間稼ぎなのだ。そろそろ頃合いだと感じ、敵に向かって静かに口を開いた。

 

 「久しぶりね。鈴木 健太<すずき けんた>君。いや、403と呼ぶべきか」

 「はい。お久しぶりです。呼び方はどちらでも構いませんよ。お姫さま」

 

 鈴木健太と呼ばれたコードネーム403は黒のキャップを被り、白の半袖Tシャツに茶のバミューダパンツ姿の少年は、まだ幼さが残る屈託のない笑顔で答えた。

 見た目はまだ12歳ほどで、人殺しとは無縁に思えるほどひ弱な手足だった。

 だが、超能力者にとって、身体的・精神的弱さは全く意味は無く、能力の数値だけが人を計る物差しであった。

 

 「覚えていてくれて光栄だわ」

 「僕も会えてうれしいです。5、6年ぶりくらいですか」

 

 楓は鈴木健太…403とは面識があり、内調の研究所にいたころはいつも健太の御守りをしていた。

 あの頃は検査が嫌だと言って、いつも泣いていたっけ。それをいつもあやしていたのが楓だった。

 

 「さすがにそれだけ経てば、お互い見た目も変わるわね」

 「うん。でも楓おね……吸血姫さんは、昔とあまり変わってないよ?」

 「そう?ランクAの403が登場ってことは、内調もかなり必死みたいね」

 「うん。何かそうみたい。難しい事はわからないけど」

 

 それが厄介なのよ──。楓は奥歯をかんだ。

 子供が無駄に強い力を持つと、後先を考えずに能力を発動する可能性があり、さらに精神的に未熟であるため、感情的になりやすく行動を予測をするのが困難となる。

 しかも、その子供の能力はランクAだ。

 現在、ランクSは国内に3人しかおらず、所在や生死そのものが不明であるため、事実上、ランクAの能力は超能力者の頂点にあると言っても良かった。

 

 「君ならわかっていると思うけど、山本兄妹……244と338はすでに反政府同盟が確保し、先ほどあなたが戦っていた280と323もここを離脱した。更にあたしが目の前にいることで主賓の確保も簡単には出来なくなる。つまり、すでに君の作戦は破たんしており、このまま作戦を強行する意味はもう無いはず」

 「そ、そうそう?……もちろんわかってるよ。そうなんだよね。意味が無いんだよね?」

 「さすが健太君。状況をしっかりわかっているようね」

 「ま、まぁね!僕だってそれくらいわかるよ」

 

 403は子供だ。だが、これくらいの年齢だと子供扱いされると逆に反発するものだ。むしろ、大人として接して自尊心をくすぐるべきだ。

 しかも、健太の面倒を見ていたのは楓であり、その扱いには慣れていた。最初の時間稼ぎも健太の飽きっぽい性格を見抜いてのことだ。

 

 「では、一旦退いてくれると助かる」

 「うーん。でも、もしも僕がここで囮として吸血姫さんを足止めしておいて、別の能力者が主賓を捕まえに行く作戦だとしたらどうする?」

 「それはない」

 「えっ!どうしてわかるの!?」

 

 あんたは気分屋で何をするのかわからないのに、作戦の重要なポジションに置く訳がないし、まともに連携もとれないあんたのせいで、貴重な能力者を失うリスクを考えると、そんな作戦はハナっからあり得ない。どうせ、あんたは山本兄妹の動きを監視し、危ないと思ったらそれを助け、問題が無ければ黙って見ていろとだけ言われたはずよ。でも結局はちゃんと集中して見てられなかったから、山本兄妹を簡単に失うことになったのよ。簡単に言うとあんたがお子様だってこと!

 ──とは、さすがに言えないので……

 

 「ランクAのあなたの能力は絶対だわ。政府はその能力を信頼するのと同時に、他の者を投入するとあなたの足手まといとなると考えるはずよ」

 「なるほど!う、うん!さすが楓おねえちゃん。──そうか。だから僕だけ一人で見てろっていわれたのか……」

 

 途中から独り言になった健太は、何かに納得した様子でうなずいていた。

 

 「じゃあ、撤退してくれる?」

 「うん。いいよ。だって、作戦がハタンしちゃったからね……作戦がハタンしたから……ハタン……」


 健太は両手を頭の後ろで組みながら、繰り返しぶつぶつ言いながら地上へジャンプした。どうやら、上司への報告の練習をしているようだった。

 楓はその様子を姿が見えなくなるまで監視していたが、とりあえずランクAとの直接戦闘を回避できたことは良い結果となった。

 下手をするとこの町が瓦礫と化す可能性もあったのだ。

 超能力者同士の戦い──特に高ランカー同士の戦いは、周囲の影響はもちろんのこと、当事者たちも深刻なダメージを負うことがほとんどであったため、互いに生還の可能性が低かった。だが、高ランカーには高ランカーでなければ歯が立たないのも事実。

 もともと人数が少ない高ランクの能力者が激減したのはこのためだった。

 

 楓はその場で本部に通信し、280と323の状況を問い合せた。

 その結果、280は精神攻撃を受け意識レベル300、深昏睡状態で自発呼吸も困難な状態だった。また、323は軽傷で簡単な治療の後すぐにこちらへ向かうらしい。

 楓は通信を切ると、323と合流すべく正門前で待機していたが、その間も、超能力者警戒網を展開することは怠らなかった。

 

 ほどなくして「おーい。待ったー?」などと叫びながらクリリンが走ってきた。

 ボロボロになった学ランと特殊ボディスーツを脱ぎ、代わりに半袖のYシャツを着ていた。

 

 「いやー、やっぱり夏はこの格好が一番だねぇ。ボディスーツに学ランは暑すぎるわ」

 

 クリリンは何事も無かったように笑いながら楓の元へやってきた。

 楓はそれには答えず、スッとクリリンの胸に飛び込んだ。こんな時であっても無駄な動作がない。

 

 「あ、あれ?楓ちゃん、どうしたの?ま、まさか、恋愛フラグ立った!?」

 

 3秒ほどクリリンの胸に頭を預けていた楓だったが、ふとクリリンを見上げると、予備動作も無くスッと体を離した。

 

 「無事でなによりだった、323。すぐに主賓の護衛に戻ろう」

 「え?何!?……こ、これが噂のツンデレってやつなのか!?」

 

 驚き、固まっているクリリンを無視して、楓は正面玄関から校舎へ入っていた。

 

 

 

 鈴木健太ことコードネーム403は事前練習の通り、小さな公園のベンチで通信機を操作すると上司に報告した。

 しかし、それで納得してくれるほど大人の世界は甘くなかった。

 

 「……つまり、山本兄妹は敵に捕まり、逆にお前は敵は見逃し、挙げ句に主賓を確保するどころか敵に説得されて帰ってきた、という事だな!?」

 「は、はい……でも、作戦がハタン」

 「破たんしているのはお前の考えだ!そのような状況で何もしなかったとはどういう事だ!?」

 

 間髪入れずに怒鳴られ、怯える403。その姿は完全に普通の小学生だった。

 

 「じゃあ、どうすれば……」

 

 恐る恐る聞いてみる。

 

 「そんなこともわからないのか!?ちっ!いいからさっさと帰って来い!今日はみっちりお前に教えてやる!」

 「ひいい!!」

 

 怒鳴られ、一方的に通信を切られる403。

 さっさと帰って来いと言われても、早く帰ったらその分だけ説教の時間が長くなるだけだ。

 

 (どうして僕がこんなに怒られなければならないんだろう……単にお父さんに言われたからあそこに行っただけなのに)


 健太は途方に暮れながらトボトボ歩く。

 

 (どうして僕が……どうして?──そうだ。そもそも吸血姫に言われて退却したから怒られたんだ。吸血姫のせいで……吸血姫のせいで……)

 

 人間の思考は罪を相手のせいにすることで、自分はその苦しみから逃れようとする傾向がある。

 だが、それがランクAの超能力者となると事態はかなり深刻化する。しかも加減を知らないのが子供という生き物だ。突然何をするのか見当もつかないのだ。

 健太は立ち上がると、くるりと向きを変え来た道を引き返した。

 

 (すぐに帰るように言われたのは覚えている。だけど、このまま何もしないで帰ったら単に怒られるだけだ。何か……何かをしなくちゃ……)

 

 最初はトボトボ歩いていた健太だったが、徐々に早足になり、遂には全力で走っていた。

 目指すは──さっきの学校だ。

 

 

 

 鈴木次官は落胆していた。

 ランクB二名とランクAを投入して何の成果も無かったどころか、こともあろうにランクBの2名が捕まるとは……。一体、ランクAは何をしていたのか。

 全く…健太のやつめ。少しは大人になったと思っていたが、まだまだ子供のままだったわ!

 

 鈴木次官の一人息子である健太に、超能力の才能があることがわかったのは二歳の健診の時だった。

 当時から内調で勤務していたとはいえ、超能力とは全く縁が無かった鈴木にとって、息子の健診結果が『優良』と聞いて本当に驚いた。

 そして、一つの野心が生まれたのもこの時だ。

 息子の能力ランクが上がり、何かしらの成果を残せば、それは親である自分の手柄となり出世の足掛かりになるのでは……。

 鈴木は嫌がる健太を無理やり超能力者開発プログラムを受けさせた。

 内調勤務者の特権を利用して、他の子供達を押しのけて多くのカリキュラムに取り組ませりもした。

 健太はそんな父親の期待に応え着実にステップアップしたが、内調のエリートのご子息ということから、研究員たちからも特別扱いされたため、超能力者としては能力は高かったが人間としての内面の教育はおろそかとなり、わがままで我慢を知らない子供に育ってしまった。

 だが、超能力という世界は実力主義だ。どんなに欠陥がある人間であっても、能力が高ければ高待遇で低ければ見向きもされず、新薬の実験用モルモットとして使い捨てられる。

 健太は性格に難があったが、能力はトップランクであった。

 そのため、何度か深刻な事故が発生している。

 幼少期は一度癇癪を起すと誰も手に負えなくなり、その結果、能力を暴走させてしまい職員を殺してしまう事件も起こっていた。

 この事件は鈴木にとってマイナス要因ではなく、むしろプラスに働いた。

 つまり、簡単に言うと、健太を利用して上司を脅迫したのである。いや、実際には脅迫に類することを口にはしていない。上司が勝手にそのように受け取っただけだ。

 健太が暴走するとどうなると思うか?──そんな一言で良かった。

 鈴木の出世は健太のランクが上がるのと比例してキャリアアップした。そして、遂には次官にまで登り詰めたのである。

 若いころは小柄の痩せ男である鈴木は、可能な限り胸を張り自分を大きく見せようと躍起になっていたが、もうその必要もなくなった。

 権力と武器を手に入れた今となっては、わざわざ虚勢をはる意味もないのだ。

 だが、あのバカ息子をもう少し教育しなければ、こちらの首も危うくなる。

 親としての教育不足を今更ながらに痛感する鈴木次官だった。

 

 

 

 

 


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