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超能力戦争4

■超能力戦争4

 

 月光院家専用機で楓を追跡する尊人だったが、飛行状態の時は普通の固定翼機と同じフォルムに変形する、いわゆるティルトローター機で追跡していた。

 その昔、日本で導入が開始された当初は安全性に問題があり、度々ニュースで取り上げられており、『オスプレイ』という名称は一躍有名となった。

 しかし現在では開発が進み、その派生モデルは安全性が飛躍的に向上していた。

 これにより長期に渡って各国で活躍してきた、大型輸送ヘリ『チヌーク』に代わって、軍事配備が進められている最新輸送機である。

 普通のヘリコプターに比べ、その巡航速度は2倍以上、航続距離は3倍以上の性能であり、南北に長い日本にとっては必須ともいえる機体であった。

 尊人はその機体を特注でカスタマイズした、正に世界に一つの専用機であった。

 その機内で尊人は、楓によって負った傷の手当を受けていた。

 

 『お兄様、お怪我のほどは大丈夫ですか?』

 

 本部から通信で兄の心配をする花子。

 

 「大丈夫。今、私の専属医療スタッフに手当をしてもらってます。それより、花橘の動きは?」

 『もうかれこれ1時間ほど行ったり来たりしています』

 「空港を封鎖したので無理もありませんね。引き続き周辺の動きにも十分注意を払って下さい」

 『了解しましたわ。お兄様』

 

 正直、尊人にはあの花橘楓とまともに戦って、勝てるとは思っていなかった。

 彼女の能力は優にランクSに達しているはずだ。ランクAの尊人が戦いを挑んでも、先ほどのように一蹴されるだけだろう。

 だが、彼女もかなり消耗しているはずだ。

 中国で山本兄妹と戦い、消耗が激しいはずのテレポートを使って日本に現れ、更に今現在も逃亡しながら防御壁を展開しているのだ。すでにかなり消耗しているだろう。

 そして、それは彼女自身も承知しているはずだ。

 現に、こちらが追跡しているにも関わらず、全く攻撃を仕掛けてこないのは、来る最終決戦のために力を温存している事に他ならない。

 つまり、彼女も決戦を望んでいるのだ。

 しかし、いくら楓が消耗しているとは言え、尊人も傷を負い消耗しているため、能力差を埋めることが出来なかったのだが、尊人には奥の手があった。

 それは楓のヘルメットだ。

 あのヘルメットを取らないまでも、精神支配のシステムを壊すことが出来れば、もしかすると楓が正気に戻るかもしれない。しかも、すぐ傍には主賓がいる……彼女が正気に戻る可能性は高いと見積る尊人。

 だが……もしも主賓の身に何かあれば、彼女は正気を失いその力が暴走する可能性もある。そうなれば、人類にとっては最凶の存在となるだろう。

 

 手当を終えた尊人は新しいボディスーツを身に纏うと、各種武器が陳列されている棚の前に行き、持って行く装備を選んでいた。

 右の腰には新型レーザーガンとナイフ(KA-BARファイティングナイフ)が吊るされ、左の腰にはフラッシュバンとスモーク、腰の後ろにはサブマシンガン(MP7A1)、左脇下にはハンドガン(M1911)を装備したのだが、そのチョイスは性能というよりは完全に趣味の領域と言えるだろう。

 

 『お兄様。花橘の行先が判明しましたわ』

 

 花子の報告では、花橘と主賓を乗せたヘリコプターは成田空港へ向かっているとの事だった。

 成田空港は羽田空港再開発に伴い、先月国際空港としての役目を終えて閉港したばかりだった。

 確かに倉本や楓にとっては、閉港した空港の方が何かと都合が良いだろう。

 

 『衛星から空港敷地内を確認しましたが、飛行機は1機も確認できません』

 「つまり、海外へ高飛びする機材は無いという事ですね──いや、到着を待つ、という事か……?」

 『到着を待つ?……まさか、倉本が成田に到着して花橘と主賓をサルベージするとお考えですか?お兄様!』

 

 さすがに長い間尊人のサポートをしてきた花子だけあり、尊人の考えをすぐに見抜いた。

 

 「となると、やはり榊原さんの朝鮮攻略案は有効となる訳ですね……」

 『確かに……もしも倉本がいない間に朝鮮を攻略出来たなら、倉本は花橘を拾った後に帰るべき場所がありませんから』

 「私は朝鮮攻略組の時間を稼げば良いだけ、という事になります」

 『あとは倉本が決戦の地として、日本と朝鮮のどちらを選ぶか……ですね』

 「うーん……そう考えると日本側の守備が弱いですね。急いで山本兄妹を日本へ呼び戻して下さい」

 『先ほど山本兄より、帰国に向けて行動中と通信がありました』

 「了解。警戒を継続して下さい」

 『承知しました』

 

 通信を切ると、尊人は楓が乗るヘリコプターへの攻撃要請を榊原に行った。

 対空ミサイルによる攻撃を断続的に行う事で、花橘楓の消耗を早めるのが狙いだ。

 自衛隊の力を行使する場合は、あくまでも安全な場所からの遠距離攻撃が基本である。もしも花橘の前に姿を見せた場合、その瞬間に現世とはおさらばとなるだろう。

 すると、すぐに成田空港到着までの1分間に渡ってミサイル攻撃を行う事が承認された。

 尊人は榊原の手腕に恐れ入るのと同時に、あっという間に日本を掌握した事への畏怖の念を感じていた。

 先の朝鮮攻撃命令にしても、その先見性と行動力には驚くほかなかった。

 世の中では通勤ラッシュの時間帯となる朝の首都圏の上空で、これから壮大なミサイル攻撃が始まるのだ。

 普通で考えてもこんな要望が承認されることはあり得ないだろう。

 しばらくすると、どこの基地から発射されたミサイルなのかわからないが、白く長い尾を引いた対空ミサイルが数本飛んで行くのが確認できた。

 その数秒後、成田空港上空でミサイルの爆発を確認できた。

 ミサイルは更に次々と目標に向って飛んで行き爆発する。

 だが、やはりターゲットとなるヘリコプターは健在で、着実に成田空港へ近づいており、すでに滑走路の先端にまで達していた。

 楓が乗るヘリコプターは爆発によって体勢を乱すこともなく高度を下げて行く。

 

 「よし、こちらも全力で追う」

 

 着陸後の二人を見失う訳にはいかない。尊人専用機は最高出力で着陸態勢のヘリを追った。

 楓を乗せたヘリはおよそ1分間のミサイル攻撃に耐え、速度を落としながらA滑走路からターミナルへ向かうと、ターミナル上空でホバリング態勢となった。

 それを見た尊人は叫んだ。

 

 「敵のヘリは着陸はせず、花橘はターミナル屋上へ飛び降りるつもりです!」

 

 尊人がそう叫ぶのと同時に、ヘリから人影が飛び降りるのを確認した。ヘリはすぐにターミナルから離脱して行く。

 ターミナルの屋上には、主賓がまだ気を失ったまま横向きで寝かされており、その傍らで花橘楓がこちらに向かって手を伸ばしているのが見えた。

 

 「まずい!超能力攻撃来ます!」

 

 そう言いながら全力で防御壁を展開する尊人。同時に、楓の死角になるようにターミナルの影に回り込むように降下する尊人専用機。

 楓が目を開き精神集中を解放すると、小さな火球がターミナルビルの屋上に出現した。

 それは見る見る巨大化し、優に10メートルを超えるほどにまで成長すると、ものすごい速度で尊人機に向ってきた。

 火球は尊人の防御壁に激突すると、その形が円形から半円にまで崩れ四散して行くが、その威力は衰えず衝突の衝撃波で滑走路や誘導灯が破壊される。

 

 「ぐわああぁぁぁ!!」

 

 尊人としては珍しく叫び声を上げるが、それほどまでのパワーを受けて止めていたのだった。

 火球は崩れながら、尚も押し込んでくる。尊人専用機のパイロットは墜落を避けるため、必死の操縦を行っている。

 衝撃波と共に熱風も四散し、周囲の芝生や建物に引火し火の手が上がる。

 尊人機の目前で大爆発が起こり、爆炎と黒煙が周囲を包む。

 衝撃でターミナルビルの窓ガラスが粉々になり、爆風がビル内部を駆け抜ける。

 屋上にいる楓の所にも爆発による小さな破片が降り注ぐが、防御壁を展開しているので楓や志郎には到達しない。

 黒煙が立ち昇る中、楓は低空で飛び去ろうとしているティルトローター機を発見する。

 無意識でその機影を目で追う楓。

 爆発に紛れて楓の背後に回り込んだ尊人は、その隙を見逃さなかった。

 制圧モードを解除し、手動照準<マニュアルエイム>で新型レーザーガンを発射した。

 楓は爆風に対する防御壁を展開していたため、突然のレーザー攻撃には対処が遅れると判断したのだ。

 同時に左手には拳銃M1911……通称ハンドキャノンを撃ちながら楓に向って突進する尊人。

 虚を突かれたとはいえ、すでにランクSと同等の力を有する楓は、ギリギリの所でレーザーと拳銃の弾丸を防御壁で受け止めた。

 だが、振り向きざまに受けた衝撃で体勢を崩す楓。

 尊人はレーザーガンと拳銃を撃ち続けながら楓に接近すると、撃ちつくした拳銃を投げ捨て左手でフラッシュグレネードを握る。

 楓は至近距離で発射されたレーザーガンの威力で、上体が後方に弾かれていた。

 そこで尊人はフラッシュグレネードを投げ、同時にレーザーガンも投げ捨てると、右手で腰のホルダーからナイフを抜く。

 楓は上体が後方に弾かれた一瞬、尊人から目を離してしまった。腰を落として右足で踏ん張ることで、何とか崩された体勢を回復する。

 だが、その瞬間、尊人のフラッシュグレネードが炸裂し、閃光が周囲を包み、目の前が真っ白になり視力を奪われるのと同時に、超音波により聴力も一時的に失った。

 尊人は左から回り込みながら楓の弱まった防御壁を突破すると、楓の頭部に両手で振り上げたナイフのグリップを力任せに叩きこんだ。

 ガン!という衝撃とともに、前のめりに体勢を崩す楓。

 そこへ、超能力を込めた第2撃目を打ち下ろす尊人。

 鈍い音が鳴り響くと楓のヘルメットは陥没し、破片が飛び散る。

 衝撃でそのまま崩れ落ち、両膝と左手を付く楓。

 尊人は右手で楓の右肩を掴み、左手で背中からサブマシンガンを取り出す。

 だが、楓はその一瞬の隙で、肩を掴んでいた尊人の肘に、体を捻りながら右手で手刀叩きこむ。

 衝撃で肩を掴んでいた尊人の手は外れる。

 楓はそのまま尊人の腕をガシッと掴む。

 フラッシュグレネードによって目と耳の感覚を失っていた楓であったが、相手を捕まえていればそんな事は関係ない。

 尊人の腕を引っ張る力で勢いをつけると、左手で電光石火の掌底を低い体勢から尊人の右脇腹に叩きこんだ。

 

 「ぐっ!!」

 

 うめき声を上げて吹き飛ぶ尊人。

 通信回線からは『お兄様!どうしたのですか!?』と叫んでいる花子の声がする。

 尊人はうつ伏せの状態から両手をついて起き上がろうとすると、その目の前には楓の両足が見えた。

 そのまま顔を上げると、ヘルメットが陥没しバイザーにヒビが入っている楓が、両手を胸の前で組んで立っていた。

 

 「さすがはランクAの月光院尊人。虚を突いた上で多種多様な攻撃でわたしをここまで追い込むとはね」

 

 尊人は血が滴る口で返答する。

 

 「……ですが、貴女の……たった一撃で形勢が逆転して……しまいました……」

 

 楓はまだ尊人の声は聞こえにくかったが、徐々に視力と聴力は回復していた。

 尊人は身体を起こしながら口を開いた。

 

 「……貴女はここで倉本の到着を待つつもりですね?……ですが、到着まではまだまだ時間がかかるはず……私はここで一旦手を退かせていただこうと思います」

 「わたしが何もせずに見逃すとでも?」

 「いえいえ、逃げるのではなく、ここで大人しく貴女に捕まっていようと思います」

 「それはわたしを監視し、倉本が到着したタイミングで動き出すという腹積もりか?」

 「バレましたか?」

 

 尊人はあぐらをかきバイザーを跳ね上げると、口に溜まった血をペッと吐き出してから右手で口を拭う。

 

 「……ちなみに、倉本が乗った飛行機が日本の領空に入った所を、対空ミサイルで撃墜する事も可能です」

 

 尊人のこの発言を本部で聞いていた花子が、対空ミサイルの準備を榊原へ要請する。

 

 「無駄だ。そんな事では倉本は殺せない」

 「ほう!?何故です?貴女がここにいる以上、倉本に対して防御壁を展開する事は出来ないはずですよ?」

 

 尊人の問いを無視し、楓は陥没したヘルメットを脱ぎ捨てると、長く艶やかな黒髪がさらりと頬にかかる。

 それを左手で耳にかけると、抑揚が無い口調でしゃべり出す。

 

 「お前は私が洗脳されていると思っている……そして、その原因はヘルメットにあると推理した。だからこそ、わたしのヘルメットの破壊を狙って攻撃を仕掛けてきた」

 「その通りです……」

 

 尊人は楓の発言を認め、更に続けた。

 

 「何故なら、主賓を守ることを第一とする貴女が、すでに主賓を保護している我々に対して一貫として敵対し続け、倉本に肩入れする理由が無いからです」

 「だからわたしが洗脳されていると?……確かに倉本はヘルメットに細工をして洗脳を試みている。それは事実だ。だが、わたしがそんなもので洗脳されるほどヤワは精神力は持ち合わせていない」

 

 尊人は驚きを隠しながら話を合わせる。

 

 「つまり、貴女は洗脳では無く、確固たる自我によって倉本に従っているというのですね?」

 「その通りだ。現に、今はヘルメットをしていない」

 

 確かに楓はヘルメットを脱ぎ捨てた現在においても、尊人に対する態度に変わりがない。

 こうなってくると、考えられるのは二つ。

 すでに完全に洗脳が完了しているのか、本当に自分の意思で倉本に従っているのか、である。

 ただ、どちらの場合であっても、尊人の置かれている状況に変わりは無く、結果的には殺されるだろう……。

 

 「どうして、我々ではなく倉本の側につくのですか!?」

 「本意で倉本を助けたい訳ではない」

 「!?」

 

 尊人は一瞬、楓が何を言ってるのか理解できなかった。

 花橘は自分の意思で倉本に従っていると言った。だが、本意で倉本を助けたい訳ではないとも言った。

 

 つまり──主賓とは別の理由で強制的に従わされている!?

 

 今まで花橘楓は、主賓の命の安全と引き換えに倉本に従ってきたと思っていた。

 だが、それ以外にも倉本に従わなければならない理由があるのだ──ランクSほどの力を持つ花橘楓を従わせるほどの強制力とは一体何だ!?

 尊人はふと見上げると、花橘楓は先ほどの攻撃の跡……まだ少し煙が立ち昇っているA滑走路の方向を見ていた。

 

 「もう一人、倉本に翻弄されている者が現れたようね……」

 

 楓は一点を見つめたまま、その視線を外さずに呟いた。

 尊人はゆっくりと立ち上がると、バイザーを下して楓の視線の方向を見てみる。

 ヘルメットのバイザーに目標物が自動的に拡大して表示され、同時にデータベースに照合した結果が表示される。

 

 『コードネーム113 ランク:S』

 

 そこには一台の車椅子と、それを押す男の姿があった。

 車椅子には非常に痩せた男が座っており、頭髪もかなり抜け落ち、目は虚ろで、口は半ば空いた状態であった。

 服は薄水色の院内服を身に着けており、たった今、病院を抜け出してきたように見える。

 その車椅子を、黒のスーツにサングラスをかけた大男がゆっくり押していた。

 

 「ば……馬鹿な!?あ、あれが伝説のランクSの一人……113!?」

 

 尊人は本物のランクSが現れたことで、その異様な光景と相まって、何ともいえない恐怖感に襲われていた。

 楓は寝かされている志郎の姿を見た後に、尊人へ視線を移動して口を開いた。

 

 「今、シロの事を頼めるのはあなただけ」

 「!?」

 「わたしはちょっとあいつの相手をして来る。だからシロを安全な所へ」

 「ま、まさか……ランクSと戦おうと言うのですか!?」

 

 尊人の声が終らぬ間に、楓は瞬時にコードネーム113の元へ移動した。

 取り残された尊人は理解していた──高ランカー同士の戦いが周囲へ及ぼす影響を。

 先ほどの楓の火球による攻撃を受け止めただけで、ターミナルビル周辺はかなりの被害となった。

 これがランクSともなると、どんな事になるのか想像も出来ない。

 尊人は志郎を抱きかかえると、A滑走路とは反対側へ飛び降り、なるべく遠くへ逃げる。

 113は車椅子上でその気配に気づくと、震える左手を振り下ろした。

 すると、爆音と同時にターミナルビルが吹き上げる巨大な火柱に包まれた。

 炎の柱は天空に向って一直線に伸びて行き、やがて下の方から消えて行った時にはターミナルビルは全壊していた。

 

 「ほ……ほ……」

 

 車椅子の今にも死にそうな男が首を傾げている。

 そこへ楓が近づき、声をかける。

 

 「あなたが113……倉本の秘密兵器にして、上海防衛ラインを一瞬で壊滅させた男ね」

 「あー……あー……」

 

 半ば開いた口からよだれを垂らして楓を見る113。

 すると、車椅子を押していた大男が口を開いた。

 

 「花橘楓様……ここはお退き下さい。我々は敵ではありません」

 「では、どうしてシロを攻撃する?」

 「まだわかりませんか?主賓はちょっとした超能力でも気絶するほど、超能力への耐性がありません。私たちとは生きる世界が違いすぎます」

 「だから?」

 「それなのにあなたは自分の都合で主賓を連れ回し、周囲を危険な目に合わせている……いや、それだけではなく、倉本様の計画にも支障をきたしている……これはとても看過できる問題では無くなりました。よって、原因となる元を断つ……つまり主賓を亡き者にするのが良策と考えます」

 

 楓は両手を広げて車椅子の前に立ちはだかる。

 

 「そうはさせない。シロを害する者は敵と判断する」

 「私たちと戦うと?」

 「そちらがシロから手を引かねばそうなる」

 

 そう言いながら楓は精神集中を行うと、その体からオーラのような圧倒的な気が湧きだし、それが圧力となって車椅子に襲い掛かってくる。

 

 「あー……あー……」

 

 車椅子で113が目を細める。

 サングラスの大男もその楓の力に圧倒される。

 

 「まさか……これほどとは……」

 

 楓は集中を切らさずに問いかける。

 

 「そんな体で、倉本が来るまでわたしの攻撃に耐え続ける事ができると思うか?」

 

 尚も凄まじい気をぶつけてくる楓に「待て」というサングラスの大男。

 

 「瞬間的な力であれば、113様も互角に戦う事が出来るでしょう。だが、短時間で決着がつかなかった場合、こちらが圧倒的に不利であるのは一目瞭然」

 

 この言葉に、楓はパワーをセーブする。

 大男は2月だと言うのに、大汗を流しながら言葉を続ける。

 

 「……主賓を殺すのは諦めましょう──しかし、このままで良いと言う訳ではありません。主賓は我々の手の内に置いておく必要がある。そうじゃなければ、またあなたは勝手に行動する可能性がありますので」

 「今までの倉本の一連の行動は、シロを害する方向で一致しているが、シロを連れて行っても本当に大丈夫か?」

 「それは私に聞かれても困ります」

 「……」

 

 楓は腕を組みながら少し考えた後に、ある提案を切り出した。

 

 「わたしはシロと共に日本で静かに暮らす。日本政府や反政府同盟等の超能力機関には所属しないつもりだ。だから倉本もわたし達を放っておいてほしいがどうだろう?」

 「あー……あー……」

 

 何やら113がしゃべっている(?)ようだが、理解できるのは後ろの大男だけのようだ。

 

 「それは無理だ、と113様は言っております。理由は私でも想像出来ます。おそらくは、あなたのその強大な力です。力ある者に人は群がるものです。そして主賓が生きている限り、それを利用しようとする者が現れます」

 「本人の意思に関わらず、問題に巻き込まれると言う事か?」

 「あなた一人で国を滅ぼすことも出来るのですよ?その力を利用しようとする者や、排除しようとする者が現れるのは必然」

 「今までも似たような事はあった。対象はシロに対してだったが……」

 「どうしても倉本様から離反されるのですか?倉本様の計画にはあなたの活躍は織り込み済みなのですがね」

 

 途端に両者の間に緊張の糸が張り詰める。

 

 「うー…あー…いー…あー…」

 「先ほども言いましたが、こちらには攻撃の意思はありません」

 「あー…うー…うー…」

 「ともあれ、先ずは主賓を確保するのが先ではありませんか?」

 

 確かにそうだ……。と楓も同意する。

 倉本の元に戻るにしても、離反するにしても、シロが一緒であることは絶対なのだ。そして、113はシロを狙うのを諦めたと言った。では、当面はシロへの危険は無いと考えられる。

 

 「あー…あー…」

 「あなたがこれから主賓を保護しに行かれるのでしたら、私から倉本へ報告しておきましょう」

 「わかった。よろしくたのむ」

 

 楓はそう言うと、瓦礫となったターミナルの方へ走り出した。

 113の口数と大男の口数が全然合わないのだが、本当にあの大男は113の言葉を代弁していたのだろうか?

 いや、それよりも、まだ2月だというのに、113はあんな薄い院内服だけで寒くないのだろうか?

 そんな事を考えながら月光院の後を追う楓であった。

 

 一方、置き去りとなった113と大男であるが、すぐに倉本へ状況報告を行った。

 花橘楓に離反の兆し有と……。

 

 

 ◆

 

 「対空ミサイル発射」

 

 統合幕僚長の指示で次々に打ち上げられるミサイル群。

 その目標は中型のジェット旅客機である。白い機体に赤のラインが目を引くデザインだ。

 約150名ほど搭乗可能であったが、現在は3名しか乗っていなかった。

 上海から飛び立った旅客機は日本を目指していた。

 しかし、日本にとっては招かざる客であるようで、武力による強制排除という最高のおもてなしで応えることになった。

 

 「朝鮮共和国のソギョン氏より緊急通信!日本の護衛艦が朝鮮湾に侵入し、平壌へ侵攻の兆し有との事です」

 「ほう。日本が国連を無視して自衛隊を動かしたのか?そんな大胆な行動を即決できるような国では無いのだがな……」

 

 そう言いながら、倉本は窓の外を見ながら考え込んだ。

 今の日本は私が知っている頃の日本ではない。先の報告では日本はこの機に向って対空ミサイルを発射したとあった。

 それに今の朝鮮攻撃の報告……ためらいも無く武力を行使する行動力は一体誰が……。

 その瞬間、窓の外が激しく光ると何発もの爆発音が響き渡る。

 炎と煙が機体の後方へ流れていく。

 対空ミサイルが次々に旅客機に向って飛んで行き、激しい爆発が機を包み込む。

 だが、機内では全く爆発の影響は無く振動も感じなかった。

 対空ミサイルは完全に防御壁によって防がれていた。

 それでも次々にミサイルが飛んで行き、爆発を繰り返すが効果は無いように見えた。

 倉本は外の爆発を完全に無視した様子で側近に対して口を開いた。

 

 「私が戻るまで耐えるようにソギョンへ伝えろ」

 「はい」

 「日本め……私がこっちに移動するのを見越して自衛隊を朝鮮に派遣するとは、完全にしてやられたわ」

 

 倉本は自分の膝を叩いて悔しがった。そして、自分では出来なかった日本国の完全支配をやってのけた者がいると確信していた。

 すると、このタイミングで113より緊急通信が入り、倉本の側近が対応した。

 

 「113より連絡。花橘楓が主賓と共に離反の兆しあり、との事です」


 この報告に、倉本はシートにもたれ掛りながら口を開いた。


 「……まったく……圧倒的に有利な状況であったのに、どうしてこうも思い通りに行かないのだ──つまり、113は主賓を始末出来なかった、という事だな!?」

 「そのようです」

 「ちっ……ランクSが聞いて呆れる。たかが一般人一人ですら始末できないとは……もうよい。私の着陸ポイントの確保に努めるように言え」

 「はい。直ちに」

 

 事態は一刻を争う。

 花橘と113を回収後、すぐに平壌へ取って返し、自衛隊どもを駆逐しなければならん。

 

 「着陸まであとどれくらいだ?」

 「あと1時間半」

 「もっと急がせろ!」

 

 この頃には日本からの対空ミサイル攻撃は止んでおり、もう誰も倉本を止める事は出来なかった──。

 

 

 一方、もう一機日本に向って飛ぶ機影があった。

 こちらは中型輸送機で、固定翼のジェットエンジンである。

 山本兄妹はこれまで無敵であった朝鮮軍を撃破した功績で、特別にオーストラリア陸軍が日本への移動に協力してくれることになったのである。

 もちろん、日本政府はこの行為に感謝の意を示すと共に、今後も連合軍への協力を惜しまないと発表した。

 だが、当人であるさゆりは機嫌が悪かった。

 

 「輸送機って乗り心地の優先度は低いから疲れるのよね」

 「それは仕方ないだろ」

 

 真一はさゆりをなだめながら右腕を気にしている。

 それに気づいたさゆりが声をかける。

 

 「兄貴。その義手、調子悪いの?」

 「うん?ああ、いや、まあな」

 

 一体どっちなのかわからない回答だが、さゆりとしてはどっちでも良いのだ。

 とにかく今はこの、空飛ぶ鉄の塊から降りたい、ただその一心しかなかった。




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