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超能力戦争3

■超能力戦争3

 

 2月19日04時30分。反政府同盟本部地下通路。

 そこには、明らかに争った跡が残されており、至る所に血痕が飛び散っていた。

 床は血の海と化し、そこに死体が無造作に転がっていた。

 その数は5体にも及んだ。

 死体は全て旧型の特殊ボディスーツを着用していたが、どの死体も刃物で胸や首を一突きされたようだった。

 

 超能力者が使用する新型ボディスーツには防弾・防刃機能があるが、旧型に関しては防刃機能は無い。

 防弾と防刃は同じように思われがちだが、そこには明確な違いがあり、どちらの攻撃にも対応するためには、物理的に装甲を強化するのが手っ取り早い。

 しかし、超能力者にとっては、そのような重装甲を身に纏っては、得意の素早い動きが出来なくなり邪魔なだけであった。そもそも超能力者は、一般人の平均以下の筋力しか持ち合わせていない者の方が多かった。

 そこで、高速で衝突された場合、その部分の強度が飛躍的に向上する素材でボディスーツが作られた。

 この素材の特性は、衝突する物体のスピードが速いほど、硬化する強度が増すというものだ。

 例えば、ピストルの弾であれば、命中した箇所の強度は数千倍以上となる。

 だが、ナイフなどの刃物で刺された場合、ナイフ自体の速度はそれほど速くは無いため、素材がほとんど硬化しないのである。

 もちろん、熟練の剣士が剣技による超速度の斬撃を繰り出せれば、もしかすると防ぐことが出来るかもしれないが、わざわざ防がれるためにそんな剣技を出すのもおかしな話である。

 死体の中にはナイフを握っている者もいたが、ナイフによる格闘術は特別な訓練が必要であり、そのような訓練を受けたナイフ使いから見れば、護身用で携帯しているだけの者などカモのようなものだろう。

 狭い通路で行われた戦闘はたった一人の男の独壇場だった。

 その男は、血で出来た足跡を床に残しながら通路の奥へと歩を進める。

 通路の正面には、いかにも頑丈そうな扉が現れた。ここが男の目的地である。

 男の名は浜名雪風といった。

 第2特殊部隊の総理官邸襲撃の時に、政府側の特務部隊として黒田と戦い敗れた者だ。

 黒田本人は何度か浜名に対して疑問を抱いたが、まさかその勘が当たっていたとは夢にも思っていないだろう。

 浜名は扉の横にあるモニターのボタンを押し、シェルター内の者を呼び出す。

 しばらくすると、モニターに出たのは眠そうな顔をした高校生くらいの男だった。

 

 『……はい。こちら地下シェルター』

 「俺……私は特務部隊リーダーの浜名という者だ。君が主賓で間違いないな?」

 

 浜名は自分の素顔が相手に見えるように、ヘルメットを脱いで問いかけた。

 

 『……そう…ですが……なんですか?』

 

 どうやら主賓はこんな朝早くに尋ねてくる浜名を警戒しているようだが、浜名にとってはどうでもいいことだった。

 

 「ちょっと確認したい事があるから、中に入れてもらえないか?」

 『月光院隊長の許可は出ていますか?』

 「急ぎの用だから許可は貰っていない」

 『特務部隊が警護してくれることは聞いてます。ですが、ここには立ち入らないルールのはずです。しかもこんな時間にやってきて、月光院隊長の許可もない……ちょっと本部に問い合わせてみます』

 

 主賓に今本部と連絡を取られると面倒だ。

 

 「いや、わかった。その必要は無い。正式に月光院隊長の許可を貰ってからまた来るとしよう」

 

 そう言うと通信を切る浜名。

 まぁ、ここまでは予想通りだ。そしてここからが浜名の腕の見せ所となる……と言ってもセットして待つだけなのだが……。

 浜名はバックパックを降ろすと、中からコードが2本出ている金属製の小さい箱を取り出した。

 すると、ドアノブにある電子錠に2本のコードをセットする。

 どうやら浜名は電子錠を破るつもりのようだった。

 一昔前の暗証番号型やカード型の電子ロックは、その道のプロから見ると、比較的容易にロックを解除可能であった。

 このような電子ロックは、強制的に初期化してしまえば良いのだ。

 初期化……つまり製品出荷状態に戻すことで、パスワードやカード登録する前の状態となるのだ。

 基本的に製品によって初期化方法は異なるが、初期化機能は必ずと言ってよいほど電子機器には搭載されている。

 機能があるのなら、それを強制的に発生させれば良いだけだ。

 そこで、あの小さい箱を使って、様々な周波数帯の電波を流すことで、内蔵チップに誤作動をさせて強制的に初期化を試みるのである。

 実際には一度小さい箱をセットしてしまえば、後は初期化されるまで待つだけだ。

 そして1時間後、唐突にガチャリという小さな音が聞こえた。

 どうやら、やっと初期化が終ったようだった。

 思いのほか時間がかかったが、古い型の電子錠とはいえ、さすがにこのような施設で使われているものは、セキュリティレベルが高いということか……。

 などと独りで勝手に納得した浜名は、ノブに手をかけて下に降ろしてみると、ゆっくりと外側に扉が開き始めた。

 浜名が中を覗くと、内側には更に別の鉄製で出来た扉があった。

 うんざりした浜名だったが、こちらは電子ロックではなく、もっと物理的な機密性を高めるためのロックであった。

 多分、内側からハンドルを回して扉自体を圧着させるエアロックタイプだろう。この手のものは、レバー一つで解除できるはずだ。

 それくらいであれば、ランクCの浜名であっても余裕でサイコキネシスで遠隔操作できる……はずだったのだが、その能力を使う必要はなかった。

 主賓が異変に気づいて、確認のため自ら扉を開けたのだ。

 何故かがっかりした表情の浜名は、主賓をシェルターの奥へ追いやると、自らも部屋の中央まで進み周囲を見渡した。

 20畳くらいの広めの部屋の奥に、ウレタンマットレスの上に寝袋と毛布が無造作に置かれていた。主賓はどうやらそこで寝ていたようだ。

 それ以外には、壁に埋め込まれた棚が部屋を取り囲んでおり、見た目は非常に殺風景である。

 非常時は人で溢れかえるシェルターなので、当然と言えば当然であった。

 正直、こんな場所に閉じ込められている主賓を不憫に思ったが、この後自分の手によって殺されるのだから、ある意味、自由の身となるのだ。

 

 浜名は左脇のナイフホルダーから戦闘用ナイフを取り出すと、主賓に向って話しかけた。

 

 「お前には何の恨みも無いが、上からの命令ってやつだ。ここで死んでもらう」

 

 そう言うと、主賓との距離を詰める。

 志郎は自分が寝ていた場所の壁を背にして立っていた。寝起き40秒で命の危機に直面する志郎は、紺色のスウェット上下に素足の状態だった。

 

 「どうすれば俺はあんたに命を助けてもらえる?」

 

 志郎は冷静に浜名に問いかけた。

 浜名は首を横に振りながら答える。

 

 「残念だが、どうやっても助からない。俺のナイフから逃れた者はいないからな」

 

 そう言うと、浜名は更に志郎との距離を詰める。

 

 「そうか……でも……」

 

 志郎が話を続ける。

 

 「……俺の命を狙って助かった者もいないらしいよ?」

 「なんだと!?」

 

 浜名が聞き返すのと同時に、志郎は足元の寝袋を浜名に向って蹴りあげた。

 それを浜名は右手のナイフで払いのける。

 志郎は更にウレタンマットレスの下に足を滑り込ませると、足でマットレスを床に立たせた。

 同時に毛布を拾い上げ、丸めて抱え込んだ。

 折り畳み式のマットレスは、折れ曲がりながらうまい具合に床に立っているが、横方向であるため高さが無く、お互いの体は完全に見えていた。

 だが、心理的にマットレスの存在がお互いの隔たりを効果的に生んでいた。

 

 「主賓。なかなかやるな」

 「偶然だけどね」

 

 お互いに手短に話す。

 

 「だけど、忘れていないか?俺は超能力者だぞ?」

 

 そう言うと浜名は超能力でマットレスを吹き飛ばした。

 たかがこれくらいの能力であれば、ほとんど精神集中も不要だ。

 

 「さて、残るはその毛布だけだが、どうする?主賓!」

 

 浜名は鋭い踏み込みでナイフを突き出すと、志郎が丸めて抱えている毛布に突き刺さった。

 そのまま右横にナイフを払うと、丸まっていた毛布は裂けて下に垂れ下がった。

 浜名は更に数回ナイフを払い続けると、毛布のほとんどが床に落ちてしまい、もはや志郎は毛布のかけらを持っているだけであった。

 志郎はそのかけらを浜名に向って投げつけると、自らは横っ飛びでその場を逃れる。

 だが、志郎が逃れた場所は部屋の隅であり、完全に追い詰められた状態となってしまった。

 尻餅をついた状態の志郎は死を覚悟した。

 

 「死んでもらう」

 

 浜名は志郎の髪を掴み無理やり上を向かせると、その喉笛に向ってナイフを突き刺そうとする。

 

 その時──。

 眩暈のような、座っているのに立ちくらみのような症状が志郎を襲った。

 こ、これは……超能力症候群!?

 部屋の景色が歪む中、黒い人の姿が突如目の前に現れた。

 志郎は意識を何とか繋ぎとめると、改めて目の前の人影を見た。

 漆黒のボディスーツを着たその人は、レーザーガンを腰から下げている。背中にはバックパックを背負い、フルフェイスのヘルメットを被っていた。

 

 「誰だ!どこから現れた!?」

 

 浜名は叫ぶが、漆黒の者はそれを無視して右手で浜名の顎に掌底を繰り出す。

 3メートルほど吹き飛ばされる浜名。

 すると漆黒の者は、倒れている浜名に近寄り言葉を掛けた。

 

 「倉本の指示によりシロを引き取りに来た。お前の役目は終わった」

 

 浜名は体を起こすと、口から滴る血を右手で拭いながら答える。

 

 「お、お前は、花橘だな?……だったら俺達は仲間だ。俺は主賓を殺すように命じられている」

 「知っている。だからわたしがシロを助けに来たのだ」

 

 腰に手をやり、浜名をヘルメット越しに見下す楓。

 だが、浜名も言い返す。

 

 「だが、主賓を殺さないと、本当の意味であんたの解放は出来ないと倉本さんが……」

 「くどい。わたしがシロを連れ帰れば問題ない」

 

 楓は浜名の訴えを無視して体を翻すと、志郎のもとに歩み寄った。

 

 「シロ。立てる?」

 

 尻餅をついた志郎に、楓はやや屈みながら右手を差し出す。

 

 「お前は楓か?先ずはヘルメットを取れよ」

 

 志郎は楓の右手を取らずに、壁に寄りかかりながらゆっくりと立ち上がった。

 楓は右手を引込めると直立し口を開く。

 

 「それはできない。早くわたしとここから脱出しよう」

 

 楓が志郎の右手を掴むが、それを志郎は払いのける。

 

 「どうしてヘルメットを取れない?それが倉本の命令だからか?」

 「そう。倉本の命令」

 

 そう言うと、楓は無理やり志郎を連れて行こうと腕を掴む。

 楓は体術を極めているため、志郎が力任せに暴れても、簡単に関節を極めて身動きが取れなくなる。

 その時、浜名がナイフを握りしめて、志郎に向って突進してきた。

 

 「よし花橘!そのまま主賓を押さえてろ!」

 

 楓は瞬時に志郎の前に移動すると、左手で浜名が握るナイフを外側へいなし、がら空きになった懐へ飛び込みながら右腕を畳んでエルボーを顔面に食らわせた。

 カウンターでクリーンヒットしたエルボーで、浜名は意識が飛びその場に崩れ落ちていく。

 だが楓は更に崩れ落ちる浜名の顔面に膝蹴りを浴びせ、浜名の体を強制的に浮き上がらせると、その腹に超能力を込めた掌底を叩きこむ。

 浜名はくの字のまま吹き飛び、背中から壁に激突すると、そのまま床に崩れ落ちピクリとも動かなくなった。

 楓は無言で志郎に向き直ると志郎に近づき、右手を差し出す。

 

 「さあ、邪魔者は消えたから、わたしたちも行こう」

 「動くな!」

 

 突然、楓の背後から別の人間の声がした。

 振り返ると、そこには白色の新型ボディスーツに新型のレーザーガンを右手で構えた者が二人いた。

 

 「月光院隊長!」

 

 志郎は叫んだが、いつの間にか部下までボディスーツを白色にしていたんだな、と非常時なのに呑気に考えていた。

 月光院尊人はバイザーを跳ね上げると口を開く。

 

 「主賓。お怪我はありませんか?ところで、部屋の外は血の海ですが、そこの男も含めてあなたが殺ったんですか?花橘楓さん?」

 「たぶん、楓が殺ったのはそこの男だけです」

 

 答えたのは楓では無く志郎だった。

 

 「なるほど、そうですか。そこの男が外の者達を殺してこの部屋に来た、という事ですね。このような事態になったのは、私の人事に問題があったという事になりますね。大変申し訳ありません」

 

 優雅に頭を下げる尊人。

 

 「ところで、花橘楓さん……あなたはここで何をされているのでしょう?」

 

 頭を下げながら楓に問う尊人。

 だが、楓からは返答はない。

 尊人は頭をゆっくり上げると、楓に話しかける。

 

 「少し話を聞かせていただきたいのですが、私たちにご同行いただけませんか?」

 「断る……」

 

 楓は即答すると更に先を続けた。

 

 「わたしはシロを引取りに来ただけ。大人しく道を空けてくれれば何もしない」

 「それは困りますね……」

 

 尊人がレーザーガンを構えたまま答える。

 

 「もしもこのまま主賓を倉本のもとに連れ去られた場合、主賓はその命を失う事になるでしょう」

 「それはない。倉本はわたしと約束した。主賓を手厚く保護すると」

 「花橘楓さん。あなたは騙されている。倉本は保護と称して主賓の失われた能力を再開発しようとするでしょう。そして、その間あなたは主賓を人質に取られているため倉本の命令に背くことが出来ない。だが、もしも主賓の能力が覚醒しない時は、倉本は間違いなく殺す事でしょう」

 「マ……マジか……」

 

 尊人の言葉に一番ショックを受けたのは志郎本人であった。

 楓は言葉を発しないため、ヘルメットで表情までは読み取れなかった。

 

 「とにかく、先ずはそのヘルメットを取って頂けませんか?花橘さん」

 

 尊人が促すが楓は動こうとしない。

 

 「こいつ、ヘルメットを取ろうとしないんですよ!なんでも倉本の命令とかで……」

 

 志郎が横から口を挟む。

 尊人はその言葉を聞くと少し考え込んだ。

 

 「そうですか……ヘルメットを取らないのは倉本の命令ですか……ふむ……なるほど。どうやらそのヘルメットが洗脳の道具として使われているのでしょうね」

 「え!?そうなんですか!?」

 

 志郎は驚いて聞き返した。

 

 「多分そうでしょう。上司の命令で『ヘルメットを取るな』というのは違和感があります」

 「話は終わりだ」

 

 楓はそう言うと同時に右手を突き出した。

 それと同時に、志郎は再び目の前が暗くなり、景色が歪むのを感じた。

 だが、その目には一人の白いボディースーツの男が細切れの肉片と化す様がはっきりと見えた。

 志郎は片膝を床に付き顔を上げると、両手を前方に突き出した月光院尊人の姿があった。

 その姿は全身が引き裂かれたような裂傷を負っており、ヘルメットのバイザーも左半部が割れて素顔が見えていた。

 

 「さすがは花橘楓さん……ほとんど精神集中無しでこれほどの威力の力を出すとは……私も部下までは助ける事ができませんでした」

 

 尊人は無数の傷口から血を流しながらも、何とか踏みとどまっていた。

 それを見た志郎は怒りが込み上げ、楓に向って怒鳴った。

 

 「楓!お前自分が何をしたのかわかっているのか!?お前は仲間を攻撃したんだぞ!!」

 「仲間では無い。わたしの行動を邪魔する者は敵だ」

 

 楓は抑揚が無い口調でそう言うと、志郎の腕を掴んで話を続けた。

 

 「さあシロ。一緒にここから脱出しよう」

 「俺はいかねぇよ!」

 

 志郎は楓の腕を振りほどこうとする。

 楓は「仕方ない」と言うと、志郎のみぞおちを殴った。

 志郎は「うげぇ!」と呻きながら、あまりの痛さに床をのたうち回る。

 

 「うぐぅぅ!い、いてぇぇ!」

 

 両手で腹を押さえ、涙を流しながら苦悶の表情を浮かべる志郎。

 

 「あれ?気絶しない?」

 

 楓は少し首を傾げてつぶやいた。

 それを聞いた志郎は痛みを堪えながらも突っ込んだ。

 

 「アホか!腹を殴って気絶するのはマンガだけの世界だ!」

 「ああ、そうなんだ。じゃあ、次は首の付け根を……」

 「それもダメだ!そんな所をチョップしても気絶する訳ないだろ!むしろ危険だから良い子は絶対にマネをするな!」

 

 あまりの痛さに全身汗だくとなり、ぐったりする志郎。

 その光景を見ていた尊人が楓に話しかける。

 

 「さすがの貴女でも、主賓と一緒ではテレポートは出来ないようですね。それにしても、どんどん強くなっているようですが、その能力はどこから来るものでしょうかね?」

 「遠回しの表現は不要」

 

 楓は尊人に振り返りもせず短く答える。

 

 「これは失礼。実は私が知っている人……実際には会ったことは無いのですが、その人と能力が似ていると思いましたので」

 「ほう。だが、わたしはわたしだ。そしてシロを連れていく事に変わりは無い」

 

 楓は志郎に手を伸ばすと、志郎はその脇をすり抜けてゴロリと1回転すると、床に落ちていた浜名のナイフを拾い上げる。

 それを両手で持ち腰を少し落として構える志郎。

 

 「こっちに来るな!」

 

 志郎の行動に楓は小さくため息をつくと、右手を月光院尊人に向けた。

 

 「シロ。これ以上抵抗するならこの男を殺す。大人しくしてくれれば誰にも危害は加えない」

 「き、きったねぇ」

 

 志郎はつぶやくと、ナイフを握った手を力なく降ろした。

 

 「では行こう」

 

 楓は志郎の左手を握る。

 それを月光院尊人が呼び止める。

 

 「こうなっては私も抵抗するのはあきらめよう。だが、どうやってここから移動するんだい?主賓を連れていてはテレポートは使えない。君のご主人である倉本は日本にはいないはずだ」

 

 楓は歩みを止めずに短く返答する。

 

 「心配無用。仲間が迎えに来る」

 

 この楓の発言に、すぐに反応する尊人。

 

 「麗子。地下シェルターに花橘が現れ主賓を連れて逃亡しようとしている。多分、屋上から脱出を試みるはずだから、建物に近づくヘリに気を付けろ」

 『了解しましたわ。お兄様……あっ!本部に接近中の飛行物体を確認しました!撃墜します!』

 「許可する」

 

 そのやりとりを聞いていた楓は突如、レーザーガンを右手に持ち、それを天井に向けると精神集中する。

 

 「ば……か……楓……お前……本当に俺を……守る気がある…のか……?」

 

 至近距離で楓に精神集中され、その場に崩れ落ちる志郎。

 楓は目を開けると、レーザーガンのトリガーを引くと同時に、超能力によりレーザーの威力を増幅する。

 レーザーはシェルターの天井を突き抜けると、そのまま全ての天井を貫通し、2メートルほどの丸い穴がぽっかりと空いた。

 

 「私たちの拠点で無茶は止めて欲しいものですね」

 

 月光院尊人が丸い穴から覗く青い空を見ながら呟く。

 楓は志郎を小脇に抱え穴に向ってジャンプすると、すごいスピードで上昇してあっという間に屋上に着地した。

 

 「いや、ホントに反則級ですよ。あの能力は……」

 

 尊人はやれやれという表情をしながら呟くと、楓の後を追うように穴に向ってジャンプする。

 だが、尊人は途中で一度、途中の階に着地すると、そこから再ジャンプして屋上に着地した。

 尊人もランクAだ。いつもであれば、これくらいの高さであれば一っ跳びなのだが、先ほど受けたダメージがかなり深刻であることがわかる。

 

 「花子!屋上に援護に来てくれ!だが、部下は連れて来るな。足手まといになる」

 

 尊人はそう言いながら空を見ると、1機のヘリコプターが接近しているのが見えた。

 どうやら間一髪、楓がヘリコプターに防御壁を展開したのだろう。ヘリは何事も無かったように屋上に到達していた。

 上空でホバリング中のヘリコプターのドアが開くと、楓は志郎を抱えたままヘリに向ってジャンプする。

 二人はあっという間に、ヘリの中へ吸い込まれるように移動した。

 レーザー砲の第2斉射がヘリを襲うが、すべて楓の防御壁の前に無効化される。

 尊人も超能力で攻撃を試みるが、無駄に終わった。

 楓と志郎を乗せたヘリコプターは、徐々に高度を取りながら同盟本部から離れていく。

 そこへ花子が屋上にやって来る。

 

 「お兄様!花橘は!?」

 「あそこだ」

 

 兄が指差した方向に小さくなりつつある1機のヘリコプターの姿があった。

 

 「あのヘリコプターを追います。海外へ逃亡するために必ず飛行機に乗り換えるはずです。ここで逃したら倉本に世界を奪われてしまいます。必ず日本国内で決着をつける!特殊部隊もすぐに帰国させて下さい!」

 

 尊人は柄にもなく声を荒げて指示を出す。

 月光院家の力を総動員すると同時に、榊原に連絡して楓が乗ったヘリコプターの行先を予測して、その周辺の空港を閉鎖するよう頼んだ。

 そして、自らも専用機で楓の後を追うのだった。

 

 

 ◆

 

 「あいつは一体何をやっておるのだ!?」

 

 倉本は台湾攻略のため、ヘリをスタンバイしていたのだが、楓が突然日本へテレポートしたと聞いて愕然としていた。

 楓はヘルメットによる精神支配状態にも関わらず、命令を無視して勝手に行動したことにも驚かされたが、もっと驚いたのがテレポートを使用した事だった。

 朝鮮の研究所に入るまでは、そんな能力は無かったはずだ。

 これは間違いなく、新たな能力が覚醒した証拠と言えるだろう。

 

 「私にとっては幸運の女神となるか、破滅の女王となるか……」

 

 そう一人呟くと、改めてソギョンと連絡を取り、小型ジェット機を手配する。

 一旦、上海空港へ行き、そこから日本へ向かう予定だ。

 

 「それにしても主賓の存在だ……」

 

 上海へ向かうヘリの中で、隣の側近に向って話しかける倉本。

 

 「花橘に精神支配を打ち破らせるほどの存在であったか……。ここは113を用意すべきだろう。113をすぐに花橘の元に派遣しろ」

 「承知いたしました」

 

 倉本は今更ではあるが、主賓を殺しておけば良かったと心底思った。

 過去に何度も主賓を殺す機会はあったのだ。だが、そのチャンスをことごとく活かすことが出来なかった。

 

 「最終的には、この私が自ら……」

 

 そう言うと、倉本は右手を強く握るのだった。

 

 

 ◆

 

 第1、第2、第4特殊部隊は石垣島から台湾へ移動しようとしていたが、すぐに帰国の指示があった。

 だが、小野寺可憐は帰国を拒否すると、別途、朝鮮共和国の首都平壌および超能力者施設への攻撃を具申した。

 理由は明確で、親玉である倉本の活動拠点を叩く方が、結果的には倉本を弱体化させることが出来るからであった。

 報告を受けた榊原は可憐の意見を総理官邸で検討し、改めて作戦指示を与えた。


 『第1、第2、第4特殊部隊は、先行する海自の第2、第5護衛隊と合流し直ちに朝鮮湾へ向かえ。そこからヘリで平壌へ向かい、キム・ソギョンの身柄を確保せよ。海自の護衛隊はその支援にあたれ。作戦の詳細は護衛隊と合流後に別途伝える。以上』

 

 可憐はその指示内容を受け取ると首を捻った。

 

 「朝鮮の最高指導者を捕えるという、かなり大掛かりな作戦の割には、ずいぶんあっさり命令が出た気がする……」

 

 それを聞いた佐藤千佳も腕を組むと、釈然としない様子だった。

 

 「中国や台湾に行くってだけでも国連や連合国の許可を待っていたのに、今回はその辺の手続き的なものは無かったとしか思えないじゃん!?」

 「まあ、それはそうだが、意見具申したのはこちらである手前、命令を拒否するのもおかしな話だろう」

 

 黒田が真っ当な事を言う。

 

 「とりあえず、行ってみるしかないとか、超ウケる!」

 

 千佳が何に対してウケているのかは謎だが、確かに今は『行く』という選択肢しか無かった。

 

 「それじゃヘリで移動ってことで、隊員を招集するよ」

 

 そう言うと、千佳は部下を集めるためにこの場を去った。

 黒田は可憐に向かって話しかける。

 

 「そう言えば、第2護衛隊と合流すると言っていたが、第2護衛隊っていえば……」

 「そう。瀬川艦長の部隊……私たちを助けてくれた恩人よ」

 「ほんと、あの艦長とは縁があるな。じゃあ俺もメンバーを招集してくるわ」

 

 黒田は右手を振りながら歩き出すと「第2特殊部隊、集合!」と大声で叫んだ。

 それを見て可憐もメンバーの所に行くために、スーッと宙に浮きあがると一言呟いた。

 

 「また移動……最近、移動が仕事のようになってきた気がするわ……」

 

 見た目は幼女の最年長者は、地上30センチほど浮いた状態で、空中を滑るようにメンバーの所へ移動して行った。

 

 

 

 「……んで?あたし達には何の命令も出ていないと!?」

 「ああ、そうだ」

 

 さゆりの質問にぶっきら棒に答える真一。

 

 「じゃあ日本に帰ろうよ!」

 

 真一の肩を掴んで激しく揺らすさゆり。

 

 「そ、そうしたいが、そのためにはジープで連合軍の陣まで戻る必要がある……だが、俺の右腕は使い物にならん。よって運転が出来ない」

 「はあ!?何甘えてんのよ!左手一本あれば車の運転なんて、どうにでもなるじゃない!」

 「お前が代わりに運転してくれるという選択肢もあるんだが?」

 「やだ!……っていうか運転したことないし」

 

 基本的に外国では左ハンドルが普通であるため、シフト操作は右手を行う。確かに最近の軍用車はオートマも増えてきたが、メンテナンス性や耐久性を考慮するとまだまだマニュアル車の割合は多かった。

 そして、二人が乗ってきたジープも、もちろん左ハンドルのマニュアル車だ。

 確かに走り出してしまえば陣に戻るまではシフトチェンジの必要は無いだろう。それに走り出しのシフトアップも、2速発進から命一杯引っ張って5速に入れれば、基本的には1回だけの操作で済むだろう。

 また、ウィンカー等の操作も不要なので、左手だけでイケるといえばイケる……。

 

 真一は大きなため息をつくと、ジープの元に歩き始める。

 その後ろを「ウシッシ」と笑いながらさゆりが追いかける。

 二人にとって日本は遥か遠かった。



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