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超能力戦争2

■超能力戦争2

 

 2月18日17時25分。連合軍防衛拠点。

 中国福州市の外れ、山間部から少しひらけた幹線道路沿いに防衛ラインは敷かれていた。道路の両側はうち捨てられた畑が広がっており、何年も放置されていたためか、無残に荒れ果てた状態であった。

 敵が南下してくる場合、必ずこの山間部を抜けて来る必要があり、そこを迎え撃とうという布陣である。

 

 「……大丈夫か?」

 「つ、疲れたぁ」

 

 拠点に着くなりトイレに直行したさゆりは、司令本部のテントに戻って来るなりパイプ椅子に倒れ込んだ。

 

 「超能力で尿意も操作できればいいのに」

 「もしかすると高ランカーにでもなれば可能かもな」

 「……冗談よ。そんなことより、すぐに作戦会議を始めましょう」

 

 さゆりの言葉に真一は『お前を待っていたんだよ』と言いそうになったが、また口論になるので止める事にした。

 

 こうして、司令本部のテントで各国の指揮官を相手に、作戦会議が行われることになったのだが、作戦と言ってもぶっちゃけ、超能力者に対する注意事項とこちらの指示に従ってもらう事を確認しただけだった。

 朝鮮側がいきなり超能力者を出して来たら、もうこれは軍事力による戦争ではなく、超能力者同士の戦いとなるのだ。

 そうなった場合、連合軍が出来る事は一つだけだ。

 撤退の準備をした上で見守る……それだけしかできないのである。

 そして、山本兄妹が勝ったのなら防衛ラインを押し上げ、負けたのなら香港まで退く……たったこれだけの事を作戦会議で確認したのだ。

 だが、連合軍はこれまで朝鮮共和国に敗れ続けており、どうしても一矢報いたいため、状況を見て攻撃に参加したいと言い出し、それを抑え込むことに会議のほとんどの時間を費やした。

 

 会議を終え各国の指揮官が自陣に引き上げると、残された真一とさゆりは会議卓にうつ伏せの状態となった。

 

 「あーしんど」

 「何なのあいつら……自分達の事ばかり主張して……話になんないわ……」

 

 そう言うと、さゆりはペットボトルの水を口に流し込む。

 真一は「あまり飲むとまたトイレが近くなるぞ?」と言いそうになったが、口論になることを恐れて止める事にした。

 山本兄妹は食事を終えると、各国の部隊駐屯地を確認したり、連絡体制の確認等に時間を割いた。

 そして、22時を過ぎた頃に監視衛星やレーダーの情報を確認したが、周囲30キロ以内に敵の軍事車両等は確認されなかった。

 真一とさゆりは2時間交代で睡眠を取ることにした。

 さゆりは兄に周囲の警戒を任せ、先に仮眠を取る事にした……のだが、司令本部のテントの横に一人用のテントを与えられ、そこにエアマットレスに寝袋という状態で寝転がっていた為、なかなか寝付けないでいた。

 そもそも、司令本部には昼夜を問わず人が出入りするため、騒がしくて全く落ち着かないのだ。

 それでも目を閉じて横になるだけでも疲労は回復するので、さゆりはなるべく心を穏やかにして周囲の事は気にしないようにしていた。

 

 その時──。

 さゆりは複数の超能力者の存在を感知した。

 同時に真一の声が響き渡る。

 

 「敵襲!超能力者だ!」

 

 真一の声と同時にさゆりは寝袋から這い出ると、すぐにボディスーツに着替える。

 この時、真一はすぐに防御壁を展開したのだが、かすかに何かの反応を感じた。これはおそらく敵の精神攻撃だろう。

 一般人を鎮圧するだけであれば、これくらいの攻撃で十分であるが、真一が展開した防御壁の守備範囲内については被害は無いと思われる。だが、味方の陣営は広すぎた。実際、どこまでの人を守ることが出来たのは、現状ではわからなかった。

 さゆりはテントから出ると、司令本部のテントの後方にある高さ5メートルほどの木製の見張り台に登る。

 すでにそこには兄がおり、周囲に防御壁を展開しながら敵超能力者がいると思われる方向を凝視していた。

 

 「兄貴、どうなの?」

 

 さゆりが兄の隣りでささやく。

 

 「わからん……敵の姿は見えない……が、この闇の中のどこかにいるはずだ」

 「レーダーにもヘルメットの赤外線にも反応しないとなると、ほとんどお手上げ状態ね」

 「ああ。まさか超能力者だけで乗り込んでくるとは思わなかった」

 

 今までの敵の進軍を考えると、必ず大規模な軍事車両が同行していたため、超能力者だけで攻撃を仕掛けてくるとは想定していなかった。

 もしも超能力者が現れた場合、こちらの命令があるまでは騒がずに待機するように言ってあったのだが、何とかそれは守られていた。ここで味方に騒がれたら、敵を見つける事はいよいよ難しくなるだろう。

 真一は最大限の防御壁を展開しつつ、さゆりに指示を出す。

 

 「敵の規模がわからないが、超能力者である限りその力を使うときに反応があるはずだ。俺は防御に専念するから、お前は敵の超能力者を各個撃破しろ」

 「事前の情報だと、敵の超能力者は10名と聞いていたけど……」

 「その内、この夜襲に何人投入されているのかわからないからな……だが、先ほどの精神攻撃の力から考えると、それほど高レベルではないはずだ。敵の人数は多いかもしれんが勝機はある」

 「わかった。行ってくる」

 

 そう言うと、さゆりは見張り台から飛び降り、正面の暗闇に向って走り始めた。

 真一はそれを見届けると、司令部に対して後方部隊から順次、5キロほど後退するように指示を出した。

 

 その時、再び超能力反応を感知した。

 

 「敵は3名ずつ左右に展開!大規模攻撃来るぞ!」

 

 真一が叫ぶと同時にさゆりが精神集中に入る。

 敵が精神集中している間……つまり超能力攻撃をするまでは、その位置は把握できる。

 だが、それは敵にも同じことが言えるのだ。

 多分、さゆりは精神集中で位置がバレたはずだ。これで防御壁を展開し続けている真一と、さゆりの両方の位置が敵にバレたと考えるべきだろう。

 そんなことは真一とさゆりは百も承知だ。

 敵に攻撃をさせなければ、相手の位置がわかならい以上、ある程度のリスクは覚悟している。

 さゆりは両手を前方に一気に突き出すと、鼓膜が破れんばかりの気圧変化とともに、凄まじい炸裂音が周囲に鳴り響いた。

 アスファルトが捲れ上がり、地面をえぐりながら衝撃波は突き進み、連合軍から見て右側に展開していた朝鮮の超能力者を飲み込んだ。

 朝鮮の超能力者3名の体は瞬時に引き裂かれ、この世から消滅した。

 さゆりはバイザーに映し出されていた、敵の位置を示す3つの光点が消えたことを確認し通信で真一に連絡した。

 

 「右側の敵は片付けた!左から攻撃来るよ!」

 

 さゆりの言葉と同時に連合軍の上空がフラッシュし、周囲が一瞬明るくなる。

 次の瞬間、上空から何本もの稲妻が連合軍に降り注ぎ、同時に衝撃波も正面から襲い掛かってきた。

 稲妻の音と、衝撃波の炸裂音が奏でる轟音は凄まじく、更に大気密度の急激な変化によって積乱雲が発生し、こぶし大の雹が降り注いだ。

 連合軍の周囲ではプラズマが発生し、衝撃波による爆発で土砂が舞った。

 だが、その全てを真一の防御壁が受け止める。

 数秒後、敵の攻撃は止み、辺りには再び闇が訪れた。

 

 「敵の一次攻撃は受けきった!さゆりは左の敵に向え!」

 「もう向ってる!」

 

 真一の指示に走りながらさゆりが答える。

 さゆりは、右の敵を攻撃した直後、左の敵の背後を取るべく大きく迂回するように走っていた。

 すでにバイザーには敵の位置を示す光点は消えていたため、再び超能力を使うまでは正確な位置がわからない状況だった。

 だが、少なくとも光点が表示されていた付近にはまだいるはずだ。さゆりはそれを信じて走り続けた。

 すると、バイザーに人の反応を感知した。その数は1。

 さゆりは位置バレを恐れて超能力ではなく、レーザーガンによる攻撃を選択したが、射程まではまだ120メートル以上の距離があった。

 超能力を使わなければ20秒ほどかかる距離だ。

 

 ここでさゆりは決定的なミスを犯す。

 隠密性を重視したため、致命的とも言える20秒という時間をロスすることになった。

 バイザーには更に2人の人間を感知し、合計3名が自分の正面にいる。

 さゆりはこのまま進めば、3人の背後から気付かれずにレーザーガンを発射できると考えていた。

 その時、突然敵の超能力反応が急上昇した。

 

 「兄貴!第2次攻撃行くよ!!」

 

 さゆりは咄嗟にそう叫んだが、それは違った。

 敵の精神集中はすぐに終わり、超能力を発動する。発動時間が短い──これは明らかにスピード重視の攻撃だ。

 もしも敵が連合軍の拠点を攻撃するのであれば、先ほどの攻撃が防がれている以上、更なる攻撃力が必要なことは敵もわかっているはずだ。

 それなのに、攻撃力を犠牲にしたスピード重視の攻撃という事は、その狙いは連合軍ではなく──!!

 さゆりがそのことに気付くと同時に、圧縮空気の直撃を腹に受け、後方に吹き飛ばされていた。

 

 「ぐっ!!」

 

 短いうめき声と共に地面に転がったさゆりに向けて、更に真空の刃と雷が同時に襲った。

 だが、うつ伏せに倒れていたのが幸いし、背中のバックパックがズタズタにされただけで致命傷には至らなかった。

 とはいえ、この一連の攻撃を受け、さゆりは息も出来ないほどの状態となり動くことが出来なかった。

 それでもさゆりは、もしも敵が迂闊にも近づいてきたなら、このレーザーガンをおみまいしようと密かにチャンスを伺っていた。

 だがさゆりの期待を裏切り、敵は近づいて来ようとせず、遠巻きから精神集中に入った。

 

 「や、やばい……」

 

 さゆりは防御は苦手とは言えランクBである。

 スピード重視の超能力攻撃であれば、防御壁で完全に無効化出来たであっただろう。

 だが、先ほどの攻撃をまともに受け、今では精神集中も覚束無いさゆりは、一般人とさほど変わりは無い状況だった。

 さゆりは何とか体を起こそうとするが、腹部の激痛は身体の自由を奪い、嘔吐を我慢するだけで体力を奪われて行った。

 敵の3人は驚くことに、精神集中を完全に同時解放した。

 通常、どんなに息が合った者同士であっても、誤差も無く同時に発射する事は不可能に近い。だが、それを可能にするのが相手の意思を読み取れる力……テレパシーである。

 何年も心通わせた恋人や親兄妹という、特別な存在同士であればテレパシーが可能であるが、敵の超能力者3人はその上を行く自分同士……つまり、同じクローン同士であったため、意識せずともお互いの考えや行動がシンクロしていた。

 今度の攻撃は3人とも衝撃波を発生させており、それが完全にシンクロすることで、その威力はランクCの能力を大幅に増大したものとなっていた。

 ド ン ッ ! !

 という炸裂音と共にさゆりの目前で地面が爆発し、大気が激しく振動した。

 地面はえぐれて土砂が降り注ぎ、土煙が周囲を覆った。

 衝撃波はさゆりの目前で見えない壁に衝突し四散し、さゆりから3メートルほど前方に大きな穴があき煙が立ち昇っていた。

 一瞬、敵もさゆりも何が起こったのかわからなかったが、次の瞬間、凄まじい超能力反応を感知した。

 

 「こ、これは……」

 

 さゆりはつぶやきながら視線をそちらに向けた。

 

 「あ、兄貴!」

 

 その言葉が発せられるのと同時に、超高速で50センチほどの火球が敵の頭上へ落下してきた。

 敵はすぐに防御壁の展開を試みるが、火球は何事も無かったように3人がいた場所に落下し、爆発音とともに激しく地面に激突した。

 その衝撃は凄まじく、地面に直径15メートル以上の穴をあけた。

 多分、敵は跡形も無く消し飛んだであろう。

 さゆりは真一の勝利を確信すると体の力が抜け、再びうつ伏せでその場に倒れ込んだ。

 そこへ真一から通信が入る。

 

 「お前が敵を引き付けてくれたから難なく倒すことができた。今から医療班を向かわせるからそのまま待……ろ……」

 

 さゆりは意識が薄れて行き、兄の言葉を最後まで聞くことは出来なかった。

 

 

 ◆

 

 2月19日夜明け前──。

 

 「さゆり、さっさと起きろ!敵襲だ!」

 

 医療テントのベッドで眠っていたさゆりは、兄真一の声で起こされた。

 

 「うるさいなぁ。兄貴は……」

 

 さゆりはつぶやきながら体を起こそうとしたが、腹部が痛み、力が入らない……まるで体が鉛のように重かった。

 それでもベッドから出ようと体を起こすと、自分が何も着ていない事に気づき、慌ててまたベッドに潜り込むさゆり。

 

 「ちょ!兄貴!あたし素っ裸なんだけど!?」

 「ああ、お前を回収した後、ボディスーツを脱がせて精密検査をしたようだからな」

 「そんな事はわかってるって!そうじゃなくてボディスーツ着るから出ていけって言ってるの!」

 

 真一はさゆりに怒鳴られながら医療テントから出ると「ギャーギャー騒ぐなよ」と、さゆりに聞こえないようにつぶやく。

 朝鮮軍は軍用車輌1台だけで連合軍の防衛ラインに接近中であり、真一はこれを超能力者を乗せた車だと判断した。

 昨晩の戦いで一番の問題点は、連合軍の防御を考える必要があった点だ。超能力者同士の戦いで、そのような事に意識を割いていては勝てる戦いも勝てなくなると真一は痛感していた。

 そこで、連合軍の防御が不要になるくらい離れた場所を戦場とするため、真一とさゆりは山間部付近まで押し上げて配置する策を取る事にした。

 真一はやっと特殊ボディスーツの姿で現れたさゆりをジープに乗せると、徐々に周囲が明るくなってた山間部に向って車を走らせた。

 連合軍には、大事を取って10キロほど後退するよう指示をしておいた。

 

 「体の具合はどうだ?」

 

 運転しながら真一は助手席のさゆりに声をかける。

 さゆりはジープの手すりに掴まりながら答える。

 

 「体中痛いけど、やっぱりお腹が一番痛いくて、全然力が入らない」

 「うーむ……そんなんじゃあ、まともに精神集中も出来ないだろうから、超能力攻撃もかなり威力が落ちるだろうな……」

 「ごめん……兄貴……」

 

 うつむくさゆりの頭をぐしゃぐしゃと撫でまわしながら真一が言葉をかける。

 

 「心配すんな。情報では朝鮮産の超能力者はあと4人だ。昨晩の戦いで敵はランクC以下と考えていいだろう。油断しなければ余程の事が無い限り、負ける事は無いはずだ」

 

 そう言うと、真一はさらにアクセルを踏み込む。

 なるべく連合軍とは距離を取っておきたいという思いで、ついアクセルを踏む足にも力が入る。

 だが、あまり進み過ぎると、爆発に巻き込まれる可能性がある……真一はアクセルを緩めると、味方の攻撃を待った。

 真一は事前に、台湾本島からの直接ミサイル攻撃を連合軍に要請していたのだ。

 目標は走り続けている敵の軍用車輌だが、衛星の位置情報からミサイルの誘導が可能と判断し、先制攻撃を仕掛ける手筈となっていた。

 真一はジープを道路脇の岩陰に移動するとジープから降り、その岩陰に体を隠しながらバイザーに表示されるカウントを見つめた。

 

 「5……4……3……2……1……」

 

 真一のカウントに合わせて前方で爆発音と共に周囲が昼間のように明るくなった。

 轟音が山間部にこだまし、爆風が駆け抜ける。

 勿論、こんな攻撃で敵を仕留めることが出来るとは真一も思っていない。だが、少しでも敵をかく乱し、指示系統を乱せればこちらのチャンスが広がる。

 煙が立ち込める中、真一は防御壁を展開しレーザーガンを構えながら突入を開始する。

 すると前方に軍用車輌の反応があったが、周囲の地面が爆風で削られているため、走行は出来ずに停車した状態だった。

 

 「やはり防御壁で防いだか……」

 

 その時、真一の後方で超能力反応が増大した。

 真一はさゆりが敵の軍用車輌への攻撃を試みようとしていると瞬時に判断し、さゆりと敵との射線を空けながら飛ぶように前に進んだ。

 さゆりは「おりゃあああぁ」という掛け声と同時に右手を前方に突き出す。

 爆音と共に衝撃波が真一の右横を通過すると、敵の軍用車輌の手前で見えない壁に阻まれて、衝撃波が炸裂・四散し地面が削れ飛び土煙が舞った。

 この爆風と砂塵に紛れて真一はレーザーガンの射程まで敵に接近すると、オートエイムによるレーザー射撃を行った。

 ロックオン数は5だった。

 砂塵によりレーザーの威力は減衰したが、軍用車輌を貫通し敵の右太ももに直撃させるには十分な威力のはずだった。

 真一はレーザーによる射撃に加え、精神を集中して超能力攻撃を行った。

 防御壁に対して、複数の属性攻撃は基本中の基本である。どうやら、さゆりも第2次攻撃のために、精神集中を行っているようだった。

 先ず、真一の火球攻撃が敵の軍用車両上に高速で落下し、そこへさゆりの衝撃波が敵を襲った。

 真一は巻き込まれないようにするため、敵との距離を少し取る。

 激しい爆風と衝撃波が周囲を襲い、明るくなり始めた空を黒煙が覆い尽くす。

 真一とさゆりは防御壁を展開しつつその場に伏せる。

 バイザー越しに前方を確認する真一は、黒煙の中、軍用車輌が健在であることを確認した。

 だが、生命反応は1つしかなく、他の者達は防御しきれずに高温の火球に呑まれたか、衝撃波によって細切れにされたか、或いはその両方の餌食となったようだった。

 残る敵は一人。

 どうやら軍用車輌の屋根に仁王立ちしているようだが、ランクC程度であれば運よく助かったとしても、無事ではいられないはずだ。

 真一は立ち上がると、レーザーガンを構えながらゆっくりと敵へ接近する。

 周囲は黒煙と砂塵が立ち昇り視界が悪いため、まだ敵を目視することは出来なかった。

 さゆりも真一をバックアップするため、腹部の痛みを堪えて防御壁を展開しつつ真一の後を追った。

 徐々に周囲の黒煙や砂塵は収まってくると、朝日に照らされた軍用車両の上で佇んでいる敵の姿が徐々に明らかになってきた。


  黒色のボディスーツ。

  そのつなぎ目は赤く縁どられている。

  右手はレーザーガンを持ち、左手は右手を覆うようにガングリップの下から添えている。

  ボディスーツの形状は女性──。

 

 真一とさゆりは一気に血の気が引いた。

 無意識にブルブルと膝が震え、その場から動けなくなる二人。その眼は大きく見開かれ、焦点が定まっていないようだった。

 黒色のボディスーツの女は通信で問いかけてきた。

 その言葉は、以前にも聞いたことがあった。

 

 「選ぶがいい。降伏か、それとも死か」

 

 真一は絶望でへし折られそうになる心を、強い意志で何とか繋ぎとめると大声で叫んだ。

 

 「花橘楓!!どうしてお前が俺たちの前に現れるのだ!?」

 

 楓はその問いには答えず、突然レーザーガンを発射した。

 真一の目の前でプラズマ化したレーザーが減衰、拡散する。

 だが、突然の事だったため、真一はバランスを崩し、地面に尻餅をついた。

 

 「もう一度聞く。降伏か、それとも死か」

 

 楓が再び問うてくる。

 真一は立ち上がると、再び質問する。

 

 「花橘!俺は山本真一だ!以前、お前に敗れたがその命は助けられ、今は反政府同盟に協力している者だ」

 

 そう言いながらヘルメットのバイザーを跳ね上げ、素顔が見えるように楓を見つめる。

 

 「反政府同盟……」

 

 楓が真一の言葉を繰り返しつぶやく。

 

 「そうだ!お前が長年所属していた反政府同盟だ!」

 

 ここぞとばかりに真一は叫んだ。もしかすると、反政府同盟の事を思い出し、攻撃を止めてくれるかもしれないという希望を込めて。

 楓はつぶやく。

 

 「反政府同盟……つまり……わたしの敵だ」

 

 そう言うのと同時に精神集中をしたかと思うと、楓はすぐに超能力攻撃を発動する。

 合わせてレーザーガンも発射した。

 

 「!!」

 

 精神集中の時間があまりにも短い。

 だが、その攻撃力は凄まじく、高重力によって真一を押しつぶそうとしていた。

 すぐに真一の防御壁が悲鳴を上げる。

 そこへ楓のレーザーガンが吸い込まれるように真一を貫通する……はずであった。

 だが、朝日を浴びて前方に伸ばされた光り輝く真一の右手の義手が、楓のレーザーを鏡の原理で反射し、体への直撃を避ける事に成功していた。

 さゆりは兄がどうしてこんな義手をしていたのかを、今やっと理解したのだが、そのレーザーの超高温の熱や衝撃までは反射できず、義手の肘から指先の部分が吹き飛ばされてしまった。

 確かに、花橘の超能力攻撃に対しては、それに特化した防御壁を全力で展開しなければ防ぐことは出来ないだろう。

 そうすると、同時にレーザーを撃たれた場合、全く防ぐことが出来ないので、苦肉の策であの義手だったのだ。

 真一は何とか楓の攻撃を受けきると、その場で地面に両膝をつき肩で息をしていたが、左手を高く上げて大声で叫んだ。

 

 「花橘楓!お前の攻撃をランクBの俺が受けきったぞ!」

 

 そう言って真一は楓を見ると、バイザーをゆっくりと跳ね上げるところだった。

 露わになった楓の表情は、いつもの無表情であったが、ゆっくりと口を開いた。

 

 「これは驚いた。今の攻撃を凌ぐとは、確かに少しはやるようになったみたいだ」

 

 さゆりは急いで真一の元に駆け寄ると、バイザーを跳ね上げて楓に向って叫んだ。

 

 「花橘!あたしよ!あんたに頼まれて志郎の警護を引き受けた山本さゆりよ!」

 

 この言葉にピクンと眉が動き反応する楓。

 

 「志…郎……?」

 「そう!志郎!あんたは志郎のことを忘れたの!?あんたは志郎を守ることが人生の全てじゃなかったの!?」

 

 このさゆりの言葉に楓は電気が走ったように小刻みに震え、眼を見開いた。

 

 「そう……志郎……志郎はどこ……!?」

 

 楓は無表情のままであったが、若干、狼狽えているように見えた。

 

 「志郎は反政府同盟が安全な場所で保護している。あんたはもう倉本の言いなりになる必要はない!」

 

 さゆりが楓に向って叫ぶ。

 

 「安全な場所……」

 

 楓はつぶやくと瞳を閉じた。

 どうやら精神を集中しているようだが、外見からは何をしているのかはわからない。

 真一とさゆりはただ見守ることしか出来なかった。

 すると、カッと眼を開いた楓は、すぐに目を細めて口を開いた。

 

 「シロを安全な場所で保護している?……笑わせないで!」

 「な、何!?」

 

 さゆりは楓が何を言っているのか理解できなかった。

 現在、志郎は反政府同盟本部の地下で、特務部隊に守られて……。

 そこまで考えると、さゆりは何だか嫌な予感が込み上げてきた。

 特務……。

 たしか特殊部隊に属さない、フリーのメンバーで構成された部隊と聞いた……その中には、最近まで政府側のメンバーだった者もいたはず……。

 

 「まさか……スパイ!?」

 

 さゆりは信じたくないのか、頭を小さく横に振る。

 

 「シロは今、危険な状況に陥っている。それなのにお前はここで何をやっている?シロを守るんじゃなかったの?」

 

 楓がさゆりに向って抑揚が無い口調で問い詰める。

 さゆりは鋭い眼光を楓に向けて叫んだ。

 

 「あんたに言われたくない!元々はあんたが志郎を守ることを放棄したんじゃない!」

 

 さゆりの言葉に楓はそっと目を閉じると、ゆっくりとしゃべり始めた。

 

 「確かにそうね……わたしが最後までシロを守っていればこんな事にはならなかった……だからシロはわたしが取り戻す」

 「!?」

 

 楓は突如その場から姿を消した。

 予備動作や精神集中といったものもなく、突然いなくなったのだ。

 さゆりは周囲を見渡すが楓は見つからない。

 真一はすぐに我に返ると、反政府同盟本部と通信回線を繋げる。

 

 『こちら同盟本部、月光院麗子です』

 「こちら山本!主賓が危険に晒されている!特務部隊の中にスパイがいたんだ!すぐに部隊を地下に回してくれ!」

 『わかりました。回線はこのままで』

 

 麗子(仮)は真一の発言の意味はわかっていなかった。その内容はあまりにも唐突すぎたのだ。

 だが、さすがは月光院という所か……真偽のほどはさておき、すぐに真一の言葉に反応して地下に兄である尊人を送ったのである。

 その判断は称賛に値するだろう。

 

 『今、お兄様を主賓の元に派遣しました。多分、問題は無いでしょう。それよりもそちらの状況を報告して下さい』

 

 麗子の迅速な対応に安堵する山本兄妹。

 ……だが、さゆりの胸騒ぎは収まらなかった。

 真一は淡々と本部に状況報告をしていた。

 

 「こちらは昨晩から朝鮮の超能力者と交戦し、10名全てを倒すことに成功した。だが、花橘楓が現れ交戦となった……」

 『そして、どうなったのですか!?』

 

 花橘と聞いて麗子は若干焦ったようだった。

 

 「花橘は……消えた……」

 『消えた!?それはどういう意味ですか!?』

 「言葉通りの意味だ……目の前から突然消えた」

 『まさか……テレポート?……あ、あり得ない……』

 

 今までの超能力開発の歴史の中で、テレポートが出来る者は一人しかいなかった。

 コードネーム049……3人しかいないランクSの一人にして、その頂点に君臨していた絶対的な存在で、唯一にして無二のテレポートを使いこなす、神の領域に達した究極の超能力者だ。

 それ以外の者にテレポートというユニークスキルを使える訳が無い……。

 ──だが。

 さゆりは不安で仕方が無かった。

 何が不安なのかはわからないが、とにかく不安感で胸が押し潰されそうだった。

 花橘は志郎の危険を察知したようだった……たしか、目を閉じて精神集中していた……多分、テレパシーで現在の志郎の状況を把握したのだろう。

 そして花橘は言った……志郎を取り戻すと……!!

 さゆりは突如ガバッと体を起こすと、ヘルメット越しに両耳を押さえながら叫んだ。

 

 「気を付けて!同盟本部の地下には……地下には花橘楓がいる!!」


 さゆりの報告は、同盟本部が最大の危機に直面していることを指していた。





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