超能力戦争1
■超能力戦争1
榊原は首相に超能力特殊部隊を中国大陸に移動するよう進言した。
理由は、日本が倉本から離反したとはいえ、元の『専守防衛』を堅持するのであれば、自衛隊は積極的にこの戦争には関与できない……つまり、倉本にとっては全く障害となり得ないのである。
そこで、法律で規制された自衛隊とは全く関係なく、軍というカテゴリーにも属さない特殊部隊であれば、他国へ派遣しても法的な問題は無く、朝鮮に対抗することができ、戦場が他国であるため日本国民には直接的な被害は出ないのだ。
そして、倉本にとっても日本の超能力者は見過ごすことはできない存在だ。何故なら倉本にとって、最大のキーとなるのが超能力者であるからだ。
この榊原の提案に、その場にいた全員が賛成した。
国際協力とか体のいい言葉はいろいろあるが、要は日本にはリスクがほとんど無いことが賛成の理由だった。
榊原は月光院尊人へ連絡を取ると、今後の作戦行動について指示を行った。
2月18日12時15分。同盟本部食堂。
この日から月光院家の協力で、食堂が食堂としての機能を有することとなり、大いに賑わっていた。
普段であれば寝ているはずの小野寺可憐の第4部隊も食堂に姿を現し、うまそうに舌鼓を打っていた。
「ここのラーメンうまいな!」
佐藤千佳が大喜びで麺を啜っていた。
「お前、またラーメン食ってるのか?」
千佳の対面に座っている黒田が、福神漬けを山盛り乗っけたカレーライスを頬張りながら突っ込みを入れる。
「昨日食ったのはカップ麺。本当のラーメンとは別物だよ。それより、あんたのその福神漬けの量ヤバくない!?超ウケるんだけど!」
「俺は福神漬けを楽しむためにカレーを食っている、と言っても過言ではないのだ」
「謎すぎて誰も理解できないんだけど!」
千佳がケタケタと大笑いする。それに誘われて黒田も笑いだす。
そんな二人を無視して、黒田の隣にいた青木が赤松と話しをしていた。
「なんだか人多くね?」
「ああ、確か『野良』の受けれを始めたから、続々とここに集まって来るらしいぞ」
「そうなのか?俺はあまり人が多いのとか苦手なんだよな……」
「そんなこと俺に言われても知らねえよ」
などと話していたが、そこへ月光院花子の声が館内放送で流れ始めた。
『食事の時間に申し訳ありません。月光院麗子です。これより今後の行動方針について作戦司令室で会議を行います。特殊部隊の各リーダーは至急お集まりください』
「あいつ、あくまでも麗子で通すつもりのようだな……」
赤松がぼそっと呟く。
黒田は放送を聞くと、大急ぎでカレーライスを胃袋に流し込む。まさに「カレーは飲み物」とはこの事だろう。
急いで立ち上がる黒田がふと見ると、千佳は急ぐ素振りも無くラーメンを食べていた。
「おい、お前、司令室いかないのか?」
「食べてから行く」
反論しようとした黒田は思い止まった。千佳は言い出したら聞かないだろうと思ったからだ。反論の代わりに「なるべく早く来いよ」と声をかけて立ち去った。
佐藤千佳は知っていた。
これから自分達に何が待ち受けているのかを。だからこそ、あえてゆっくりラーメンを堪能したいのだった。
黒田が食堂を出てエレベーターを待っていると、背後から声を掛けられた。
振り向くと、そこには肩まであるストレートヘアの25歳前後の痩せた男が立っていた。
誰だろう?と考えていると、相手から自己紹介を始めた。
「どうもその節は世話になった……って、あれ?覚えていない?昨日、総理官邸前であんたに撃たれた浜名雪風だよ」
それを聞いた黒田は少し驚いた表情で答えた。
「ああ、昨晩の。怪我は大丈夫なのか?ボディスーツを着用していたとはいえ、下手をすると打撲だけでは済まないからな」
「大丈夫だからこうしてウロウロしているのさ。あの時は政府側の人間として敵対していたが、別に政府側に義理がある訳ではないからな。これからはこっちで働かせてもらうよ」
「そうか。戦力は多いに越したことは無いからな。よろしく頼む。」
黒田と浜名はがっしりと握手をすると、エレベーターが到着した。
黒田は「それじゃあ……」と言いながらエレベーターに乗り込むと、浜名も一緒に乗ってきた。
ああ、上の階に行くのか、と思いながら4階のボタンを押す黒田。
浜名は特に降りる階を指定しなかったので、黒田は同じ階に用事があるのだと思っていた。
だが、実際にエレベーターが4階に着くと、黒田と同じ場所に向って歩いてくる。
たまらず黒田は振り返ると、浜名に話しかける。
「これから俺は司令室で作戦会議があるんだ」
「ああ、知っている。俺の行先もそこだからな」
「いや、館内放送でも言っていたが、今回は特殊部隊のリーダーが集まる会議なんだ」
「だから知ってると言ってるだろ」
浜名は黒田を煙たそうに追い抜くと、司令室に入ろうとする。
「おい、ちょと待っ……」
黒田が止めようとした時にはもう室内に入ってしまった。
慌てて黒田も入ると、月光院尊人が声をかけてきた。
「やあ、ご苦労様です。浜名さんに黒田さん。どうぞ着席して下さい」
この尊人の発言に、浜名も会議のメンバーである事に気づかされる黒田。だが、浜名はどこの特殊部隊にも属さないフリーのはすだが……。
とりあえず会議卓で空いている席に座ると、すでに小野寺可憐が着席していた……あずき色のジャージ姿で。
壁際のオペレーター席には第3部隊のメンバーが座っており、花子もその中の一人として座っていた。
大型スクリーンには、アジア周辺の地図に現在の朝鮮共和国と連合軍の状況が映し出されていた。
「あと来ていないのは、第1部隊の佐藤千佳さんだけですね?」
「いや、今来ましたよー」
そう言いながら千佳が扉を開けて入ってくると、小野寺可憐の隣りにドカッと音を立てて座る。明らかに不満の態度を表している。
尊人は苦笑しながらそれを見つめると、気を取り直して話し始める。
「急なお集まりに応えていただきありがとうございます。さて、先ほど総理官邸に詰めている榊原氏と今後の行動方針について意識合わせを行いましたので、その内容を展開させていただき、各部隊は迅速なる行動に移って頂きたいと思います」
尊人はスクリーンの横に移動し、各国の部隊配置図をレーザーポインタで指しながら説明を開始した。
「先ずは大陸の状況ですが、朝鮮共和国の陸上部隊はすでに福州市に迫っておりますが、この辺の町はすでにゴーストタウンと化しており、香港まではまともな都市はありません。よって、ある意味民間人を気にせず戦う事ができますので、福州市に第一防衛ラインを築き、朝鮮共和国を迎え撃ちます。地理的に台湾とは海を挟んでいますがかなり距離が近く、地対地ミサイルによる援護が可能となっています」
「朝鮮はやっぱり超能力者を使った攻撃を主軸にしてくるのだろうか?」
黒田が軽く右手を上げながら話に割り込んで質問するが、尊人はニコリとしながらそれに答える。
「朝鮮は10名の超能力者が前線にいることが判明しています。これは昨晩拘束した田中次官の証言から得た情報です」
「つまり、こちらも超能力者を用意しなければ、福州市の防衛ラインは容易く突破されるということか」
「仰る通りです。今、国連に超能力者の派遣について進言しているところです」
「なるほど……つまり……」
黒田と尊人の会話に可憐が割り込む。
「……今日集められたのは私たち特殊部隊に中国へ飛べと命令するためのようですね」
「まだ許可が出ていませんので中国ではないのですが、ほぼご明察の通りです。説明の手間が省けて助かります」
可憐の言葉に、お礼を言いながら優雅に頭を下げる尊人。
そして、頭を上げた尊人の顔は引き締まった表情になっていた。
「第1、第2、第4特殊部隊は直ちに石垣島へ移動しその後の命令を待て。第3特殊部隊および特務部隊は同盟本部の警備および情報収集を行え」
「「了解」」
命令を伝え終ると元の柔らかな表情に戻る尊人。
「尚、海自は東シナ海の排他的経済水域に護衛艦を展開すべく第2、第5護衛隊が佐世保を出航済で、他の護衛隊も順次出航する予定です。今後は海自と連携を取りながら作戦を進める事になります。何か質問はありますか?」
尊人の問いに右手を上げるジャージ姿の可憐。
「先に現着している山本兄妹はどこの部隊にも属していませんが、どのような扱いになるのでしょうか?」
「国連からの承認のタイミングにもよりますが、たぶん、先行して中国福州市に入る事になると思います。特殊部隊が到着する前に防衛ラインが崩壊していては意味がありませんので、何とか二人で支えてもらおうと考えています」
可憐の質問に答えた尊人は「他に何も無ければすぐに行動に移して下さい。では解散します」と言って会議を締めくくった。
そこへ黒田が近づくと、小さな声で質問した。
「誰も質問しなかったので確認したいのだが、本部の警備に特務部隊をつけると言っていたが、特務ってことはフリーの超能力者に特別な任務を与えて警備する、ということか?」
「ええ、そうですよ?」
「で、その隊長に浜名が任命されたと?」
「ええ、そうです」
「なるほど」
黒田は一応納得しその場を離れたが、本当にフリーの人間を配置しても大丈夫なのだろうか?という思いは拭うことが出来なかった。
ふと通路の先に目をやると、先に退室した浜名が歩いていた。
「おい、浜名」
「なんだ?」
後ろから黒田に声を掛けられ、振り向く浜名。
「特務の隊長に任命されたんだってな!本部の守りは頼んだぞ!」
「ああ、任せておけ。主賓の命は俺が必ず守る」
「主賓の警護も担当しているのか!?」
「当然だ」
「そ、そうか。そうだよな……じゃあ頼んだぞ!」
黒田は念押しをすると、すぐに出立の必要があるためか慌てて走って行った。
浜名の周囲には誰もいなくなった。
「主賓の命……か……ふふふ……はははは……」
浜名は乾いた笑い声を上げながら一人エレベーターに乗ると、エレベーターは地下へ向かって降下して行った。
◆
2月18日14時50分。与那国島より北に40キロの接続水域に1隻の護衛艦が命令を待っていた。
後部デッキのヘリポートには、いつでも発進できるようにシングルローターのヘリがスタンバイしている。
山本真一と妹のさゆりはそのヘリの中で、フル装備の上から救命胴衣を着用して待機していた。
「これから中国に行って、朝鮮産の超能力者から防衛ラインを守るのが仕事ってこと?」
「簡単に言うとそうらしい」
「で?あいつは出て来るの?」
「あいつ?」
さゆりの問いにオウム返しする真一。
「そ。あいつ……花橘よ」
さゆりは真剣な表情で答えると、改めて花橘が現れた時の事を考えた。
朝鮮の超能力者であれば、何人いようと負ける気がしないさゆりであったが、花橘楓が相手となると話は別だ。
榊原からは花橘が現れたら全軍退却するように言われているが、退却までの時間稼ぎを担当するのは自分達である。正直、瞬殺されておしまいのような気もするが、花橘に主賓の安否を伝えることが出来れば、もしかすると戦う必要は無くなる可能性があった。
「で、何であたし達はこんな所で漂流してんの?」
「漂流言うな。せめて待機と言え。とにかく今は国連や連合軍側からの要請待ちだ」
「朝鮮の超能力者に対抗できるのはあたし達だけなのに、何を迷ってるのかしら?」
「いやいや、そりゃそうだろ?日本は一度、裏切って背後から攻撃してるんだぞ?敵と戦う前に味方から撃たれるなんて、たまったもんじゃないだろ」
「まぁ、そうだけどさ」
真一の言葉に納得するしかないさゆり。
防衛ラインを死守とまでは言われていないし、死ぬつもりも無いさゆりであったが、死ぬ可能性がある戦場に向うのはやっぱり怖い。
半年前までの自分であれば、絶対に怖いだなんて思わなかった感情のはずだが、花橘楓の恐ろしさに加えて、防衛ラインに展開する連合軍の命まで背負うとなると、不安と恐怖心が自然と込み上げてくるのだった。
すると、隣りからプシューというエアー音と共に、気体化した霧状のものが流れてきたため、さゆりの妄想という名の思考が中断された。
見ると真一が自分の右腕に何かをスプレーしているのだった。
「兄貴、何してんの?」
真一はさゆりの問いに「ん?これか?」と言いながらも、丹念に自らの右腕に何かを吹きつけている。
「これはな……コーティング剤だ」
「コーティング剤?」
「ああ、そうだ。右腕の義手が潮風に浸食されないようにコーティングしてるんだ。人体には有毒だから直接吸い込むなよ?」
よく見ると、真一はヘルメットのバイザーを下して作業していた。
「はあ!?兄貴は馬鹿なの!?」
慌ててバイザーを下してから真一に掴みかかるさゆり。
「あんたはかわいい妹を戦う前に殺す気なの!?」
「わ、悪い……。お前が言う、そのかわいい成分が俺にも見えれば、もう少し対応も違ってくるんだが……」
「な……な……」
さゆりが無意識に精神集中を始めたため、慌てて真一がそれを止める。
「わわわ!すまん!さゆり!俺が悪かった!だから落ち着け!」
どうもさゆりは興奮すると超能力を発動する癖はなかなか治らないらしい。
真一はスプレーを置くと、キラキラに輝く右手の駆動状態を確認する。
「改めて見ると、すごい鏡面仕上げね……」
さゆりが驚きとも呆れとも取れる表情でつぶやいたが、次の瞬間、疑問が湧いてきた。
「……ていうか、何で右腕だけボディスーツから露出してんの!?」
真一はさゆりと同じく、旧型のボディスーツを着ていたが、何故か右腕の付け根……肩の部分から指先まで特殊合金で出来た義手が露出していた。
それまで真一が使用していた義手は、肌色でポリマー加工された人体のそれに近い仕上がりであったが、今日はなかなかにゴツい鏡面仕上げの義手だった。
例えるなら、大昔のヨーロッパの騎士が使用していたという鎧<フルプレート>の腕の部分のようだった。
どうして真一はこんな義手を選んだのか、さゆりの疑問は至極当然であったが、真一の答えにさゆりは愕然とした。
「どうだ、さゆり。かっこいいだろ?」
「……」
さゆりは開いた口が塞がらなかった。
その時、緊急通信が入った。
『山本兄妹!連合軍から超能力者の支援要請が入りました。すぐに中国へ飛んで下さい。状況は順次連絡します』
「了解!」
月光院尊人の命令に応える真一。
さゆりも我に返ると、遅れて「了解!」と返答した。
ヘリコプターのローターが徐々に加速しながら回り始める。
いよいよあと2時間ほどで戦争の真っ只中に行く事になる。
そう考えると突然尿意を覚えるさゆり。
さゆりはパイロットシートの背後まで移動すると、モジモジしながら声をかけた。
「ちょっと……パイロットさん。突然でアレなんだけど……トイレに行ってもいいかな?」
『いや、もう遅い。テイクオフ!』
パイロットの掛け声とともに、日の光を浴びつつ垂直上昇するヘリコプター。100メートルほど上昇すると前進を開始する。
「いやああぁぁぁ!降ろしてえぇぇぇ!」
さゆりの絶叫と共にヘリコプターは大陸を目指して飛んで行った。
◆
日本は国連を通じて連合軍からの超能力者の派遣要請を受諾し、先発として山本兄妹を急ぎ派遣すると共に、残る第1、第2、第4特殊部隊も空自の入間基地から春日基地を経由して沖縄へ向かうルートが採用され、15時30分現在、春日基地を目指して輸送機で移動中であった。
また、自衛隊の派遣はまだ要請されていないため、日本のEEZ(排他的経済水域)を上限に第2、第5護衛隊が東シナ海に展開しようとしていた。
さらに日本は国連に対して、朝鮮艦隊は現在壊滅的被害を負っている事から、黄海および渤海の主権を奪還し、敵の海を利用した補給路を断つ案件を進言したが、そもそも一方的に国連を脱退した日本にはそのような具申をする資格もなかった。
朝鮮共和国平壌──。
キム・ソギョンは執務室でイライラしながら葉巻をふかしていた。
確かに倉本には世話になった。今こうして最高指導者の座にいるのも、影で倉本の協力があってこそだろう。
だが彼は、現状日本から離反され、この地で身を隠している状態だ。これ以上、あの男に何が出来ると言うのか……。
我々朝鮮共和国は、外見的にはすでに中国の3分の2を手中にし、さらに快進撃を続けているように見えるが、実際には長大な補給線を確保するのがやっとの状態で、本土を守るミサイルさえ底を尽きかけているのだ。
日本という資金調達の場を失った朝鮮共和国にとって、これ以上の戦争継続は国の滅亡に繋がりかねない。
数日前、倉本は自分に『国力の回復に努めよ』と言っていたが、今、心底そう思っていた。
倉本は朝鮮軍のヘリに救助された後、ここ平壌へ移動すると、超能力研究施設を丸ごと貸せと言い出したかと思うと、そこに籠ったまま出てこようとしなかった。
どうやら一緒にいた少女……多分、彼女は超能力者であり、倉本が研究施設に籠ったままになった理由であると思われるのだが、ここにきてやっと連絡が取れ、本日まさにこれから会談する運びとなったのだ。
ソギョンはその席で、戦争の一時中断を倉本に伝えるつもりだった。そして、倉本とは縁を切ろうと考えていた。
これ以上、倉本の私欲のために我が国が動く必要は無いだろう。
利益とはあまり深追いをせず、頃合いを見極めるのが最上だ。
朝鮮にとって、悲願である朝鮮半島の統一と、今まで顔色を見ながら生きてきた中国の3分の2を支配したのだ。
これで善しとすべきだろう……ソギョンは改めて決意したのだった。
そこへ倉本到着の連絡が入った。途端に側近の3名が慌ただしくなる。
ソギョンは急いで右手の葉巻を銀の灰皿に押し付けると「通せ」と短く言った。
しばらくすると執務室のドアから電子ロックが解除される音が聞こえ扉が開いた。
そこにはグレーのスーツ姿の倉本と、その傍らには黒いボディースーツを着た者が立っていた。ボディスーツは身体にフィットした形状になっているため、その黒ずくめは女であることは容易に判断できた。
倉本は傍らの者に声をかけた。
「ここは大丈夫だ。外で待っていろ」
「はい」
返事をした黒い女は部屋の外に下がった。
それを見てソギョンも側近に向って「お前たちも下がれ」と命令する。
側近たちは一礼すると、すごすごとその場を立ち去った。
「どうも久しぶりですな、倉本さん」
ソギョンは歩み寄ると右手を出して握手を求めたが、倉本はその手を無視すると口を開いた。
「君の手は葉巻臭くて握手する気になれん……」
そう言いながら倉本はすぐに適当に空いている椅子に座ると話を続けた。
「だが、脱出の際は世話になった。君のおかけで助かったよ」
全然そんな態度には見えなかったが、ソギョンは「それは良かった」と話しを合わせながら右手を降ろすと、力いっぱい握りこぶしを握りながら自らも倉本の対面の席に着いた。
「さて……」
倉本が先に口火を開く。
「現状、私が考えるよりも早く日本が離反した訳だが、これからの事について君と打ち合わせておきたいのだ」
「奇遇ですね。私もそう考えてました……」
ソギョンに早速、自らの考えを述べる機会がやってきた。
「だがその前に……」
ソギョンが話をしようとした矢先、倉本が割り込んで話始めた。
「私から一つ言わせてもらいたい……朝鮮共和国は軍を下げよ」
「……は!?」
倉本の話があまりにも唐突だったため、ソギョンは変な返答をしてしまった。
「軍を下げよと言ったのだ。私が見るに、朝鮮にはこれ以上戦争を継続する力は残っていまい」
「ま、まあ……それはそうだが……本当に良いのですかな?」
ソギョンは恐る恐る聞いた。
「構わない。私が良いと言っているのだからな。ただし……戦争は継続する。超能力者だけでな」
「まだ続けるというのか?」
「勿論だ。今私の直属の部下が前線に向っているので、その者が現着次第、超能力者以外の全軍を退いてもらって構わない」
「補給等のバックアップは?」
「不要だ。私の方で対応する」
「そう、か……」
ソギョンは倉本にそこまで言われては、戦争を止めるとは言い出せなくなってしまった。
そもそも倉本の部下はどうやってあの場を脱出したのだろう……。ソギョンは少し考え込んだ。
杭州から倉本を助け出したあの時──。助けたのは倉本本人と少女の二人だけだ。
それ以外の部下と言われる者はどうやって脱出……いや、杭州が我が軍によって落ちるまで待っていただけか……。
むしろ、あのホテルから倉本が脱出したのは何か特別な理由があったと見るべきか……それがあの少女に関係していて、施設を独占した理由に繋がるのか…。
「どうしたのだ?」
倉本がソギョンの態度を見て声をかける。
「い、いえ、何も……」
「では、これで話しは終わりだな」
倉本が席を立とうとしたその時、ソギョンがそれを止めた。
「あ!あと、ひとつ質問をよろしいか?」
「何だ?」
倉本が中腰の体制から、再び椅子に腰掛ける。
「台湾はどうするつもりか?」
自衛隊が撤退したため、今の所台湾攻略は中断された状態だった。
「台湾はこちらで対応するから気にするなと、前にも言った筈だが?」
「攻略は継続すると?」
「当然だ。これから私自身が行こうと思っていたところだ」
「でも、どうやって……」
「ふっ、実は日本の自衛隊のヘリコプターが台州で乗り捨てられているのを発見したのだが、このヘリには心当たりがあってね。私が使わせてもらう事にしたよ。そこで相談なんだが、台州まで空輸してもらえないだろうか?かなり急いでいるのでね」
ソギョンは一瞬躊躇したが、朝鮮にとってリスクはほとんど無いと思えた。
「わかった。手配しよう」
「助かる。それでは今日はこれで」
倉本は立ち上がると速足で扉の前まで歩くと扉をを開けた。そこにはあの黒いボディスーツの女が立っていた。
すると倉本は何かを思い出したように振り返ると、まだテーブルの席で立ったままのソギョンに向って話しかけた。
「そうそう、一つ言い忘れたのだが……」
扉越しに半分だけ顔を覗かせて倉本は続けた。
「私を裏切ることは考えない方が君の身のためだ。私が本気を出せばこの国の一つや二つ、簡単に落とすことが出来るのだからな」
ソギョンは背筋が凍る思いがした。
「な、なにを……言っておるのか……わからないな……」
辛うじて返答したが、ほとんど声になっていなかった。
倉本は薄笑いで「冗談だ」と言うと、扉の向こうに消えて行った。
ソギョンは椅子に崩れ落ちると、頭を抱え込みしばらくは震えが止まらない状態が続いた。
倉本……本当に恐ろしいやつだ……。だが、それよりもあの黒ずくめの女だ……。
ヘルメットで顔は見えなかったが、間違いなく倉本と共に救出した少女だ。
あの何とも言えない殺気とでも言おうか……場の空気が重く感じられる重圧感……あれは只者ではない……常に倉本に付き添っているという事は、よほどの高ランクの超能力者と見るべきだろう……。
ソギョンはこの会談で倉本との縁を切ろうと考えていたのだが、それは完全に甘い考えだった。
彼との縁は、こちらから切れるものではなく、そもそもそういった選択権がこちらには無かったのだ。
短時間の会談だったが、ソギョンは疲れ果てていた。
しかし、ソギョンはすぐに命令を出す必要があった。
「誰か!すぐに輸送機の手配を!」