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反政府同盟4

■反政府同盟4

 

 『予定を変更して臨時番組を放送いたします。ゲストには月光院家の次期当主であり、反政府同盟の第3特殊部隊隊長でもあります、月光院尊人さんにおいでいただきました。尊人さん、よろしくお願いします』

 『よろしくお願いいたします』

 

 黄色のスーツ姿の女性アナウンサーの紹介で、紺のスーツ姿の尊人が軽く頭を下げながら答えた。

 番組はこの女子アナと尊人の二人だけで構成されているようで、二人とも一人掛けのゆったりした椅子に座り、二人の前にはガラス製のローテーブルが置かれていた。

 

 『本日は尊人さんと一緒に、これからの日本について考えたいと思います。先ずは、尊人さんから重大な発表があると聞きましたが、それは何でしょうか?』

 

 女子アナから早速、キラーパスが出されるが、尊人は動じる事も無く笑顔で応じた。

 

 『はい。それではまず、我々月光院グループについてですが、この場で正式に反政府同盟を全面バックアップする事になりました事をご報告いたします。これにより、現在の政府機関への資金援助、並びに各種物資調達やその他案件等は全面凍結となります。弊社と懇意にしております方々は、反政府同盟の支持を表明していただければ、今まで通りのお付き合いをお約束いたしますが、残念ながら志が違う方にはここでご縁を切らせていただきます』

 

 尊人はゆったりと優しい口調で語るが、その内容は暗に反政府同盟を支持するよう脅迫しているのである。

 

 『何故、戦争が始まったばかりのこのタイミングでこのような発表を行ったのですか?これは今の政府の行いに異を唱えている、という事なのでしょうか?』

 

 女子アナが台本通りに話を進行する。

 

 『はい、ご認識の通りです。国民の皆さまもすでに気付いていると思いますが、今の日本の行いは明らかに間違っています。国際平和と協力を理念とする国連を脱退し、今まで一緒に協力してきた国々を裏切り、専守防衛を基本原則とする自衛隊を侵略戦争に駆り出す……今まで日本が長きに渡りやってきた事と全く正反対の道を進もうとしているのです。そんな事は絶対に許されない……だから我々反政府同盟は再び立ち上がる必要があったのです』

 『なるほど。では、どうして日本はそのような間違った方向へ舵を切ってしまったのでしょうか?』

 

 完全にこの女子アナはパスを送り続けるだけの存在のようだ。

 

 『半年前の一日戦争の前から内閣情報調査室、通称内調の台頭が目立っていました。この背景には、超能力者の力を自由に利用出来る事と、国内外の情報が内調に集約される仕組みになっている事の二つが理由としてありますが、一日戦争後に反政府同盟は解体され、超能力者は内調による直轄管理となりました。もちろん第3者委員会も設置され、その管理内容は監視されているはずでしたが、結果的には内調のトップである倉本内閣情報官へ権力が集中することで、その力が増長することになりました。倉本内閣情報官は手に入れた力で朝鮮共和国と内通し、中国に攻め込むようにけしかけ、自らは日本を乗っ取って私欲のため誤った道へ舵を切ったのです』

 

 尊人はしゃべっている内に、いつものように身振り手振りが加わってきた。つまり、調子が上がってきたのである。

 こうなると尊人の独壇場だ。

 

 『倉本は本気で世界を取ろうとしています。そして、それを可能にするために超能力者を道具として利用しているのです。そして、同じく日本という国そのものまで道具として使おうとしているのです。たった一人の独裁者とそれに加担する者達が、私たちの生活を脅かしているのです』

 

 尊人は目を閉じ、両手を広げ、まるで上空から天使が舞い降りてくるのを待つが如く、穏やかで、暖かく、包み込むような表情で話し続ける。

 女子アナは完全に場に呑まれ、ただただうっとりと聞き入るしかなかった。

 

 『今、日本は世界を敵に回し、その手始めに台湾への侵略を開始しました。そんな非人道的な所業は誰も望んではいません。このままでは日本は完全に世界から孤立し、経済が破綻、物価は高騰し、失業者が溢れ、紙幣価値は意味を無くし、あとは滅びゆくのを待つばかりです。本当にそれでいいのですか!?倉本は日本なんてだだの踏み台としか思っていません。彼からすれば、日本が滅びても世界が手に入ればそれでいいのです……』

 

 尊人は勢いよく立ち上がると、右手で握りこぶしを作り、それを高々と真っ直ぐに突き上げた。

 

 『さあ!まだ間に合います!今こそ国民全員が立ち上がり、独裁者から日本を取り戻すのです!』

 『お お ぉ ー ! !』

 

 その場にいた女子アナやスタッフが声を上げて握りこぶしを突き上げていた。

 

 「……こいつは宗教家になった方がいいんじゃないか?」

 

 ヘリコプターのモニターでその放送を見ていた榊原は、思わずつぶやいてしまった。

 だが、国が運営するテレビ局で、このような放送を行う事に意味があるのだ。その放送内容は世界各国で取り上げられるはずだ。

 日本は償わなくてはならない。

 例えそれが独裁者のせいであったとしても、そこに至った責任はやはり国にあるのだ。

 償わなければならない。

 裏切った国々に対して、真摯に向き合い、国際貢献を通じて信頼を取り戻す……それは時間がかかる事かも知れない。だが、それが日本の罪であり罰なのだ。

 償わなければならない。

 全ての日本国国民に。そして、全ての超能力者達に──。

 

 

 ◆

 

 2月17日20時00分──。

 

 『輸送ヘリは総理官邸上空に侵入し屋上に強行着陸せよ。ターゲットは5Fもしくは4Fにいると考えられる。発見次第、拘束せよ。尚、官邸の上空は飛行禁止区域となっているため、地上からの抵抗が予想される。各種防御壁の展開を怠るな』

 『了解。強襲チーム行動開始』

 『合わせてバックアップ部隊は地上より侵入せよ。戦時中による警備体制強化のため、警察ならびに機動隊が官邸の周辺道路を封鎖されている。だが、防御壁を展開しつつ堂々と正面から乗り込んでくれ』

 『了解。バックアップ部隊突入します』

 『全隊員に告げる。どのような理由であれ、人の命を奪う事を禁止する。これだけは絶対に守ってくれ』

 『『了解!』』

 

 榊原の指示により、千佳率いる第1特殊部隊と黒田率いる第2特殊部隊がそれぞれ行動を開始する。

 最初に戦闘が開始されたのはサポート役の第2特殊部隊であった。

 

 「これ、本当に首相を警護する気あんのかな?」

 「さあな。こちらに警備隊の注意を引き付けて第1部隊の突入を容易にしたいところなんだが、思いのほか警備の手が薄いな」

 

 赤松と青木が歩きながら呑気に会話しているが、たしかに人の数が少ないようだ。

 だが、もう止まる事は出来ない。歯車は動き出したのだ。

 防御は後方にいる黒田と黄川田に任せて、赤松と青木は単純な精神攻撃で制圧していく。

 すると、正面ゲートに自分達と同じボディスーツとレーザーガンで武装した数名の超能力者と思われる者達を発見した。

 

 「野良か?」

 「……のようだが、特務というやつだな」

 

 赤松と青木は集中力を高める。

 『野良』とは、特殊部隊内で流行っているフリーの超能力者に対して使う別称であり、楓や山本兄妹もこれにあたる。

 超能力者全体で見れば、3分の1ほどは無所属の所謂『野良』であり、その内、8割ほどは特別な任務が与えられていた。

 今、ゲートを守る超能力者たちも、内調から官邸警備という特別な任務……特務を与えられているのであった。

 特務はセキュリティ上の観点から、誰がどこに配属されているのかという情報は秘匿されているため、赤松と青木にも目の前の超能力者がどれくらいの能力を持った者なのか、全くわからなかった。

 だが、これで警備が薄いと感じたのも頷ける。超能力者同士の戦いに、一般の警察関係者が巻き込まれる訳にはいかないという配慮だろう。

 

 「遅かれ早かれ、俺達がここに来るのは予想していたということか」

 「だな」

 

 赤松と青木はゲートに向って走り始めた。

 それに呼応するように、後方の黒田と黄川田が防御壁を展開しつつ二人の後を追う。

 正面ゲートを守るのは5名。

 赤松がレーザーガンでまとめて敵5人をオートエイムし、すぐにトリガーを引いたが、その瞬間、敵の直前でプラズマの閃光が四方に走り、赤松のレーザー攻撃が無効化された事が判明した。

 更に、青木の超能力による衝撃波攻撃も敵の防御壁の前に阻まれ、ただ地面を削っただけであった。

 これを見た黒田はすぐに叫んだ。

 

 「二人は左右に展開!俺が正面に出る!」

 

 赤松と青木は左右に分かれると、敵もそれぞれ1名ずつ対峙するように展開する。

 これで中央は2対3となるが、左右の二人は1対1になるため勝機は高くなったはずだ。

 黒田は防御壁を展開しつつレーザーガンを構える。

 次の瞬間、目の前でプラズマが走り、熱風が通り過ぎる。

 敵のレーザー攻撃だ。レーザーガンが登場して半年以上経つので、超能力者の間ではすでに防御方法が確立されていた。

 

 「だが……!」

 

 黒田はそれでもレーザーガンのトリガーを何度も引いた。

 敵の直前でレーザーがプラズマと共に減衰、拡散する。本来、レーザーは目に見えないものだが、プラズマ化することで敵の目前で止められていることが目視できた。

 このまま連射し続ければ、あと数秒で黒田のレーザーガンはバッテリー切れとなるであろう。

 黒田に合わせて、残る3名もレーザー攻撃を行った。

 敵の目前で轟音とともに激しいプラズマが発生する。

 この間は敵からのレーザー攻撃は無い。発射したとしても、自分達の目前で発生しているプラズマのせいで、まともに当てる事はできないからだ。

 黒田はその場で立ち止まり、おもむろに左手を前方に伸ばすと、そこには拳銃が握られていた。

 パンパンパン!

 3点バーストで発射された実弾の内、一発が中央にいた一人の右胸に命中し弾けとんだ。

 特殊ボディスーツの防弾性能のおかげで命に別状はないだろうが、その衝撃は吸収できないため、肋骨が折れている可能性はあった。

 敵は防御壁を対レーザー攻撃に比重を置いたため、超能力に頼らない物理攻撃を予想できなかったのだった。

 普通であれば、黒田が銃を待まえた瞬間、反射的に対物理攻撃の防御壁を展開したであろうが、プラズマで視界が遮られていたため、銃を使った事に気付かなかったのである。

 続けて黒田は拳銃を発射する。

 対峙していた敵3名は何が起きたのかわからないまま黒田に撃たれ、戦闘不能となっていた。

 これで敵の防御壁は完全に消失したようで、赤松と青木のレーザーが相手の右太ももを貫通し、制圧することに成功した。

 最初に右胸を撃たれた者が苦痛を抑えて起き上がると、両手を上げて「投降する」と進み出た。

 

 「俺はこの特務部隊を取りまとめているランクCの浜名雪風<はまなゆきかぜ>だ……先手必勝の脳筋<パワー>攻撃か……見事に押し切られたよ」

 

 浜名はそう言いながらヘルメットを脱ぐと、肩まである髪の毛を掻き上げた。

 他の4名も浜名の近くに集められ、超能力者用の拘束具で捕えられた。

 

 「俺は第2特殊部隊隊長の黒田だ。すぐに同盟本部で診てもらった方がいい」

 

 黒田が浜名に言うと「ああ、そうさせてもらう」と答えると、さらに続けて口を開く。

 

 「俺達のようなフリーの超能力者には、反政府同盟の動向や政府の内情について情報をくれる者は少ない。だから、俺達は自主的に物事を考えて行動する前に内調に特務を与えられ、訳も分からないまま現在に至っているんだ。多分、他のフリーのやつらも同じような状況だろうから、攻撃を開始する前に、まずは話を聞いてみる事をお勧めするよ……」

 

 黒田はその言葉にはっとすると頭を下げて謝罪した。

 

 「すまなかった!確かにその通りだ……同じ超能力者で、同じ境遇であるはずなのに、政府側にいるというだけで一方的に敵と認識してしまった……忠告に感謝する……黄川田、本部に負傷者5名のサルベージを要請」

 「了解。でも、さすがにこんな総理官邸前でのサルベージは厳しいと思うけど?」

 「たしかにな……」

 

 そこへ浜名が割り込んでくる。

 

 「サルベージ可能なポイントを指定してくれたら、後は自力で移動してみるよ。その代わりこの拘束具は外してくれ。別に構わないだろ?俺達を拘束する事がお前たちの目的じゃないんだから、もし逃げられても何ら問題は無いはずだ……もちろん、こんな状況で逃げやしないがな」

 「そうだな……わかった。拘束を解く」

 

 そう言うと黒田は5人の拘束を解き、サルベージポイントを浜名に教えると、5人のレーザーガンのバッテリーを外した。

 

 「後ろから撃たれると面倒だから念のためだ。じゃあな」

 

 第2特殊部隊は黒田を先頭に総理官邸のゲートを抜けると、官邸に向って歩き始めた。

 官邸警備隊が事件の連絡を受けて集まってくるが、姿を見せた途端にバタバタと倒れていく。

 それを見た浜名は一人呟いた。

 

 「随分と一般人への対応が慣れてきたようだな……一日戦争は無駄ではなかったという事か……」

 

 浜名は重傷者に肩を貸しながらサルベージポイントへの移動を告げた。

 

 

 ◆

 

 一方、上空の第1特殊部隊は官邸屋上から超能力攻撃を受けていた。

 衝撃波や気流・気圧の変化でヘリの挙動を乱し、墜落させるのが目的だろう。

 だが、ランクAの佐藤千佳にとっては、その辺の低ランカーなど本気を出せば一瞬で葬り去れるのだ。

 

 「隊長!本気を出したらダメですよ!」

 「あん!?……ああ、そうだった。でも超能力者に手加減をするのは難しいんだけどな」

 

 部下の言葉で、千佳は榊原からの殺傷禁止命令を思い出し、苦笑いをしながら数秒ほど考え込んだ。

 

 「面倒だからこのまま屋上に強行着陸して!敵の処遇はそれから考える」

 

 ヘリは一直線に官邸の屋上に向って進んで行く。

 途中、地上からライフルや対空機銃による攻撃を受けたが、すぐに沈黙した。おそらく、第2部隊が敵地上部隊を制圧したのだろう。

 敵の超能力者の力戦空しく、第1部隊を乗せたヘリは何事も無く屋上に着陸すると、すぐに横の扉が開きバラバラとダークグレーの特殊部隊がヘリから降りる。

 佐藤千佳は悠然と屋上を進む。

 その間、敵の超能力者は様々な攻撃を加えているのだが、防御壁が展開されている範囲は完全に無効化されていた。

 千佳はヘルメットのバイザーを開けると大きな声で叫んだ。

 

 「あたしは第1部隊隊長の佐藤千佳!大人しく道を開ければ何もしない。抵抗をやめるんだ!」

 『さ……佐藤千佳!?……たしか、ランクA!』

 『あいつは予知能力があるらしいぞ!俺達が何をやっても無駄だ!殺されるぞ!』

 『ひいいいぃぃぃ!助けてくれぇ!!』

 

 先ほどまで攻撃を加えていた3人はその場に平伏して命乞いを始めた。

 千佳は隣にいた部下に尋ねる。

 

 「あたしはそんなに恐ろしい女というイメージが定着しているのか?」

 「そりゃそうでしょう」

 

 部下は「何を今さら」みたいにそう言うと、平伏している3人に近寄り「大丈夫だ。俺は佐藤千佳じゃない。安心しろ」と声をかけた。

 千佳は「あの野郎~」と怒りを覚えたが、こんな所で騒いでいる場合ではない。

 敵の3人を拘束してヘリに乗せると、すぐに下の階である5階へ降りる。

 千佳を含めた3名はそのまま真っ直ぐ4階へ降りて、2手に分かれてターゲットの捜索を開始する。だが、千佳はすでに4階の閣議室か大会議室のどちらかにいると考えていた。

 SPや秘書の者達を一瞬で気を失わせているため、倒れた人が邪魔で扉が開かないという弊害が発生したが、それ以外は特に問題も無く制圧していく。

 そして、いよいよ大会議室のドアを開けると、部屋の一番奥にある大型スクリーンの前に、大勢いの人たちが身を寄せ合い、一塊となって集まっていた。

 どうやら外の騒ぎに気付いて、ドアから最も遠い場所に自然的に集まったようだった。

 そこには総理大臣、副総理、官房長官、事務次官、外務大臣、防衛大臣、内調次官、危機管理委員会等々、かなりの人数がいた。

 大型スクリーンには、月光院尊人のテレビ演説を流れており、もうほぼ何の説明も要らないだろうと千佳は考えた。

 

 「そのテレビを全員が見ていたのであれば話は早い。我々は倉本が黒幕で間違いないと考えており、あわせて外務大臣、防衛大臣、内調次官も共犯と考えている。今挙げた3名は前に出てきて欲しい」

 

 千佳の声にすごすごと前に出てくる3名の男達。その表情は特殊部隊に対する恐怖が現れていたが、どこか観念したような感じに見えた。

 千佳が3人の拘束を命令すると、部下が後ろ手に手錠をかけ大会議室から連れ出した。

 残った千佳は全員をゆっくり見渡すと、口を開いた。

 

 「ここにいる者の中に、倉本を支持する者、戦争継続を支持する者、反政府同盟に異を唱える者がいれば申し出て欲しい」

 

 千佳の呼びかけに、誰一人として動こうとしない。どうやら恐怖で怯えているようだ。

 ため息を一つつき「総理……」と独りの黒縁メガネの男を呼ぶ。

 

 「あなたはこのまま戦争が続くことが日本にとって最上とお考えでしょうか?」

 

 総理は額に冷や汗を浮かべて狼狽えていたが、やがて意を決するように一歩前に出て力強く答えた。

 

 「誰も戦争を好んでやりたいとは思っていない……今だから言うが、確かに倉本の傀儡となっていたことは認めよう。だが、私とて日本の総理大臣となった男だ。今の状態を非常に苦々しく思っていたのは本当だ」

 『総理!』

 『今さら何を言うのか!』

 

 周りの数名の者達がざわめきだす。

 千佳が一言「うるさい!」と言うと、途端に静けさが戻ってきた。

 

 「では、全世界に向って裏切りへの謝罪、そして戦争からの全面撤退、どうしてこのような事態となったのかの説明を総理の口から発信して下さい!」

 

 千佳はヘルメットのバイザーを跳ね上げると、総理に向って話しかける。

 

 「あたしは政治の事は全くわからない。だけど先ほどの総理の言葉を聞いて、まだ日本は再生できると確信した。まだ日本は性根まで腐ってはいない……総理!世界に向って伝えて下さい!今の我々の心を!……たぶん、すぐには受け入れられないでしょう。でも貫くんです!誠心誠意尽くすんです!」

 『綺麗ごとを言うな!』

 『今更引き返せるか!』

 『どの面下げてそんなことが言えるのか!』

 

 また周囲からヤジが飛び交う。

 まったく日本という国は、個人で堂々と意見できないくせに、ヤジは無駄に飛ばすという頭の悪い政治家が多いものだ。その昔は、ヤジは日本の文化とのたまう政治家もいたくらいだ。

 

 「世界は日本のくだらない見栄やプライド何て要らないんだ!欲しいのは謝罪と誠意だ!」

 

 千佳の怒鳴り声が大会議室に響き渡る。

 

 「日本は取り返しがつかない事をした。だけど、引き返すのであれば今しかない!倉本の意思に従うには勇気が必要だったと思うけど、一度選択した道を引き返すにはもっと勇気が必要だ。だけど、その勇気を見せてこそ初めて新たなスタートが切れるんだとあたしは思う!」

 

 千佳が柄にもなくいい事いう。

 総理はメガネをかけ直すと、姿勢を正して前に進みでてくるりと反転して全員を見渡す。

 

 「私は決断する。日本国として戦争からの完全撤退および、事の経緯の説明と謝罪を世界に発表する。日本にこれ以上の汚点を残すのは耐えがたいのだ。統合幕僚長。すぐに自衛隊を撤退させろ。同時に世界に向けてこの度の戦争から完全撤退することを伝える。そして、改めて世界に向けて謝罪の場を設けたいと思う。各自急ぎ対応に当たって欲しい」

 「「かしこまりました!」」

 

 この総理の言葉に俄然、活気が戻ってきた閣僚たち。

 倉本の独裁ではなく、自分達の手で日本を再スタートさせる……その確固たる意志が全員を突き動かす。

 日本という国は、国家を揺るがすほどの大きな困難が起ころうとも、必ずそれを乗り越えて更なる進化を遂げてきたという歴史がある。それを信じてこれから進めば、おのずと結果はついて来るだろう。

 総理は千佳に歩み寄ると話しかけた。

 

 「今度の件は感謝する。日本にやり直すきっかけを作ってくれて……だが、まだ倉本の野望は潰えておらず、超能力者を使って策を弄して来るだろう。そこで、反政府同盟は正式に内閣直属の独立した組織……超能力特殊部隊として認可しようと思う。この件は改めて榊原君に連絡させてもらう」

 「あ、ありがとうございます!」

 

 千佳は突然の事で総理が何を言ったのかはよくわからなかったが、反政府同盟が認められたことだけは理解した。

 総理は立ち去ろうとした千佳を更に呼び止めると「さきほど捕えた3名はこちらで引き取らせてもらう。ちゃんとした手続きで裁きを受けてもらいたいからな」と伝えた。

 

 「わかりました。ですが、我々としても倉本の情報を引き出す必要があります。倉本と戦うのは我々なので。事情聴取が完了次第、引き渡すことを約束します」

 「それで構わない。頼んだぞ」

 

 千佳は一礼すると大会議室を飛び出すと、階段を駆け上がりながら無線連絡する。

 

 「こちら第1部隊隊長佐藤千佳。作戦終了!これより撤収する。繰り返す……」

 

 

 ◆

 

 2月17日23時21分──。

 日本は自衛隊に対して全軍撤退を指示し、続けて23時45分、全世界に対して本戦争からの完全撤退および今後は一切戦争に関与しない事を宣言するとともに、反旗を翻した件について謝罪した。

 ただし、国連等を通じて正式に軍事力の要請があれば協力は惜しまない旨、コメントを発表した。これは倉本が超能力者を繰り出して来た時の対処は、日本にしか出来ないという考えがあるからであった。

 世界の反応はいろいろだったが、概ね、友好的に迎え入れてくれる風潮の方が強かった。これはもちろん、今の朝鮮に対抗出来るのは日本しかいないという考えからである。戦争終了後に改めてその責任を問われるだろう。

 榊原は総理官邸に詰めており、今後の日本の舵取り役の一人として総理を支えることになった。

 そのため、榊原は自分の後任を月光院尊人に委ねた。

 尊人は演説から本部に戻り、花子からこの事を聞くと目を丸くして驚いた。

 

 「まったく……彼は次から次へと難題を持ちかけてきますね」

 

 と、言いながらも二つ返事で快諾していた。

 この人事にあまり良い顔をしなかったのが佐藤千佳と小野寺可憐であったが、榊原は完全に退くのではなく、あくまでも総理官邸にいる間だけという条件付きで、二人は渋々受け入れることにした。

 

 一方、この一連の流れについて山本兄妹は石垣島へ移動中に報告を受けた。

 自衛隊が完全撤退の方向となったことで、一先ずは台湾への脅威は去ったため、山本兄妹は別命があるまで石垣島で待機となった。

 これは、台湾や香港が『MADE IN 朝鮮』の超能力者、もしくは花橘楓の攻撃を受け国連から要請があった場合、いち早く対応するための処置であった。

 

 翌2月18日02時05分。

 日本は現在に至るまでの経緯の説明と、連合艦隊への攻撃による賠償問題、更には今後の日本の立ち位置について報告した。そして繰り返し謝罪するとともに、国際協力に尽力する旨報告した。

 

 「それにしても……」

 

 同盟本部に戻った黒田が、食堂のテーブルでカップ麺をすする千佳に向って話しかける。

 

 「どうして内調の次官たちは逃げたり隠れたりしなかったんだろう?」

 

 黒田は缶コーヒーを開けながら千佳に聞いた。

 千佳はひとしきり麺をすするとそれに答える。

 

 「わかっていたのさ。日本にいる限り、超能力者からは逃れられない事をね。彼らはこちらが思った以上に早く行動したことで、完全に後手を踏むことになった。その時点ですでに覚悟はしていたんだと思う。大会議室にいた彼らを見るとそう感じた」

 

 缶コーヒーをちびちび飲みながら話を聞いていた黒田は、ふと遠くを見るとつぶやいた。

 

 「俺は月光院尊人の言葉が忘れられないんだ……勝者が正義であり、戦争の後に平和な世界を作るために戦っている……確かにそうなんだ。やりたい事があるならば、たとえそれがどんな戦いであっても、勝たなければ成し遂げる事はできないんだ……」

 

 千佳はカップ麺のスープを一気に飲み干すとタン!とテーブルに置いた。

 

 「そんじゃあ、うちらが正義で、やりたい事を成し遂げる事が出来るってことだな!」

 

 千佳がニヤリと笑う。

 黒田もつられて笑う。

 

 「……ちげぇねぇ」

 

 黒田は缶コーヒーを飲み干すと、吹っ切れたような表情となっていた。

 そう、勝つのは俺達だ。



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