表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
23/31

反政府同盟3

■反政府同盟3

 

 花子から連絡があったのは18時50分。

 会談の時間が19時30分から19時45分の15分間のみ。場所は都内有名ホテルのロイヤルスイートルーム。

 普通に車で移動していたら絶対に間に合わない。だが、花子が作ってくれたこの貴重な時間……無駄にすることは出来ない。

 榊原はヘリコプターの準備を指示し、自分は会談の準備を進める。

 この月光院豪太との会談が失敗すれば、組織としての同盟の存続は難しくなるだろう。

 榊原は並々ならぬ決意を胸にヘリに乗り込むと、日が暮れた夜空に向って飛び立つ。

 機内から榊原はホテルにヘリポートの使用許可を求めた。

 まぁ、許可が降りなくてもヘリで向っているのだが……最悪、降下ロープを使えばいいだろうと、呑気に考えていた榊原であったが、まさか本当にヘリポートが埋まっていて着陸出来ないとは思っていなかった。

 でも、良く考えてみると、月光院家当主ともなると移動はヘリのはずだ。つまり、ヘリポートが埋まっているのは必然だったのだ。

 時間に追われていたせいもあって、そんな簡単な事にも気が付かなかった榊原だったが、別に気にしているようではなかった。

 

 約15分ほどでホテルの上空に着いたが、先客のヘリが屋上を占拠しており、余白部分にロープで降下するのも意外に難しいと感じる榊原だったが、のんびりしている時間もないので、とりあえずすぐにヘリから飛び降りてみる。

 さすがは元特殊部隊の隊長だけあって、何の問題も無く着地するとロープを外してヘリに手を振る榊原。

 すぐにロイヤルスイートルームに移動したい所だが、一度フロントで取り次いでもらうのがマナーであろう。

 仕方なく最上階からロビーまでエレベーターで降り、フロントで取り次いでもらうと、また最上階のロイヤルスイートルームへ向かう榊原。

 エレベーターを降りると、正面に豪華なドアがあり、ホテルマンに案内されドアを開けると、長い絨毯敷きの廊下が姿を現した。

 本当に部屋の中なのか疑問に感じながらも赤い絨毯を進むと、そこには広大なリビングが広がっていた。

 巨大なテレビモニターが壁に埋め込まれ、その前に豪華なソファーが『コの字』に並べられ、真ん中にテーブルが置かれていた。

 どうやら、普段のロイヤルスイートの配置とは違い、今回の会談用に配置を変えているようであった。

 榊原の姿を見るとすぐに花子が立ちあがり、榊原の元に駆け寄ってくる。

 アイボリーのスーツ姿が様になっている花子を見て、つい見とれてしまう榊原。

 

 「こちらが反政府同盟の榊原さんです」

 

 花子の紹介で頭を下げ「貴重な時間をいただき、ありがとうございます」と言う榊原。

 

 「そして、こちらが月光院家当主、月光院豪太です」

 

 紹介された男は一人掛けのソファーからすっと立ち上がると「月光院豪太です」と軽く頭を下げ、榊原に座るように勧める。

 豪太の容姿は子供達とは違って無骨なイメージで、髪はやや長めで白髪交じりの直毛をオールバックにして後ろに流している。口元には口髭を蓄え、茶系の和服を着ていた。

 豪太の左手のソファーは三人掛けとなっており、そこにはもう一人男が座っていた。

 その男は紺色のスーツに、胸ポケットには赤色のスカーフがあり、同じ色のネクタイをしていた。

 男はすっと立ち上がると自分で名乗る。

 

 「月光院尊人です。お久しぶりです、榊原さん」

 「ま、まさか……台湾攻略に行ってたんじゃなかったのか?」

 

 尊人は微笑みながら座ると、花子も尊人の隣りに座る。

 榊原はその対面の、一人掛けソファーが二脚並ぶ内の豪太に近い方に座った。

 それを見届けてから尊人は口を開いた。

 

 「では、先ず私から。確かに私の部隊は台湾攻略に向っていましたが、豪比台連合艦隊を戦闘不能に陥れた後に、ヘリと飛行機を乗り継いでここに参上いたしました。ちなみに戦闘不能にしたと言っても、人殺しはしてはいませんのでご安心を」

 「なるほど……」

 

 榊原は月光院家の力を持ってすれば、戦地から帰って来るのなんて簡単な事なのだろうと思うしかなかった。

 そして、改めて豪太に向って話し始める。

 

 「では、改めましてお時間をいただき有難うございます」

 「礼は結構です。時間が無いので本題に入りたいのですが構いませんか?」

 

 豪太はにこりと笑うと白髪交じりの口髭を右手で整える。

 

 「はい。では、早速ですがお願いしたい事が御座います……」

 「反政府同盟の力になって欲しい……と?」

 「はい。その通りです」

 「うむ……」

 

 正面から豪太の目を見る榊原。

 部屋の奥にあるカウンターから、濃いグレーのスーツを着た女性が淹れたてのコーヒーをテーブルに運ぶ。

 尊人が「どうぞ、お召し上がり下さい」と榊原に言うと、自分もミルクを入れてからコーヒーを飲む。

 榊原もコーヒーを飲もうと手を伸ばした瞬間、豪太は口を開いた。

 

 「して、月光院家にとってのメリットは何ですかな?」

 

 豪太の問いに、榊原は伸ばしかけた手を止めると、その手を再び膝の上に戻して考え始める。

 

 「メリット、ですか……」

 「その通りです」

 

 考え込む榊原に対して尊人が口を挟む。

 

 「同盟側の力になって欲しいという事は、それ相応の援助を求めているのでしょう?では、援助をすることで月光院家にはどのような見返りがあるのかと当主は聞いているのです」

 

 こうなると尊人の独壇場となる。それは榊原も承知しているので、聞いているフリをしながら心の中でメリットについて考えていた。

 だが、尊人の話しは止まらない。

 

 「我々月光院家は政治家では無く、言うなれば純粋に利益を追求する営利目的の企業グループを統括しています。それは資本主義という考えでは健全な姿とも言えるでしょう。よって、我々月光院家が動くという事は、それなりの大義名分が必要であり、それを最もわかりやすく表現するのであれば『対価』という事になります……」

 

 そこまで尊人が話すと、当主豪太が右手を軽くあげて「もう良い」と制する。

 尊人は軽く頭を下げると、榊原を見つめその発言を待った。

 榊原は次に自分が発する一言で同盟の存亡が決まると思うと、胃がきりきりしてくるのを感じるのだが、今はそんなことを言ってる場合ではない。

 覚悟を決めると、榊原は熱意をもって言葉を発した。

 

 「月光院家にとってのメリット……それは『正義』です!」

 

 その場が一瞬にして静まり返る。

 月光院家のような資産家にとって、経済に何の影響も与えない『精神論』はもっとも忌み嫌う言葉である。

 正義、真心、博愛……それら精神論は実際に、目に見える行動をとってこそ初めて成立するのであり、思っているだけでは何も生まないのである。

 そして、ビジネスとして成功してこそ、初めてその精神が相手に伝わったと言えるのだ。

 嘲笑にも似た雰囲気の中、榊原は口を開く。

 

 「今の政府は完全に内調……倉本の独裁政治状態となっています。超能力者を手足のように使い、日本政府および日本国民の意思とは関係なく、世界を相手に戦争をしかけています」

 「それは私も知っている……」

 

 豪太が口を開く。

 

 「……だからこそ倉本を助け、世界を一つにすることで、それに協力した我々がその後に待っている巨大なビジネスチャンスを掴む事が出来るのだ」

 「そうかもしれません。ですが、それは正義と反しています」

 「正義が飯を食わしてくれるのかね?そんな言葉では我々のような巨大グループは動くことは出来ない……戦争とは、勝った方が正義なのだ!」

 

 豪太が眼光鋭く断言する。

 だが、榊原もここで退く訳にはいかない。

 

 「勝った方が正義、とおっしゃいましたね?」

 「ああ。言ったとも」

 

 豪太と榊原の視線がバチバチと火花を散らす。

 

 「では反政府同盟が正義です!……何故なら、戦争は我々が勝利するからです!」

 

 榊原は声高らかに勝利宣言をした。

 これだけを聞けば、頭がおかしい男が大きなホラを吹いたと一蹴されるだろう。だが、榊原の体からはオーラのような他者を圧倒するような迫力があった。

 後に花子がこの時の事を榊原に聞くと、「ああ、あれは私の固有スキル『幻影』<ミラージュ>を使ったんだ」と笑ったそうだ。

 いずれにしても豪太はこの気迫に押され、榊原の思惑に乗ってしまった。

 

 「勝利……その見通しはあるのだろうな?」

 「あります!」

 

 待ってましたとばかりに榊原は断言する。

 

 「倉本の筋書きには超能力者の力が必須となっていますが、今では高ランカーのほとんどが反政府同盟と共にあります。その我々が大陸と台湾を攻撃すれば、倉本の野望を挫くのは容易いと考えています。そうなった場合、本当に倉本の側にいてもいいのですか?」

 

 榊原の問いに豪太は薄笑みを浮かべて答える。

 

 「君の考えには重大な問題がある」

 「それは何でしょうか?」

 

 榊原は素直に聞き返す。

 豪太は勝ち誇ったように口を開く。

 

 「君の考えはすでに潤沢な運用資金があることを前提としている。だが、実状は窮乏しており、まともに戦う事もできないはずだ」

 「はい。ですから援助をお願いしております」

 「わははは!話にならんな。『絵に描いた餅』とは正にこの事だ!」

 

 豪太は腕を組みながら豪快に笑い飛ばし、尊人も呆れ顔で榊原を見ている。

 だが、榊原は諦めていなかった。

 

 「では、お聞きします。ご当主は倉本を援助することで、本当に世界というマーケットを手に入れる事が出来るとお考えですか?」

 「勿論だ」

 「つまりご当主は、まだ倉本が世界を取れるのかもわからず、取ったとしても世界には月光院家以上の資産家が多く存在する中で、倉本が本当に最後まで月光院家を必要とするのかも不確かな状況で、彼と心中しようと考えておられるのですね?」

 「……」

 

 豪太から笑みは消え無言となった。

 たしかに倉本とは最近友好関係を築いているが、もしも海外の巨大な資産家が倉本と強いパイプで繋がったら……排除されるのは自分達となる可能性もある。倉本とは互いの援助について密約を交わしているが、戦時中においてそんなものは何の意味も無い……か。

 豪太は一瞬とも言える時間の中で、倉本との関係性について考えを巡らせていた。

 そのような中で榊原は更に続ける。

 

 「もしも倉本が世界をとったとしても、日本だけで見た場合、倉本はあくまでも日本を転覆させた犯罪者であり、独裁者と国民は見なすでしょう。その協力者として日本に根城がある月光院家は、本当に世間の影響を受けずにビジネスが出来るとお考えですか?」

 

 確かに榊原の言う事も一理ある、と豪太は考えていた。

 倉本は日本を捨て、世界に飛び出す人間だ。

 では月光院家はどうか?

 どうしてもビジネスの拠点は日本となるだろう。

 たとえ月光院家が世界に羽ばたいたとしても、日本という足元が揺らげば世界進出の夢も果たせない。

 

 「ご当主。あなたは正義など陳腐と考えているかもしれませんが、スキャンダルにうるさい日本国民にとって『悪』の存在は徹底的に叩かれ、存続することは出来ないでしょう。そう言った意味で、正義の側につく方が月光院家にとっては良いと思いますがどうでしょう?勿論『正義』は我にあり、です」

 「なるほど。榊原さんの話はよくわかった」

 

 会談の予定時間は15分のはずだったが、すでに20分が経過していた。

 豪太が考え込んでいた時間は僅かな時間だったが、結論を出すには十分な時間だった。

 

 「では結論から話そう。月光院家は今まで通り倉本への援助は継続する!」

 「!!」

 

 月光院豪太ははっきりと断言したが、榊原から発するオーラは一向に衰える事が無く、まるで炎が体から噴出しているようであった。

 その姿からは全く諦めが感じられず、今なお戦っているように見えた。

 

 「父上……」

 

 尊人が豪太に声を掛けるが、豪太もまた榊原と戦っているようだった。

 しばらく見つめ合っていた両者だったが、豪太がふと目を伏せると口を開いた。

 

 「私の負けだ。榊原さん。反政府同盟への資金提供を約束しよう。そして、それは新たな日本再生に向けたビジネス投資と考える事にしよう」

 

 口髭を摘みながらニヤリと笑う豪太。

 

 「ご当主……ありがとうございます!」

 

 榊原は勢いよく立ち上がると深々と頭を下げる。

 それを見た尊人もすっと立ち上がると「面を上げて下さい」と言うと話を続ける。

 

 「私共も日本人である以上、日本で商売を続けたいですし、何より日本人に嫌われたくないですからね」

 

 尊人はそう言うと、花子に目配せをする。

 さゆりは立ち上がると軽く頭を下げ、リビングの奥にあるドアの前まで歩く。

 

 「もう出てきて宜しいですわよ。榊原さんの勝ちですわ」

 

 花子がそう言うと同時に、ドアが勢いよく開き、部屋の中から数人の人影が一斉にリビングに走り込んできた。

 

 「隊長!」

 「「榊原さん!」」

 

 同時に発せられる声の主は黒田、千佳、山本兄だった。

 黒田は榊原の手を握ると「本当に良かったです!」と嬉しさを全身で表現していた。その後ろで千佳と山本兄も嬉しそうにこちらを見ている。

 

 「お前たち……どうしてここに!?」

 

 事態が飲み込めない榊原に千佳が説明をする。

 

 「台湾沖の戦闘後に、月光院隊長があたしたちも一緒にここへ連れてきてくれたんです。たぶん、榊原さんだったらやってくれるだろうって」

 

 榊原は驚いて尊人を見ると、にこりと笑って答える。

 尊人はこうなることまで予測していたのか……。

 榊原は当主豪太の存在感はさすがと感じたが、その後継者である尊人こそが日本の政治を動かすべきと感じた。

 

 「それでは父上。私は『正義』の旗印のもと、すぐに同盟本部に赴きインフラ整備に着手いたします」

 

 そう言うと優雅な動作で敬礼する尊人。それに合わせて花子も敬礼する。

 

 豪太は「うむ」と返事をすると立ち上がり、榊原に向き直って口を開く。

 

 「榊原さん。当事国の日本は別として、世界規模で見ればやはり戦争の勝者こそが『正義』だ。それは変わらない。従って、この戦争には必ず勝ってもらいたいものだ。それこそが先行投資の狙いなのだからな」

 「はい。必ず勝ってみせます!」

 

 豪太は「期待していますぞ」と言い残すと、リビングを後にする。そこに秘書と思われるスーツ姿の女性3名と、ボディガードと思われる黒いスーツの男4名がどこからともなく現れると、豪太に寄り添うようにして部屋を出て行った。

 榊原は「おわったー!」と言いながらソファーに崩れ落ちた。

 とにかくこれで反政府同盟としてスタートできる目処がたったのだ。

 大役を終えたばかりの榊原だったが、のんびりもしていられない。

 豪太氏はもう帰ったので、屋上のヘリポートは空いたはずだ。そこで榊原はヘリを呼ぼうとしたのだが、それを尊人が止める。

 

 「ヘリだったら屋上にありますよ?空港からここまで乗ってきた私の自家用ヘリですが」

 「ア、アレ、お前のだったのか……」

 

 だとすると、豪太氏は車で来たのか?……などと考えそうになるのを心の奥に沈めておいて、とにかく今は同盟を組織として軌道に乗せる事を考えるのが先だ。

 榊原は自分を奮い立たせるように勢いよく立ち上がると、「では行こうか!」と言いながらその一歩を踏み出した。

 

 

 ◆

 

 2月17日04時35分。日本は台湾に対して無条件降伏を勧告。

 同、08時12分。台湾は徹底抗戦を日本へ通達。同時に台湾北東部に展開中の日本艦隊に対しミサイル攻撃。被害なし。

 同、09時05分。日本は台湾へ総攻撃を開始。

 同、15時20分。陸自1個大隊が台湾北東部に上陸するが孤立。

 

 「やはり、思った通りだ……」

 

 月光院花子の報告に、榊原が何故か得意気に話す。

 同盟本部の情報分析オペレーターは第3特殊部隊が担当することとなり、月光院家の独自情報網も駆使して同盟本部の頭脳とも呼べる箇所を、花子を中心に一手に引き受けていた。

 

 「……自衛隊は他国に対する侵略攻撃を想定していない『専守防衛』を基本原則とした軍隊だ。そのため、自衛隊では対地攻撃兵器はほとんど運用されておらず、対艦ミサイルを転用するくらいしか有効な攻撃はできないはずだ。台湾攻略……これは簡単には行かないぞ……」

 「だからこその超能力者の利用、なのでしょうね」

 

 夜勤前の小野寺可憐がジャージ姿で答える。

 

 「花橘の出番……ですか?」

 

 黒田が会議テーブルに頬杖をつきながら聞き返したが、同時に主賓奪還作戦の時に見せた、楓の圧倒的な力を思い出して身震いする。

 榊原が無精髭を撫でながら真剣な顔つきで口を開く。

 

 「状況を打開するためには、出すしかないだろう。そうなると、呆気なく台湾は降伏するだろうな」

 「花橘とはやっぱり戦う事になるのかい?あたしはまだ死にたくないんだけどねぇ……どうなんだい、主賓!」

 

 佐藤千佳が志郎に話を振る。

 長方形に並べられた会議テーブルの下座……一番出入口に近い席に志郎は座っていた。上座の榊原は志郎からは一番遠い真正面に位置している。

 

 「どうって言われても……あれから何度も念を送っているんですが、特に何の反応もありません」

 

 志郎は頭を振りながら答えた。

 それを受けて榊原が話す。

 

 「マインドコントロールは短時間で完了できるようなものではなく、ある程度の時間をかけて繰り返し洗脳していくものだ。だが、短時間……今回の場合は台湾攻略の足掛かりを作る……という間だけ効果が持てばよいのであれば、比較的早くに実戦投入してくるかもしれん……そこで、我々の今後の行動だが……」

 

 榊原は一呼吸溜めを作ってから再び話を続ける。

 

 「日本政府を倉本から引き離し、本来あるべき日本の姿に戻す。その為には先ず、倉本の息がかかった者達……少なくとも外務大臣、防衛大臣、内調次官は罷免する必要があるだろう」

 「でも、どうやって?」

 

 可憐が疑問を口にすると、黒田がそれに答える。

 

 「決まっているだろう。この戦時下だ。実力行使だよ」

 「だな。まぁ、罷免というよりも拘束と言った方が早いな」

 

 黒田と千佳が互いに目を合わせるとニヤリとする。

 そこに今まで黙っていた月光院尊人が口を挟む。

 

 「この戦時下です。それら3名は永田町に詰めているでしょう……それで、3名を捕えてからどうしますか?」

 

 榊原は尊人に向き直ると、両手を合わせて「そこで君にお願いがある……」と切り出した。

 尊人は一瞬、戸惑いの表情を見せたが、すぐに頷きながら真剣な顔となった。

 

 「実は国営テレビに出演して欲しいのだ」

 

 尊人は「はい?……い、今、何と言いました?」と、珍しく動揺した様子だった。

 

 「私に国営テレビに出ろ、と言ったように聞こえたのですが?」

 「ああ、正にそう言った」

 「!!!」

 

 榊原は再び無精髭に手を戻してから話を続けた。

 

 「先ず、日本において各方面に絶大な影響力を持っている月光院家が、反政府同盟と共に今の日本を正そうとしていると宣伝して欲しいのだ。たぶん、これだけで今の政府に異を唱える者達が続出するだろう。そして、現在日本が倉本という独裁者によって、世界を敵に回し戦争しようとしている事を国民に伝えて欲しいのだ。これで我々には悪を討つという大義名分ができ、世論を味方にして堂々と動くことが可能となるはずだ」

 「国営テレビには?」

 「ネゴ済だ。20時から21時までの放送枠を押さえた」

 

 国営テレビの放送枠を押さえるなんて普通は無理のはずだが、さゆりを使って半ば強引に交渉したことは察しがついた。

 尊人は今更ながら、月光院家の力は日本国内においては絶対的なものなのだと痛感するとともに、政治家と国民を自分の演説で味方にしなければならないのだから、反政府同盟にとっても、月光院家にとっても非常に重大な演説となるだろう。

 

 「20時という事は、あと2時間も無いけど?」

 

 千佳が尊人に『時間が無いけど大丈夫?』という意味の言葉を投げかける。

 すると、花子が涼しい顔をしながら答える。

 

 「すでに出演用の衣装は用意しており、テレビ局側とは代理人に打ち合わせをさせておりますので、何の懸念もございません」

 「はな……ゴホン!……麗子よ。ご苦労様でした。今後もお願いしますね」

 「勿論でございます!」

 

 尊人は花子を見て頷くと、さゆりは嬉しそうに微笑んだ。

 千佳はこの兄妹を見ながら「また始まった……」と、うんざりしながら視線を榊原に戻すと質問を投げかける。

 

 「それで、外務大臣、防衛大臣、内調次官の3名はいつ拘束するんですか?」

 「国営テレビの放送が開始されたタイミングで突入だ!」

 

 榊原はそう言うと、第1特殊部隊に総理官邸襲撃、第2特殊部隊にはそのバックアップを命令した。

 千佳と黒田はお互いの右手の拳を軽く合わせると、すぐに出撃準備のため作戦司令室を後にした。その後ろ姿はとても楽しそうに見えたのは多分、気のせいだろう。

 

 「お兄様、こちらへ……」

 

 花子に促され、尊人も席を立つと模範のような敬礼をしてから部屋を出て行った。

 

 「どーせあたしは、主賓<こいつ>の御守りでしょ。……さ、行こうか」

 

 そう言うとさゆりは立ち上がり、志郎の腕を掴んで退室しようとする。

 それを榊原が「ちょい待ち」と言って引き留める。

 

 「山本妹は主賓の警護ではなく、別命を与える予定だ」

 「え!?じゃあ、主賓<このばか>の警護は……」

 「それは本部守備を任せようと思っている第4特殊部隊の仕事だ……と言っても、主賓には地下シェルターに退避してもらうので、本部守備に専念してもらうだけなのだがね」

 

 すると、小野寺可憐はテーブルの上空1メートルをすーっと空中浮遊して志郎の前まで移動する。

 

 「主賓。地下シェルターに案内します」

 「あ、はい」

 

 体育座りの状態で志郎の頭の上を通過した可憐は、そのままドアの方へ移動して行く。

 志郎は呆気にとられて可憐を見ていたが、はっと正気に戻ると急いで可憐の後を追って部屋から出て行った。

 さゆりはそれを「なんで志郎<あのばか>は近くで『浮遊』の超能力を使われているのに平気なのよ」などと、ぶつぶつ言いながら見届けると、振り返って榊原に向って口を開く。

 

 「それで……あたしの別命とは何ですか?」

 「実は山本兄と一緒に行動して欲しいのだが……この任務は非常に重要なので覚悟して欲しい」

 「何でも言って下さい!」

 

 山本真一が立ち上がると榊原に強く訴えた。

 真一は、自分がどこの特殊部隊にも属していないため、ある種の劣等感を覚えていた。

 必要とされるのは常に特殊部隊のメンバーで、自分のようなフリーの超能力者に与えられる仕事なんてほとんど無いのだと考えていた。だが、ここで重要な仕事を与えられるという事は、榊原から信頼されていることであり、真一にとっては俄然、モチベーションが上がるのだった。

 そのような中で、榊原の口から衝撃的な一言が発せられた。

 

 「二人には台湾に行ってもらいたい」

 

 榊原の言葉に、山本兄妹は無言でお互いに顔を見合わせると、真一が口を開いた。

 

 「台湾は現在、交戦地域となっています。そこに二人で行けと言うのでしょうか?」

 「その通り……って、さゆり君。あからさまに嫌な顔をしないでもらいたい」

 

 さゆりは眉間にシワを寄せ、口が半開きの状態で、死んだ魚のような目となっていたが、榊原に注意され慌てて普段の顔に戻る。

 その姿を見た真一は、ため息交じりに頭を横に振りながら「詳細説明をお願いします」と榊原に促す。

 榊原は苦笑しながら「わかった」と答える。

 

 「君たち二人には花橘楓と接触してもらいたい」

 「!!」

 

 山本兄妹は途端に顔面蒼白となった。

 それも無理はない。ほんの半年前に、楓の圧倒的な力の前に敗れ去り、真一に至っては死の淵を彷徨うほどの重症を負わされたのだから……。

 

 「接触と言っても、戦えと言ってるのではなく、花橘に『主賓は反政府同盟が保護したから倉本の元から脱出しろ』と伝えて欲しいのだ……私は花橘と約束した。主賓を保護したら必ず連絡するから待っていろ、とな」

 「もしも虫の居場所が悪かったり、洗脳が完了していたら……」

 「その時は一瞬でこの世とオサラバとなるが、さゆり君は花橘から主賓を託された人物だ。君と接触することで、もしかすると洗脳が解ける可能性もある」

 「あたしは一方的に主賓<あいつ>を押し付けられただけで、彼女とはそれほど親しい仲じゃないんだけど……」

 

 さゆりは異を唱えるが、そんな僅かな希望と呼べる可能性くらいなければ、とてもじゃないがやってられないだろう。

 

 「移動方法は?」

 

 真一が質問すると、榊原が言い難そうに答える。

 

 「まず、新関空まで行き、そこから月光院家のプライベートジェットで石垣島まで飛ぶ。そこからヘリで台湾へ行きたいのだが、たぶん、途中で攻撃を受けるだろうから、防御壁を展開しつつ台湾へ接近し、無線で台湾連合軍を説得した上で台湾へ上陸、花橘と接触したらこれを説得……」

 「だぁー!!これ絶対無理でしょ!?」

 

 さゆりが叫び声を上げて榊原の話に割り込む。そして真一の胸ぐらを掴みながら叫んだ。

 

 「兄貴!この命令、断ろうよ!無理だって!こんなの!」

 「いや、超能力者の中ではトップクラスの防御力を持つ俺にはうってつけの仕事だ……まぁ、花橘には通じなかったがな」

 

 真一はニヤリと笑いながらさゆりの手を引き離すと、再び榊原に質問する。

 

 「自衛隊とは戦いたくないんですが、何か策はありますか?」

 

 榊原は強く頷くと口を開く。

 

 「総理官邸襲撃後、日本政府には世界に向けて、これまでの行いに対する謝罪とこれまでの経緯報告、および戦争からの即時撤退を発表させる予定だ」

 「それを信じるしかない……という事ですね」

 「花橘を敵に回さないための苦渋の策だ……わかって欲しい」

 

 真一は敬礼をすると、

 

 「すぐに移動を開始します。何せ予定している移動方法だと、果てしなく時間がかかりそうですからね」

 

 と言いながらさゆりの腕を掴むと、半ば引き摺る様に扉の方に向って歩き出す真一。

 その背中に榊原が声をかける。

 

 「常に無線でこちらと連絡を取る事を忘れるなよ……あと、旧型だがボディスーツ一式も持って行け。花橘と戦闘に移行した場合は自分達の命を優先しろ!死ぬなよ!」

 

 真一は片手を挙げてそれに答えると、扉の向こう側に消えて行った。

 後に残った榊原も総理官邸へ移動すべく行動を開始した。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ