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反政府同盟2

■反政府同盟2

 

 2月16日5時20分。榊原はけたたましく鳴り響く内線電話に起こされた。

 確かベッドに潜り込んだのは3時過ぎだったか……。せめてあと1時間ほど睡眠を貪りたいのだが、この時間に内線がかかってくるという事は、緊急の用事があるという事だ。

 人気者は辛いな……と思いながら受話器を取る。

 

 「はい……さかきば」

 「豊富だ!主賓が目覚めたぞ!」

 「!!!」

 

 豊富の一言で榊原も目覚めた。「すぐに行く」と伝えると、急いでワイシャツにスラックスの姿に着替えてから豊富の元に向う。

 研究室に入ると、主賓はベッドの上で体を起こし、その横でパイプ椅子に座っている豊富と話しをしていた。

 

 「おはよう。気分はどうだい?」

 

 榊原はそう言いながらドアを閉めると部屋の中に入る。

 

 「数値的には特に問題は無く、本人の意識もはっきりしており、会話も出来ている状況だ」

 

 そう豊富博士は言いながら立ち上がると、座っていた椅子を榊原に譲り、自分はガラス張りとなっている隣りのモニタールームに向う。

 榊原は「わかりました」と答えると、豊富が譲ってくれた椅子に座り志郎に話しかける。

 

 「状況は理解しているかな?佐藤志郎君」

 「はい。先ほど博士からおよその事は聞きました」

 「この後、君には精密検査を受けてもらうとして、その前に簡単な質問をさせてくれ」

 「わかりました」

 

 志郎は返事をしながら、ベッドのリクライニングボタンの『起』を押すと、左腕に刺さっている点滴の針に気を付けながら、くの字に持ち上がってきたベッドに体を預けた。

 榊原は「さて……」と言いながら足と腕を組むと話を始めた。

 

 「今、我々は再び反政府同盟を立ち上げ、旧同盟本部を拠点にして内調の……いや、倉本の野望を挫こうと動き始めたばかりだ。同盟側の現状は第1、第2、第4特殊部隊が合流しているが、第1と第2の隊長二人がまだ合流できておらず、第3特殊部隊はまだ敵対関係にある。また、非特殊部隊員の山本真一と花橘楓も合流できていない。特に花橘は倉本の直属となっているようだ」

 「やはりそうですか……」

 「!?……知っていたのか!?」

 

 どうして一般人であるはずの志郎が、この事を知っているのだろうか?榊原は驚いて前のめりになっていた。

 そんな榊原を見ても、志郎は目覚めたばかりのせいなのか、微動だにせず話を続けた。

 

 「知っていたと言うよりは、予想していたと言う方が正解でしょうね。山本妹から榊原さんと第4部隊が、朝鮮が上海へ侵攻したタイミングでいなくなったと聞きました。そして楓も帰って来ない。……更に自分を襲撃してくる内調……これらを組み合わせると、あなたと第4部隊それに楓は上海侵攻に何らかの関係があると考えました。そして楓を意のままに動かすための材料として、俺を拉致してその命と引き換えに楓を脅迫するだろうと考えました」

 「いやはや……少ない情報でそこまで辿り着いたのか」

 

 榊原はパイプ椅子の背もたれに体を預けながら驚きの声を上げた。

 志郎は更に話を続ける。

 

 「楓に俺が無事であることを伝える必要があります!もう内調の……倉本の言いなりになる必要は無いのだと!」

 「ああ、その通りだ……だが、今は花橘と連絡を取る術がない。それについてはこちらでも対応を考えるので待って欲しい」

 「そうですか……わかりました」

 

 志郎はうつむくと唇をかんだ。

 楓は自分のせいで倉本の操り人形になっていると思うと、胸が張り裂けそうな気持になっていた。

 

 「感傷に浸っているところ悪いが、話を続けさせてもらう……」

 

 榊原は志郎の胸中を察しながらも話を続けようとする。

 志郎も目を閉じて「どうぞ」と言うと、再び顔を上げて榊原を見る。

 

 「君が意識を失った時……君が護送中に襲われた時だ……いつもであれば、自分の近くで超能力を使われた場合は軽い眩暈で済んでいたはずだが、この時は何日も意識を失った状態が続いた。君はどうして気を失ったと思う?何か特別な事が起きたのだろうか?」

 「そうですね……」

 

 そう言うと、志郎はその時のことを思い出そうとしているのか、考え込んでしまった。

 それを見た榊原は、独り言のように話し続けた。

 

 「君に対する扱いは極めてデリケートな問題だ。今後、君の近くで超能力を使った場合、命に係わる事態に発展するかもしれない。もしくは失われた能力が覚醒する可能性もある。また、花橘楓に対する抑止力としての存在……君は唯一、彼女を止められる存在なのかもしれない……それらを考慮して、今後は君に対する接し方を考える必要があるのだ」

 

 この榊原の発言に、志郎は敏感に反応した。

 

 「それは……つまり、状況によっては俺を隔離する……監禁する可能性もある、という事ですか?」

 

 榊原は頭を振りながら答える。

 

 「今の私の発言でそのような極論に行き着いたのは、一般人であるはずの君に、今まで何度も降りかかってきた災難のせいなのかもしれないな……だが、例えば君に大いなる力が宿ったとしよう。君は今まで何の教育も受けず、力のコントロール方法も知らないのだ。人類にとってその脅威は計り知れないものとなるだろう。その場合は隔離……場合によってはコールドスリープという可能性もあるだろう」

 

 志郎は榊原の話を聞きながらゴクリと生唾を飲んだ。

 榊原は尚も淡々と語り続ける。

 

 「更に言うと、君の近くで超能力を使う事で君の生命に危険が及ぶのであれば、やはり隔離……というよりは安全な場所で生活してもらう方が良いだろう。この場合の安全な場所とは、超能力が及ばないのは勿論のこと、敵の脅威も及ばない場所という事になる。もちろん、精密検査の結果で判断するのだが、君自身の考えも聞いておきたいのだ」

 「うーん……」

 

 志郎は唸りながら天井に視線をやると、当時の事を思い出しながらしゃべり始めた。

 

 「あの時……俺は催涙ガスで前が見えない状態で……すると銃声が聞こえたので何とか逃げようと咄嗟に走り出した……すると遠くから『危ないから動くな』と千佳さんの声が聞こえて……それから……」

 「そこで気を失ったんだな」

 「たぶん……」

 

 この志郎の発言は、山本さゆりから聞いた情報とほぼ同じであった。

 実は第1特殊部隊と第2特殊部隊、そして主賓までもがどうやってここに至ったのかを、さゆりを含め数名から報告を受けていたのだ。

 さゆりによれば、あの時、気を失って倒れていなければ、闇雲に動き回り、流れ弾に当たっていたかも知れないというのだ。

 

 「遠くから佐藤千佳の声が聞こえた……つまり佐藤千佳とは距離があった……周りに超能力者がいないのであれば、気を失ったのは……いつもの超能力症候群じゃない?……だが主賓は気を失ったために助かった……これが偶然じゃないとすれば……」

 

 榊原はぶつぶつとつぶやいていたが、志郎は志郎でいろいろ考えているようで、全く気にしている素振りはなかった。

 いずれにしてもこれ以上の事は聞き出せないと悟った榊原は、これでお開きとして後は豊富博士に任せて退室した。

 自室に戻るまでの廊下を歩きながら、榊原は繰り返し考えていた。

 

 「……超能力症候群とは違う、別の力が影響したとしか考えられない……だが、一体それは何だ?」

 

 こんな事ではベッドに戻っても眠れないのではないかと心配していたが、ベッドに入った瞬間深い眠りにつく榊原だった。

 

 

 ◆

 

 2月16日07時15分。

 

 「そうですか。わかりました」

 「で!?何と!?」

 

 月光院尊人は通信を切るや否や、目の前の3名が身を乗り出してきた。

 尊人はそれを意に介さず左手で制すると、3人に向って口を開いた。

 

 「旧同盟本部が乗っ取られたようです」

 「つまり?」

 

 尊人の発言に対して即座に聞き返す佐藤千佳。

 

 「つまり……あの場に残した私の第3部隊が敗れ、再び反政府同盟が結成されたようです」

 「「よ っ し ゃ ー ! ! ! 」」

 

 千佳、黒田、山本兄は嬉しそうに叫びながらハイタッチをする。

 それを見て尊人は思わず口走る。

 

 「ちょっと、貴方たち。あからさま過ぎますよ?」

 「いやいや、嬉しいに決まってるだろ!?この日が来るのを待っていたんだからな!」

 

 黒田は喜びを隠さずに笑顔で答える。

 千佳は真面目な表情に戻ると尊人に向って聞いた。

 

 「それで、あんたはこれからどうするんだい!?」

 「そうですね……どうすると言われましても……この状況では……ねぇ」

 

 尊人を含む4名は、台湾に向って航行する護衛艦の艦橋の端の方にいた。

 千佳は黒田とヤレヤレという表情で目配せし、山本兄も目を閉じて頭を振る。

 

 「これは……つまり……」

 「そう。こちらがどんな状況であろうとも、そんな事はお構いなく、強制的に台湾へ向かっているという事だ」

 

 山本兄の言葉を黒田が引き継いで現状置かれた立場を口にする。

 千佳が赤い椅子に座る艦長の所までつかつかと歩み寄る。

 

 「ちょっと!艦長!今から日本に引き返せないの!?」

 

 掴みかからんばかりに大声を上げて艦長に無理を言う千佳。

 それを黒田と山本兄がなだめながら、両脇を抱えて引き摺る様に連れ戻す。

 そのやり取りを見て尊人が口を開く。

 

 「落ち着いて下さい。ここは大人しく作戦を遂行した方が得策でしょう。変に問題を起こせば、帰る事も出来なくなりますよ?」

 「いや、まぁ、それはそうなんだが……」

 

 尊人の発言に黒田が同意するが、やはり、早く反政府同盟に合流したい気持ちが強いようで歯切れが悪い。

 

 「私も一刻も早く帰りたいのです。どうやら榊原さんは父上……月光院豪太<げっこういんごうた>との会談を希望しているようです。できれば私もその会談に同席したいと考えていますが……」

 「現状は難しそうだな……」

 

 うつむく尊人に山本真一が同情する。

 尊人は顔を上げると3人に力強く話しかけた。

 

 「ここは敵味方の立場は抜きにして、早く任務を完遂して帰国する事に協力して貰えませんか?」

 「むむむ……」

 

 千佳は唸った。そもそもその任務が気に入らないのだ。

 超能力を使って台湾を侵略しようとしているのだ。超能力をそんなことに使ってもいいのだろうか?

 千佳は決心したように尊人を見ると口を開いた

 

 「やっぱあたしは無理。相手は軍人だとしても超能力を持たない時点で一般人と同じ。そんな人達に対して超能力攻撃を仕掛けるなんて、虐殺に等しい行為じゃん?しかも、ついこの前まで台湾は味方だったのに、日本が一方的に裏切ったわけでしょ?この作戦は全く筋が通らない!」

 

 艦橋に全体に響くような声に、艦長や航海士は微妙な表情を見せていた。

 自衛隊員だって本心では誰もが『おかしい』と思っているし、あり得ない事だとも思っている………だが、上官の命令は絶対だ。自衛隊にいる以上、命令に逆らう事の方があり得ない事なのだ。

 そう言った意味では、これほどストレートに自分の意見を言える千佳に対して、羨ましいと感じる者もいたかもしれないし、自衛隊の異常さを痛感した者もいたかもしれない。いずれにしても、今戦争に参加しようとしている自衛隊員は、他国を侵略する事を想定して入隊した者は一人もいないのだ。

 尊人は一度大きく頷き、優雅に髪を掻き上げてから千佳に語りかける。

 

 「仰ることはもっともです。ですが、たとえ理不尽な事であっても、やり遂げなければならない事だって世の中にはたくさんあるのです。国民全員が嫌な事や理不尽な事から逃げていては、国そのものが立ち行かなくなります。超能力者は完全に俗世とは切り離された場所で育っているため、このような出来事に対する免疫がありません。今後、超能力者達が一般人と同じ生活をした場合、問題の大小はあるにしろ頻繁に納得できない事に直面するでしょう。しかし、その時、歯を食いしばって頑張れる者こそが、今の我々に求められている事であり、評価に値することだと私は考えます」

 

 最後は右手を胸に置き、軽く会釈をして話し終える尊人。

 相変わらずオーバーアクションであるが、その身振り手振りを交えた話術に『おおっ!!』という歓声と共に、艦橋にいる誰もが尊人の言葉に拍手を送っていた。

 黒田はこの状況を見ながら、やはりこの男に舌戦では誰も勝てないな、と痛感していた。

 千佳もこれ以上の発言は、単に我がままを通そうとする自分勝手な人間という事を、周りに印象付けるだけと考えていた。

 3人は黙ってうなだれるしかなかったのだが、それを見た尊人は、3人に対して今回の作戦を告げた。

 

 「我々の任務は、この先待受けているであろう『敵艦隊の沈黙』です」

 「わかってるよ。敵を問答無用で黙らせるんだろ!?」

 

 千佳は何を今さらという表情で答える。

 すると、その隣でポンと手を叩く音が聞こえた。

 

 「そうか……なるほど。隊長さん、あんたも喰えねぇな」

 

 黒田がニヤリとしながら山本兄と目配せをするが、千佳だけが飲み込めていないようだった。

 

 「ちょっと!あたしにもわかるように説明してよ!」

 

 千佳が黒田に詰め寄る。

 

 「わかったよ……隊長さんがわざわざ命令の内容を強調して言ってくれたんだぞ?『敵を沈黙させるだけでいい』ってな」

 

 黒田にここまで言われて「はっ」と気づく千佳。

 

 「つまり……殺す必要は無い……と?」

 「そう言う事です」

 

 尊人はニコリと笑みを浮かべながら両手を広げて天を仰ぐポーズを取っていた。

 漫画の表現を使うのであれば、バックに薔薇の花が咲き乱れていることだろう。

 尊人に対する拍手喝采の中、千佳は思った。

 この人は確かに隊長としても、人間としても尊敬できる人かも知れない。……だが、あたしは……生理的に無理!と。

 

 

 ◆

 

 同盟本部の食堂には超能力者全員が集められ、大型テレビを食い入るように見ていた。

 

 『朝鮮共和国の陸上部隊は、上海に続いて杭州も占領し、更に南下する模様です。一方、海上では台湾北方の東シナ海にて、日本時間9時35分、海自護衛艦隊と台豪比連合艦隊が戦闘に突入したと、官房長官のコメントが発表されました……』

 

 ここで榊原はリモコンでテレビを消すと、一人だけ立った状態で話し始めた。

 

 「報道にあった通り、日本は非常に緊迫した状況となっている。だが、信念を持って立ち上がった我々もまた、早急に解決しなければならない問題がある……それは、資金だ。前回の同盟活動の時は、内調に敵対する政府関係者や財界の大物たちが支援してくれたおかげで、資金に困る事は無かった。しかし、今はここに居る我々しかいないのだ。電気だけは自家発電システムにより問題なく使用可能であるが、それ以外のインフラや食料は如何ともし難い」

 

 その榊原の発言が示すように、ここ『食堂』は単なる打ち合わせスペース兼、娯楽スペースであり、食事は各自が用意するしかなかった。

 

 「そこで、私は月光院花子に当主豪太氏との面会を取り付け、こちら側に引き込もうと考えている。月光院家を味方にすれば、繋がりのある日本の大物たちも芋づる式に援助が期待できるはずだ。それと、もう一つ問題がある……主賓についてだ」

 

 もう夜が明けたが頑張って起きている可憐や、志郎の護衛の任にあたっていたさゆりがピクリと反応した。

 

 「現状、主賓は我々が確保している……つまり、花橘楓は倉本のいいなりになる必要は無くなったのだ。だが、そのことを中国にいる花橘へ伝える方法が無い。早く倉本から解放しなければ、手遅れになり兼ねん」

 「手遅れとはどういうことですか?」

 

 榊原の発言にさゆりが質問する。榊原は頷くと話始める。

 

 「倉本はこの同盟本部が陥落したことは既に知っているはずで、同時に主賓を失ったことも理解しているはずだ。そうなると、花橘を繋ぎとめるために次の行動に移るはずだ……そう、マインドコントロールだ」

 「でも、花橘の精神力は桁違いに高いため、マインドコントロールを行うにはそれ相応の施設が必要となるはずです。ですが中国にはそのような施設は無いと思われます」

 

 可憐は夜勤時の特殊ボディスーツではなく、あずき色のジャージ姿で意見を述べた。

 基本的に同盟本部は8時間勤務の3交代制であり、第1部隊が6時から14時、第2部隊が14時から22時、第4部隊が22時から6時となっていたが、今は全員が集合してるため勤務時間外の者は私服を着ているのである。

 

 「確かに中国にはそのような施設は無いだろう。だが、同盟国である朝鮮であれば可能かもしれない。あの国は人間のクローン化に成功し、超能力開発にも成功している」

 

 すると可憐は難しい顔をしながら口を開いた。

 

 「すでに上海と杭州は朝鮮に攻略されましたが、榊原さんの見立てでは『MADE IN 朝鮮』の超能力者が関与したとお考えですか?」

 

 突然別の切り口からの質問だったので、榊原は少し驚いたようだったが、すぐに可憐の質問に回答する。

 

 「そう考えた方が自然だと思う。あれだけ拮抗していた上海攻略戦が、突然防衛側の瓦解によって一気に上海が占領された。杭州に至っては何事も無かったように朝鮮は占領に成功している。これは君が言う『MADE IN 朝鮮』が到着したからだと思われる」

 「私もそう思います……」

 

 可憐は榊原の見解に賛成すると、自分の見解を続ける。

 

 「……つまり、朝鮮……この場合は倉本の思惑とも言えますが、それをベースに考えれば、大陸の攻略は『MADE IN 朝鮮』の部隊で問題無く実行できており、台湾の攻略は日本が担当しています。従って、花橘という戦力は今の段階ではそれほど必要はなく、マインドコントロールのために戦線を離脱するには良い機会だと思います」

 「すでに花橘は朝鮮にいるかも知れない……という事か……だとしたら、急いで花橘と連絡を取る必要があるな」

 

 可憐の発言に榊原が答える。

 だが、現状は花橘に直接通信する手段は無い。

 

 「花橘は倉本と連絡を取るための通信機を持っているはずなので、政府筋から探れば辿り着けるかもしれないが、それなりに時間はかかるだろう。もしも花橘と連絡が取れなかった場合は、最悪、彼女と戦う事になるかも知れん」

 

 榊原の言葉に、そこにいる者達は黙ったまま口を開くことができなかった。

 花橘が敵となる……すでにその能力の恐ろしさを知っているさゆりや可憐、第2部隊のメンバーはその脅威を肌で感じていた。

 その時、榊原に向って大きな声で質問する声があった。

 

 「マインドコントロールを受けたら、楓はどうなるんですか?俺の事もわからなくなるんですか?」

 

 何ともガキっぽい質問をするやつがいるもんだ、と全員が声の方を向くと、全員が驚いた表情となった。

 第2部隊黄川田の隣りの席に、院内服を着た志郎の姿があった。

 

 「ええっ!?俺、全然気が付かなかった!」

 「いつの間にそこにいたんだ!?なんたる存在感の無さだ!」

 

 黄川田と赤松が同時に叫ぶ。

 

 「あんたそこでなにやってんのよ!?」

 

 さゆりが立ちあがって志郎を怒鳴りつける。

 志郎はきょとんとした表情で答える。

 

 「い、いや、今朝目覚めてからすぐに精密検査をしてたんだけど、それが終ったんで最初からここに座ってたんだが……」

 「いつ目覚めたのよ!?どうしてすぐにあたしに言わないのよ!!」

 「ん?……どうしてすぐにさゆりに言わないといけないんだ?」

 「どうしてって……そ、それは……その……あたしは護衛役だし……」

 

 途端に声が小さくなり、しどろもどろになるさゆり。

 そこで榊原が口を開く。

 

 「今日の朝早くに主賓は目覚めて最初からそこに座っていたんだが……冒頭に言ってなかったか?」

 「「言ってません!」」

 

 志郎以外のほぼ全員が榊原に向って断言する。

 一瞬たじろぐ榊原だったが、ゴホンと咳払いを一つしてから話を続けた。

 

 「……えーと、志郎君の質問はマインドコントロールについてだったか……そうだな……正直、私にもわからんのだ。花橘は人並み以上に精神力があり、簡単にマインドコントロールが出来るとは思えない。だが、もしかすると志郎君を利用することで、マインドコントロールし易くなるかもしれん」

 「確かに……彼女は主賓<このばか>の事になると一直線に物事を考えるから……」

 

 榊原の意見に同意するさゆり。榊原は更に話を続ける。

 

 「そして、たぶん花橘がマインドコントロールにかかったとしても、志郎君や我々の事を忘れる訳ではなく、単に彼女の目的意識が変わるだけのはずだ。具体的には、倉本を助けるのが最優先事項であるとか、反政府同盟は敵である、と言うような意識を持たせる事が狙いなのだ。従って、志郎君と会ったとしても普通に会話はするだろうが、もしも君が排除対象となっている場合は、会話をする暇も無くこの世から消滅しているだろうね」

 「そ、そんな……」

 

 志郎はショックを受けたようで、頭を抱えてしまった。

 

 「とにかく君は目覚めたばかりなのだから、余計な事は考えずに安静にしていた方がいい。他の者も良い案があれば私まで報告するように。では、解散」

 

 榊原の言葉でこの場はお開きとなったが、志郎はその場に座り続けていた。

 さゆりはそれを見つけると志郎の隣りにドカっと座り、志郎の頭をげんこつでグリグリしながら「元気出しなさいよ」とさゆり流の励まし方で志郎に話しかける。

 

 「体の調子はどう?もう大丈夫なの?」

 

 さゆりの言葉に、志郎はさゆりの手を払いのけながら答える。

 

 「ああ、もう大丈夫だ。けど、今まで眩暈はあったけど、意識を失った事なんて無かったんだけどな」

 「周りは超能力者ばかりで、催涙ガスが充満してたからパニックになってたんじゃない?」

 「まぁ、それはそうかもだけど……」

 

 志郎は腕を組むと、その時の事をを思い出しながら話す。

 

 「……楓や千佳さんが近くで超能力を使った時でも、気を失うまでは行かなかったんだ……」

 

 どうも釈然としない様子の志郎。

 

 「気を失う直前に何か変わったことは無かったの?」

 「うーん……とにかく催涙ガスで前が見えず、爆発音や銃声が聞こえてきたから、がむしゃらに走った記憶はある。あの時は本当に『もう死ぬ』と思ったよ」

 「まあ、完全に一般人の常識の範疇を越えた場所だったからね。あの時のあの場所は」

 

 さゆりも志郎の意見に同意しながら頷く。

 その時、志郎が何かを思い出したようにつぶやいた。

 

 「そういえば、あの時……確か、声が聞こえた……聞こえた?いや、感じたと言うべきか……」

 「突然何を……?」

 「感じたんだ……気を失うときに……女性の声が……確か『まもる……わたしが守る』だったかな……でも確かに感じたんだ」

 

 それを聞いたさゆりは真剣な表情になると、志郎の肩に手をかけて話し始めた。

 

 「それはもしかすると『テレパシー』なのかもしれない……あたしは兄貴とテレパシーで会話する時があるんだけど、確かに声が聞こえるんじゃなくて、直接心に感じる感覚なんだよね……ねぇ、その時の声って、誰だかわかる?きっと、いつも身近にいた人のはずなんだけど」

 「そう言われても、あの時はこっちもドタバタしてたからな……俺に身近な人……といえば……」

 

 そこまで言ってはっとする志郎。

 

 「楓だ!」

 

 その言葉にさゆりは志郎から手を離すと、腕を組みながら考える。

 

 「……確かに、花橘であれば志郎の心を読むくらいは出来るかも……そして、瞬時に危険を察知してテレパシーの力を増幅して気絶させた……」

 「昔からあいつは俺の心を見透かしているような気がしていたけど、まさか本当に心が読めるとは……」

 「こうしちゃいられない!」

 

 さゆりは志郎の手を掴むと、志郎を引き摺るように速足で歩き始める。

 

 「ちょ!どこに連れて行くんだよ!?」

 「いいから大人しくしなさい!」

 

 志郎はわけもわからないまま、さゆりに手を引かれて辿り着いたのは研究室だった。

 さゆりは何の躊躇も無く部屋に入ると、大きな声で豊富博士の名を呼んだ。

 すると、部屋の隅の大型コンピューターの影から豊富が現れた。

 

 「なんだ?今、志郎君の検査内容を検証中で忙しいのだ」

 

 白衣を着た豊富博士がこちらに向って歩いてくる。

 

 「ちょっと博士に聞きたいんだけど……」

 

 そう言うと、さゆりは志郎が楓によるテレパシーで気絶したかもしれないと報告したうえで、そこから自分の仮説を披露する。

 

 「たしか、花橘へ『主賓は無事に反政府同盟が保護した』と連絡したいのよね?だったら、志郎<こいつ>が心の中で強く念じるだけで、花橘に届くんじゃないかって思ったんだけど、どうですか?」

 「うむ……確かに……」

 

 博士は考え込んだが、この方法は特別な準備も必要なく、何のリスクも生じない事から、とにかく『やってみる』ことになった。

 一応、博士が主賓をモニタリングしたいというので、ベッドに様々な計測機器を用意してから始めることになった。

 もちろん、実験の前に榊原にも連絡をしておくのを忘れない。

 

 「では始めてくれ」

 

 博士の掛け声があったが、志郎は上半身裸でベッドに寝かされ、心電図や脈拍や血圧や脳波といったものを計測するためのコード類が全身につけられていたため、どうも落ち着かないようだった。

 

 「こんなんだと、集中できないのだが……」

 

 志郎は困っていたが、徐々に違和感に慣れたのか、単に観念したのかはわからないが、徐々に集中力を高めていった。

 

 『楓!俺は無事だ!だからもう帰って来い!!』

 

 必死の志郎の願いは30分にも及んだが、それが楓に届いているのか判断することはできなかった。

 あとは志郎の想いが届いている事を信じるしかなかった。

 

 

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