反政府同盟1
■反政府同盟1
小野寺可憐が福岡市の外れにある個人病院に入院して3日が経った。
この病院は瀬川艦長の知人が院長をしており、信用できる人物ということで紹介してもらっていた。
指名手配中の榊原たちにとっては願ったり叶ったりの事であり、しかも護衛艦からヘリで送ってもらっていた。
3日間の入院生活で内臓機能はかなり回復しており、体力も平常時と同じくらいとなっていた。
担当医からは「さすがに若い人は回復も早いですね」と言われたが、可憐は「あ、は、はい」と苦笑いするしかなかった。
内臓以外には肋骨3本にヒビが入っていたため、重い物を持ったりくしゃみをしたりすると、肋骨に響いて痛みが出るようだった。ただし、肋骨のヒビは基本的には「放置」するしかないので、痛みが無くなるまでは無理をしないように生活するしかなかった。
「……という事で退院した訳ですが、この後はどうします?」
可憐がワンボックスのレンタカーの2列目のシートから、助手席の榊原に向って質問する。
榊原は振り返りながら全員に向って今後の行動について説明する。
「病院に行く前に駅を見てきたが、新幹線はかなり警備が厳重だった。まぁ今は戦時中なので仕方ないってことで……このまま高速道路で東京に向う」
「ええーっ!?」
榊原の隣りで運転していた斎藤が驚いて声を上げた。
「ここは福岡ですよ!?途中でドライバーの交代はあるんですよね!?ね!?」
「……」
斎藤の悲痛とも言える言葉に誰一人として返事をする者はいなかった。
榊原は今後の行動について話しを進める。
「とにかく時間が無い。今日の22時に旧反政府同盟本部に突入する予定だ」
「22時って……たった12時間で福岡から東京までですか!?」
「いや、途中で昼飯と晩飯を食べるから、本当にかっ飛ばす必要がある」
「無理っす!スピード違反で捕まったらどうするんですか!?」
斎藤が悲鳴を上げるが、榊原はそれを無視して話を進める。
「えー。すでに説明済だが、現在旧同盟本部には第1第2特殊部隊のメンバーと主賓が、内調の監視下の元で治療中だ。うまい具合に日本政府は台湾攻撃に注力しているため、その隙を突いて、22時に本部の内と外から反抗行動を開始し、同盟本部を取り返す手筈となっている………ああ、斎藤君。そこのインターから高速乗ってよ?」
「わーってますよ!」
斎藤は覚悟を決めたようで、愚痴る事も無く高速道路に入って行く。
榊原はそれを見て「よしよし」と言うと、続きを話し始めた。
「同盟本部の警備状況だが、第3特殊部隊の4名と、陸上自衛隊の普通科1個小隊が常駐しているらしい」
「普通科という事は歩兵中心の部隊ね。あの辺は道が狭いから歩兵による小銃や機関銃をメインに戦おうってこと?小隊ってことは30人くらいよね……戦力というよりは私たちを発見したら連絡する係りという所かしら?」
可憐は1個小隊くらいでは超能力者にとっては、何の障害にもならないと言っているのだ。
「今や日本は国連を脱退して世界中が敵のようなものだ。日本全国の自衛隊が諸外国の動きに目を光らせているはずだ。しかし、南北に細長い日本を防衛するには、圧倒的に今の自衛隊は人手不足なはずさ」
「そう言った意味では、1個小隊でも回してもらったのはすごいだろうけど、そのせいで1個小隊は残念な結果となるのね……」
1個小隊が全滅する事が前提のように話す可憐。
「俺達はそれが誰であろうと、命を奪う事を目的としている訳ではない。今回の作戦においても、なるべく自衛隊員の命は奪わないように配慮して欲しい」
「「了解」」
榊原という男は徹底して人の命を尊重する。だからこそ自分の命も安心して彼に預けることが出来るのだ。
私たちは本当にいい上官に巡り合えたと、可憐は心底思っていた。
◆
花……麗子は戦車やレーザー砲といった、破壊力がある兵器を期待していたのだが、蓋を開けてみると援軍は普通科(歩兵)の1個小隊だけであった。もちろん、すぐに兄である尊人に訴えたのだが、あちらは台湾攻撃の準備で忙しいようで、全く取り合ってもらえなかった。
それでもいないよりはマシと考え、同盟本部周囲の警戒にあたらせたが、もしも命の危険を感じた場合は、報告後すぐに逃げるように強く念押しした。
自衛隊とは本来、国を守るという使命を持った特別な存在であり、こんな超能力者同士の抗争に巻き込まれて命を落とすなんてことは、絶対にあってはならないと麗子は考えていた。ただし、病床の第1、第2特殊部隊のメンバーはまだ動ける状態ではなく、とても反乱をするとは思えないため、『万一の時は』という注釈がついていた。
この時点で、麗子および尊人は豊富博士の診断報告を鵜呑みにし、間違った情報を信じ込まされていたのだが、榊原と第4特殊部隊がすでに日本にいることは、月光院家はもとより、日本政府も知る由も無かった。
報告では中国で花橘楓と戦ったあとに行方不明となっていたが、現在は日本への渡航規制がかかっており、中国から日本へ帰ってくる手段は無いと考えられていた。まさか、すでに反政府同盟メンバーと連絡を取り合い、反乱を企てているとは思ってもいなかったのである。
それにしてもこれからどうなるのだろう……。麗子は考えずにはいられない。
あと一週間もかからずにここにいる全員が回復し、内調の研究所に移ることができるだろう。だが、兄尊人は台湾出撃により留守であるため、日本に残る特殊部隊は事実上、麗子の責任において取り仕切らねばならないだろう。
本当に兄の助けも無く任務を完遂する事が出来るだろうか?……その不安は時間が経つにつれて増大していった。
月光院兄妹は一般人と同様に親元から学校に通い、普通の日本人として生活していた。
その為、外界と接する機会がほとんど無かった他の超能力者に比べると、遥かに日本人気質を持ち合わせており、良い意味でも悪い意味でも『日本人』であった。
特に兄の後を追うだけであった花子はその傾向が強く、一人だと必要以上に緊張し、周囲の目が気になり、本来の自分の力を発揮することが出来ないのである。
「──と、思うんだけど?……ちょっと?聞いてる?」
さゆりが麗子の目の前で手を振って正気を確かめている。
そのさゆりの仕草で麗子は妄想の世界から現実の世界へ引き戻された。
「……何ですか?」
麗子は平然と答える。
「何ですかって、あんた人の話を聞いてなかったの?」
「前にも言いましたが、気安く話しかけないで欲しいわね。私はもうお風呂に入って休ませていただきます」
そう言うと麗子は足早に食堂から出ていく。
毎晩このパターンであるため、さゆりも「お疲れ様でーす」と適当に返事をしてその姿を見送っていた。
だが、今日はいつもと状況が違う。21時30分……あと30分で行動を開始だ。
さゆりは立ち上がると、ふらりと研究室に向う。するといつものように「どこへ行く!?」と警備の一人に呼び止められる。
「あんたねぇ。この部屋は研究室なの!知ってるでしょう!?そこに入ろうとしている人に向って毎回『どこへ行く!?』って聞いて来るけど、あんた馬鹿なの!?」
さゆりはキレ気味に言うと、部屋に入るなり勢いよく扉を閉める。
その剣幕に警備員(と言っても特殊部隊の一人だが)も驚いたが、部屋の中にいた豊富博士達も驚いたようだった。
「何を怒っておるのだ!?」
「何でもない。で、準備は出来てますか?」
「見ての通りだ」
豊富博士の後ろには、第1第2特殊部隊のメンバーがやる気満々で、今や遅しと待ち構えていた……院内服のままで。
「あんた達……そのままの格好で戦う気?」
呆れ顔でさゆりは尋ねた。
「装備は全て取り上げられているんだから仕方ないだろ!?っていうか、何でお前はセーラー服着てるんだ!?」
「あたしは軽傷だったから、院内服はダサイから嫌だとゴネたら服だけは返してくれたのよ!」
第2特殊部隊の青木の質問にさゆりが何故かキレ気味で対応する。
そこに豊富博士が割って入る。
「もう時間が無いから最終確認だ。先ずさゆり君。榊原君と連絡は取れたのだな?」
「多分……兄貴を介して連絡してもらったので、確証はありませんが……」
さゆりは少し不安気な表情で答えた。
豊富博士は「うむ」とだけ返事をすると、作戦の確認を取る。
「さゆり君と青木君の2名は月光院の妹を拘束、第1部隊は建物内に残る敵の特殊部隊を拘束、第2部隊は通信網の確保と外部通信のジャミングをすること。外の敵は榊原君の部隊が担当してくれる手筈となっている。私たち研究職員はここで待機。何か質問は?」
「「ありません」」
「よし!では行動開始!」
◆
麗子は自室のユニットバスの湯船で疲れを癒していた。
正直、実家の大きな浴場に慣れていた為、このような庶民が使う浴槽は狭くて疲れなんて取れやしないと不満を言っていたが、もしも戦争に投入されたらお風呂なんて毎日入ることは出来ないかもしれない。だから今は入れるだけ幸せなのだと自分に言い聞かせていた。
自慢の金髪の巻き髪はアップにしてタオルを巻き、肩まで湯につかり目を閉じる。
その時──。
「!!!」
超能力が使用されたことをすぐに感じとる麗子。
同時に超能力センサーも感知したようで、館内にアラームが鳴り響く。
「まさか、さゆりが一人で暴れているの!?」
あの女ならやりかねない!──麗子はすぐに風呂から出ると、乳白色の天使の羽が無いバージョンの新型特殊ボディスーツに着替える。
「各員、状況知らせ!」
ヘルメットを被るとすぐに通信で状況を確認する麗子。
『こちら駐車場出入口、異常なし』
『裏口、異常なし』
『正面玄関前、異常なし』
報告があるのは外の自衛隊ばかりで、建物内に配置した第3部隊のメンバーからは連絡が無い……。
さゆりは廊下に出ると司令室に向う。すると、けたたましく鳴っていたアラームが止まった。それに気づいた麗子は足を止める。
「アラームを停止させた?……ということは中枢である司令室は押さえられた?」
試しに外部通信を試みるがジャミングが展開されたようで、建物の外への通信は出来ない状況となっていた。
さゆり一人で動いたにしては、あまりにも手際が良すぎる。これは明らかに複数人の仕業だと麗子は判断した。
そこへさゆりと青木の二人がエレベーターホールから姿を現す。
「あら、花子さん。フル装備でこんな時間にどちらへ?」
さゆりがわざと本名で呼びかける。
だが、花子はその煽りには乗らず冷静に聞き返した。
「貴女には何度言えばわかってもらえるのかしら?……気安く話しかけないで頂戴」
そう言うと同時にレーザーガンを抜く花子。
さゆりと青木はすぐに廊下からエレベーターホールの影に飛び込む。
とてもじゃないが、こんな軽装で新型レーザーガンの前に姿をさらす事なんて出来やしなかった。しかも、二人とも防御を苦手としている。
花子は影に隠れているであろう二人に対して話しかける。
「あなた達、そんな裸同然の装備で大丈夫ですか?そんなんじゃフル装備の私の部下には勝てないわよ?」
するとさゆりは隠れながらも何故か得意げに答えた。
「あら、研究室の前にいた一人はもう捕えているけど?」
だが、それは花子の作戦だった。
──なるほど。3人の内まだ1人しか確保出来ていないようね。
難なく味方の状況を把握した花子は、勝機を見出していた。
4F司令部を守っていた者は捕まっておらずその場を撤退した……という事は、その者は必ず3Fの私の所に来ようとするはず!そう、あの二人が隠れているエレベーターホールの階段を使って!
そう思った瞬間、新型ボディスーツに新型レーザーガンを構えた者が現れた。
「動くな」
さゆりと青木は完全に背後と取られる形となり、抵抗することが出来ない状況となった。
二人はエレベーターホールから両手を上げながら廊下に姿を現した。その後ろには、レーザーガンを構えたフル装備の花子の部下の姿があった。
花子はレーザーガンをホルスターへ戻すと「よくやってくれました」と労いの言葉をかける。
「残るもう一人と合流して司令部を奪還しましょう。その二人を拘束して下さい」
花子が命じるが、部下は返事もなく動きもしなかった。
ふと見ると、部下のレーザーガンの銃口が花子自身に向いている事に気付いた。
花子は反射的に回避行動を取ろうとするが、気付くのが遅すぎた。制圧モードで発射されたレーザーは、花子の右大腿部に命中した。
回避行動を取ろうとしていた花子は、その衝撃のためバランスを崩すと、廊下の壁に頭から激突した。
しかし、さすがは新型ボディスーツである。レーザーが直撃したにもかかわらず、貫通することはなかった。
「ぐぅぅ……」
花子は右足の激痛と、ヘルメットがあったとはいえ頭から壁に激突した衝撃により、意識が飛びそうになるのを必死に耐えていた。
そこへ花子を撃った者が近づくと、ヘルメットのバイザーを跳ね上げて話しかける。
「俺は第2特殊部隊の赤松だ。あんたの部下から装備をちょっと拝借してるんでよろしく!」
赤松の言葉を聞きながら、花子は薄れていく意識の中で悟った。
『そうか……私が状況確認の連絡をした時には、すでに三人とも装備を奪われていたのね……だから返答が無かった……当たり前のこと……ね……』
花子は意識を失い、反政府同盟本部は占拠された。
完全に油断した気持ちが招いた結果であった。
一方、建物の外でも戦闘が行われていた。いや、正確には戦闘が行われる前に終了していた。
榊原達が同盟本部に到着したのは22時を10分ほど過ぎていた。
「時間に間に合わなかったけど大丈夫?」
可憐が心配そうに榊原に聞くが、榊原は「まあ、大丈夫でしょう!」と気楽な返事をすると更に続ける。
「それよりも、たぶん敵は本部の周辺に警備を置いているはずだ。そこで可憐さんは上空から精神攻撃を行って、全員を軽く気絶させちゃって下さい」
遅刻したことに悪びれもしない榊原にため息をつくと、「了解」とだけ答えてトラックから上空に飛び立つ可憐。
榊原がふと横をを見ると、斎藤が運転で疲れ果てて、ハンドルに覆い被さり爆睡していた。榊原は斎藤の肩をポンと叩き「ご苦労様」と声をかけると、可憐が飛んで行った上空に目を移した。
可憐は上空から本部の全景が見える高度まで上昇すると、精神を集中して広範囲の精神攻撃を行った。
超能力者であれば、気持ちを強く保っているだけで何の影響も受けないくらいの弱い作用であるが、一般人であれば、ちょっとしたショック状態となり気絶するだろう。
建物の外を警戒していた自衛隊員はバタバタとその場に倒れ、あっという間に沈黙させることに成功した。
榊原は他のメンバーに頼んで、斎藤を荷台へ移してもらうと、自らがハンドルを握って同盟本部の駐車場にトラックを乗り入れた。
そこに可憐が上空から舞い降りてくるとメンバーに指示を出す。
「全員で眠っている自衛隊員をロビーに集めて下さい」
「「了解」」
斎藤以外のメンバーは散開すると、自衛隊員の確保に向った。
榊原は建物内があまりにも静かであるため不審に思っていたが、正面玄関から第1特殊部隊の一人が迎えに来てくれたため、これで制圧が完了したことを知った。
◆
意識を回復した陸自30名は、武装を解除された状態で特に拘束もされずに、第1特殊部隊の一人によって食堂に案内された。
そこには既に月光院花子以下、第3特殊部隊が着席していたが、この超能力者4名は特殊な拘束具によって体の自由は勿論、超能力も特殊なバンドを頭に巻かれているため使用することは出来なかった。
また、別のテーブルには研究職員十数名も着席していた。
榊原は両手を後ろで組みながら正面に立ち、その脇には可憐が控え、食堂の周囲を第1と第2特殊部隊のメンバーが囲むように配置されていた。
食堂に案内された陸自を見て、榊原が口を開く。
「陸自のみなさん、どうぞお座りください」
榊原がにこやかに着席を促すと、戸惑いながらも陸自の30名は着席した。
さすがに訓練された自衛隊員だけあり、誰一人として口を開く者はおらず、椅子を引くときや着席する時にも、ほとんど音を立てる事が無かった。
榊原は名ばかりの食堂を一通り見渡すと、全員に向って口を開いた。
「先ずはお集まり頂き有難うございます。反政府同盟の指揮を執らせていただく榊原です。以後お見知りおきを……」
そう言うと軽く会釈する榊原だったが、それを見ていた花子が「何を今さら……」と呟いた。
その言葉は榊原にも届いていたが、穏やかな目で花子を一瞥したのち話を続けた。
「さて、まず最初にお断りしますが、私たちはここにいる誰にも危害を加えるつもりはありませんのでご安心下さい。では、何故私たちが反政府同盟として活動を再開したかを説明させてもらいます。これは、ひとえにこれからの日本を憂えるためであります。日本は超能力者を虐げ、中国に宣戦布告し、国連を脱退し、敵であるはずの朝鮮共和国と同盟を結び、遂には世界を敵に回した状況となっています。これでは経済が立ち行かなくなり、国民の生活が脅かされることになるのは明白です。そして今、専守防衛という古くからの日本の大義を捨て、自衛隊を台湾攻略に派遣しています。自衛隊は他国を侵略するためにあるのですか!?……いや、断じてない!」
榊原は熱を込めて話しかけるが、一人の自衛隊員が手を挙げながら発言する。
「榊原さん、あなたの言う事はもっともだが、国際指名手配されたあなたが何を言おうと誰も聞く耳を持たないのでは?」
榊原はその発言者を見ながら大きく頷くと話始めた。
「仰る通り、世間では私は犯罪者となっています。ですが、実際はそうではありません。実は……」
「知っていますわ」
榊原の発言を花子が途中で遮る。
その場の全員が花子の方を向くと、目を閉じながら花子は言葉を続けた。
「貴方は『内調が仕掛けた罠』であると言いたいのでしょう?でもそんな事は当事者以外は誰にもわからないのです。問題となるのは『戦争のあとに平和な世界が訪れるか』であり、その過程において日本が戦争に勝利することが必須条件であるならば、それは全国民が一致団結して勝利に向って進むべきではありませんか?」
さすがは月光院家。喋り方に品があり、誰もが納得してしまう説得力もある。
だが、榊原はここで退く訳にはいかなかった。花子に体を向けるとしゃべり始める。
「前提が違います。そもそも私は『戦争ありき』では無いと言ってるのです。平和な世界を作るという目標のためには、秩序やルールを破り、人を傷つけても良いという道理にはなりません。そしてその為には、超能力者を大量殺戮兵器として扱うのを止めさせる必要があるのです」
榊原はそう言うと、再度、先ほど発言した自衛隊員に視線を向けて話し始める。
「私は超能力者を国外へ流出させた罪を着させられています。しかし、実際は超能力者の人権保護を推進している者です。それは前回の一日戦争を見れば理解していただけるはずです。そんな私が、超能力者を国外に流出させ、他国に技術提供させたりする訳がありません。何故なら、私自身も超能力者なのですから」
榊原は真っ直ぐに先ほどの自衛隊員を見た。その自衛官もしっかりと榊原を見ている。
すると、その自衛官はふと視線を外すと、再び榊原を見て話し始めた。
「なるほど。貴殿の話はわかりました。自己紹介が遅れましたが、私はこの部隊を預かる小隊長の池田勝<いけだまさる>二等陸尉です。それで……私たちはどうなるのですか?」
「榊原さんの話がわかったのであれば……」
それまで控えていた可憐が突然口を開く。
「……先ずは、犯罪者呼ばわりした非礼を詫びていただきましょう」
可憐がギロリと池田小隊長を睨む。
それを榊原が慌てて制する。
「いいんだ、可憐さん。池田さんは私が犯罪者じゃないという事に納得したのではなく、あくまでも私の言い分については了承したと言ったのだ。そして、私も今はそれで十分だと思っている」
「そうですか。榊原さんがそう言うのであれば……失礼しました」
可憐は納得はしていない表情だったが、大人しく引いてくれた。
榊原は再び池田隊長を見ると、話を続けた。
「さて陸自の方々の今後についてですが……別に、特に何もありません。この後、お帰りいただいて構いません」
「あ……そ、そうですか」
池田は拍子抜けしたような声を上げた。他の自衛官たちにも安堵の表情が見て取れる。
それを見て榊原は更に続けた。
「超能力者の抗争に自衛隊ならびに一般人が巻き込まれる必要はありません。今後も私たちの行いに自衛隊が関与しない事を望みます。これは月光院も同意見だと認識しています」
そう言うと榊原は花子を見る。
花子はその視線に気づくと、小さくため息を漏らしてから口を開いた。
「そうですわね。少なくとも反政府同盟と内調の抗争に自衛隊は関与しない方が良いでしょう」
「わかりました。帰ってからの報告でそのように進言しておきましょう……ただし、私たち自衛隊は上からの命令は絶対です。もしもまた命令があれば参上することになります」
池田の発言に榊原は頷きながら返答する。
「それはわかっています。ですが、自衛隊が何人来ようともそれは全く意味が無い事を、ここにいる陸自の方々は理解していると思います。それを軍部に伝えて欲しいのです」
池田は目をつぶると少しの間考えた。
榊原の言いたい事は池田も十分承知している。だが、自分の力ではどうにもならない事も理解していたのである。
「わかりました……善処します……」
池田はそれしか言う事が出来なかった。
だが、榊原としてはそれで十分だったようで「よろしくお願いします」と言うと、可憐に「それではお帰りいただきましょう」と言った。
それを聞いた可憐は、部下に陸自の方々を案内して退出するよう指示を出した。
池田は去りゆく前に榊原と視線が合い、軽く頷くと部下と共に食堂を後にした。
これにより、現在食堂に残っているのは超能力者だけとなった。
月光院花子は榊原に視線を向けると口を開く。
「それで、私たちはどうなるのですか?」
榊原は花子を見ると、ニコリとしてそれに答える。
「別に、あなたには何もありませんが、ただ一つだけお願いがあります」
「何でしょう?」
「あなたの御父上と話す機会を作って欲しいのです」
この榊原の発言に花子は眉をひそめた。
確かに月光院家の中で花子の影響力はそれほど大きくは無い。だが、こうまであからさまに『自分は眼中にない』という態度をとられるとカチンとくる。
「それは私に、父上との会談をセッティングせよ、と言っているのですか?」
「その通り。出来れば明日までにお願いしたい」
榊原は涼しい顔で答えた。
「何のアポもなく、突然明日までに会いたいと言われても、それはかなり難しいと思います」
「だからあなたの力を頼りにしてるんじゃないですか」
花子はギリギリと奥歯を噛みしめながら榊原を睨んでいたが、突然力を抜くと観念したのか穏やかな表情となり質問を続けた。
「我が第3部隊の処遇は?」
「あなたが会談をセッティングしてくれるまではここで待機してもらいます。会談終了後はあなたも含めて解放しますのでお好きなように」
「すでに24時を回って2月16日になったようですが、榊原さん。『明日中』というのは『17日中』と考えて宜しいですか?」
榊原はふと食堂の壁にあるアナログ時計を見ると、確かに24時を5分ほど過ぎていた。
「いいでしょう。17日までに月光院家当主と会談出来るように調整をお願いします。それまでは第3部隊の方々はこの建物の中で自由にお過ごし下さい。ただし建物から出るのは禁止させてもらいます」
「了解しました」
そう言うと花子は立ち上がると、自分の部下3名に向って話しかける。
「待っていて下さい。必ず助け出しますから」
「「承知しました。お待ちしております」」
そのやり取りを見ていた榊原が可憐に向かってつぶやく。
「別に人質という訳ではないんだがな……」
「そう受け取ってくれた方が、彼女も何が何でも成功させてやるっていう気になるのでは?」
「そういうものかな」
榊原はそう答えながら花子を見ていると、どうやら部下との話も終わったようだった。
「すぐに出立するのかい?」
「はい。父上は忙しい身。事は急いだ方が良いでしょう」
「わかった。可憐さん。部下1名を連れて彼女を外まで連れて行き、解放してあげて下さい」
「了解しました」
可憐は返答すると、部下1名を連れて花子と共に食堂を後にした。
これで榊原は花子からの連絡を待つだけとなったが、今後の対策について課題を整理したり、台湾や朝鮮の動向を探ったりと、やる事は山のようにあった。
「第2部隊のやつらに手伝わせるか……」
そう榊原が考えていた丁度その時、青木、赤松、黄川田の3名は何故か背中がぞくぞくする感覚にとらわれていたのだった。