序章2
■序章2
栗林一、コードネーム323は、約2年半という長期に渡り主賓を警護していた。任務である以上辛いと思ったことは無いし、同じチームである姫<ひめ>に比べれば、自分なんかは辛いなんておこがましかった。
今日もいつものように朝から主賓の警護を行っていたが、今年に入ってから敵の動きが活発化しており、そろそろ次のステップに移行しなければ事故が起きる可能性があると感じていた。
そう、主賓への情報開示を──。
栗林の約30メートル前方を主賓が歩いており、それを追うように姫が後をつけているのが見えた。
その時、超能力者警戒網に超能力者の反応を感知した。
超能力者は、能力<ちから>の発動有無に関わらず、常に微弱の特殊な波動が出ている。超能力者はその波長を感じ取ることができた。
また、超能力者が能力を発動するには精神を集中する必要があり、その難易度によって集中する時間と波長の強さが比例して増大する。
その発動までのタイムラグを利用し、波長を逆探知して超能力者を特定することが可能であった。
超能力者は主賓の10メートル前方で、こちらを向いて意識を集中しているフードの男と断定し、栗林もすぐに精神集中に入った。
このまま栗林が精神を集中して敵に超能力攻撃を行ったとしても、それよりも先に精神集中を開始したフードの男の方が先に攻撃を開始するだろう。しかし、それは栗林も理解しており、敵の目標が主賓である以上、主賓の安全はそのすぐ近くにいる姫に任せ、自分は攻撃に専念すべきという判断だった。実際、今までもそのような役割分担でやってきたし、この方法で失敗したことも無かった。
栗林が精神集中を行った時間はおよそ2秒ほどだったが、それでもこのような緊急時では非常に長い時間に思えた。
ちょうどその頃、姫は主賓にジャンピングニーを喰らわし、敵の攻撃を避けたところだった。
見た感じ敵の攻撃は音や光は発しておらず、周囲の建造物や空間等へも影響を与えていなかった。おそらく、主賓へ何かしらの精神攻撃を行ったと思われた。
姫がふわりと着地しながら栗林へ目配せをする。
栗林は能力を発動し、敵の脳細胞破壊を試みた。電磁波がフード男へ襲い掛かり、一瞬で死に至るはずだった。
だが、フードの男は生きていた。
かなりのダメージを受けたようで、たどたどしい足取りだが、この場から逃走しようと、来た道を引き返していた。
そちらは学校がある方向だ。
「くっ!」
栗林はこれを追いながら、左脇のホルスターから銃を取り出した。右手で安全ロックを解除し、走りながら狙いを定める。だが、周りには一般人がたくさんいる状況で、走りながらフードの男に当てるのは至難の業だ。
栗林は銃をホルスターへ戻すと追撃を止め、主賓と姫の状況把握を優先することにした。
振り返ると、ちょうど姫が主賓を助け起こすところだった。何気なく主賓の顔を覗き込み、視界を限定していたため、一連の騒動は気付かれていないようだった。
栗林は何事もなかったように主賓と姫へ近づくと声をかけた。
「よう!お二人さん、朝っぱらからイチャついて仲がいいね!」
次の瞬間、再び超能力者を感知した。
ふと見ると、先ほどのフードの男が精神集中していた。
(逃げたのではなく、距離を取っただけ──!?)
栗林は自分の判断が間違っていた事を察したが、その一瞬の時間で姫はフードの男との距離をゼロまで詰めると、相手の顎へ右手の掌底を突き上げた。姫は超能力と体術を上手くミックスし、最小限の力でお互いの能力を最大限にまで引き上げているのだ。
フードの男はその威力に後方に吹き飛ばされ、背中からアスファルトに落ちた。
間髪入れず姫は精神集中に入る。
フードの男はよろよろと起き上がり、指をさし何かを言おうとしたが、その姿は一瞬で消滅した。姫の能力が発動したのだ。正確には消滅ではなく、100メートルほど吹き飛ばされていたのだが、その場から消滅したのは間違いなかった。
周囲でこの状況を目撃した人は大勢いただろう。だが、それを認識できた者はいないだろう。それほど一瞬のことであり、日常ではあり得ない状況なのだ。
栗林はその威力と発動時間の短さに背筋が凍るのを感じた。圧倒的な能力<ちから>。守護者としてこれほどの適任者はいないだろう。
ふと見ると、主賓がしゃがみこみこんでいる。たぶん、至近距離で能力を使用されたことによる反応症状だろう。
「おい。急にどうした?志郎?」
「ああ、何でもない」
主賓はまだ頭がぼーっとしているようだが、右手を差し出してきたので栗林はその手を取り引っ張りあげる。
「まったく。心配させないでよね」
後方から近づきながら声をかける姫。
「お前が言うな。元をただせば、お前のジャンピングニーが後頭部にヒットしたことが原因なんだからな!」
主賓は、めまいの原因は姫の膝蹴りだと思っているようだ。まぁ、勘違いなのだが、それはそれで都合が良い。
「男がいつまでも過去の事をグチグチ言うのはみっともないと思う」
「こ、こいつ……」
「よし!じゃあ、さっさと学校に行こうか!」
栗林はパンと両手を打ち、この話しを打ち切った。とにかく今は、あの吹き飛ばされたフードの男を回収して、状況を本部に報告する必要がある。
周囲の人々がまだザワつく中、栗林と姫は競争を装ってその場を離れると、途中でフードの男を担いでそのまま学校の校舎の裏側へ回った。
栗林は精神集中を開始すると、テレパシーで本部へ連絡した。
「こちらコードネーム323。本日8時16分に敵と思われるランクCに遭遇しこれを撃退。敵はまだ息があるが危篤状態。ポイントN245に置いておくのでサルベージを要請。主賓は約5秒ほど超能力過敏症により意識を失ったがその後は回復。敵は主賓の状況を理解しており、接触の頻度が上がっています」
『了解した。次の段階に移行する必要がありそうだが、それは追って指示する。両名は現状のまま主賓の守護者として警護にあたれ』
「了解しました」
通信を終えると栗林は軽く舌打ちした。何を報告しようと、結局は現状維持だ。判断が遅れると取り返しがつかなくなるぞ……。
栗林はこれからどうすべきか考えていた。主賓にはある程度の情報を開示し、自分の立場をわきまえてもらうことで、こちらも警護がよりしやすくなるはずで、そのことについて姫に相談したこともあった。
しかし、姫には反対された。理由は「シロには普通に生活してもらいたいから」らしい。
もうここまできたら、そんなことも言ってられないのだが、頑として聞き入れてくれない。能力<ちから>勝負だと絶対に勝てないので、今までは姫の意見を尊重してきた。だが、最近は敵の接触頻度が高くなり、二人だけで警護するのは困難となるだろう。
栗林は主賓との単独接触の機会を伺うようになっていた。普通のクラスメートであれば「ちょっと話があるんだが」とか言って、屋上なり校舎裏なりに連れ出して、二人きりで話すことは容易だろう。
しかし、姫の目が光っている以上、主賓と二人きりになったとしても、それはすべて彼女に筒抜けであり、下手をするとこちらの命も危うくなる。姫の主賓に対する執着は異常だ。たとえ同じ組織で同じチームであっても、主賓に対して不利益となる行為、或いは、姫の考えに反する事象が発生した場合は、躊躇なくこれを排除する行動に出るだろう。主賓とは幼少からの付き合いらしいが、任務とは別の感情を優先させては作戦は成功しないのだ。
(さて、どうしたものか)
心の中でそうつぶやいたが、実際には何かをやり遂げる決意の表情をしていた。
◆
35年前。日本は秘密裡に超能力者を科学的に作り出す研究を行っていた。
満2歳の子供には無料で予防接種および健康診断を義務付け、実はその裏で潜在する超能力や薬品に対する効力等を調査し、優良判定の子供は親から離され、国の完全管理のもと超能力開発プログラムを強制的に施行した。
この政策により、日本は超能力先進国となったが、世界中から倫理面において非難の声が上がる危険があったため、それはあくまでも秘密裏に進められ、表面上は超能力開発なぞ知らぬ存ぜぬを貫いていた。
だが水面下で長期に渡り行ってきた超能力開発プログラムにより、ついに日本は神の力を手に入れるほどになった。
その能力はAからDの4段階でランク分けされ、名前は番号<コードネーム>で呼ばれ、その生活は国によって完全に管理されていた。
超能力者には先天性と後天性の2つのタイプがあり、先天性とは生まれながらにその能力を有している者で、後天性とは能力促進剤等の薬品によって能力を発現した者である。
基本的に後天性は先天性を超える事は出来ないと考えられていたが、科学者達はそこにロマンを感じているのか、後天性能力促進剤の開発に余念が無かった。
その結果、およそ18年前、遂に人類の最終到達点とも言える5つめのランク『S』を作り出すことに成功した。
先天性の能力者に強力な促進剤を投与し続け、その副作用や後遺症に打ち勝つ者が現れたのだった。それも同時期に3名もだ。
この3名は血の繋がった兄弟であり、全員が先天性でありながら、促進剤への耐性が非常に高い事が判明し、3名全員がランクSに達した。
先天性の者は、常人に比べ、身体的あるいは精神的に劣る場合が多く、それを補うために強力な能力を持って生まれたと考えられていた。
その中でも比較的健康な先天性の者に促進剤を投与することが進められたが、常人に比べ副作用に耐えられないケースが多く、過去に何十人もの貴重で健康な先天性能力者を失ってきた。
そのような中でランクSを3人も作り出せたことは、まさに奇跡だった。
この奇跡の超能力開発プログラムを秘密裏に進めていたのが内閣情報調査室。略して内調だった。
内閣総理大臣直属の組織であり、その活動内容は主に国防に関する諜報活動であったが、その活動に超能力を有効に使うことが提案されてから、長期にわたり調査・研究を行っていたが、ランクCを作り出したあたりからその地位は格段に跳ね上がり、それからの実質的な日本の支配者は内調と言っても過言では無かった。
そのような時に『神の鉄槌』により世界は崩壊した。
全く被害が無かった日本は首謀者として世界から疑われたため、ランクS能力者3名を秘密の場所に移し、その他の能力者も内調直轄の地下研究所に隔離したうえで、世界の旗手として国連を復活させ復興に努める事で、首謀疑惑を免れることに成功した。
だが、日本が昔から行ってきた人体実験や、超能力者への不当な扱い等を問題視する者が内部から現れ、それに賛同した超能力者が内調から離反し、反政府同盟として日本政府に対抗するまでになった──今から6年前のことだ。
内調としては、世界の目もあり、大々的に超能力者を使って反政府同盟を鎮圧することができなかったため、問題は拡大し長期化していった。
そして今──。
長かった、と鈴木は思う。
内調のナンバー2である次官となり、必死に内閣総理大臣、ひいては日本国のために裏方として働いてきた。
反政府同盟という反逆者の対応。国連の旗手として活動するための復興状況の調査。国連加盟国の動向調査と戦力分析。偵察衛星による他国の監視等々…。
あまりにもやることが多く、日々、机上の戦争を戦ってきた鈴木にとって、やっとある案件が収束する目処が立ったのである。
反政府同盟。
元々は超能力者をモルモットのように扱う内調に対して、科学者を中心に倫理的な不正を暴くために立ち上がった組織だったが、ランカー能力者の半数以上が同盟側に寝返り、さらに内調の台頭によって利権や立場を追われた政府関係者も加わり、反政府同盟は巨大組織にまで膨れ上がったのだった。
特に、超能力者を国防の中心とする考えに危機感をもつ大物資産家が、超能力者に対抗するために作られた特殊ボディスーツと、最新武器であるレーザーガンを反政府同盟と共同開発したことで、流れは一気に反政府同盟へ傾いた。
内調の崩壊は時間の問題であった──が。
本日15時に内閣総理大臣が重大な発表をする。
この発表によって内調はまた復活し、国の全権を掌握することになるだろう。
だが、まずは主賓の回収を優先せねばなるまい。これは我々の研究の集大成にして、未来の希望なのだから。
鈴木次官はランクBを2名派遣することを決定し、総理の発表の前に主賓の回収を完了させるよう指示した。
更に後詰めとして、今では内調には2名しか残っていない、ランクAを1名待機させるという念の入れようだ。
日本は対外的にはまだ超能力を否定する立場をとっているので、ランクAを動かすのは少々危険だが、主賓の回収に成功すれば…結果を出せば良いだけなのだ。
「同盟のやつらめ。こちらが本気で動けないのをいいことに、今まで好き勝手やってくれたな」
160センチとかなり小柄で痩せた体格の鈴木次官だが、その眼光は鋭くなっていた。
◆
「──で、瞬間移動<テレポート>を使用できるのは、3名いるランクSの内、たった1名だけだ。そのランクSの所在は明らかにされていないが、現状でランクSの投入はまず無いと思われる。そこで、敵との戦闘行為は基本的には校舎の外で行うこととし、主賓をなるべく戦闘から切り離すことで安全を確保しようと思う」
栗林が今後の行動指針を姫に説明する。
「敵が複数の場合、校舎に入られる危険がある。そうなると、外から主賓を警護するのは難しい。それに──」
抑揚がなく小さい声で意見する姫。
ここは誰もいない保健室。全校生徒と教師たちは、体育館で校長先生の長話しにつき合っている真っ最中だろう。そのため、別に小声で話さなくても聞き耳を立てる者はいないので、栗林は普通のボリュームで姫の話しを制して話す。
「確かに、さっきはランクCが単独で仕掛けてきたけど、今度も単独とは限らないね。そこで、本部に応援を要請済だ。コードネーム280が間もなく到着するって寸法」
そもそも主賓に対してある程度の情報をリークし、協力を仰げばこんな苦労はしないのだが?
栗林は自分が言いたい事と違う内容を口にし、今のところ本当の思いは心の奥にしまいこんだ。
「コードネーム280……たしかランクCだったはず」
「ああ、そうだよ。けど、完全武装だ」
つまり、昼間っからダークグレーの特殊ボディスーツに、レーザーガンを装備した物騒な奴が学校にやってくるということだ。
「学校の敷地内ということが幸いね」
「ああ。世間の目を考えると閉鎖的な学校は好都合だけど、逆に言えば敵さんも今までよりも派手に動けるようになる」
「で、あれがそうなの?」
姫が窓の外を見上げていたので、栗林もその視線をたどると、遠くから1機のヘリが近づいてくるのが見えた。
「随分派手な登場だなぁ」
「これが敵の抑止になれば良いのだけれど」
「まぁ、無理だろうね」
ヘリはどんどん近づいてきて校舎の真上で静止した。どうやら最新の小型輸送ヘリで、軽量化により騒音がかなり抑えられているらしい。
二人は急いで正面玄関から外へ出るとヘリを見上げた。
軽いということは、ちょっとした気流の変化を受けやすいのだけど、校舎の真上でピタリとホバリングを維持している。
すると、ヘリの真横のハッチが開き、1本のロープが投下され、続いて黒い人間が降下を開始した。降下開始から約5秒で着地が完了し、すぐにヘリはその場を離脱した。さすがに手際が良い。
栗林は軽く口笛を吹くと、腕時計の通信機に向かって話しかけた
「こちら323。現着ご苦労様です。280はそのまま屋上で待機。警備にあたって下さい」
『こちら280、了解。尚、武器の使用は本部より許可が下りた』
「承知しましたが、こちらは情報端末ヘルメットは未装備のため、能力<スキル>攻撃を主とする予定」
『了解。敵発見時は適時応戦するとともに、通信回線は切らずに保持すること』
「了解しました。以上」
通信を終えると、栗林は正門へ向かって歩き始めた。
「敵は正面から堂々とやってくるかもしれないから、俺はそっちへ向かうよ。姫は後ろを頼む」
「本来、ここの現場指揮者はあたしなのだけれど」
「まぁまぁ、今回は大船に乗った気分で俺に任せてよ?楓ちゃん!後ろはよろしく~」
そう言うと、栗林は正門へ走りだした。
楓はふんと鼻を鳴らすと「今は名前で呼ぶな。クリリン」と独り事を言いつつ、反対の教師・来客用の玄関方向へ向かった。そして移動しながら先ほどのクリリンとのやり取りを思い出していた。
『テレポートの能力を使える者はいない』
確かにそう言った。だが、テレポート以外にも校舎内へ入れる能力がある。全超能力者の中で唯一、その能力を使うことが出来る者が政府側にいるのだ。
楓は嫌な予感がするため、その場に立ち止り意識を集中させた。すると微かに超能力者の反応を感知した。
「敵感知2。警戒を厳にせよ。280は射撃用意」
手短に通信すると、楓は精神を集中し、学校の周囲1キロメートル四方に意識を巡らせ警戒態勢へと移行した。
これで範囲内に超能力者が侵入するとすぐにわかるようになる──が!!!!
「敵はすでに正門に到達。323はこれを迎撃せよ。280はレーザーガンによる援護射撃を行え」
感情を表に出さない楓の喋り方は、このような緊迫した時ほど聞き取りやすく、感情が無い分、変に聞く側を焦らせたり惑わせたりすることがない。
クリリンは通信を受けるのと同時に、正門に二人の人影を確認していた。
「323了解。すでに視認している。適時戦闘へ移行する」
「280了解。屋上より援護する」
280はレーザーガンを自動照準<オートエイム>していた。
レーザーガンは敵を殺傷する兵器ではなく制圧兵器という考えのもと、端末型ヘルメットとリンクすることで、ターゲットをオートエイムする機能があり、攻撃時は自動的に制圧モードという右足大腿部を狙ってレーザーを照射するシステムになっていた。
フルフェイスのバイザーに映し出された敵の情報は、向かって左が氏名、山本さゆり。身長155センチメートル。女性。17歳。能力ランクB。右が氏名、山本真一。身長186センチメートル。男性。23歳。能力ランクB。と解析結果が表示されていた。
(ランクBが二人…しかも兄妹か)
兄弟、姉妹は共に超能力者のことが多く、超能力は遺伝の要素が大きいことが研究で判明していたが、親は能力者ではないことも多々あり、能力が発現するには何らかのトリガーとなる要因が必要であるらしかった。
だが、そのような兄弟の能力者が本当に恐ろしいのは、血の繋がりである。
同じ血が流れ、同じ境遇を共に生きてきた兄弟の結束は非常に強固なもので、その信頼関係と意思疎通能力は超能力の世界では恐ろしい武器となるのだ。しかも、二人ともランクBともなれば、一個大隊を相手にすることも可能なほどの戦力だ。
それを知ってか、山本兄妹は悠然と歩いていた。
兄は上下とも迷彩服で短く刈られた頭には同じく迷彩柄の帽子をかぶっており、陸上自衛隊で支給される長靴を履いていた。
一方、妹は黒髪のショートヘアで、紺色のセーラー服に胸元には赤いリボンをしており、フレアスカートは膝丈ほどで、白のハイソックスと黒革のローファーが清楚感を醸し出していた。
なんとも不釣り合いな二人だが、並んで歩くその姿には隙が一切無かった。
280は恐怖を押し殺してレーザーガンのトリガーを2回引く。
その直後、いや、正確にはその直前。山本兄妹は大きくジャンプしてレーザーを回避し、空中で精神集中に入った。
レーザーの速度は光速である。つまり、秒速30万キロもの速度なので、トリガーを引くのと同時にターゲットにヒットする速さだ。オートエイムから逃れることは常人には不可能なのだ。それをいとも簡単に回避するという事は、こちらの射線と発射タイミングを完全に見切っていたということになる。
だが、ランクCといえど、280は実戦経験豊富な能力者だ。すぐに次の射撃体勢へ移行した。
相手は空中で精神集中に入っており、今は無防備のはずだった。
280はオートエイムによりすぐにロックオン状態となった敵二名に対して即座に射撃を開始した。だが次の瞬間、280と敵の中間付近で水蒸気が発生し、プラズマ化したレーザーは威力が減衰した上で屈折・拡散した。
(まさか…!!レーザーの特性を知っているのか!?)
敵はレーザーが発射される直前に、屋上と自分たちの間の空気の密度を急激に下げて水蒸気を発生させ上で、ホットとコールド双方のプラズマの層を重ねる事でプラズマフォースフィールドを展開しレーザーを減衰・屈折・拡散・消滅させていた。
だが、山本兄妹は無防備な状態で、クリリンの目前に着地することになった。
「もらった!!」
クリリンは敵が着地する直前を狙って衝撃波を放った。
空気が歪み、アスファルトが捲れ上がるほどの衝撃波が山本兄妹を襲った──はずだった。
だが、そこには土煙と霧の中で右手を前方に突き出した兄の姿と、その後方でホコリを払う仕草をしている妹の姿があった。
兄である山本真一は右手をそのままの状態で口を開いた。
「なるほど。噂通りレーザーガンを実戦投入していたのだな。現行のロックオンシステムでよかったよ。レーダーを逆探知出来なかったらかなりあぶなかった。さゆり、この事を内調に報告しておいてくれ」
「了解」
「……さて、同盟のみなさん。我々の目的は主賓を回収することだ。抵抗しなければ危害を加えないことを約束しよう」
クリリンはレーザーと衝撃波の攻撃を受けても、まるで効いていない素振りの二人を目の当たりにして、多少動揺していたがそれを悟られないように強気で答えた。
「断ると言ったら?」
「愚かな判断だ」
山本兄はかぶりを振ると、周囲に聞こえるように一段と大きな声で口を開いた。
「改めて警告する!我々は内調直属の特殊部隊である!抵抗した場合、国家反逆罪とみなし強制排除する!」
「な、なんだと!?」
クリリンは驚いた。いや、280も同じだろう。
内調は諜報活動のエキスパートであるが、公には攻撃を主とした部隊は持っていないことになっていた。
それが、堂々と内調直属の部隊であることを明言したばかりか、特殊部隊──すなわち、この場合は超能力者のみで組織された部隊ということを公然と言ってのけたのだ。
国は今まで超能力者に対して否定的な立場を取ってきたが、遂にそれを公然と肯定し、更には超能力者の上位ランカーを実戦に投入してきたのだ。
「ついに国は本気になったってことか!?」
クリリンは次の言葉が出なかった。
280もその場から動けなかった。
「本格的に内戦が勃発する。これは戦争が始まるということだ!」
280は『戦争』という響きに恐怖していた。
その時──!!
「何をやっている。どけ」
通信が入るのと同時にクリリンの目前で空気が凄まじい轟音とともに爆発した。
クリリンは爆風で吹き飛ばされた。
「いててて」
顔を上げると、土煙が舞い上がり視界を遮っていたが、それが風によって流されると、やっと周囲がどうなっているのかわかるようになってきた。
それまで山本兄妹が立っていた場所が、直径5メートルにわたって地面に穴が空いており、その穴の向こう側で、山本兄妹が重なるように飛ばされていた。
よく見ると、兄の右腕は腕の付け根から丸ごと欠損していた。
「だ、大丈夫!?兄貴!」
「くそ…。何とか大丈夫だが…止血のために能力を使っているから、このままでは足手まといになる」
妹のさゆりが、かばうように兄の前に進み出る。
「こ、これが…姫…吸血姫<きゅうけつき>のちから……」
さゆりは砂塵舞う穴の反対側を無表情でゆっくりと近づいてくる少女の姿を捉えていた。
(兄貴は右手で防御壁を展開していたはず……)
その防御力は絶対であり、全能力者の中でもこの防御壁を破れる者は、ほんの一握りのエリートだけだった。それをいともあっさり破るとは。
楓は穴の淵までくると、真っ白なリングシューズを履いた足を止め、無表情でこう言った。
「政府の犬よ。選ぶがいい。降伏か、それとも死か」
背中まであるストレートの黒髪とミニスカートが風でゆらめいていた。