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朝鮮共和国、侵攻6

■朝鮮共和国、侵攻6


 上海の南、杭州湾の南沿岸部にある寧波<ネイハ>。さらにその南にある台州<ダイシュウ>との境界付近に榊原率いる第4特殊部隊は潜伏していた。

 本当は直接杭州に行きたかったのだが、上海周辺は戦闘区域であるため、ヘリでノコノコと飛んでいたらすぐに撃墜される危険があった。

 その為、かなり南まで下がった地域でヘリを捨て、中国軍の軍用トラックを入手し陸路で北上し上海を目指していた。

 正直、上海で榊原達に出来る事があるのかわからなかったが、少なくとも朝鮮の超能力者もしくは花橘楓が現れたら対抗しようと考えていた。

 朝鮮の超能力者であれば、第4特殊部隊で殲滅するのは可能だろう。だが、花橘が敵として現れた場合、こちらも相当の覚悟で挑まねばならないだろう。

 もしも、花橘にダメージを与える事が出来れば、上海が持ちこたえる可能性が格段に上がるはずだ。それがすなわち倉本の野望阻止にも繋がるのだ。

 だが、基本的には花橘との戦いは避けるべきであり、その時が来た場合は、自分が説得しようと榊原は考えていた。

 

 もうすっかり日は暮れてしまったが、おかげであまり目立たずに行動することができた。夜型の小野寺可憐にとっては好都合だった。

 

 「この軍事トラックでどこまで行けるかしら?」

 

 助手席に座る可憐の質問の意図は、そろそろ軍事検問があるはずなので、このトラックを捨てて検問を通らずに徒歩で迂回するか、それともこのまま強行突破するかを訊いていた。

 

 「もちろん行ける所まで行くさ」

 

 榊原は運転しながら呑気に答えるが、それは逆に必死の覚悟で検問を突破するという意思の表れでもあった。

 

 「それでは私たちの出番という事ですね……副長。戦闘準備」

 「了解」

 

 第4部特殊部隊は隊長梅田聖也が戦死したため、小野寺可憐がその代わりとして隊長となった。だが副隊長の斎藤以下4名は、可憐を隊長としてなかなか認める事が出来なかった。

 それは当然だ──可憐自身もそう思う。

 元々内調側の敵だった者が、突然自分達の隊長として就任するのだから、そう簡単に割り切れるものではない。

 そしてこの容姿だ。実年齢は他の隊長よりも上だが、見た目は体操服を着た銀髪色白の幼女であり、とても特殊部隊を率いる事なんて出来ないように思えた。

 だが、可憐はそんな隊員に文句一つ言わず、常に自分が先頭に立って行動していた。

 そんな献身的に働く幼女の姿を見て、いつまでもわだかまりを持ってウジウジしている自分達が馬鹿らしくなり、メンバーは可憐についていく決心をしたのであった。

 それ以来、副長である斎藤は、我らが幼女のため命を投げ出す覚悟でいた(繰り返し言うが実際にはここにいる誰よりも年上なのだ)。

 普段は体操服姿の可憐だが、さすがに今は旧式であるがフル装備の姿だ。

 隊員達からは『それはそれでアガる!』と好評のようだった。

 

 「ちょっと上空から様子を見てきます」

 

 そう言うと、可憐は助手席の窓を全開にし、小さな体を窓の外に投げ出すと、そのまま固有能力「浮遊」を使って上空に舞い上がって行った。

 すると可憐は道沿いに北へ約6キロほど行った辺りに明かりを発見した。

 それほど大規模な明かりではないが、間違いなく検問であった。

 可憐はトラックの右前方に降下すると、通信による位置バレを警戒し、あえて左手を横に広げ榊原に停車を要求した。

 榊原は可憐の指示に従いトラックを停車し状況報告を受けたが、現状に苦笑せざるを得なかった。

 実は、今まで走ってきた道路は元々は高速道路だったもので、一般道からの侵入が出来ないようにフェンスで囲まれていた。つまり、進路変更はできない状況なのだ。

 

 「可憐さんに『浮遊』を使って、この高速道路からトラックごと降ろしてもらう、というのはアリですか?」

 

 榊原が恐る恐る可憐に聞いてみるが、可憐は首を振って答えた。

 

 「ちょうどこの辺は両側に険しい山があり、この高速道路はその谷間を縫うように作られています。この高速道路と並行して一般道もありますが、結局どちらの道も検問に続いています……」

 「山を徒歩で登って検問を迂回するのは可能ですか?」

 「切り立った山なので難しいかと」

 「うーむ……」

 

 榊原は考え込んだが、答えは最初から出ていた。

 

 「ではこのまま強行突破します。可憐さんは上空から検問ゲートを攻撃し脱出するまでトラックを援護、副長は周囲を警戒しつつ敵を発見次第これを無効化、他の第4メンバーは私の指示でトラックに防御壁を展開!」

 「「了解」」

 「ただし、敵は殺さないように注意。敵と言っても相手は中国。表面上はまだ日本が支援している国であるため、ここで問題を起こせば倉本に利用されかねない。あくまでも『無力化』に注力する事!」

 

 榊原は再びハンドルを握ると「作戦開始」の号令を発しアクセルを踏んだ。

 可憐は再び上空へ舞い上がると、検問ゲートを目指して一足先に飛んで行き状況確認を行った。

 検問の手前にはかなり広いスペースがあり、そこには様々な車輌が停車し荷物や身分の確認を受けるため順番待ちをしているようだが、すでに審査時間は終了したようで、朝が来るのを待っているようだった。

 検問ゲート付近は照明で照らされていたが、ゲート内にある建物群はすでに真っ暗となっており、周囲に人影は無かった。

 建物の脇には自走型の対地、対空ミサイル車輌や榴弾砲、ガトリング砲の姿も確認できたが、すべてにシートがかかっており、すぐに使えるようにはなっていなかった。

 可憐は通信による危険性は低いと判断し榊原へ現状報告を行った。

 榊原はそれを受け、タイミングを見計らってゲートを破壊するよう可憐へ指示、トラックは全速力でゲートを突破し、その後はこのまま杭州湾に沿って北上、上海へ向かうと全隊員に発した。

 すでに榊原にもゲートが視認できる距離となり、その周囲には審査待ちの車輌が多く停車していた。

 可憐は上空からトラックの位置を確認すると、精神を集中しゲートを衝撃波で吹き飛ばした。

 ゲートの残骸が道に残らず、衝撃波もトラックに影響しないギリギリのタイミングで撤去に成功した。

 榊原は防御壁の展開を指示すると、トラックは減速することなくゲートを通過する。

 本来であれば、ゲートが破壊された時点でサイレンが鳴り響くはずであったが、可憐の衝撃波はゲートに設置されたセンサーをも一瞬で破壊していたため、サイレンが鳴る事は無かった。

 これにより榊原と第4特殊部隊はあっさりと検問を突破したのだった。

 

 

 ◆

 

 榊原がゲートを突破する2時間前。中国連合艦隊は米太平洋艦隊を中心に対艦ミサイルと艦載機による攻撃で、朝鮮艦隊の半数を撃沈もしくは航行不能に陥れていた。

 米軍は更に艦載電磁加速砲<レールガン>による攻撃を開始し、2隻を轟沈させていた。

 たまらず朝鮮艦隊は北方へ転進するが、中国連合艦隊はここで朝鮮艦隊を叩き黄海を支配することで、朝鮮の補給路を断つことができるため、朝鮮艦隊を追って北上した。

 だが朝鮮側も本土から地対地ミサイルで味方艦隊を援護すると同時に、潜水艦も渤海から黄海へ展開を開始していたため、簡単に追撃することは出来なかった。

 

 一方、上海の最終攻防戦は朝鮮軍の補給が滞り始め、戦線を維持するのが困難となり押し戻されつつあった。

 倉本は朝鮮の超能力者をもっと早くに前線に投入できると考えていた。

 だが、倉本が北京から飛び立った頃から制空権争いが激化したため、仕方なく陸路で超能力者を向かわせているのだった。

 

 「二日だと!?」

 

 倉本は言葉を荒げて連絡を受けた側近に向かって叫んだ。

 キム・ソギョンには急ぎ超能力者を前線に送るよう指示を出したはずだ。それがあと二日もかかるとはどういう事か!?

 中国連合軍には増援や最新兵器も投入されはじめており、朝鮮軍は劣勢に立たされている。

 敵の前線を突破した時に、長江に展開していた敵艦船も数隻鹵獲していたが、朝鮮の兵士達はその扱い方がわからず、艦砲射撃による支援攻撃ができない状況であった。

 もう一刻の猶予も残されていなかった。

 いよいよ倉本は決断する時が来た。

 

 「日本の第2護衛隊に連絡。直ちに北上し中米艦隊を攻撃し朝鮮艦隊を救出せよ。救出後は杭州湾へ戻り次の指示を待て」

 「承知しました。田中次官へ連絡します」

 

 側近はすぐに連絡のために退出する。

 倉本はそれを見送ると、すぐに楓を呼んだ。

 楓は呼ばれてもなかなか姿を現さなかったが、30分ほどしてからようやくリビングにやってきた。

 

 「随分待たせるな」

 「ちょうどシャワーを浴びていたので」

 

 全く直前までシャワーを浴びていたようには見えなかったが、楓は表情を変えずに言ってのけた。

 倉本は苦笑すると「まぁいい、掛けたまえ」と言って、楓にテーブルを挟んで自分の正面にあるソファーを勧めた。

 楓は無言のままソファーに座る。

 

 「では、早速だが仕事をしてもらう」

 「断る」

 「即断か……まだ何も言ってないのだがな……別に断るのは構わん。だが、その代わり主賓の命は保障しないぞ?」

 「……」

 

 それを聞いた楓の眉がピクンと一瞬跳ね上がるが、そのまま無言を貫く。

 倉本は首を振りながらゆっくりとした口調で話を続けた。

 

 「現在、主賓は意識不明のまま第3特殊部隊の監視のもと、治療にあたっている。だが、君が私の命令に背けば、治療を継続することは出来ない。それが何を意味するのかはわかるな?」

 「……」

 

 楓は沈黙していたが、倉本はその沈黙こそ了承の意味と解釈し話を続けた。

  

 「……では仕事の話だ。君にはこれから杭州湾北側沿岸部……上海の南にあたるが、そこに向ってもらい、停泊している中国連合軍の補給船を沈めて欲しいのだ」

 

 楓はハッとして顔を上げると、無表情のまま倉本を正面から睨みつけた。

 

 「中国は味方のはず……朝鮮に寝返るというの!?」

 「寝返る?……ははは、勘違いしないでもらいたい。元々朝鮮とは敵対していない」

 「それは『あなた自身』であって、日本としては国連という立場上、敵対していたはず」

 「……」

 

 今度は倉本が沈黙する番であった。

 やはりどう言おうが、倉本がやろうとしている事の正当性を説明することは不可能であり、どんなにそれが正しい事であったとしても、日本を牛耳り、朝鮮を抱き込んで世界を狙っているのだから、申し開きは出来ないのである。

 倉本はため息をつくと話を切り出した。

 

 「確かに君の言う通りだ。だが、それがどうしたと言うのだ?私がYESと言ったら、結果的には日本もYESと言うのだ。わかったら出発の用意をしろ」

 「……」

 

 楓は無表情のまま口を閉ざしていた。

 すると、倉本は一瞬のうちに楓の隣りに移動すると、楓の黒髪を掴んで引っ張り上げた。

 

 「もう一度言う。出発だ」

 

 倉本はソファーに片足をかけ、黒髪を掴んだ左手を更に引っ張り上げる。

 楓は数回頷くしか出来なかった。

 倉本は「それでいい」と言うと、掴んだ左手を離すと元の自分のソファーへゆっくりと戻る。

 楓はしばらく倉本を見つめていたが、すぐに出発の用意をするため自室に戻った。

 これで倉本としては、今現在打てる手は打った事になる。

 あとはどのタイミングで朝鮮への肩入れを公にするか……。

 倉本は日本との通信回線を接続した──。

 

 

 ◆

 

 「もう一度言ってもらえますか!?」

 

 ミサイル護衛艦「こうき」の艦長室で、瀬川が受話器に向かって叫んでいた。

 

 『第2護衛隊はこれより北上し、中国連合軍を攻撃し朝鮮艦隊の上海入港の支援を行え』

 「中国やアメリカと戦争をするのですか!?」

 『本格的に開戦となるかは今後の動向しだいだが、第2護衛隊は対艦ミサイルと艦載電磁加速砲<レールガン>を中心とした攻撃を加える事』

 「了解しました……」

 

 瀬川の心の中では全く了解していなかったのだが、統合幕僚長の命令は絶対だ。瀬川は握りこぶしを震わせながら全艦へ命令を伝達する。

 第2護衛隊は全く理由を聞かされず、大いなる不安を抱えたまま北上を開始した。

 

 「中国連合艦隊の位置は把握しているな!?」

 「はっ。あちらさんはまだ日本が味方だと思っていますので、位置情報や交戦状況の報告を受けております」

 「そうか……」

 

 瀬川はまさか次世代イージスシステムの能力を、生みの親であるアメリカに対して行使するとは思ってもいなかった。

 対艦ミサイルSSM-5Bの最大射程は約200キロ。現在の速度で北上した場合、約1時間後には射程に捉える事が出来るはずであった。

 

 「とりあえず……飯でも食うか」

 

 瀬川は交代で食事を取るように指示を出すと、自らも食堂でカレーを食べる。

 その後はCIC(戦闘指揮所)にて今後の作戦について検討を開始した。

 こちらの対艦ミサイル数は全艦合わせて28発だが、1回の戦闘で全てのミサイルを使ってしまっては、それ以降の戦闘行動がとれなくなる。先ずは優先順位を空母、イージス艦、駆逐艦の順に設定し、10発を発射することで様子を見る事にした。

 

 1時間が経過し、いよいよ実戦の時が迫る。

 思えば、主賓奪還作戦の時は相手が朝鮮であったためか、実戦を前にして乗員全員が興奮したものだったが、今は全くそんな思いは無く、本当に撃っても良いのか!?という思いの方が強かった。

 瀬川艦長は艦橋にある艦長専用の赤いシートに腰掛け、双眼鏡を握りしめたままその時を待った。

 その時、CICから遂に敵を射程に捉えたとの連絡が入った。

 

 「全艦、合戦準備!」

 

 瀬川の号令のもと、メインマストに自衛艦旗が掲揚されると、全艦戦闘態勢に移行した。

 

 「CICの指示に従い、対艦ミサイルを順次発射、目標中国連合艦隊!」

 「了解!」

 

 護衛艦の円筒状のミサイル発射筒からSSM-5Bが射出されると、ミサイルのブースターが点火して轟音と煙の中、ヘリコプター護衛艦以外の護衛艦から次々にミサイルが周囲を照らしながら上昇して行った。

 日本のミサイルが接近している状況はアメリカ艦隊もすぐにキャッチした。

 しかし、その目標は自分達ではなく、その向こう側に展開していた朝鮮艦隊だと思い込んでいた。

 そのため、対空戦闘に移行するタイミングが大きく遅れ、弾道計算で目標が自分達であることを知ったのは弾着の1分前であった。

 すぐに対空防衛システムにより、日本艦隊からのミサイルの迎撃を行ったが、その対応があまりにも遅く、新型ファランクスのガトリング砲で、2つのミサイルを撃墜するのがやっとであった。

 残る8本のミサイルは次々に命中し、空母1、イージス艦2、駆逐艦3が大爆発のあと沈没、空母1が16度ほど右舷に傾いたまま炎上を続け機関停止となった。

 朝鮮軍はこの状況を見逃すはずは無く、潜水艦による雷撃により瀕死の空母が轟沈、さらに駆逐艦1が沈没した。

 朝鮮艦隊は九死に一生を得るとすかさず攻撃に転じた。

 中国連合艦隊は北に朝鮮軍、南は日本軍に挟まれる形となり、狭い黄海で逃げ場が無く裏切った日本を罵りながら奮戦していたが、2時間後には事実上の全滅が確認された。

 

 日本の第2護衛隊は敵の動きを見ながら、余計な攻撃は行わず、ミサイルを発射後すぐに敵の射程外に離脱し進路を南へ転進していた。

 その操艦技術と一糸乱れない動きは素晴らしいものがあり、初めての実戦としては目を見張る活躍となったが、瀬川を含む第2護衛隊は誰一人喜ぶ者はいなかった。

 

 「この戦いがこれからの日本にどう影響するのか……」

 

 瀬川はまだ暗い海を眺めながら進路を杭州湾へ取るよう指示を出した。

 

 

 ◆

 

 榊原一行は寧波<ねいは>を北上し、途中何ヵ所も検問や中国軍の陸上部隊と遭遇しながらも何とかこれを突破し、遂に深夜2時30分、上海へ通じる杭州湾海上大橋の手前までやってきた。

 この橋は、寧波から杭州湾を縦断して上海まで繋がる橋で、都市間連絡および物流における重要幹線道路となっていた。

 しかし、この橋は中国軍によって封鎖されており、通行することは出来ないようで、紹興<しょうこう>もしくは杭州<こうしゅう>へ迂回する必要があった。

 

 「でも、今から杭州へ迂回するとなると、かなりの時間を費やすことになります──」

 

 可憐が異を唱えるが、榊原だってそんなことは十分承知している。だが、通れなければどうする事も出来ないのだ。

 そんな榊原の思いは無視して可憐は言葉を続けた。

 

 「──とりあえず、橋の手前で通らせないようにしている軍の連中を一掃して、行ける所まで行ってみてから考えましょうか?」

 

 容姿に似合わず過激な発言をする可憐。

 すると、第4特殊部隊のメンバーも斎藤副長を中心に賛同の声が上がる。

 榊原は頭を掻きむしると、橋の手前のバリケードを見ながら口を開いた。

 

 「橋の前にあるアレ。さくっと蹴散らせる?」

 「余裕」

 

 可憐はそう言うと、精神集中しながら橋の方に向って歩き始める。

 

 「ちょ、早い!待ってくれ!」

 

 榊原が慌てて呼び止めようとするが、時すでに遅し。バリケードは跡形も無く海の藻屑と化した。

 

 「何か言いましたか?」

 

 可憐は振り返りながら言ったが、榊原は「いや、別に」とだけ答えた。

 榊原一行は急ぎトラックに乗り込むと橋を全力で渡る。

 遠くに上海の明かりが見える。

 

 「別に橋そのものに問題があるようには見えないですが……」

 

 10キロほど走った時に可憐がつぶやく。

 つまり、橋に問題があるのではなく、橋周辺の状況に問題があるという事なのか?

 時刻はAM3時15分。

 橋も残り3キロほどとなり、いよいよ上海は目と鼻の先まで迫っていた。

 

 「今後の計画を聞いておきたいのですが?」

 

 可憐が榊原に質問する。

 榊原は一瞬助手席の可憐を見たが、すぐに前方に視線を戻すとハンドルを握りながらそれに答える。

 

 「今見えている上海の様子から推測しても、朝鮮軍は上海に近づけていないようだ。こうなると朝鮮軍は切り札を出すしかないだろう」

 「……超能力者」

 「そうだ。必ず投入するはずだ。だがその前に俺達が『MADE IN 朝鮮』の超能力者を叩けば、朝鮮側が不利になるのはもちろんの事、倉本の野望を達成するための駒も失われるはずだ」

 「確かにそぅ……!くっ!」

 

 突然、可憐が頭を押さえてうずくまった。

 

 「どうした!?」

 

 可憐はそれには答えず防御壁を展開する。

 それに続いて第4特殊部隊のメンバーも全員で防御壁でトラック周辺を守る。

 

 「急いで橋を渡って!」

 

 可憐はそれだけを言うと、助手席の窓から外に飛び出した。

 榊原は訳が分からなかったが、一つだけ確かなことは何者かが攻撃を仕掛けようとしているのだ。

 それも、超能力者が──。

 右前方が突然明るくなると巨大な火球が出現し、すごいスピードでこちらに接近してくるのが見えた。

 その大きさはトラックを余裕で包み込むほどの大きさで、直径8メートル以上はある。

 榊原はトラックに太陽が落ちてくるような感覚を覚えたが、次の瞬間、その太陽が拡散し大気が激しく震えた。

 眩しくて目も開けられない状態であったが、榊原はアクセルを緩める事はしなかった。

 橋のガードレールやフェンスが溶け、曲り、千切れていく。

 第4特殊部隊全員で展開した防御壁に激突した火球は、四散しながらトラックの後方へ流れていく。

 だが、衝撃を完全に吸収することは出来なかったようで、フロントガラスにヒビが入り、右側のヘッドライトも溶け落ちていた。

 

 「こ、これは……なんてパワーだ!」

 

 斎藤副長が驚きの声を上げる。

 榊原も必死に運転を続けながら考えていた。

 

 (この力……ランクCとかBどころではない……間違いなくA以上!だとすると……朝鮮で作られた超能力者ではないはずだ。つまり……今この時、中国にいる可能性がある超能力者は……)

 

 「花 橘 楓 !」

 

 

 ◆

 

 楓は杭州湾に停泊する輸送船や、荷揚げされた軍事物資の破壊を依頼されていた。

 だが、急遽、杭州湾海上大橋を渡ってくる中国軍用トラックを破壊するように命令があった。

 楓はこんな事に超能力を使いたくは無かった。

 だが、志郎が倉本の手に落ちている以上、どうすることも出来なかった。

 新型装備の楓は橋の欄干に立つと、遠くのヘッドライトの明かりを確認できた。

 せめて一瞬で終わらせよう。そう考えた楓は精神を集中すると、巨大な火球を作り出しヘッドライトの明かりに向けて発射した。

 だが、火球はトラックの直前で爆散した。

 楓は無表情ではあったが、かなり驚いていた。まさかこんな場所でこんな時間に超能力者に出くわすとは……。

 

 「!!!」

 

 突然上空からかまいたちのような真空の刃が楓を襲った。咄嗟に防御壁を展開しつつ、欄干から飛び降りる楓。

 威力よりもスピード重視の攻撃。

 楓はまだ暗い上空を見ると、新型ヘルメットが人影を認識し、それが008小野寺可憐であるとデータベースの照合結果が瞬時に表示された。

 可憐は上空から舞い降り、左車線の路肩付近に着地する。

 

 「どうしてあなたが私たち……榊原さん以下、第4特殊部隊を攻撃してくるのかしら?」

 

 可憐は旧式レーザーガンを構えながら楓に質問した。

 

 「わたしは攻撃相手の詳細は聞かされていなかった」

 

 相変わらず抑揚が無い口調で答える楓。

 

 「そう……それで、今はもうわかった訳だけど、それを踏まえてどうするつもり?」

 「わたしは……シロを守るために戦う」

 

 楓がそう答えると同時に可憐はレーザーガンを発射しながら上空に舞い上がる。

 楓はそのレーザーをサイドステップだけで回避する。

 

 (そうか……旧式レーザーガンのオートエイム射撃は必ず右足に照準する。だからタイミングさえ合えば避ける事も可能って訳ね……!)

 

 可憐は上空でランダムに動き回り、楓に超能力攻撃の狙いが定まらないようにしていた。

 その合間でレーザーガンで牽制しつつ、超能力攻撃を繰り出していた。

 

 「さすがシングルナンバー。こちらに隙を与えない」

 

 楓は防戦一方の状態であった。

 その時、トラックのヘッドライトが近づいて楓の目の前で停車する。

 運転席のドアが開き、中から榊原が出てくる。

 

 「ちょっと!どうしてそのまま通過しないの!?」

 

 可憐が叫ぶが、榊原はそれを無視して車から降り歩き出す。そして楓の目の前で立ち止まると、グレーのスーツのポケットに両手を突っ込んで話しかける。

 

 「久しぶりだな。花橘」

 「お久しぶりです。榊原さん」

 

 バイザーを跳ね上げ素顔を見せると、楓は軽く会釈をした。

 榊原は楓を見つめながら話始める。

 

 「お前が俺達と戦う理由はだだ一つ。主賓が人質にされているから、だろ?」

 

 楓は表情を変えずに、ただ榊原を見ていた。

 榊原は話を続けた。

 

 「今、日本にいる特殊部隊は反政府同盟を復活させて、内調に抵抗しようと動き始めている。主賓ももちろん確保する予定だ。だからお前は俺達と戦う必要は無い」

 「だがまだ確保していない。そして今後も確保できるかわからない」

 

 楓は無表情で答えた。

 

 「確かに今はそうだが、すぐに確保でき……」

 「わかっていない」

 

 楓は榊原の話しを途中で打ち切ると、話を続けた。

 

 「問題は今……今この時点でシロの身に危険が及んでいる限り、わたしは逆らう事が出来ない」

 「だが、お前が力を貸している倉本は、超能力者を道具のように使って世界を盗もうとしているんだぞ!?お前はそんなやつの操り人形でいいのか!?」

 「ではどうしろと?シロの命を蔑<ないがしろ>にしてまで倉本の野望を砕けと?馬鹿らしい。わたしはシロを守るために生きている。シロがいない世界なんて興味は無い」

 

 楓は無表情で吐き捨てたが、榊原は尚も食らいつく。

 

 「お前は主賓を守ると言いながら、実際に今守っているのは誰だ!?お前が頼み込んで主賓の警護をお願いした山本さゆりは、今も主賓の元で命がけで警護を続けているんだ!お前は山本さゆりを信じないのか!?」

 

 楓はビクンと肩を震わせた。

 

 「山本さゆりだけじゃない。俺の第2特殊部隊も主賓確保にあたっている。だからすぐに主賓の命が失われる事なんてないんだよ!」

 「…シロ……」

 

 楓は無表情のままだったが、涙だけがひと滴、頬を伝って流れ落ちた。

 榊原は楓の肩に右手を置くと優しい口調で語り始めた。

 

 「……しかし、主賓を確保するにはもう少し時間が必要だ。お前はそれまでは倉本のそばにいた方がいいだろう。主賓を確保したら何とかして知らせてやる。それまでは我慢してくれ」

 

 榊原は右手で楓の肩をポンと叩くと、トラックの運転席に戻って行く。

 楓はそれを遠い目で見送っていたが、突然目の前の空間が歪んだ。楓ははっとしたが遅かった。

 衝撃波が楓に直撃すると、そのまま後方へ吹き飛ばされた。

 橋の欄干やフェンス、標識などもねじ曲がりながら暗闇へ消えて行った。

 

 楓がやっとの思いで体を起こすと、そこに可憐が上空からやってきて着地した。可憐はバイザーを跳ね上げると、片膝をついて楓の体を起こすのを手伝いながら口を開く。

 

 「悪いわね……でもあなたがこのまま無傷で帰ったら倉本に疑われるじゃない?だから、私にやられた事にすれば……ぐっ!」

 

 可憐は突然弾け飛ぶと、背中からガードレールに激突した。

 

 「隊長!」

 

 斎藤がトラックから降りて駆け寄ってくる。その後ろから榊原もやってきた。

 激しい痛みの中、ふと楓を見ると右手が前方に突き出されていた。

 

 「……た…体術……」

 

 呻く可憐を見ながら、楓はふらふらと立ち上がると、可憐に手を差し伸べながら言った。

 

 「わ…わたしがこんな状態なのに、あなたが無傷なんて…おかしいでしょう?」

 

 可憐は楓の手を取り立ち上がるが、かなりのダメージを負っているようでガードレールに体を預けた。

 

 「……あなたと違って、わ、私の体はか弱いのですよ?」

 「だ、だけど、これで言い訳もできる……」

 

 楓はその場に座り込むと更に続けた。

 

 「わたしは30分後に倉本に連絡を入れてサルベージしてもらう……あなた達は…その間に立ち去りなさい」

 

 駆け寄ってきた斎藤に肩を支えられ、トラックに運ばれる可憐。

 榊原は楓を見ると「また会おう」と言ってトラックに戻って行った。

 楓は去りゆくトラックのテールランプを見つめながら、「どうしてわたしはここにいるんだろう」と考えていた。

 

 


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