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朝鮮共和国、侵攻5

■朝鮮共和国、侵攻5


 1台の路線バスが下町の路地を爆走していた。バスの車幅ぎりぎりの狭い道幅であり、もしも対向車が現れたらすれ違う事は絶対に不可能であった。

 そのバスの中では、運転手の山本兄以外の11名は全員何らかの負傷を負っており、ほとんどの者が椅子や床に寝かされていた。

 さゆりはセーラー服姿でバス中央の入り口の横にある、『優先席』に座っていた。その体は限界が近いようで、動かすと激痛が走るほどだった。

 その前で第1特殊部隊隊長である千佳と、第2特殊部隊隊長の黒田が吊革につかまり、二人並んで立っていた。

 

 「今、通信で豊富博士以下、研究員チームが必要機材と一緒にヘリでこちらに向っているらしいよ。あの博士、なかなかやるじゃん。超ヤバイ」

 

 何がヤバイのかわからない黒田だったが、それはスルーして受け答える。

 

 「俺の方でもキャッチしたが、どうやら追手がかかっているようだ」

 「だけど、こんな狭い所だとこっちも動きようがない。あたし達は急いで旧同盟本部へ行くよ」

 「だな。……ところで、そっちは何人動ける?」

 

 黒田は足元に寝かされている隊員に視線を移しながら千佳に聞いた。

 千佳も黒田の視線につられて、周囲の隊員を見ながら答える。

 

 「あたしを含めてギリギリ3人ってとこ。あんたの方は?」

 「俺だけだ。うちの隊員はランクAのお前の超能力攻撃を喰らったんだぞ?しばらくは動ける訳が無い」

 「ぐはっ!それでも手加減したんだけどねぇ。さすがに同じ釜の飯を食った者同士、殺し合う事はできないじゃん?」

 

 ニヤリとする千佳を見て「まあな」とだけ答えると、床に寝ている隊員を避けつつバスの先頭まで移動する黒田。

 

 「あとどれくらいで本部に到着する?」

 

 黒田の問いに「あー」と言いながら、狭い路地を必死に運転する山本兄が続けて話す。

 

 「…あと10分あれば着くと思う」

 

 それを聞いた黒田は山本兄の肩をポンと叩きながら「よろしく頼む」と言うと、元の千佳の隣りに戻ってきた。

 

 「博士の追手だがどう見る?」

 

 千佳は両手で吊革にぶら下がりながら「うーん…」と唸って少し考えてから口を開いた。

 

 「さすがに街中で撃墜はあり得ないと思うけど……追手の情報が無さすぎる」

 「超能力者だとしたら、相手は無傷の第3特殊部隊か……」

 「月光院兄妹かー、厄介すぎだわー」

 

 千佳は面倒臭そうに天井を仰いだ。

 月光院兄妹は兄がランクAで隊長を務め、ランクBの妹がサポート役として副隊長を自任し隊員3名を指揮していた。

 千佳が『面倒』という理由は能力が高いことよりも、兄妹そのものが鬱陶しいことからくる。

 月光院家は大資産家であり、大物政治家も月光院家には逆らえないほどの影響力を持っていた。この兄妹はそんな家の力と、超能力のレベルの高さの両方を鼻にかけるので、他の部隊からはかなり嫌われた存在だった。

 だが、同じ部隊のメンバーからは慕われており、統率力はある一定レベル以上はあると見られていた。

 

 「俺達は動けるのが第1と第2を合わせても4人、山本兄を入れれば5人だが、まともに戦える者はいない…」

 「ヤバイじゃん。どーする?先ずは説得から始めよーか?」

 「そうだな。それしかないか……」

 

 黒田と千佳のやり取りを、ずっと黙って聞いていたさゆりがシビレを切らして口を挟む。

 

 「あんた達……このあたしが目の前にいるのを知りながら、よくもまぁ完全に無視してくれるわね……」

 

 さゆりは両手を膝の上に置き、両手をプルプルと握りしめていた。

 そんな様子を見た千佳が言った。

 

 「あ。あんた居たの?」

 

 ブチっ!

 切れた。完全に切れた。あたしの中の自制心という糸が、ものの見事に切れまくったわ!

 さゆりは勢いよく立ち上がりながら叫んだ。

 

 「あ ん た ね ー ! !」

 

 その瞬間、バスが急ブレーキのため激しいスキール音とともに停止した。

 さゆりはその反動で前方に投げ出されそうになるのを、千佳にセーラー服の襟首を掴まれて転倒を避ける事が出来たが、首が絞まり息が出来なくなる。さゆりはバタバタと千佳の手を振りほどきながら叫ぶ。

 

 「く、苦しいって!さっさと手を離しなさいよ!」

 「何だよ、助けてやったのに」

 

 千佳が離した手をブラブラさせる。

 

 「そんな事より、あれを見ろよ!」

 

 黒田がバスの前方を指差して叫んだ。

 言われるままに千佳とさゆりは前方を見ると、どうやらバスは目的地である旧同盟本部の駐車場入り口に到着したようだった。だが、門は閉ざされているため、バスは車道に停車した状態だったが、駐車場入り口まではまだ20メートルほど距離があった。

 さゆりは状況を飲み込めないでいたが、黒田と千佳はすぐにバイザーを下しレーザーガンを抜くと、千佳が「戦闘準備!」と叫んだ。

 山本兄は運転席から前方と中央のドアを開けると、低い体勢のまま前方のドアから外に出て、すぐにバス全体に防御壁を展開した。

 それを見た千佳が感心しながら黒田に言った。

 

 「さすがは山本兄。状況を瞬時に把握し、自分がやれることをすぐになす……あたしの部隊に欲しいくらいだわ」

 「いやいや、うちの部隊は4人しかいないから優先順位はうちの方が上だ」

 

 千佳と黒田はそう言いながら中央のドアから低い体勢のまま外に出る。その後を何とか動けるメンバー2名がヨロヨロと続いた。

 

 「あんた達!あたしをシカトするな!」

 

 そう叫びながらさゆりもバスから降りようとすると、千佳が左手でそれを制止する。

 

 「山本妹は主賓の警護をよろ」

 

 くっそー!という気持ちを抑えてバスの中へ戻るさゆり。そしてもう一度前方を見ると、門の上に数名の人影があることに気づく。

 

 「まさか……先回りして待ち伏せしていたの?」

 

 門の上から2つの人影が飛び降りると、ゆっくりこちらに歩き始めた。

 こちらも千佳と黒田が並んで歩き出す。

 千佳は相手の姿を認識した途端、ヘルメットの中で舌打ちをした。

 

 「やはりこいつらか……しかも新型を装備してるじゃん」

 

 こちらに向ってくるボディスーツは明らかに形状が千佳のものと違っており、黒田の装備と同じであった。

 ただし、黒田のヘルメットには「黒」の一字が白字で書かれていたが、これは主賓救出作戦の時に気に入ってしまい、新装備でも同じようにペイントしたのだった。

 同じ装備であっても他者とは違うという、黒田なりの自己主張の現れであった。

 ───だが。

 こちらに歩いてくる二人の新型ボディスーツには、黒田には無いものが装備されていた。

 圧倒的な存在感……。

 黒田の自己主張を軽く凌ぐほどの主張と、美しさがそれにはあった。

 そう。翼──。ボディスーツから大きな翼が生えていたのだ。

 まるで天使が舞い降りるが如く、全身を純白にペイントされたボディスーツに、バックパックから天使の羽のような大きな翼が装着されていたのだ。

 黒田は自己主張という争いにおいて、完全に敗北を喫していた。

 千佳は「あの翼に何の意味があるんだろう?」と呆気にとられていた。

 二人の天使は、バスとの距離が5メートルほどになった所で足を止めると、ヘルメットのバイザーを跳ね上げて声高らかに名乗りを上げた。

 

 「私こそ、月光院グループの嫡男にして第3特殊部隊隊長の月光院<げっこういん>尊人<たかひと>である」

 

 これを受けて千佳が一歩前に出るとバイザーを上げて答えた。

 

 「あたしは第1特殊部隊隊長、佐藤千佳。あんたが兄ってことは、その隣にいるのが妹の花子か?」

 

 そう千佳が言うのと同時に、尊人の隣りにいた少し背が低い白羽姿が慌てて叫んだ。

 

 「私のことを本名を呼ばないで!!」

 

 妹の花子はモジモジしながら兄の腕に自分の腕を絡ませる。どうやら自分の名前を呼ばれるのが恥ずかしいようだ。

 そんな様子を見た兄が妹に言う。

 

 「どうしたのだ花子?月光院家たるもの、堂々と振る舞わないでどうするのだ!?」

 「お兄様!?」

 「何だ?」

 「私の事は本名で呼ばないで下さいと、何度言えばわかってくださるのですか!?」

 「では何と呼べばいいのだ?」

 「私は麗子。月光院麗子と呼んで下さいな」

 「おお!そうだったな。我が妹、麗子!」

 「はい!お兄様!」

 「……おい」

 

 兄妹のしょーもない話しにつき合わされ、千佳は不機嫌気味に二人を呼んだ。

 マジでこの兄妹は面倒だ。まともに付き合ったらこっちがヤバイ。

 

 「妹の呼び方なんてどうでもいいから本題に入ろう」

 

 兄尊人は正面の千佳へ視線を戻すと話始めた。

 

 「いいでしょう。では貴方たちへ正式に通達します。只今を持って超能力者全員の管理・指揮権限は倉本内閣情報官の直轄となる。よって、今後は倉本内閣情報官の指示に従う事。尚、第1、第2特殊部隊は現時刻を持って解散、新たに月光院率いる特殊部隊の傘下に吸収するものとする。今後は月光院の指示に従って行動すること。以上」

 「今から部下が拘束にお伺いしますので、大人しくこちらの指示に従って頂きたいと思います」

 

 妹がそう言いながら、部下に目配せをすると、部下の3名は超能力者用の拘束バンドをテキパキと用意する。

 

 「動くな!」

 

 千佳がレーザーガンを構えて叫んだ。

 月光院の部下たちはピタっと動きを止めたが、それを見て妹が口を開く。

 

 「あなたは私たちに命令する権限はありません。口を慎みなさい」

 「ちょっと待て。月光院花子……」

 

 黒田が口を挟んだ瞬間、花子から激しい衝撃波が襲ってきた。

 しかし、山本真一の防御壁のおかげで、バス周辺はその攻撃の影響は受けなかったが、防御範囲外の竹垣やブロック塀が吹き飛んだ。

 花子は激しく黒田を睨みながら叫んだ。

 

 「私の名前は麗子!二度と間違わないで!!」

 「は、はいっ!」

 

 黒田はあまりにも激しく怒る花子を前にして、つい素直に応じてしまった。

 それを見た千佳はため息をつきながら頭を振ると、尊人に話しかけた。

 

 「あたし達は今の内調……というよりも倉本が超能力者を戦争の道具として扱い、世界を自分の物にしようとしている事を問題視している。あんたはそのことを知っていて倉本に協力しているのか?」

 

 月光院尊人は腰に両手を置くと胸を張ってそれに答えた。

 

 「もちろん承知していますとも」

 「何故だ!あんたも元反政府同盟だったはずだろ!?倉本の超能力者に対する扱いは人として見ていないじゃないか!」

 「ふっ。笑止千万」

 

 尊人は千佳の必死の訴えにも全く動じず吐き捨てると、まるで一人でミュージカルでも演じているような身振り手振りで演説を開始した。

 

 「あくまでも利害の問題ですよ。これは月光院家としての判断です。それに、仮に倉本内閣情報官が世界を取ったとして、それがどうして悪いのですか?問題はその後に我々にとって住みやすい世界が訪れるかどうかのはずです。その過程において戦争は必ず発生するのであり、結果的に正義は勝者の側にあります。これは過去の歴史を見ても明らかで、絶対に勝者が敗者を裁いています。つまり、戦争に勝つ事こそが真の正義であり、その後の平和が訪れるのです。我々がその戦争で道具として扱われたとしても、その後に訪れるであろう戦争の無い平和な世界を勝ち取れるのであれば、私は喜んで道具となるであろう」

 

 最後は片膝をついて、両手を一杯に広げて上を向いたポーズで話を終えた。

 

 「ああ。お兄様……何と高貴で美しいお考えなのでしょう……」

 

 麗子(仮)は両手を合わせてうっとりとしながら兄を見つめていた。

 黒田はこの三文芝居を呆気にとられて見ていたが、尊人の言葉は一つの正しい考えであると感じていた。

 

 「どうせ戦争になれば手広く商売している月光院家に、莫大な利益が転がり込んでくるからだろ?」

 

 千佳が腕を組みながらあえて棘がある言い方をする。

 

 「それは否定しませんし、冒頭で私も利害の問題であり月光院家の判断だと言っています」

 

 尊人はすっと立ち上がりながら、悪びれる様子も無く言ってのけた。

 黒田は思った。舌戦では絶対にこの男には敵わない、と。

 

 「それでは、あらためて貴方達に問います。戦うか?投降するか?どちらにしますか?私はどちらでも構いません」

 

 尊人は爽やかな笑みを浮かべながら問うてきた。

 千佳は舌打ちをするが、戦っても勝負にならない事は明白だった。

 

 「おい、月光院兄」

 「どうしました?」

 

 千佳の呼びかけに答える尊人。

 

 「あたし達は見ての通りあんた達と戦える状態になく、もし戦ったとしても歯が立たないだろう。従って投降を選択する以外になさそうだ」

 「さすがは第1特殊部隊の隊長さん。状況把握はできているようですね」

 「そこで相談だ。バスの中を確認してもらえばわかるが、今すぐに処置が必要な者ばかりだ。しかもバスに揺られて衰弱も激しいためこれ以上の移動は危険だ」

 「……つまり?」

 

 すでに尊人の笑みは消えており、冷たい視線を千佳に投げかけていたが、構わず千佳は話し続けた。

 

 「そろそろ豊富博士達もヘリでこちらに着くころだ。だから、そこの旧同盟本部で急ぎ部下の治療をさせてくれ。もちろん建物内での移動制限も受け入れるし、治療の間、お前たちの部隊が監視するのも構わない。月光院家の力を使えば造作も無いはずだ」

 「……」

 

 千佳の訴えを尊人は黙って聞いていた。

 

 「部下の体力が回復したら改めて内調の研究所へ移動する方向で調整して欲しい。大切な部下たちだ。急いで治療させたいこの気持はお前にもわかるだろう?その代わり、比較的軽傷であるあたしと、第2特殊部隊隊長の黒田、それに無所属の山本兄の3名が早々に月光院部隊に入ろう」

 「貴方達は人質ってことですか?」

 「そう受け取るのはあんたの自由だが、単に倉本の指示に従うだけさ。そうすればあんたの面目も保たれるし、あたし達の部下もすぐに治療が受けられる」

 「ふむ」

 

 尊人は考え込んだ。

 もちろん人道的な観点で悩んでいるのではなく、月光院家にとって何が得なのかを考えているのだ。

 

 (豊富博士を含めて、この者達を強制的に配下にすると禍根を残すだけだが、恩を売った後に配下にする事で忠誠心も上がり、結果的に月光院家のためになる……それにここで我が月光院家の圧倒的な力を見せる事で、逆らう気力を削ぐこともできる……)

 

 「……いいでしょう。貴方達の部下はこの旧同盟本部で治療に専念してもらいましょう。はな……ゴホン!麗子はここに残り、彼らの監視および警備を頼みます」

 

 『花子』と言いそうになって、慌てて言い直す尊人。

 妹の麗子(仮)は横目で兄に睨みを利かせると「かしこまりました」と、優雅に頭を下げた。

 この様子を見て、この兄も大変なんだな、と、同じ兄の立場で同情する山本兄だった。

 

 

 ◆

 

 倉本は中国杭州市のホテルの最上階に宿泊していた。

 『神の鉄槌』が発生するまでは、世界で一番人口が多かった中国であったが、今ではこの広い中国大陸に一億人にも満たない人口であった。見下ろす街並みはそのほとんどがゴーストタウンのような状態だった。

 ここ杭州は基本的には都市機能が放棄され、隣の上海へ人々は移り住んでいた。

 だが、最近は街全体に活気が蘇りつつあった。

 理由は簡単で、上海防衛戦の後方支援として中国連合軍が集結しつつあったからだ。

 人が増えれば商売が成り立つ。

 上海から逃れてきた民間人がこの街で商売を始めるのは当然な流れであった。

 倉本はソファーに座りながらタブレットを確認していた。

 その画面には様々な報告書がマルチウィンドウで表示されており、目を通すだけでもかなりな時間を費やしていた。

 

 「いよいよ動き出したか」

 

 倉本は報告書を一通り確認すると、タブレットをテーブルに放り出し、ティーカップを手に取り独り言をつぶやいた。

 確信はあった。

 だが、やはり報告が上がって来るまでは不安が無かったと言えば嘘になる。

 ティーカップの紅茶を一気にすすると、テーブルに置いてあったベルを鳴らす。すると、スーツ姿の男が隣りの部屋からこのリビングにやって来る。

 

 「お呼びですか?」

 

 そう言うと、倉本の目線まで腰を落とす。

 

 「榊原が動いた。奴の動きを探れ」

 「了知しました」

 

 スーツ姿の男はそう答えると、すぐに部屋を出て行った。

 それを確認した倉本はすぐに内閣総理大臣に電話をする。

 

 「お久しぶりです総理。実はうちの榊原センター長が超能力部隊を率いて中国に向っているらしいのです。これは明らかな反逆行為です。今すぐに彼の任を解き、この私が引き継ぎたいと思います」

 『この責任はどのように取るのだ?倉本君』

 「この私が直々に陣頭に立ち、榊原とそれに与する者達を拘束いたします」

 『その言いっぷりでは、すでに行動に移しているようだな』

 「恐れ入ります。超能力者が相手なれば、迅速に行動する必要がありますので」

 『それで、私に何を求めているのだ?』

 「総理には海外へ超能力者が流出した可能性があることをプレスリリースし、その際、犯人を国際手配して捜索すると言って欲しいのです」

 『なるほど……孤立させるのだな。わかった。これから原稿を書かせるので、日本時間21時にプレス発表する』

 「ありがとうございます。詳しくはうちの田中次官を向かわせますので、よろしくお願いします」

 

 電話を切ると、倉本は笑いながら深くソファーに腰を沈めた。

 これで堂々と行動することができる……。

 その時、テーブルに投げ出していたタブレットに緊急通信が入った。画面を確認すると、相手は田中次官だった。

 倉本はそれを拾い上げると通話ボタンをタップした。

 

 「私だ」

 『田中です。実は第1、第2特殊部隊および豊富博士率いる、元反政府同盟の連中が離反しました』

 「ほう。行動が早いな……現状の情報だけで推測し、行動したという事か……続けろ」

 『はい。局所的に超能力者同士の戦闘が行われ、第1第2部隊は隊長以外は重症により旧同盟本部で治療中。豊富博士率いる研究者達が治療にあたっています。これを監視および警備しているのが月光院家で、現在、第1第2部隊の各隊長は月光院率いる第3部隊の配下となり、内閣府庁舎内の研究所で検査をしております』

 「最低限、隊長と隊員の引き離しには成功し、そのどちらにも監視の目が光っている訳か……それで主賓はどうなった?」

 『戦闘の際、主賓の近くでかなり強い超能力の行使があったようで、意識を失ったまま目覚めておりません。現在、旧同盟本部で療養中です』

 「つまり、榊原が率いる第4特殊部隊以外の超能力者は、全て我が手にあるという事だな?」

 『ご認識の通りです』

 「報告ご苦労だった。田中次官はこのまま総理の元に行き、例の内容をプレスリリース出来るように調整してくれ」

 『承知しました』

 

 通信を切ると倉本は満足の表情を浮かべていた。

 負傷した特殊部隊を旧同盟本部で治療している点は気になるが、概ね計画通り進んでいると考えて良い結果であった。

 倉本は再びテーブルのベルを鳴らすと、紅茶のおかわりを頼んだ。

 紅茶が来るまでの間、更に防衛省と外務省に連絡を取るが、結局連絡を取っている間に紅茶が届き、話終った時には紅茶は冷めていた。

 その冷めた紅茶を口に含みながら倉本は考えていた。

 自分がやろうとしている事は独裁かもしれない。だが『神の鉄槌』で世界のバランスが大きく崩れた現在においては、誰かが先頭に立ち大きな求心力で世界を牽引する必要があるはずだ。その為には超能力という大きな力が必要であり、だがそれに溺れることなく、しっかり制御することで世界を豊かにすることが出来るはずだ。

 その為には先ず、国として機能しなくなった地域とそれを欲する国という現在の構図を無くす必要がある……そう、一度、全てをリセットして世界規模で考え方を統一する必要があるのだ。

 それを可能とするのが……。

 倉本は思考を止めると、冷めた紅茶を一気に飲み干し、再度テーブルのベルを鳴らすのであった──。

 

 

 倉本が宿泊しているロイヤルスイートは、リビングの他に寝室が3部屋あり、その内の一室を花橘楓に与えられていた。

 飾り棚の無いシンプルなライティングデスク、セミダブルのベッドにサイドボード、その奥には小さなテーブルに椅子が向かい合って置いてあり、さらに奥はテラスとなっていた。

 楓はそのテラスにあるロッキングチェアに腰掛けて遠くを眺めていた。

 正確には景色を眺めているのではなく、その遥か遠くにいるであろう志郎に思いを馳せていたのである。

 その姿は、明るめのグレーのゆったりしたニットの袖を捲り上げ、デニムのショートパンツを履いているが、それをニットが隠していて、一見すると何も履いていないように見えた。

 楓は無表情ではあるが悩んでいた。

 多分、倉本は自分を戦争の道具として駆り出すつもりだろう。だけど、あたしの能力はそんなことに使うためにあるんじゃない。

 ……あの時約束したんだ。必ずシロを守ると。

 せめてシロの無事だけでも確認できれば、すぐにでもこんな所から抜け出すのに……。

 普段は無表情であるはずの楓の表情が若干歪み、悩み苦しんでいるように見えた。

 

 

 ◆

 

 第2護衛隊は杭州湾を目指して航行を開始していた。

 その編成は、ヘリコプター護衛艦1、ミサイル護衛艦1、護衛艦3である。

 瀬川艦長はミサイル護衛艦『こうき』の艦橋にある艦長専用の赤椅子に腰掛け、腕組みをしながら海を眺めていた。

 幕僚長からの指示は『杭州湾に移動して待機』であった。

 自衛官は上司の命令は絶対だ。それが一糸乱れぬ行動の原理となっている。

 だが、瀬川は今回の命令には不安があった。

 上海沖で朝鮮海軍を迎え撃っている中国連合軍の背後を伺うような位置取り……その気になれば上海防衛軍の援護も可能だが、その逆もまたしかりだ。

 どちらにしても日本には『爆撃』という概念はほぼ存在しないのである。

 これは『専守防衛』を基本とする自衛隊にとって、他国を侵略するという概念が無く、積極的に敵に攻撃を加えることは想定していないからであった。

 今の第2護衛隊のヘリコプター護衛艦には、MAXの18機の艦載機を積んでおり、その内の7機は垂直離着陸型の戦闘機で、残りがヘリコプターであった。

 しかし、その兵装には地上を攻撃するための有効な兵器はほとんど無かった。

 もちろん、対地ミサイルはある。だが、それは限定された施設をピンポイントで破壊する、いわゆる支援攻撃の域を脱していない。地上の敵を殲滅し領土を占領するという本来の戦争の定義で考えた場合、現在の日本の地上攻撃能力はあまりにも貧弱であった。

 それを踏まえた上で、第2護衛隊に与えられる命令は何なのか?

 

 『杭州湾の予定ポイント到着まであと3時間』

 

 航海士の声が響く。

 すでに太陽は地平線に沈んでおり、予定ポイントに到着するのは22時である。

 

 『米太平洋艦隊が対艦ミサイルを一斉発射し、朝鮮艦隊が迎撃中と連絡あり!米空母からは艦載機も発艦している模様!』

 「始まったか……」

 

 上海沖で対峙していた中米台連合艦隊と朝鮮艦隊が、遂に戦闘を開始したのだ。

 

 「地上戦は膠着状態となりつつあるため、海上からテコ入れをするという所か」

 

 だが、第2護衛隊が杭州湾に着くころには、戦局はほぼ決しているだろう。

 

 「警戒を厳にせよ」

 

 瀬川艦長はそう命令すると、暗くなった海を見つめていた。

 

 

 ◆

 

 『臨時ニュースをお伝えします。21時15分に内閣総理大臣より緊急発表がありました。それによりますと、内閣情報調査室、通称内調の超能力管理センター長である榊原氏が超能力者を国外へ流出させたと発表がありました。更に、朝鮮共和国が超能力者の開発に成功した事も合わせて発表され、その技術提供にも同氏が関与していると見られています。現在同氏は国際指名手配をかけて行方を追っているとの事です』

 

 テレビの女性アナウンサーが話し終えると、隣に座る男性アナウンサーが質問する。

 

 『超能力者が国外に流出することで具体的な問題点とは何でしょうか?』

 『はい。既に我が国でも1日戦争が発生し、超能力者の脅威は記憶として新しいと思いますが、これは世界に先駆けて、秘密裡に日本が超能力者を作り出していた事が原因となっています。そして、超能力者を戦争の道具として使えば、世界のパワーバランスが一気に傾くこともご理解いただけると思います。日本政府はそのような危険な存在を国外に流出させないように注意を払ってきました。それが今回、たった一人の自分勝手な行動から、世界全体が超能力者の脅威に晒されている訳です』

 『これは恐ろしいですね。ところで、超能力者はどれくらい国外へ流出したのでしょうか?』

 『はい。総理は会見上では具体的な人数は明言しておりませんでしたが、超能力者部隊は5名~6名の単位でグループ分けされていますので、少なくともその単位で流出した可能性があります』

 『なるほど。それに加えて、朝鮮共和国へ技術流出させたことで、朝鮮は超能力者の独自開発まで成功したということですが、これはもしかすると、現在行われている上海での戦闘にも超能力者が投入される危険があるという事でしょうか?』

 『はい。それは十分考えられます。情報筋によりますと、北京陥落や上海防衛戦においても超能力者が投入されたという話も入ってきています』

 『日本政府には迅速に対応して欲しいですね』

 『そうですね。現在は超能力者の管理・指揮系統は、内調のトップである倉本内閣情報官へ集約されると発表がありましたので、これからの超能力者のあり方に期待ですね』

 『有難うございました。それではスポーツです……』

 

 番組のコーナーが変わる瞬間にテレビの電源が消され、画面は真っ黒となった。

 

 「どう見る?」

 

 千佳が研究所内にある食堂のテレビのリモコンをマイク代わりに黒田に向ける。

 

 「どうって言われても見ての通りだ。俺たちは命令に従うだけ……そうだろ?隊長」

 

 黒田は離れたテーブルに座ってタブレットを操作していた月光院尊人に話を振る。

 尊人は上目使いで黒田を一瞬見ると「その通りです。黒田さん」と言って、すぐにタブレットの画面に視線を戻す。

 それを見て千佳も尊人に話しかける。

 

 「あたし達のせいで隊長は家に帰れないんだろ?悪かったね」

 

 尊人はタブレットの画面をオフにするとそれに答えた。

 

 「いえいえ。監視も私の仕事の一つですから。貴女が気に病むことはありません。私はこれで失礼しますが、くれぐれもこの研究フロアから外に出る事はお控えください。私はこの上のフロアの自室にいますから、御用があるときは内線を使って下さい」

 「はいよー」

 

 千佳がヒラヒラとテレビのリモコンを振るだけだが、石黒は椅子から立ち上がると敬礼する。

 尊人もすっと直立し敬礼すると、足早に食堂を出て行った。

 

 「しっかし、どんな仕草でも気持ち悪いくらい絵になる奴だな」

 

 千佳が尊人の後姿を見ながら褒めているのか、いないのかわからない感想を言う。

 この研究フロアは文字通り様々な研究室があるが、食堂や宿泊用の個室も完備されていた。

 もちろん全て超能力者が生活するために作られた施設なので、不自由なく生活することが出来るようになっている。

 通常、超能力者は親元から引き離されると、それ以降はこの施設で暮らすことになるので、そう言った意味では、二人にとっては我が家にいるようなものだった。

 

 「ところで山本兄……」

 

 千佳が声のトーンを抑えて山本真一に話しかける。

 

 「……例の件は大丈夫だろうな?」

 

 千佳の右隣りの席を一つ開けて座っていた山本兄も小声でそれに答える。

 

 「ああ、この施設から出た時に、隙を見てコンタクトを取る」

 「よろしく頼む。それまであたし達は月光院の隊長っぷりを見学させてもらう事にするか」

 

 両手を頭の後ろに回し、椅子を後方に傾けながら千佳が言った。

 黒田と山本兄も同時に頷く。

 

 今は我慢の時だ──。

 


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