朝鮮共和国、侵攻4
■朝鮮共和国、侵攻4
上海北部防衛線が突破されすでに6時間以上が経過していたが、榊原はまだ情報収集に追われていた。
何とか第2特殊部隊の黒田に連絡を取り、情報収集……特に内調、防衛省、国連の3機関について、どのような動きがあるかを調査するよう指示を出した。
だが、超能力者とはいえ、本格的な諜報活動はそれほど得意ではない第2特殊部隊であったが、榊原にとっては期待以上の情報を提供することが出来たようだ。
先ず内調だが、倉本内閣情報官は相変わらず不在であるため、ナンバー2である田中次官が取りまとめを行っていた。倉本の不在理由は明らかになっていない。
ある筋からの話では、中国で新型特殊ボディスーツとレーザーガンのテストを行っているらしいが、実際は朝鮮の上海侵攻に何らかの関わりがあるという噂がある。
そこに高レベルの超能力者が同行しているという話しだが、どうやらそれは姫であるらしかった。
尚、第1部隊に対して、主賓の拘束命令が下されたようだった。
次に防衛省だが、内閣官房長官および防衛大臣からは特別な命令は下されておらず、朝鮮の上海侵攻に対しては静観を決め込んでいる。
日本としては、総理から朝鮮に対して遺憾の意を表明したくらいであった。
マスコミの間では、朝鮮半島から日本本土へのミサイルによる直接攻撃を恐れ、あまり朝鮮を刺激しないようにしているという考えが一般的であった。
最後に国連だが、こちらも旗手である日本が動くのを渋っているようであった。
上海が陥落した場合、東シナ海の安全も脅かされることとなり、日本はもとより東南アジア諸国にまで戦争の火種が降りかかる可能性がある。その様な中で、国連の動きが悪いのは、完全に日本の怠慢が原因であると諸外国からは見られていた。
「……という事で、以上が現状判明している情報をざっくり報告するとこんな感じだ」
榊原が『こうき』の狭いオペレーション・ルームで報告を終えた。
この報告ではっきりしたことは、日本は徹底して静観を決め込んでいるということだ。
一緒に東シナ海に展開していた米太平洋艦隊は、すでに上海沖にて朝鮮艦隊と対峙しており、日和見的な日本の態度は連合国から非難の目で見られていた。
「瀬川艦長はどう考えますか?」
榊原が艦長を見る。
「私は軍人です。軍人にとって命令は絶対です。よって、今は待機するしかありません」
瀬川艦長は全員に諭すように語った。
「ところでヘリポートには輸送ヘリがありましたよね?」
「はい。いつでも飛べます」
榊原が艦長に確認を取ると、今度は可憐に向けて口を開く。
「これより第4特殊部隊はヘリにて杭州へ向かう」
「中国に向うのは構いませんが、一応、理由を伺っても良いですか?」
可憐の問いはその場にいる全員の疑問であった。
榊原もそれは承知しているらしく、大きく頷いてから口を開いた。
「まず、日本政府は今回の朝鮮共和国による上海侵攻に対して動く気配が無い。しかし、その裏で内調のトップである倉本内閣情報官が花橘を伴って中国で暗躍しており、遂には主賓を拘束しようとしている。これはどう考えても、主賓をエサにして花橘に強制力を持たせるための処置だ……防衛省も国連もそれを助けるように静観を決め込んでいるとしか見えない……」
オペレーション・ルームにいる全員が榊原の言葉に聞き入っていた。
榊原は全員を見渡しながら話続けた。
「…では中国で花橘に強制的に実行させたい事とは一体何か?……更には上海防衛戦で超能力者が関わっていた可能性……このタイミングで東シナ海で何時間も足止めされる我々……これらは全て繋がっているはずだ」
榊原の発言に同意するように頷く瀬川艦長と可憐。
それを見て榊原も頷くと発言を続けた。
「つまり、我々がここに留まっている事が倉本さんのシナリオだとすれば、そのシナリオを壊さない限り倉本さんの企てを阻止できないというだ。だが、ここでもう一度考えなければならない事がある。それは『何故第4特殊部隊がここに呼ばれたのか?』です。これは多分、私が第4特殊部隊を連れて中国に上陸することを見越した罠である可能性が高いと考えている」
可憐が手すりにつかまりながらフフンと鼻を鳴らす。
「何となく見えてきた気がしますね。倉本内閣情報官の行動……すなわち超能力者の国外派遣は公にはなっていませんが、もしも榊原さんが私たち第4特殊部隊と共にヘリで中国に向った場合は、間違いなく政府として弾劾してくるでしょう……おそらく花橘さんの件も含めて、超能力者を国外へ連れ出した全ての責任を、榊原さんに背負わせるつもりなのです。その上で、全超能力者の指揮・管理権限を掌握しようと考えていると思われます」
可憐の話しを聞き、自分と同じ考えだったのか榊原は満足げに大きくうなずくと口を開いた。
「…だが私は、罠と知りながらも動かざるを得ない……何故なら、このままここに居ても倉本内閣情報官の野望を砕くことは出来ないからだ」
「倉本内閣情報官の野望とは何なのですか?」
瀬川艦長は帽子を取ると、頭を2、3回撫でながら榊原に質問した。
榊原は短く一言だけ、しかしはっきりと話した。
「世界」
「ま…まさか……」
信じられない、という表情の艦長であったが、榊原は極めて真面目であった。
世界の後に『征服』が続くのか、『統一』が続くのかわからないが、いずれにしても倉本が目指しているのは『世界』であることは間違いないだろう。
しかも、超能力者を道具のように使って……。
「現在、東南アジアだけで世界の人口の6割以上を占めており天然資源も豊富です。おそらく倉本さんは朝鮮をけしかけて中国から東南アジア諸国まで奪うつもりなのでしょう。そうなると世界は……」
そこで可憐が榊原の話を遮るように口を開いた。
「逆説的に言えば中国を…いえ、むしろ台湾を取られなければ、勝機はまだこちらにある…という事になるのかしら?」
「可憐さん…その通りだ」
榊原と可憐が見つめ合う。
それを見ていた艦長が「ゴホン」と咳払いをしてから話始める。
「話は理解しましたが、命令が無い限りやはり軍を動かすことはできません」
「艦長、それはこちらも理解しています。よって、私がヘリを強奪して飛び去った、という事にしてもらえませんか?」
「一人で罪を背負うおつもりですか?」
「それがセンター長の務めですから」
そういうと榊原はニカっと笑って見せた。
瀬川艦長は榊原のその表情を見ると、帽子を被り直してニヤリと笑い返した。
「わかりました。あなた方がいなくなったという幕僚長への報告は3時間後に行います。その間はあなた方は自由です。有効に使って下さい」
「瀬川艦長、ありがとうございます!」
「しかし、もしも幕僚長から追撃の指示があれば、私はあなた方の敵となるでしょう……」
「それは艦長の立場上、仕方の無い事です」
二人は固く握手をすると、榊原はすぐに行動に移るのだった。
◆
志郎とさゆりは両手に手錠を掛けられ、黒いセダンタイプの車2台に分かれて乗車し、内閣府庁舎へ護送されていた。
車には第1特殊部隊が3名ずつ分乗し一人が運転席、他の二人が拘束者を挟むように後部座席に座っており、1台目の後部座席の真ん中にさゆりが、2台目の後部座席の真ん中に志郎が座っていた。
佐藤千佳は志郎の左隣に座り、周囲の警戒に余念が無かった。
その2台の車の到着を手ぐすねを引いて待っている姿があった。その男は185センチ以上の身長で屈強な肉体を持っており、更にランクBという優秀な超能力者でもあった。右手の義手もようやく馴染んでおり、リハビリを兼ねた肉体改造により、以前よりも身体能力は向上していた。
山本真一は妹さゆりから連絡を受け、ここで網を張っていた。
連絡と言っても通信が入ったのではなく、テレパシーによる直接精神伝達である。山本兄妹は、兄妹間に限ってテレパシーが可能であったため、妹の要請を受けて兄がこの交差点で待ち伏せをしていたのであった。
真一はあらかじめ一般人の安全を考慮して、この交差点を含めて周囲の道路を封鎖していた。まぁ、封鎖といっても歩道を含めて道路を深く陥没させ、あらゆる通行を出来なくしただけであるが……。
すると、二つ向こうの交差点で、2台の黒い車が縦に並んで赤信号で止まっているのを発見した。
間違いなくあれだ。山本兄は確信し、ビルの陰からしゃがみながら半身だけを露わにするとグレネードランチャーを構えた。
超能力を使うと、ランクAである佐藤千佳に悟られる可能性があるため、ちょっと荒っぽい手段だが物理兵器を使う事にしたのだ。身の安全は超能力集団が乗っているのだから大丈夫だろうという計算のもと、爆発のどさくさに紛れて救出するという、何とも場当たり的な作戦だった。
山本兄がまさにグレネードを射出しようとしたその時──突然、2台の車が爆発した。
「何!?俺はまだ発射してないぞ!?」
車は爆発の衝撃で全てのガラスが割れ、全てのドアが開かれていた。
先頭の車は横転し、そこに後続車が炎上しながらぶつかった。
山本真一は驚きのあまり動くことが出来なかったが、よく見ると、爆発の直前に超能力を使って車から脱出したのか、全員が歩道にバラバラとなった状態で退避していた。
だが、さすがは第1特殊部隊である。すぐに各自周囲の警戒を開始したが、その中心に向かって催涙弾が撃ち込まれ、辺りは煙に包まれた。
「ちょっと無茶しすぎじゃね?」
第1特殊部隊隊長の佐藤千佳がつぶやきながら右手を水平に薙ぎ払うと、周囲を覆っていた催涙ガスはたちまち消滅したが、一般人である志郎だけはそのガスの影響をモロに受け、涙を流しながらわけもわからず走り出した。
「あぶねーから動くな!」
千佳は叫んだが、その瞬間、道路の反対側の歩道からマシンガンの一斉射撃が行われた。
第1特殊部隊は防御壁を展開してこれを防ぐが、進行方向とその反対側の歩道からも人影が現れ、超能力攻撃を仕掛けてきた。
防御壁といえど万能ではない。
物理攻撃と超能力攻撃は性質が異なるため、個人の不得手が防御壁に反映されてしまう。もしも防御壁を展開するのであれば、チームで不得意な部分を補いながら組織的に展開すべきであった。しかし、現状は全員がバラバラの状態で防御壁を展開していたため、どうしても弱い部分が出来てしまっていた。
本来、それはランクAで隊長である千佳がカバーすべきであったが、志郎の保護を優先していたため、そこまで手が回っていなかったのだ。
この一連の襲撃で、第1特殊部隊2名が戦闘不能状態となり、更に戦闘は継続していた。
「ちょ…何!?どうすればいいの!?兄貴!」
さゆりは当初、この爆発は兄の襲撃と考えていたが、包囲され複数名から攻撃を受け、その考えが間違っていたことに気が付いた。
どこの誰かは知らないが、明らかにどこかの特殊部隊であることだけは確かだった。
さゆりは隙を見て、両手が手錠でふさがれた状態のままビルの陰に滑り込むと、テレパシーで兄に救助を求めた。
どうやら兄は近くにいたらしく、すぐにさゆりの隣りにやってきた。
兄は妹の手錠を外してやると「よし脱出するぞ」と言って立ち去ろうとした。
それをさゆりは引き留め、主賓を一緒に連れて行くと言い出した。
「さゆり。今は他人の心配をしている場合ではない。先ずはここから無事に脱出し、これからの事を考える必要がある。主賓は残念だが足手まといになるから置いていくしかない」
「それはダメだよ兄貴。このままではあたしを信じて主賓を託した花橘に申し訳が立たない!それに……!」
そこまで言うと、両手が自由になったさゆりは、全力で主賓の元に走って行く。
「くそ!」
そう吐き捨てると、念のために防御壁を展開しつつ真一もさゆりの後を追った。
◆
第2特殊部隊は奮戦していた。
ランクAが一人もいない異例な部隊であったが、少し前までは「ジャイアント・キリング」と呼ばれた隊長を有して、高ランク相手にも引けを取らない戦いっぷりで有名な部隊だった。
今ではその隊長に変わってランクBの黒田が隊長であるが、その戦いっぷりには定評があった。
だが、今回の相手は自分達と同じ攻撃を主目的とする第1特殊部隊である。
しかも向こうの隊長は「予知」能力を持つ佐藤千佳だ。一筋縄ではいかない事はわかっていたことだった。だが、予想よりも奇襲の効果は薄く、主賓と千佳の距離もあまり離れていない。
このまま時間が過ぎれば、向こうは体制を立て直すことが出来るため、主賓の確保は難しくなるだろう。
黄川田が道路の反対側からマシンガンを連射し、左右から赤松と青木が超能力攻撃を仕掛けているが、すでに完璧に対処されており有効な攻撃とはなっていない。
黒田はこの戦闘をビルの屋上から眼下に捉えつつ、タイミングを見計らっていた。──そう、相手が防御から攻撃に移行するその瞬間──!!
(今だ!!)
敵は黄川田のマシンガン攻撃の防御に一人を当て、二人を赤松と青木の超能力攻撃の防御に当てた。つまり、ランクAである佐藤千佳は完全にフリーとなったため、先ずは一番鬱陶しい黄川田のマシンガンを沈黙させるために行動を取ろうとしていた。
黒田はそれを予想していたため、このタイミングを狙っていたのだ。
屋上から飛び降りた黒田は、すぐにレーザーガンを構えると敵6名をオートエイムで照準した。
「……6名だと!?」
黒田は焦った。
第1特殊部隊はたしかに6名だ。しかし今は2名を戦闘不能にしているので4名のはずだ。旧型の武装の時は戦闘不能の相手にもロックオンし続けていたのだが、黒田は榊原より特別に新型の武装一式を与えられていたため、戦闘不能者と事前に対象外登録をしている主賓については、ロックオンをキャンセルされる仕組みのはずだった。
黒田はロックオン表示をチラ見し、主賓がロックオン対象にはなっていない事だけは確認できたが、それ以外の確認をする時間は自由落下中の黒田には残されていなかった。
主賓を救出するというミッションにおいて、最低限の確認は取れたため、黒田はそのままトリガーを引いた。
だが、予知を持つ千佳は対レーザー用の防御壁<プラズマフォースフィールド>を展開しこれを回避し、仲間の3人にも防御壁を展開したが、それぞれが離れていたため、完全にレーザーの衝撃まで減衰させることができず、3人はその場に崩れ落ちた。
更に山本兄妹も黒田からロックオン対象とされたが、念のために展開していた真一の防御壁のおかげで、こちらも衝撃波を受けてはじけ飛んだが命に別状はなかった。
黒田は超能力を使って着地体制に入ったが、千佳はそれを見逃さ無かった。
高所からの着地は、急激にスピードを殺しながらもGによる体への負担も減らす必要があるため、超能力者にとってはかなりの精神集中が必要であった。
つまり、着地の時は完全に無防備なのである。
だが、それは第2特殊部隊も理解しており、すでに自分達に対抗する敵が排除されていた黄川田、青木、赤松の3名は、同時に千佳に対して超能力攻撃を仕掛けていた。
千佳はそれを防御壁で防ぎつつ、レーザーガンを構ええるとトリガーを引いた。
超能力は防御に集中させ、攻撃はレーザーガンによるオートエイムで行う……さすがに千佳は隊長だけあって無駄が無かった。
黒田は右太ももにレーザーの直撃を受けその場に倒れ込んだが、同時に千佳に対してレーザーガンを発射していた。
更に黄川田はマシンガンに切り替えて攻撃を、青木と赤松は超能力攻撃を行っていた。
佐藤千佳は予知能力がある。それはこれから起こる事態を少しだけ早くイメージできるという能力だ。だが、それを知ったところでどうする事も出来ない場合がある。例えば、今回のケースがそうだ。
同時に4方向から違った攻撃を仕掛けられた場合、ランクAの防御壁といえども必ずどこかに綻びが発生するものだ。レーザーを防御したとしてもその衝撃や熱量を減衰・吸収する上で、他の種類の攻撃に対する防御壁に歪が発生し、超能力とマシンガンによる攻撃に対して一瞬手薄になってしまう……つまり、千佳は自分がダメージを負うことを予知したのだ。
「でもあんた達もただでは帰さないよ!」
千佳は特殊ボディスーツの性能を信じてマシンガンに対する防御は捨て、超能力攻撃に対して防御を集中した。
その結果、マシンガンは4発ほど千佳にヒットし、ボディスーツのおかけで貫通する事は無かったが、衝撃までは吸収できずに弾け飛んだ。だが、その時に超能力攻撃を3人に仕掛けていた。
黄川田、青木、赤松の3名は弾け飛んだ状態から攻撃されるとは思っていなかったため、千佳が放った衝撃波攻撃が直撃し吹き飛んでいた。
一瞬にして二つの特殊部隊が戦闘不能となった。
「いててて」
さゆりは兄の防御壁によって何とか無事であったが、体を動かすと全身がバラバラになるんじゃないかと思うくらい痛んでいた。
うつ伏せの状態から状態を起こし、周囲を見渡すと戦闘は終わっており、全員が倒れて苦痛に耐えている状況だった。
兄がさゆりの元に歩いてくると、その体を支えて助け起こす。
「兄貴、あたしよりも主賓を保護して」
さゆりの言葉に黙って頷くと、真一は志郎の元に行き、うつ伏せで倒れている体を起こして状況を確認した。
「気を失っているだけのようだ」
兄の言葉にさゆりは「ふぅ」と安堵のため息を一つつくと、立ち上がって両手を腰に置き、その場の全員に向って叫んだ。
「主賓は預かって行く!今主賓を内調に渡したら世界は滅びるかもしれないからね!……兄貴!」
さゆりの言葉に真一は主賓を抱きかかえる。
それを見て、さゆりも痛んだ体を引きずるように撤収に入る。
「ちょっと待って!山本妹!」
さゆりはビクっとして立ち止った。この声……聞いたことがある。
振り返ると、ちょうど右足にレーザーの直撃を受けた者が、新型ヘルメットを取ったところだった。
「あ、あんたは…黒田…さん?」
「…ああ。ひ、久しぶりだな。主賓奪還作戦以来か」
さゆりは一瞬、懐かしさで顔が緩んだが、すぐにまた険しい表情に戻った。
「あんたがあたし達を撃った……」
さゆりは無意識に精神集中を開始していた。
「ちょ…ちょっと待て!わざとじゃない。お前たち兄妹がいる事は知らなかったんだ!俺だってビルから落ちている僅かな時間しかなかったんだ。どうすることもできなかった」
「ふーん……で?」
さゆりは別に撃たれた理由なんてどうでも良かったが、どうして第2特殊部隊が攻撃を仕掛けてきたのか知りたかった。
黒田は片膝をついた格好で、撃たれた右太ももを押さえながら話を続けた。
「俺たちは榊原隊長…センター長から主賓を確保するように命令されたんだ……内調は再び我々の敵となったのだ」
「あ、そう。だったらあたし達と考えは同じってことね。今後の事を考えると戦力はあるに越したことは無いから一緒に行動しましょう」
このさゆりの発言に驚いて山本兄が主賓を抱いたまま近づいて来る。
「おい……こいつら大丈夫なのか?」
「第2特殊部隊は榊原派だし、あたしは主賓奪還作戦の時にこの人達と一緒に行動したこともあるから大丈夫だよ。兄貴」
「わかった…ちょっとその辺から乗り物を調達してくる」
主賓をその場に寝かせると、山本兄はさっと姿を消した。
「ほんと、兄貴は頑丈だなぁ…」
さゆりは身体を動かすのがやっとの状態なのに、真一は普通に動いていたのである。
その時、別の声が聞こえてきた。
「…お前ら、勝手に話を進めるなよ…」
さゆりと黒田はその声に反射的に身構えた
佐藤千佳は右手で左脇腹を抑えながらゆっくりと立ち上がった。
「…このまま主賓を奪われたら、あたし達の立場も面目もあったもんじゃないんだけど。超ウケる」
黒田もよろよろと片足で立ちあがるとレーザーガンを構えた。
その姿を見て、千佳はヘルメットのバイザーを上げると驚きの声を上げた。
「うは!マジか!レーザーガンの直撃を受けて貫通しないなんて、新型ボディスーツマジ神がかってるわ!」
「ああ。正直、俺も驚いている。だが、やはり衝撃までは抑えられないようで、かなりのダメージが残っている」
黒田は苦笑しながら答えた。
そこへ割って入るようにさゆりが口を開く。
「佐藤千佳。あんたまだあたし達に敵対する気なの?」
千佳は脇腹を抑えたまま、視線だけをさゆりへ向ける。
「あんた達、焦り過ぎ。あたしだって内調の捨て駒なんてまっぴら御免さ。車の中で主賓には伝えていたけど、一時的に拘束するフリをして内調へ連れて行くけど、他の特殊部隊に連絡を付けた後に助け出す予定だったんだ……それなのに、これじゃこちらの作戦も水の泡だわ」
「は!?だったら先に言っておきなさいよ」
さゆりは腰に手を当てたまま吐き捨てた。
「どうしてお前に言う必要があるんだ?お前には関係無い事だろ!?」
千佳が視線だけをさゆりに向けたまま答える。
さゆりはこれを受けてムキになって言い返す。
「あたしだって拘束されて連行されたじゃない!」
「それはお前が抵抗したからだろ?そもそも用があったのは主賓だけだ。お前は引っ込んでろ」
引っ込んでろと言われて素直に従うようなさゆりでは無かった。
「あたしも超能力者なんだから関係あるっての!」
「どこの部隊にも所属していない馬の骨になんて用は無いって言ってるのにわからんかねぇ……そんな事よりもあんた…」
さゆりとの話を打ち切った千佳は、黒田の方に向き直り話を続けた。
「……主賓を確保した後の計画を教えてくんない?」
「あ?あ、ああ……」
突然話を振られ黒田は口籠ってしまったが、すぐに気を取り直して話し始めた。
「先ずは超能力者とその関係者達を、内調の力が及ぶ前に緊急招集をかける。もちろん、内調に留まる者も現れるだろうが、志ある者だけを集めた後に内調に対して反抗行動に出る」
「わはははっうっ!……いててて……反政府同盟復活ってか……面白そうじゃん!」
千佳は笑った拍子に痛めた脇腹に激痛が走り、右手で脇腹を押さえてうずくまった。
「一緒に来てくれるのか?」
「当たり前だろ……でも、お互いにボロボロでほとんど機能しない部隊になったけどな!これで特殊部隊とか超ウケる!」
倒れていた第1、第2部隊の隊員たちはやっと体を起こし始めていた。
それを見ながら千佳は楽しそうに自分の意思をはっきり言った。
「……特殊部隊の中でも攻撃型の第1、第2部隊が潰しあったんだから無理も無いか……まぁ、誰一人失わなかったんだから善しとすべきか」
「よし。そうと決まれば善は急げだ。どこに集まる予定だったんだ?」
千佳の問いにニヤリと笑いながら黒田は答えた。
「俺達が集まる場所は決まってるだろ?」
黒田の言葉に千佳も空いている左手で親指を立てる。
「イヒヒ。そうだったな!帰ろうぜ!あの場所へ!」
その時、一台の路線バスがやってきた。運転しているのは山本兄だった。
「グッドタイミング!お前の兄ちゃん、空気読むの上手いな」
千佳がさゆりに向って話しかける。
だが、さゆりはむっとした表情だ。
「勝手にあんた達だけで話を進めて、あたしはガン無視!?」
むくれているさゆりを見て、バスから降りてきた山本兄がさゆりに話しかけた。
「どうした?さゆり?」
そこへ千佳が割って入る。
「あんたの妹、難しい年頃みたいね?みんな和解してこれから力を合わせようって時に、何だか一人で怒ってるみたい」
「そうなのか?さゆり?」
「兄貴!簡単に言い包められないでよ!?」
3人のやり取りを見ていた黒田が呆れながら話に割り込む。
「そんな事より、さっさと負傷者をバスに運ぼうぜ。野次馬が集まりつつあるぞ」
「へーい」
周りを見ると、ビルの中から出てきた野次馬たちが遠巻きに取り囲んでいた。
千佳と真一は負傷者の所に移動すると、負傷者をバスへ運び始めた。
もちろんさゆりも手伝うが、心の中では、
(また『そんな事より』であたしの話しを打ち切られた……)
と、不満を募らせていた。
◆
白い部屋。数人の子供達。
一人の子供があたしの肩をドンと押してくる。
それを合図に、残りの子供達があたしを囲んで小突いたり、蹴ったりしてくる。
わたしは泣きながらそれに耐える。その時──。
「お前ら、やめろよ」
静かに、だが力強い声が真っ白い部屋に響いた。
子供達は手を止めると、すぐにその声の主の元に駆け寄るとご機嫌を取り始める。
わたしはゆっくりと顔を上げ声の主を見ると、開口された円筒状のカプセルの淵に腰掛けた一人の男の子がわたしを見て微笑んでいた。
「大丈夫かい?」
男の子の言葉に、わたしはすぐに視線を外してうつむくと、真っ赤になりながらコクリと頷いた。
「そう。良かった」
男の子はそう言うと、カプセルに入って行った。
わたしは胸のドキドキが止まらず、両手で胸を押さえて立ち尽くしていた。
そう──。この感覚──。わたしはあの男の子が好きだった──。
303が好きだった──。
(──好きだったのに!)
カプセルから異常動作音が鳴り響き、同時に周囲のコンピューターからアラート音が鳴り始める。
わたしは驚いて、何もできず、ただ茫然とカプセルを見る事しか出来なかったが、気が付くとわたしはカプセルの前に立っており、その右手にはレバーが握られていた。
(わ、わたしじゃない……わたしじゃない……)
景色がぐるぐる回る。
「何をやっているんだ!」
わたしは白衣の大人に突き飛ばされ床に転がった。
怒鳴り声が響き、反響する足音。慌ただしくコンピューターを操作する大人たち……。
ガタガタミシミシ金属が軋む音。
恐ろしくなり床を凝視しガタガタ震えるあたし。
その時、突然白い部屋が眩しい光に包まれる……。
わたしは顔を上げると、光の中から一人の女性の姿がゆっくりと現れるのを見た。
逆光となり、その姿や顔ははっきり見えないが、その暖かく何もかもを包み込んでくれるような雰囲気が心を落ち着かせてくれる。
その女性はあたしに向って優しい口調で話しかけてきた。……いや、正確には心に直接伝えてきた。
『あなたはこの子が好きですか?』
この子?……ああ。カプセルの中の303の事……。好き、大好き。大好きだったのに……どうしてこんな事に!
『落ち着いて。あなたは悪くない。その好きという気持ちが大きくなりすぎただけなの』
わたしは涙を流しながら頷くことしか出来なかった。
『あなたはこの子を守ってくれますか?』
わたしが……?守る……?
303は助かるの!?本当に助かるの!?
助かるのなら……本当に助かるのなら……
「わたしが守る!」
パチンという音が鳴り、わたしは気を失った──。