表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/31

朝鮮共和国、侵攻3

■朝鮮共和国、侵攻3

 

 『中国連合軍の最前線が突破された模様。現在情報を確認中!』

 

 突然、ミサイル護衛艦『こうき』へ報告が入った。

 この報告を聞き、榊原はすぐに内調へ情報確認を行い、瀬川艦長も今後の対応について幕僚長に確認中のようだ。

 小野寺可憐も第4特殊部隊のメンバー5名を食堂に招集し、全員に聞き込みを行っていた。

 どんなに近代化され、様々な情報が上がってきたとしても、それを整理し的確に分析できなければ全く意味を成さないのである。

 特にこのような戦争という状況下においては、情報統制や妨害と言った要因もあり、それぞれの国の思惑も加味されるため、正確な情報を得るのは困難となるのだ。

 30分後、やっと状況がわかってきた。まとめると以下の通りとなる。


 ・中国連合軍の最前線は突如沈黙し、朝鮮軍に突破された

 ・敵は長江まで迫っており、遅くともあと3時間程度で上海に到達予定

 

 「……で、詳細は現在も確認中」

 

 榊原がお手上げとも言わんばかりに両手をひょいとあげて言うと、瀬川艦長が続いて口を開いた。

 

 「米軍でも情報を収集中ですが、はっきりしている事は、中国連合軍の前線が突破されたという事です。しかし──」

 

 瀬川艦長が厳しい表情で首を左右に振りながら尚も話を続ける。

 

 「──朝鮮国内から上海に向けてミサイルの発射連絡があってから、1時間も経たない内に前線が突破されるなんて考えられません。あまりにも早すぎます」

 「一つ考えられることがあります」

 

 瀬川艦長の言葉に可憐が答える。

 榊原はこのタイミングで可憐が発言したことで、ある可能性について思い当たった。

 

 「ま、まさか……」

 「榊原さんはお気づきになったようですね……そうです。超能力者です」

 

 可憐ははっきりと断言した。

 

 「いや、ちょっと待て、それはあり得ないはずだ。何万人という中国連合軍の防衛線を簡単に突破できるほどの超能力者なんてそうはいないぞ!?……それが朝鮮にいるなんて尚更あり得ない」

 

 榊原の言葉の後半はほとんど独り言のようなつぶやきになっていた。

 だが、可憐は榊原に向って更に語り始めた。

 

 「むしろ何万人という中国連合軍の防衛線を一瞬で突破できるのは超能力者以外にあり得ません。それに報告でも『中国連合軍の最前線は突如沈黙した』とあったはずです。砲撃されてとか、前線が敵の攻撃を支える事が出来なくなって…ではなく、突如沈黙したのであれば、これは超能力による精神攻撃以外に考えられません」

 「だが、防衛線は少なくとも5キロ以上に渡って展開されているはずだ。これほどの広範囲を一瞬で沈黙させるほどの能力とは一体…」

 

 可憐の意見に榊原は動揺を隠せない様子だったが可憐は冷静だった。

 

 「おそらく私と同等かそれ以上の能力を持った超能力者が朝鮮にはいると考えた方が良いでしょう」

 

 ランクAの可憐以上の超能力者……。

 可憐のこの発言は超能力者を良く理解している榊原にとっては、絶望を感じさせるほどの事であった。

 今の日本において、可憐より上位の超能力者などほとんどいないのである。

 

 (そう考えると、今現在の最大の戦力である第4特殊部隊をぶつける以外になく、偶然第4特殊部隊はここにいる…。偶然?…本当に偶然か?)

 

 新任の防衛大臣が直々に依頼してきた今回の第4特殊部隊の乗艦……まるで今回の件を事前に知っていたかのような対応だ。

 そうじゃなければ超能力者を他国の目に触れる可能性がある場所へ派遣するはずがない。超能力者についてのあらゆる情報はトップシークレットなのだ。

 

 『中国連合軍の最前線の映像が入りました』

 

 この声に榊原と瀬川艦長は個人所有のタブレットを、その他の乗組員は据え置き型のモニターの前に集まった。

 流れ始めた映像には累々と眠るように倒れている中国連合軍の姿が映し出されていた。

 スパイ衛星にて録画されたと思われる映像は、上空からの俯瞰視点の映像であったが、見渡す限り人が倒れており、主を失った戦車や軍用車輌が暴走、衝突、炎上する映像が流されていた。

 この映像を見る限り朝鮮軍は何もしておらず、単に屍の中を行軍しているだけのように見えた。

 

 「やはり精神破壊のようね……」

 

 可憐がつぶやく。

 たしかに死体にはほとんど損傷はなく、周囲にも爆発や銃撃の痕跡は確認できなかった。

 

 「何が起きたのか理解できず、中国連合軍は混乱しているでしょうね」

 「ああ、そうだな……」

 

 可憐の言葉に、榊原は半ば無意識で相槌を打っていた。

 そこで瀬川艦長が静かに口を開く。

 

 「最大の問題は今後我々はどう動くべきなのか、です」

 「まだ上からは連絡は無いのですか?」

 

 榊原が瀬川へ向かって訊ねたが、瀬川は首を横に振り答えた。

 

 「まだ何も指示がありません。現状のまま待機せよ、です」

 「今から上海へ向かっても5時間ほどかかるはずだし、朝鮮海軍が待ち伏せしている可能性もある。かと言って、このまま待機していては、上海はおろか杭州も奪われる可能性がある……か」

 

 榊原はタブレットを持ったまま腕組みをして話しを続ける。

 

 「焦点は『超能力者の扱い』だな」

 「そうね。やはり日本政府としては、超能力者を他国へ派遣してその能力を使わせるのは、今後のことを考えてもなるべく避けたいでしょうね」

 「ああ。もしも戦果を上げてしまったら、今後の戦争には超能力者が必要不可欠となって行くだろう。そうなると超能力者を日本で独占している現状において、日本は他国から非難の的となるだろう…」

 「私たち超能力者は道具じゃないのですがね」

 「その通りだ。そうなると、また超能力者達が反乱を起こしかねない。一日戦争という経験は無駄となる訳だ」

 

 しばらくの間、榊原と可憐が答えが出ない問答を続けていたが、それもすぐに収まり艦橋には静寂が訪れた。

 命令が無ければ動くこともできず、命令されれば嫌でも動かねばならない。

 ならば……命令に備えて今の内に出来る事をやるしかない。

 瀬川艦長は全艦宛てに食事を取るように指示した。

 

 

 ◆

 

 「…113はどうか?」

 『気を失っておりますが命に別状はありません。現在ヘリにて帰還中です』

 「わかった。キム・ソギョンに繋げ」

 『キムだ』

 「私だ。状況は把握しているな?」

 『承知している。こうも呆気ないとはな…』

 「覚えておくがいい。これからの戦争の姿はこうなるのだ。そして、超能力に対して国際ルールが構築されるまでが勝負となる」

 『それまでに東南アジアを攻略するという事だな?』

 「そうだ。すでに走り出したのだ。もう戻ることは出来ないと知るがいい」

 『承知している』

 「それならば問題はない。…ところで、そちらで開発した超能力者は10名だったな。それを全て前線に投入せよ。一気に香港まで制圧する」

 『承知した』

 

 倉本は通信を切ると上空9千メートルの機内で、悠然と赤ワインを嗜んでいた。

 政府専用機ではあるが、小型ジェット機であるため機内はそれほど広くは無かった。だが、小型であるが故に長い滑走路を必要としないため、非常に運用しやすいというメリットがあった。特に秘密裡で行動している倉本にとっては、目立たない場所に着陸することもあるので非常に役立っていた。

 

 全ては順調に進んでいる……。

 ソギョンもあの状況を目の当たりにした今、私を裏切ることは無いだろう。

 

 (残るは…)

 

 「花橘楓をここへ呼べ」

 

 すぐに楓は機内後方にある執務室にやってきた。倉本のデスクを挟んだ反対側のシートに着席する。

 

 「どうだね?協力する気になったかね?」

 「1ヶ月以上に渡る特殊ボディスーツとレーザーガンのテストで協力はしたつもりです」

 

 楓は相変わらず無表情で淡々と話す。

 

 「それには感謝している。その結果を踏まえて私の直属の部下にならないか、と聞いているのだ」

 「ですから、それはお断りしたはずです」

 「これは正式な人事異動なのだ。組織の者として命令は絶対だ」

 「そもそも組織に与したつもりもありませんが、その組織を辞めさせていただいても構いません」

 「……」

 

 会話は完全に膠着状態となった。

 倉本としては楓の能力を是が非でも自分のものとしたいのだが、もしもそれが叶わない場合、これほど危険な人物を野に放つことは、今後の自分の野望を達成する上で障害となる可能性がある。

 倉本は腕を組みながら話を続けた。

 

 「それほどまでに主賓の警護が大事なのかね?すでに彼に対する脅威はほとんど無いはずだが?」

 「これはわたしに与えられた使命であり責務です。わたしのこの能力はシロ……主賓のためにあるのです」

 

 浅く腰掛け、表情を全く変えずに話をする楓。

 そのせいもあり、倉本は楓の考えを全く読むことが出来なかった。

 

 「そこが良くわからないのだ。どうしてそこまで主賓に固執するんだ?」

 「それがわたしの罰であり、大いなる力をいただいた理由でもあります」

 「……」

 

 どんなに理由を聞いても花橘楓の話しはこんな調子で、何ら具体性もなく解決策もないのであった。

 だが、このままでは埒が明かないのも事実……倉本は奥の手を出すことにした。

 

 「君がこのまま私の命令を聞かなければ、主賓にとってもあまり良い事では無いのだがな?」

 

 一瞬、楓の眉毛がピクンと跳ねる。

 

 「なるほど。やはりそう来ますか……」

 

 楓はうつむきながら呟くように話し始めた。

 

 「シロを人質にして、無理やり言う事を聞かせるのが人事異動と言えるのでしょうか?」

 「ふっ。もはや人事異動などどうでも良い。君は私の言う事に黙って従えば良いだけだ」

 

 その言葉を聞いた瞬間、楓はデスクの上に飛び乗ると、倉本の喉元に手刀を放ち喉仏まで数ミリの所でピタリと止めた。

 それは一瞬の出来事であったが、倉本は顔色ひとつ変えずに黙って楓を見ていた。

 

 「もしもシロに何かあった場合、わたしはあなたを許さない」

 「主賓にもしも何かあった場合、私を殺すのは良いだろう。だが、本当にそれで良いのか?主賓に何かあってからでは、それはもう遅いのではないのか?」

 「……」

 

 楓はそれには返事をせず、体勢も維持したままであったが、倉本は手応えを感じていた。相手が無言なのがその証拠だ。

 

 「君は主賓を守るために生きていると言った。だが、結果的には君の傲慢のせいで主賓の生命を脅かしている事に何故気付かない?君が私に従えば主賓の生命は必ず保障すると言ってるのだ」

 「そんな約束は信じられない」

 「信じるか信じないかは君の問題だ。だが、仮に私が主賓を殺したとして、私に何のメリットがあるというのだ?私は主賓という実験サンプルを失い、更に君は私から離反し私の命を狙うだろう……むしろ主賓の命が私たちを結びつけているのだよ」

 「……」

 

 さすがに内調のトップまで上り詰め、今では陰で首相をも操るほどの男である。完全に楓は言い負けた状態だった。

 ……だが、それでも楓にはまだ望みがあった。それは、自分が頼み込んで代役をお願いした人物…山本さゆりの存在だった。ランクBの彼女が志郎を守っている限りは、そう簡単には志郎に危険が及ぶとは考え難かった。

 しかし、ここは上空9000メートル。さすがに楓も強行手段を取ることは出来ない。

 楓は予備動作もなく、一瞬で元の自分のシートに戻るとスッと着席した。

 

 「わたしに何を求めているの?」

 「ふっ。やっと話を聞く気になったか…」

 

 倉本は楓がいなくなったデスクに両肘をつき、顔の前で両手を組むと話を続けた。

 

 「この機は今、北京を飛び立ち南京へ向かっている──」

 「中国の地名を言われてもわからない」

 

 すかさず楓が異論を唱えるが、倉本は構わずに話を続ける。

 

 「──南京にしばらく滞在し、タイミングを見計らって陸路で杭州に向う予定だ……君には一緒に来てもらう」

 「目的は?」

 「現地で別途説明する」

 「それでは話にならない」

 

 楓は立ち上がると執務室を出ようと歩き出す。

 その楓の背中に向って倉本は話しかける。

 

 「君の意思に関係なくこの機は南京へ向かっている。日本に戻るまではどちらにしても一緒に行動するしかないのだよ」

 

 その言葉が終る間もなく楓は執務室を出ると扉を閉めた。

 倉本が何をしようとしているのかわからない楓であったが、このまま倉本に係わるのは危険だということは感じていた。

 そもそも新型のボディスーツとレーザーガンを使用するのは特殊部隊だ。どこの特殊部隊にも属していない楓が長期テストを行うのは、当初からどこかおかしいと感じていたが、まさかこのような事態になろうとは思ってもいなかった。

 やはり志郎の警護だけに専念すべきであったと、今更ながらに無表情で後悔する楓であった──。

 

 

 ◆

 

 俺はご飯とインスタントみそ汁に、目玉焼きとウィンナーを乗せた皿をテーブルに置くと、TVを見ながら朝食にありついていた。

 対面には何故かさゆりも同じ飯を黙々と食っている。

 俺は箸を茶碗に置くと、腕組みをして口を開いた。

 

 「どうして山本妹の朝飯まで、俺が面倒を見なきゃならんのだ?」

 

 そうだ。警護をしてもらっているとは言え、別に俺が頼んだわけでもなく、飯の時だけ勝手に人んちに上り込んできて当然のように食ってるのが気に入らないのだ。

 

 「だってあたしの分もちゃんと用意されてるじゃん。だったら食べないと勿体ないと思わない?」

 「用意してなかったら家の中で暴れるだろう!この家はボロいんだから、お前が暴れたらマジで簡単に全壊するぞ!?」

 「あんた、ご飯食べてる時に喧嘩売るとはいい度胸ね…」

 

 さゆりは無意識で精神集中に入る。

 途端に周囲の壁や天井からミシミシと異音が聞こえ始め、窓ガラスもカタカタと細かく振動している音が聞こえ始めた。

 

 「こら!やめーい!」

 

 俺はパシっと軽くさゆりの頭を叩いて精神集中を止めさせる。

 

 「お前はこの家を崩壊させたいのか!?」

 「ちょっと精神集中しただけで異音が鳴る家って、ある意味超能力センサーのような家ね……」

 

 さゆりは驚きとも感心とも取れる表情でつぶやいた。

 ふとテレビを見ると、相変わらず朝鮮の中国侵攻のニュースが流れていた。

 どうやら上海の防衛線が突破され、朝鮮軍は上海の目前まで迫っているようだが、今現在の両軍の動きについては情報統制がかかっているのか、はっきりしないようだった。

 だが日本は気象衛星や通信衛星などの理由で、何基も人工衛星を打ち上げているが、実のところ朝鮮半島や中国、台湾、ロシアなどを監視するスパイ衛星としての役割も担っており、少なくともほぼリアルタイムで戦況を把握しているはずだが、理由はわからないが国連としても日本としても目立った動きは無いようだった。

 そこで一緒にニュースを見ていたさゆりが思い出したようにつぶやく。

 

 「そう言えば、うちのセンター長さんと第4部隊がまだ帰って来ないみたいだけど、あれって確か朝鮮が上海へ侵攻するってタイミングでいなくなったような…」

 「楓もまだ帰って来ないし……何か関係があるかも知れないな…」

 

 俺も何気なく答えたが、それにさゆりが喰いついてきた。

 

 「そうだよ!絶対裏で何かあるよ!あたし達の知らない所で何かが動いてるよ!」

 

 興奮した様子でさゆりが立ち上がって力説する。

 俺が「まぁまぁ」となだめてさゆりを座らせ更に続けた。

 

 「そりゃあ戦争だからな。謀略の限りを尽くすのは当然だろう……だけど、超能力者が絡んでくると話は変わって来るな」

 「そうよ。超能力者が一人いるだけで戦況は大きく変わる可能性があるんだから」

 「だとすると…そのセンター長と第4部隊だっけ?…それと楓はかなり危険な状況だな……」

 「あんでよ?」

 

 さゆりの問いに俺は自分の顎を右手で摘みながら話を続ける。

 

 「日本政府としては『超能力者は他国へ流出させたくない』というのが絶対的な方針のはずだ。それはクリリンの件を取ってもはっきりしているし、超能力者が国外への出国が禁止されているのもそのためだ。だが、第4部隊と楓が朝鮮の中国侵攻に絡んでいるとしたら、それは日本政府としての意向というよりは、その裏で暗躍している者の指示と考えるのが筋だろう。そしてそいつは超能力者を簡単に動かすことが出来る力があり、他国とも太いパイプがある人物のはずだ」

 「榊原さんでさえその命令には背けない人物……ま、まさか…!!」

 

 さゆりは信じられないという表情で茶碗と箸を持ったままフリーズした。

 その瞬間、玄関のドアがガチャリと開き、旧型の特殊ボディスーツにレーザーガンを構えた者達が押し入ってきた。それは武装した特殊部隊であった。

 さゆりは完全に虚を突かれており、全く動けなかった。

 ダークグレーの特殊部隊の一人が銃を構えながら前に出ると、聞き覚えのある声で話し始めた。

 

 「何やら不穏な会話が聞こえてきたんだけど超タイムリー!マジうける!」

 「そ、その声にその喋り方は……千佳さんか!?これは一体なんですか!」

 

 俺はヘルメットで顔は見えないが、おそらく佐藤千佳であろう人物に正対するように体を向けた。

 

 「ちょ!……押し入って数秒で顔バレとか笑えるんだけど!」

 

 千佳はお腹を抱えて爆笑していたが、他のメンバーは銃を構えたままピクリともクスリともしなかった。

 さゆりはその場ですっと立ち上がると、両手を腰に当てながら千佳に向って口を開いた。

 

 「……で?第1特殊部隊がこんなボロ家に何か用?」

 

 その声に千佳は笑いを止め、ヘルメットのバイザーをはね上げて顔を見せると、志郎に向って話し始めた。

 

 「主賓……佐藤志郎には内調より拘束命令が出た。すみやかに投降せよ……ってこと。そしてこれがその命令書。必要ならあんたの端末に送るけど?」

 

 そう言いながら、別の隊員がタブレットに表示された命令書をこちらに見えるように提示した。

 

 「要りません。それよりも、拘束理由が明確ではありません。いくらなんでも『内調の命令』だけではあまりにも横暴です」

 「そうそう!特殊部隊は横暴であり、乱暴なんだよ?」

 

 そう言うと、千佳は俺の腕を取ると後ろ手に腕を極めようとする。

 そうはさせじと、さゆりがテーブルを飛び越えて千佳の手を掴もうと左手を伸ばした瞬間、千佳が志郎を掴んでいた手を引っ込める。

 さゆりの手は空を切ると、前のめりに体制を崩した。

 そこへ千佳が足を引っ掛けると、たまらずさゆりは前方へ倒れ込む。

 すかさず隊員がレーザーガンをさゆりのコメカミに押し付ける。

 ……力の差は歴然であった。

 

 「よ、予知能力か!?」

 

 さゆりはそれだけを何とかつぶやいたが、千佳はそれには気にも留めず、レーザーガンを構えたまま志郎に向って一歩踏み出した。

 

 「あんたには何の恨みも無いし、捕まえたことで今後あんたに何があろうとあたしには知ったことじゃない。あたし達は単に命令に従って行動しているだけだ。観念するんだな」

 「ちょっと待ってくれ!千佳さん!話を聞いてくれ!」

 

 俺は大きな声で千佳に訴えかけた。

 だが、千佳は表情を変えずに答えた。

 

 「話は聞かない」

 「ど う し て ! ?」

 「あんたの話しを聞いたところで、あたし達へ下された命令は変わんない。だったら速やかに命令を遂行すべきだし、そもそもあんたの話しは要領が悪いから聞くのが面倒なんだよね」

 「それはあたしも同意せざるを得ないわ」

 

 さゆりがうつ伏せで銃を突き付けられながらうんうんと頷く。

 それには構わず俺は叫び続ける。

 

 「千佳さんだって超能力者の今後を憂えるからこそ、一般人と一緒にアルバイトをしていたんだろ!今、超能力者が非常に危険な状態なのがわかっていないのか!?」

 

 俺の言葉を受けても千佳は表情を崩さずこちらを見ていたが、やがてゆっくりと口を開いた。

 

 「……お前たちがさっき話していた事か?」

 「そうだ!」

 

 俺はここぞとばかりに力を込めて話を続けた。

 

 「今現在、第4部隊と楓は中国に送り込まれた可能性が高い。これは明らかに日本政府の考えに反する行いであり、このまま放置すると超能力者はやがて『戦争の道具』として世界中の紛争の矢面に立たされる可能性が高くなるんだ!……そして、それを指示している人物こそ、あなた達第1部隊に俺を拘束するよう命じた者なんだ!」

 「どうしてそう思うんだ?」

 「簡単な事だ。楓に言う事を聞かせるには、俺の命を担保に交渉するのが一番効果的だからだ。楓が俺に固執している事は千佳さんだって知っているだろう!?このままでは楓は俺のせいで戦争に駆り出され、それこそ吸血姫として戦場に血の雨を降らせることになるかもしれないんだ!」

 「……」

 

 千佳が黙り込んだ。

 まだチャンスはある。ここで押し切るんだ!

 

 「ここにいる第1特殊部隊だって元反政府同盟のメンバーだったじゃないですか!内調は今や完全に独立した動きを見せています!このまま内調の手下となって動けば、きっと超能力者たちには悲しい結果が待っているはずです!千佳さん!目を覚まして下さい!」

 「……」

 

 俺の話が終っても、この狭い部屋にいる者は誰も口を開かず微動だにしなかった。

 千佳はゆっくりと息を吸うと一言だけ発した。

 

 「……話は済んだか?」

 

 その言葉に俺は凍りついた……千佳には俺の言葉が届かなかったのか!?

 さらに千佳は続けて指示を出した。

 

 「…主賓を拘束し連行しろ!」

 

 俺にとっては希望が絶望に変わる瞬間だった。

 

 

 ◆

 

 上海郊外で行われた戦闘は熾烈を極めた。

 北部の前線を突破し勢いに乗る朝鮮軍であったが、相手は最新装備の中国連合軍である。

 超能力者がいない状況で単純に兵器戦となれば、遠征の疲労もあるため朝鮮軍は苦戦を強いられていた。

 また、海上にあっても中国、アメリカ、台湾の連合軍に阻まれ、朝鮮艦隊は上海へ近づくことは出来なかった。

 連合軍にとっては、ここが上海の最終防衛ラインであり、もしも突破されれば上海はほぼ陥落されるという重大局面であるため、内陸側からの支援を受け、徐々に戦況を盛り返しつつあった。

 

 「ミサイル攻撃はどうなっているか?」

 「すぐに発射できるミサイルはございません。全て撃ち尽くしました」

 

 ソギョンの問いに悲痛な口調で側近は答えた。

 更にその隣の側近が戦況を報告する。

 

 「現在、上海中心部から北に45キロ地点で中国連合軍と交戦中ですが戦況は不利」

 「空・海の援護および補給は期待できません。このままでは長江以北まで押し戻される可能性があります」

 

 ソギョンは腕を組みながら考える。

 敵の防衛線があった南通市まで退き、上海攻略の足掛かりを構築し持久戦に備えつつ、一方で超能力者を内陸へ派遣し外堀から埋めるのも悪くないだろう…。

 

 「よし。内モンゴル、ウイグル、チベットに独立を認める代わりに、軍隊を中国領内に進軍させるように指示を出せ。同時に超能力者6名を2名1組で鄭州、武漢、合肥方面に派遣せよ」

 「御意」

 

 ソギョンの指示に側近が動こうとしたその時──。

 

 「待て」

 

 執務室のモニターに一人の日本人が映し出されていた。

 

 「私に黙って何をしようとしているのかね?」

 「あ、あなたは…クラモトさん」

 

 ソギョンは背筋を伸ばすとモニターに向って敬礼する。

 倉本も軽く敬礼すると、話を続けた。

 

 「先ほど党首に電話をしたんだが会議中と聞いたので、こちらのネットワークに繋げさせてもらった。いや、本当に党首は独断が過ぎるな?」

 「申し訳ない。だが、今は上海攻略は難しいと判断し、内陸から攻略する方針に切り替えたのだ」

 「君は何もわかっていないな?党首ソギョン」

 

 倉本は首を横に振りながら椅子に座り直すと話を続けた。

 

 「いいか?中国は広い。全ての主要都市をいちいち構っていては戦力が分散し、補給路の確保も難しくなるだろう。だから私は当初から香港までの海沿いの都市に絞って攻略する作戦を立てているのだ。だが、それも全ての都市を攻略しようとは考えていない。それはどういう事かわかるか?」

 「……」

 

 ソギョンは答える事が出来なかった。

 だが、倉本はそれを予想していたので、別に気にすることも無く話を続けた。

 

 「……台湾だよ。今の中国を実質的に管理しているのは台湾の総統だ。つまり、台湾を攻め落とし総統に負けを認めさせれば、その時点で中国はこちらのものになるのだ──」

 「あっ……」

 

 そこまで言われてやっと気づくソギョン。そして倉本の言葉を引き継いで口を開く。

 

 「……そのためには速やかに上海を攻略し、そこから一気に台湾へ攻め込む必要があるということか…」

 「その通りだ」

 

 倉本はモニター越しに頷く。

 

 「多少強引でも、連合軍の増援が来る前に決着をつける必要があるのだ。私が国連を抑え込むにも限度はある……つまり時間が無いのだ。速やかに全超能力者を上海攻略部隊に合流させ、一気に決着をつけるのだ」

 「承知しました」

 

 倉本の指示にソギョンは答えると、すぐに側近に向けて超能力者10名を、上海攻略部隊に合流させるように指示を出した。

 その様子をモニター越しで見ていた倉本は「それでいい」と独り呟いた。

 倉本は通信を切ると、自らも行動すべく準備に入った。

 

 「当初の予定通り杭州へ向かう。全員ただちに出発の準備をしろ」

 

 その命令はもちろん楓にも届いていたが、詳細は聞かされていなかった……。

 

 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ