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朝鮮共和国、侵攻2

■朝鮮共和国、侵攻2


 「外務省および内調国際部の調査によると、1月10日未明、突如、朝鮮共和国が中国の北京に攻撃を仕掛けこれを制圧。次いで天津も支配下に置いたと未確認報告あり。朝鮮は進軍と同時に中国に対して宣戦布告を行った模様。尚、北京に駐留していた国連軍は壊滅。詳細は不明。……以上が現在まで判明してる内容です」

 

 内閣情報集約センター長渡邊は報告を終えると着席した。

 ここ特別会議室にはまだ朝7時だと言うのに、内調の4センター長に加え、総務部門、国内部門、国際部門、経済部門という内調の全ての部門長が揃っていた。

 

 「ところで、このような緊急事態にうちのトップはどこにいるんですか?」

 

 超能力管理センター長榊原が、謎の死を遂げた鈴木の後釜に次官となった田中に向って皮肉たっぷりに質問した。

 田中次官は倉本の秘蔵っ子と言われており、周囲からは『倉本の操り人形』と揶揄されていた。

 30代前半に見える田中は、色白で輪郭は丸型で丸刈りにしており、眉毛は太く目は小さく丸いことから『雪だるま』とも呼ばれていた。

 

 「倉本情報官は極秘の所用があるため参加できません。居場所につきましても機密事項となります」

 「はいはい、そうですか」

 

 榊原は腕を組むと背もたれに体を預けた。

 田中次官は話を続けた。

 

 「現在、外務省から内調宛てに情報収集の支援要請が来ております。これを受けて内閣情報集約センターを中心に、内閣衛星情報センターと国際部門に協力してもらい情報を収集しているところです」

 

 これを聞き、内閣衛星情報センター長の飯田が口を開いた。

 

 「うちは他の部門やセンターと違って情報官の直轄組織なので、倉本情報官から直接指示が無ければ本来動けないのだがね?」

 「単なる組織体系だけでなく、セキュリティ面で考えても仰ることは理解しております。ですが、これは倉本情報官の指示でもあるのです。次官である私の独断では無い事をご理解いただきたいと思います」

 「わかっている。だからすでに作業には着手している。だが、これは特例と考えていただきたい」

 「承知しました」

 

 一連の田中次官と飯田主幹の話しを聞きながら、榊原は(同じ倉本の息がかかった者の中でも、対立している者たちもいるようだな)などと考えていた。

 

 「ところで、どうしてこうも容易く北京が落ちたのだ?朝鮮の動きは注視していたはずだし、北京の守りを考慮して国連軍を駐留していたはずだ」

 

 国内部門長が至極当然の質問を田中次官に投げかける。

 

 「それも含めて現在調査中です」

 

 これまた予め用意された回答をする田中次官。

 

 「ふん。結局、これ以上質問してもテンプレ回答をするだけで時間の無駄、ということだな?」

 「ご配慮感謝します」

 

 田中次官は軽く頭を下げると、続けて口を開いた。

 

 「では、緊急対策会議を終了します。次回の会議は本日13時からここで行います。各主幹は緊急事態につき外出を禁じますのでご了承ください。では解散」

 

 この瞬間、ここにいるメンバーは軟禁状態が確定し、田中次官以外全員が肩を落とした。

 

 

 ◆

 

 志郎は警備員の仕事を終えて、自宅でコンビニで買った弁当とカップ麺を食べながらテレビを見ていた。

 

 『──朝鮮共和国に対し国連は報復として、軍を編成して朝鮮へ派遣することを検討しておりますが、当時北京に駐留していたのは日本軍だけということもあり、国連加盟国は慎重な態度を見せているようです。一方、朝鮮軍は依然として南へ進軍している模様で、中国は上海を重要防衛拠点に指定して迎え撃つ準備をしている模様です』

 

 「物騒な世の中になったなぁ」

 

 志郎はカップ麺をすすりながら独り言のようにつぶやく。

 

 「でも、朝鮮は何をやりたいんだろう?」

 

 さゆりが志郎と同じ『唐揚げ弁当』を食べながら誰ともなしに質問した。

 

 「さあな。一般人の俺よりも、むしろお前の方が詳しいんじゃないか?」

 「こんな所でしょーもない奴を警護している時点で、あたしには情報なんて入ってこないっての」

 

 そう言うと、さゆりはから揚げを口に頬張って「やっぱ、唐揚げ最高!」と幸せそうな表情を浮かべている。

 

 「べふにひやなら……ゴクリ……警護なんていらないぞ?」

 「わはってるはよ!……ンぐっ……あたしだってこんなボロい家になんて入りたくないし!でも姫……花橘が半分脅しながら頼んできたんだから仕方ないじゃない!」

 「ていうか、楓は……ズズズ……どこに行ったんだ?」

 「知らない。『別件でしばらく留守にするからシロを頼む』としか言われてないから」

 「ああ、特殊部隊にも所属していなくて、暇な奴と言ったらお前くらいしか頼める奴がいないしな」

 「あんた……ランクBの力を舐めたら命が無いわよ?」

 

 ギロリと睨むさゆり。

 それを見てふと思い出したように志郎が口を開く。

 

 「そう言えばお前、佐藤千佳っていう女性知ってる?」

 「藪から棒とはこの事ね……えーと、もう3人しかいないランクAの一人ね。確か第1特殊部隊の隊長だったはずだけど」

 「そうそうその人。この間バイトで偶然一緒になってさ、危うく死にそうになった所を助けてもらったんだ。見た目は超こえーけど意外に面倒見がいいっていうか、真剣に今後のことを考えているって感じだった」

 「ふうん。興味無いけど、確か固有能力<ユニークスキル>の『予知』を持っていたはずだけど……まぁ予知と言っても、数秒先のことを直感的にイメージできる程度って聞いたことがあるわ」

 「なるほどな……」

 

 だからあんなに短い時間の中で、遠くから駆け寄りダンプを止めながら俺を抱きかかえる事ができたのか……。普通、あの状況で俺が気を失って倒れるなんて思わないはずだからな。事前に知らなければ対処は難しかったはずだ。でも……超能力を使われなければ俺は気を失わなかったはずだが、さすがに予知ではそんなパラドックスまではわからないか……。


 ──でもちょっと待て。

 何か引っかかる事があったはずだ……。

 ふと正面を見ると、さゆりが最後の一つとなった唐揚げを箸で刺そうとしていた。

 

 「あ あ っ !!」

 

 俺はその時の事を思い出して大声を上げてしまった。

 さゆりはそれに驚いて、うっかり唐揚げを床に落としてしまった。

 

 「ぎゃあぁぁぁ!あたしの唐揚げがあぁぁ!!」

 

 さゆりはガックリと首を垂れると「こんなボロ家の床だと、3秒ルールも適用できないわ……」などと、どこで覚えてきたのか知らないが、謎のルールについてぶつぶつ口走っていた。

 それにはあえて触れず、さゆりに質問をぶつける俺。

 

 「さゆり、ちょっと聞いてくれ。その佐藤千佳って人と飯を食ってた時の話なんだけど……」

 「そんな話はどーでもいいわ!それよりもあたしの唐揚げどーしてくれるのよ!」

 

 さゆりはテーブルに両手をバンッとついて叫んだ。その姿は目が赤く光り、ショートカットの髪が逆立ち、漆黒のオーラが全身を包んでおり、まさに悪鬼のごとく怒っていた。

 

 「ちょ、おま、わかった…新しい唐揚げ買ってやるから…ちょ…落ち着け!」

 

 俺は何とか言葉を発すると、さゆりは静かに椅子に座ると一言つぶやいた。

 

 「絶対よ?」

 「もももも、もちろん!」

 

 さゆりは頷くと「で?」と短く聞き返した。

 俺もコクリと頷いてから続きを話す。

 

 「えーと、千佳さんとファミレスで飯を食ってた時なんだけど……」

 「千佳さん……」

 

 さゆりがぼそっと突っ込みを入れる。

 

 「な、なんだよ!?」

 「別に。もう下の名前で呼んでる仲なのかと思ってさ」

 

 何故かさゆりは不貞腐れている。

 

 「しょうがないだろ。どっちも苗字が佐藤なんだから名前を呼ぶしかねぇだろ」

 「どーでもいいけどね」

 

 話が進まねぇ……。とりあえずこいつの言う事にいちいち反応したら負けだ。

 

 「で、その時に突然楓が乱入してきたんだけど、姿を現したと思ったら、一瞬で銃を千佳さんの額にピタっと突きつけたんだよね」

 「……」

 「……」

 「……は!?」

 「え!?」

 「いやいや、それで話は終わり?だから何なの?」

 

 さゆりには全く話が伝わっていなかった。

 

 「いや、だから、千佳さんに予知能力があるんだったら、楓に銃を突きつけられる前に対処出来たんじゃないかってこと」

 「ああ、そういうこと?……あんた相変わらず要領を得ない話し方ね。聞いてる方は面倒になってくるんだけど?」

 

 さゆりはお茶を一口飲んだ後に話を続けた。

 

 「……あんた、あたしに答えを求めているようだけど、ぶちゃけ知らないとしか言いようがないわ。あたしには予知なんて能力ないから。……でもあえて答えを出そうとするのなら、二つ考えられるかも。先ず一つ目は、佐藤千佳は襲撃を予知していたが相手が花橘と知ってあえて何もしなかった。……だって敵同士でもないのに、いきなり公衆の面前で殺されることは無いはずだからね」

 「うん……まぁそうだろうな」

 「二つ目は、佐藤千佳の能力を上回るスピードで花橘が襲撃をかけた。この場合は、花橘の能力がとてつもないレベルに達していることを意味するわ」

 「うーん……」

 

 楓の能力はたしかにずば抜けたものを持っているのは俺にもわかる。だが、ランクAで隊長までやっている千佳さんよりも強いかっていうと、それは俺には判断できなかった。

 「さゆりはどっちだと思う?」

 「だから最初に言ってんじゃんよ?あたしは知らないってね」

 「そうだけど…」

 

 志郎はどうも釈然としなかった。

 楓は強い。でも……あいつはどれくらい強いんだ?──そうだ、そこがわからないから釈然としないんだ。

 俺はさゆりに思い切って聞いてみた。

 

 「さゆり。楓のランクはどれくらいなんだ?」

 

 すると、さゆりからは意外な言葉が返ってきた。

 

 「さあ?知らない?」

 「え!?なんで?」

 「なんでって言われても、知らないものは知らないし」

 

 どうしてさゆりは楓のランクを知らないんだ?

 

 「じゃあ、楓はランクが他人に知られないほど目立たなかったのか?」

 「いや、別名『吸血姫』と呼ばれるほどの有名人で、他の超能力者からはかなり恐れられていたけど?」

 「なのにランクは知らないと?」

 「うん」

 

 やはり納得できん!

 

 「じゃああいつのコードネームは?」

 「それも知らない。でも『姫』で通ってた」

 「マジか!?」

 

 たしか超能力ランクがC以上の人はコードネームを持っていたはずだ。楓ほどの力があれば間違いなくコードネームを与えられるはず……なのにさゆりは知らないという……ランクがわからない事と関係する気がするな……。

 

 「じゃあ、あいつは超能力者の中ではどんな存在なんだろう?コードネームもなくランクもないのに、この前のように特殊部隊の隊長に任命されるなんて不思議すぎるし、異例なことだと思うんだ」

 「そう言われれば確かにそうかも。……あたし達はそういうものだと思い込んでいたから、あまり不思議には感じたことは無かったけど……でも、異例といえば、他にもあるわよ?」

 「お?何だよ?」

 「花橘は帰る家があるじゃない?母親もいるし。それって小さい時から研究施設で暮らす超能力者にとっては異例なことよ?」

 「確かにそうだな……」

 

 楓……あいつ、しばらくは用事があるから会えないとか言っていたが、そもそもあいつが何者で、何をやっているのかなんて全くわかっていなかった。どうして俺に固執するのかさえ、ちゃんと聞いていないんだ。

 俺が楓について一人考えていると、さゆりがぽつりとつぶやいた。

 

 「ただ、一つ言える事は……花橘は今なお強くなっているわ」

 

 

 ◆

 

 一面砂と岩だけが広がる黄色い世界。

 植物はほとんど無く、強風は常に大地を吹き付け、砂塵が大気を黄色にする。

 まだ昼間だと言うのに、その砂塵は太陽光をも遮り、あたりは夜と間違えるほど薄暗かった。

 岩山で出来た断崖と断崖の間には、大きく曲がりくねった砂と岩でできた道が続いていた。昔はここが広い川であったらしいが、今ではそんな面影はどこにもなかった。

 そんな、人にとっては過酷な谷に、全身漆黒のボディスーツを着用した人間が直立してその時を待っていた。

 パーツのつなぎ目となる部分は赤色となっており、腰にはレーザーガンが装備されていた。

 更に同色のフルフェイスの情報端末ヘルメットを被っており、視界が悪いこの状況下にあっても、3次元レーダーと衛星情報により何の問題もなかった。


 その見つめる先約300メートルには、やや旧式の戦車5台が横一列に並んで停まっており、その後方に固定式レーザー砲が2門が並んで設置され、その両側に自走型25mm機関砲2台が配置されていた。

 さらにその後方には自走榴弾砲が2門配置され、左右の絶壁上には、大口径狙撃銃を構えた人間が2名ずつ配置されているのが見えた。

 それら兵器の照準は漆黒の人間ただ一点だけを狙っていた。

 つまり、この逃げ場のない谷底で、人間一人を相手にするためだけに、これほどの兵力を投入したのだった。

 

 漆黒の人間のヘルメットに通信が入る。

 

 『戦闘準備は良いか?』

 「いつでもいい。……だが相手の命の保証はし兼ねるが本当にいいのだな?」

 『構わんが、お前も命がけという事を認識しておけ』

 「了解」

 『それでは、一番中央の戦車が空砲を発射したら戦闘開始だ』

 

 通信が切れると、漆黒の人間はレーザーガンを抜き、直立した状態でその時を待った。

 永遠とも思える5秒が経過するが、戦車からまだ合図は無かった。

 

 (焦らす気か…)

 

 そう思った瞬間、合図の空砲が谷にこだました。

 それと同時に、戦車が順次水平射撃を行い、動きを制限するために機銃掃射が同時に行われた。

 辺りは着弾による爆発と機関砲の雨による砂煙で、視界が全く利かない状態となった。

 だが、更にそこに榴弾が降り注ぎ、轟音とともに爆発が起こる。その間も機関砲は掃射を続けており、戦車も適時砲撃を行っている。

 あまりの爆発音と衝撃波のため、周囲の崖が至る所で崩れ出す。

 絶え間ない爆発により大量の土砂が降り注ぐ。

 だが、その中にあって、全く影響を受けていない場所があった。

 直径3メートルほどの丸い球体状のその空間は、完全に外部から隔離された空間であり、その中を平然と漆黒の人間は歩いていた。

 すでに距離は200メートを切っており、尚も漆黒の人間は距離を詰める。そしてゆっくりとレーザーガンを構えた。

 この新型レーザーガンは、射程距離は50メートルほどしかないが、制圧モードを手動で解除することで出力リミッターも解除可能であった。

 だが、この者にとってはそんなスペックは些細な事だった。

 射程外であるためロックオンはされないが、バイザー上では敵を捉えており、それで十分だった。

 漆黒の人間はトリガーを1回だけ引いた。

 次の瞬間、大気が震え、爆発、爆風、砂塵、硝煙は全て消え去り、谷の幅約200メートルの空間の地面は綺麗に弧を描いてえぐられていた。

 その延長線上にあったはずの戦車類は跡形も無く消滅しており、地面は超高温のためどす黒く変色し白い煙が立ち込めていた。

 崖の上に展開していた狙撃兵は直撃はしていなかったはずだが、熱波をまともに浴び炭化していた。

 

 衛星回線でこの映像を見ていた指揮官は言葉を失った。

 

 (あれほどの攻撃を耐えてみせ、更にたった1発のレーザーを増幅させ、これほどの威力を生み出すとは……)

 

 新型のレーザーガンやボディスーツの実戦評価は別途行うとして、この者の能力はこのまま放置してはいずれ脅威となるだろう。

 だが──この者はあまりにも特殊で異質。

 現在進行しているミッションへの参加は全て拒否し、今回のテストも散々なだめて何とか実施に至っていた。

 『自分の能力は戦うためにあるのではなく、守るためにある』

 これは彼女の謳い文句であり、昔からストイックにこれを実行し続けている。

 

 今後、どのように対処すべきかもっと考える必要があるだろう……。

 

 

 ◆

 

 現在の中国は渤海をほぼ朝鮮に支配され、北海艦隊は事実上壊滅していた。

 これは早い段階で中国海軍の要衝である旅順が落とされたことが大きかった。

 残る東海艦隊に台湾の救援艦隊を含めた中国艦隊が、上海を中心に寧波と舟山に集結し、陸海軍が総力を結集して上海防衛にあたっていた。

 日本の海上自衛隊も、朝鮮艦隊が東シナ海へ出ると日本の領海を脅かす可能性があるため、黄海に封じ込めるべく第2護衛隊が展開し、『神の鉄槌』の影響を受けなかったアメリカの太平洋艦隊も台湾の北に防衛ラインを張っていた。

 

 「黄海は完全に閉鎖されたと見るべきか……」

 

 キム・ソギョンが戦況を確認しながら口を開く。

 

 「……だが、陸戦においてはこちらに分があり、渤海もこちらの支配下にある。長くなった補給線を確保するために渤海上の導線を活用せよ」

 「御意」

 

 執務室にはいつもの側近3名と、更に軍司令部のメンバー10名が会議テーブルについており、部屋にはソギョンが嗜む葉巻の煙が充満していた。。

 

 「他の準備はどうなっているか?」

 「はっ。中距離ミサイルの発射準備は整っており命令待ちの状態。上海攻略隊は中国連合軍と睨み合っておりますが、敵の防衛ラインが厚いため突破は難しい状況です」

 

 ソギョンは笑みを浮かべながら頷くと命令を出した。

 

 「敵は上海に戦力を集結させている。ここを突破出来れば破竹の勢いで進軍できるだろう。中距離ミサイルを明朝6時に発射。合わせて上海へ総攻撃をかける。かねてから通達の通り、上海攻略隊は敵の空襲だけに集中して対応しろ。空軍はその援護を行え。あとは例の者がやってくれるであろう」

 「御意」

 

 ソギョンは椅子に深く腰掛けると葉巻をふかしながら目をつぶる。

 

 (見せてもらおうか。日本の切り札の力を!)

 

 ソギョンはこの戦いに勝つことを確信していた。

 

 

 ◆

 

 2月10日。榊原は第2護衛隊旗艦『こうき』の艦橋にいた。

 

 「どうして俺はここにいるんだろう?」

 

 グレーのスーツ姿にライフジャケットを装備した榊原の独り言に、隣にいた瀬川艦長が反応した。

 

 「防衛大臣直々の命令です。諦めて下さい」

 「いや、だってあの防衛大臣って、いわくつき人事で就任した人じゃないですか。あれ何者何ですか?」

 

 瀬川は苦笑しながら帽子を取り、白髪頭を撫でながら口を開く。

 

 「一日戦争後に前の大臣が謎の解任、その空いたポストに無名の人物が就任した……これは首相の謀略か何かじゃないかって話もありますが、私のような末端の軍人にはわかりかねます」

 「自称末端の人がそこまで内情を知っていれば十分ですよ?」

 

 今度は榊原が苦笑しながら答えた。

 瀬川も笑いながら帽子を被り直すと、更に口を開いた。

 

 「榊原さんがどうしてここにいるのかを真面目に答えるなら、そちらにいる方のせい……という事になりますな」

 

 瀬川の視線の先には、上下小豆色のジャージに白のスニーカー姿の可愛らしい銀髪の少女が暇そうに夜の海を眺めていた。

 

 「まぁ、そういう事でしょうな」

 

 榊原も同意し銀髪の少女を見る。

 それに気づいた少女が榊原に向き直る。

 

 「私の噂話をしていたのですか?」

 

 ランクAの小野寺可憐が薄紅色の瞳で榊原を見る。

 

 「まぁ、そんなところです」

 

 榊原は肩をすぼめて答えた。

 すると、可憐はフワフワと空中を浮遊しながら榊原の目の前まで進むと訴えた。

 

 「私はもうこの艦に乗るのは前回の件で懲り懲りしています。それなのにまた私はここにいて、前回同様1日中ぼーっとしています……」

 

 可憐の話にいちいち大きく頷く榊原。

 

 「……これは新手の嫌がらせか何かですか?」

 「とんでもない!新任の防衛大臣が可憐さんをご指名したのですよ。で、その責任者である私までこんな所に……」

 

 涙ぐむフリをする榊原。

 それを見て可憐が疑いの眼差しを送る。

 

 「…その涙…幻影<ミラージュ>ですか?」

 「いやいや!違いますよ!本当に悲しんでますよ!……可憐さんには敵いませんね」

 「ところで……」

 

 瀬川艦長が話に割りこんでくる。

 二人は真面目な表情になり瀬川艦長を見る。

 

 「敵の動きが活発化してきたようです。朝鮮国内でミサイルの発射準備が進んでいると報告がありました。あわせて空軍基地も慌ただしくなっているようです」

 「いよいよ敵さんも動き出したか」

 

 榊原は自分の右手の拳を左手でパシっと受け止める。

 

 「でも、それって上海の話しよね?こっちに敵は来るのかしら?」

 

 可憐の疑問に榊原が両腕を組みながら答える。

 

 「来る可能性は無くは無い。だから俺たちはここにいる!」

 

 何の答にもなっていないことを明言する榊原。

 

 「私は夜型の人間です。朝になったら寝かせてもらいます。今回は第4特殊部隊全員が乗艦しているので、何かあれば他の隊員にお願いします」

 

 可憐はそう言うと、手を振りながら艦橋から降りようとする。

 

 「いやいや可憐さん。まだ朝になってないのにどこへ行くの!?」

 

 榊原は可憐の手首を掴み引き留めようとする。

 可憐は頬を赤めながらキッと榊原を睨んで一言。

 

 「……トイレ」

 

 

 ◆

 

 上海の北を流れる大河長江。一般的には揚子江と言った方がピンとくるであろう、その川の対岸に位置する南通市が中国連合軍の防衛拠点となっていた。

 この付近には軍艦も乗り入れることが可能であり、長江という自然の要害があるため、防衛拠点としては最適であった。

 

 ──車椅子に一人の男が座っていた。

 非常に痩せこけており、頭髪もかなり抜け落ちている。目は虚ろで、口は半ば空いた状態である。先ほどまで入院していたような薄水色の院内服を身に着けていた。

 その車椅子を黒のスーツにサングラスをかけた筋肉質の男が押していた。

 ゆっくりと朝鮮軍から中国軍に向って進んでいる。

 時間はまだ6時前であり、夜は明けていないため周囲は暗かった。

 両軍が睨み合う中を、病人を乗せた車椅子が何事も無いように中国軍へ近づいていく。

 中国軍の上官が、司令部へどう対処すべきか問い合せしているが、その間も双眼鏡に映る姿は徐々に大きくなっていた。

 そしていよいよ両軍の中間地点に差し掛かった時、中国軍は狙撃部隊を展開し車椅子の二人をスコープのクロスヘアに捉えた。

 朝鮮軍も動く気配が無い。

 中国軍の中には、本当に近くの病院から避難してきた一般人なのかと思い始める者もいた。

 

 その時、中国連合軍に非常警報が鳴り響いた。

 続いて朝鮮国内からミサイルの発射を確認したという情報が入る。もしそれが本当であれば、ものの数分で着弾するであろう。

 長江に展開していた軍艦が急ぎ対空行動へ移行する。

 俄然慌ただしくなる中国軍である。

 軍艦からは対空ミサイルが次々に発射され、更に対空砲も射撃を開始していた。

 瞬く間に空は黒煙で覆い尽くされて行き、爆発音が至る所で鳴り響いた。

 中国連合軍はこれを合図に一斉に前進を開始した。空軍基地からもヘリコプター部隊が続々発進して行く。

 すると、車椅子はその場で止まり、黒スーツの男が座っている男の耳元で何かを囁いた。車椅子に座る痩せこけた男はコクリと頷くと、虚ろな表情のまま震える両手をゆっくりと上げると、口をパクパク開け閉めする。

 黒スーツの男は車椅子にブレーキを掛けると、全速力で車椅子から離れる。

 中国軍はその光景を見てはいたが、病人一人に目を掛ける暇は無かった。現に今もミサイル攻撃を受けているのだ。

 100を優に超える中国の大戦車団が道路を埋め尽くし、ゆっくりと前進していた。

 車椅子の男はゆっくりと両手を前方に振り下ろすと、今まで焦点が合っていなかったその眼が、突然烈火のごとく激しい眼光となり、次の瞬間──。

 

 ──時間が止まった。

 

 


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