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朝鮮共和国、侵攻1

■朝鮮共和国、侵攻1


 12月8日。今日は退院日だった。

 志郎が目覚めたのはソケットを除去した翌日だったが、退院許可が出たのはそれから3週間も後となった。志郎としては高校の出席日数の関係で、一刻も早く帰宅したかったのだが、検査やら術後経過を見るとかで、なかなか退院させてもらえなかったのだ。

 退院しても一週間に1回は通院の必要があるため、出席日数を更に圧迫することが予想された。

 志郎が荷物をバッグに詰めようとすると、楓がそれを取り上げて「シロは休んでいて」という。

 仕方なく、志郎はその間に担当医や看護師に挨拶をする。

 そこへセーラー服姿のさゆりがひょっこり顔を出す。

 

 「えー!?もう退院すんの?まだ朝8時半だよ!?」

 「おう、来てくれたのか。実は出席日数の関係で午後から学校に行こうと思ってね…って、お前の方は学校どうした?」

 「え!?あたし?あたしは学校に行ってないけど?」

 「いやいや、いつもセーラー服着てるだろ?」

 「これは世間に溶け込みやすいかと思って着てるだけ。そもそも超能力者は最近までは俗世とは切り離されて生きてきたって前に言ったじゃん。でもちゃんと研究所で勉強はしてるからあんたよりは成績は良いはずだけど?」

 「そ、そうか」

 

 志郎は余計な話題を振ってしまったと思い、口籠ってしまった。

 しかし、さゆりはそんなことは全く気にしていないようで、楓に向って指を差す。

 

 「そんな事より、どうして花橘までここにいんの?」

 

 楓は退院の支度をしながら話す。

 

 「どうしてって、これから二人でわたしの家に行くから」

 「は!?」

 

 さゆりがぎょっとして志郎を見る。

 

 「いやいや……!」

 

 慌てて志郎が口を挟む。

 

 「楓んちは俺んちのすぐそばにあるのは知ってるよな?まだ退院したばかりという事で、楓のところのおばさんがしばらく泊まっていけって言うから、ちょっとお世話になる事になったんだよ」

 「ああ、あのお屋敷みたいな家ね」

 

 このさゆりのリアクションに楓がピクリと反応する。

 

 「どうして山本妹がわたしの家を知っている?」

 

 さゆりは腰に両手を置くと、何故か得意げに話し始める。

 

 「さあ?どうしてでしょうね……ちなみにあたしは主賓の家にも行った事ありますから!ね、そうでしょ!?」

 

 突然話を振られて「あ、ああ」としか答えられない志郎。

 

 「どうせ一日戦争でシロを警護した時の話でしょ」

 

 楓は興味ない素振りで退院の準備か完了したバッグを持つと、志郎の隣りまで歩いて行き担当医と看護師に挨拶する。

 その様子を見たさゆりが思わずつぶやく。

 

 「任務でそこまでする必要ある?それじゃあまるで奥さんって感じ……!」

 

 さゆりが言い終る前に、楓はさゆりの目の前まで瞬間移動し、普段は無表情のはずだがこの時だけは目をキラキラ輝かせて、さゆりの胸ぐらを掴んで言った。

 

 「今、何て言った?」

 「え!?……任務でそこまで…」

 「そのあと」

 「ま、まるで奥さん…」

 「そう。そう見えるのね」

 

 楓は一人で納得するとさゆりから手を離し、また志郎の隣りへ戻る。

 その表情はやはり無表情であるが、いつもと違って少し目が笑っているように見えた。

 

 

 ◆

 

 志郎が退院する一週間前。

 倉本内閣情報官の自室には、いつもの4センター長が集まっていた。

 内閣情報集約センター長渡邊、内閣衛星情報センター長飯田、カウンターインテリジェンスセンター長金田、超能力管理センター長榊原である。

 ここに超能力研究博士である豊富も参加していた。

 倉本は全員の顔を見ると、話し始めた。

 

 「では、先の主賓奪還作戦の事後報告会を執り行う。先ずは作戦の結果について榊原主幹から報告願います」

 「はい…」

 

 榊原は返事をすると、タブレットを操作しながら説明を始める。

 

 「資料はお手元のタブレットを参照願います。先ず、作戦の結果ですが、無事、当初の目的である主賓の奪還に成功しました。また、作戦を遂行する上で味方の被害はゼロであったため、ほぼ、ミッションは完遂と言って良いでしょう。ただし、特殊部隊6名中2名がマイクロウェーブの直撃を受け、脳へのダメージの疑いがありましたが、現状は問題等の報告はあがっておりません。また、1名が敵の銃撃により左肩および左大腿部に被弾しましたが、特殊ボディスーツによりいずれも打撲程度の軽傷となっております。更に1名が敵の砲撃によりダメージを負いましたが、こちらも打ち身程度となっております。このミッションを遂行する上で使用した艦船および機材、投入人員数と遂行時間等の数字はお手元の資料をご確認下さい。ここまでで質問は御座いますか?」

 

 榊原はテーブルのメンバーを見渡すが誰からも反応が無かった。

 

 「では、続けます。今回の作戦遂行にあたり、いくつか問題点が浮上しました。先ずは『特殊部隊の運用方法について』です。これは、超能力者と言っても完全無欠ではないという事です。運用方法を誤ると、貴重な人材を簡単に失う危険をはらんでいます。詳細は別途報告書を参照願います。続いて『レーザーガンの問題点について』です。こちらは致命的なバグが発見されましたので、早期改善を要望中です。これら問題点を改善するまでは特殊部隊を大規模作戦で使うのは控えるべきと考えます」

 

 榊原の報告を聞き、倉本が口を開いた。

 

 「なるほど。言いたいことは理解した。君の報告書と要望書は早急に処理するよう指示しよう」

 「ありがとうございます」

 「だが──もしも何らかの超能力災害が発生した場合は、どうしても特殊部隊を出動させる必要があると認識して欲しい。確かに特殊部隊の運用方法は今後も十分検討が必要だが、この国の脅威を排除するためにはやむを得ない場合もあると思って欲しい」

 

 倉本は榊原だけではなく、ここにいる全員に諭すように話した。

 これには榊原も「承知しました」としか言いようが無かった。

 

 続いて、豊富博士から超能力者の診断経過と主賓の調査報告が行われ、更に各センター長から朝鮮の動向について調査報告が行われた。

 これで全ての報告が終り、会議もお開きとなるところだったのだが、榊原が「まだ詳細は不明だが」という前置きで口を開いた。

 

 「隊長花橘楓の報告で気になる事があります……実は朝鮮は超能力者のクローン化を推し進めているらしいのです」

 「なんだと!?そんな報告は受けていないぞ?」

 

 倉本は驚いた表情で榊原に問いかけた。

 

 「はい。実は先ほど本人から聞いたばかりでして、報告書にまとめる時間がありませんでした」

 「そうか…報告書に無い話しをここでするのはどうかと思うが…先ずは私に知らせて欲しいものだな」

 「はい。以後気を付けます。ところで話の続きはどうします?」

 

 倉本は両腕を組むと渋い表情で答える。

 

 「そこまで言ってしまったらもう最後まで報告してもらうしかあるまい」

 「わかりました」

 

 榊原はニヤリとしながら先を続けた。

 

 「花橘楓は主賓奪還のため単独で敵研究施設に潜入した際、朝鮮へ亡命した栗林のクローン5体と遭遇戦となったようです。そのクローンはまだ完全に成熟はしておらず、子供の姿であったと聞いております。また、実際に超能力を使っている所を見てはいないようですが、クローン本人から聞いた話では、能力的にはオリジナルである栗林と同等レベルの超能力はあると言っていたようです」

 

 そこまで話を聞いた渡邊主幹が若干うわずった声で口を開いた。

 

 「つまり……朝鮮は栗林一の複製人間を作る事に成功している……という事か……」

 「日本では法律でヒトのクローン技術について規制されており、海外でもほとんどの国には何らかの規制があるはずだが……」

 「倫理や道徳といったものはあの国には無いのか……?独裁国家でほとんど他国と親交を持たず、国連を含め国際的な加盟が必要とするものには一切入っていない朝鮮だからこそ可能な所業ということか…」

 

 飯田主幹も金田主幹も驚きを隠せない様子であった。

 

 「だが、花橘隊長はそのクローンの超能力は実際に見ておらず、その栗林のクローンが超能力を保有しているかどうかは、わからないのではないか?」

 

 倉本は腕を組みながら冷静に話す。

 これを受けて榊原は更に続ける。

 

 「それはそうなのですが、実はこのクローンには栗林一の記憶が移植されていたようなのです」

 「それは本当か!?」

 

 今度は豊富博士が驚きの声を上げた。

 

 「あの国はすでに脳記憶を操作する技術を持っているのか!?」

 

 豊富は人間の記憶<メモリー>を外部から読み込み<リード>、上書き<ライト>、補正<コレクション>が自由に出来るシステムを密かに研究していたが、剣淵が亡くなったことで支援者がいなくなってしまい、現状はあまり研究が進んでいなかった。だが、まさか隣の国ではすでに実用化に漕ぎ着けているとは思っていなかった。

 豊富は嫌な予感が頭の中によぎり、全身の毛が逆立つ感覚に捕らわれていた。自分の考えが恐ろしくなり、ガタガタと震えていた。

 

 「どうしたのかね博士?」

 

 倉本は両腕を組んだまま横目で博士をみた。

 博士は動揺を隠せないまま、あたふたとしていた。

 

 「い、いえ、べ、別に!な、なんでもありません」

 

 博士は一点を見たまま震えていた。

 

 「そうか…」

 

 倉本はその姿を見つめていたが、その二人の様子を榊原も注視していた。だが、榊原にはこの話しを切り出した立場上、話の落としどころを探す必要があった。

 

 「さて、みなさん。ここまでの話しを私の見解で整理したいと思いますが宜しいでしょうか?」

 

 榊原が全員の顔見るが反対の意見が無いようなので話を続けることにした。

 

 「えー。朝鮮の現状を考察してみましょう。先ず、他国にはないヒトに関するクローン技術については世界で一番研究が進んでおり、すでにヒトのクローンを複数作成することに成功しているようです。また、ヒトの記憶を外部記憶装置に丸々保存することに成功しており、それをヒトクローンへ移植することにも成功しているようです。……ここまでは実際に花橘隊長が目にしたクローンの話しですが──」

 

 榊原は一息つくと、更にゆっくりと話しを続ける。

 

 「ここからは私の想像の話しです。……主賓を確保した時、その頭には複数のチップが埋め込まれ、後頭部にはプラグが差し込まれたままとなっていましたが、私たちの調査ではこれが何を意味しているのかわかりませんでした。しかし、先ほどのヒトの記憶を保存できるという話を当てはめると、主賓の頭部に埋め込まれていたものを使って記憶を吸い出していた、と考えるのが自然な流れだと思われます。そして、もしもその記憶を……」

 「そこまでだ。榊原くん」

 

 倉本が組んでいた腕を解き、右手でを軽く上げて榊原の話しを制する。

 

 「どうして話を止めるんですか?倉本情報官どの」

 

 榊原が正面から倉本を見るが、倉本は更に続けた。

 

 「超能力開発に関する話はトップシークレットである。このような席で論じる話ではない」

 「このような席であるからこそだと思うのですがね。各センター長にはある程度の情報を流しておかなければ、いざ協力して頂こうと思っても、なかなかそうはいかないでしょう」

 

 榊原は各センター長を見ながら話すが、各センター長は肩をすぼめるだけだった。

 

 「榊原くん。君は超能力管理センターのトップだ。もう少しわきまえてもらわないと困る」

 

 倉本の眼光が鋭くなる。

 榊原はこの辺が潮時と考えた。これ以上突っ込むのは危険と判断したからだ。

 

 「承知しました。情報官どの。私からの報告は以上となります」

 

 榊原は軽く会釈をして話を切り上げた。

 

 「では、本日の会議はこれまでとする」

 

 倉本は会議を打ち切ると、すぐに勢いよく立ち上がりそそくさと部屋を後にした。

 それを榊原は横目で見送ると、「さて、倉本情報官はこれからどう動くかな…」などと呟きながら、両手を思いっきり上げて伸びをするのだった。

 

 

 ◆

 

 12月20日──。

 結論を言おう。俺は留年がほぼ決定した。まぁ、3ヶ月以上も休んでいたのだから当然ではある。学校をやめようか本気で悩んだが、もう一度定時制や通信制の高校に入ると、留年した時よりも卒業までに時間がかかるだろうから、恥を忍んで来年も高校生をやる事にした。

 そこで、学校には来年の4月からもう一度3年生として登校するので、それまでは休みにしてもらい、生活資金を稼ぐため警備員のアルバイトに精を出していた。

 周囲の人たちには来年から本気出す……と言ってはいるが、正直、今は何も考えたくはなかった。

 ちなみに俺が休んでいる間、楓も登校していなかったので、成績が学年トップなのに俺と一緒に留年することになった。

 俺の時は無かったことだが、楓は学校側から冬休みと春休みに登校してくれれば卒業扱いにしてもいい、と言われたらしい。さすがは学年トップは扱いも俺とは全然ちがうようだ。

 だが楓は、「喜んでシロと留年する」と言ったらしい。

 

 

 さて、今日も警備員のアルバイトのため、最寄駅で一緒に仕事をする人に車で拾ってもらうことになっていた。

 いつもであれば楓が離れた位置から志郎を警護(という名の監視)しているのだが、今日は新しいレーザーガンのテストのため内調に呼ばれていて不在だった。

 最近は現場が固定されており、一緒に仕事する人も常に同じ人だったのだが、今日はその人が休みを取ったらしく、代わりに入る人とは今回初めてペアを組むのだった。

 駅前でバッグの上に座って缶コーヒーを飲んでいると、1台の紫のラメ入りの軽自動車が目の前に停まった。

 聞いている音楽がズンズン外まで響いており、運転手を見ると23歳くらいの色黒で茶髪の女性がこちらを見て手を振っていた。

 バッグを抱えて車に近づき助手席側から車内を覗くと、女性は上下の防寒服を着ており、肩には所属する警備会社のワッペンが縫ってあった。……つまり俺と同じ姿だ。

 彼女が今日ペアを組む人だと確信したので、俺は先ずは挨拶をしようと助手席側のドアを開けると、女性はカーステレオのボリュームを絞ってくれる。

 

 「今回一緒に仕事をする佐藤志郎です。よろしくお願いします」

 「あたしは佐藤千佳<さとうちか>。また同じ苗字とかキモイんだけど」

 「また?」

 「ああ、佐藤って苗字は腐るほどいるじゃん?この前一緒に仕事した人も佐藤って人だったワケ」

 

 何がキモイのかわからんが、とりあえず『佐藤あるある』をスルーして、「失礼します」と言った上で助手席に座る。

 現場は山の中の国道補修工事で、終日片側交互通行の車両誘導の仕事だった。規制区間はそれほど長くなく途中に脇道もないことから、片交としては比較的楽な方だったが、この時期は風が冷たいので防寒対策をしっかりしていないと寒くて凍えるのだ。


 片交を簡単に説明と、片側1車線の道路を通行止めにして、残る1車線を無線で連絡し合いながら交互に車を通すという作業を一日中やる仕事だ。

 

 「最終39白の軽乗用」

 「39了解。確認後、こちらを流します」

 

 ……のように無線で連絡し合うのだが、意訳すると、『最後の車のナンバーは、下2桁が39の白色の軽乗用車です』『39番了解しました。その車が通過するのを確認したら自分の車線の車を流します』と言ってるのだ。

 ペアを組む人が慣れた相手だったり、車が好きな人が相手だったりすると、無線の内容もそれに応じて変わってくるのだが、最低限必要な情報は連絡する必要があった。

 

 ──夕方。

 道路工事の作業者達が後片付けを始めている。もう少しで今日の仕事は終わろうとしていた。

 全ての機材やコーンが撤去されるのを確認してから規制解除となる。俺はそのタイミングを計っていたのだが、その時一台のダンプカーが猛スピードでこちらに向かってくるのが見えた。

 まだ規制は解除されておらず、今は反対車線側の車を流している最中なので、俺の車線は車を止めなければいけなかった。俺は警笛を鳴らしつつ、必死で誘導棒を振ったが運転手は減速しようとしなかった。

 

 「ヤバイ!ダンプが止まってくれない!突っ込むぞ!」

 

 俺は無線で叫んだ。

 佐藤千佳はこちらの非常事態に気付いたようだが、ダンプが相手ではどうすることも出来ないはずだ。

 規制区間内にはまだ作業員が数名残っており、このまま突っ込むと大参事になるだろう。

 俺はギリギリまで誘導棒を振りつつ、作業員に逃げるように叫ぶ。ダンプは依然減速することなく突っ込んでくる。


 その時──突然、目の前がグラリと揺らいだ。

 周りの風景がねじ曲がり、地面が波打つようなこの感覚……たしか超能力に対して過敏に反応する症状と聞いたが……こんな時にどうして……!。

 まるでスローモーションのようにダンプが目前に迫ってくるのが見えた。

 

 (ダメだ!避けられない!)

 

 俺は目の前が真っ暗になり、その場に崩れ落ちた。

 

 

 ◆

 

 目を開けると佐藤千佳の顔が見えた。

 俺は千佳に抱きかかえられていたのだ。

 千佳はしゃがみながら右手で俺を抱きかかえ、左手を真っ直ぐ前に伸ばし手のひらを広げていて、その先60センチくらいの所にダンプが止まっていた。

 ボーっとする頭を左手で押さえながら上体を起こす。

 

 「まさか…千佳さん…超能力者?」

 

 色黒の千佳の顔に白い歯が光る。

 

 「あんた運がいいね。普通、こんなにタイミング良く超能力者なんていないからね?」

 「普通はね……」

 「?」

 

 俺は片膝をついてから立ち上がると、ダンプを改めて眺める。

 ダンプは砕石を満載しており、かなりの重量であることが見て取れたが、急停止したにもかかわらず路面にはブレーキ痕もなく、運転手も全くの無傷であった。

 

 「千佳さんは間違いなくランクB以上ですね?」

 

 俺の言葉に千佳は少し驚いた顔をした。

 

 「ランク制度を知っているってことは、あんた一般人じゃないね?」

 「いやいや、俺は一般人なんですが、俺の周りに超能力者がいるって感じです」

 「ふうん……」

 

 千佳は腑に落ちない表情で少し考え込んだが、すぐにニヤニヤしながら口を開いた。

 

 「もしかして、あんた……主賓かい?」

 「超能力者の間では何故かそう呼ばれているみたいです」

 「ははは!マジウケるんだけど!」

 

 千佳は大笑いするが、何がウケるのかさっぱりわからなかった。

 

 「ちょうど今日はこれで仕事終わりじゃん?ちょっとあんた付き合いなよ?」

 「え?あ、はい」

 

 現場監督に作業終了のサインをもらい、千佳の車で帰宅の途に就く。

 俺達はその途中にあるファミレスで食事することになった。

 一通り注文を終えると、俺は改めて助けてくれたお礼を言った。

 

 「さっきはちゃんとお礼を言ってなかったので改めて……有難うございました。助かりました」

 

 ペコリと頭を下げる。

 

 「あんた見かけ通り真面目だね。超ウケる」

 「ありがとうございます」

 「別に褒めてねーし」

 

 千佳はケタケタと笑う。

 志郎は何が面白いのかわからないが、とりあえず愛想笑いをしておく。

 一通り笑い終えると、千佳が口を開いた。

 

 「ところで、今日姫はいないの?逃げられた?」

 「楓のことですか?今日は用事があるとかでいません」

 「ははは。いない時に限ってなんかあるんだよな」

 

 千佳は楽しそうに笑っている。

 俺は一番の疑問を聞いてみた。

 

 「どうして千佳さんはこんな仕事をしているんですか?」

 「こんな?……超能力者が仕事をしていたらおかしいか?」

 「いえ、そんなことはないですが、上位のランカーだと思ったので……」

 「そうか……あたしはランクAなんだ」

 「という事は、特殊部隊の隊長クラスじゃないですか!?」

 

 俺は驚いてテーブルに手をついて千佳の方に身を乗り出す。

 それを千佳が「ちけぇ」と言って右手を前に出して制する。

 俺は我に返って席に座りなおすと、千佳が話を続けた。

 

 「超能力者はなかなか一般社会に適合できないって話があってだな、あたしは時間がある時にはこーして一般人と一緒に働いているんだよ。そして、超能力者には何が足りなくて、何を補えばいいのかを調査しているんだ」

 「へぇ……見かけによらず真面目ですね」

 「お!?一言多いぞ?少年?」

 「あ!すみません、すみません!」

 

 俺は何度か頭を下げる。

 その時、人の気配を感じたと思い目を上げると、薄いベージュのハーフコートに相変わらず白いリングシューズを履いた楓が、見たことが無い銃を千佳の額に突き付けていた。そして無表情、無感情で口を開く。

 

 「シロに害をなす者か?」

 「楓!やめろ!」

 

 だが楓は千佳から視線を外さず、銃も千佳の額に付けたままだった。

 

 「267佐藤千佳。ランクA。第1特殊部隊隊長。もう一度聞く。シロに害をなす者か?」

 

 周囲のお客さんや従業員がざわつき始めた。

 千佳はニヤリと笑い、両手を胸の位置で軽く上げて言った。

 

 「先ずはその物騒なものをしまいなよ姫?話はそれからだ」

 

 楓は構えていた銃を下すと、コートの下に隠れている腰のホルスターへ戻し俺の隣りに座った。

 それを見て千佳が口を開く。

 

 「ほんと、あんたの守護者は物騒だな。命の恩人に銃を突きつけるなんてな?」

 「千佳さん、すみませんでした」

 

 俺は頭を下げると、今度は楓に向って今までの経緯を説明した。

 楓は俺の話しを聞き終えると無表情で口を開いた。

 

 「佐藤千佳。どうやらわたしの早とちりだったようだ。すまなかった」

 

 軽く頭を下げる楓。

 

 「ほう。世に名高い姫でも人に頭を下げるのか」

 「千佳さん!」

 

 俺は咄嗟に叫んだ。

 せっかく、丸く収まりそうな流れだったのに、それをぶち壊されると面倒なことになるのは明らかだ。

 千佳は右手を振って言った。

 

 「冗談だ、冗談……それより姫、そのレーザーガンは?」

 

 千佳が楓の腰にあるホルスターに視線を向けて聞いた。

 

 「今日改良版のテストがあった。実戦データの収集目的で1丁わたしが持っている」

 「ほう。それは興味があるな」

 「内調の誰かに言えばテスト射撃は可能だ」

 「そうかい。…それにしても姫は年上が相手でも敬語を使わないな?」

 「そうでもない。必要な時は敬語も使う」

 「つまり、あたしには必要ないということか?」

 「いや、超能力者を相手に敬語を使う習慣がないだけだ」

 「ふっ。要は自分が常に立場が上だからってことか」

 「そう受け取ってもらって構わない」

 

 ピリピリした空気の中、店員が恐る恐るワゴンを押してきた。

 

 「ご、ご注文の品を……お、お運び……しま、しました」

 

 そう言うと、店員がワゴンから注文の品をテーブルに配膳しようとする。

 

 「わたしは頼んでない」

 「はい!?」

 

 楓の言葉に店員が配膳の手を止める。

 

 「楓!お前は黙ってろ!……すみません店員さん。こいつの事は気にしないで下さい」

 「は、はい」

 

 再びテキパキと配膳を終えると、店員は「ご、ごゆっくり」と心にも無い一言を残して去って行った。

 俺はため息をつくと楓に向って話しかける。

 

 「楓。ここに危険はない。ランクAの千佳さんがいるからな。今日はもう大丈夫だ。……この意味わかるな?」

 「シロ……わかった」

 

 楓は無表情で立ち上がると、瞬時にいなくなった。

 

 「千佳さん、すみませんでした」

 「いや、あんたが謝る必要ないじゃん。それにこっちもいいもん見せてもらったしね」

 「?」

 

 (花橘楓……か…。あいつはどこに向ってるんだ?)

 

 千佳はガラス越しに反射する自分を見つめていた。

 

 

 ◆

 

 広い執務室の会議テーブルには、いつもの側近3名が党首のご機嫌を伺いながら話を進めていた。


 「……引き続きクローンは作成しておりますが、並行して我が国の中でも知力と体力の両方が基準値を超えている者に対して、日本からの亡命者の記憶に改ざんする作業を進めております」

 「更に、日本では『主賓』と呼ばれていた男の記憶を使って、超能力が発現するかの調査も行っております」

 「ですが、まだどちらも超能力者の作成には至っておりません」

 

 側近が代わる代わる報告する。

 

 「で?結果的に超能力を使える者は何人いるのだ?」

 

 キム・ソギョンの言葉からはイラついた感情が溢れていた。

 

 「はっ。クローンの10人程度と思われます」

 

 側近の報告に表情が曇るソギョン。

 

 「半年も研究してまだ10人か?」

 

 すると別の側近が口を開く。

 

 「仰ることはごもっともですが、日本は何十年も研究したからこそ今に至っております。それに比べ我が国はまだ研究を始めたばかりでございます。それを考えますと、短い期間で10人も作成したことは素晴らしい結果と存じます」

 「言いたい事は理解している。だが、日本の軍事力は我が国を遥かに上回っている。それに加えて超能力者という秘密兵器も保有している。このような状況下で、日本は国連という旗のもと、いつ我が国を侵略してくるとも限らないのだ」

 「仰る通りにございます。更なる研究に励みたく存じます」

 「うむ…」

 

 ソギョンは悩み、考えていた。

 日本の超能力者を入手できれば、我が国のクローン技術によって簡単に超能力者を大量製造できると思っていた。しかし、クローンはほぼオリジナルと同じ人間であるはずなのに、どういう訳か超能力を有する者が誕生しないのが現状だ。

 それを打破するために、超能力者の記憶を移植する方法に辿り着いた。これは亡命してきた超能力者および、主賓と呼ばれる者の記憶を解析することで判明した方法だが、今の所、単に記憶を移植するだけではほとんど成果は得られない状況だ。

 残るは、クローンに超能力者の記憶を移植する方法となる訳だが、これも全体の1%ほどしか超能力を有しておらず、その能力も現在の所は未知数の部分が多い。

 そうなると、やはり日本の超能力開発プログラムで使われていた薬と、育成システムを入手するしかないが……。

 

 「秘匿回線にてソギョン様に電話が入っております」

 

 側近の一人の声でソギョンの思考は妨げられた。

 

 「秘匿回線に直接繋いでくるとは一体何者だ?」

 

 ソギョンは電話に出るつもりはない素振りで椅子に深く腰掛ける。

 

 「最も機密性が高い内容であるため、ソギョン様以外には一切話すつもりはないとの事です」

 「ふむ…」

 

 ソギョンは考え込んだ。

 仮にも一国を預かる者に対して直接話したい事とは一体何なのか?

 交渉、宣告、讒言、通告、謀略……。

 いずれにしても、国内回線ではないことから、外国のそれなりの地位にある人物だと思われた。

 

 「わかった。私室に回してくれ。会議はこれで終了とする」

 

 そう言うと、ソギョンは立ち上がり、執務室の隣りにある私室に向った。

 

 「「世界の指導者たる同士ソギョン様万歳!」」

 

 側近たちも立ち上がり、一斉にソギョンの姿が消えるまで繰り返し叫んでいた。

 ソギョンは私室のデスクの豪華な椅子に座ると早速電話を取る。

 

 「私だ」

 『これはこれは党首ソギョン…』

 「あ、あんたは……何の用だ!?」

 

 ソギョンは冷や汗が背中を流れるのを感じた。

 

 


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