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主賓奪還作戦4

■主賓奪還作戦4


 「対戦車用ロケットランチャー!」

 

 黄川田の叫び声と同時に爆発音と爆風が辺りを支配した。

 トラックは吹き飛び山肌に激突し車体はぐしゃぐしゃになっていた。地面には直径3メートルほどの穴が空き、周囲からは人影な無くなった。

 だが、何故か黄川田には爆風も瓦礫も降ってこなかった。

 黄川田は現状を理解できず、満身創痍の体を起こして周囲を確認すると、自分の傍らに二人の人間が立っていた。

 その姿は自分のそれと同じダークグレーのボディスーツにヘルメットを被っており、そのヘルメットにはそれぞれ『赤』と『青』の文字が書いてあった。

 

 「ぎりぎり間に合ったようだな。大丈夫か?黄川田」

 

 赤松が周囲を警戒しながら話しかけてくる。

 

 「お前一人で俺たちを守ってくれたんだな。サンキューな。立てるか?」

 

 青木が手を差し出す。

 黄川田は涙がこぼれそうになるのを我慢しながら青木の手を握り、よろけながら立ち上がる。

 

 「いててて。二人とも…ダメージは無いのか?」

 

 黄川田は自分のことよりも、二人の脳へのダメージが気になっていた。

 

 「ああ。ちょっと耳が聞こえにくいが体は問題ない」

 

 青木が黄川田に肩をかしながら答える。

 

 「若干吐き気がするが、俺も大丈夫だ」

 

 こちらを振り返り親指を立てる赤松。

 黄川田は安堵のためか、途端に体が重くなり撃たれた箇所も痛くなって膝から崩れ落ちた。

 

 「よかった……ほんとによかった……」

 

 黄川田は自分が助かったことよりも、二人が無事に目覚めたことが嬉しかった。だが、敵はこれだけではない。

 

 「黄川田。お前はゆっくり休んでいろ」

 

 赤松はそう言うと、青木と共に研究施設に向おうとする。

 

 「ちょっと待ってくれ!今は研究施設よりも、先に砲撃を止めに行ってくれ」

 

 黄川田が必死に訴える。

 

 「砲撃?今はちょうど止んでいるようだが……」

 「だがもしやるなら今の内だな。黄川田、場所の見当はついているのか?」

 「ああ、たぶん高山<コサン>の辺りだと思う」

 「わかった。じゃあ行ってくる」

 

 そう言うと二人は山を道なりに下って行く。

 

 (へっ…あの二人…目覚めたばかりなのに元気がいいな……)

 

 黄川田はニヤリと笑うと岩場に腰を掛ける。

 

 (それじゃあ、お言葉に甘えて休ませてもらおう。後は頼んだぞ!)

 

 

 青木と赤松は高山<コサン>方面へ急いだ。

 すると敵はまた砲撃を開始したようで、何本かの光の筋が上空に伸びていく。少し遅れて『ドン』という発射音が聞こえてきた。

 

 「砲撃ポイントと着弾ポイントはそれほど離れていないから、弾道がかなり高いな」

 「あれはここからじゃあ撃ち落とすのは無理だな」

 「ああ。先を急ごう」

 

 二人は砂煙を巻き上げながら、超能力を使い猛スピードで砲撃ポイントへ向かう。

 その途中で楓から通信が入った。

 

 「主賓の奪還に成功。これよりゲートにて合流する」

 

 青木と赤松は「よっしゃー」と言いながらハイタッチする。

 

 「こっちも早く片付けて合流しようぜ!」

 

 二人はさらに速度を上げて砲台を目指して走る。

 すると、遠くに大型のサーチライトに照らされ、固定式砲台3台がその砲身を夜空へ高く持ち上げているのが見えた。

 周辺には大型トレーラーや軍用トラックが数台あり、兵隊の数も相当数いるようだった。

 二人は更に接近する。装填作業中の兵士の表情がわかるほどの距離だ。

 

 「明るい場所から暗い場所は見にくいが、その逆はとっても見やすいってね」

 「俺が砲台をやるから、お前はライトをよろしく」

 

 青木はそう言うと精神集中に入る。赤松もそれに続いて精神集中に入った。

 

 「あ、それっと」

 

 青木が軽く口ずさむと、砲台が据えてある地面が地響きとともに隆起した。砲身をかなりの角度で上空へ向けていた3台の砲台はいとも簡単に横転していく。

 激しい土煙が立ち込め砲台が地面に叩きつけられ、砲身が止めてあった大型トレーラーに直撃しキャビンが潰れてガラス片が飛び散る。

 装填中の砲弾は甲高い音を立てて地面に転げ落ち、兵士たちが悲鳴をあげながら土煙の中逃げ惑う。

 それを確認した赤松がサーチライトを全て破壊し、真っ暗闇となる。周囲は悲鳴と怒号がこだましていた。

 

 「はい完了。よし施設の応援に行くぞ」

 「了解」

 

 二人はすぐに来た道を全力で引き返した。

 

 

 ◆

 

 旗対嶺<キッテリョン>から応援で駆け付けた敵の装甲車は、砲撃によって出来た地面の穴を避けるようにゆっくりとゲート広場へ侵入してきた。

 黒田とさゆりは超能力施設の屋上からそれを眺めていた。

 

 「さあ、第二ラウンドの始まりだ」

 「装甲車は全部で3台。あとは全員徒歩で行軍とか、超能力者じゃないのによくやるわ」

 

 さゆりはヘルメットの下で呆れた表情をする。

 

 「軍人は体が資本だからな……先ずは侵入してきたあの装甲車を片付けてしまおう」

 「あたしに任せて」

 

 そう言うと、さゆりは左手の人差し指を前方に突き出すと、くいっと下へ向ける。すると、装甲車の周囲の空気がどんどん圧縮され装甲のリベットは飛び、音を立てて凹んでいく。車内はかなりの高温となっているに違いない。

 そこでさゆりは圧縮した空気を一気に解放した。これにより高温だった装甲車は一気に膨張拡散する空気に熱を奪われ瞬時に冷却される。所々氷が張っている箇所もあった。中の人間はたぶん、悲惨なことになっているだろう。

 残りの2台の装甲車も同じように破壊、氷漬けにする。

 

 「はい。装甲車は役立たずにしたわ」

 

 他にもやり方があっただろう──と黒田は思ったが、結果的には沈黙させたのだから文句は言わない事にした。

 

 「続けて歩兵も頼む。俺は防御壁を展開中だ」

 「了解」

 

 見ると、敵の歩兵は周囲を警戒しながら後退して行く。どうやら二人の場所がまだ特定できていないようだ。

 

 「あー。山道へ後退して行くわ。ここからだとちょっと距離が遠いかも。追撃する?」

 「任せる。俺は花橘隊長の脱出経路を確保するためにも、施設の1Fロビーを制圧する」

 「了解。さくっとやっつけてくるわ」

 

 さゆりは屋根から飛び降りると、敵の歩兵を追ってゲート広場を抜けて道なりに山を進んで行った。

 黒田も飛び降りると、施設の入り口へ向かう。

 自分の周囲に防御壁を展開しながら、ゆっくりと施設の出入り口に近づく。

 ロビーを覗くと、金属製のバリケードが設置してあり、その手前には逃げようとしていた負傷者や死体が折り重なっており、辺りは血の海と化していた。

 

 (バリケードのせいで、味方も逃げる事が出来なくなってるじゃねぇか)

 

 ロビーには負傷した者達のうめき声が不気味に反響しており、自分達がやったこととは言え、さすがにこの惨状は目を背けたくなる。

 黒田は超能力でバリケードを移動しようとした瞬間──。

 ヒュオン!ヒュオン!ヒュオン!

 

 (この音は!まさか!)

 

 凄まじい衝撃と轟音とともに爆風が巻き起こり、吹き飛ばされた土砂が周囲に降り注ぐ。

 黒田はギリギリ防御壁を展開したが、ちょうどバリケードを移動しようとして防御壁を解除していたので、完全に爆風を防ぐことは出来ず10メートルほど吹き飛ばされ、自走砲と思われる鉄くずに激突していた。

 施設の入り口を見ると、爆風で入口が根こそぎ吹き飛び、ロビーの壁が無くなっていた。

 まだ息が合った者も多くいたはずだが、そこには誰もいなくなっていた。

 

 (砲撃が再開されたか……あいつは……山本は無事か?)

 

 朦朧とする意識の中、黒田は状態を起こし周囲を見渡すが、先ほどの衝撃でヘルメットのバイザーにノイズが入り、映像が鮮明に映らなくなっていた。

 バイザーを跳ね上げ目視を試みるが、炎がほとんど出ていないため周囲は暗いままで、砲弾の爆発による異臭が黒煙とともに周囲に充満し、目も開けられない状況であった。

 黒田は再びバイザーを閉めると立ち上がり、さゆりと合流するために防御壁を展開しつつゲート広場へ向かった。

 ヒュオン!ヒュオン!ヒュオン!

 再び砲弾が降り注ぎ、爆発に巻き込まれる黒田だったが、今回はしっかり防御壁を展開していたのでダメージは全く無かった。

 しかし、砲弾の1発が研究施設に直撃し建物が爆風で破壊されてしまった。

 

 「しまった!主賓と隊長がまだ中だ!」

 

 施設の壁のほとんどが崩落し、瓦礫のいたる所で火の手が上がっていた。

 黒田は無線で呼びかけてみるが、先ほどの衝撃で使えなくなっていた。

 優先すべきは隊長と主賓の捜索と、砲撃に対する防御であるが人手が足りない。防御壁で施設全体をカバーするとなると、それだけで手一杯となるだろう。だが、今はやるしかなかった。

 黒田は精神を集中すると、すでにそのほとんどが瓦礫と基礎だけとなった施設に防御壁を展開した。

 とにかくこれ以上、被害を拡大させるわけにはいかなかった。

 そこへさゆりが文字通り上空から降ってきた。

 

 「到着!」

 

 さゆりは立ち上がると、無残な状態となった施設を見て驚く。

 

 「ほぇー。近くで見るとこれは酷いねー」

 「そっちはどうなった?」

 

 黒田は集中を切らさずにさゆりに聞いた。

 

 「あー。逃げる敵をやっつけるのって……正直、あまりいい気分じゃないわ」

 

 それは一方的な虐殺に近い状況だったと推測できた。

 

 「途中で花橘から『主賓を確保した』って通信が入ったけど、これで終わりってことでいいんだよね?」

 「そうか……俺は通信機の調子が悪くて聞こえなかったが……実は隊長と主賓は多分、まだこの中だ」

 

 黒田は視線を施設の残骸に移して答えた。

 

 「こ、この中って……ええー!?マジ!?」

 

 さゆりはてっきり楓と志郎は施設から脱出したのだと思っていたのである。

 施設跡は基礎まで露出して、至る所で火がくすぶっていた。

 

 「さすがにこの状態じゃあ生きてるのは無理……!」

 

 さゆりの言葉を打ち消すように、突然施設から眩しい光が上空へ向かって幾筋も伸び始める。

 光は次第に太く明るい七色の光へと変わっていくと、瓦礫や一部残っていた基礎や壁がその光に溶け込んでいった。

 あまりの眩しさに目を伏せるさゆりと黒田。

 やがて光はすっと消え、辺りはふたたび暗闇が支配した。

 二人は恐る恐る顔を上げると、施設があった場所には何もなくなっており、ただ一つの巨大な穴だけがぽっかりと開いていた。

 あれだけの物が一瞬で消滅するなんて、そんなことができるのは──。

 

 突然、穴の中からダーククレーのボディスーツにヘルメット姿の者が、シーツに包まった人間を抱いて飛び出してきた。

 高く舞い上がったその姿を、さゆりと黒田は息をのんで見守った。

 その者はふわりと地面に着地すると、一言発した。

 

 「任務完了。これより帰投する」

 

楓は愛おしそうにシーツの男を見ると、高らかに宣言した。


 

 ◆

 

 榊原は、主賓奪還メンバーと主賓は一足先にヘリコプターで帰投させていた。

 黒田、赤松、青木、黄川田は精密検査が必要と判断。主賓も埋め込まれたプラグの正体究明と精密検査が必要だった。

 海自の協力でヘリを出してもらい、急ぎ東京へ飛んでもらった。

 一方、ミサイル護衛艦『こうき』は朝鮮共和国からの報復攻撃に備えて、引き続き現海域にて待機していた。

 

 榊原は考えていた。

 特殊部隊……つまり超能力者達にとって、本格的な他国の軍隊との戦闘は今回が初めてだった。

 以前、一日戦争で自衛隊と戦ったことはあったが、それは国内の市街地戦ということもあり、自衛隊はその力をほとんど発揮できなかったことを考えると、超能力者以外を対象とした大規模戦闘は今回が初めてだったと言って良いだろう。

 そして、今回の戦いでわかったことがあった。それは、超能力者といえど、継続的に攻撃を受けた場合、その対処は困難になるという事だ。

 電磁波攻撃や遠距離攻撃を防ぎつつ、目の前の歩兵や自走砲に対処し、更に超能力者と対峙する……これら攻撃が複合することで徐々に対処に遅延が発生し疲弊していく……これにプラスして、今回の作戦のように「ターゲットの確保」あるいは「ターゲットの護衛」というミッションが付与されると、さらなる負荷がかかるだろう。

 超能力者は一人一人が意思を持つ人間だ。それぞれが考え、それぞれが行動する。集中力を欠くこともあれば、疲れもする。

 今回の主賓奪還作戦は異例のミッションだったとはいえ、今後の作戦行動における超能力者の編制を考えるには良い指標ができたとも言えるだろう。

 

 だが──。榊原は更に考える。

 超能力者が使用した装備も改善する必要があるだろう……特にレーザーガンは早急に何とかせねばなるまい。

 レーザーガンの基本コンセプトは「安全にターゲットを制圧する」である。

 これを実現するために、先ず考えられたのがレーザーの出力調整だった。レーザーは基本的にはどこまでも直進する性質がある。そのため、ターゲットにヒットした後も貫通して更に直進を続けることで、2次被害が発生する可能性があった。

 そこで考えられたのが出力自動調整機能だ。これはコンピューターによってターゲットまでの距離や大気状態から、最適なレーザー出力を割り出して攻撃するというものだ。これを実現するためにオートエイム機能と制圧モード機能が考案され、それら機能を情報端末ヘルメットにて統合管理するという現在のシステムが構築された。

 つまり、現状のシステムではレーザーガンを発射する上で、人間の意思を介入することは『トリガーを引く』以外無いのである。

 今回のように、1度ヒットした相手を確保または排除せずその場に放置された場合、オートエイム機能にて再度同じ相手をロックオンしてしまう現象を回避する方法は現状は無いのであった。

 では、これを回避するにはどうすれば良いか?方法は2つ考えられる。

 第1に、オートエイム機能を解除可能にする。だがマニュアル照準でターゲットを外した場合や貫通後の2次被害を考えると、その責任の所在をはっきりさせる必要があるため、解除には責任者の承認が必要であろう。

 第2に、システム的に一度ヒットした相手には再ロックオンはしない機能を搭載する。だが、これはヒットした相手を常に判別しておかねばならず、相手の容姿や状態はもちろん位置情報までリアルタイムで常に把握し続けるのは困難であると思われた。

 いずれにしても、制圧兵器を殺人兵器に改造申請するというのは、あまり良い気分ではなかった。

 それ以外にも、マイクロウェーブやレーザーガンにある程度耐える事が出来るボディスーツやヘルメットも必要だろう。

 気密性や軽量酸素ボンベの必要性も考えなければならないだろう……今回の戦いでは本当に沢山の戦闘データを収集することが出来た。これを次の戦いに活かすのも私の仕事の一つだ。

 そう考えると、帰還後に書かなければならない書類の山を想像し、げんなりする榊原であった。

 

 「朝鮮より艦隊が出航したと報告あり!」

 

 榊原の思考はこの報告で強制的に中断され、艦内の緊張は一気に高まった。

 

 「もしも朝鮮が我が国に敵対行為を行った場合、それに対抗するための軍事行動の指揮権は、防衛大臣と総合幕僚長にあると思うんだが……」

 

 榊原は艦橋で首を傾げながら腕組みをしていた。

 それを見て、護衛艦『こうき』艦長瀬川が帽子を被りなおしながら言った。

 

 「通常ではそうかもしれませんが、今回は主賓奪還作戦の延長上の事なので観念して下さい」

 「まぁ。確かにそうですね」

 

 榊原は肩をすぼめて答えると、全艦に戦闘準備を命令した。

 総員が一糸乱れぬ動きで元気に戦闘準備に移行する。

 その様子を見て可憐が独り言のようにつぶやいた。

 

 「なんか…みんな嬉しそうに見えますが…」

 

 すると瀬川艦長が答えた。

 

 「決して嬉しいことはありません。我々自衛官は基本的には入隊から退役まで訓練だけを行って過ごします。それは護衛艦も同じです。第二次大戦以降、日本の軍艦は実戦はおろか、実弾すらまともに発射したことは無いのです。しかし、今回このような機会に直面し、初めて実戦を通して隊員の熟練度や艦の性能を見る事ができます。これは非常に重要なことなのです」

 「つまり、ワクワクしてるってことね」

 

 可憐は瀬川艦長の言葉をばっさりと切り捨てた。

 

 「朝鮮艦隊の詳細を知らせ」

 

 榊原が更なる情報を要望する。

 

 「駆逐艦2、フリゲート11、コルベット32、その他小型船120」

 「ちょ……1艦で相手にできる数じゃないぞ?」

 「心配に及びません。今、佐世保の護衛艦隊がこちらの海域に向かっています」

 

 榊原が動揺しているのを見て瀬川艦長が答えた。

 

 「それに、この艦にはランクAの私がおります。単に敵を沈黙させるだけであれば簡単ですわ」

 

 小野寺可憐が銀髪を掻き上げながら笑う。

 確かに浮遊能力を持っている可憐であれば、敵のレーダーに探知さずに接近し、打撃を与えるのは容易いだろう。だが、それにしてもあれだけの数を沈黙させるのは簡単ではないだろう。そう思って可憐に直接聞いてみると、面倒臭そうにこう答えた。

 

 「大波を艦の横っ腹にぶつければ、簡単に転覆できるじゃないですか?」

 

 

 ◆

 

 「敵の戦闘データは取れたか?」

 「はっ。現在急ピッチで個人別にデータを数値化しております」

 「よし。引き続き作業してくれ」

 「御意」

 

 朝鮮共和国初代最高指導者キム・ソギョンは広い党首執務室の会議テーブルの上座に座り、側近の3名から先の戦闘について報告を受けていた。

 テーブルにはそれ以外に軍指揮官等、10名ほどが会議に参加していた。

 

 「我が国はかなりの被害を出したように見えるが、超能力研究施設1棟と引き換えに、日本の超能力者の貴重なデータを得る事が出来たのだ。そう考えると十分な成果だと言えるだろう?」

 「はい。おしゃる通りでございます」

 「ここで得た情報をクローンで生み出した超能力者へ『記憶』という形でフィードバックが出来たら……ふふふ…面白いことになると思わんかね?」

 「さすがは聡明なる指導者であらされます。私には考え及びもしませんでした」

 

 ソギョンは右手の親指と人差し指を出す。

 それを見た側近の一人が金属製のケースから葉巻を1本取り出し、丁寧に先端をハサミでカットすると、ソギョンの指にそっと置いた。

 ソギョンはそれを2本の指で挟むと口元に持って行く。

 すかさずもう一人の側近が年代物のオイルライターで火をつける。

 ソギョンは椅子の背もたれに身を預けると、幸せそうに葉巻をふかした。

 周囲はとたんに葉巻の煙と独特な香りで覆われる。

 

 「だが、研究にはもう少し時間が必要だ。それまでは日本にいい夢を見させておけば良い……しかし」

 

 ソギョンは葉巻をゆっくり吸い込み、その煙をゆっくり吐き出す。

 

 「最終的に勝つのは我が朝鮮共和国と知るが良い」

 「「最高の国朝鮮万歳!最高の指導者ソギョン様万歳!」」

 

 広い執務室には「万歳<マンセー>」の声がいつまでも響いていた。

 

 

 ◆

 

 あの後、結局敵艦隊は何も仕掛けてこず、6時間もの長い間、だた睨みあっただけでそれぞれ引き返したのだった。

 可憐曰く、「この無駄に流れ去った時間を返して欲しいわ」

 榊原曰く、「俺も同意する」

 艦長曰く、「訓練の成果をお見せできず残念です」

 

 ……こうして、主賓奪還作戦はひとまず完了したのであった。

 

 だが、肝心の志郎の方はあまり良い状況とはいえなかった。

 前頭葉および側頭葉、頭頂葉に埋め込まれたチップについては、搬送された翌日には除去が完了したが、後頭部のプラグは位置的に取り除くことは困難であり、入院から3日経過した現在に至っても、プラグそのものが何の目的で埋め込まれたのか不明のままで、志郎の意識もまだ回復にはいたっていなかった。

 調査を困難にしている最大の理由は、回収されたチップやプラグ、金属の箱の中に詰まっている機械類があまりにも古い代物で、今の日本ではそれを解析できる機械が存在しないことだった。セキュリティを重視するこのハイテクの時代に、あえて独自のローテクを使用することで逆にセキュリティレベルが高くなるという、何とも皮肉な状況に頭を抱える研究者チームであった。

 その研究者チームの中で、唯一、楽しそうに研究に没頭している人物がいた。

 豊富博士である。

 反政府同盟において、様々な発明と研究を行った超能力開発の第一人者であり、今は亡き剣淵にもっとも信頼されていた人物でもあった。

 

 「いやーこの少年は以前から詳しく調査したいと思っていたんだが、まさかこんな形でその機会が訪れるとは思ってもみなかったよ。前回は時間が無くてまともに調べる事が出来なかったからリベンジと行こうじゃないか」

 

 などと嬉しそうに語っていた博士であったが、進捗そのものは芳しくなかった。

 政府の最新設備が逆にアダとなり、解析が思うように進まないのは、さすがに博士といえど苦虫を噛む状況だった。

 

 プラグから伸びているケーブルには微弱な電気が流れており、脳へ電気的刺激を与えるためのプラグ、或いは脳の電気信号を読み取るためのプラグのどちらかの役割で埋め込まれたものと推測された。

 だが、頭に埋め込まれていたチップもそうだが、そんなことでわざわざこのような大袈裟な機械を埋め込む必要はないはずだが、金属の箱が何の為にあるのか解析できない現状においては、下手に動かすのは危険だと判断されていた。だが、豊富博士だけは当初から「別にプラグなんて抜いてもいいんじゃね?」と楽観していた。

 入院してから一週間が経過した頃、豊富博士が「このままだと私がやりたい研究ができない!」という理由で、プラグを抜く作業が強行された。

 プラグは慎重に除去されたが、その瞬間、金属の箱のランプが緑から赤へ変わる。

 

 「……」

 

 その場にいた全員に緊張が走り、数秒間の沈黙が続いたが、特に脳波や心電図に変化は見られず、豊富博士が「だからさっさと抜こうと言ったのに」とグチをこぼすのであった。

 

 これでプラグを取り除くことは出来たが、首筋に残されたソケットについては位置的に除去が難しかった。

 下手に触ると、脳への直接ダメージの可能性があり、単にストレスを与えるだけでも海馬への影響が懸念されたため、ソケットの摘出は見送るべきとの見解がほとんどであったが、豊富博士だけは断固として「摘出すべき」であった。

 

 「主賓が拉致された日時から考えても、ソケットが埋め込まれてからそれほど時間は経過しておらず、抜くのであれば早急に行った方がリスクは少なくて済む。また、ソケットを残しておくと、そこから超能力や電磁波等の影響を直接脳へ受けやすくなる可能性があるし、もし万が一にも再び朝鮮に囚われれば、そのソケットを再利用されてしまう」

 

 この博士の言葉は、博士が全責任を負うという条件で承認され、手術も博士が担当した。

 結果的には無事にソケットも摘出したが、主賓の意識はまだ戻らなかった。

 

 次の日から志郎は一般病棟に移動され、そこから楓がつきっきりの状態となった。

 そこへさゆりが花を持って見舞いに来たが、楓がいるのを見てぎょっとした。

 

 「どうしてここに花橘がいるのよ?」

 「わたしはシロを守るのが任務。もちろんあなたからもシロを守る」

 「はあ?あたしが何をするってのよ!?」

 

 ベッドを挟んで二人の美少女が火花を散らす。

 

 「そもそもあんたが動けない間、あたしがこいつを守っていたんですからね」

 「そう。それには感謝する。だが、もう結構」

 「折角買ってきたんだから、花くらい置いて行ってもいいでしょ!?」

 「そうね。わたしが代わりに受け取っておく」

 「だからあんたは引っ込んでなさいよ!」

 

 それを見ていた担当医が心の中でつぶやいた。

 

 (主賓よ……今目覚めると地獄だよ?)

 

 


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