主賓奪還作戦3
■主賓奪還作戦3
11月2日22時。高速艇からゴムボートが出され、そこに特殊部隊6名が乗り込み、元山<ウォンサン>付近の砂浜から上陸する予定となっていた。
今頃は元韓国領内でレジスタンスが暴れているはずなので、こっちは手薄になっていることを祈って海岸に近づく。
ちなみにゴムボートの動力は楓の超能力であるため、音はほとんどせず、波の頂点から頂点へ滑るように移動していた。
海岸付近でボートを一度停止して、上陸ポイント付近を索敵したが、周囲からは生体反応が感じられなかった。
楓は少し嫌な予感がしたが、ここまで来て引き返すという選択は無いし、先ずは陸上の移動手段を確保する必要があった。
幸い、元山は観光場所としても有名であったため、市街地方面はまだ賑わっており、車も若干ながら走っているようだった。
赤松と青木はこちらに向かってくる軍用ジープを超能力で停車させると、運転手と助手席の兵士を海に投げ込み移動手段を確保した。
この軍用ジープは運転席と助手席以外は荷台となっており、運転手の黒田と助手席の楓以外は全員荷台へ乗る事となった。
道路は舗装されてはいたが、日本のそれとは大きく異なり、路面は波打ち、至る所に穴があいた継接ぎだらけの路面であった。荷台の4名はあまりの振動と揺れに、常に超能力を使っていなければ振り落とされるほどであった。
そのような状態でジープは南下し、旗対嶺<キッテリョン>の麓にある超能力施設を目指す。途中で2回ほど朝鮮の軍用車輌と出会ったが、向こうがこちらに気付く前に処理を完了した。
予定では午前1時に敵施設を襲撃し主賓を確保次第撤収。午前5時に金剛山<クムガンサン>の北東、トンチョン付近で高速艇にてサルベージ予定だった。
ジープは通常では考えられないほどの猛スピードで町の中を疾走するが、そんな珍しい光景を見るような人影はなく、町にもほとんど明かりは無かった。
現在の朝鮮共和国は独裁国家であり、今ではほとんど見ることが出来なくなった社会主義国家であった。また、先軍政治を推し進め、核兵器や生物兵器を筆頭に軍事開発を国の最優先事項と定め、最近では電磁パルス研究や超能力研究も盛んに行われていた。
軍事を優先しているので当然国民は疲弊していたが、社会主義国家であるため、国内における企業の競争というものが存在しないことで、首都平壌以外の国民の生活レベルが向上することはなかった。
国民の生活を犠牲にしてまで軍事力を優先するこの国のあり方に直面し、さゆりは激しい怒りとともに、こんな危険な考えを持った国が日本のすぐ隣にいることに恐怖を感じていた。
ジープは高山<コサン>付近に到着し、現着まであと15分程度の距離となった。
ここからは楓が防御壁を、黄川田に超能力者警戒網を展開させ現場に向かった。
赤松と青木はレーザーガンによるオートエイム機能で標的を探っている。
しばらく進むと高山の町を抜け山道となってくる。路面は砂利へと変わり道幅も狭くなってくる。周囲にはあまり木はなく、いわゆる岩山に近いイメージだ。
楓は道路の脇に車を止めるように指示し、そこからは徒歩で道路を進む。徒歩と言っても、そこは超能力者の集団だ。この路面を考えると車よりも速いだろう。
その時、楓は右手を挙げ全員に停まるように指示を出す。
「この先300メートルにゲートがある…」
楓は赤松と青木に様子を見てくるように指示すると、二人はすぐに暗闇に消えて行った。
するとすぐに青木から通信が入った。
「ゲートは道を完全に封鎖。左脇に詰所があるが生体反応なし。詰所の屋根に機関砲1門、詰所の後方に高さ10メートルほどの塔のような建造物がある。ゲートの向こうはちょっとした広場となっており、向って左手100メートルほど先に研究施設らしき建造物あり。道はゲートからそのまま直進方向に伸びているようだ」
報告を受けた楓はすぐに問い返す。
「二人は電圧を感知することは可能か?」
「はい?…い、いいえ、出来ません」
その言葉を聞くと同時に楓は精神集中を開始した。すると、ある一点の場所に集中して電気が集まっているように感じた。
「塔の形状を詳しく報告しろ」
「塔の頂上から筒状のものが4本伸びており、ちょうどメガホンをひし形に並べたような形になっていて……」
「す ぐ に 退 避!」
楓が叫ぶのと同時にメガホンからマイクロウェーブが放射された。楓は瞬時に二人の元へ移動すると同時に、全力で防護壁を展開し赤松と青木の保護を試みたが、二人は重なるように地面に倒れた。
楓は二人の腕を掴み、またもや瞬時に黒田とさゆりの元に戻ってきた。
「やはり気付かれていたか……二人とも大丈夫か!?」
よく見ると、二人からは水蒸気のような煙が立ち昇っていた。
楓は二人の左手首にある腕時計よりもやや大きめの端末を操作し、それぞれのバイタルをチェックする。
どうやら二人とも気を失っているが、命に別状はない様子だった。だが、マイクロウェーブをどれほど浴びたのか不明であるため、後遺症が残るかは現状ではわからなかった。
「敵はマイクロウェーブを照射してきたようだ。普通の人がそれを浴びれば、瞬時に体内の水分が沸騰し数秒で爆発するだろう……だが、二人はスーツとヘルメットを着用し、わたしもすぐに防御壁を展開したから大丈夫だと思う。多分、脳なり三半規管なりに衝撃を受けて気を失っているだけだ」
そう言うと楓は立ち上がった。
「黄川田はここで二人を守れ。黒田、山本はわたしについて来い。ゲートを突破する」
「と…突破するって言ったって、あの二人を攻撃してきた敵の電磁波兵器はどうするんだ?」
黒田は仲間二人が一瞬で倒されたことで多少動揺していた。
だが、楓は何事も無いように答えた。
「その兵器を破壊してゲートを突破し、施設内を捜索して主賓を保護し撤収する。ただそれだけ」
「マ、マジか…」
黒田が驚いていると、さゆりが横から口をはさむ。
「全然大丈夫だよ。悔しいけどこの花橘って子はめちゃくちゃ強いから。ランクBの私たち兄妹を一撃で戦闘不能にするほどの能力を持ってるんだよ?」
「マ、マジか…」
同じくランクBの黒田が再び驚きの声を上げる。
「黒田と山本は敵のマイクロウェーブだけに集中して防御壁を展開。ゲートの制圧はわたしがやる」
「もしも敵が機関砲を撃ってきたら……」
「機関砲は多分、使えない。マイクロウェーブへの安定的な電力供給と制御で精一杯のはず。でも一応破壊するつもり」
黒田の意見に対してすぐに楓が喰い気味に反論すると、続けて命令する。
「1分でゲートを突破し2分後に研究施設内へ突入する。では行動を開始!」
三人は飛ぶようにゲートに向って走り出す。
黒田とさゆりは両手を前に出し、防御壁を展開している。
「来る!」
楓の声と同時にマイクロウェーブが照射されたようで、周囲の空気が激しく振動し、ヘルメットのバイザーに表示されているモニターにノイズが走る。
だが、ランクBの二人が作り出している防御壁に阻まれて体へのダメージは無い。
楓は走りながら精神を集中すると、左手を高く上げ、すぐに素早く振り下ろした。
次の瞬間、マイクロウェーブの塔は途中から折れ、轟音と共に詰所の屋根の機関砲に崩れ落ちた。
屋根はそのまま抜け落ちて詰所が押しつぶされ、もくもくと土煙が舞い上がる。
詰所と繋がっていたゲートもひしゃげて人が余裕で通れる隙間ができた。
砂塵が舞う中、楓とさゆりは何事も無かったようにその隙間を抜けて行く。
「ひゅーぅ。一撃かよ」
口笛を吹きながら黒田もそのあとをついていく。
すると、研究施設から人影がこちらに向かってくるのが見えた。もちろんヘルメット越しに。
楓はレーザーガンを構えると、自らも走りながら接近する敵を次々と倒していく。
「黒田と山本はここで逃走経路を確保。敵が現れたら適時応戦しろ。わたしは施設に入り主賓を保護する」
「「了解」」
楓は敵の真っただ中に飛び込んで行き、それを黒田とさゆりが援護射撃を行う。楓は全く目前の敵は相手にせず、施設の屋根にジャンプすると、何事もなかったようにそこに穴をあけて施設の中に潜入した。
それを見ていた黒田は思わずつぶやいた。
「噂では聞いていたが、聞くと見るとじゃ大違いだな……花橘楓……これほどとは思わなかった」
「たぶん、この山道の先にある旗対嶺<キッテリョン>ミサイル基地からも敵の増援がくるはず。あたし達もここが踏ん張りどころよ!」
「わかってる!」
二人は崩壊したマイクロウェーブの塔を拠点にして戦う事にした。
◆
廊下に降り立った楓は、この施設内に志郎がいる事を確信していた。
10年以上も志郎の傍で守り続けてきたのだ。その存在が近くにあるのかどうかは肌で感じることができる……楓にとって志郎はそれほど特別な存在なのだ。
楓は導かれるように下を目指した。
施設内は日本のそれと比べると、廃虚と言ってもいいレベルだった。
壁は所々ヒビ割れており、その割れ目からは水が染み出た跡が残されていた。電気もほとんど点いておらず、避難誘導灯ですら消えていた。
施設にある機器はどれも旧式で、逆にこの設備でよく研究を進められるものだと感心してしまうほどだ。
敵は外で戦っている黒田とさゆりに気を取られ、そちらに戦力を回しているようで、楓はほとんど誰にも会うことなく施設内を調査することが出来た。
だが、さすがに1階ロビー付近は敵が多くいるようで、施設内に侵入されないように入口にはバリケードまで作ってあった。
(すでに侵入してるんだけどね)
楓はそのまま見つからないように地下へ向かう。向かうと言っても階段やエレベーターを使う訳では無く、床をぶち抜いて下の階へ降りて行くのだ。
施設の見取り図は作戦前に入手済でデータはヘルメットに保存されており、バイザーに3次元MAPと現在地が表示されているので迷子になる事もない。
(重要な研究は……最下層?)
楓は地下4階まで降り廊下を覗くと、研究資料を持った研究者と思われる人達が右往左往していた。
研究者がいるという事は、この奥に志郎がいる可能性が高い。
楓は目にも留まらぬ速さで研究者達に近づき、次々に掌底を突き上げると、あっという間に廊下は沈黙した。
見ると、奥の部屋のドアが開いており、そこから光が漏れている。楓は躊躇することなく部屋の前まで来ると、そっと中を確認する。
そこは20メートル四方ほどの大きな部屋があった。その中央にはベッドがあり、その上に上半身裸の男が寝かされていた。
髪の毛は全て綺麗に剃られており、前頭葉、側頭葉、頭頂葉付近からそれぞれコードのようなものが出ている。どうやら天井から吊るされている円形の機械に接続できるようになっているようだ。ほぼ間違いなく、頭に何かしらのICチップが埋め込められ、日夜研究対象となっていたのは明白だった。
ベッドの周囲には古めかしい大型コンピュータが並んで置いてあるが、今は待機状態となっているようだった。
これほど古いコンピュータを使っているからこそ、脳内チップへのアクセスが有線であるのだろう。
(ベッドの男は間違いなくシロだ。……そしてこれは罠だ)
そう、罠──。それはわかっている。でも、だから何だと言うのか?
わたしはシロを助けに来た。そして、目の前にシロがいる……じゃあ、やることは一つ。
楓は防御壁を展開しつつ部屋に入った。
すると、ブザーが鳴り響き部屋が赤色灯に切り替わった。
楓は全く気にするそぶりも無くベッドまでダッシュすると、志郎を抱き起そうとする。
その時、志郎の後頭部…髪があるならうなじの辺りにプラグが埋め込まれており、それがベッドの横に備え付けられている金属製の箱から伸びているコードと繋がっているのを発見した。
金属製の箱は複数のランプが緑色に点滅しており、無理にプラグを引き抜くのは危険だと思われた。
「ベッドから動かさない方がいいと思うよ?」
突然、幼さが残る声が響く。
楓は部屋の奥を見ると、円筒状のカプセルが5台ほどあり、それらの蓋がエアが抜ける音と共に持ち上がりやがて完全に開いた。
5台の内、中央のカプセルの中から人影が現れ、ゆっくりと歩き始める。
「久しぶりだね、楓ちゃん……まさかヘルメットに思いっきり名前を書くとは…それ、何アピールなの?」
人影が笑いながら近づいてくる。見た目はかなり若い。小学生くらいか。
だが、その顔立ちや仕草は身に覚えがあった。
──栗林一。
「動くな」
楓がレーザーガンを構える。
「へぇ。超能力じゃなくてレーザーガンを構えるってことは、まだ本気で俺を殺そうとしていないんだね。これは喜んでいいのかな?」
「黙れ。動くなと言っている」
抑揚の無い楓の声が凛と響き渡った。
クリリンは少しおどけた様子で肩をすぼめて立ち止まる。
それを見て、楓は続けて質問する。
「随分と若返ったようでなによりだ、クリリン。お前は朝鮮へ亡命する時、シロをすぐに帰すと言った。だがその言葉は履行されなかった。だからわたしの方からここにやってきた。シロは貰っていく。お前の事はどうでもいい。邪魔をするな」
楓はふたたび志郎のプラグの対処に入ろうとする。
クリリンは右手を振りながら話始める。
「いやいや、楓ちゃん。俺は『無事に日本へ帰す』と言ったんだ。『すぐに帰す』とは言ってないはずだ……まぁ、そんなことはどうでもいいか」
クリリンはそこまで話すと、パチンと指を鳴らした。
それを合図に、残りのカプセルから人影が現れ、クリリンのもとに集まってくる。
「ま、まさか…」
それを見た楓は言葉を失った。
そこには5人の小さなクリリンが立っていたのだ。
「ははは。どうだい?驚いた?」
「そう、僕達は栗林一のクローンだよ」
「しかも、オリジナルの脳内記憶を全て取り出し、クローンである俺たちに埋め込んだんだ」
「だから、今までオリジナルが何を見て、どうやって生きてきたのかは、全て俺たちの記憶として残っているんだ。つまり、僕達は完全に栗林一であると言える」
「これはそこで寝ている主賓の事件から導いた実験の成果だ」
5人のクローンクリリンが順番にしゃべっていく。
楓はただ見守るしかできなかった。
「主賓は記憶を失うと超能力も失った」
「では、逆に記憶を移植したらどうなるか?非常に興味深い研究だとは思わないかい?」
「そこでIQが高い者と身体能力が高い者それぞれ250人を集めてきて、栗林一の記憶を移植してみたんだ」
「でも、結果は残酷だよ……合わせて500人の被験者の内、超能力が使えるようになった者は0人だった」
「そして、別途栗林一の細胞からクローンを500体作成し、栗林の記憶を移植して後天的に超能力が発現したのは……ここにいる5人だけ」
「この結果から、記憶の移植先には超能力としての素養を持った者じゃないと、超能力者は生まれないと考えられる」
「まあ非常に確率が低い結果となったけど、超能力者の複製という観点では一応成功したとも言える」
「そう、朝鮮共和国は超能力者の独自開発に成功したのだ」
この古い設備では超能力の発現を促す新薬の開発は不可能。
しかし、クローンは古くからある技術であり、人体実験をする上で最大の障害となる倫理観を排除できるのであれば、人間が持つ未知の可能性を飛躍的にアップさせる研究が可能であった。それは独裁国家であり社会主義国家である朝鮮共和国だからこそ出来ることであった。
「この研究結果から、人間の記憶と超能力は密接に関係していることがある程度証明された」
「ただし成長促進剤で急成長させた体はかなり脆いようで、運動というよりも普通に動くだけでもシンドイんだよね」
「ほんと、超能力があって良かったよ」
楓はそれらの会話を無視して、志郎をベッドから連れ出すことが可能かを調べていた。
物理的に志郎の体に影響を与えそうなものは、うなじから出ているプラグコードだけのようだった。
そのコードが繋がっている金属製の箱はベッドにはめ込まれているが、簡単に取り外すことが可能となっているようで、電源供給は内蔵のバッテリーと思われた。
これは点滴などと同じく、トイレや散歩等に行く場合、ベッドから取り外してそのまま持ち歩くようになっていると考えられる。
楓は金属の箱をベッドから取り外そうと、そーっと持ち上げてみた。
すると、フックが外れ箱の重みが伝わってくる。箱の横をみると、変わらず緑色のランプが点滅を繰り返していた。
「楓ちゃん。無視するとは酷いじゃない」
「どうやらプラグをつけたまま運ぶつもりみたいだよ?」
「うん。その方が賢明だろうね」
「でも、簡単には連れて行かせないけどね」
一人がそう言うと、5人のクローンは素早く散開してベッドを取り囲んだ。
それでも楓は無視して外した箱を志郎の腹の上に置き、抱え込ませるように志郎の両手を箱の上へ置いた。そしてそっと上からシーツを被せた。
楓はふいに立ち上がると、同時にレーザーガンのトリガーを引いた。
レーザーは一人のクローンの右太ももを貫通したようで、短い悲鳴とともに床に倒れ込んだ。
「ちょ!不意打ちとは卑怯だろ!?」
「そうだそうだ」
「痛い!超痛いよこれ!」
「大丈夫だ。レーザーガンは基本的には制圧モードでの射撃だから、右太ももに自動照準するようになっている」
「そう。だから単に撃たれたとしても命を奪う事はできないはずだ」
楓は「はぁ」と大きくため息をつく。
「あなた達は全員でしゃべらないと気が済まないの?うるさくてしょうがない」
そう言いながら、超能力で別の一人に衝撃波を叩きつける楓。
「ぐはぁ!」
クローンの少年は古いコンピューターに激しく激突し、血を吹き出し動かなくなった。
「あっ!また不意打ちだ!」
「きったねー!もうこっちも遠慮しないからな!」
「全員、攻撃開始!」
クローン少年3人が同時に精神集中に入る。
だが、楓はすぐさまレーザーガンで3人の右太ももを射撃した。
「ぎゃあ!」
「痛ってー!」
「何これ!ペンチで肉を思いっきりつねられたような痛さだ!」
楓は床に転がって痛がる4人のクローンを見下ろす。
「あなた達はクリリンの記憶をもらったおかげで戦闘に関する知識はあるかも知れないけど、体は実戦に耐えれるだけの強度も経験も無い。つまり、あなた達はオリジナルのクリリンよりも遥かに弱い」
そう言うと、楓はそっと志郎を抱きかかえ、入り口に向って歩き始める。
「待て!逃げるのか!楓ちゃん!」
「これで勝ったと思うなよ!」
「俺たちはまだ本気を出していない!」
「次に会ったときは絶対俺たちが勝つからな!」
クローン少年4人衆は右太ももを押さえつつ負け惜しみを言い放つ。
楓は入口で足を止めると、振り返らずに4人に向ってしゃべりかける。
「あなた達はクリリンの記憶までも受け継いだクローン。つまり、あなた達はあたしの恐ろしさも十分知っている。あたしと対峙しただけで怖くて怖くてじっとしていられない。集中もできない。出来る事なら今すぐ逃げ出したいと思っているはず……」
「そ…そんなことは…!」
クローンの一人がしゃべろうとしたが、楓はそれを許さず話を続けた。
「本当であれば、あなたたちを生かしておけば将来の不安要素になりかねない。だが、今回は少年ということで特別に温情をかけてあげる。嬉しく思いなさい」
そう言うと、楓は一気に能力を解放し精神攻撃を4人同時に行った。
「「ぎゃああぁぁぁ」」
大音量でこだまする絶叫。しかし、すぐに4人とも沈黙する。目はうつろで焦点が定まっていない……。
4人は精神崩壊していた。
(今後クローン技術の精度が上がると厄介だ……それに主賓の情報まで流出したのであれば、これからの朝鮮は一番危険な国となる)
楓は主賓を抱え部屋を出ると、無線で報告を行った。
「主賓の奪還に成功。これよりゲートにて合流する」
報告を終え廊下に出ると、激しい爆発音とともに建物が激しく揺れた。
全ての電気は消え、壁や天井には亀裂ができ、天井が崩れ始める。
ホコリが立ち込め、瓦礫が落ちてくる。
施設は朝鮮からの攻撃により、完全に瓦礫の山と化した。
◆
崩壊したマイクロウェーブの塔の影から、黒田とさゆりの二人はレーザーガンのオートエイムで次々に接近する敵を倒していた。
「何かあちらさん、足を撃ち抜かれた人で溢れ返って渋滞が起きてるんですけど?」
「ああ。あちらさんも負傷者が邪魔かもしれんが、こっちも邪魔だな。生きた人間バリケードと化している」
オートエイムにより何度も同じ人間をロックオンし、無駄にレーザーを撃たされているため、バッテリーはすぐに底をついてしまった。
仕方なく二人は超能力攻撃に切り替える。
さゆりは目を閉じ精神集中に入る。
その間、黒田は防御壁を展開して敵の銃弾や砲撃を防いでいたが、敵は攻撃が止んだと思ったようで、前線を押し上げて来る。
さゆりは目を開くと右手を水平に払った。
空間が歪んだと思った瞬間、爆発音とともに凄まじい衝撃波が敵の一団に襲い掛かる。
地面がえぐられ、土ぼこりが舞い上がる。
一瞬にして目前から敵が消え、えぐられた地面は施設をかすめて更に50メートルほど続いていた。
「やるな山本妹。お前は攻撃特化か?」
「まぁね。そういうあんたは防御特化?」
「あんた言うな。年齢は俺の方が上だ。それに俺はバランス型だ」
「はいはい」
さゆりは適当に黒田をあしらいながら、施設の奥から現れた自走砲に衝撃波を喰らわせていた。
その時、上空から風切音が鳴り響いた。
──ヒュオン!!
と、同時に衝撃波が二人を襲う。続いて上空で爆発が起きる。
「こ、これは──徹甲弾か」
「多分、今のは着弾地点の誤差確認の砲撃だから、本番は次からよ?」
「ちっ!」
ヒュオン!ヒュオン!ヒュオン!
「早速おいでなすった」
衝撃波と爆風が上空で吹き荒れる。ヘルメットを被っているにもかかわらず、耳がキーンと鳴る。
辺りが爆発の炎と爆風の熱でさながら地獄と化す。
「防御すんの手伝おうか?」
「いらん!」
「じゃあ、これが止んだらちょっと移動しようか。砲撃の場合、一箇所に留まっているとどんどん精度が上がってくるから危険だよ」
さゆりと黒田は隙を見て塔の瓦礫から飛び出すと、道なりに山を進んだ。
ゲート付近を見下ろす位置まで歩くと、第3波攻撃がマイクロウェーブの塔に次々と着弾し、塔を含めたゲート周辺が爆発の黒煙に呑みこまれていく。
「砲撃は高山<コサン>方向からのようだけど、来る途中には誰一人いなかったはずよね」
「ああ、むしろ不自然なくらい生体反応が無かったから、何かあるとは思っていたがな」
さゆりの意見に答える黒田。
「──だが、このままでは施設まで爆発に巻き込まれる可能性が高いぞ?」
「むしろ、施設を守りきれないと判断した場合、そうする可能性の方が高いかもね。でも──」
さゆりは今自分たちがいる道の先……山の上の方が明るく光っている事に気が付き、そちらを指差しながら話を続ける。
「旗対嶺<キッテリョン>の部隊がやってきたってことは、この砲撃は止むはずよ」
「じゃあ、やつらを出来るだけゲート付近まで引き付けた方が砲撃を抑止できるってことだな」
ヘルメットの索敵結果によると、敵は主に装甲車と歩兵部隊で編成されているようで、ライトで道を照らしながら行軍しているため、自分達の位置を知らせているようなものだった。
「あいつら完全にあたし達を舐めてるわね」
「だろうな。なんせ超能力者と戦うのは初めてだろうから、多分さっきの砲撃でやられたとでも思ってるんじゃないか?」
「とりあえずゲート広場まで後退しましょう」
「ああ」
二人はゲート広場まで能力を使って飛ぶように戻る。
周囲の地面は先ほどの砲撃で至る所に大きな穴が空いており、塔やゲートは元の形を留めておらず、まだ黒煙が立ち昇っている所もあった。
隠れ場所と言ったら、見た感じだと爆発で出来たクレーターのような穴しかなさそうだが……。
「あそこの上から広場を観察しましょう」
「よし、第二ラウンドの始まりだ」
黒田とさゆりの二人は、敵の部隊がゲート広場に入ってくるのを、研究施設の屋上から眺めていた。
◆
黄川田は気を失っている赤松と青木を山道からは死角となる大きな岩の影に移動して身を隠していた。すぐ後ろは10メート以上の崖となっている。
山の上の方からは爆発音が聞こえてくる。ふと見ると、爆発のせいなのか、空がかなり明るく照らされていた。
「早速始まったな……」
黄川田は現状を通信で榊原に報告すると、ミサイル護衛艦からの遠隔攻撃の準備を要請した。
次に二人のヘルメットを外し、外傷のチェックをする。更にバックパックから吸入器を取り出し、それぞれの鼻に装着し強制的に空気を送り出し、弱まっている自発呼吸を促した。
やはり二人とも見た目には特に問題は無いように見える。だが、マイクロウェーブの怖い所は脳への直接ダメージだ。ヘルメットがあったとはいえ、一瞬でも防御壁が無い状態でマイクロウェーブを浴びたのは確かだ。体の麻痺程度で済むのであれば御の字かもしれない。
黄川田はこの二人が第2特殊部隊から離脱するなんて考えたくもなかったが、今はヘルメットの性能に最大の期待をかけるしかなかった。
その時、山道にライトが光るのが見えた。
岩影から覗いてみると、敵の軍用ジープが近づいてくるとライトを消して停車した。ジープは屋根が無いオープンタイプで、後部座席は取り払われ、代わりに機関銃が備え付けられていた。
敵の人数は二人。運転席に座っていた軍人らしき者が車内で立ち上がり、双眼鏡で研究施設の方向を見ている。助手席の者は旧式の通信機で何かしら連絡を取っているようだ。
(やるか?)
黄川田は精神集中に入ろうとした時、もう一台の軍用車がやってきた。
そちらは軍用トラックタイプで、荷台が幌となっておりベンチ式の椅子が両脇に並び、10人ほどの人間を運ぶことができるようになっている。
だが、実際には何人の人間が乗っているのかは、今の黄川田の位置からは確認することはできなかった。
軍用トラックはジープの後方に停車するとライトを消した。
依然としてジープの運転席では、双眼鏡で施設方向を確認しており、トラックも停車してからは特に動きは見られなかった。
(突入のタイミングを計っているのか?)
そう考えていると、突然耳をつんざくような甲高い音がしたと思った瞬間、施設付近で爆発が起きた。
周囲の山肌が爆発の炎で照らされる。
(まさか、あのジープが砲撃の座標を指示しているのか!?)
黄川田がそう思った時には次々とゲートに砲弾が撃ち込まれていた。
激しい地面の振動ですぐ後ろの崖が崩れはじめている。黄川田の能力では、意識が無い二人と自分自身が崖下に落下した場合、二人を無傷で助ける事はたぶん出来ないだろう。
(この砲撃を止めなければ施設にいる味方とここの二人の命が危ない。その為にはジープの指揮官を倒さなければならない……だが、そのあと自分一人で敵全員を相手にできるだろうか?)
だが、黄川田にはあまり考えている暇はなかった。決意を固めると、精神集中に入った。
本来黄川田は戦闘は得意な方ではない。第2特殊部隊でも基本的には後方支援が主な担当だった。だが今は黄川田しかこの状況を変えることは出来なかった。
黄川田は両手を前方に勢いよく突き出した。
すると、衝撃波が運転席側のドアが大きくへこますと、左サイドが跳ね上がり助手席方向(右方向)に横転し逆さまとなった。
助手席の者は反動で吹き飛ばされ、運転席で立ち上がっていた者は車の下敷きとなった。
黄川田は間髪入れず道路の真ん中に移動し、トラックの正面に向って衝撃波を撃ちこんだ。
トラックの運転席と助手席は潰れてフロントガラスが粉々になる。だが、荷台からは兵士たちがアサルトライフルを構えながらゾロゾロと降りてきた。
兵士たちは全員暗視スコープを装着しており、こちらを発見するとすぐに発砲してきた。
敵の兵士は全部で8名。全員がアサルトライフル持ちで、腰にはハンドグレネードとフラッシュバンを装備しており、更にトラックから対戦車用ロケットランチャーを引っ張り出していた。
黄川田は防御壁を展開しつつも、ジリジリと後退を余儀なくされていた。
敵は黄川田に攻撃の隙を与えないように、リロード時間を上手くカバーし合いながら絶え間なく攻撃を加えていた。
(アサルトライフルだけであれば何とでもなる。フラッシュも味方の暗視スコープを考慮すると使用するのは難しいだろう。問題はロケットランチャーとグレネードか)
狭い山道でロケランやグレネードを使用されれば、その爆風や振動は岩陰の二人にまで及ぶだろう。
(それら爆薬系の武器を使わせないためには──敵との距離を詰めるしかない!)
黄川田はダッシュで敵との距離を詰めようとした瞬間、左脇腹に激痛が走り転倒する。
見ると、先ほどジープの助手席で吹き飛ばされた者が、うつ伏せに倒れ虫の息になりながら拳銃を握っていた。瞬時に黄川田は精神攻撃を行い助手席の男を無力化する。
特殊ボディスーツは防弾性能はあったが、銃弾の衝撃までは吸収しきれないため激痛が黄川田を襲っていた。
精神集中が乱れ、防御壁が消滅しかかっている。
「ただではやられん!」
黄川田は叫びながらレーザーガンを抜くと、すぐにオートエイムでロックオンを開始する。
その間も敵の銃撃は止むことを知らず、防御壁からすり抜けた銃弾が黄川田の左肩と左足に次々と命中する。
約1秒でロックオンすると、すぐに黄川田はトリガーを引いた。
音も光もないレーザーが敵兵士2人の右太ももを貫通し、短い悲鳴とともに激痛にのたうち回る。
別の3名が倒れた2名を盾にするように銃を構える。
レーザーガンのオートエイムは先ほど撃ち抜いた2名を再ロックオンし、後方の3名はロックオンされない。
「こ、これは……オートエイムの深刻な不具合……」
レーザーガンを射撃した側からすると、一度ターゲットとして撃ち抜いた者はもうそれ以上撃つ必要はないため、ロックオンの対象から除外して欲しいのだが、オートエイム機能はそれを判断できず、同じ人間を何度もロックオン対象としていた。
黄川田はもう抵抗する術は無く、敵に捕まるのを待つだけだった。だが──!
(敵は距離を詰めてこようとしない──まさか!)
ふとトラックに視線を移すと、荷台の影で一人の兵士がしゃがんで長い筒状ののものを肩に担いでいるのが見えた。
「対戦車用ロケットランチャー!」
その兵士は発射トリガーを引き轟音とともにロケットを撃ち出した。
周囲に爆発音がこだました。