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序章1

■序章1

 

 今日は1学期最後の登校日で、明日からは待ちに待った夏休みだ。海に、山に、ありったけの青春をぶつけるサマーホリデー到来!!

 ……のはずだったのだが、高校3年生の夏休みは、志望大学に向けて講習三昧なのであった。

 そう、俺、佐藤 志郎さとうしろうも明日から始まる講習にうんざりしている一人である。

 名前も平凡で、成績は中の上。身長169cm、髪型は床屋で「普通にして下さい」と注文すると、自動的にカットしてくれるという、全国的にお約束といえる髪型だ。

 そもそも髪型で「普通」ってなんだ!?と、俺自身も疑問に思っているのだが、細かく注文する勇気も無いので、便利な魔法の言葉を使っているのだ。


 「おーい。シロ。シロ」


 人をどこぞの犬を呼ぶような声が聞こえる。しかも言葉に抑揚がなく、セリフを棒読みするような話し方だ。

 振り返ると、背中まである黒髪ストレートをなびかせた女子高生が、右手を軽く振りながら駆け寄ってくる。水色のブラウスにチェックのミニスカート。そして何故か真っ白いリングシューズを履いていた。

 俺はそれを見なかった事にし、前を向き歩きだそうとする。

 

 「ちょっと待ってよ、シロ。待ってって言ってるじゃない」

 

 可愛い声とは裏腹に、突然俺の後頭部へ強烈なジャンピングニードロップを放つと、ふわりと着地する少女。

 一方俺のほうは、前方に吹き飛び、アスファルトの上を転がっていた。

 しばらくの間、うつ伏せの状態で何が起こったのかを考えていたが、やっと事態を把握してむくりと起き上がると大きな声で怒鳴る。

 

 「あ、あぶないだろ!楓!」

 「わたしはシカトする方が悪いと思う」

 

 そう言いながら楓は、頭を押さえて座り込んでいる俺の視界一杯に顔を近づけ、覗き込むように見ると右手を差し出した。

 俺はその手を取ると、グイっと引っ張られ起き上がる。

 

 「おはよう。シロ」

 

 太陽に照らされた楓はめちゃくちゃ眩しく、はっとして思わず握った手を離す俺。

 こいつは、花橘 はなたちばなかえで。俺の幼馴染だ。

 成績優秀。おっとりしているように見えてスポーツ万能。スタイル抜群。趣味はプロレス技を俺にかける事……何故か俺にだけは容赦なくプロレス技を披露してくるのだが、本人には全く罪の意識はないようだ。

 

 「普通、女子高生が朝っぱらからジャンピングニーするか!?」

 

 まだぼーっとする頭を右手で押さえて、軽く振りながら歩き出す俺。

 

 「フツーて何?」

 

 表情はほとんど変わらず、感情もこもっていないしゃべり方で一緒に歩き出す楓。

 

 「よう!お二人さん、朝っぱらからイチャついて仲がいいね!」

 

 そう言うと、その男は俺の肩をポンポン叩いてきた。

 俺はため息をつくと「また面倒なヤツが現れた」と小さくつぶやく。

 声の方向に顔を向けると、そこには栗林 くりばやしはじめがニヤニヤしながら立っていた。

 真夏なのに学ランの上着を着ており、見るからに暑苦しいが、当人も暑いようで額に汗が滲んでいる。

 身長は180センチ以上あり、サッカー部の元部長(この前、地区予選で負けたのですでに3年生は引退している)で女子にも人気があり、勉強もそこそこ出来るが進学はせず、実家の手伝いをするとか言ってた気がする。でもこいつの実家って何してるんだ?まぁ、男には興味は無いのだが。

 黒髪はワックスでフワッと遊ばせており、『普通』という謎のヘアスタイルである俺とは対極の印象が強い。そんなイケメンが、どうして俺みたいな<その他大勢>キャラと親しくしているのがクラスでは謎の一つとされていた。

 

 「おいクリリン……俺が一方的に苛められている姿を見て、どうしてイチャついていると判断できるんだ?」

 

 ちなみに、クリリンとは、言うまでもなく栗林という苗字からきている。

 クリリンは「はあ!?」と奇声を発すると、そんなこともわからんのか?とでも言いたげな表情で言葉を続けた。

 

 「毎日毎日、我が校のアイドルである楓ちゃんから、キツ~イご褒美を貰っているお前は、本当にうらやましい限りだぞ!?」

 「俺は迷惑しているんだよ!毎日毎日……」

 

 そこで楓がひょいと顔を出す。

 

 「シロ、大丈夫?誰がこんなひどい事を……」

 「お 前 だ ろ ! ?」

 

 楓の天然ボケに全力でつっこんだ──その時。

 突然、目の前がグラリと揺らいだ。

 周りの風景がねじ曲がり、地面が波打つような感覚。

 俺は目頭を押さえ、ヨロヨロとその場にしゃがみこみ数回瞬きした。

  

 「おい……どうした?志郎!?」

 

 クリリンが心配そうに声をかけてきたが、どうやらちょっとしためまいのようだ。

 先ほどのジャンピングニーの影響だろうか?

 それにしても、何故か周囲の人達がこちらを見ているような気がするが、そんなに目立った動きをしていたのか俺……。

 

 「……ああ、何でもない。もう大丈夫だ」

 

 そう言うと右手を出す俺。それに気づき、すぐにクリリンがその手を引っ張り、立たせてくれる。

 

 「まったく。心配させないでよね」

 

 やや後ろ方向から、まるでボーカロイドのような口調が聞こえてくる。楓は本当に俺のことを心配してくれているのだろうか?

 

 「お前が言うな。元をただせば、お前のジャンピングニーが後頭部にヒットしたことが原因なんだからな!」

 「男がいつまでも過去の事をグチグチ言うのはみっともないと思う」

 「こ、こいつ……」

 「よし!じゃあ、さっさと学校に行こうか!」

 

 クリリンが両手をパンと合わせて、この話題を打ち切る。

 

 「わたし、負けない」

 「お!?じゃあ、楓ちゃん!学校まで競争だ!よ~い、ドン!」

 

 二人はきょとんとする俺の存在を無視して、すごい勢いで走り去った。

 

 (俺は頭部を強打し、フラフラしてるんだぞ!?どうしてこの状況で、学校まで全力でダッシュすることになるんだよ!!そもそも俺はお前らとは違って、スポーツは苦手なんだ!どんなに俺がベストコンディションであっても、お前らのスピードには全くついていけないんだぞ!?)

 

 などと心の中で叫んでも事態は好転しないので、俺も学校目指して歩くことにする。

 

 「最近、めまいが多いな…低血圧なのかな…」

 

 ぶつぶつ独り言をいいながら登校する俺だった。

 

 

 ◆

 

 今から15年前──。

 

 世界は『神の鉄槌』と呼ばれる災厄のため、世界の人口が5分の一にまで減少した。

 その災厄は、文字通り一瞬で数十億もの人間を死に追いやったにも関わらず、電子機器や建造物・他の動植物等の自然環境には一切影響を与えないという、まさに奇跡と言える出来事だった。

 この奇跡は三日間に渡って世界規模で発生し、ほとんどの国が壊滅的打撃を受けていたが、日本を含む東南アジア、中米、その他太平洋上の島国については、ほぼ被害が無かったことから、この災厄は東南アジアのどこかの先進国(暗に日本と言ってるのだが)が企てたテロであるという噂が流れたが、確たる証拠は発見されなかった。

 興味深いのは『神の鉄槌』における、人間の死に方だった。

 ある地域では人が眠るように死に、別の地域では死体が跡形もなく消え去り、更に別の地域では発狂して苦しんだ挙句に死んだ形跡があり、その死に方はかなり特徴的であったが、全てに共通して、死の直前までは普通に生活をしており、突然人間だけが死んだ、或いは消え去ったのだった。

 

 ──あれから15年経った現在であっても、その原因についての調査はほとんど進んでいなかった。

 何故なら、突如人間がいなくなった状態であるため、例えば、原子力発電所の運転停止作業や、研究施設や各種工場の状況確認、各種インフラ系の対応など、生き残った人類が、他国で放置されたままとなっているシステムを把握するだけで手一杯となり、現在も調査団を世界中に派遣して、危険な施設が無いか全力をあげて調査をしていた。

 その中でも特に調査に困難を極めたのが軍事施設だった。

 国のトップシークレットが詰まっているこの施設は、残された国々が一番欲しい情報であり、その強力な兵器を是が非でも手に入れようと、各国は先を争って滅びた国へ侵攻した。

 これにより、人類は遺産を巡って戦争が勃発する危機に直面した。そこで、事実上、全く被害が無かった日本を中心とした新たな国連を立ち上げ、許可なく滅亡国の施設へ立ち入ることを禁止した上で、滅亡国の軍事施設の独占を禁止し、システムの停止・無効化を目指し、各国から国連の承認を受けた調査団の派遣を進めていた。

 しかし、トップシークレットである軍事施設は、部外者が立ち入る事そのものが困難を極め、その調査は主にセキュリティを突破するために時間を費やされた。

 そのため、15年経った現在も、元軍事大国と呼ばれた核保有国くらいしか調査が進んでいなかった。


 そして日本──。

 世界の盟主として担がれてはいるが、その地理的な不利は深刻な状況だった。

 極東といわれる日本は世界のはずれにあり、四方を海に囲まれた小さな島国だ。他国から見ると、日本は身近な脅威とはなり得ないこともあり、名ばかりのリーダーとして祭り上げ、問題が発生したときだけはリーダーである日本へ責任を転嫁し、自国の利益だけを常に追求していた。

 更に日本を悩ませていたのが『神の鉄槌』で滅びかけていた中国の存在だった。

 隣国ということもあり、調査団をすぐに日本から派遣したのだが、あまりにも広大で謎が多い国であったため、調査に莫大な時間と費用がかかっていた。

 また、生き残った難民が大挙して日本へ押し寄せたため、このままでは日本という国が転覆しかねないと判断した政府は、難民の受入れを規制するとともに、台湾と共同で中国を国として立て直すことに全力を挙げた。

 その甲斐あって、現在は台湾総統を中国の元首として自治するようにし、やっと民主主義国として再出発できる目処が立ちつつあったが、これら海外支援が原因で日本はかなり疲弊した状況であった。

 更に、北朝鮮が『神の鉄槌』の混乱に乗じて中国の北方3省を手中に収め、続いて朝鮮半島を統一し国名を『朝鮮共和国』と改名し日本をけん制していたため、日本はそちらの防衛のために力を分散せざるを得なくなり、疲弊に拍車をかける状況となっていた。

 そこで日本が目を付けたのが、日本周辺の資源開発だった。

 もともと石油や天然ガス等の資源が周辺の海底に眠っていたのだが、開発費用がネックとなり、日本は資源を輸入に頼っていた。

 『神の鉄槌』にて、満足に資源を輸入できなくなっていた日本は、ついに自国の資源開発に着手し、近年では資源輸出国にまで成長していた。

 しかし、それら海洋資源を他国が黙って見ている訳もなく、台湾(中国)や朝鮮と利権を争う事態になっていた。

 

 日本は『神の鉄槌』の影響を受けず、世界の盟主として君臨していたはずだが、実は世界で一番混乱していた。

 

 

 ◆

 

 薄暗く、さほど広くは無い部屋で、一人のかっぷくの良い男がデスク上のタブレットで通信をしていた。

 

 「323から連絡はあったか?」

 『これは剣淵さん。先ほどハイパー通信にて報告がありました』

 「何と?」

 『はっ。「本日0816に接触あり。主賓は超能力過敏症が進行傾向にあり、敵もそれを認識しているため、接触を試みる頻度が上がっている」とありました。また、瀕死の敵を捕獲したのでサルベージ要請もありました』

 「そうか。引き続き姫とともに主賓の警護を続けるように伝えろ」

 

 剣淵と呼ばれた男は命令を伝えると、返事も聞かずに通信終了ボタンを数回タップして通信を切り、見事に禿げ上がった頭を自ら撫でつつ、革張りの椅子に深く沈み込んだ。

 その部屋は窓が無く、中央に簡易な応接セットが置かれ、部屋の奥側に比較的大きめな机に書類の山が二つほどあり、その上に電話機が置かれていた。

 剣淵は胸ポケットから今では貴重な趣向品である煙草を取り出し、年代物のオイルライターで火をつけ深く一服すると、デスクの前に立っていた人物に話しかける。

  

 「豊富博士、どう思う?」

 「超能力過敏症が進行することと、覚醒することがイコールであるとは言えませんが、それがきっかけで何らかの変化を期待しているのかも知れません」

 

 豊富と呼ばれた博士はそう言うと、金色のメタルフレームのメガネを右手で上げつつ左手を白衣のポケットに入れて剣淵の質問に答えた。

 剣淵は煙草を吸いながら少し考えてから口を開いた。

 

 「主賓を確保できないまでも、変化を確認しなから『その時』を待っているという事か?」

 「『その時』を迎えた時、現在の記憶や意識がどうなるのか未知数です。その前に確保することが肝心だと思います」

 「それは敵も同じ考えだろうな……」

 「はい」

 

 剣淵はポケットから携帯灰皿を取り出すと、煙草の火をもみ消しながら話を続けた。

 

 「……ところで博士。例の機械は使えそうか?」

 「え……あ、はい」

 

 突然話題が変わったことに戸惑う豊富博士だったが、すぐに剣淵が何の事を言っているのか理解した。

 

 「あの装置は直接脳から情報を読み取るため、被験者は後遺症として失明や麻痺……下手をすると命にもかかわるため、慎重を期して作業をしております」

 「もちろん理解はしている。だが、主賓を確保した時にその装置が正常に稼働していないと、確保する意味がかなり失われることになる」

 

 積み上がった書類の山の間から覗き込むように博士を見る剣淵。

 毛量はあるがそのほとんどが白髪となった頭を掻きながら豊富博士は答える。

 

 「装置そのものはほぼ完成しております。ですが、さすがに実証実験が進まず、細かい調整が出来ていません。理論上は大丈夫なはずなのですが……」

 「つまり人体実験が必要だと言うのだな?」

 「ぶっちゃけて言えばそう言う事です」

 「うむ……そういえば、先ほどの323の連絡で瀕死の敵を捕獲したとあったな……あとで博士の元に運ばせよう。あくまでも『医療行為』としてな」

 「承知いたしました」

 

 豊富博士は軽く頭を下げると部屋を退室した。

 剣淵は一人となった部屋で、今後の事について考えていた。

 

 

 ◆

 

 俺は一学期最後のホームルームで、担任教師が『夏休み中の心得』をくどくど説明しているのを、ぼーっと聴いているフリをしていた。

 クラスでも目立たない存在で、仲のいい友達もそれほど多くない俺は、基本的に一日中妄想の世界を旅していた。

 そういえば、同じクラスの楓とクリリンの姿が見えない。登校の時に俺を置いて走り去ってから見ていないってことは、学校に来てないのか?

 普段から周りの事は気にしない性質だが、11時半になってからやっと二人がいない事に気づくとは、我ながら酷いものだ……え!?ちょっと待て……「二人揃っていないってことは……ふたりは……まさか!!」

 

 「まさか何なのよ!?」

 「こっ!」

 

 楓が気配もなく俺の背後へ忍び寄り、いきなりチョークスリーパーを決めてきたため、何とも変な声を発してしまったが、ふと視界が霞み始めると、何だか……いい気持ちに……なって……。

 

 「楓ちゃん!楓ちゃん!志郎を落とす気?」

 「あ、いけない」

 

 抑揚の無いセリフを言いながら、楓は俺の首に回された腕の力を緩めた。

 せき止められていた血液の循環を感じつつ、だんだん意識が戻ってくるのを実感する。

 

 「二人とも戻ったのか?じゃあ席につけ」

 

 担任は何事もなかったように二人に着席するよう指示したが、椅子から半分崩れ落ちている俺は無視か?無視なのか?

 全く、楓のやつやり過ぎだろ。もう少しでクラス中に醜態を晒すところだった。そもそも、どうして楓は俺が考えていた事がわかったんだろう?っていうか、二人とも今までどこに行ってたんだ?

 俺が思考に捕らわれている間に、二人は担任に言われるまま自分の席に戻ったが、その様子をぼーっと見ながら不意に思い出した。

 

 「あれ?先生!『二人とも戻ったのか』って、二人が今までどこにいたのか知ってるの?」

 「知ってるも何も、花橘の具合が悪くなったので、栗林に保健室へ連れて行ってもらったと、朝のホームルームで言ったはずだが?」

 「へ!?」

 

 そうですか。俺がまたぼーっとしてて聞いていなかっただけですか。

 俺は何気なく左横をみると、楓がこっちを向いていて偶然目が合う。楓の表情は変わらないが、何だかニヤリと笑った気がして、咄嗟に視線を外し正面の担任の姿を見る。

 楓には全てを見透かされているようでちょっと怖い。いや、実際俺の考えている事なんか、ほとんどわかっているだろう。幼馴染とはそういうものなのだろうか?昔はいじめられている俺をよく助けてくれたっけ。……いや待て。いじめるのも楓だった。

 キーンコーンカーンコーン……

 

 「──では、事故に気を付けて夏休みを過ごすように。以上」

 

 うーむ。また妄想してて先生の話を聞いてなかった……明日の講習は大丈夫かな。まぁ、何とかなるだろう。

 帰ろうと立ち上がったその瞬間──。

 立ちくらみのような感覚。

 ──まただ。このめまいみたいな症状。電子音のような音が頭に反響する…。

 俺はそのまま椅子にストンと座り、ほんの数秒ほど動かずじっとする。やがて症状は収まった。

 最近特にひどくて、一日に3、4回は発生している。マジで一度病院に行った方がいい気がしてきた。

 

 「んじゃ、帰ろうか楓──」

 

 立ち上がりながら左を見ると、俺の足元でうずくまる生徒に気が付いた。

 

 「!?」

 

 俺を含めクラス全員が状況を呑み込めない。その時──。

 

 「大丈夫か?楓ちゃん!」

 

 クリリンが駆け寄ってきて、女生徒の体を支えながら上体を起こす。


 (か、楓だと!?)

 

 よく見ると普段は表情を変えない楓の顔が苦痛に歪んでいた。いつの間に俺の隣に……いや、それよりどうして苦しんでいる?楓に何があったんだ!?

 俺はかなり動揺していたが、何とかクリリンに話しかける。

 

 「ク、クリリン……一体何が……」

 「話は後だ志郎。楓ちゃんを保健室へ連れて行く。お前も手伝え」

 「わ、わかった」

 

 実際、何が起こったのかわからなかったが、楓を保健室へ運ぶことだけはわかった。

 クラス中の生徒が見守る中、俺たちは楓の両脇を抱えながら保健室へ運んだ。

 保健の先生は留守だったが、2つあるベッドは両方空いていたので、窓側のベッドに楓を運んだ。

 楓は腹部を押さえてくの字になり、声は出さないがかなり苦しいようだ。

 

 「ちょっと保健の先生を呼んでくる!」

 

 俺は職員室へ向かおうと走りだすが、その手をクリリンが掴み引き留める。

 

 「待て!志郎!」

 「待てるか!楓がこんなに苦しそうなんだぞ!?いつも無表情のこいつが、こんなにも苦しんでいるのに黙って見てられるか!」

 「待てって言ってるだろう!」

 

 鬼の形相のクリリンの迫力に、俺は完全に呑まれてしまった。

 事態を呑み込めず、迫力に呑まれた俺は、何も言わずクリリンの手を外すと、クリリンと正対し話を待った。

 そういえば、よく見るとクリリンは学ランを着ておらず、半袖のワイシャツ姿だった。たしか朝に会った時は、クソ暑いのに学ランを着ていたはずだが……。

 クリリンはベッドの横にあった丸椅子に腰をかけ、ため息をひとつつくと目を閉じて軽くうつむいた。どうやら何かに集中しているようで、約2分ほどこの状態が続いた。その間、楓はまだ苦痛に耐えており、俺は二人の姿を漠然と眺めていた。

 

 「待たせたな。志郎……」

 

 クリリンは俺を見上げ、両方の手のひらを組んで話を続けた。

 

 「楓ちゃんなら大丈夫だ。今、応援を呼んだ」

 「は?まだ苦しそうなのに何が大丈夫なんだよ?それに応援て誰だよ?いつの間に呼んだんだよ!?」

 

 クリリンは立て続けに質問する俺を左手を上げて制した後、また手のひらを組み直し穏やかな口調で話を続けた。

 

 「……順を追って話そう。先ず楓ちゃんだが、内蔵にダメージを負っているが命に別状はない。多分、2、3週間ほど入院すれば元気になるだろう」

 「な、なんでそんなことがわかるんだよ!?」

 「焦るな志郎。焦るんじゃない」

 

 クリリンは混乱する俺をなだめるためか、ゆっくりと同じ言葉を繰り返し、窓の外を見ながら話を続けた。

 

 「志郎。落ち着いて聞いてくれ」

 「な、なんだよ。改まって…」

 

 こんな状況で、クリリンは俺に何をしゃべろうとしているんだろう。正直、怖い。嫌な予感しかしない。

 俺の心情を察知しているであろうクリリンは、静かに話を続けた。

 

 「──実は俺と楓ちゃんは……超能力者なんだ」

 「……」

 

 結局俺はこいつが何を言ってるのかわからなかった…。

 

 

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