ドラゴンスレイヤー/アベンジャー~紅き悪夢~
・・・53年前・・・
巨大な木の根元に大きく穴を掘り、その中で暮らしている小太りの老婆、魔女ババヤガァは上空に赤黒い巨体が通り過ぎる影を見た。
「おお!おお!レッドドラゴンじゃ!80年ぶりに目覚めおった!目覚める周期が早くなっとる!また町が一つ滅ぶぞ!!」
ババヤガァは根元の穴に戻るとテーブルの上に地図を広げ、指で地図上をなぞると巨体が飛んで行った先の町を予測した。
「死にかけの実験体が多くいればいいがの~」
と言いながら木に立てかけてあった荷車を降ろすと荷台に木箱を一つ乗せた。
ババヤガァは屈伸運動を行い体を捻ったり腕を振り回し柔軟を行った。
「ヨッシャ!」と掛け声を上げると魔女の体を黒煙が包み真黒なシルエットが馬に変形した。
黒い馬となった魔女は荷車を引いて町へ向かった。
ババヤガァが町に着いた時には町を守る為にそびえ立つ巨大な壁は崩され全ての家が崩れ炎と煙が立ち上っていた。
「悪夢再びか・・・ヒドイもんじゃのぅ・・・。」
町の中を歩いて散策する。家はペシャンコにされ平らに均されている。
「人は食い尽くされちまったのかの~?」
一軒一軒家を潰し中の人を探して食ったのだろう思われる酷い有様だった。
「おーい!誰か生きておらんか?」ババヤガァは叫びながら瓦礫を飛び越え町の中を練り歩いていく。
小さな町じゃ、レッドドラゴンがまだ食い足りないと判断すれば間髪入れず町を襲うじゃろう。
眠りに入ったとしても早く目覚めるかもしれん。
「おーい!誰か生きておらんか?せっかく来たんじゃ!助けさせろ!」
ババヤガァの言葉に呼応するようにピ~と脆弱な笛の音がどこからか微かに聞こえた。
今笛の音が鳴ったか・・・?ババヤガァは鼻を摘み、口を閉じた状態で、耳抜きの要領で鼻から空気をはき出す。
すると耳が一回り大きくなった。
耳に意識を集中させ「おい!誰かおるのか?笛を鳴らすんじゃ!」と叫ぶと、またピ~ととても弱く消え入りそうな音で笛が鳴った。
ババヤガァはその音を頼りに瓦礫を退かしていく。
「おった!」瓦礫に埋まりながら笛をくわえた物心がつくかつかないかくらいの少女が辛うじて生きていた。
寝間着を着ているが全身黒く汚れ、所々血が滲んでいる。
喋る力も無いようで、くわえていた笛も力なく口からポロリと落としてしまった。
目に生気が無く虚ろ、仰向けの状態のまま全く動こうとしない。
「幼いのに、可哀そうな事じゃ・・・。」
瓦礫に潰されて動けないのだ。死にかけておるな!一刻の猶予も無い!
ババヤガァは少女を抱きかかえ荷車の上で仰向けに寝かせた。
荷台に積んでいた木箱の中から果実酒用の瓶を手に取り少女のすぐそばに置いた。中には塩が敷き詰められている。
塩漬けの中に手を入れそこから赤ちゃんの拳大くらいの筋が入った紫色に光る内臓のような物を取り出した。
「こんな子供に試すのは初めてじゃな・・・。」
「これからお前さんに生きるか死ぬかのチャンスをやる!これはドラゴンの第二の心臓じゃ!こいつがお前さんの体を受け入れれば生きれる。」
「受け入れなければ死ぬ。お前さんに拒否権は無い。」
老婆の声がまともに届いたのか届いていないのか少女の目から涙が1本、筋となって流れた。
ババヤガァは少女のパジャマを少しめくり腹部をあらわにすると、腰からナイフを取り出しそっと腹に宛がうと、ズブズブと腹に突き刺した!
傷口から血が滲み出す!
少女の口から血が流れでた。ナイフが内臓を突き破り、食道を逆流したのだ。
しかし少女は微動だにしなかった。既に脳が痛みを麻痺させているのだろう。死ぬ寸前だ。
このままナイフを抜くと一気に血が噴き出すので刺したままドラゴンの心臓を傷口にあてがう。
ババヤァはゆっくりナイフを抜くとドラゴンの心臓で傷口を塞ぐように押し付けた。
すると心臓が血を吸いババの手の下でドクンドクンと激しく脈打ち出した。
そして切れ目から体内に侵入していった。ババはそのまま傷口から血が噴き出さないように抑え続けた。
少女の体が荷車の上で何度も跳ねた。そして目を見開いたまま痙攣を起こし動かなくなった。
ババヤガァがゆっくり手をどかすとナイフの傷が消えて行くのを確認した。
「おお!受け入れたか!?」心臓に耳を当てるとドクンドクンという心臓音と、それより少しテンポの速い別の鼓動が鳴っていた。
「良し良し」ババヤガァは皺くちゃの笑みを浮かべた。
「ゆっくりお休み!お前さんは選ばれた!」ババヤガァの言葉に安心したのか少女はゆっくり瞼を閉じ深い眠りに落ちていった。
ババヤガァは自分のねぐら、木の根の中へ少女を連れて帰り、ベットに寝かせた。
少女の体を拭き、水を含ませる。
「しまった!この子に合う服を持って来るのを忘れた!また明日行かにゃいかんのぅ。」
と呟いて欠伸をすると読書の時に使うハンモックに横になり眠った。
「熱が引かんのぅ・・・。」まだドラゴンの心臓が馴染んでおらん。まだ安心はできん。
服も着替えさせ看病をするババヤガァだったが少女が目を覚まさぬまま7日間が経過した。
ババヤガァはこのまま起きないんじゃないだろうな?と少し不安になった。
「いやああああ!!!」少女が突然ベットの上で叫び激しく暴れ出した。
「お父さん!!お母さん!!誰か!!誰か助けて~!!」シーツを強く握りしめ少女は右へ左へ寝返り、手足をバタつかせ暴れた。
「こりゃいかん!悪夢を見ておる!」ババヤガァはテーブルで書き物をしている手を止めた。
勢いよく立ち上がったので後方に椅子が倒れた。
ババヤガァは少女を起こそうとベットに近づき手を伸ばす。
少女の脳裏に全身が赤く燃えるレッドドラゴンの存在が映し出された。
その瞬間少女は大きくのけ反り目を覚ました。
ババヤガァの伸ばした右手が少女に触れた時、右手は手首から切断されベットが突如破壊された。
・・・再び現在・・・
「やたらドラゴンに詳しい人物がこの町の古書店にいるらしいと聞いたのだが、知ってるかい?」
リイゼは昼近くの朝食を取る為に入った食堂で、カウンターに座りババを思い出すようなでっぷりとした女主人に聞いた。
運ばれた卵料理とサラダとパンをリイゼの前に置きながら女主人は
「ああ・・・ヒルナルデ区のトルファちゃんの事かねぇ?彼女は詳しいよ!ドラゴンマニアと言ってもいいんじゃないかねぇ!」
と言った。
「ドラゴンマニア?」リイゼは先払いの食事代を袋から出しカウンターに置いた。
「小説を書くためにドラゴンの事を調べまくっていてね。ドラゴンスレイヤーを取材しまくっているよ。変わった子だよ。」
とコップに水を注ぐ。
「子供なのか?」
「ああ、可愛らしいお嬢ちゃんだよ。」
お嬢ちゃんだと聞いてリイゼは不安に思った。そんな子がウロボロスの事を知っているとは思えないが・・・。
「ちなみにあなたはレッドドラゴンかウロボロスに関して何か知らないか?」
女主人はリイゼが払った食事代をエプロンのポケットにねじ込むと、テーブルの男が数人立ち上がったのを見た。
そして数人の男達がゾロゾロとリイゼの周りに集まった。
「あらヤダ!」と言い女主人はカウンターの中へ戻った急いで戻る。
「おい姉ちゃん!面白そうな話だな。俺にも聞かせてくれないか?」
鎧を着込んだいかにも荒くれ者といった男達がリイゼの背中から話しかけた。
「質問している所に横から割り込まないで貰えるか?それともあんたがレッドドラゴンの事を知っているのか?」
リイゼは振り返りもせずパンを口に入れる。
「レッドドラゴンか・・・。ああ!良く知っているぜ!俺の獲物だからな!全てのドラゴンは俺が殺す!」
「女将!俺が世界を救ってやるからドラゴンマニアとやらがいる店の場所を俺にも教えてくれや!」
男はリイゼの背中の凝視したまま女主人に問いかけた。
「教えれる訳ないだろ?止めとくれよ!あんたらが行ったらトルファちゃんが怯えちまうじゃないか?」
「ああ!?そいつはおかしいだろ!!」
男はグリンと女主人に顔を向け怒鳴りつけた。
「さっきこの姉ちゃんに教えようとしてたよなぁ!俺たちも正当な料金を払い飯を頼んだんだ!女将の話を聞く権利があるんじゃねぇのかよ?
なぁ!!」男は周りの男にも同調を求めるように両手を掲げた。
そうだぜ!教えろコラァ!と他の男達もそれに同調し怒号を発する。
「ヒ!」女主人は怯え、カウンターの下にしゃがみこんだ。
「あんたらが来たおかげで女主人が話づらくなった。今なら見逃してやるから去れ!」
リイゼは自分が出せる最大限低い声で自分なりに凄みを出しながら威嚇した。
「ああ?見逃してやるぅ?ガハハハハハ!!」周りの男達も一斉に笑い出す。
「スゲェな姉ちゃん!!大したもんだ!!ガハハハハハ!!」
男は女の戯言と全く聞く耳持たず、笑いながらリイゼの肩をバンバン叩いた。
やはり女の声色では重みがでないか・・・。面倒くさい。
リイゼは立ち上がり「出ろ!」と言って席を離れた。
「『出ろ!』だってよ!ガハハハハハ!マジかよ。こいつは怖ぇ!!」
男達は顔を見合わせ大声で笑った。