鍛冶屋・ルーキーズハンマー
本編中には語られない、魔層波紋について。
魔層波紋とは、武具に必ずと言っていいほど彫りこまれる魔術経路のこと。
魔術経路は魔術式を武具に彫りこむために開発された、武具専用の魔術式。
その魔術経路が、重なりあい層になって波のように見えることから魔層波紋と名前が付いた。
その魔層波紋が綺麗であればあるほど、スムーズに魔力を伝導することができるため、魔層波紋に無駄がなく綺麗な武具は質が高く、それを作る鍛冶屋も腕が良いとなる。
この世界の人たちは、少しでも武具を目にすることがあるため誰でも知っているので、魔層波紋についての説明はありません。
「よう、旦那。買いに来たぜー」
古びてはいるものの、小綺麗な手押し扉が勢いよく開かれ、ヌゥッと大柄で筋肉質な男が入ってくる。その大柄な肉体には似合わず、人懐こい笑みを浮かべながら奥にと進んでいく。
「……てめぇか。どいつが欲しい?」
奥へ進んだ先はカウンターとなっていて、カウンターの奥には大柄な男と比べると幾分か小さく見える男が、カウンターに肘をかけて座っていた。
「鉄の片手半剣をくれ」
「600アインだ」
値段を言いながら、鉄の片手半剣をカウンターに置く。代金をしっかりと受け取ってから、片手半剣にちょっとした細工をかけて大柄な男へと渡す。
「あいよ。――くぅ~、相変わらずいい仕事してるぜ! この魔層波紋が特にお気に入りなのよ!」
「毎度ありだ。また来な」
「おうよ!」
ここはフレイデ王国公認鍛冶屋・ルーキーズハンマー。
鉄から魔銀鉱、最硬を誇るアルダマンド魔鉱まで扱う、大陸最高峰の鍛冶屋だ。この鍛冶屋に扱えない素材は無い、もし扱えない素材があるのならば、誰にも扱えないだろうとまで言われている。
その鍛冶屋の主人である、山の民と島の民のハーフである『ガンドル・エギンス』。主人を支える森の民と海の民のハーフである『マリアンナ・エギンス』。
二人はハーフであり、出生地や地方の町村では迫害を受けることも多かった。しかし、このフレイデ王国では迫害をする者が居ないどころか、全ての住民が歓迎した。
フレイデ王国の気風と言えばそれまでだが、二人にとっては想像できなかった事であり、何よりも自らの腕を存分に振ろうと思えることであった。
そんな二人の店である、ルーキーズハンマー。
この店は中々に特殊で、店内にはカウンターと机に椅子。商品である武具や装飾は一切置いていない。辛うじて飾ってあるのは、災厄と呼ばれている魔獣の魔結晶のみである。
欲しいものがある場合、何を買うか迷っているときは店主のガンドルかマリアンナに尋ねる他にない。
そんな特殊さがある鍛冶屋であるが、訪ねる者は後を絶たない。
今日もまた、新たな客が足を踏み入れる――
――――――――
「ご、ごめんください……」
手押し扉が控えめに押され、オドオドとした小柄なローブが入ってくる。
「あ、あのぅ……」
「あら、いらっしゃいな。どうされたかしら、新人さん?」
カウンターの奥からゆったりと出てきたのは、豊かな緑金の髪に穏やかな笑みを浮かべたマリアンナだ。
「あ、あぅ……」
「ふふ、怯えなくても大丈夫よ。さっ、こっちの椅子に座って」
促され、机と向かい合っている椅子のひとつに座る。
「さてと。欲しいのは杖、それも威力調整と言うよりは魔力調整用のかしら?」
もう一つの椅子に座りながら、マリアンナは微笑みながらローブの人物へと問う。
「あ、あぅ……何で分かるのですか?」
「簡単よ。最近、子爵様のネストに入った大型新人。魔力量は多いくせに、集束させることが苦手なものの威力調整は上手い――って」
「そう……なのです。子爵様とミィ姐さんは大丈夫って言ってくれました……けど……」
「うーん……生来のモノのようだし、訓練とかだと難しいわね。それに、魔力調整用のはあまりないモノなのよね」
「分かってるのですが、何とかできませんか?」
マリアンナが机の上に置いてある杖のカタログを開き、ゆっくりと捲っていく。
「そうねぇ……安いものでも、10ゴルド。高いものだと1プラムね」
「10ゴルドに、1プラム……」
「厳しいかしら? そうなると……質は落ちるし、使い捨てになるわねぇ。1回撃つ度、20シルバ――なんて、払えないわよね」
「(コクコクコク!)」
「それじゃあ……そうね、これなんかどうかしら?」
杖のカタログの最後のページ。値段は言い値、材質は魔樹木。初心者必見! と書かれている。
「こ、これは……?」
「魔樹木から作った杖よ。それ以外は特に無いわ」
「……」
「馬鹿にしてると思ったかしら?」
「いえ、そんな……」
「ふふふ、まぁいいわよ。ちょっと待っててね?」
カウンターの奥へと行ったマリアンナ。残されたローブの人物は、ローブの下の顔を歪ませていた。
「(馬鹿にしてるのです。魔樹木と言えば最低ランクの杖。他の店ならばお客を離さない為に、少しは良いものを選ぶ。もしくは値下げだって視野に入れるべきこと……。ましてや、あの子爵様に見初められた新人に魔樹木を薦めるですか? やっぱり、ミィ姐さんの薦めとはいえ来なければ――)」
「お待たせしたわね、これよ」
いつの間にか戻ってきていたマリアンナに、驚くローブの人物。
そして、差し出された歪みのある杖を受けとると、更なる衝撃がローブの人物へ襲いかかる。
「なっ――!(な、何です!? この洗練された魔層波紋に、魔樹木本来の歪みを直していないにも拘わらず、手に吸い付くように馴染む肌触りと形……。持っているだけで、抑えきれず湧き出てた魔力が収まっていくのです。認めるとか認めないとかの問題じゃないのです! ええ、大きな間違いです! ミィ姐さんが正しかったのです!)」
「気に入って頂けたようね、ふふ」
「あぅ……えと、これは」
「そうね、一つずつ説明していくわ。まず、魔樹木は最低ランクの素材とされているのだけれど、実は大きな間違いなのよ。魔樹木にも翼竜のように種類が居て、その中でも"ルシウ"が長い年月を経ると"ルシウの涙"っていう素材が手に入るのよ」
「き、聞いたことあるのです。……でも、そこまで珍しいものじゃないのです」
「そうね。ハッキリ言って溢れている程ね、"ルシウの涙"は。家具に塗ったり食器に塗ったり、最近では絵画にも使われてるわね」
「それが……肝なのです?」
「それも、よ。その"ルシウの涙"を、夫の故郷である島にしか生息しない、ジルパサイプという魔樹木に塗ると、魔術式の効果が上がるのよ。そもそもジルパサイプ自体が、魔術親和性が高いのよ。今まで魔術親和性が高いのは、オークウッド製や魔銀鉱製が有力だったのだけど……杖だけを見るのなら、ジルパサイプと"ルシウの涙"で作ったモノ方が質は上よ」
「……値段が言い値なのは、何故なのです? それほどの自負があるのなら、もっと吹っ掛けるのです」
「だって……市場価値が付いてないんだもの、それ」
「なっ――!」
本日、三度目の驚きである。
「つまり、それは貴女だけの一品。今なら無料からプラムまで――」
先程までの微笑みは消え、悪戯な子供のような笑みを浮かべ――
「――さぁ、どうしましょうか?」
マリアンナは問う。
フレイデ王国にはとある噂が広まった。
王国最高峰の魔術師よりも、魔術威力、魔術集束、どれをとっても上をいく少女が居ると。
そして少女の手には、見たこともない歪な形の魔樹木の杖が握られていた。
少女はその杖について聞かれると。どんな値段も付けられない、一生掛かっても払えない値段の付く杖。私の誇りであり、相方であるのです……と。
そんな少女の話が広まるのは、ずっと先の話。
そんなルーキーズハンマーには、明日も新たな客が足を踏み入れる。
――――――――
「おう! 旦那、ちっとこいつに見繕ってくれや!」
「降ろせ! この私を樽のように持ちおって!」
手押し扉が乱暴に開かれ、ガチャガチャと翡翠色の鎧を鳴らしながら入ってくる大柄な影。
――ドサッ。
「くっ! 私は荷物ではないのだぞ! このグリズリーめ!」
「おお、愛嬌があるって言いたいのかい? 照れるじゃないか」
「ぐっ、ぐおおお! 潰れてしまう! 顔が潰れてしまう!」
「うるっせぇ! 俺が潰れたトメルトみてぇしてやんぞ小僧! メッザキリア!」
カウンターの奥から、怒鳴りながら出てくる主人のガンドル。
「んで? 何のようだ、メッザキリア。とうとう身ぃ固める気になったか?」
「そうなんだよ。こいつ、ベットの上じゃあ素直でねぇ……って、んな訳あるかい。新しいパートナーだよ」
「へぇ? こいつが?」
「何だ?」
「いや、良いんじゃねぇか? ちっと待ってろ。欲しいのはツインソードか、片刃剣だな」
言い置いて、カウンターに引っ込むガンドル。
「それで、メジー。ここの主人は、噂通りの御仁なのか?」
「あたしゃあここ以外、世話になった鍛冶屋はないねぇ」
「そうか……メジーがそう言うのなら、信用できるか」
「待たせたな、こっから選べ。白い方がツインソードで、緑色の方が片刃剣だ」
戻ってきたガンドルは、カウンターの上に二冊のカタログを置くと、またもや奥の方へと引っ込んでしまった。
二人はまず、白いカタログを開いた。
「ほう、これは翼竜か。こっちは水龍」
「へぇー。初めて見たけど、面白いねぇ」
「何? 普段はどうやって買ってるんだ?」
「どうやっても何も、あたしゃあこいつしか使えねぇからねぇ」
後ろに背負っている大剣を見せるように、後ろを向くメッザキリア。
「来て、大剣はあるかい! って聞いたら、「あるぜ」」
いつの間にかカウンターに戻ってきたガンドルが、メッザキリアの大剣を指差す。
「そいつ、ちっとばかし無理な扱いしたろ。見せてみろ」
「あちゃー……バレたか」
「何だ、バレたら不味いもんでも塗ったか?」
「違うさね。……タダじゃないだろうね?」
「タダだ」
「ダメだ! あーうー……そんじゃこいつで直してくれ!」
腰にくくりつけたポーチから、紫色の水晶を取り出す。
「こいつぁ……良い。小僧、カタログの中のもんは諦めな」
「何だと?」
「そいつらよりも、良いもん作ってやるよ。マリアンナ! 手伝ってくれ!」
メッザキリアから大剣と紫色の水晶を受け取り、足早にカウンターの奥へと引っ込んだガンドル。
それを呆然と見送る青年とメッザキリア。
「メジー……いったい何をしたんだ?」
「うっ……あれは、たまたま手に入れた魔吸結晶の塊さね」
「ああ、共に潜った迷宮で見つけたものだろう?」
「そうなんだけど……よくわからないね」
「そうか。……そういえば、何故タダで直してもらわなかったのだ? タダで直してもらえば良かったろう」
「そ、そんなこと出来るわけないだろう! 旦那にゃあ駆け出しの頃から世話になってて、あたしのアノ大剣の代金だって払いきれてないんだよ! それなのに、タダで直してもらうなんて……」
「メジーが払いきれない値段か……どれくらいなのだ? まさかと思うが、プラムを越えるとまで「100プラム」い……は?」
「だから、100プラム」
「ま、待て。100プラムだと? あの大剣、確かに魔層波紋は流麗で無駄がない。しかし、それほどまでに価値があるとは思えないぞ!」
「そりゃそうさ。見た目はただの鉄の大剣だものな」
「見た目は? つまり、中身が違うと?」
「そうさね。あれは大陸最硬であるアルダマンド魔鉱と旦那の島にあるヒヒカネの合金さね」
「……納得できる。だからこそ、アルダマンドの成体を叩いても割れるどころか、逆にアルダマンドが割れたのか」
「そうさね……。まったく、100プラムなんぞと言いやがって……駆け出しの頃のあたしをぶん殴りたいね。100プラム以上……いや、価値なんざ付けれない代物なのに」
「……いや、主人はそうは思ってないだろう。でなければ、タダで直すとは言わないだろう」
「何だって?」
「主人としては、タダでも良かったのだろう。どのみち主人以外では直すことも、作り替えることもできないのだから。修理費用として代金を貰っていたに違いない」
「そうかねぇ……まぁ過ぎたことだし、良しとしようか」
「シャアッオラー! 出来たぞゴラァ!」
カウンターの奥から重低音が響き、興奮したガンドルが出てくる。
「ほれ、メッザキリア。それと、小僧にはこいつだ」
メッザキリアに大剣を渡し、青年には二振りの片刃剣を渡す。
「これは……」
「いやぁ、久しぶりに魔吸結晶なんて触ったぜ。とにかく、そいつについて説明すんぜ? そいつは魔銀鉱を元に、魔術触媒用のサフィリア石とタリコース石を混ぜ合わせて片刃剣にして、魔吸結晶を砕いて散りばめたモンだ。切りつけた相手の魔力を吸い取って、その剣自体の魔術式によって氷系統の魔術が撃てるようになってる」
「この、柄の窪みは?」
「ああ、忘れてたぜ! こいつをそこに填めてみ」
ガンドルが翡翠色の珠を、青年へと投げ渡す。
受け取った青年が窪みに填めると、半分ほど出っ張るがピタリと填まった。
「んで、もう一本の方にくっ付けてみ」
もう一方の柄の部分の窪みに填める。
するとかっちりと填まり、二振りの片刃剣がツインソードになった。
「すげぇだろ。最近流行りのカラクリって奴だ。創作意欲が湧きに湧いてな、つい付けちまった」
「……今なら、メジーに気持ちがわかる」
「お、そんじゃあ――」
「100プラムだ」
「おいおい。良いのか、小僧?」
「そ、そうだぞルヒト。その剣だって、値段が付けられないだろう?」
「本音を言えば……な。だが、私は誠意を持って言っている。100プラムと、駆け出しのメジーが言った。ならば、私も子爵殿のネストにて武名を轟かせることで、100プラム以上の代金とさせて貰おう」
「く、くははははは! 良いねぇ! 熱いなぁ!」
「このルヒト・オーヴェン! 一度告げたことは違えない!」
「良いねぇ良いねぇ! メッザキリアァ!」
「な、なにさね」
「小僧が――ルヒトが男魅せるんだ! てめぇも女魅せろよ!」
大陸を騒がせた災厄指定の魔獣・ハクジンコンゴウ。
その魔獣が歩けば村は消し飛び、町は崩壊し、人々は食い散らかされていく。
絶望が、刻一刻と迫ってくる。今度はどこだ? あの村か? この村か?
絶望に苛まれ、人々が絶望した、その時。
翡翠色の鎧を纏った二人の剣士が、魔獣の前にと躍り出た。
黒の大剣を降り下ろし、一太刀で魔獣の腕を切り落とす美女――剛剣のメッザキリア。
二振りの片刃剣から放たれる氷の魔術で、魔獣を悉く撃ち貫いていく美丈夫――双氷剣のルヒト。
絶望を振り撒いていた魔獣が、まるで相手にならず即座に打ち倒されてしまう。
まるで、大陸に伝わる英雄譚のようだ。
人々は笑い、語り継ぎ、新たな英雄譚を吟遊詩人が唄う。
双翼の翡翠鳥と呼ばれることになる、二人の話はずっとずっと先の話。
ルーキーズハンマーには、明日もまた新しい客が訪れる。