第4話~経緯を辿って聞けば~
『ダンジョン』それは世界中の国々の重要な場所に突如として現れた。
否、変貌した。
とある国では信仰の対象とされる聖域だった遺跡から、否定すべき害悪とされる獣の群れが住み着き。
またある国では生命線である資源を発掘する鉱山に無数のモンスターが。
中には海の中から浮上した遺跡で出来た島から出現するなど。
どれも無関係に思えるそれらは、ある一つの共通点から総称としてこう呼ばれた「迷宮」と。
それぞれにその場所特有の危険で恐ろしい怪物が息を潜めている。
そこには『ダンジョン』を攻略した者にのみ手に入れる事が出来る珍しく貴重な"魔法"、"武器"、"能力"、"魔道書"、そして財宝などなど…。
そしてごく稀に、それら財宝が溢れる『宝物庫』と呼ばれる一種の秘密の部屋も存在する。
辿り着いた者は子々孫々まで約束された富を得て、今尚裕福な暮らしをしているそうな。
兎に角やり遂げた時の報酬、もとい恩恵は計り知れないお宝の数々が眠っている場所、それが『ダンジョン』である。
それらの一攫千金を夢見て、腕っぷし一つで勝ち取れるその可能性とロマンに心揺さぶられた人々はダンジョンに潜っていった。
だがダンジョンの最深部まで到達した者は世界には未だ三人、もとい三つのギルドパーティしかその偉業を成し遂げていない。
なので最深部の実態は到達した彼らからの話でしか、否、今では書物や文献でしか知ることができない。
何故ならその三つの内二つのギルドパーティーのメンバー達は、何百年も昔に皆とっくに生を全うしてこの世とおさらばしている筈だからだ。
だが二年前、史上三つ目のダンジョン攻略者、ギルドパーティーが突如現れた。
その報せを期に、可笑しな言い方だが今ではダンジョンブームの様な物が到来していた。
そのせいか近年では冒険者志望が後をたたない。(何を隠そう、自分もその一人である)
因みに、ダンジョン攻略者達には攻略者という称号を得るらしい。
―――と、酒場の飲んだくれ達からお酒の酌をさせられながら、延々と何時間もダンジョン知識を、愚痴混じりの駄弁りを聞かされ続けたのでよく覚えていた。
――――そして話を元に戻すと。
「あの、ここは本当に何処なんですか?」
「だから宝物庫」
「……本当ですか?」
「あんた、信じてないでしょ?」
信じてると言えば嘘になる。
ここに辿り着くまでに散々モンスターの大群に追い回され、死に物狂いで逃げ回り何度も死にかけた。
果ては鯰でぶっ飛ばされて、目が覚めるとここはダンジョンの最深部ですよと言われても、
「えー?そうなんですかぁ?わーいやったぁ!」
そんな楽天的な考えでいられる程、頭の中はお花畑なつもりはない。
「いや、ここがダンジョンの中なら尚更解らないんですけど!?どうしてここに日の光が届いて明るいんですか!?」
窓の外に映る、穏やかな森と湖の景色に勢いよく指差しながら最初の問いをぶつけた。
「………」
「さっきぶっ飛ばされた森やそれより前にいた場所は暗くて殺伐とした如何にも魔宮って感じだったのが、ここじゃモンスターのモの字も見当たらないし!ていうかもし仮にここがその宝物庫だとしても普通住める所なんですかここは!?」
最初に出てきた質問を皮切りに、次々と矢継ぎ早に疑問が口をついて出てきていた。
「ととっ……まぁ、とりあえず飲みなよ、落ち着くよ?」
だが彼女からは返答ではなく、淹れ終わったお茶(どくだみ茶)を差し出された。
「え、でも」
「いいから」
「……はい」
少し強引にお茶を勧められて 話の腰を折られてしまい、仕方なく渋々それを受け取りそのままお茶を口に運びズズズと啜った。
渋苦くて不味かった。
「落ち着いた?まぁ、いきなり知らない場所に来たら色々疑問に思ったり戸惑うのも無理はないか、じゃあざっくり説明しとこうか…?」
彼女は自分のお茶を手に、こちらの向かい側に腰を下ろして話し始めた。
「とりあえず、あんたはどうやってあたしに鯰でぶっ飛ばされたあの場所までたどり着くことが出来たの?」
「…それは――」
これまでのおおまかな経緯を伝えた。
「ふーん、ずいぶんとマヌケと悪運をかき混ぜた様な話ね」
もう少しオブラートに包めばいいものを、随分と辛辣でバッサリとした話の纏め方で切り出した。
「ぐっ…ほっといて下さい、それより」
「ここは何処なのか、でしょ?」
今度は彼女が湯呑みを傾けて、ズズズと啜った。
「先に言っとくけど、ここがダンジョンの中っていう事実は変わらないからね?」
彼女は念を押す様にそう言うと先程こちらが指した窓、そしてその先の光景を自身の親指で指しながら。
「まず、アレは太陽じゃない…巨大な共鳴石だよ」
「あれが…共鳴石?」
「そ、まぁ光の源は太陽のを使ってるから、勘違いするのも無理はないか」
共鳴石とは文字通り、共鳴し合う石である。
それは一つの石を二つに割り片方に光を当てるともう片方も光り、片方に映る物は片方にも映る。
片方が割れるともう片方も割れると言うまるで運命共同体の様な不思議で儚く、それでいて他にも色々な性質を持つ大変便利な代物である。
今では街や国の街灯やそれ以外の様々な役割を担っており、共鳴石無しには生活が成り立たない程の必需品と行っても過言ではない規模に浸透している。
様々な仕事にも活用して大変重宝されている便利な代物なのだが、使っていくうちに消耗してしまい最後は砕け散ってしまう。
消費した分は補充をしなければならない、だが生産もとい採掘出来る場所はダンジョンからのみである。
なので必然的にダンジョンに共鳴石を採掘するクエストは、ギルドを通して発注される程の国の一大産業の一つだ。
ある程度の大きさの物を採掘したらギルドで換金できる仕組みだ。
勿論デカければデカイ程報酬も大きくなるし最深部に行けば行くほどサイズも大きくなる、最深部ならそれこそ特大だろう。
「そして宝物庫の天井付近に一つ、そしてもう片方は地上のそう遠くないどっかに有る、ソレを介して太陽の光がここに届いている仕組みって言うわけ」
共鳴石はどれだけ離れていても映像や光等が反映される時差はほぼ無いと言ってもいい。
だから窓外の明るさが夕焼けと同じと言う事は、地上も夕焼け時で間違いないない様だった。
「そしてモンスターはと言うと、たまたまあの森には居なかったかもしれないけど、それでも危ない所だったよ?」
「………え?」
「あの森はそれぞれ擬態能力やら木々に紛れて気配消したり地面に埋まってそこを通る獲物を地面から引き摺り混んだり、触覚を果実に見せて甘い香りを漂わせてそれに触れたら毒で体の動きを奪って頭からじわじわと味わいながら食う奴とか」
「最深部にもなれば、下手に彷徨いていたら音も気配もしない内に頭からパックリガブリでモンスターの胃袋直行だったかもね」
長々と説明をされるが要約すると、自分がどう殺されるヤバさなのかを問われただけだった。
「しかもあそこには上層の階層主が控えているし、数はあんたが逃げ回っていた所に比べたらそこまで多くないけど、難易度は充分高めの奴らがうようよいるよ?」
そんな事を淡々と言われる中で一つ、気にかかるものがあった。
「えっ、上層って他にも階層が…?ここで終わりとかじゃないんですか?」
「……そんな訳ないじゃん?ダンジョンはそんなやわな所じゃないし、こんな基本的な知識も知らないあんたでも簡単に攻略出来るものなら誰も苦労はしないよ」
最後にサラッと毒づきながら肩をすくめられた。
何か反論したいが、どれも間違っていないのでぐうの音も出ない。
「一つにダンジョンって言っても、それぞれの場所で構造は違うし装備や必要なアイテムだって違ってくるさ」
それから彼女はダンジョンの仕組み、構造等を改めてざっくりと説明を始めた。
上へ目指す所も有ればシンプルに奥へ奥へと進むのもあるが、ここのダンジョンはやはり基本的に幾つかの階層に別れており進むにつれて難易度も上がっていくタイプらしい。
「ここのダンジョンは大きく分けて三つの階層が存在する。今あたし達が居るここ上層、そしてその下に中層が有り、そのまた下には深層が有って
『宝物庫』が備え付けられてる感じなのです」
「なのですって…、じゃあ下の階層はここよりおっかないんですか?」
「あんたが1なら中層は100ぐらい?」
「………マジですか」
「マジだよ…ズズズっ」
思わず口にしたこちらの言葉を肯定しながら、彼女は再度お茶(どくだみ茶)を啜っていた。
「で…どうする?」
「え……どうするって?」
「このままここに留まるの?地上に帰るの?」
彼女の口調は少しぶっきらぼうだったが、しっかりと訪ねてきた。
「まぁ帰るのなら止めはしないけど。でも今説明したように今のあんたの実力だと、二桁分は間違いなく死ねると思うからあまりおすすめはしないよ?」
彼女の事は出会ったばかりで、まだ何も知らない。
少しサバサバした物言いでもあるが、でもその忠告は善意で伺って来てくれているのだと思えた。
「……俺は――」
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