公爵令嬢と社交界デビュー(6)
息をしていたかさえ思い出せない。
兄とのダンスも5曲目に入り、だんだん冷静になってきた頭で考える。
自分はデューク様の前で粗相をしなかっただろうか。
足を踏んだりしていない?ぽーっとしすぎて間抜けな顔をしていなかったかしら。
考えてもきりはない。
6年だ。
彼を思い続けてただひたすらに努力した。
準備も万端のはずだった。
花も恥らうような笑顔で、頬を染めて、適度にボディータッチをしつつ、完璧な淑女として振る舞い・・・。話す内容も考えていた。次に会う約束も取り付けるつもりだった。
なのに!
デュークを目の前にしたとたん、頭の中が真っ白になってしまった。
なんというもったいないことをしたのだろう。
やるべきことはたくさんあったのに、何一つできなかった。
ただ、見惚れて・・・
(年頃の娘じゃあるまいし!!こっちはありとあらゆる手練手管でデューク様をおとす作戦があったというのに)
馬鹿なことをしてしまった気がする。
あろう事かデューク様相手に拗ねてしまった。
父や兄ならそれすらも可愛いと歓喜するだろう。しかし、
(年端も行かない子供でもないのだから!!拗ねるなんて子供みたいに・・・)
恥ずかしくて顔から火が出そうだ。
もちろん、そんなときでも表面上では完璧な淑女として振舞っている。どんな難解なステップでも羽のように踊れる。それだけの努力をしてきたのだ。
なのに!
(あああぁぁぁっ)
叫びだしたい気持ちを、兄の鬱陶しい美貌と色気を見て押さえ込む。
「どうしたんだい?リティ。そんなに見つめられたら恥ずかしいな。」
兄は相変わらずだ。全力で、妹を愛でている。
照れる表情すら扇情的で、妹としてはあるまじきことなのだが、殴り飛ばしてやりたい気持ちに駆られる。兄や父が嫌いなわけではない。家族として、愛している。
ただこれは、なんというか、反抗期のようなものだ。
この親子の美貌と色気が鬱陶しくてたまらないという、可愛い反抗心。
自分が幸せな環境で育っていることも知っている。この上ないくらいに感謝している。
「なんでもありませんわ、お兄様。」
でも、鬱陶しいものは鬱陶しいのだ。
やるせない気持ちをこっそり兄の足を踏むことですっきりさせようとしたのだが、ちょっと嬉しそうな顔を見て更にげんなりした気持ちになったのだった。